説明

リン酸三カルシウムからなる生体材料セラミックス及びその製造方法

【課題】三価金属イオンを置換固溶するβ-TCP構造中の固溶サイトについては未だ報告がなく、固溶サイトへの金属イオン固溶による材料の機械的性質や生体内溶解性等の物性評価の報告もない。このため、生体材料として臨床応用することが難しかった。
【解決手段】本発明は、リン酸水素二アンモニウムと炭酸カルシウムと三価金属酸化物とを湿式混合した後、得られた混合物から溶媒エタノールを除去する混合工程と、混合工程で得られた混合体を溶媒中で粉砕した後、前記溶媒を除去する粉砕工程と、粉砕工程で得られた粉体を一軸加圧成型して成型体を作成する成型工程と、成型工程で得られた成型体を焼成する焼成工程と、を有するリン酸三カルシウム焼結体製造方法等を提供する。また、生体必須元素又は生体微量必須元素に分類される三価金属イオンを固溶したリン酸三カルシウムからなる生体材料セラミックス等を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はリン酸三カルシウムのリン酸サイトに生体必須元素又は生体微量必須元素に分類される三価金属イオンを置換固溶させた生体材料セラミックスに関する。
【背景技術】
【0002】
現代の急激な少子高齢化社会への移行にともない増加傾向にある高齢者の骨粗鬆症や骨折の治療に用いる医療材料、特に人工骨をはじめとする硬組織用代替材料としてリン酸三カルシウム[TCP;Ca3(PO4)2]が利用されている。リン酸三カルシウムは、生体親和性や骨誘導能に優れるだけでなく、生体内で次第に溶解しながら患者自身の骨(自家骨)と置換し、最終的には自家骨と完全に置換する生体吸収性セラミックスとして臨床応用されている。一方、その結晶構造中のカルシウムイオンおよびリン酸イオンと金属イオンが置換固溶する特徴を有し、金属イオンの置換固溶にともない材料化学的性質や生物学的性質が変化する。
【0003】
β型リン酸三カルシウム(β-TCP)およびα型リン酸三カルシウム(α-TCP)のカルシウムイオンと陽イオンを置換固溶した人工骨材としては、亜鉛イオン(Zn2+イオン)を置換した亜鉛含有TCP(特許文献1)が報告されている。in vitro(生体外)およびin vivo(生体内)評価により、この物質は、Zn2+イオンの溶出(除放)にともない通常のβ-TCPよりも優れた骨形成促進作用を有することが明らかにされている。
【0004】
また、二価金属イオンであるマグネシウムイオン(Mg2+イオン)または前述のZn2+イオンが置換固溶したβ-TCPの溶解性(生体吸収性)および溶解速度は、Mg2+イオンまたはZn2+イオンの置換固溶にともないともに低下することが明らかにされている。
【0005】
また、一価金属イオンであるリチウムイオン、ナトリウムイオンおよびカリウムイオン(Li+イオン、Na+イオン、K+イオン)または二価金属イオンであるマグネシウムイオン(Mg2+イオン)、亜鉛イオン(Zn2+イオン)、鉄イオン(Fe2+イオン)、銅イオン(Zn2+イオン)などの置換固溶したβ-TCPの固溶のメカニズムと溶解性の制御については特許文献2において公開されている。
【0006】
上記の一価金属イオンであるリチウムイオン、ナトリウムイオンおよびカリウムイオン(Li+イオン、Na+イオン、K+イオン)または二価金属イオンであるマグネシウムイオン(Mg2+イオン)を置換固溶するβ-TCP構造中のカルシウムサイトについてはすでに知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−175760
【特許文献2】特開2001−259016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、三価金属イオンを置換固溶するβ-TCP構造中の固溶サイトについては未だ報告がなく、固溶サイトへの金属イオン固溶による材料の機械的性質や生体内溶解性等の物性評価の報告もない。このため、生体材料として臨床応用することが難しかった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明は、生体必須元素又は生体微量必須元素に分類される三価金属イオンを固溶したリン酸三カルシウムからなる生体材料セラミックスを提供する。
【0010】
(2)本発明は、三価金属イオンの固溶量によって溶解性及び焼結性を制御された上記(1)に記載の生体材料セラミックスを提供する。
【0011】
(3)本発明は、三価金属イオンは、イットリウムイオン、ジスプロシウムイオン、ビスマスイオンのいずれか一である上記(1)又は上記(2)に記載の生体材料セラミックスを提供する。
【0012】
(4)本発明は、リン酸三カルシウムの全カルシウムイオンに対して9.1mol%以下の三価金属イオンを固溶した上記(3)に記載の生体材料セラミックスを提供する。
【0013】
(5)本発明は、上記(1)から(4)のいずれか一に記載のリン酸三カルシウムの焼結体からなる生体材料セラミックスを提供する。
【0014】
(6)本発明は、上記(1)から(4)のいずれか一に記載の生体材料セラミックスであって、その性状が粉体である生体材料セラミックスを提供する。
【0015】
(7)本発明は、上記(1)から(4)のいずれか一に記載の生体材料セラミックスであって、その性状が顆粒体である生体材料セラミックスを提供する。
【0016】
(8)本発明は、上記(1)から(4)のいずれか一に記載の生体材料セラミックスであって、その性状が膜状である生体材料セラミックスを提供する。
【0017】
(9)本発明は、リン酸水素二アンモニウムと炭酸カルシウムと三価金属酸化物を乾式混合し、得られた混合物を焼成して合成される上記(1)に記載のリン酸三カルシウムからなる生体材料セラミックスを提供する。
【0018】
(10)本発明は、リン酸水素二アンモニウムと炭酸カルシウムと三価金属酸化物とを湿式混合した後、得られた混合物から溶媒エタノールを除去する混合工程と、混合工程で得られた混合体を溶媒中で粉砕した後、前記溶媒を除去する粉砕工程と、粉砕工程で得られた粉体を一軸加圧成型して成型体を作成する成型工程と、成型工程で得られた成型体を焼成する焼成工程と、を有するリン酸三カルシウム焼結体製造方法を提供する。
【0019】
(11)本発明は、混合工程における三価金属酸化物の混合量によってリン酸三カルシウム焼結体の溶解性及び焼結性を制御する上記(10)に記載のリン酸三カルシウム焼結体製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、他の価数の金属イオンでは発現しない三価金属イオン独特の生体への作用、例えば骨生成促進作用などを有した新たな硬組織代替用バイオセラミックスの作製が可能となる。
【0021】
また、本発明は、固溶させる三価金属イオンの種類や固溶量で焼結性や溶解性などが制御可能でもあることから、これまでの金属イオン固溶TCPでは実現できなかった焼結性や溶解性などを有する硬組織代替材料が作製可能となる。また、理想的な生体硬組織代替材料とされる埋入する患者の年齢や性別、および患部に合わせた骨補填剤や生体骨セメントなどの作製を促進する発明である。
【0022】
また、本発明では、一般的なリン酸三カルシウムの製造方法である固相法を用いていることから、実用性および汎用性が高く、高温相のα-TCPではなく低温相のβ-TCPに三価金属イオンを固溶させたバイオセラミックスを、厳密な製造条件の制御、熟練した製造方法および高温処理(焼成)や新たな製造装置を必要としない。このため、現在のリン酸三カルシウムの製造ラインをそのまま用いて製造でき、少ない設備投資やコストで三価金属イオンに起因する骨生成促進効果などを有したβ-TCPの製造が可能となる。
【0023】
また、本発明での三価金属イオン固溶TCPは、その結晶相がTCP単相であり、生体に悪影響を及ぼすとされる金属酸化物や他のリン酸塩などの不純物を含まないため、十分にバイオセラミックスとしての応用が期待できる発明である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】β型リン酸三カルシウムの結晶構造を示す概念図
【図2】β型リン酸三カルシウムの結晶構造を構成するカラムを示す概念図
【図3】三価金属イオンを固溶したβ型リン酸三カルシウムの合成方法を示す処理フロー図
【図4】三価金属イオンを固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の製造方法を示す処理フロー図
【図5】三価金属イオンを固溶したβ型リン酸三カルシウムからなる焼結体の製造方法を示す処理フロー図
【図6】Y3+イオンを添加して作製した試料のX線回折結果(1)
【図7】Y3+イオンを添加して作製した試料のX線回折結果(2)
【図8】Dy3+イオンを添加して作製した試料のX線回折結果(1)
【図9】Dy3+イオンを添加して作製した試料のX線回折結果(2)
【図10】Bi3+イオンを添加して作製した試料のX線回折結果(1)
【図11】Bi3+イオンを添加して作製した試料のX線回折結果(2)
【図12】La3+イオンを添加して作製した試料のX線回折結果(1)
【図13】La3+イオンを添加して作製した試料のX線回折結果(2)
【図14】Y3+イオン添加β-TCPの格子定数変化を示す図
【図15】Dy3+イオン添加β-TCPの格子定数変化を示す図
【図16】Bi3+イオン添加β-TCPの格子定数変化を示す図
【図17】La3+イオン添加β-TCPの格子定数変化を示す図
【図18】Y3+イオン添加β-TCPのIRスペクトルを示す図
【図19】Y3+イオン添加β-TCPのIRスペクトルを示す図
【図20】Dy3+イオン添加β-TCPのIRスペクトルを示す図
【図21】Dy3+イオン添加β-TCPのIRスペクトルを示す図
【図22】Bi3+イオン添加β-TCPのIRスペクトルを示す図
【図23】Bi3+イオン添加β-TCPのIRスペクトルを示す図
【図24】La3+イオン添加β-TCPのIRスペクトルを示す図
【図25】La3+イオン添加β-TCPのIRスペクトルを示す図
【図26】プロファイル関数を用いてY-TCPのフィッティングを行った結果を示す図
【図27】三価金属イオンの固溶形態を示す図
【図28】Y3+イオン添加量に対する焼結体の焼成前後における体積収縮率変化を示す図
【図29】Y3+イオン添加量に対する焼結体の曲げ強度変化を示す図
【図30】Y3+イオン添加量に対する焼結体の開気孔率変化を示す図
【図31】Y3+イオン添加量に対する焼結体のかさ密度変化を示す図
【図32】Y3+イオン添加量に対する焼結体の微構造を示す図
【図33】Y3+イオン固溶量を変化させた試料を酢酸-酢酸ナトリウム緩衝溶液中に3時間浸漬した後の各種イオン溶出濃度を示す図
【図34】Bi3+イオン固溶量を変化させた試料を酢酸-酢酸ナトリウム緩衝溶液中に3時間浸漬した後の各種イオン溶出濃度を示す図
【図35】Dy3+イオン固溶量を変化させた試料を酢酸-酢酸ナトリウム緩衝溶液中に3時間浸漬した後の各種イオン溶出濃度を示す図
【図36】La3+イオン固溶量を変化させた試料を酢酸-酢酸ナトリウム緩衝溶液中に3時間浸漬した後の各種イオン溶出濃度を示す図
【図37】縦型管状炉の概略図を示す図
【図38】金属イオン無添加β-TCPの1200℃で加熱した時のX線回折図を示す図
【図39】金属イオン添加β-TCPの1200℃で加熱した時のX線回折図を示す図
【図40】金属イオン添加β-TCPの1250℃で加熱した時のX線回折図を示す図
【図41】金属イオン添加β-TCPの1300℃で加熱した時のX線回折図を示す図
【図42】金属イオン添加β-TCPの1350℃で加熱した時のX線回折図を示す図
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本件発明の実施の形態について、添付図面を用いて説明する。なお、本件発明は、これら実施形態に何ら限定されるべきものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々なる態様で実施し得る。
<<実施形態1>>
<実施形態1:概要>
【0026】
生体必須元素又は生体微量必須元素に分類される三価金属イオンを固溶したリン酸三カルシウムからなる生体材料セラミックス及びその焼結体について説明する。
<実施形態1:構成>
【0027】
本発明の生体材料セラミックスとは、事故や病気などにより欠損、喪失した歯や骨などの生体硬組織の置換材料として用いられるものであって、三価の金属イオンが後述する形態で固溶したリン酸三カルシウム(以下、TCPという)からなる生体材料セラミックスであればその形状は特に限定しない。粉体、顆粒体、膜状のものや、多孔体、緻密体などの焼結体が該当する。また、固溶とは、2種類以上の元素が互いに溶け合い、全体が均一の固相になることをいい、焼結体とは融点より低い温度で加熱して固化したものをいう。
【0028】
(1)固溶形態
【0029】
本発明に係るTCPは、結晶中のCaサイトにイットリウム等の生体必須元素又は生体微量必須元素に分類される三価の金属イオンを固溶したものである。TCPの機械的強度や溶解性は、その結晶構造、結晶性(粒子サイズなど)に影響を受けるため、結晶中のCaサイトに上記三価の金属イオンで固溶することにより、当該TCPからなる生体材料セラミックスの機械的強度や溶解性を制御する。
【0030】
(リン酸三カルシウムの性質)
リン酸三カルシウム〔Ca3(PO4)2:TCP〕には、低温からβ、α、α'の三つの相が存在する。α'-TCPは1450℃付近から高温で安定であり常温では得られない。α-TCPは1120-1180℃以下でβ-TCPに相転移するが、転移の速度が遅いため常温で準安定相として存在する。天然にはWhitlockite〔(Ca18(Mg、Fe)2H2(PO4)14、β相と類似)として存在する。α-TCPおよびβ-TCPはともに生体活性材料であり、バイオセラミックスとして利用されている。これらの生体内における挙動はHApと似ているが、溶解度はHApより大きく、β-TCPの溶解度はHApの約2倍、α-TCPはHApの約10倍である。
【0031】
β-TCPは HApよりCa/Pモル比が低い(Ca/Pモル比=1.50)ため、β-TCPは他のリン酸カルシウム系セラミックスと比較して生体中での溶解および吸収速度が大きく、新生骨の生成とともに自家骨と置換するため人工歯根や骨充填材として臨床応用されている。また、β-TCPはα-TCPへの転移温度である1150℃以下の温度で焼結体が作製でき、このような焼成プロセスにより分解などを起こさず、吸水性もある。材料の吸収速度が周囲に形成する骨生成速度と適合し、新たに形成した骨が十分な強度をもつことが理想的なバイオセラミックスと考えられるため、β-TCPはこの条件を満たす可能性を有する数少ない材料である。
【0032】
一方、α-TCPは水和してHApとなり、その時に硬化する性質があるため生体用セメントとして応用されている。しかし、水のみによる硬化では硬化時間が生体用セメントの使用条件にくらべて長すぎるため、硬化促進のためクエン酸、ポリアクリル酸などの酸を硬化剤として添加する方法も用いられている。しかし、生体用セメントとして酸を用いた場合、充填部位周辺に炎症性の反応が生じるため、酸を用いないかまたは酸を積極的に中和させるタイプのセメントが開発されている。
【0033】
(β型リン酸三カルシウムの結晶構造)
β-TCPの空間群はR3cで菱面体晶系に属する。格子定数は六方格子設定でa=1.04352(2)nm、c=3.74029(5)nmである。図1、図2にβ-TCPの結晶構造を示す。β-TCPは結晶構造(単位格子)中にCaとPO4四面体からなる結晶学的に独立なA、B 2本のカラムが存在し、これら2本のカラムがc軸に平行に存在している。カラムAはc軸(3回軸)上に存在し、P(1)-Ca(4)-Ca(5)-P(1)-空孔-Ca(5)の繰り返しである。天然鉱物であるWhitlockiteではCa(4)およびCa(5)サイトにはMgやFeといった他の金属イオンが置換する。また、Ca(4)サイトは席占有率が約0.5であるため、カラムAに空孔が存在する特異な結晶構造をもっている。カラムBはP(2)-Ca(3)-Ca(1)-Ca(2)-P(3)の繰り返しであるが、三つのCaは一直線上にのらずに1/3ずつずれるため折れ線を形成する。下記の表1と表2に空孔を考慮したβ-TCP単位格子中の各Ca2+イオンサイトおよびPO43-イオンサイトの割合を示した。

[表1]

[表2]

【0034】
(三価金属イオン固溶β型リン酸三カルシウム)
【0035】
本発明で生体材料セラミックス等に固溶させる三価金属イオンとしては、主として生体必須元素又は生体微量必須元素に分類されるものである。生体必須元素又は生体微量必須元素とは、生体分子の立体構造を維持したり、重要な生体反応や独特の生理作用を発揮する元素である。生体必須元素又は生体微量必須元素に分類される三価金属イオンとしては、例えばイットリウムイオン(Y3+)、ビスマスイオン(Bi3+)、ジスプロシウムイオン(Dy3+)、バナジウムイオン(V3+)、ランタンイオン(La3+)などが考えられる。また、マンガンイオン(Mn3+)、鉄イオン(Fe3+)、クロムイオン(Cr3+)等も考えられる。これらの三価金属イオンを用いることにより、生体に適した生体材料セラミックス等を生成することが可能になる。
【0036】
(3)三価金属イオン添加β-TCPの合成
【0037】
本発明に係る三価金属イオン固溶β-TCPの合成は既存の方法に従い、固相反応による乾式法と、水溶液反応による湿式法のどちらでもよいが、不純物相の生成を抑制できる点で、乾式法が好ましい。例えば、既存の方法に従い、リン酸源及びカルシウム源としてリン酸水素二アンモニウム((NH4)2HPO4)と、酸化カルシウム(CaO)を出発原料として用い、三価金属イオン源として酸化イットリウム(Y23)(又は酸化ビスマス(Bi23)、酸化ジスプロシウム(Dy23)、酸化バナジウム(V23))を用いた。各出発原料を乾式混合し、得られた混合物を焼成して生成される。一例を図3に示す。各出発原料を1時間乾式混合(S0301)する。これを昇温速度3℃/min、焼成温度1000℃、保持時間12時間、大気雰囲気中の条件下で焼成する(S0302)。続いて再度1時間の乾式混合を行う(S0303)。そして再度、昇温速度3℃/min、焼成温度1000℃、保持時間12時間、大気雰囲気中の条件下で焼成し(S0304)、得られた焼成体が本発明に係る三価金属イオン固溶β-TCPとなる。
【0038】
なお、後述する実施例1において評価される三価金属イオン固溶β-TCPは、図3に示す方法で合成されたものである。
【0039】
(4)三価金属イオン固溶β-TCPの焼結
【0040】
本発明に係る三価金属イオン固溶β-TCPの焼結は既存の方法に従い行えばよい。一例を図4に示す。リン酸源及びカルシウム源としてリン酸水素二アンモニウム(CaHPO4・2H2O)と、酸化カルシウム(CaCO3)を出発原料として用い、三価金属イオン源として酸化イットリウム(Y23)(又は酸化ビスマス(Bi23)、酸化ジスプロシウム(Dy23)、酸化バナジウム(V23))を用いた。上記出発原料をボールミルで48時間湿式混合する(S0401)。溶媒としてエタノールなどの有機溶媒を用いる。その後、エバポレータなどを用いて溶媒を除去する(S0402)(混合工程)。溶媒除去後の混合体を再度溶媒に入れて粉砕し(S0403)、その後再度溶媒を除去する(S0404)(粉砕工程)。ここで得られた粉体を一軸加圧成型して成型体を作成し(成型工程)(S0405)、当該成型体を焼成し(焼成工程)(S0406)、焼結体を得る。ここで、一軸加圧成型(S0405)は、32MPaで1分間加圧する。使用する金型は45mm×20mmである。また、焼成(S0406)は、昇温速度3℃/min、焼成温度1100℃、保持時間24時間、大気雰囲気中の条件下で行う。
【0041】
なお、図5に示すように、ボールミルで湿式混合し(S0501)、溶媒を除去(S0502)した後、仮焼工程(S0503)を行ってもよい。また、一軸加圧成型(S0506)後にCIP成型工程(S0507)を行ってもよい。当該仮焼工程(S0503)は、昇温速度3℃/min、焼成温度800℃〜1000℃、保持時間12時間、大気雰囲気中の条件下行う。また、CIP成型工程(S0507)は200MPaで1分間加圧成型する。なお、仮焼工程における仮焼温度の違いにより、焼結性及び焼結体の機械的強度に明らかな差異が見られるため、仮焼工程を行うことによりこれらを調整することが可能である。また、CIP成型工程により、より均一な焼結体の製造が可能である。
【0042】
<実施形態1:効果>
【0043】
三価の金属イオンがβ-TCPに固溶することを明らかにした本発明は、β-TCPに固溶させる金属イオンの選択範囲を増加させるだけでなく、固溶した金属イオンに起因する材料の溶解性制御、骨生成促進作用なども有する新規な硬組織代替用生体材料として応用範囲の拡大につながる。
【0044】
本発明では、一般的なリン酸三カルシウムの製造方法である固相法を用いて、高温相のα-TCPではなく低温相のβ-TCPに三価の金属イオンを固溶させるため、厳密な製造条件の制御、熟練した製造方法および高温処理(焼成)を必要とせず、現在のリン酸三カルシウムの製造ラインで製造できるため、少ない設備投資やコストで固溶させた陰イオンに起因する骨生成促進効果などを有したβ-TCPの製造が可能となる。
【実施例1】
【0045】
三価の金属イオンを添加したβ-TCPの評価
【0046】
図3に示す方法により作成した三価金属イオンを添加したβ-TCP(以下、単に「試料」とする)について、X線回折、FT−IR、生体吸収性等の試験を行った。なお、本実施例の三価金属イオン添加β-TCPの乾式混合時の原料のモル配合比を下記表3に示す。

[表3]

【0047】
(1)X線回折
【0048】
リガク製RAD-2C型X線回折装置を用いて、試料の結晶相の同定を行った。測定条件は、ターゲット:CuKαモノクロメーター、走査範囲(2θ):10-60°、スキャンステップ:0.020°、スキャンスピード:8°/min、使用管電圧:40kV、使用管電流:30mA、である。
【0049】
三価金属イオンを0〜12mol%添加して作製した試料のX線回折結果を図6〜図13に示す。図6および図7より、Y3+イオン添加量の増加にともなう回折ピークのシフトはほとんど見られなかった。しかし、Y 3+イオン9.09mol%添加β-TCPでは、β-TCPにY 3+イオンが9.09mol%固溶したときの理論組成であるCa9Y(PO4)7(ICDD46-0402)の回折線と一致した。Y 3+イオン添加量10mol%以降では、YPO4(ICDD 11-0254)の回折ピークが確認された。
【0050】
図8および図9より、Y3+イオンの場合と同様に、Dy3+イオン添加量の増加にともなう回折ピークのシフトは見られなかった。Dy3+イオン9.09mol%添加β-TCPでは、β-TCPにDy3+イオンが9.09mol%固溶したときの理論組成であるCa9Dy(PO4)7(ICDD 49-1086)の回折線と一致した。Dy3+イオン添加量10mol%以降では、DyPO4(ICDD 26-0591)の回折ピークが確認された。
【0051】
図10および図11より、Bi3+イオン添加量9.09mol%までは、添加量の増加にともない、ピークがわずかに低角度側にシフトし、Bi3+イオン9.09mol%添加β-TCPでは、β-TCPにBi3+イオンが9.09mol%固溶したときの理論組成であるCa9Bi(PO4)7(ICDD44-0187)の回折線と一致した。それ以降はピークのシフトは見られなかった。Bi3+イオン添加量10mol%以降では、Ca3Bi(PO4)3(ICDD44-0187)の回折ピークが確認された。
【0052】
図12および図13より、La3+イオン添加量9.09mol%までは、添加量の増加にともない、ピークがわずかに低角度側にシフトした。それ以降はピークのシフトは見られなかった。ICDDカードデータにはないが、添加量9.09mol%のときにはCa9La(PO4)7という組成になっていると考えられる。La3+イオン添加量10mol%以降では、LaPO4(ICDD32-0493)の回折ピークが確認された。以上のことから、三価金属イオンはβ-TCP構造中に9.09mol%まで固溶すると考えられる。
【0053】
三価金属イオンを固溶したリン酸三カルシウムの構造安定性は、Ca(5)サイトの酸化物イオンとの配位状態(6配位)に依存する。すなわち、β-TCPのCa(5)サイトの6配位の結晶化学的な安定性は熱的安定性に一致し、さらにリン酸三カルシウムの溶解性および固体の拡散(焼結性)にも依存する。すなわち、Ca(5)サイトの安定化によるブロッキング効果の増大によって物質移動は抑制され、バルクを構成する粒子成長を抑制することに寄与する。一方、α-TCPに三価金属イオンを固溶させると、3Ca2+イオン=2M3+イオン+□で部分的に置換固溶する。生じた空孔濃度は物質移動に寄与する。このように三価金属イオンを固溶させることによってリン酸三カルシウム構造の安定性と空孔濃度を制御することができ、それによってリン酸三カルシウムの溶解性や固体反応を制御するものである。
【0054】
(2)格子定数
【0055】
格子定数の測定には、リガク製回転対陰極型X線回折装置RINT-1500を使用し、内部標準試料としてSi(99.99%、三津和化学薬品株式会社)を用い、β-TCPの回折線(2 0 10)、(2 1 8)、(2 2 0)、(3 2 8)、(2 0 20)の5本とSiの回折線(1 1 1)、(2 2 0)、(3 1 1)、(2 0 20)の4本について最適な条件下で予備測定した。測定は、使用管電圧:40kV、使用管電流:200mA、にて行った。また、測定したX線回折図についてピークトップ法を用いた内部標準法で角度補正を行い、次式を用いて最小二乗法で格子定数の精密化を行った。

[数1]

【0056】
つぎに、三価金属イオン添加β-TCPの格子定数変化を図14〜図17に示す。図14より、Y3+イオンを添加すると、a軸は添加量9.09mol%までわずかに増加し、その後一定となった。一方、c軸はY 3+イオン添加量9.09mol%まで減少し、その後一定となった。
【0057】
図15より、Dy3+イオンを添加すると、a軸は添加量9.09mol%までわずかに増加し、その後一定となった。一方、c軸はDy3+イオン添加量9.09mol%まで減少し、その後一定となった。
【0058】
図16より、Bi3+イオンを添加すると、a軸は添加量9.09mol%まで増加し、その後一定となった。一方、c軸はBi3+イオン添加量6 mol%まで増加し、その後一定となった。
【0059】
図17より、La3+イオンを添加すると、a軸、c軸ともに、La3+イオン添加量9.09mol%まで増加し、その後一定となった。
【0060】
格子定数変化と三価金属イオンの電荷の関係から、β-TCPに三価金属イオンが3Ca2++□=2M3++2□という形で9.09mol%まで固溶すると考えられる。
【0061】
(3)FT−IR
【0062】
日本分光製FT/IR-230型フーリエ変換型赤外分光光度計を用いて定性分析を行った。測定範囲は、400-4000cm−1、積算回数は68回である。試料の測定はKBrを用いた拡散反射法により行い、試料とKBrの混合重量比は試料1に対し、KBrが約20の比率である。
【0063】
β-TCPのFT-IRスペクトルでは一般的に945cm-11)、432cm-12)、1010cm-13)、550cm-14)付近にPO43-イオンの4つの基準振動の吸収が認められる。ここでν1とν3は伸縮振動、ν2とν4は変角振動である。
【0064】
図18〜図25に三価金属イオン添加β-TCPのIRスペクトルを示す。図18および図19より、Y 3+イオン添加量の増加にともない、ν1およびν3を含む吸収帯がブロードになった。
【0065】
図20および図21より、Y3+イオンの場合と同様に、Dy3+イオン添加量の増加にともない、ν1およびν3を含む吸収帯がブロードになった。Y3+イオンとDy3+イオンはイオン半径がほぼ等しいため、同じような変化をしたと考えられる。
【0066】
図22および図23より、Bi3+イオン添加量の増加にともない、ν1およびν3を含む吸収帯が低波数側に広がり、1000cm-1付近の吸収が広がった。
【0067】
図24および図25より、La3+イオン添加β-TCPのIRスペクトルにおいて、La3+イオン添加量が増加しても、ν1およびν3を含む吸収帯に大きな変化は見られなかった。
【0068】
三価金属イオンは空孔を含めると2つのサイトに対して1つの金属イオンしか固溶しないと考えられ、このときに空孔が形成されなければ、O2-イオンの配位は大きく変化し、PO43-イオンの対称性の低下が予想される。しかし、上記三価金属イオン添加β-TCPは、PO43-イオンの対称性の低下は見られなかった。このことからも、三価金属イオンを固溶した際に、空孔が形成されると考えられる。
【0069】
(4)リートベルト解析
【0070】
Y3+イオンを9.09 mol%固溶した試料をX線回折測定した。
(結晶学データ : 中性子回折測定データM. Yashima et al.、 Journal of Solid State Chemistry、 175、 272-277 (2003).)
【0071】
高速収束器を装着したX線回折装置(Rigaku Ultima III)により測定したβ-TCPと中性子回折測定データとでフィッティングし、得たプロファイル関数をY3+イオン固溶β型リン酸三カルシウム(以下、Y-TCPという)でのリートベルト解析の際に用いた。
【0072】
図26に示すように、プロファイル関数を用いてY-TCPのフィッティングを行った結果、30.5°付近の最大ピーク強度がβ―TCPの1.5倍であり、ガウス関数が増大するとともに、それに影響されローレンツ関数が幅を持った。
【0073】
Ca(4)サイトの空孔(□)の席占有率を0として、Ca(5)サイトのY原子の席占有率を求めると、解析するとプログラムは収束し、電荷補償のためにCa(5)サイトのY原子の席占有率は約1.0の値になり、フィッテングパラメータCHI**=3.98となった。さらにリートベルトシミュレーションによる回折プロフィールと実験による回折プロフィールとがほぼ一致した結果を得た。このことから、図27に示すように、固溶する三価金属イオンの置換する位置はCa(5)サイトであり、一方のCa(4)サイトはすべて空孔になることを明らかにした。その固溶メカニズムはAカラムの陽イオンを対象に考えると2Ca(5)+Ca(4)+□=2MIII+2□で固溶し、その固溶限界は全Caサイトに対して計算から求められる9.09 mol%とも一致した。
【0074】
(5)機械的性質
【0075】
a) 体積収縮率変化
【0076】
作製した焼結体の焼成前後における試料体積から算出したY3+イオン添加量に対する体積収縮率変化を図28に示す。この図が示すように、体積収縮率についてはY3+イオン添加量の増加にしたがい低下した。
【0077】
b) 焼結体の曲げ強度測定
【0078】
曲げ強度はJIS R 1601に基づき、オートグラフ(AG-1、島津製作所製)を使用し、以下の条件で三点曲げ試験を行い測定した。
【0079】
支点間距離:30mm
クロスヘッド速度:0.5 mm・min-1
試料片本数:2〜6本
試料片サイズ:3.0×4.0×36mm
試験温度:室温
試験雰囲気:大気中
試料の加工:焼結切断には低速切断機(ISOMETtm、BUEHLER製)を、表面研磨には研磨機(ダイアラップML-150、マルトー製)を使用し、耐水研磨紙♯200、♯400で研磨と面取りを行った。
【0080】
測定した焼結体の最大荷重から曲げ強度をJIS-R-1601に基づき、次式より求めた。

[数2]


ここで、σは三点曲げ強さ(MPa)、Pは試験片が破壊したときの最大荷重(N)、Lは支点間距離(mm)、wは試験片の幅(mm)、tは試験片の厚さ(mm)である。
【0081】
作製した焼結体の曲げ強度変化を図29に示す。この図が示すように、Y3+イオン添加β-TCP焼結体の曲げ強度は、Y3+イオン添加量の増加にしたがい低下した。
【0082】
c) アルキメデス法による開気孔率およびかさ密度の測定
【0083】
開気孔率およびかさ密度は、アルキメデス法(JIS R 1634)で溶媒には純水を用いて行った。開気孔率およびかさ密度は下記の式より求めた。

[数3]


ここで、W1は試料の乾燥重量(g)、W2は飽水試料の水中重量(g)、W3は飽水試料の空中質量(g)、Sは純水の密度(1.0g・cm-3)である。
【0084】
Y3+イオン添加量を変化させて作製した焼結体の開気孔率変化を図30に、かさ密度変化を図31にそれぞれ示す。これらの図が示すように、Y3+イオン添加β-TCP焼結体の開気孔率はY3+イオン添加量9.09mol%まで増加し、かさ密度についてはY3+イオン添加量の増加にしたがい低下した。
【0085】
d) 焼結体の微構造の観察
【0086】
焼結体の微構造観察には走査型電子顕微鏡(SEM)、(VE-7800、KEYENCE製)を使用した。試料の加工として、研磨機(ダイアラップML-150、マルトー製)を使用し、耐水研磨紙♯200、 ♯400、♯800、♯1500、ラッピングダイヤ液MM-130、ポリシングダイヤMM-140を用いて鏡面研磨を行った試料を昇温速度5℃・min-1、保持時間5時間、大気雰囲気、1000℃でサーマルエッチングを行った。イオンスパッタ装置 (FINE CORT FC-1100、日本電子製)を使用し、金を蒸着させ(0.75kV、75mA)、それを検鏡試料とした。以下に測定条件を示す。
【0087】
フィラメント:W(タングステン)
加速電圧:1〜3kV
【0088】
作製した焼結体の微構造を図32に示す。微構造からは、Y3+イオン添加β-TCP焼結体の粒子径に大きな変化はみられなかったが、添加量の増加にともない9.09mol%まで気孔が増加していることを確認した。これらのことから、Y3+イオン固溶で焼結体の焼結性は低下することが示唆され、これにともない曲げ強度が低下したと考えられた。
【0089】
Y3+イオンを添加した焼結体はY3+イオン添加量9.09mol%までβ-TCP構造であることを確認した。また、その曲げ強度はY3+イオン添加量の増加にしたがい低下した。微構造観察からは、Y3+イオン添加量の増加にともないY3+イオン添加量9.09mol%まで焼結性の低下を確認した。
【0090】
以上の機械的性質についてDy3+イオンやBi3+イオンの三価金属イオン固溶β-TCP焼結体についても同様に試験を行った。表4は、Y3+イオン、Dy3+イオン、Bi3+イオンをそれぞれ9.09mol%まで固溶したβ-TCP焼結体と、通常のβ-TCP焼結体の物性を比較するものである。この表が示すように、これらの三価金属イオンを固溶したβ-TCP焼結体は、三価金属イオン添加量にしたがいその加工性は向上することが分かる。
[表4]

【0091】
(6)三価金属イオンを固溶させたTCPの溶解性
【0092】
pH5.50の酢酸-酢酸ナトリウム緩衝液を用いて生体吸収性試験を行った。図33〜図36には、各種三価金属イオン固溶量を変化させた試料を酢酸-酢酸ナトリウム緩衝溶液中に3時間浸漬した後の各種イオン溶出濃度を示す。三価金属イオン固溶β-TCPを酢酸-酢酸ナトリウム緩衝溶液中へ浸漬した場合、陽イオン[(Ca+0.67M):M=Y、Dy、Bi]およびPO43-イオン溶出濃度は、三価金属イオン固溶量の増加にともないそれぞれ低下した。したがって、β-TCPへの三価金属イオン固溶は、その溶解性を抑制することが明らかになった。
【0093】
一方、Y3+イオン、Bi3+イオン、Dy3+イオン溶出濃度においては、理論組成から求めた全陽イオン溶出量に対する金属イオン溶出量 [0.67M/(Ca+0.67M)]よりも低くなった。 三価金属イオンは水溶液中で加水分解して不溶性物質になると分かっている。 したがって、溶出した三価金属イオンは酢酸-酢酸ナトリウム緩衝溶液中で加水分解し、それにともない不溶性物質が生成したため、三価金属イオンの溶出がほとんど認められなかったと考えた。
【0094】
一方、V3+イオン固溶β-TCPからは、理論組成から求めた理論値以上のV3+イオンの溶出を確認した。 それは固溶量の増加にしたがい増加した。 これらの三価金属イオン固溶β-TCPの違いは、三価金属のイオン半径が関係していると考えた。 三価金属イオンが固溶するCa(5)サイトの配位数である六配位における各種三価金属イオンのイオン半径比を表5に示す。イオン半径比は、各種三価金属イオンの六配位におけるイオン半径と、陰イオンであるO2-イオンのイオン半径との比であり、六配位でもっともその構造が安定するイオン半径比は0.414〜0.732である。 各種三価金属イオンのイオン半径比はY3+イオン、Bi3+イオン、Dy3+イオン、V3+イオンの順に、0.743、0.736、0.750、0.557となり、最密状態である0.732のときとの絶対値は、Bi3+イオン固溶β-TCP<Dy3+イオン固溶β-TCP≒Y3+イオン固溶β-TCP<V3+イオン固溶β-TCPとなる。 これは上記の各種イオン溶出量の順と一致している。 これらの結果から、イオン半径の小さいV3+イオンは他の三価金属イオンに比べて優先的に溶出したと考えられる。
【0095】
[表5]

【0096】
(7)熱安定性評価
【0097】
熱安定性を評価するために縦型管状炉を用いて加熱した。加熱条件は金属イオン無添加β-TCPの場合では焼成温度1100、1150、1170、1200℃にて焼成し、各種金属イオン固溶のβ-TCPの場合は焼成温度1200、1250、1300、1350℃にて焼成し、それぞれ焼成時間は30〜240分間とした。図37に縦型管状炉の概略図を示す。ニラコ製の白金線および白金るつぼを使用した。
【0098】
測定方法としては、管状炉を所定の温度まで昇温し安定するまで待機した。安定したら管状炉を下へ移動させ、試料を入れた白金るつぼを白金線で吊るし、管状炉の中心にくるように上から入れた。その時、R熱電対と白金るつぼの距離を5mmとした。それぞれ所定の時間になったら、管状炉を下げて試料の入った白金るつぼを取り出し、氷の中に入れて急冷した。冷却後、粉砕した。
【0099】
リガク製RAD‐2C型X線回折装置を用いて、得られた生成物の結晶相の同定を以下の測定条件で行った。
【0100】
ターゲット:Cu (Cu‐Kα線)
走査範囲:10〜60°
スキャンステップ:0.010°
スキャンスピード:8.000°/min
使用管電圧:40kV
使用管電流:30mA
モノクロメーター使用
【0101】
金属イオン無添加β-TCPを焼成温度1100、1130、1150、1170、1200℃において所定の時間焼成し、得られた生成物の結晶相の同定を行った。焼成温度1100℃では240分間焼成してもβ-TCPに帰属する回折ピークのみが確認され、β-TCP単相であることが確認できた。金属イオン無添加β-TCPのβ-α相転移温度は1120〜1180℃と報告されている。焼成温度の上昇に連れてα-TCPに帰属される回折ピーク強度が増大したのが確認された。また、同じ焼成温度でも焼成時間の増加に連れてα-TCPの回折ピーク強度が増大した。焼成温度1150℃、1170℃および1200℃では焼成温度30分でもα-TCPに帰属されるピークが現れているため、β-TCPからα-TCPへの相転移は速いと考えられる。
【0102】
Y3+イオン3mol%固溶β-TCPを焼成温度1200、1250、1300、1350℃において所定の時間焼成し、得られた生成物をX線回折により結晶相の同定を行い、図39〜図42に示す結果を得た。図39に示す焼成温度1200℃では焼成時間30分でα-TCPに帰属される回折ピークが確認された。図38に示す金属イオン無添加β-TCPの1200℃で加熱した時のX線回折図と比較すると、金属イオン無添加β-TCPではほぼα-TCPに帰属する回折ピークが確認されたが、Y3+イオンを3mol%固溶させることで、α-TCPとβ-TCPの混合相ではあるもののβ-TCPの回折ピークが占める割合が高いことから、β-α相転移が抑制され、相転移温度が高温側に幅が広がり、相転移速度が遅くなったことが分かった。
【0103】
(8)まとめ
【0104】
本発明は、過去の報告とは異なり、β-TCPに三価金属イオンを固溶させるとCa(5)サイトにだけ置換することを明らかにした。また、三価金属イオンは、2Ca(5)+Ca(4)+□=2MIII+2□で固溶し、その固溶限界は全Caサイトに対して9.09mol%であることが分かった。しかし、三価金属イオンを固溶したリン酸三カルシウムの構造安定性は、Ca(5)サイトの酸化物イオンとの配位状態(6配位)に依存する。すなわち、β-TCPのCa(5)サイトの6配位の結晶化学的な安定性は熱的安定性に一致し、さらにリン酸三カルシウムの溶解性および固体の拡散(焼結性)にも依存する。すなわち、Ca(5)サイトの安定化によるブロッキング効果の増大によって物質移動は抑制され、バルクを構成する粒子成長を抑制することに寄与する。一方、α-TCPに三価金属イオンを固溶させると、3Ca2+イオン=2M3+イオン+□で置換固溶する。生じた空孔濃度は物質移動に寄与する。このように三価金属イオンを固溶させることによってリン酸三カルシウム構造の安定性と空孔濃度を制御することができ、それによってリン酸三カルシウムの溶解性や固体反応を制御するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体必須元素又は生体微量必須元素に分類される三価金属イオンを固溶したリン酸三カルシウムからなる生体材料セラミックス。
【請求項2】
三価金属イオンの固溶量によって溶解性及び焼結性を制御された請求項1に記載の生体材料セラミックス。
【請求項3】
三価金属イオンは、イットリウムイオン、ジスプロシウムイオン、ビスマスイオンのいずれか一である請求項1又は2に記載の生体材料セラミックス。
【請求項4】
リン酸三カルシウムの全カルシウムイオンに対して9.1mol%以下の三価金属イオンを固溶した請求項3に記載の生体材料セラミックス。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一に記載のリン酸三カルシウムの焼結体からなる生体材料セラミックス。
【請求項6】
請求項1から4のいずれか一に記載の生体材料セラミックスであって、その性状が粉体である生体材料セラミックス。
【請求項7】
請求項1から4のいずれか一に記載の生体材料セラミックスであって、その性状が顆粒体である生体材料セラミックス。
【請求項8】
請求項1から4のいずれか一に記載の生体材料セラミックスであって、その性状が膜状である生体材料セラミックス。
【請求項9】
リン酸水素二アンモニウムと炭酸カルシウムと三価金属酸化物を乾式混合し、得られた混合物を焼成して合成される請求項1に記載のリン酸三カルシウムからなる生体材料セラミックス。
【請求項10】
リン酸水素二アンモニウムと炭酸カルシウムと三価金属酸化物とを湿式混合した後、得られた混合物から溶媒エタノールを除去する混合工程と、
混合工程で得られた混合体を溶媒中で粉砕した後、前記溶媒を除去する粉砕工程と、
粉砕工程で得られた粉体を一軸加圧成型して成型体を作成する成型工程と、
成型工程で得られた成型体を焼成する焼成工程と、
を有するリン酸三カルシウム焼結体製造方法。
【請求項11】
混合工程における三価金属酸化物の混合量によってリン酸三カルシウム焼結体の溶解性及び焼結性を制御する請求項10に記載のリン酸三カルシウム焼結体製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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【図38】
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【図39】
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【図40】
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【図41】
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【図42】
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【図26】
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【図32】
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【公開番号】特開2011−250868(P2011−250868A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−125011(P2010−125011)
【出願日】平成22年5月31日(2010.5.31)
【出願人】(598163064)学校法人千葉工業大学 (101)
【Fターム(参考)】