説明

リチウムイオン二次電池およびその製造方法

【課題】出力特性に優れ、かつ充放電を繰り返した後も出力低下の少ないリチウムイオン二次電池を提供すること。
【解決手段】本発明により提供されるリチウムイオン二次電池100は、正極30と負極40と非水電解液90とを備える。正極30は、正極活物質として、層状構造を有するリチウム遷移金属酸化物を有する。当該正極活物質は、Ni,CoおよびMnのうち少なくとも一種の金属元素Mを含み、さらにWを含む。この電池100は、ジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩の少なくともいずれかを含む組成の非水電解液90を用いて構築されたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、出力特性に優れたリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、正極および負極と、それら両電極間に介在された非水電解液とを備え、該電解液中のリチウムイオンが両電極間を行き来することにより充放電を行う。正極においてリチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出する活物質としては、主としてリチウム含有遷移金属酸化物が使用される。リチウムイオン二次電池に関する技術文献として特許文献1および2が挙げられる。リチウムイオン二次電池の性能向上を目的として正極活物質にタングステン等の異種元素を添加する構成が特許文献1に、電解液中に添加剤を添加する構成が特許文献2に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−140787号公報
【特許文献2】特開2007−180015号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、リチウムイオン二次電池の利用拡大に伴い、用途によって様々な性能の向上が望まれている。例えば、自動車等のように広範囲の温度下での使用が想定され、且つ多数回の出入力が繰り返され得る用途では、かかる使用態様においても優れた出力特性を持続性よく発揮させることが求められている。
【0005】
本発明は、出力特性に優れ、かつ充放電を繰り返した後も出力低下(例えば反応抵抗の増加によって把握され得る。)が抑制されたリチウムイオン二次電池を提供することを一つの目的とする。関連する他の目的は、かかるリチウムイオン二次電池の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によると、正極と負極と非水電解液とを備えるリチウムイオン二次電池が提供される。その正極は、正極活物質として、層状構造を有するリチウム遷移金属酸化物を含む。該正極活物質は、Ni,CoおよびMnのうち少なくとも一種の金属元素Mを含み、さらにWを含む。その非水電解液は、少なくとも当該電池を組み立てる時点における組成として、ジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩の少なくともいずれかを含む。
かかるリチウムイオン二次電池は、上記正極活物質としてWを含むものを使用し、且つジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩の少なくともいずれかを含む非水電解液を用いて構築されていることから、初期反応抵抗(例えば、0℃程度の低温における初期反応抵抗)が効果的に低減され、出力特性に優れたものであり得る。当該電池は、また、充放電(例えば、60℃程度の高温での充放電)を繰り返しても、反応抵抗(例えば低温反応抵抗)の増加が少なく、優れた出力特性を維持するものであり得る。ここに開示される技術によると、Wを含む正極活物質の使用と、上記添加剤を含む非水電解液の使用との組み合わせによって、一方のみの適用により得られる効果を上回る出力特性向上効果(すなわち相乗効果)が発揮され得る。
【0007】
上記正極活物質としては、リチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなし、前記一次粒子の表面に偏ってWが存在(分布)しているものを好ましく採用し得る。かかる正極活物質によると、Wがその効果(例えば、反応抵抗を低減する効果)を効率よく発揮し得る位置に偏って配置されているので、Wの使用量の割に高い効果を得ることができる。したがって、Wの過剰な使用による弊害(背反)をよりよく抑制し得る。また、電池材料の資源リスク低減の観点からも有利である。このように一次粒子の表面に偏ってWが存在している正極活物質では、ジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩の少なくともいずれかを含む非水電解液の使用との組み合わせが特に有意義である。
【0008】
好ましい一態様では、上記正極および上記負極の少なくともいずれかは、その表面にジフルオロリン酸塩またはモノフルオロリン酸塩由来の化合物を含む被膜を有する。かかる化合物は、これら塩を含む上記非水電解液が封入された電池に対し、充放電処理(例えば、電池の構築後に行われるコンディショニング処理)等を施すことによって生成され得る。かかるリチウムイオン二次電池は、出力特性に優れ、充放電による性能劣化の抑制されたものであり得る。
【0009】
本発明によると、また、ここに開示されるいずれかのリチウムイオン二次電池の製造方法が提供される。その製造方法は、前記正極活物質を有する正極を準備することと、前記ジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩の少なくともいずれかを含む前記非水電解液を準備することと、前記正極と前記負極と前記非水電解液とを用いて電池を組み立てることと、前記組み立てた電池にコンディショニング処理を施すことと、を包含する。かかる方法によると、ここに開示されるいずれかのリチウムイオン二次電池を好適に製造することができる。
上記リチウムイオン二次電池製造方法は、以下の工程:
(A)上記Mを含む水溶液(以下、M水溶液ということもある。)を準備すること;
(B)Wを含む水溶液(以下、W水溶液ということもある。)を準備すること;
(C)上記M水溶液と上記W水溶液とをアルカリ性条件下で混合して、上記MおよびWを含む水酸化物を析出させること;
(D)上記水酸化物をリチウム化合物と焼成して前記リチウム遷移金属酸化物を生成させること;
(E)ジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩の少なくともいずれかを含む前記非水電解液を準備すること;
(F)上記正極と、上記負極と、上記非水電解液とを用いて電池を組み立てること;および、
(G)上記組み立てた電池に対し、コンディショニング処理を施すこと;
を包含する態様で好ましく実施され得る。かかる態様によると、より好ましいリチウムイオン二次電池が好適に製造され得る。
【0010】
上述のように、ここに開示されるいずれかのリチウムイオン二次電池は、出力特性に優れ、且つ充放電を繰り返しても優れた出力特性が維持され得る。したがって、例えば、図3に示すように、自動車等の車両1に搭載される車両駆動用モータ(電動機)の電源として、ここに開示されるいずれかのリチウムイオン二次電池100を好適に利用することができる。車両1の種類は特に限定されないが、典型的には、ハイブリッド自動車、電気自動車等である。かかるリチウムイオン二次電池100は、単独で使用されてもよく、直列および/または並列に複数接続されてなる組電池の形態で使用されてもよい。この明細書により開示される事項には、ここに開示されるいずれかのリチウムイオン二次電池を備えた車両が含まれる。特に、かかるリチウムイオン二次電池を駆動電源として備える車両(例えば自動車)が好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】一実施形態に係るリチウムイオン二次電池の外形を模式的に示す斜視図である。
【図2】図1のII−II線断面図である。
【図3】本発明のリチウムイオン二次電池を備えた車両(自動車)を模式的に示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0013】
ここに開示されるリチウムイオン二次電池の正極活物質としては、上記金属元素MおよびWを含む組成のリチウム遷移金属酸化物を用いる。さらに、その非水電解液としては、支持塩に加えて、添加剤としてのジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩の少なくともいずれか(以下、「ジフルオロリン酸塩および/またはモノフルオロリン酸塩」と表記することもある。)を非水溶媒中に含む溶液を用いる。
【0014】
上記非水電解液は、非水溶媒(有機溶媒)中に支持塩と上記添加剤とを溶解させることによって調製することができる。該添加剤としては、ジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩のいずれをも使用することができる。例えば、ジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩のいずれか一方のみを用いてもよく、これらの混合物を用いてもよい。ジフルオロリン酸塩としては、ジフルオロリン酸アニオン(PO)を有する各種の塩を用いることができる。モノフルオロリン酸塩としては、モノフルオロリン酸アニオン(PO2−)を有する各種の塩を用いることができる。かかるジフルオロリン酸塩またはモノフルオロリン酸におけるカチオン(カウンターカチオン)は、無機カチオンおよび有機カチオンのいずれでもよい。無機カチオンの具体例としては、Li,Na,K等のアルカリ金属のカチオン;Be,Mg,Ca等のアルカリ土類金属のカチオン;等が挙げられる。有機カチオンの具体例としては、テトラアルキルアンモニウム、トリアルキルアンモニウム等のアンモニウムカチオンが挙げられる。このようなジフルオロリン酸塩やモノフルオロリン酸塩は、公知の方法により作成することができ、あるいは市販品の購入等により入手することができる。通常は、無機カチオン(例えばアルカリ金属のカチオン)との塩を好ましく用いることができる。ここに開示される技術における電解液添加剤の好適例として、ジフルオロリン酸リチウム(LiPO)およびモノフルオロリン酸リチウム(LiPOF)が挙げられる。
【0015】
上記添加剤の濃度は、正極活物質の種類等に応じて適宜選択すればよく、例えば、0.01mol/L以上0.2mol/L以下(好ましくは0.01mol/Lを超えて0.2mol/L未満、例えば0.02mol/L以上0.1mol/L以下)とすることができる。上記添加剤の濃度が高すぎると、初期抵抗を低減させる効果が減少傾向となることがあり得る。上記添加剤の濃度が低すぎると、充放電の繰り返しによる抵抗の上昇(抵抗増加率)を抑える効果が減少傾向となることがあり得る。
【0016】
ここに開示されるリチウムイオン二次電池は、上記添加剤に由来する化合物を含む被膜を正極表面に有することが好ましい。上記被膜は、組み立て後の電池に対してコンディショニング処理等を施す工程において、電池を初期充電させる際、上記添加剤が正極の表面またはその近傍において電気的に分解されて生成した化合物および他の電気分解生成物(例えば、電解液を構成する非水溶媒の分解生成物)によって形成され得る。したがって、ここに開示されるリチウムイオン二次電池は、適当なコンディショニング処理が施された後や、電池の使用開始後においては、その非水電解液中の上記添加剤の実質的に全てが電気分解された状態であり得る。すなわち、その非水電解液が上記添加剤を実質的に含まない組成のものであり得る。
【0017】
なお、ジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩の少なくとも一方を含む電解液を用いて構築された電池であることは、例えば、該電池の構成部材(正負極合剤層の表面等)から測定試料を採取し、ICP(高周波誘導結合プラズマ)発光分析、イオンクロマトグラフィ、マススペクトロメトリー(質量分析法;MS)等によりP元素を検出することによって把握することができる。かかる分析によると、支持電解質(支持塩)としてLiPFを含む非水電解液を用いた電池であっても、LiPFに由来するP元素とは区別して、ジフルオロリン酸塩(例えばLiPO)またはモノフルオロリン酸塩(例えばLiPOF)に由来するP元素の存在を認識することができる。また、上記電池の構築に用いられた電解液中のジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩の量(換言すれば、電池ケース内に供給された量)は、例えば、イオンクロマトグラフィにより正負極合剤層表面のPOイオン、POFイオン、POイオンの量を定量する;該電池の容器内に溜まった非水電解液をイオンクロマトグラフィにより分析してジフルオロリン酸塩、モノフルオロリン酸塩およびそれらの分解物に起因する化学種を定量する;等の方法により把握することができる。
【0018】
上記支持塩としては、一般的なリチウムイオン二次電池において電解質として用いられるリチウム塩を、適宜選択して使用することができる。かかるリチウム塩として、LiPF、LiBF、LiClO、LiAsF、Li(CFSON、LiCFSO等が例示される。これらリチウム塩は、一種のみを単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。特に好ましい例として、LiPFが挙げられる。上記非水電解液は、例えば、電解質濃度が0.7〜1.5mol/Lの範囲内となるように調製することが好ましい。
【0019】
上記非水溶媒としては、一般的なリチウムイオン二次電池に用いられる有機溶媒を適宜選択して使用することができる。特に好ましい非水溶媒として、エチレンカーボネート(EC)、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、ビニレンカーボネート(VC)、プロピレンカーボネート(PC)等のカーボネート類が例示される。これら有機溶媒は、一種のみを単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。例えば、EC,DMC,EMCの混合溶媒を好ましく使用することができる。
【0020】
ここに開示される技術における正極活物質は、Ni,CoおよびMnのうち少なくとも一種の金属元素Mを含む。好ましい一態様では、Mが少なくともNiを含む。原子数換算で、Mのうち10%以上(典型的には10%〜100%、好ましくは25%〜100%、例えば50%〜100%)がNiである正極活物質を好ましく採用し得る。また、原子数換算で、MがNi、CoおよびMnをほぼ同量(すなわち、M全体を100atom%として、Ni、CoおよびMnをそれぞれ凡そ33atom%)づつ含む正極活物質を好ましく採用し得る。上記正極活物質は、さらにWを含む。Mに対するWの含有量は、例えば0.01〜2.0atom%(すなわち、100原子のM当たり、0.01〜2.0原子のWを含む量)程度とすることが適当である。
【0021】
上記正極活物質は、例えば、平均組成が一般式(I):LiNiCoMn;で表されるものであり得る。上記式(I)中のxは、典型的には1.0≦x≦1.25である。pは、0.1<p≦1(例えば0.3<p<0.9、好ましくは0.3<p<0.6)であり得る。qは、0≦q≦0.5(例えば0.1<q<0.4、好ましくは0.3<q<0.6)であり得る。rは、0≦r≦0.5(例えば0.1<r<0.4、好ましくは0.3<r<0.6)であり得る。ただし、p+q+r≦1(典型的には0.8≦p+q+r≦1、例えば0.9≦p+q+r≦1)である。q,rがいずれも0より大きい(換言すれば、Ni,Co,Mnの全てを含む)正極活物質を好ましく採用し得る。eは、(p+q+r):e=1:0.0001〜1:0.020(例えば、1:0.0002〜1:0.015)を満たすように設定することが好ましい。Mは、Al,Zr,Nb,Cr,Fe,V,Ti,Mo,Cu,Zn,Ga,In,Sn,La,Ce,Ca,MgおよびNaから選択される一種または二種以上であり得る。sは、0≦s≦0.05であり得る。sが実質的に0(すなわち、Mを実質的に含有しない酸化物)であってもよい。
なお、上記式(I)は、電池構築時における正極活物質全体の平均組成(換言すれば、電池の製造に使用する正極活物質の平均組成)を指す。この組成は、通常、該電池の完全放電時の組成と概ね同じである。
【0022】
ここに開示される技術における正極活物質(典型的には粒子状)は、例えば、その粒子表面から20nmの深度までエッチングを施し、これによって露出した部位をXPS(X線光電子分光法)により分析した際、当該深度20nm部位における全元素(リチウム、酸素、リン、各種金属元素等)の総数を100atom%として、当該部位に存在するWの割合は、0.1atom%以上3.0atom%以下(例えば、0.2atom%以上2.5atom%以下)であり得る。
なお、上記方法を採用することにより、正極活物質の調製(製造)時にその粒子表面に付着したリチウム源(例えば炭酸リチウム等)や他の化合物等の影響を受けずに、正極活物質の粒子表面付近における元素組成を分析することができる。正極活物質粒子のエッチングは、例えば、後述する実施例中に記載される方法等により実施することができる。
【0023】
ここに開示される技術における正極活物質は、好ましくは、リチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなす。好ましい一態様では、Wが、かかる正極活物質の一次粒子表面に偏って(すなわち、一次粒子の内部よりも表面に集中して)存在(分布)している。
ここで、Wが「一次粒子表面に偏って存在する」とは、一次粒子の内部に比べて、一次粒子の表面(粒界)に集中してWが分布していることを意味する。したがって、Wが粒界のみに存在する(換言すれば、一次粒子の内部には全く存在しない)態様のみを意味するものではない。Wが一次粒子の表面に偏って存在していることは、例えば、活物質粒子(一次粒子および二次粒子のいずれであってもよい。)についてエネルギー分散型X線分光法(EDX: Energy Dispersive X−ray Spectroscopy)を用いてWの分布をマッピングし、そのマッピング結果においてWが粒界に集中して存在する(一次粒子の内部に比べて粒界では面積当たりのW存在量が多い)様子が認められることにより把握することができる。上記粒界(一次粒子の表面)の位置は、例えば、正極活物質粒子の断面の透過型電子顕微鏡(TEM)観察により把握することができる。EDXを備えたTEMを好ましく使用し得る。上記正極活物質は、同時に、EDX画像観察により、粒界(一次粒子表面)においてはWの元素分布に顕著な偏差(凝集塊等)が認められないものであり得る。あるいは、電池を分解して取り出した正極シート表面をEDX分析しても、同様にW分布に顕著な偏差が認められないものであり得る。
【0024】
ここに開示される技術における正極活物質は、例えば、湿式法によって調製した水酸化物(前駆体)を、適当なリチウム源(例えば、炭酸リチウム、水酸化リチウム等のリチウム塩)と混合し、所定の温度で焼成することにより形成することができる。以下、平均組成がLiNiCoMnで表される正極活物質を主な例として、該正極活物質の製造方法を説明する。上記湿式法による水酸化物の調製は、具体的には、M塩(ニッケル塩、コバルト塩、マンガン塩等)を含む水溶液(M水溶液)と、W含有塩を含む水溶液(W水溶液)とを、アルカリ性条件下で混合して上記水酸化物を析出(晶析)させることにより実施することができる。例えば、初期pHが11〜14のアルカリ性水溶液に、当該初期pHを維持しながら、M水溶液とW水溶液とを適当な速度で添加・混合・攪拌するとよい。このとき、反応液の温度は、20〜60℃の範囲とすることが好ましい。
【0025】
上記水酸化物は、その平均組成が一般式(II):NiCoMn(OH)2+α;で表される化合物であり得る。ここで、αは、0≦α≦0.5を満たすことが好ましい。上述の湿式法によって得られた当該水酸化物を前駆体として用いると、W元素が一次粒子表面に偏って存在するリチウム含有酸化物が好適に形成され得る。また、かかる酸化物を正極活物質として用いたリチウムイオン二次電池は、出力特性(例えば、低温での出力特性)に優れ、且つ充放電による出力低下の抑制されたものであり得る。上記前駆体とリチウム源とを混合する際は、湿式法および溶媒を用いない乾式混合法のいずれを採用してもよい。簡便性およびコスト性の観点からは、乾式混合法が好ましい。
【0026】
上記アルカリ性水溶液としては、強塩基(アルカリ金属の水酸化物等)および弱塩基(アンモニア等)を含み、且つ上記前駆体の生成を阻害しないものが、好ましく使用され得る。例えば、水酸化ナトリウム水溶液とアンモニア水との混合溶液を好ましく用いることができる。該混合溶液は、pHが11〜14の範囲(例えば、pH12程度)であり、アンモニア濃度が3〜25g/Lとなるように調製することが好ましい。
【0027】
上記アルカリ性水溶液に上記M水溶液およびW水溶液を添加して反応液を形成し、上記前駆体の生成反応を進行させる間、該反応液のアンモニア濃度は3〜25g/L程度に維持されることが好ましい。
【0028】
上記M水溶液は、所望のM含有塩(例えばニッケル塩、コバルト塩、マンガン塩等であり得る。)を、それぞれ所定量、水性溶媒に溶解させて調製することができる。M塩として二種以上を用いる場合、これら塩を水性溶媒に添加する順番は特に制限されない。また、各塩の水溶液を混合して調製してもよい。M塩(ニッケル塩、コバルト塩、マンガン塩等)のアニオンは、該塩が所望の水溶性となるように選択すればよい。例えば、硫酸イオン、硝酸イオン、塩化物イオン等であり得る。すなわち、上記M塩は、それぞれ、Mの硫酸塩、硝酸塩、塩酸塩等であり得る。M塩として二種以上を用いる場合、これら塩のアニオンは、全てまたは一部が同じであってもよく、互いに異なってもよい。ここに開示される製造方法を、任意の金属元素Mを含む正極活物質の製造に適用する場合には、典型的には、M塩を上記M水溶液に所望の濃度で添加すればよい。該M塩は、硫酸塩、硝酸塩、塩酸塩等であり得る。M塩および任意のM塩は、それぞれ水和物等の溶媒和物であってもよい。これら金属塩の添加順は特に制限されない。上記M水溶液の濃度は、Mに含まれる金属元素全て(Mおよび任意のM)の合計が1〜2.2mol/L程度であることが好ましい。
【0029】
上記W水溶液は、同様に、所定量のW含有塩を水性溶媒に溶解させて調製することができる。上記W含有塩としては、典型的には、Wを中心元素とするオキソ酸(タングステン酸、モリブデン酸等)の塩を用いる。W含有塩に含まれるカチオンは、該塩が水溶性となるように選択すればよい。例えば、アンモニウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン等であり得る。例えば、パラタングステン酸アンモニウムが好ましく使用され得る。W含有塩は、水和物等の溶媒和物であってもよい。W水溶液の濃度は、W元素基準で0.01〜1mol/L程度であることが好ましい。
【0030】
上記M水溶液および上記W水溶液を調製する際に使用する水性溶媒は、典型的には水であり、使用する各塩の溶解性によっては溶解性を向上させる試薬(酸、塩基等)を含む水を用いてもよい。
【0031】
上記M塩および上記W含有塩の使用量は、上記式(I)におけるp,q,rおよびeが所望の比となるようにMおよびWのモル比を選択し、それに基づき適宜決定すればよい。上記式(I)における(p+q+r)とeとの元素比は、一般に、使用するM塩とW含有塩とのモル比と概ね同等である。
【0032】
ここに開示される技術によると、上記前駆体の調製においてM水溶液(典型的には酸性溶液)とW水溶液(例えばW水溶液)とを別々の溶液として用意し、これらをアルカリ性条件下で混合することにより、リチウム遷移金属酸化物の結晶表面(一次粒子の表面、換言すれば粒界)に偏ってW(例えばW)が分布した正極活物質の製造に適した水酸化物(リチウム遷移金属酸化物の前駆体)を得ることができる。
【0033】
上記前駆体は、晶析終了後、水洗・濾過して乾燥させ、所望の粒径を有する粒子状に調製するとよい。該前駆体は、温度100〜300℃の大気雰囲気中で所定時間(例えば5〜24時間)加熱した後、次の工程に供することが好ましい。
【0034】
上記正極活物質は、上記前駆体と適当なリチウム源との混合物を、典型的には空気中で焼成することにより形成することができる。上記リチウム源としては、リチウム酸化物の形成に使用される一般的なリチウム化合物を特に制限なく使用することができる。具体的には、炭酸リチウム、水酸化リチウム等が例示される。これらリチウム源は、一種のみを単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができる。上記前駆体と上記リチウム源との混合比は、上記式(I)におけるxが所望の値となるように、上記前駆体に含まれる全金属元素の合計モル数に対するリチウム源のモル数を選択し、それに基づき適宜決定すればよい。
【0035】
焼成温度は、凡そ700〜1000℃の範囲とすることが好ましい。焼成は、一定の温度で一度に行ってもよく、異なる温度で段階的に行ってもよい。焼成時間は、適宜選択することができる。例えば、700〜800℃程度で1〜12時間程度焼成した後、800〜1000℃程度で2〜24時間程度焼成することができる。その焼成物を、好適には粉砕した後、必要に応じて所望の粒径に篩い分けしたものを、ここに開示される技術における正極活物質として好ましく用いることができる。正極活物質の平均粒径(レーザ散乱・回折法に基づく50%体積平均粒子径をいう。)は、通常、3μm〜10μm程度であることが好ましい。比表面積は、0.5〜1.8m/gの範囲にあることが好ましい。タップ密度は、1〜2.2g/cmの範囲にあることが好ましい。
【0036】
ここに開示されるリチウムイオン二次電池は、上記所定の正極活物質と所定の電解液添加剤との組み合わせにより、低温(例えば0℃程度)においても優れた出力特性を発揮し、且つ充放電(例えば、60℃程度の高温での充放電)を繰り返しても出力低下が抑制されたものであり得る。かかる効果が発揮される理由は明らかではないが、次のようなことが考えられる。すなわち、リチウム遷移金属酸化物にWを含有させると初期反応抵抗が低下する。さらに、そのWが正極活物質の一次粒子表面に偏って存在することで、より優れた初期反応抵抗抑制効果が発揮され得る。一方で、正極活物質に含まれるWは、電池の使用(充放電)や経時等により、徐々に電解液に溶出することがある。Wの溶出が進行すると、Wの添加による反応抵抗抑制効果が薄れ、電池の出力低下が生じ得る。ここに開示される技術によると、所定の添加剤を含む電解液を用いることにより、主に初期充放電(コンディショニング処理)時に該添加剤由来の化合物を含む被膜が正極表面に形成され、かかる組成の被膜がWの溶出を効果的に抑制することにより、初期出力のみならず充放電後においても高性能な(出力の低下が抑制された)電池が実現されるものと考えられる。上記添加剤を含む電解液の使用(ひいては上記被膜)は、Wを含まない正極活物質(例えば、層状構造のリチウム遷移金属酸化物)を用いた電池においても、充放電の繰り返しによる出力低下(抵抗の増加)を抑制し得るが、Wを含む正極活物質との組み合わせにより、後述する実験データに示されるように、上記添加剤単独の効果およびWを含む正極活物質の使用による効果の単なる足し合わせを上回る効果(すなわち相乗効果)が発揮され得る。Wが表面に偏って存在する正極活物質では、上記添加剤を含む電解液の使用によりWの溶出を抑制することが特に有意義である。
【0037】
本発明によると、ここに開示されるいずれかの正極活物質を有する正極を備えることを特徴とするリチウムイオン二次電池が提供される。かかるリチウムイオン二次電池の一実施形態について、電極体および非水電解液を角型形状の電池ケースに収容した構成のリチウムイオン二次電池100(図1)を例にして詳細に説明するが、ここに開示される技術はかかる実施形態に限定されない。すなわち、ここに開示されるリチウムイオン二次電池の形状は特に限定されず、その電池ケース、電極体等は、用途や容量に応じて、素材、形状、大きさ等を適宜選択することができる。例えば、電池ケースは、直方体状、扁平形状、円筒形状等であり得る。なお、以下の図面において、同じ作用を奏する部材・部位には同じ符号を付し、重複する説明は省略又は簡略化することがある。また、各図における寸法関係(長さ、幅、厚さ等)は実際の寸法関係を反映するものではない。
【0038】
リチウムイオン二次電池100は、図1および図2に示されるように、捲回電極体20を、非水電解液90(上述のジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩の少なくともいずれかを含む電解液)とともに、該電極体20の形状に対応した扁平な箱状の電池ケース10の開口部12より内部に収容し、該ケース10の開口部12を蓋体14で塞ぐことによって構築することができる。また、蓋体14には、外部接続用の正極端子38および負極端子48が、それら端子の一部が蓋体14の表面側に突出するように設けられている。
【0039】
上記電極体20は、長尺シート状の正極集電体32の表面に正極活物質層34が形成された正極シート30と、長尺シート状の負極集電体42の表面に負極活物質層44が形成された負極シート40とを、2枚の長尺シート状のセパレータ50と共に重ね合わせて捲回し、得られた捲回体を側面方向から押圧して拉げさせることによって扁平形状に成形されている。
【0040】
正極シート30は、その長手方向に沿う一方の端部において、正極活物質層34が設けられておらず(あるいは除去されて)、正極集電体32が露出するよう形成されている。同様に、捲回される負極シート40は、その長手方向に沿う一方の端部において、負極活物質層44が設けられておらず(あるいは除去されて)、負極集電体42が露出するように形成されている。そして、正極集電体32の該露出端部に正極端子38が、負極集電体42の該露出端部には負極端子48がそれぞれ接合され、上記扁平形状に形成された捲回電極体20の正極シート30または負極シート40と電気的に接続されている。正負極端子38,48と正負極集電体32,42とは、例えば超音波溶接、抵抗溶接等によりそれぞれ接合することができる。
【0041】
上記正極シート30は、例えば、ここに開示されるいずれかの正極活物質を、必要に応じて導電材、結着剤(バインダ)等とともに適当な溶媒に分散させたペースト状またはスラリー状の組成物(正極合材)を正極集電体32に付与し、該組成物を乾燥させることにより好ましく作製することができる。
【0042】
導電材としては、カーボン粉末やカーボンファイバー等の導電性粉末材料が好ましく用いられる。カーボン粉末としては、種々のカーボンブラック、例えば、アセチレンブラック、ファーネスブラック、ケッチェンブラック、グラファイト粉末等が好ましい。導電材は、一種のみを単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。正極活物質層に含まれる導電材の量は、適宜選択すればよく、例えば、2〜12質量%程度とすることができる。
【0043】
結着剤としては、例えば、水に溶解する水溶性ポリマーや、水に分散するポリマー、非水溶媒(有機溶媒)に溶解するポリマー等から適宜選択して用いることができる。また、一種のみを単独で用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
水溶性ポリマーとしては、例えば、カルボキシメチルセルロース(CMC)、メチルセルロース(MC)、酢酸フタル酸セルロース(CAP)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)、ポリビニルアルコール(PVA)等が挙げられる。
水分散性ポリマーとしては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重含体(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)等のフッ素系樹脂、酢酸ビニル共重合体、スチレンブタジエンブロック共重合体(SBR)、アクリル酸変性SBR樹脂(SBR系ラテックス)、アラビアゴム等のゴム類等が挙げられる。
非水溶媒(有機溶媒)に溶解するポリマーとしては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)、ポリエチレンオキサイド(PEO)、ポリプロピレンオキサイド(PPO)、ポリエチレンオキサイド−プロピレンオキサイド共重合体(PEO−PPO)等が挙げられる。
正極活物質層に含まれる結着剤の量は、適宜選択すればよく、例えば1〜10質量%(好ましくは1〜5質量%)程度とすることができる。
【0044】
正極集電体32には、導電性の良好な金属からなる導電性部材が好ましく用いられる。例えば、アルミニウムまたはアルミニウムを主成分とする合金を用いることができる。正極集電体32の形状は、リチウムイオン二次電池の形状等に応じて異なり得るため、特に制限はなく、棒状、板状、シート状、箔状、メッシュ状等の種々の形態であり得る。本実施形態ではシート状のアルミニウム製の正極集電体32が用いられ、捲回電極体20を備えるリチウムイオン二次電池100に好ましく使用され得る。かかる実施形態では、例えば、厚みが10μm〜30μm程度のアルミニウムシートが好ましく使用され得る。
【0045】
負極シート40は、例えば、負極活物質を、必要に応じて結着剤(バインダ)等とともに適当な溶媒に分散させたペーストまたはスラリー状の組成物(負極合材)を負極集電体42に付与し、該組成物を乾燥させることにより好ましく作製することができる。
【0046】
負極活物質としては、従来からリチウムイオン二次電池に用いられる物質の一種または二種以上を特に限定なく使用することができる。例えば、好適な負極活物質としてカーボン粒子が挙げられる。少なくとも一部にグラファイト構造(層状構造)を含む粒子状の炭素材料(カーボン粒子)が好ましく用いられる。いわゆる黒鉛質のもの(グラファイト)、難黒鉛化炭素質のもの(ハードカーボン)、易黒鉛化炭素質のもの(ソフトカーボン)、これらを組み合わせた構造を有するもののいずれの炭素材料も好適に使用され得る。中でも特に、天然黒鉛等の黒鉛粒子を好ましく使用することができる。
【0047】
結着剤には、上述の正極と同様のものを、一種のみを単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。負極活物質層に含まれる結着剤の量は、適宜選択すればよく、例えば0.5〜10質量%(好ましくは0.5〜5質量%、例えば0.5〜3質量%)程度とすることができる。
【0048】
負極集電体42としては、導電性の良好な金属からなる導電性部材が好ましく用いられる。例えば、銅または銅を主成分とする合金を用いることができる。また、負極集電体42の形状は、リチウムイオン二次電池の形状等に応じて異なり得るため、特に制限はなく、棒状、板状、シート状、箔状、メッシュ状等の種々の形態であり得る。本実施形態ではシート状の銅製の負極集電体42が用いられ、捲回電極体20を備えるリチウムイオン二次電池100に好ましく使用され得る。かかる実施形態では、例えば、厚みが6μm〜20μm程度の銅製シートを好ましく使用され得る。
【0049】
セパレータ50は、正極シート30および負極シート40の間に介在する層であって、典型的にはシート状をなし、正極シート30の正極活物質層34と、負極シート40の負極活物質層44にそれぞれ接するように配置される。そして、正極シート30と負極シート40における両電極活物質層34,44の接触に伴う短絡防止や、該セパレータ50の空孔内に上記電解液を含浸させることにより電極間の伝導パス(導電経路)を形成する役割を担っている。かかるセパレータ50としては、従来公知のものを特に制限なく使用することができる。例えば、樹脂からなる多孔性シート(微多孔質樹脂シート)を好ましく用いることができる。ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン等の多孔質ポリオレフィン系樹脂シートが好ましい。特に、PEシート、PPシート、PE層とPP層とが積層された多層構造シート、等を好適に使用し得る。セパレータの厚みは、例えば、凡そ10μm〜40μmの範囲内で設定することが好ましい。
【0050】
上述のようにして構築された二次電池100は、適当なコンディショニング処理(初期充放電処理)を施すことにより、上記添加剤由来の化合物を含む保護被膜が少なくとも正極表面に形成され得る。
【0051】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。なお、以下の説明において「部」および「%」は、特に断りがない限り質量基準である。
【0052】
<例1>
攪拌装置および窒素導入管を備えた反応容器に、その容量の半分程度の水を入れ、攪拌しながら40℃に加熱した。該反応容器を窒素置換した後、窒素気流下、25%水酸化ナトリウム水溶液と25%アンモニア水とを適量ずつ加え、液温25℃におけるpHが12.0、液相のアンモニア濃度が20g/Lとなるように調整して、アルカリ性水溶液を得た。なお、反応容器内の酸素濃度は2.0%程度であった。
硫酸ニッケル、硫酸コバルトおよび硫酸マンガンを、Ni:Co:Mnのモル比(原子数比)が0.33:0.33:0.33となり、かつNi,CoおよびMnの合計濃度が1.8mol/Lとなるよう水に溶解させて、NiCoMn水溶液を調製した。
パラタングステン酸アンモニウムを水に溶解させ、タングステン(W)濃度が0.05mol/LのW水溶液を調製した。
【0053】
上記反応容器中のアルカリ性水溶液に、上記で得られたNiCoMn水溶液と、W水溶液と、25%水酸化ナトリウム水溶液と、25%アンモニア水とを、pHを12.0に維持しながら添加・混合して、元素モル比Ni:Co:Mn:Wが0.33:0.33:0.33:0.005の水酸化物(前駆体)を析出させた。析出物を分離、水洗し、温度150℃の大気雰囲気中で12時間加熱した。この水酸化物(水酸化物粒子)の平均組成は、Ni0.33Co0.33Mn0.330.005(OH)2+α(0≦α≦0.5)で表される。
上記水酸化物中の全遷移金属(すなわち、Ni,Co,Mn,W)のモル数の合計をMとして、該Mに対するリチウムのモル比(Li/M)が1.08となるように炭酸リチウムを秤量し、上記加熱処理後の水酸化物粒子と混合した。得られた混合物を、酸素21体積%の空気中にて、760℃で4時間焼成した後、950℃で10時間焼成した。この焼成物を粉砕し、篩い分けして、平均組成(元素モル比)がLi1.07Ni0.33Co0.33Mn0.330.005で表され、平均粒径6μmの粉末状正極活物質を得た。
【0054】
上記粉末状正極活物質、アセチレンブラック(導電材)およびPVDFを、正極活物質:導電材:PVDFの質量比が91:6:3となるように混合し、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)を加えてペースト状の混合物を得た。このペースト状混合物を、厚さ15μmの長尺状アルミニウム箔の各面に、乾燥後の付与量が両面合計で30mg/cmとなるように塗付した。これを乾燥後プレスして、総厚120μmの正極シートを得た。
グラファイトとSBRとCMCとを、質量比98:1:1で混合し、イオン交換水を加えてペースト状の混合物を得た。この混合物を、厚さ10μmの長尺状銅箔の各面に、乾燥後の付与量が両面合計で15mg/cmとなるように塗付した。これを乾燥後プレスして、総厚120μmの負極シートを得た。
【0055】
ECとDMCとEMCとの体積比1:1:1の混合溶媒中に、1mol/Lの濃度となるようにLiPFを、さらに0.05mol/Lの濃度となるようにジフルオロリン酸リチウム(LiPO)を溶解させて、非水電解液を調製した。
【0056】
上記正極シートと上記負極シートとを、二枚のセパレータ(厚さ20μmの長尺状多孔質ポリエチレンシート)ととともに長手方向に捲回して電極体を作製した。この電極体を、上記非水電解液とともに円筒型容器に収容して、18650型(直径18mm,高さ65mm)リチウムイオン二次電池を得た。
【0057】
<例2>
元素モル比Ni:Co:Mn:Wを0.33:0.33:0.33:0.002とした他は例1と同様にして、平均粒径6μmの粉末状正極活物質を得た。この正極活物質を用いた他は例1と同様にして、本例のリチウムイオン二次電池を得た。
【0058】
<例3>
元素モル比Ni:Co:Mn:Wを0.33:0.33:0.33:0.010とした他は例1と同様にして、平均粒径6μmの粉末状正極活物質を得た。この正極活物質を用いた他は例1と同様にして、本例のリチウムイオン二次電池を得た。
【0059】
<例4>
元素モル比Ni:Co:Mn:Wを0.33:0.33:0.33:0.015とした他は例1と同様にして、平均粒径6μmの粉末状正極活物質を得た。この正極活物質を用いた他は例1と同様にして、本例のリチウムイオン二次電池を得た。
【0060】
<例5>
非水電解液のLiPO濃度を0.01mol/Lとした他は例1と同様にして、本例のリチウムイオン二次電池を得た。
【0061】
<例6>
非水電解液のLiPO濃度を0.1mol/Lとした他は例1と同様にして、本例のリチウムイオン二次電池を得た。
【0062】
<例7>
非水電解液のLiPO濃度を0.2mol/Lとした他は例1と同様にして、本例のリチウムイオン二次電池を得た。
【0063】
<例8>
ECとDMCとEMCとの体積比1:1:1の混合溶媒中に、1mol/Lの濃度となるようにLiPFを、さらに0.01mol/Lの濃度となるようにモノフルオロリン酸リチウム(LiPOF)を溶解させて調製した非水電解液を用いた他は例1と同様にして、本例のリチウムイオン二次電池を得た。
【0064】
<例9>
LiPOF濃度を0.05mol/Lとした他は例8と同様にして、本例のリチウムイオン二次電池を得た。
【0065】
<例10>
LiPOF濃度を0.1mol/Lとした他は例8と同様にして、本例のリチウムイオン二次電池を得た。
【0066】
<例11>
LiPOF濃度を0.2mol/Lとした他は例8と同様にして、本例のリチウムイオン二次電池を得た。
【0067】
<例12>
攪拌装置および窒素導入管を備えた反応容器に、その容量の半分程度の水を入れ、攪拌しながら40℃に加熱した。該反応容器を窒素置換した後、窒素気流下、25%水酸化ナトリウム水溶液と25%アンモニア水とを適量ずつ加え、液温25℃におけるpHが12.0、液相のアンモニア濃度が20g/Lとなるように調整して、アルカリ性水溶液を得た。なお、反応容器内の酸素濃度は2.0%程度であった。
硫酸ニッケル、硫酸コバルト、硫酸マンガンを、これらの元素モル比Ni:Co:Mnが0.33:0.33:0.33となり、Ni,Co,Mnの合計濃度が1.8mol/Lとなるよう水に溶解させて、NiCoMn水溶液を調製した。
【0068】
上記反応容器中のアルカリ性水溶液に、上記で得られたNiCoMn水溶液と、25%水酸化ナトリウム水溶液と、25%アンモニア水とを、pHを12.0に維持しながら添加・混合して、Ni0.33Co0.33Mn0.33(OH)2+α(0≦α≦0.5)で表される水酸化物(前駆体)を析出させた。析出物を分離、水洗し、温度150℃の大気雰囲気中で12時間加熱した。
上記水酸化物中の全遷移金属(すなわち、Ni,Co,Mn)のモル数の合計をMとして、該Mに対するリチウムのモル比(Li/M)が1.08となるように炭酸リチウムを秤量し、上記加熱処理後の水酸化物粒子と混合した。得られた混合物を、酸素21体積%の空気中にて、760℃で4時間焼成した後、950℃で10時間焼成した。この焼成物を粉砕し、篩い分けして、元素モル比がLi1.07Ni0.33Co0.33Mn0.33で表され、平均粒径6μmの粉末状正極活物質を得た。
この正極活物質を用いた他は例1と同様にして、本例のリチウムイオン二次電池を得た。
【0069】
<例13>
非水電解液として、ECとDMCとEMCとの体積比1:1:1の混合溶媒中に、1mol/Lの濃度となるようにLiPFを溶解させた溶液(LiPOおよびLiPOFのいずれも含まない)を用いた他は例1と同様にして、本例のリチウムイオン二次電池を得た。
【0070】
<例14>
正極活物質として例12と同じものを用い、非水電解液として例13と同じものを用いた他は例1と同様にして、本例のリチウムイオン二次電池を得た。
【0071】
[W元素割合の分析]
例1〜14において使用した粉末状正極活物質のサンプルについて、アルバック・ファイ株式会社製の表面分析装置(商品名「Quantera SXM」)を用いて、一次粒子の表面から20nmの深度までエッチングを施し、これによって露出した部位をXPS(X線光電子分光法)により分析した。当該深度20nm部位における全元素(リチウム、酸素、リン、各種金属元素等)の総数を100atom%として、当該部位に存在するWの割合を求めた。
【0072】
[コンディショニング処理]
各電池に対して、1/10C(1Cは、満充電状態の電池を1時間で放電終止電圧まで放電させる電流値を意味する。放電時間率と称されることもある。)のレートで3時間の定電流(CC)充電を行い、次いで、1/3Cのレートで4.1Vまで充電する操作と、1/3Cのレートで3Vまで放電させる操作とを3回繰り返した。
【0073】
コンディショニングした各電池に対し、以下の測定を行った。それらの結果を、各例に係る正極活物質および非水電解液の特徴と併せて表1に示す。なお、表1中の「W使用量」は、正極活物質に含まれるNi,CoおよびMnの総数を100atom%とした場合のWの含有量(atom%)を示している。
【0074】
[0℃反応抵抗測定]
(初期)
SOC60%に調整した各電池を、0℃の環境下、5Cの放電レートで10秒間放電させ、このときの電圧降下から0℃における反応抵抗値(IV抵抗値)(mΩ)を求めた。
(サイクル試験後)
上記初期反応抵抗測定後の電池を下記高温サイクル試験に供した後、初期と同様にして0℃における反応抵抗値(IV抵抗値)(mΩ)を求めた。
(増加率)
サイクル試験後の0℃反応抵抗値をサイクル試験前(初期)の0℃反応抵抗値で除することにより、抵抗増加率を求めた。
【0075】
[高温サイクル試験]
各電池を、温度60℃にて、1000サイクルの充放電に供した。1サイクルは、1Cのレートで電圧が3.0Vとなるまで定電流(CC)放電させる操作と、次いで1Cのレートで電圧が4.1Vとなるまで定電流(CC)充電する操作とした。
【0076】
【表1】

【0077】
表1に示されるとおり、Wを含まない正極活物質を使用し、かつ添加剤を含まない非水電解液を使用した例14の電池は、0℃における初期抵抗値が53mΩであり、サイクル試験後の抵抗増加率は1.38であった。
この例14に係る電池の正極活物質を、Wを含むものに置き換えた例13の電池は、初期抵抗値が41mΩであり(例14に比べて12mΩの低減)、サイクル試験後の抵抗増加率は1.34であった(例14に比べて0.04の増加率低下)。また、例14に係る電池の電解液を、添加剤(ジフルオロリン酸塩)を含むものに置き換えた例12の電池は、初期抵抗値が50mΩであり(例14に比べて3mΩの低減)、抵抗増加率は1.24であった(例14に比べて0.14の増加率低下)。
【0078】
これに対して、例14の正極活物質を例13と同じ(Wを含む)ものに置き換え、且つ例14の電解液を例12と同じ(ジフルオロリン酸塩を含む)ものに置き換えた例1の電池では、初期抵抗値が32mΩであり(例14に比べて21mΩの低減)、例13の効果と例12の効果との足し合わせ(15mΩ)を大きく超える抵抗低減効果が得られた。また、例1の電池の抵抗増加率は1.12であり(例14に比べて0.26の増加率低下)、例13の効果と例12の効果との足し合わせ(0.18)を大きく超える抵抗増加率抑制効果が得られた。
【0079】
Wを含む正極活物質とジフルオロリン酸リチウムを含む電解液との組み合わせに係る例2〜7の電池、および、Wを含む正極活物質とモノフルオロリン酸リチウムを含む電解液との組み合わせに係る例8〜11の電池のいずれにおいても、同様に、例13と例12の効果の足し合わせを上回る初期抵抗値低減効果および抵抗増加率抑制効果が得られた。
なお、例1,3,4の性能はほぼ同程度であり、20nm部位におけるWの割合を0.3〜3.0atom%(例えば0.4〜2.5atom%)程度とすることにより十分な効果が得られることが示唆されている。また、添加剤の使用量を0.02〜0.15mol/L(例えば0.03〜0.12mol/L)程度とすることにより、より好ましい結果が得られた。モノフルオロリン酸リチウムとジフルオロリン酸リチウムとの比較では、両者の添加効果はほぼ同等か、ジフルオロリン酸リチウムが若干勝る結果であった。
【0080】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、請求の範囲を限定するものではない。請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【符号の説明】
【0081】
1 車両
20 捲回電極体
30 正極シート(正極)
32 正極集電体
34 正極活物質層
38 正極端子
40 負極シート(負極)
42 負極集電体
44 負極活物質層
48 負極端子
50 セパレータ
90 非水電解液
100 リチウムイオン二次電池

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極と負極と非水電解液とを備えるリチウムイオン二次電池であって、
前記正極は、正極活物質として、層状構造を有するリチウム遷移金属酸化物を有し、
前記正極活物質は、Ni,CoおよびMnのうち少なくとも一種の金属元素Mを含み、さらにWを含み、
前記非水電解液として、ジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩の少なくともいずれかを含む非水電解液を用いて構築された、リチウムイオン二次電池。
【請求項2】
前記正極活物質は、リチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなし、該正極活物質に含まれるWは前記一次粒子の表面に偏って存在している、請求項1に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項3】
前記正極は、その表面に、ジフルオロリン酸塩またはモノフルオロリン酸塩由来の化合物を含む被膜を有する、請求項1または2に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池を製造する方法であって、
前記正極活物質を有する正極を準備すること;
前記ジフルオロリン酸塩およびモノフルオロリン酸塩の少なくともいずれかを含む前記非水電解液を準備すること;
前記正極と、前記負極と、前記非水電解液とを用いて電池を組み立てること;および、
前記組み立てた電池にコンディショニング処理を施すこと;
を包含する、リチウムイオン二次電池製造方法。
【請求項5】
前記正極を準備することは、
前記Mを含む水溶液を準備すること;
Wを含む水溶液を準備すること;
前記M水溶液と前記W水溶液とをアルカリ性条件下で混合して、前記MおよびWを含む水酸化物を析出させること;および、
前記水酸化物をリチウム化合物と焼成して前記リチウム遷移金属酸化物を生成させること;
を包含する、請求項4に記載のリチウムイオン二次電池製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2013−69580(P2013−69580A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−208095(P2011−208095)
【出願日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】