説明

リチウムイオン二次電池

【課題】高電圧化が可能なリチウムイオン二次電池を提供すること。
【解決手段】正極活物質534Aを有する正極530と、負極活物質544Aを有する負極540と、両極間に配置されたセパレータ550と、非水溶媒と支持塩とを含む正極側電解質組成物E(電解質ゲル587)と、非水溶媒と支持塩とを含む負極側電解質組成物E(電解液586)とを備えるリチウムイオン二次電池600が提供される。正極530とセパレータ550との間には、非水溶媒と支持塩とを含む電解質ゲル587が配置されている。電解質組成物Eに含まれる非水溶媒の酸化電位(対Li/Li)は、電解質組成物Eに含まれる非水溶媒の酸化電位(対Li/Li)よりも高い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、より高い電圧でも使用が可能なリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出可能な正負の電極と、これら両電極間に介在されたセパレータとを備える。該セパレータには非水電解液が含浸されており、該電解液中のリチウムイオンが両電極間を行き来することにより充放電を行う。軽量でエネルギー密度が高いため、各種携帯機器の電源として普及している。また、車両等の大容量電源を要する分野においても利用が期待されており、さらなる高エネルギー密度化が求められている。リチウムイオン二次電池に関する技術文献として、特許文献1および2が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−524204号公報
【特許文献2】特開2010−205663号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
高エネルギー密度化は、例えば、電池の高電圧化(使用時における上限電圧を高くすること)によって実現され得る。高電圧化の手段としては、例えば、正極材料として、一般的なリチウムイオン二次電池の典型的な使用態様における上限電圧よりも高い電位(例えば、正極電位が4.3V(対Li/Li)以上)まで充電される態様においても正極活物質として好適に機能し得るリチウム遷移金属化合物を使用することが検討されている。しかしながら、かかる正極活物質を用いた電池を満充電状態にすると、正極に対向する側のセパレータ表面にかかる電位が高くなり、該セパレータ表面を構成する材料(典型的にはポリオレフィン樹脂)が酸化されてセパレータが劣化する場合がある。このことによって容量の低下や直流抵抗の増加等が起こる場合があった。
【0005】
本発明は、上限電圧値の高い(例えば4.3V以上の)条件で好適に使用可能なリチウムイオン二次電池を提供することを一つの目的とする。本発明の他の目的は、かかるリチウムイオン二次電池を利用した電源装置の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によると、正極活物質を有する正極と、負極活物質を有する負極と、これら電極間に配置されたセパレータと、非水溶媒と支持塩とを含む正極側電解質組成物Eと、非水溶媒と支持塩とを含む負極側電解質組成物Eと、を備えるリチウムイオン二次電池が提供される。正、負極側電解質組成物E,Eのうち、一方は溶液状をなし、他方はゲル状をなす。当該ゲル状電解質組成物(以下、電解質ゲルということもある。)は、少なくとも一部が前記正極と前記セパレータとの間に配置されている。上記正極側電解質組成物Eに含まれる非水溶媒の酸化電位(対Li/Li)は、上記負極側電解質組成物Eの酸化電位(対Li/Li)よりも高い(典型的には0.1V以上、好ましくは0.2V以上、例えば0.3V〜1.0V程度高い。)。
【0007】
ここで、「正極側電解質組成物」とは「正極に接するように配置された電解質組成物」を意味し、「負極側電解質組成物」とは「負極に接するように配置された電解質組成物」を意味する。上記電解質ゲルは、正極とセパレータ(多孔質絶縁層)との間に配置されている。一態様では、正極側電解質組成物Eがゲル状をなす。かかる態様のリチウムイオン二次電池では、当該電解質ゲルEは、典型的には、正極活物質を含有する多孔質層(正極活物質層)を有する正極において、該多孔質層の少なくとも表面に付与されている(保持されている;applied)。好ましい一態様では、該正極活物質層の少なくとも一部(典型的には、少なくとも正極活物質層表面に近接する部分)にも電解質ゲルが入り込んで(浸み込んで)いる。他の一態様では、負極側電解質組成物Eがゲル状をなす。かかる態様のリチウムイオン二次電池では、当該電解質ゲルEは、多孔質セパレータ(典型的には、多孔質オレフィン樹脂シート)の正極対向面から負極活物質を含有する多孔質層(負極活物質層)を有する負極に亘って配置されている。好ましい一態様では、セパレータの微細な孔(細孔)および負極活物質層の少なくとも一部(典型的には、セパレータの正極対向面近傍の細孔および貫通孔、ならびに少なくとも負極活物質層表面に近接する部分にある細孔)にも電解質ゲルが入り込んでいる。「正極側電解質組成物Eに含まれる非水溶媒の酸化電位(対Li/Li)は、負極側電解質組成物Eの酸化電位(対Li/Li)よりも高い」とは、電解質組成物Eに含まれる非水溶媒(二種以上の非水溶媒の混合物であり得る。)について測定される酸化電位が、電解質組成物Eに含まれる非水溶媒(二種以上の非水溶媒の混合物であり得る。)について測定される酸化電位よりも高いことを指す。ここで、酸化電位(酸化分解開始電位としても把握され得る。)とは、後述する酸化電位測定方法において、評価用セルに対し、段階的に電圧を高くしつつ定電圧充電を実施した場合に、電流値が0.1mAより大きくなったときの電位をいう。
【0008】
かかるリチウムイオン二次電池では、ゲル状の電解質組成物が正極とセパレータとの間に配置されており、この電解質ゲルによってセパレータと正極とが密接する事態が回避され得る(典型的には、セパレータと正極との間に所望の距離が確保され得る)。これにより、該電池を高電位まで充電しても、正極電位の影響によるセパレータ表面の劣化(酸化等による変質)が起こり難くなる。また、一方の電極側の電解質組成物が溶液状である一方、他方の電極側の電解質組成物はゲル状であるので、これらが混ざり合うことなく分離された状態に維持され得る。したがって、これら電解質組成物の特性(耐酸化性、耐還元性等)を別々に制御することが可能である。また、かかる電解質組成物の分離により、電解質組成物Eと負極との直接接触、および電解質組成物Eと正極との直接接触が防止され得る。したがって、例えば、耐酸化性の高い非水溶媒を用いて電解質組成物Eを形成することにより、負極における該溶媒の還元分解が実質的に回避される。また、耐還元性の高い非水溶媒を用いて電解質組成物Eを形成することにより、正極において該溶媒が酸化されて分解したり変質したりする(その結果、高抵抗被膜が形成されること等により電池性能を低下させ得る)現象が抑制され得る。これらのことから、例えば、従来の一般的なリチウムイオン二次電池より高い電圧値(例えば4.3V以上)でも好適に使用可能であり、且つ満充電状態で保存しても容量の低下や直流抵抗の上昇が少ないリチウムイオン二次電池が実現され得る。
【0009】
好ましい一態様では、上記正極側電解質組成物Eに含まれる非水溶媒は、酸化電位(対Li/Li)が4.3Vよりも高いことを特徴とする。ここで、該非水溶媒が二種以上の非水溶媒の混合物(混合溶媒)である場合、「上記正極側電解質組成物Eに含まれる非水溶媒の酸化電位(対Li/Li)が4.3Vよりも高い」とは、該非水溶媒の全体について測定される酸化電位が4.3Vよりも高いことをいう。かかる態様のリチウムイオン二次電池は、上限電圧が4.3V以上の条件で好適に使用され得る。好ましい一態様では、上記混合溶媒に含まれる各成分(非水溶媒)のそれぞれについて測定される酸化電位が、いずれも4.3Vより高い。
【0010】
他の好ましい一態様では、上記正極側電解質組成物Eに含まれる非水溶媒は、酸化電位(対Li/Li)が、当該電池の満充電状態における正極活物質の電位(後述する作動電位をいう。)(対Li/Li)よりも高いことを特徴とする。かかるリチウムイオン二次電池では、電池を満充電しても(SOC(State Of Charge)が100%の状態にしても)、上記電解質組成物Eに含まれる非水溶媒が酸化分解され難いので、正極の抵抗増加が抑制され得る。なお、「満充電する」とは、所望の容量(典型的には、電池設計で決められた定格容量)を確保するための上限電圧でSOC100%となるまで電池を充電することを指す。「満充電状態」とは、上記所望の容量を確保するための上限電圧で充電してSOC100%となった状態を指す。また、「満充電電位(対Li/Li)」とは、上記上限電圧(充放電制御システムの充電上限電位としても把握され得る。)における金属リチウム基準の正極電位を意味する。
【0011】
他の好ましい一態様では、上記正極側電解質組成物Eに含まれる非水溶媒のうち95体積%以上が、フッ素化されたカーボネートの少なくとも一種からなる。フッ素化されたカーボネートは、酸化電位(対Li/Li)が、対応するカーボネートよりも高い傾向にある。したがって、かかるリチウムイオン二次電池は、より高い上限電圧設定でも使用可能であり、且つ満充電状態で保存されても容量の低下や直流抵抗の上昇が少ないものであり得る。
【0012】
他の好ましい一態様では、上記セパレータがポリプロピレンを含む。かかる態様のリチウムイオン二次電池では、該セパレータの少なくとも正極対向面が実質的にポリプロピレンからなることが好適である。ポリプロピレンは耐酸化性が高いので、より高い電位でも酸化されにくいという利点がある。
【0013】
ここに開示される技術の他の側面として、ここに開示されるリチウムイオン二次電池と、この電池に電気的に接続され、該電池の少なくとも上限電圧値を規定する制御回路と、を備える電源装置が提供される。ここで、上記上限電圧値は4.3V以上に設定されている。かかる電源装置は、その比較的高く設定された上限電圧値においても上記リチウムイオン二次電池の容量低下が少ないものであり得る。
【0014】
上述のとおり、ここに開示されるリチウムイオン二次電池は、従来の一般的なリチウムイオン二次電池より高い上限電圧値の条件でも好適に使用可能であり、例えば満充電状態で保存しても容量の低下や直流抵抗の上昇が少ないので、車両において使用される電源として好適である。したがって、本発明によると、ここに開示されるいずれかのリチウムイオン二次電池を備えた車両が提供される。特に、かかるリチウムイオン二次電池を動力源(典型的には、ハイブリッド車両または電気車両の動力源)として備える車両(例えば自動車)が好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】一実施形態に係るリチウムイオン二次電池の外形を模式的に示す斜視図である。
【図2】図1におけるII−II線断面図である。
【図3】本発明のリチウムイオン二次電池を備えた車両(自動車)を模式的に示す側面図である。
【図4】本発明の一実施態様に係るリチウムイオン二次電池の構成概念を模式的に示す断面図である。
【図5】本発明の他の一実施態様に係るリチウムイオン二次電池の構成概念を模式的に示す断面図である。
【図6】例1〜4で使用したセパレータにつき、使用前の正極対向面に対して測定したFT−IRチャートである。
【図7】例1に係るセパレータにつき、サイクル試験後の正極対向面に対して測定したFT−IRチャートである。
【図8】例2に係るセパレータにつき、サイクル試験後の正極対向面に対して測定したFT−IRチャートである。
【図9】例3に係るセパレータにつき、サイクル試験後の正極対向面に対して測定したFT−IRチャートである。
【図10】例4に係るセパレータにつき、サイクル試験後の正極対向面に対して測定したFT−IRチャートである。
【図11】一実施形態に係るリチウムイオン二次電池を含む電源システムを示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。なお、以下の図面において、同じ作用を奏する部材・部位には同じ符号を付して説明し、重複する説明は省略または簡略化することがある。また、各図における寸法関係(長さ、幅、厚さ等)は実際の寸法関係を反映するものではない。
【0017】
図4、5に示されるように、本発明の実施態様に係るリチウムイオン二次電池600,700は、容器510内に、正極集電体532上に正極活物質層534を有する正極530と、負極集電体542上に負極活物質層544を有する負極540と、これら両極間に配置されたセパレータ(溶液状の電解質組成物が透過可能な絶縁層)550と、電解液586と、電解質ゲル層587とを備える。正極活物質層534は正極活物質534Aを主成分とする層であり、負極活物質層544は負極活物質544Aを主成分とする層である。
【0018】
図4は、正極側に電解質ゲル層587が、負極側に電解液586が配置された構成のリチウムイオン二次電池600を模式的に表している。すなわち、電解質ゲル587(電解質組成物Eに対応する。)は正極活物質層534を被覆しており、これによって正極活物質層534とセパレータ550(ひいては負極活物質層544)とが少なくとも電解質ゲル587を挟んで隔離された構成となっている。一方、電解液586(電解質組成物Eに対応する。)は、セパレータ550に含浸されて配置されており、これにより負極活物質層544には接するが正極活物質層534には直に接しないように該電池600内に含まれている。
【0019】
図5は、負極側に電解質ゲル587が、正極側に電解液586が配置された構成のリチウムイオン二次電池700を模式的に表している。ここでは、電解質ゲル587(電解質組成物Eに対応する。)はセパレータ550の正極対向面550Aを被覆しており、これによって正極活物質層534とセパレータ550とが少なくとも電解質ゲル587を挟んで隔離された構成となっている。また、電解液586(電解質組成物Eに対応する。)は、正極活物質層534には接するが、負極活物質層544には直に接しないように該電池700内に含まれている。正極活物質層534には電解液586が含浸されており、さらには正極活物質層534と電解質ゲル層587との間に電解液586が液膜として存在し得るので、電解質ゲル587も正極活物質層534に直接接触しにくくなっている。好ましい一態様では、電解質ゲル587は、セパレータ550の正極対向面550Aからセパレータ550内部の少なくとも一部の細孔および負極対向面550Bにまで浸透し、負極活物質層544と直接接触するように形成されている。より好ましくは、電解質ゲル587がさらに負極活物質層544の少なくとも表面近傍の細孔にまで入り込んでいる。
【0020】
ここに開示されるリチウムイオン二次電池の正極は、例えば、SOC0%〜100%のうち少なくとも一部範囲における作動電位(対Li/Li)が一般的なリチウムイオン二次電池(作動電位の上限が4.1V程度)よりも高い正極活物質を含む。例えば、作動電位(対Li/Li)が4.3Vよりも高いSOC範囲を有する正極活物質(換言すれば、SOC0%〜100%における作動電位の最高値が4.3Vよりも高い正極活物質)を好ましく使用することができる。好ましく使用され得る正極活物質としては、LiNiMn2−P(0.2≦P≦0.6;例えば、LiNi0.5Mn1.5),LiNiPO,LiCoPO,LiMnO等が例示される。
【0021】
ここで、作動電位としては、以下のようにして測定される値を採用するものとする。すなわち、測定対象たる正極活物質を含む正極と、対極としての金属リチウムと、参照極としての金属リチウムと、EC:DMC=30:70(体積基準)の混合溶媒中に濃度1MのLiPFを含む電解液とを用いて三極セルを構築する。このセルの理論容量に基づき、SOC0%からSOC100%まで、5%刻みで調整する(例えば、定電流充電により調整する。)。このとき、各SOC値において、上記セルを1時間放置した後、正極電位(対Li/Li)を測定し、上記正極活物質の該SOC値における作動電位とする。
【0022】
なお、通常、SOC0%〜100%の間で正極活物質の作動電位が最も高くなるのはSOC100%を含む範囲であるため、SOC100%(すなわち満充電状態)における作動電位が4.3Vよりも高い正極活物質を、作動電位が4.3Vよりも高いSOC範囲を有する正極活物質として把握することができる。満充電状態における正極活物質の作動電位(対Li/Li)(以下、「正極活物質の満充電電位」と表記することもある。)は、4.4Vより高いことがより好ましく、4.5Vより高いことがさらに好ましい。ここに開示される技術は、典型的には、正極活物質の満充電電位(対Li/Li)が7.0V以下(例えば5.0V以下)であるリチウムイオン二次電池に好ましく適用される。
【0023】
正極に付与された態様の電解質ゲルは、例えば、正極用非水溶媒(有機溶媒)中に支持塩を含む非水電解液に、ポリマー前駆体、重合開始剤等を加えた前駆体溶液を、所望の正極活物質層に付与した後、適当な条件下に保持してゲル化させる(例えば、重合反応を進行させる)ことで形成することができる。典型的には、上記前駆体溶液を該正極活物質層に十分に含浸させ、所望の電解質ゲル量に応じて余剰分の該前駆体溶液を該活物質層から適宜除去した後、適当な条件下(温度等)において重合反応に供する。
【0024】
セパレータの正極対向面に付与された態様の電解質ゲルは、例えば、該セパレータの表面(すなわち、正極対向面)に、負極用非水溶媒(有機溶媒)中に支持塩を含む非水電解液を用いて同様に調製した前駆体溶液を付与した後、適当な条件下でゲル化に供することにより形成することができる。典型的には、該セパレータを、その正極対向面を上(外側)にして負極に重ね合わせた上で、上記前駆体溶液を付与し、該前駆体溶液をセパレータの細孔内、さらには負極活物質層にも十分に含浸させ、所望の電解質ゲル量に応じて余剰分の該前駆体溶液を該セパレータ表面から適宜除去した後、適当な条件下(温度等)において重合反応に供する。これにより、上述のような該前駆体溶液電解質ゲルがセパレータ内部さらには負極活物質層の少なくとも表面にまで入り込んだ態様の電池が実現され得る。かかる態様の電池は、電解質ゲルの負極側電解質組成物としての機能が十分に発揮され、負極における導電効率の低下が抑制されたものであり得る。
【0025】
いずれの態様においても、ゲル化する際の重合温度は適宜選択すればよく、例えば、80〜140℃程度とすることができる。重合時間についても、適宜選択すればよく、例えば、5分〜3時間程度とすることができる。なお、ここでいう「重合反応」は、上記前駆体溶液のゲル化(硬化)に寄与し得るものであればよく、例えば架橋反応、縮合反応等であり得る。上記前駆体溶液の付与は、例えば、減圧下または真空下で行ってもよい。上記前駆体溶液の余剰分の除去は、含浸処理後の溶液付与面に適宜の圧力(例えば、0.01MPa〜0.1MPa程度)を加えながら該余剰分の溶液を押し出すようにして実施することができる。
【0026】
上記電解質ゲル層の厚み(上記正極活物質層表面に積層された部分の厚み(正極活物質層表面から電解質ゲル層表面までの距離);あるいは上記セパレータ正極対向面に積層された部分の厚み(セパレータの正極側表面から電解質ゲル層表面までの距離)は特に制限されない。リチウムイオンの移動距離を短くして出力効率(Li伝導率)を高める観点;電池の軽量化および薄型化の観点からは、上記積層部の厚みは大きすぎない方が好ましい。これらのバランスを考慮して、上記厚みを例えば10μm〜100μm程度とすることができる。
【0027】
上記ポリマー前駆体としては、ゲル化後の特性(電気化学的安定性、熱安定性等)が所望の電池構成および使用条件に適応した材料(モノマーまたはオリゴマーであり得る。)を、一種のみを単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。上記ポリマー前駆体は、多官能性あるいは単官能性であり得る。通常は、2個または3個以上の重合性(架橋性)官能基を有するポリマー前駆体(多官能性ポリマー前駆体)が好ましく使用される。好ましいポリマー前駆体として、ポリエチレンオキサイド(PEO),ポリプロピレンオキサイド(PPO),ポリアクリロニトリル(PAN),ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等が例示される。典型的には、熱重合性(熱架橋性)の官能基を有するポリマー前駆体が使用される。ここに開示される技術において好ましく用いられるポリマー前駆体の具体例としては、例えば、第一工業製薬株式会社製の品番「TA140」やその類似品を挙げることができる。上記ポリマー前駆体の使用量は、所望のゲル化度等に応じて適宜選択すればよく、例えば、上記前駆体溶液の10〜17質量%程度とすることができる。
【0028】
上記重合開始剤は、使用するポリマー前駆体の種類に応じて適宜選択して用いることができる。典型的には熱重合開始剤が使用される。熱重合開始剤としては、アゾ系、過酸化物系等の、従来公知の各種開始剤を用いることができる。好ましい重合開始剤として、アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、過酸化ベンゾイル(BPO)等が例示される。上記重合開始剤の使用量は適宜選択すればよく、例えば、上記ポリマー前駆体に対して、0.1〜3質量%程度とすることができる。
【0029】
正極用非水溶媒(正極側電解質組成物Eに含まれる非水溶媒)としては、酸化電位(対Li/Li)が使用する正極活物質の満充電電位(対Li/Li)より高い有機溶媒を適宜選択して使用することが好ましい。好ましくは、酸化電位(対Li/Li)が正極活物質の満充電電位(対Li/Li)より0.1V以上(例えば0.2V以上であり、0.3V以上であってもよく、0.5V以上であってもよい。)高い有機溶媒が使用され得る。かかる有機溶媒は、一種のみを単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。かかる構成のリチウムイオン二次電池は、正極活物質に接している電解質組成物Q中の有機溶媒の酸化電位(対Li/Li)が、該電池のSOCが100%の状態における正極電位よりも高いものであり得る。したがって、正極における該溶媒の酸化分解が、より高度に抑制され得る。電解質組成物Eに含まれる非水溶媒の全量のうち、使用する正極活物質の満充電電位よりも酸化電位の高い有機溶媒の占める量が、50体積%を超える量であることが好ましく、より好ましくは75体積%以上、さらに好ましくは90体積%以上(例えば95体積%以上)であり、実質的に全部(例えば98体積%以上、典型的には100体積%)であってもよい。
【0030】
正極用非水溶媒として、典型的には、フッ素化された有機溶媒を使用する。好ましいフッ素化有機溶媒としては、フルオロエチレンカーボネート(FEC)、トリフルオロジメチルカーボネート(TFDMC)、ジフルオロジメチルカーボネート(メチルジフルオロメチルカーボネート、ジ(フルオロメチル)カーボネート)、フッ素化エステル、フッ素化エーテル等のフッ化カーボネート類(環状、直鎖状、分岐鎖状のいずれであってもよい。)が例示される。上記電解質組成物Qに含まれる非水溶媒のうち、典型的には50体積%以上、例えば75体積%以上(より好ましくは95体積%以上、さらに好ましくは99体積%以上)が、上記フッ化カーボネート類のうち少なくとも一種であることが好ましい。上記非水溶媒の実質的に全てが、一種または二種以上のフッ化カーボネートであってもよい。
【0031】
なお、非水溶媒の酸化電位(対Li/Li)としては、以下の方法に従って測定された値を採用するものとする。
LiFePOを用いて作用極を作製する。詳しくは、LiFePOと、アセチレンブラック(導電材)と、PVDF(結着剤)とを、これらの質量比が85:5:10となるように混合し、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)に分散させてスラリー状の組成物を調製する。これをアルミニウム箔状に塗付し、乾燥後にロールプレスして作用極(正極)シートを作製する。上記作用極と、対極としての金属リチウムと、作用極としての金属リチウムと、測定対象たる電解液とを用いて三極セルを構築する。この三極セルに対し、該作用極から完全にLiを脱離させる処理を行う。具体的には、温度25℃において、該作用極の理論容量から予測した電池容量(Ah)の1/5の電流値で4.2Vまで定電流充電を行い、4.2Vにおいて電流値が初期電流値(すなわち、電池容量の1/5の電流値)の1/50となるまで定電圧充電を行う。次いで、測定対象電解液の酸化電位が含まれると予測される電圧範囲(典型的には4.2Vよりも高い電圧範囲)において、任意の電圧で定電圧充電を所定時間(例えば、10時間程度)行い、その際の電流値を測定する。より具体的には、上記電圧範囲のなかで電圧を段階的に(例えば、0.2Vステップで)高くし、各段階において定電圧充電を所定時間(例えば、10時間程度)行い、その際の電流値を測定する。定電圧充電時の電流値が0.1mAより大きくなったときの電位を、上記電解液の酸化電位とする。
【0032】
正極側電解質組成物Eの支持塩としては、一般的なリチウムイオン二次電池に支持塩として用いられるリチウム塩を、適宜選択して使用することができる。かかるリチウム塩として、LiPF、LiBF、LiClO、LiAsF、Li(CFSON、LiCFSO等が例示される。かかる支持塩は、一種のみを単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。特に好ましい例として、LiPFが挙げられる。正極用非水溶媒とかかる支持塩とから調製する正極用非水電解液(正極側電解質組成物Eが溶液状である場合、該組成物Eに等しい。)は、例えば、上記支持塩の濃度が0.7〜1.3mol/Lの範囲にあることが好ましい。
【0033】
負極用非水溶媒(負極側電解質組成物Eに含まれる非水溶媒)としては、一般的なリチウムイオン二次電池の電解液に用いられ、負極での還元分解が起こり難い有機溶媒を適宜選択して使用することができる。これら有機溶媒は、一種のみを単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。例えば、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、エチレンカーボネート(EC)、ジエチルカーボネート(DEC)、プロピレンカーボネート(PC)等のカーボネート類(環状、直鎖状、分岐鎖状のいずれであってもよい。)を用いることができる。これらカーボネート類のうち少なくとも一種を使用することが好ましい。例えば、ECとDMCとの混合溶媒が好ましく使用され得る。なお、これら溶媒の一部は、負極表面で還元分解して該負極表面における副反応(還元分解等)を抑制する機能を有する表面被膜(SEI;Solid Electrolyte Interphase(固体電解質界面))を形成し得る。
【0034】
負極側電解質組成物Eの支持塩としては、上記正極側電解質組成物Eに含まれる支持塩と同様に、一般的なリチウムイオン二次電池用支持塩を用いることができる。典型的には、上記電解質組成物Eで用いた支持塩と同じ支持塩を使用する。特に好ましい例として、LiPFが挙げられる。負極用非水溶媒とかかる支持塩とから調製する負極用非水電解液(負極側電解質組成物Eが溶液状である場合は、該組成物Eに等しい。)は、例えば、上記支持塩の濃度が0.7〜1.3mol/Lの範囲にあることが好ましい。
【0035】
この明細書により開示される事項には、ここに開示されるいずれかのリチウムイオン二次電池を、上記上限電圧値が4.3V以上(典型的には4.5V以上、例えば4.7V以上)に設定された充放電条件で使用する方法が含まれる。また、かかるリチウムイオン二次電池(複数個の電池を直列および/または並列に接続してなる組電池の形態であってもよい。)と、該電池を上記上限電圧値となり得るように設定された充放電条件で制御する制御機構(制御装置)とを備えた電源装置が含まれる。
【0036】
上記電源装置は、例えば図11に示す電源装置800のように、リチウムイオン二次電池600と、これに接続された負荷802と、リチウムイオン二次電池600の状態に応じて負荷802の作動を調節する電子制御ユニット(ECU)804とを含む構成であり得る。負荷802は、リチウムイオン二次電池600に蓄えられた電力を消費する電力消費機および/または電池600に充電可能な電力供給機(充電器)を含み得る。ECU804は、所定の情報に基づいて、電池600の上限電圧値が4.3V以上の所定値(例えば4.5V)となるように負荷802を制御する。ECU804の典型的な構成には、少なくとも、かかる制御を行うためのプログラムを記憶したROM(Read Only Memory)と、そのプログラムを実行可能なCPU(Central Processing Unit)とが含まれる。上記所定の情報としては、例えば、電池600の電圧、各電極電位、充放電履歴、等のうち一または二以上の情報を利用可能である。ここに開示されるリチウムイオン二次電池600は、例えば、図11に示すような電源装置800の一構成要素として、図3に示すような車両(典型的には自動車、特にハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池自動車のような電動機を備える自動車)1に搭載され得る。
【0037】
以下、図面を参照しつつ、ここに開示されるリチウムイオン二次電池について、正負の電極を含む電極体と正極側および負極側の電解質組成物E,Eとが角型形状の電池ケースに収容された態様のリチウムイオン二次電池100(図1)を例にして更に詳しく説明する。ここでは正極側電解質組成物Eがゲル化された態様を採用したが、本発明の適用対象をかかる実施形態に限定することを意図したものではない。すなわち、本発明に係るリチウムイオン二次電池の形状は特に限定されず、その電池ケース、電極体等は、用途や容量に応じて、素材、形状、大きさ等を適宜選択することができる。例えば、電池ケースは、直方体状、扁平形状、円筒形状等であり得る。また、負極側電解質組成物Eがゲル化された態様でもあり得る。
【0038】
リチウムイオン二次電池100は、図1および図2に示されるように、捲回電極体20を、電解質組成物E(電解液)(符号66で表わす。)とともに、該電極体20の形状に対応した扁平な箱状の電池ケース10の開口部12より内部に収容し、該ケース10の開口部12を蓋体14で塞ぐことによって構築することができる。また、蓋体14には、外部接続用の正極端子38および負極端子48が、それら端子の一部が蓋体14の表面側に突出するように設けられている。
【0039】
上記電極体20は、長尺シート状の正極集電体32の表面に正極活物質層34が形成され、さらに電解質組成物E(電解質ゲル)(符号67で表わす。)が付与された正極シート30と、長尺シート状の負極集電体42の表面に負極活物質層44が形成された負極シート40とを、典型的には2枚の長尺シート状のセパレータ50と共に重ね合わせて捲回し、得られた捲回体を側面方向から押しつぶして拉げさせることによって扁平形状に成形されている。
【0040】
正極シート30は、その長手方向に沿う一方の端部において正極集電体32が露出している。同様に、捲回される負極シート40は、その長手方向に沿う一方の端部において、負極集電体42が露出している。そして、正極集電体32の該露出端部に正極端子38が、負極集電体42の該露出端部には負極端子48がそれぞれ接合され、上記扁平形状に形成された捲回電極体20の正極シート30または負極シート40と電気的に接続されている。正負極端子38,48と正負極集電体32,42とは、例えば超音波溶接、抵抗溶接等によりそれぞれ接合することができる。
【0041】
正極シート30は、上述のように、例えば、上述した正極活物質を必要に応じて導電材や結着剤(バインダ)等とともに適当な溶媒(例えば、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)等)に分散させたペースト状またはスラリー状の組成物(正極合材)を正極集電体32に付与し、該組成物を乾燥させることにより正極活物質層を形成し、この正極活物質層に、上述した手法に準じて上記前駆体溶液を十分に含浸させ、余剰分の前駆体溶液があればこれを除去した後、重合反応に供し、電解質組成物Eからなるゲル相67を付与することにより好ましく作製することができる。正極活物質層に含まれる正極活物質の量は、例えば、69〜98質量%程度とすることができる。
【0042】
導電材としては、カーボン粉末やカーボンファイバー等の導電性粉末材料が好ましく用いられる。カーボン粉末としては、種々のカーボンブラック、例えば、アセチレンブラック、ファーネスブラック、ケッチェンブラック、グラファイト粉末等が好ましい。導電材は、一種のみを単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。
正極活物質層に含まれる導電材の量は、正極活物質の種類や量に応じて適宜選択すればよく、例えば、1〜30質量%程度とすることができる。
【0043】
結着剤としては、種々の結着性ポリマー類から選択される一種または二種以上を用いることができる。例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)、ポリエチレンオキサイド(PEO)、ポリプロピレンオキサイド(PPO)、ポリエチレンオキサイド−プロピレンオキサイド共重合体(PEO−PPO)等の有機溶媒溶解性のポリマーを好ましく使用することができる。他の使用可能な結着剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース(CMC)、メチルセルロース(MC)、酢酸フタル酸セルロース(CAP)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)、ポリビニルアルコール(PVA)等の水溶性ポリマー;ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重含体(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)等のフッ素系樹脂、酢酸ビニル共重合体、スチレンブタジエンブロック共重合体(SBR)、アクリル酸変性SBR樹脂(SBR系ラテックス)、アラビアゴム等のゴム類(水分散性ポリマー);等が挙げられる。正極活物質層に含まれる結着剤の量は、正極活物質および導電材の種類や量に応じて適宜選択すればよく、例えば、1〜10質量%程度とすることができる。
【0044】
正極集電体32には、導電性の良好な金属からなる導電性部材が好ましく用いられる。例えば、アルミニウムまたはアルミニウムを主成分とする合金を用いることができる。正極集電体32の形状は、リチウムイオン二次電池の形状等に応じて異なり得るため、特に制限はなく、棒状、板状、シート状、箔状、メッシュ状等の種々の形態であり得る。本実施形態ではシート状のアルミニウム製の正極集電体32が用いられ、捲回電極体20を備えるリチウムイオン二次電池100に好ましく使用され得る。かかる実施形態では、例えば、厚みが10μm〜30μm程度のアルミニウムシートが好ましく使用され得る。
【0045】
負極シート40は、例えば、負極活物質を、必要に応じて結着剤(バインダ)等とともに適当な溶媒に分散させたペースト状またはスラリー状の組成物(負極合材)を負極集電体42に付与し、これを乾燥させて負極活物質層44を形成することにより好ましく作製することができる。
【0046】
負極活物質としては、従来からリチウムイオン二次電池に用いられる物質の一種または二種以上を特に限定なく使用することができる。例えば、少なくとも一部にグラファイト構造(層状構造)を含む粒子状の炭素材料(カーボン粒子)を用いることができる。いわゆる黒鉛質のもの(グラファイト)、難黒鉛化炭素質のもの(ハードカーボン)、易黒鉛化炭素質のもの(ソフトカーボン)、これらを組み合わせた構造を有するもののいずれも好ましく使用され得る。具体例として、天然黒鉛等が挙げられる。
【0047】
結着剤には、上述の正極と同様のものから選択される一種または二種以上を用いることができる。負極活物質層に含まれる結着剤の量は特に制限されず、負極活物質の種類や量に応じて適宜選択すればよい。
【0048】
負極集電体42としては、導電性の良好な金属からなる導電性部材が好ましく用いられる。例えば、銅または銅を主成分とする合金を用いることができる。また、負極集電体42の形状は、リチウムイオン二次電池の形状等に応じて異なり得るため、特に制限はなく、棒状、板状、シート状、箔状、メッシュ状等の種々の形態であり得る。本実施形態ではシート状の銅製の負極集電体42が用いられ、捲回電極体20を備えるリチウムイオン二次電池100に好ましく使用され得る。かかる実施形態では、例えば、厚みが6μm〜30μm程度の銅製シートを好ましく使用され得る。
【0049】
セパレータ50(上述の多孔質プラスチック層に相当する。)は、正極シート30および負極シート40の間に介在する層であって、典型的にはシート状をなし、正極シート30表面(電解質組成物Eにより表面が被覆された正極活物質層34)と、負極シート40表面(負極活物質層44)にそれぞれ接するように配置される。そして、正極シート30と負極シート40における両電極活物質層34,44の接触に伴う短絡防止や、該セパレータ50の空孔内に上述の溶液状電解質組成物Eを含浸させることにより電極間の伝導パス(導電経路)を形成する役割を担っている。かかるセパレータ50としては、従来公知のものを特に制限なく使用することができる。例えば、樹脂からなる多孔性シート(微多孔質樹脂シート)を好ましく用いることができる。ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン等の多孔質ポリオレフィン系樹脂シートが好ましい。単層構造シートおよび多層構造シートのいずれであってもよい。かかる多孔質プラスチック層の好適例としては、多孔質ポリオレフィンフィルム、例えばPP/PE/PP三層フィルム、PE単層フィルム等が挙げられる。耐酸化性の高いPP層を少なくとも正極側表面に有する多孔質ポリオレフィンフィルムの使用が特に好ましい。セパレータの厚みは、例えば、凡そ10μm〜40μmの範囲内で設定することが好ましい。
【0050】
なお、負極側電解質組成物Eがゲル化された態様を採用する場合、電解質ゲルが付与されたセパレータを各面に備えた負極シートと、電解質ゲルが付与されていない正極シートとを用いることにより、捲回電極体を備えたリチウムイオン二次電池を構築することができる。かかる電解質ゲル付きセパレータ/負極シート複合体は、例えば、負極用非水電解液を用いて調製した前駆体溶液を一枚目のセパレータに含浸させ、このセパレータを正極対向面を下にして置き、その上に各面に負極活物質層を有する負極シートを重ね、さらに二枚目のセパレータを正極対向面を上にして重ね合わせ、上記前駆体溶液をさらに上面にも含浸させた後にゲル化に供することによって作製することができる。あるいは、負極シートの片面にセパレータを正極対向面を上にして重ね合わせ、この面に電解質ゲルを付与した後、裏返して同様の処理を施すことによっても作製することができる。
【0051】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる実施例に限定することを意図したものではない。なお、以下の説明において「部」および「%」は、特に断りがない限り質量基準である。
【0052】
<例1>
正極合材として、LiNi0.5Mn1.5(正極活物質)とアセチレンブラック(導電材)とPVDF(結着剤)とを、これらの質量比が87:10:3となるように混合し、NMPに分散させてスラリー状組成物を調製した。この正極合材を、厚さ15μmのアルミニウム箔(正極集電体)の片面に塗付した後乾燥させて正極活物質層を形成し、ロールプレスして正極シートを作製した。この正極シートを、一角に幅10mmの帯状部が突き出た5cm×5cmの正方形に切り出した。その帯状部から上記活物質層を除去し、アルミニウム箔を露出させて端子部を形成し、端子部付きの正極シートを得た。
【0053】
負極合材として、天然黒鉛(負極活物質;平均粒径20μm,黒鉛化度≧0.9)とCMC(増粘剤)とSBR(結着剤)とを、これらの質量比が98:1:1となるように混合し、イオン交換水に分散させてスラリー状の組成物を調製した。この負極合材を、厚さ10μmの銅箔(負極集電体)の片面に、乾燥後の塗付量が正極と負極との理論容量比で1:1.5程度となるように塗布して乾燥させた後、ロールプレスして負極シートを作製した。この負極シートを、上記端子部付正極シートと同じ面積および形状に加工して、端子部付負極シートを得た。
【0054】
FECとTFDMC(FHCO(C=O)CHF)とを体積比1:1の割合で含む混合溶媒に、LiPFを1mol/Lの濃度となるように溶解して非水電解液Aを調製した。なお、上述した方法に従って、4.2V〜5.2Vの範囲で電圧を0.2Vずつ変え、各電圧値で10時間定電圧充電を行い、該電解液の酸化電位(すなわち、含まれる溶媒の酸化電位)を測定したところ、電解液Aの酸化電位は、5.0〜5.2Vであった。
上記端子部付正極シートと、適切な大きさに切り出して上記電解液Aを含浸させたセパレータ(多孔質PP/PE/PP三層シート)と、上記端子部付負極シートとを、この順に重ね合わせ、ラミネートフィルムで覆った。ここへ上記電解液Aを更に注入し、該フィルムを封止して理論容量(1C容量;1Cは、1時間で満充放電可能な電流値)が30mAhのラミネートセル型電池を構築した。
【0055】
<例2>
ECとDMCとを体積比1:1の割合で含む混合溶媒に、LiPFを1mol/Lの濃度となるように溶解して非水電解液Bを調製した。非水電解液Aの代わりに該非水電解液Bを用いた他は例1と同様にして、1C容量が30mAhのラミネートセル型電池を構築した。なお、上記と同様にして測定された電解液Bの酸化電位は、4.6〜4.8Vであった。
【0056】
<例3>
電解液A90部とPEO系ポリマー前駆体(第一工業製薬株式会社製、品番「TA140」)10部とを混合したものに、AIBN(熱重合開始剤)0.1部を加えて攪拌し、前駆体溶液を得た。例1の正極シートの正極活物質層上にこの前駆体溶液を押し出し圧0.05MPaにて付与した後、該正極シートを温度60℃の乾燥炉に120分間保持して重合反応を進行させ、電解質ゲルpAが付与された正極シートを作製した。なお、正極シート表面から該pAゲル層表面までの距離(ゲルpA層の厚み)は50μmとした。このpAゲル付き正極シートを、例1と同様の面積および形状に加工して、端子部を設けた。
【0057】
上記端子部付きのpAゲル付き正極シート、電解液Bを含浸させたセパレータ(多孔質PP/PE/PP三層シート)、例1と同様の端子部付き負極シートを、この順に重ね合わせ、ラミネートフィルムで覆った。ここへ電解液Bを更に注入し、該フィルムを封止して、1C容量が30mAhのラミネートセル型電池を構築した。
【0058】
<例4>
電解液B90部とPEO系ポリマー前駆体(第一工業製薬株式会社製、品番「TA140」)10部とを混合したものに、AIBN(熱重合開始剤)0.1部を加えて攪拌し、前駆体溶液を得た。例1の端子部付き負極シートの負極活物質層上に厚さ20μmのセパレータ(多孔質PP/PE/PP三層シート)を配置し、該セパレータ上に当該前駆体溶液を押し出し圧0.05MPaにて付与した後、温度60℃の乾燥炉に120分間保持して重合反応を進行させ、電解質ゲルpBが付与されたセパレータ/負極シート複合体を作製した。セパレータとpBゲル層とを併せた厚みは70μmとした(すなわち、セパレータ表面からpBゲル層表面までの距離(pBゲル層の厚み)は50μmとした)。
【0059】
例1と同様の端子部付き正極シートと、上記のpBゲル付きセパレータ/負極シート複合体とを、pBゲル層が正極シートの正極活物質層表面に対向するように重ね合わせ、ラミネートフィルムで覆った。正極シートとゲルpB層との間に電解液Aを注入し、該フィルムを封止して、1C容量が30mAhのラミネートセル型電池を構築した。
【0060】
[コンディショニング処理]
各電池セルを二枚の板で挟み、350kgf(350kg/25cm)の負荷がかかる状態に拘束した。拘束した各電池セルに対して、1/3Cのレートで4.9Vまで充電する操作と、1/3Cのレートで3.5Vまで放電させる操作とを3回繰り返した。以下の測定等は、特に断りがない限り拘束したままの電池セルに対して行った。
【0061】
[初期容量]
例1〜6に係る各電池セルに対し、温度25℃にて、1/5Cのレートで両端子間の電圧が4.9VとなるまでCC充電を行った後、電流値が1/50Cとなるまで定電圧(CV)充電を行って、満充電状態とした。次いで、1/5Cのレートで電圧が3.5VとなるまでCC放電させ、このときの放電容量を測定して初期容量とした。なお、充電終了後充電機をはずしたとき(過電圧が解除された状態)の両端子間電圧は、いずれも4.7〜4.8V程度であった。
【0062】
[初期直流抵抗]
初期容量測定後の各電池セルに対し、温度25℃にて、1/5CのレートにてSOCが60%となるまでCC充電を行った。SOC60%に調整した各電池セルに対し、該電池に対して1/3C,1C,3Cのレートで充電および放電を行い、そのときの過電圧を測定した。測定された過電圧値を対応する電流値(例えば、1/3Cでは10mA)で除することで抵抗を算出して初期直流抵抗とした。
【0063】
[充放電サイクル特性]
各電池セルを、上記初期容量測定時と同様にCC−CV充電して満充電状態とした後、各電池に対し、温度40℃にて、2Cのレートで4.9VまでCC充電し、10分間休止した後、同じレートで3.5VまでCC放電し、10分間休止する充放電サイクルを、200サイクル繰り返した。1サイクル目および200サイクル目の放電容量を測定し、200サイクル目2C放電容量の1サイクル目2C放電容量に対する百分率を容量維持率(%)として求めた。また、200サイクル完了後に、上記初期直流抵抗と同様の手順で直流抵抗を測定した。サイクル試験後直流抵抗の初期直流抵抗に対する百分率から、抵抗増加率(%)を算出した。
【0064】
[セパレータ表面のIR分析]
サイクル試験終了後、各電池を解体してセパレータを取り出して洗浄した後、該セパレータ表面(正極シート対向側の表面)を、フーリエ変換型赤外分光装置(Thermo Fisher Scientific社製、型式「Nicolet 6700 FT−IR」;ゲルマニウムプリズム)を用い、顕微ATR法(全反射吸収法)、スキャン回数128回、分解能8cm−1の条件にて分析した。未使用のセパレータについても、正極に対向させて用いられる表面を同様に分析した。これらの結果を、図6〜10に示す。
【0065】
例1〜4の電池の構成を表1に、上記評価試験の結果を表2に示す。
【0066】
【表1】

【0067】
【表2】

【0068】
表1,2に示されるとおり、正極とセパレータとの間に電解質ゲル層が存在せず、両極側とも同じ電解液Aを用いてなる例1の電池セルは、サイクル試験後の直流抵抗が初期値の30%近くも増加し、図6と図7との比較から明らかなように、サイクル試験後に測定されたセパレータ表面のIRチャートにおいて、C=O(1700〜1900cm−1)、C=C(1550〜1700cm−1)、C−O(1000〜1300cm−1)、C−O−C(1000〜1300cm−1)等に対応する新たなピークが認められた。同様に正極とセパレータとの間に電解質ゲル層が存在せず、両極側とも同じ電解液Bを用いてなる例2の電池セルは、サイクル試験後の直流抵抗が初期値の64%も増加し、図6と図8との比較から明らかなように、サイクル試験後のIRチャートには、例1同様、新たなピークが認められた。これらの結果は、該セパレータ表面に酸化反応によって生じた官能基が含まれることを示しており、該セパレータ表面において副反応(酸化反応)が起こり、高抵抗な酸化物が形成されたことを示唆するものである。例2の電池において抵抗増加率がより高かったことは、セパレータの劣化だけではなく、電解液B中の有機溶媒が正極表面で酸化され被膜を形成することにより、正極抵抗が顕著に増加したことによるものと考えられる。
また、200サイクル目の2C容量は、1サイクル目と比べ、例1では25%、例2では40%近くも低下した。例1の結果は、満充電状態の電池内において、電解液A中の有機溶媒が負極表面で還元分解され、大きな不可逆容量が生じたことによるものと考えられる。例2の結果は、正極表面における電解液B成分の酸化分解に起因するものと考えられる。
【0069】
これらに対し、正極とセパレータとの間に電解質ゲルが配置された例3,4の電池では、サイクル試験後の容量低下も10%以下(より詳しくは、8%以下)と少なく、さらには直流抵抗の増加率も例2より45%以上小さく、例1と比べても10%以上小さいという良好な結果を示した。また、図6と図9,10との比較から明らかなように、サイクル試験後に測定されたIRチャートは、使用前のセパレータ表面について測定されたIRチャートと略同様のピークのみを示しており、セパレータの正極対向面で酸化反応が起こったことを示す新たなピークは認められなかった。これらの結果は、例3,4の電池において、セパレータが正極の高電位によって酸化されておらず、電池性能の低下が少なかったことを示すものである。さらには、一方の電解質組成物をゲル化したことによって、正極側電解質組成物と負極側電解質組成物とが分離されたこともまた、一方の電極側電解質組成物に含まれる有機溶媒が他方の電極表面において分解されるのを防ぐことによって、直流抵抗増加や不可逆容量の抑制に貢献したものと考えられる。
【0070】
以上、本発明を詳細に説明したが、上記実施形態および実施例は例示にすぎず、ここで開示される発明には上述の具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【符号の説明】
【0071】
1 車両
20 捲回電極体
30 正極シート
32 正極集電体
34 正極活物質層
38 正極端子
40 負極シート
42 負極集電体
44 負極活物質層
48 負極端子
50 セパレータ
66 電解液
67 電解質ゲル
100,600,700 リチウムイオン二次電池
530 正極
534 正極活物質層
534A 正極活物質
540 負極
544 負極活物質層
544A 負極活物質
550 セパレータ
550A セパレータ正極対向面
550B セパレータ負極対向面
586 電解液
587 電解質ゲル
800 電源装置
804 電子制御ユニット(制御装置)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極活物質を有する正極と、
負極活物質を有する負極と、
これら電極間に配置されたセパレータと、
非水溶媒と支持塩とを含む正極側電解質組成物Eと、
非水溶媒と支持塩とを含む負極側電解質組成物Eと、
を備え、
前記電解質組成物E,Eのうち、一方は溶液状をなし、他方はゲル状をなし、当該ゲル状電解質組成物は、少なくとも一部が前記正極と前記セパレータとの間に配置されており、
前記正極側電解質組成物Eに含まれる非水溶媒の酸化電位(対Li/Li)は、前記負極側電解質組成物Eの酸化電位(対Li/Li)よりも高い、
リチウムイオン二次電池。
【請求項2】
前記正極側電解質組成物Eに含まれる非水溶媒は、酸化電位(対Li/Li)が4.3Vよりも高い、請求項1に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項3】
前記正極側電解質組成物Eに含まれる非水溶媒は、酸化電位(対Li/Li)が、前記電池の満充電状態における前記正極活物質の電位(対Li/Li)よりも高い、請求項1または2に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項4】
前記正極側電解質組成物Eに含まれる非水溶媒のうち95体積%以上は、フッ素化されたカーボネートの少なくとも一種からなる、請求項1から3のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項5】
前記セパレータは、ポリプロピレンを含有する、請求項1から4のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池と、
前記電池に電気的に接続され、該電池の少なくとも上限電圧値を規定する制御回路と、
を備え、
前記上限電圧値が4.3V以上に設定されている、電源装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−146492(P2012−146492A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−3695(P2011−3695)
【出願日】平成23年1月12日(2011.1.12)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】