説明

ラマン散乱信号取得装置およびプラスチック識別装置ならびにラマン散乱信号取得方法およびプラスチック識別方法

【課題】弱いラマン散乱光であっても識別対象物を識別可能にするラマン散乱信号取得装置ならびにラマン散乱信号取得方法の提供。
【解決手段】励起用レーザ光Lの照射により被識別プラスチックPから発生するラマン散乱光を、励起用レーザ光Lの照射範囲から広く集光する集光レンズ32を含む採光光学系30と、ラマン散乱光を分光する分光器52を含む分光光学系50と、複数の光ファイバからなり、採光光学系30により集光される光を分光器52の回折格子の向きに対応するスリット状に変換する光路変換体としての光ファイバ束40とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象物から散乱されたラマン散乱信号を取得するラマン散乱信号取得装置ならびにラマン散乱信号取得方法に関する。
【背景技術】
【0002】
家庭ごみや産業廃棄物として廃棄されるプラスチックの処理に際して、廃棄プラスチックの材質が不明の場合がある。このような廃棄プラスチックの大部分は、粉砕後、焼却処理するしかない。しかしながら、プラスチックは、廃棄プラスチックの材質(原料の種類)が何であるかを識別することで、融解、再成形することが可能であるという特質を有するので、付加価値の高い製品に再利用することが可能である。また、焼却する場合でも、例えばポリ塩化ビニルが存在していれば有毒ガス発生の恐れがあるので、事前にその存在を検出する必要がある。
【0003】
このような廃棄プラスチックの材質を識別する方法の1つとして、ラマン散乱スペクトルを利用した方法が提案されている。例えば、特許文献1には、レーザ光源から発した単色のレーザ光を、光ファイバを介してファイバヘッドに導き、このファイバヘッドを介してプラスチック素材にレーザ光をスポット状に集光照射し、ファイバヘッドに備えられるファイバヘッド対物レンズを介してプラスチック素材から散乱される光を集め、この集められた光を、光ファイバを介して分光器に導き、分光分析することによりラマン散乱スペクトルを決定し、データベースに格納された既知のバンドパターンと照合することによりプラスチック素材の種類を識別することが記載されている。また、本発明者らは、高速でプラスチックの材質を識別することが可能なラマン散乱に基づくプラスチックの識別装置を開発している(例えば、特許文献2参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−356595号公報
【特許文献2】特許第4203916号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、識別対象物から散乱されるラマン散乱光は非常に弱いため、上記のようにラマン散乱光をレンズにより集光しても得られる信号は弱い。そのため、強い信号を得るためには照射するレーザ光の出力を上げる必要があるが、出力を上げると識別対象物が破損する恐れがある。特に、識別対象物が黒色プラスチックの場合には、レーザ光を吸収しやすく燃えやすいためレーザ光の出力を低く抑える必要があり、さらにラマン散乱光が弱くなるため、プラスチックリサイクルの現場で要求される短い時間内にその材質の識別は不可能とされている。
【0006】
そこで、本発明においては、弱いラマン散乱光であっても識別対象物を識別可能にするラマン散乱信号取得装置ならびにラマン散乱信号取得方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のラマン散乱信号取得装置は、励起用レーザ光の照射により対象物から発生するラマン散乱光を、励起用レーザ光の照射範囲から広く集光する集光レンズを含む採光光学系と、ラマン散乱光を分光する分光器を含む分光光学系と、1または複数の光導波路により構成され、採光光学系により集光される光を分光器の回折格子の向きに対応するスリット状に変換する光路変換体とを有するものである。
【0008】
また、本発明のラマン散乱信号取得方法は、励起用レーザ光の照射により対象物から発生するラマン散乱光を分光器により分光してラマン散乱光を得るラマン散乱信号取得方法であって、対象物から発生するラマン散乱光を集光レンズを含む採光光学系により励起用レーザ光の照射範囲から広く集光し、採光光学系により集光される光を1または複数の光導波路により分光器の回折格子の向きに対応するスリット状に変換して分光器に導くことを特徴とする。
【0009】
これらの発明によれば、励起用レーザ光の照射により対象物から発生したラマン散乱光が、励起用レーザ光の照射範囲から広く集光されて、1または複数の光導波路により分光器の回折格子の向きに対応するスリット状に変換され、分光光学系に導かれる。すなわち、対象物から発生したラマン散乱光が弱い場合であっても、このラマン散乱光が励起用レーザ光の照射範囲から広く集光され、光路変換体の入射端の1または複数の光導波路に入射され、分光器の回折格子の向きに対応するスリット状の光に変換されて、分光光学系に導かれ、分光器により分光されるので、強いラマン散乱信号を得ることができる。
【0010】
ここで、光路変換体は、入射端が励起用レーザ光の照射により発生するラマン散乱光の形状に対応する形状であることが望ましい。これにより、励起用レーザ光の照射により発生するラマン散乱光がその形状に対応する形状の光路変換体の入射端に入射され、スリット状に変換されて出射されて分光器に導かれるため、ラマン散乱ピークが幅広くなるといった波長あるいは波数分解能の劣化を起こすことなく、強いラマン散乱信号を得ることができる。なお、入射端が励起用レーザ光の照射により発生するラマン散乱光の形状に対応する形状とは、励起用レーザ光の形状を変化させて照射した際に発生するラマン散乱光が励起用レーザ光の形状に対応する形状となった場合に、このラマン散乱光をできる限り漏らさないような形状をいう。
【0011】
また、採光光学系は集光レンズにより集光される光を光路変換体の入射端の形状に合わせて照射する入射レンズを含むことが望ましい。これにより、集光レンズにより励起用レーザ光の照射範囲から広く集光される光を余すところなく光路変換体の入射端に入射させ、強いラマン散乱信号を得ることができる。
【0012】
また、入射レンズが、フライアイレンズであり、光路変換体の入射端は、フライアイレンズに対応する形状とすることができる。これにより、フライアイレンズの広い範囲に入射する光を光路変換体により分光光学系に導いて、分解能の良く、かつ強いラマン散乱信号を得ることができる。
【0013】
また、光路変換体から出射される光を分光器に導くコリメート鏡またはコリメートレンズを有することが望ましい。光路変換体によりスリット状に変換された光をコリメート鏡またはコリメートレンズにより平行光へ変換し、分光光学系に導くことで、分解能の良いラマン散乱信号を得ることができる。
【0014】
また、光路変換体の出射端の後方にスリットを有することが望ましい。これにより、光路変換体によりスリット状に変換された光を、スリットを介して分光光学系に導くことで、迷光を除去して、ラマン散乱信号の分解能を高めることができる。
【0015】
また、励起用レーザ光としては狭帯域化レーザ光を用いることが望ましい。レーザ光の波長を絞った狭帯域化レーザ光を使用することで、少ないエネルギで対象物からラマン散乱光を発生させることができる。
【発明の効果】
【0016】
(1)対象物から発生するラマン散乱光を、集光レンズを含む採光光学系により励起用レーザ光の照射範囲から広く集光し、採光光学系により集光される光を1または複数の光導波路により分光器の回折格子の向きに対応するスリット状に変換して分光器に導くことにより、励起用レーザ光を対象物に対して広い範囲に照射して、対象物から発生するラマン散乱光が弱い場合であっても強いラマン散乱信号を得て、識別対象物を高精度に識別することが可能となるため、レーザ光を吸収してダメージを受けやすい黒色の識別対象物であっても識別することができる。
【0017】
(2)光路変換体が、入射端が励起用レーザ光の照射により発生するラマン散乱光の形状に対応する形状であることにより、ラマン散乱ピークが幅広くなるといった波長あるいは波数分解能の劣化を起こすことなく、強いラマン散乱信号を得て、高精度に識別することが可能となる。
【0018】
(3)採光光学系が集光レンズにより集光される光を光路変換体の入射端の形状に合わせて照射する入射レンズを含むことにより、集光レンズにより励起用レーザ光の照射範囲から広く集光される光を余すところなく光路変換体の入射端に入射させ、強いラマン散乱信号を得ることができ、高精度に識別することが可能となる。
【0019】
(4)光路変換体の出射端の後方にスリットを有することにより、光路変換体によりスリット状に変換された光を、スリットを介して分光光学系に導くことで、迷光を除去して、ラマン散乱信号の分解能を高め、精度良く識別対象物を識別することが可能となる。
【0020】
(5)励起用レーザ光としては狭帯域化レーザ光を用いることで、少ないエネルギで識別対象物からラマン散乱光を発生させることができるため、対象物がレーザ光を吸収しやすい黒色の場合に、対象物がダメージを受けにくくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施の形態におけるプラスチック識別装置の概略構成図である。
【図2】図1のラマン散乱識別装置のブロック図である。
【図3】図2のラマン散乱信号取得装置の構成図である。
【図4】(a)は図3のA−A断面図、(b)は図3のB−B断面図である。
【図5】図2のラマン散乱信号取得装置の別の実施形態を示す構成図である。
【図6】(a)は図5のA−A断面図、(b)は図5のB−B断面図である。
【図7】既知のプラスチックのラマン散乱スペクトルの例を示す図である。
【図8】識別手段によるPSの識別例を示す図である。
【図9】光路変換体の別の例を示す図であって、(a)は斜視図、(b)は平面図、(c)は側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図1は本発明の実施の形態におけるプラスチック識別装置の概略構成図、図2は図1のラマン散乱識別装置のブロック図、図3は図2のラマン散乱信号取得装置の構成図、図4(a)は図3のA−A断面図、(b)は図3のB−B断面図である。
【0023】
図1において、本発明の実施の形態におけるラマン散乱に基づく識別装置としてのプラスチック識別装置1は、搬入された粉砕プラスチックを異物とプラスチック片とに選別する風力選別や比重選別のような前処理設備2と、前処理設備2により選別されたプラスチック片を振動させて整列させる振動整列フィーダ3と、振動整列フィーダ3により整列させたプラスチック片を載置台としてのベルト4a上に載置して搬送する搬送装置としてのベルトコンベア4と、ベルトコンベア4上のプラスチック片、すなわち識別対象物である被識別プラスチックにレーザ光を照射し、この被識別プラスチックから散乱されたラマン散乱光を得て被識別プラスチックの材質および品質を識別するラマン散乱識別装置5とを備える。
【0024】
また、このプラスチック識別装置1は、ラマン散乱識別装置5による識別の結果に応じて圧縮空気を噴出することにより被識別プラスチックを材質および品質ごとに選別する選別用エアガン6と、選別用エアガン6を駆動するエアガン駆動装置7と、ラマン散乱識別装置5とエアガン駆動装置7との動作を同期させて制御する同期制御装置8とを備える。また、このプラスチック識別装置1は、ベルトコンベア4の搬送速度を調整するコンベア速度調整装置9を備えており、同期制御装置8は、ラマン散乱識別装置5とエアガン駆動装置7とともにコンベア速度調整装置9の動作を同期させて制御する。
【0025】
ラマン散乱識別装置5は、図2に示すように、被識別プラスチックPから散乱されたラマン散乱信号を取得するラマン散乱信号取得装置10と、ラマン散乱信号取得装置10により取得したラマン散乱信号を処理するデータ処理装置20とから構成される。ラマン散乱信号取得装置10は、以下に説明する採光光学系30、光路変換体としての光ファイバ束40、分光光学系50および半導体レーザ駆動電源60とを有する。
【0026】
図3に示すように、採光光学系30は、レーザ光Lをベルト4a上に載置された被識別プラスチックPに照射するとともに、この被識別プラスチックPから散乱されたラマン散乱光および被識別プラスチックにより反射されたレーザ光を採光するものである。採光光学系30により集光された光は、光ファイバ束40によって分光光学系50に導かれる。分光光学系50から出力される電気信号はデータ処理装置20に入力され、データ処理される。半導体レーザ駆動電源60は、後述の半導体レーザ発生装置31を駆動するための電源である。
【0027】
採光光学系30は、識別対象物である被識別プラスチックPに照射する励起用レーザ光Lを発生させる半導体レーザ発生装置31と、平凸レンズにより構成され、レーザ光Lを被識別プラスチックPに照射するとともに被識別プラスチックPから散乱されたラマン散乱光Rを集光する集光レンズ32と、半導体レーザ発生装置31により発生したレーザ光Lを反射して集光レンズ32まで導くとともに、ラマン散乱光Rを透過するダイクロイックミラー33と、平凸レンズにより構成され、ダイクロイックミラー33を透過したラマン散乱光Rを集光して光ファイバ束40へ入射させる入射レンズ34とを備える。
【0028】
集光レンズ32は、半導体レーザ発生装置31により発生したレーザ光Lを被識別プラスチックPが黒色であってもダメージを受けないように広くしたスポットサイズで照射するとともに、このレーザ光Lの照射形状に合わせて広い範囲から集光するように照射距離を調整したものである。なお、半導体レーザ発生装置31は通常のレーザ光を発生するものを使用することができるが、黒色の被識別プラスチックPを識別する場合には、レーザ光の波長を絞った狭帯域化レーザ光を発生するものを使用することが望ましい。また、レーザ光Lはラマン散乱光Rを集光する集光レンズ32により同軸で照射しているが、同軸で照射する必要はなく、他の方向から照射する構成とすることも可能である。
【0029】
なお、採光光学系30は、上記構成の他、集光レンズ32および入射レンズ34をそれぞれ複数の平凸レンズにより構成したり、半導体レーザ発生装置31とダイクロイックミラー33との間にミラーを設けたり、ダイクロイックミラー33を、レーザ光Lを反射し、かつラマン散乱光Rを透過するハーフミラーに代えたり、さらにバンドパスフィルタやロングパスフィルタを介在させたりして構成することも可能である。
【0030】
光ファイバ束40は、入射レンズ34により集光される光を分光光学系50に導くものであり、複数の光導波路としての光ファイバ40a,40b,40c,40d,40e,40f,40gからなる。この光ファイバ束40の入射端は、図4(a)に示すように、1本の光ファイバ40aの周りを複数の光ファイバ40b〜40gによって取り囲み、円状に結束されている。入射レンズ34は、集光レンズ32により集光される光を、この光ファイバ束40の入射端の配置に合わせて照射するものである。一方、光ファイバ束40の出射端は、図4(b)に示すように、光ファイバ40a〜40gを後述する分光器52の回折格子(スリット)の向きに対して平行となるように1列に並べてスリット状に結束されている。
【0031】
分光光学系50は、光ファイバ束40から出射される光を平行な光束に調整するコリメート鏡51と、コリメート鏡51により調整された光を分光する透過型回折格子等の分光器52と、合焦レンズ53と、分光器52により分光された光を検出して電気信号へ変換する光検出器54とから構成される。光ファイバ束40から出射される光は、コリメート鏡51の放物面の光軸を外した一部に入射されるようになっている。合焦レンズ53は、分光器52により分光された光を光検出器54上に合焦させるものである。
【0032】
光検出器54は、CCD(Charge Coupled Device)やリニアアレイフォトダイオード等の例えば1024画素の2次元の光検出器である。分光器52により分光されたラマン散乱光Rは、光検出器54の大部分である一部の画素群へ入射されるように調整されている。光検出器54に入射されたラマン散乱光Rは、光検出器54により電気信号へ変換され、データ処理装置20へ入力される。
【0033】
なお、レーザ光Lの一部はダイクロイックミラー33を透過して光ファイバ束40の入射口へ集光される。このレーザ光Lは光検出器54の小部分である一部に入射されるように調整されており、このレーザ光Lが入射する光検出器54の手前の位置には、減光フィルタ55が設けられている。減光フィルタ55により減光された後、光検出器54に入射されたレーザ光Lは、光検出器54により電気信号へ変換され、データ処理装置20へ入力される。
【0034】
なお、分光光学系50は、上記構成の他、コリメート鏡51をコリメートレンズに代えたり、分光器52を反射型回折格子としたり、さらに1つまたは複数のミラーやレンズを介在させたりして構成することも可能である。なお、分光器52を反射型回折格子とする場合であっても、光ファイバ束40の出射端は回折格子(溝)の向きに合わせて平行となるように配置する。
【0035】
データ処理装置20は、パーソナルコンピュータやCPUボード等であり、ラマン散乱信号取得装置10は、例えばPCI(Peripheral Component Interconnect)インタフェースにより接続される。図2に示すように、データ処理装置20は、予め設定された基準値等を記憶する記憶手段21と、ラマン散乱情報に基づいて被識別プラスチックPの材質を識別する識別手段22と、識別結果を出力する出力手段23とを有する。
【0036】
記憶手段21に記憶される基準値は、識別したいプラスチック、例えば、PC(ポリカーボネート)、PS(ポリスチレン)、PP(ポリプロピレン)、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PVC(ポリ塩化ビニル)、ABS樹脂(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合合成樹脂)、LDPE(低密度ポリエチレン)やHDPE(高密度ポリエチレン)等の既知のプラスチックの材質ごとに予めラマン散乱スペクトルを測定することにより設定した1点以上の既知ピーク位置および既知ベースライン位置のそれぞれのラマン散乱強度である。
【0037】
図7は本実施形態におけるプラスチック識別装置により参照資料としての既知のプラスチック(アクリル、PC、ABS、PS、PVC)のそれぞれのラマン散乱スペクトルを取得した結果を示している。図7の横軸はラマンシフトの波数(cm-1)、縦軸はラマン散乱強度(任意強度)である。
【0038】
図7において、PSを例に説明すると、PSでは点A1と点A2の位置にピークがあるので、これらの2点A1,A2またはその近傍をPS識別のためのピーク位置とする。また、これらのピーク位置A1,A2間にベースライン上の点Bがあるので、この点BをPS識別のためのベースライン位置とする。なお、ベースラインの位置と強度には、ピーク位置からあまり離れていないラマン散乱強度が弱く、底になった部分の値を用いることが望ましい。また、強度の算出には、ピーク位置やベースライン位置を含む近傍の測定点の平均値を算出して、これを用いることでSN比の向上を図ることができる。
【0039】
識別手段22は、識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置(PSの例では2点A1,A2)に対応するラマンシフトの波数におけるラマン散乱強度および既知ベースライン位置(PSの例では点B)に対応するラマンシフトの波数におけるラマン散乱強度を、ラマン散乱信号取得装置10から得る。なお、ラマン散乱スペクトルは、レーザ光Lの波長および強度の変化に応じて変化するので、識別手段22は、ラマン散乱信号取得装置10から入力された電気信号から所定のラマンシフトの波数におけるラマン散乱強度と、レーザ光の波長および強度を得て、ラマン散乱強度を補正する。識別手段22は、これらの得られたラマン散乱強度と記憶手段21に記憶された基準値とに基づいて被識別プラスチックの材質を識別するものである。
【0040】
例えば、識別手段22は、識別したいプラスチックの材質ごとの既知ピーク位置(2点
1,A2)に対応するラマンシフトの波数におけるラマン散乱強度RA1,RA2と既知ベースライン位置(点B)に対応するラマンシフトの波数におけるラマン散乱強度RBとのそれぞれの差(RA1−RB),(RA2−RB)と、基準値としての既知のプラスチックの既知ピーク位置のラマン散乱強度RA10,RA20と既知ベースライン位置のラマン散乱強度RB0との差(RA01−RB0),(RA20−RB0)とを、直接またはそれぞれの比(RA1−RB)/(RA2−RB),(RA10−RB0)/(RA20−RB0)によって比較することにより被識別プラスチックの材質を識別する。なお、直接比較する際の基準値(RA10−RB0),(RA20−RB0)、または、比によって比較する際の基準値(RA10−RB0)/(RA20−RB0)は、予め記憶手段21に記憶しておく。
【0041】
図8はこの識別手段22によるPSの識別例を示している。図8に示すように、PSの2点A1,A2の既知ピーク位置に対応するラマンシフトの波数におけるラマン散乱強度RA1,RA2と点Bの既知ベースライン位置に対応するラマンシフトの波数におけるラマン散乱強度RBとのそれぞれの差(RA1−RB),(RA2−RB)の比(RA1−RB)/(RA2−RB)は、他の材質のものとは大きく相違している。したがって、PSの既知ピーク位置のラマン散乱強度RA10,RA20と既知ベースライン位置のラマン散乱強度RB0との差(RA01−RB0),(RA20−RB0)の比(RA10−RB0)/(RA20−RB0)から設定した基準値としての閾値SPSによってフィルタリング(図示例では(RA10−RB0),(RA20−RB0)>SPS=2.5のみ抽出)することにより、PS、PP、PET、LDPE、HDPEが混在した試料からPSのみを識別して抽出することが可能である。
【0042】
なお、図示しないが、他の種類のプラスチックにおいても同様にそれぞれのプラスチックの既知ピーク位置に対応するラマンシフトの波数におけるラマン散乱強度と既知ベースライン位置に対応するラマンシフトの波数におけるラマン散乱強度とのそれぞれの差や比等に基づいて被識別プラスチックの材質を識別することが可能である。
【0043】
上記構成のプラスチック識別装置1では、搬入された粉砕プラスチック(異物が含まれている場合もある。)を前処理風選機2により異物とプラスチック片とに選別し、この選別されたプラスチック片を振動整列フィーダ3により振動させて整列させ、ベルトコンベア4により搬送する。そして、ラマン散乱識別装置5によりベルトコンベア4のベルト4a上の被識別プラスチックPにレーザ光を照射してプラスチックの材質を識別し、識別結果に応じて選別用エアガン6により選別して材質ごとに回収する。また、識別結果は出力手段23にも出力される。
【0044】
このとき、ラマン散乱識別装置5では、ラマン散乱信号取得装置10により半導体レーザ発生装置31を光源として、このレーザ光Lを試料である被識別プラスチックPの表面に集光レンズ32により広い範囲に集光照射し、被識別プラスチックPから散乱されたラマン散乱光Rをレーザ光Lの照射範囲から広く採光光学系30により集光して、入射端が円状に結束された光ファイバ束40に入射させる。光ファイバ束40に入射する光は、中心の1本の光ファイバ40aに入射する光だけでなく、その周囲の光ファイバ40b〜40gに入射する光まで含めて、光ファイバ束40の出射端からスリット状の光として出射され、分光光学系50に導かれる。
【0045】
すなわち、被識別プラスチックPから散乱されたラマン散乱光Rが弱い場合であっても、複数の光ファイバ40a〜40gが円状に結束された光ファイバ束40に入射され、スリット状の光として余すところなく分光光学系50に導かれるので、強いラマン散乱信号を得ることができる。この光ファイバ束40は、外径0.1mm以上好ましくは0.5mm以上としており、入射レンズ34の焦点が多少合っていなくても強いラマン散乱信号を得ることができる。したがって、被識別プラスチックPが黒色プラスチックの場合に、レーザ光Lを広い範囲に照射しても、強いラマン散乱信号を得ることができ、被識別プラスチックPを識別することが可能である。
【0046】
また、本実施形態におけるラマン散乱識別装置5では、同時に被識別プラスチックPに反射されたレーザ光を光検出器54に入射させることにより検出してラマン散乱情報を補正し、補正後のラマン散乱情報に基づいて被識別プラスチックPを識別している。なお、ここで得る補正後のラマン散乱情報は、予め設定したピーク位置とベースライン位置のみを得るだけで良いため、従来のようにラマン散乱スペクトル全体を正確に測定する必要はない。
【0047】
次に、本発明のラマン散乱信号取得装置の別の実施形態について説明する。図5は図2のラマン散乱信号取得装置の別の実施形態を示す構成図、図6(a)は図5のA−A断面図、(b)は図5のB−B断面図である。
【0048】
図5に示すラマン散乱信号取得装置10では、入射レンズ34に代えて同一の平凸レンズ35aを縦横に配列したレンズ体であるフライアイレンズ35を用いている(図6(a)参照。)。また、光ファイバ束40に代えて、入射端がフライアイレンズ35に対応する形状に配置されて結束された光ファイバ束41を用いている。すなわち、光ファイバ束41を構成する複数の光ファイバ41aの入射端は、フライアイレンズ35を構成する複数の平凸レンズ35aのそれぞれの光軸上に配置されて、正方形状に結束されている。一方、光ファイバ束41の出射端は、図6(b)に示すように2列に千鳥配列されてスリット状に結束されている。その他の構成については図3で説明したものと同じである。
【0049】
このような構成においても、被識別プラスチックPから散乱されたラマン散乱光Rは採光光学系30により集光され、フライアイレンズ35から入射端が正方形状に結束された光ファイバ束41の各光ファイバ41aに入射される。すなわち、この構成では、フライアイレンズ35の広い範囲に入射する光36(図6(a)参照。)が光ファイバ束41により2列に千鳥配列されて分光光学系50に導かれるので、前述と同様に強いラマン散乱信号を得ることができ、被識別プラスチックPを識別することが可能である。
【0050】
なお、フライアイレンズ35の平凸レンズ35aの縦横の配置は集光レンズ32により集光された光が入射する範囲内で任意に変更することが可能である。このとき、光ファイバ束41の配置も、このフライアイレンズ35の配置に対応するように円状または正多角形状に変更することが可能である。
【0051】
また、図示しないが、光ファイバ束40,41の出射端の後方にスリットを配置することも可能である。これにより、光ファイバ束40,41のスリット状に結束された出射端から出射される光を、スリットを介して分光光学系50に導くことで、迷光を除去して、ラマン散乱信号の分解能を高めることができる。
【0052】
さらに、本実施形態においては光路変換体として光ファイバ束40を用いたが、光路変換体としては透明な石英、ガラスやプラスチックなどを用いて、採光光学系30により集光される光を分光器52の回折格子の向きに対応するスリット状に変換するように1の光導波路を形成して一体化したモノリシック体42(図9参照。)を用いることも可能である。この場合、入射端42aはレーザ光Lの照射により発生するラマン散乱光の形状に対応する形状とし、出射端42bは分光器52の回折格子の向きに対応するスリット状とする。
【0053】
これにより、励起用レーザ光の照射により発生するラマン散乱光がその形状に対応する形状のモノリシック体42の入射端42aに入射され、分光器52の回折格子の向きに対応するスリット状の出射端42bから出射されて分光器52に導かれるため、ラマン散乱ピークが幅広くなるといった波長あるいは波数分解能の劣化を起こすことなく、強いラマン散乱信号を得て、被識別プラスチックPを識別することができる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明のラマン散乱信号取得装置およびラマン散乱信号取得方法は、プラスチック、木や紙等の材質を非破壊的に識別するためのラマン散乱に基づくプラスチックの識別等に有用である。
【符号の説明】
【0055】
1 プラスチック識別装置
2 前処理設備
3 振動整列フィーダ
4 ベルトコンベア
4a ベルト
5 ラマン散乱識別装置
6 選別用エアガン
7 エアガン駆動装置
8 同期制御装置
9 コンベア速度調整装置
10 ラマン散乱信号取得装置
20 データ処理装置
21 記憶手段
22 識別手段
23 出力手段
30 採光光学系
31 半導体レーザ発生装置
32 集光レンズ
33 ダイクロイックミラー
34 入射レンズ
35 フライアイレンズ
40,41 光ファイバ束
40a〜40g,41a 光ファイバ
42 モノリシック体
50 分光光学系
51 コリメート鏡
52 分光器
53 合焦レンズ
54 光検出器
55 減光フィルタ
60 半導体レーザ駆動電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
励起用レーザ光の照射により対象物から発生するラマン散乱光を、前記励起用レーザ光の照射範囲から広く集光する集光レンズを含む採光光学系と、
前記ラマン散乱光を分光する分光器を含む分光光学系と、
1または複数の光導波路により構成され、前記採光光学系により集光される光を前記分光器の回折格子の向きに対応するスリット状に変換する光路変換体と
を有するラマン散乱信号取得装置。
【請求項2】
前記光路変換体は、入射端が前記励起用レーザ光の照射により発生するラマン散乱光の形状に対応する形状である請求項1記載のラマン散乱信号取得装置。
【請求項3】
前記集光レンズは、前記励起用レーザ光の照射形状に合わせて広い範囲から集光するように照射距離を調整したものである請求項1または2に記載のラマン散乱信号取得装置。
【請求項4】
前記採光光学系は、前記集光レンズにより集光される光を前記光路変換体の入射端の形状に合わせて照射する入射レンズを含む請求項1から3のいずれかに記載のラマン散乱信号取得装置。
【請求項5】
前記入射レンズは、フライアイレンズであり、
前記光路変換体の前記入射端は、前記フライアイレンズに対応する形状である請求項4記載のラマン散乱信号取得装置。
【請求項6】
前記光路変換体から出射される光を前記分光器に導くコリメート鏡またはコリメートレンズを有する請求項1から5のいずれかに記載のラマン散乱信号取得装置。
【請求項7】
前記光路変換体の出射端の後方にスリットを有する請求項1から6のいずれかに記載のラマン散乱信号取得装置。
【請求項8】
前記励起用レーザ光として狭帯域化レーザ光を用いた請求項1から7のいずれかに記載のラマン散乱信号取得装置。
【請求項9】
励起用レーザ光の照射により対象物から発生するラマン散乱光を分光器により分光してラマン散乱信号を得るラマン散乱信号取得方法であって、
前記対象物から発生するラマン散乱光を、集光レンズを含む採光光学系により前記励起用レーザ光の照射範囲から広く集光し、
前記採光光学系により集光される光を1または複数の光導波路により前記分光器の回折格子の向きに対応するスリット状に変換して前記分光器に導くこと
を特徴とするラマン散乱信号取得方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−42248(P2012−42248A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−181806(P2010−181806)
【出願日】平成22年8月16日(2010.8.16)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度地域イノベーション創出研究開発事業、「新規光計測によるプラスチック精密識別リサイクルシステムの構築」委託研究、産業技術力強化法19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(502437791)株式会社サイム (6)
【Fターム(参考)】