説明

レリーフ型回折光学素子とその製造方法

【課題】赤外、近赤外、および可視の領域だけでなく紫外領域でも使用でき、高い屈折率に起因して高い設計の自由度を有し、レリーフ面の凹部が他の材料で埋められても回折機能が失われず、さらにハイパワーレーザ用途でも安定して使用し得るレリーフ型回折光学素子を提供する。
【解決手段】 レリーフ型回折光学素子は、光回折を生じさせる凸部と凹部を含むレリーフ面を有し、回折される光が通過すべき領域の少なくとも部分的領域の材質がダイヤモンドであることを特徴としている。なお、そのダイヤモンドの消衰係数は、波長520nmの光に関して0.021以下の値を有し、波長250nmの光に関して0.010以下の値を有することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、情報通信、情報記録、画像撮影、画像表示などの種々の光学分野で使用され得る回折光学素子とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
情報通信、情報記録、画像撮影、画像表示などの光学分野では、光を制御するために種々の光学素子が使用されている。現在実用化されているほとんどの光学素子は、レンズ、プリズム、ミラーなどのように光の屈折や反射を利用している。しかし、近年では光の回折を利用する回折光学素子に対する関心が非常に高まってきており、そのような回折光学素子は種々の光学用途に適用され得る(例えば、非特許文献1の「マイクロレンズ(アレイ)の超精密加工と量産化技術」技術情報協会出版、2003年4月28日、第20−21頁、および第71−81頁参照)。
【0003】
回折光学素子はレリーフ型と屈折率変調型に大別されるが、現在ではレリーフ型回折光学素子の方が広く用いられている。レリーフ型回折光学素子は、相対的に大きな厚さを有する局所的領域と相対的に小さな厚さを有する局所的領域とが所定のパターンで配列されたレリーフ構造を有している。相対的に大きな厚さを有する局所的領域(凸部)の媒質を通過する光と相対的に小さな厚さを有する局所的領域(凹部)の大気を通過する光との間には、媒質と大気との屈折率差に起因して光路差が生じる。この光路差に基づいて生じた光の位相差に起因して、回折現象が生じる。このようなレリーフ型回折光学素子は、光学的に透明な石英などの材料の表面にフォトリソグラフィやエッチングなどのプロセスを施して形成することができ、波長フィルタ、偏光分離素子、ビームホモジナイザ、光の集束または発散の機能を有する回折レンズ、ビーム整形素子、反射防止膜、ミラーなどに利用され得る。
【0004】
レリーフ型回折光学素子に用いられる材料は、回折させるべき光の波長に関して透光性であることが必要不可欠である。また、前述のように屈折率差による光路差を利用して回折を生じさせる原理からして、レリーフ型回折光学素子に用いられる材料は、屈折率が大気の値(1.0)に比べてできるだけ高いことが好ましい。さらに、レリーフ型回折光学素子が機能するためには、回折させるべき光の波長の数分の一から数倍程度の寸法の表面凹凸構造が必要である。したがって、レリーフ型回折光学素子を形成するための材料としては、微細加工または微細構造の作製に適していることも不可欠である。以上のような条件を満足して実際に用いられている材料としては、前述の石英のほかに、BK7などの光学用ガラス材料、フォトレジストのような種々の光学用樹脂などが知られている。
【非特許文献1】「マイクロレンズ(アレイ)の超精密加工と量産化技術」技術情報協会出版、2003年4月28日、第20−21頁、および第71−81頁
【特許文献1】米国特許第5,652,681号明細書
【特許文献2】米国特許第5,625,499号明細書
【特許文献3】国際公開第01/20372号パンフレット
【特許文献4】特開2006−36611号公報
【特許文献5】国際公開第2007/029522号パンフレット
【特許文献6】特開2002−241193号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述のような種々の慣用的光学材料の多くは、可視領域、近赤外領域、および赤外領域で使用され得るが、紫外領域では透光性が低くて使用することができない。
【0006】
また、レリーフ型回折光学素子に用いられる慣用的材料においては、その屈折率が高々1.5程度であるので、回折光学素子に関する設計の自由度が低い。さらに、慣用的光学材料で作製された回折光学素子がそのレリーフ面を他の光学部品と接合した状態で使用される場合には、光回折の機能がほとんど失われることになる。その理由は、以下のとおりである。すなわち、他の光学部品との接合に必要な接着剤は、レリーフ面の凹部を満たしていた大気に代替する。ここで、接着剤の屈折率は一般に1.4〜1.6程度あって、大気の屈折率1.0よりもレリーフ面の凸部の媒質の屈折率に近く、凹部と凸部とにおける屈折率差が極端に小さくなる。その結果、凹部と凸部とにおける屈折率差による光の位相差がほとんどなくなって、回折現象がほとんど生じなくなる。
【0007】
また、両面が平坦なレリーフ型回折光学素子が望まれる場合や、レリーフ面の凹部に塵や埃が付着する汚染を防止するためにレリーフ面を平坦化する場合などにおいて、光学用樹脂やスピンオングラスなどの透明材料でレリーフ面の凹部を埋め込んでも、上述と同じ理由からほとんど回折作用が失われることになる。
【0008】
さらに、レリーフ型回折光学素子に用いられる前述の慣用的材料は、その熱伝導性が低いために熱を蓄積して温度上昇を生じやすい。特にハイパワーレーザ用途では、回折光学素子の使用中の温度上昇に伴って回折特性が変化しやすく、その安定的な使用が困難である。より根本的な問題として、慣用的光学材料はもともと耐熱性がそれほど高くないものがほとんどであり、ハイパワーレーザ用途ではその光学材料自体が劣化しやすいということもある。
【0009】
上述のような先行技術における状況に鑑み、本発明は、種々の点で改善された新規なレリーフ型回折光学素子を提供することを目的としている。より具体的には、赤外、近赤外、および可視の領域だけでなく紫外領域でも使用でき、高い屈折率に起因して高い設計の自由度を有し、レリーフ面の凹部が他の材料で埋められても回折機能が失われず、さらにハイパワーレーザ用途でも安定して使用し得るレリーフ型回折光学素子を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によるレリーフ型回折光学素子は、光回折を生じさせる凸部と凹部を含むレリーフ面を有し、回折される光が通過すべき領域の少なくとも部分的領域の材質がダイヤモンドであることを特徴としている。なお、そのダイヤモンドの消衰係数は、波長520nmの光に関して0.021以下の値を有し、波長250nmの光に関して0.010以下の値を有することが好ましい。
【0011】
レリーフ面は、自立し得るダイヤモンド層に形成することができる。回折光学素子は、回折されるべき光を透過し得る材料からなる基板と、この基板上に形成されたダイヤモンド層とを含むことができ、このダイヤモンド層にレリーフ面が形成されていてもよい。回折光学素子は、回折されるべき光を透過し得る材料からなる基板と、この基板上に分布させられた複数のダイヤモンド領域を含むこともでき、これらのダイヤモンド領域がレリーフ面の凸部に対応し、それらのダイヤモンド領域間で露出されている基板の表面がレリーフ面の凹部に対応していてもよい。
【0012】
レリーフ面は、回折されるべき光を透過し得かつダイヤモンド以外である材料で凹部が埋め込まれることによって平坦化されていてもよい。レリーフ型回折光学素子は、回折されるべき光を透過し得かつダイヤモンド以外である材料からなる接着剤によって付加的光学部品に接合されていてもよい。
【0013】
上述のようなレリーフ型回折光学素子を製造するための方法においては、ダイヤモンド層を形成し、アルミニウム、モリブデン、チタン、酸化珪素、および窒化珪素のいずれかを含む第一被覆層をダイヤモンド層上に形成し、ダイヤモンド以外の材料でかつ第一被覆層と異なる材料からなる第二被覆層を第一被覆層上に形成し、第二被覆層を所定のパターンに加工し、第一被覆層と第二被覆層にドライエッチングを施して第二被覆層のパターンを第一被覆層に転写するとともに前記第二被覆層を除去し、第一被覆層とダイヤモンド層にドライエッチングを施して第一被覆層のパターンをダイヤモンド層に転写するとともに第一被覆層を除去することを含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、赤外、近赤外、可視の領域だけでなく紫外領域でも使用でき、高屈折率に起因して高い設計の自由度を有し、レリーフ面の凹部が他の材料で埋められても回折機能が失われず、さらにハイパワーレーザ用途でも安定して使用し得るレリーフ型回折光学素子を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を詳細に説明する。なお、本願の図面において長さ、幅、厚さなどは図面の明瞭化と簡略化のために適宜に変更されており、実際の寸法関係を表してはいない。特に、厚さが任意的に顕著に拡大されて示されている。また、図面における同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表している。
【0016】
図1(a)〜(e)の模式的断面図は、本発明の一実施形態によるレリーフ型回折光学素子の製造方法を図解している。まず図1(a)に示されているように、自立し得る膜状または薄板状のダイヤモンド基体1の一主面上に、ダイヤモンドと異なる材料からなる第一被覆層2を形成する。このダイヤモンド基体1としては、多結晶ダイヤモンド、多結晶ナノダイヤモンド、単結晶ダイヤモンド、天然ダイヤモンド、高温高圧法や気相合成法などで製造される人工ダイヤモンドなどのいずれもが利用され得る。
【0017】
第一被覆層2の材料としてはダイヤモンドと異なるものであればよいが、後で行われるドライエッチングに際してダイヤモンドに比べてエッチング速度が同じかまたは遅くかつ横方向のエッチング(サイドエッチ)が生じにくい材料が適している。この条件を満たす材料として酸化物、窒化物、珪化物、または金属などを利用し得るが、成膜の容易性やダイヤモンドとの密着性の観点からアルミニウム、モリブデン、チタン、酸化珪素、もしくは窒化珪素の膜、またはこれらの複合膜が好ましい。これらの膜は、公知の成膜法を用いてダイヤモンド基体1上に形成することができる。
【0018】
図1(b)では、第一被覆層2上において、第二被覆層3として感光性材料層をスピンコート(回転塗布)する。そして、図1(c)に示されているように、アライナまたはステッパなどと所定のフォトマスクとを用いたフォトリソグラフィプロセスによって、感光性材料パターン(第二被覆層パターン)3aを形成する。
【0019】
なお、感光性材料パターン3aを形成するためのフォトリソグラフィは、ネガとポジいずれのプロセスであってもよい。また、フォトリソグラフィの代わりに電子線露光装置を用いた電子線リソグラフィなどの他のリソグラフィによって感光性材料パターン3aを形成することも可能である。感光性材料としては、フォトレジスト、感光性ポリイミド、電子線露光用レジストなどを利用することができる。
【0020】
図1(d)と(e)においては、第二被覆層パターン3aと第一被覆層2にドライエッチングを施し、第二被覆層パターン3aを除去するとともに、そのパターン形状を第一被覆層2に転写する。なお、このドライエッチングによるパターン転写においては、第二被覆層パターン3aが消失すると同時に、図1(e)に示すように第二被覆層パターン3aの開口部に相当する領域において第一被覆層2も消失して、第一被覆層パターン2aのみが残存することが好ましい。しかし、図1(d)に示すように、第二被覆層パターン3aの消失時にそのパターン3aの開口部に相当する領域において第一被覆層の残留薄層2bが存在していてもよい。この場合でも、その後のドライエッチングによって残留薄層2bを除去することができる。
【0021】
なお、ドライエッチングとしては、プラズマエッチング、イオンエッチング、集束イオンビームエッチングなどの公知の様々な方法を利用することができる。ただし、垂直エッチングが可能で形状転写の容易な反応性イオンエッチング(RIE)が、パターン転写の精度の観点から特に好ましい。RIEを行う装置としては容量結合型(CCP)と誘導結合型(ICP)のいずれを用いてもよい。ただし、パターン転写の良好な精度のためには、基体ホルダ(電極)に電圧を印可する形式のRIE装置が好ましい。
【0022】
なお、あまり高いエッチング精度を必要としない長波長光用途の回折光学素子を作製する場合には、ドライエッチングの代わりにウェットエッチングを利用してもよい。ウェットエッチングの方法としては、第一被覆層2をエッチングし得るものであればよく、公知の様々な方法を利用することができる。
【0023】
図1(d)または(e)の状態において、第一被覆層パターン2a(領域2bを含んでいてもよい)とダイヤモンド基体1とにドライエッチングを施し、第一被覆層パターン2a(および領域2b)を除去するとともに、第一被覆層パターン2aの形状をダイヤモンド基体1に転写する。これにより、図2の模式的な断面図に示されているようなレリーフ型回折光学素子が得られる。
【0024】
すなわち、図2に示されたレリーフ型回折光学素子100は、自立し得る膜状または薄板状のダイヤモンド基体1の上面に形成された凸部4と凹部5を含む表面レリーフを有している。ここで、図2においては表面レリーフに含まれる2つの凸部4と一つの凹部5のみが代表的に示されているが、実際のレリーフ型回折光学素子の表面レリーフはより多くの凸部と凹部を含んでいることは言うまでもない。
【0025】
なお、第一被覆層パターン2a(および領域2b)とダイヤモンド基体1とに施すドライエッチングとしては、第二被覆層パターン3aと第一被覆層2とに施すドライエッチングと同様の方法を利用することができるが、通常は異なるエッチング条件が採用される。これらのドライエッチング用のガスとしては、Ar、He、CF4、CHF3、SF6、BCl3、CHCl3、O2、N2などを単独でまたは任意に混合して用いることができる。特に、第一被覆層2の材料としてアルミニウム、モリブデン、チタン、酸化珪素、または窒化珪素を用いる場合には、垂直エッチングによる良好な精度の形状転写を実現するために、Ar、CF4、CHF3、もしくはO2、またはこれらを任意に混合したガスを用いることが好ましい。
【0026】
以上のようにして作製されたレリーフ型回折光学素子100においては、凸部(ダイヤモンド)4を通過する光と凹部(大気)5を通過する光との間に屈折率差による光路差が生じる。この光路差に基づいて生じる光の位相差に起因して、レリーフ型回折光学素子100の回折作用が生じる。ここで、ダイヤモンドは、屈折率1の大気および高々1.5程度の屈折率の慣用的光学材料に比べて遥かに高い2.4前後の屈折率を有している。したがって、そのダイヤモンドの屈折率が高いことに起因して、レリーフ型回折光学素子100は優れた回折の機能と効率を発揮することができる。
【0027】
さらに、ダイヤモンドは、赤外領域の一部を除いて紫外領域からマイクロ波領域までの広い波長範囲で優れた光透過性を示し、かつ高硬度、高耐圧、高熱伝導、高耐熱、低熱膨張、および低誘電損失の諸特性を有している。したがって、ダイヤモンドは、耐熱性、耐久性、および信頼性が求められる光学部品として、主に赤外線用やマイクロ波用の窓材に利用されている。以上のようなダイヤモンドの特性から分かるように、ダイヤモンドからなるレリーフ型回折光学素子100は、赤外、近赤外、および可視領域だけでなくて紫外領域でも使用でき、さらにハイパワーレーザ用途でも安定して使用することもできる。
【0028】
図2に示されているようなダイヤモンドの単一材料からなるレリーフ型回折光学素子は、上述のようなダイヤモンドの全ての特長を享受し得る観点から好ましい。他方、レリーフ型回折光学素子の製造コストなどの観点からは、ダイヤモンドの単一材料からなる回折光学素子は決して好ましくない。なぜならば、自立し得る膜状または薄板上のダイヤモンド基体1はそれなりに十分な厚さを要し、高価なダイヤモンドの相当量を必要とするからである。
【0029】
図3の模式的な断面図は、図2のレリーフ型回折光学素子100の一変形例を示しており、すなわち上述のような製造コストの観点から好ましいレリーフ型回折光学素子200を示している。このレリーフ型回折光学素子200においては、基板10上にダイヤモンド層11が合成されて形成されている。この基板10上のダイヤモンド層11は自立し得る厚さに形成されてもよいことはもちろんであるが、製造コストの観点からは自立し得ない薄い層であることが好ましい。他方、基板10としては、ダイヤモンド以外の安価で回折されるべき光を透過し得る材料を用いることができる。
【0030】
なお、図3のレリーフ型回折光学素子200に含まれるダイヤモンド層11における凸部14と凹部15を含む表面レリーフは、図1(a)〜(e)を参照して説明された方法と同様の方法によって形成され得ることが明らかであろう。
【0031】
図4の模式的な断面図は、図3のレリーフ型回折光学素子200の一変形例を示している。このレリーフ型回折光学素子300においても、基板10上にダイヤモンド層21が形成されている。図4のレリーフ型回折光学素子300に含まれるダイヤモンド層21における凸部24と凹部25を含む表面レリーフも、図1(a)〜(e)を参照して説明された方法と同様の方法によって形成され得ることが明らかであろう。ただし、図4のレリーフ型回折光学素子300の作製では、凹部25においてダイヤモンド層21が残存しないようにドライエッチングされる。
【0032】
なお、凹部25においてダイヤモンド層21が残存しないようにドライエッチングするためには、ダイヤモンド層21を当初から薄く形成していてもよいし、エッチング時間を長くしてもよい。この場合、ダイヤモンド層21にドライエッチングを施す際に、基板10がエッチングされない条件を選ぶか、またはエッチングされない材料の基板を選ぶことが好ましい。
【0033】
上述の図3および図4に示されたレリーフ型回折光学素子200、300は、図2に示されたレリーフ型回折光学素子100と同様の回折作用を生じることが容易に理解されよう。より具体的には、レリーフ型回折光学素子200、300においても、凸部(ダイヤモンド)14、24を通過する光と凹部(大気)15、25を通過する光との間に屈折率差による光路差が生じる。そして、この光路差に基づいて生じる光の位相差に起因して、レリーフ型回折光学素子200、300の回折作用が生じる。すなわち、ダイヤモンド層11、21を支持している基板10は、単に光を透過させるだけであって光回折には影響を及ぼさず、屈折率の低い材料であっても回折効率に影響を及ぼすことがない。
【0034】
したがって、基板10の材料として屈折率を考慮する必要がなく、基板として選択される材料の特性として透過し得る光の波長を優先させれば、ダイヤモンド以外の材料の基板を用いても、可視領域だけでなくて紫外領域でも使用可能なレリーフ型回折光学素子を得ることができる。同様に、基板として選択される材料の特性として耐熱性を優先させれば、ダイヤモンド以外の材料の基板を用いても、ハイパワーレーザ用途でも使用し得るレリーフ型回折光学素子を得ることができる。
【0035】
図5の模式的な断面図は、図2のレリーフ型回折光学素子100の他の変形例を示している。このレリーフ型回折光学素子100aは、ダイヤモンド基体1の上面に凸部4と凹部5を含む表面レリーフを有するとともに、その下面に凸部4aと凹部5aを含む表面レリーフをも有している。図5のレリーフ型回折光学素子100aのダイヤモンド基体1の上下両面の表面レリーフのいずれもが、図1(a)〜(e)を参照して説明された方法と同様の方法によって形成され得ることが明らかであろう。また、図5に示されているようなレリーフ型回折光学素子においても、光が通過するダイヤモンド領域と大気領域との屈折率差に起因する位相差によって回折作用が生じることが明らかであろう。
【0036】
図6の模式的な断面図は、図5のレリーフ型回折光学素子100aの一変形例を示している。この図6のレリーフ型回折光学素子200aにおいては、図3の場合に類似して基板10の上面上にダイヤモンド層11が形成されるとともに、基板10の下面上にもダイヤモンド層11aが形成されている。この上側のダイヤモンド層11は凸部14と凹部15を含む表面レリーフを有し、下側のダイヤモンド層11aは凸部14aと凹部15aを含む表面レリーフを有している。
【0037】
図7の模式的な断面図は、図6のレリーフ型回折光学素子100aの一変形例を示している。この図7のレリーフ型回折光学素子300aにおいては、図6の場合に類似して基板10の上面上にダイヤモンド層21が形成されるとともに、基板10の下面上にもダイヤモンド層21aが形成されている。この上側のダイヤモンド層21は凸部24と凹部25を含む表面レリーフを有し、下側のダイヤモンド層21aは凸部24aと凹部25aを含む表面レリーフを有している。
【0038】
図8の模式的な断面図は、図6のレリーフ型回折光学素子100aの他の変形例を示している。この図8のレリーフ型回折光学素子300bにおいても、図6の場合に類似して基板10の上面上にダイヤモンド層21が形成されるとともに、基板10の下面上にもダイヤモンド層11bが形成されている。この上側のダイヤモンド層21は凸部24と凹部25を含む表面レリーフを有し、下側のダイヤモンド層11bは凸部14bと凹部15bを含む表面レリーフを有している。
【0039】
以上の図6、図7、および図8に示されたレリーフ型回折光学素子200a、300a、300bは図5のレリーフ型回折光学素子100aと同様の回折作用を生じ、それらに含まれるいずれの表面レリーフも図1(a)〜(e)を参照して説明された方法と同様の方法によって形成することができる。
【0040】
以上のようなレリーフ型回折光学素子は回折されるべき光に関して透光性であることが必要であり、その透光性は高いほど好ましく、すなわちその消衰係数は低いほど好ましい。しかしながら、ダイヤモンド層の合成方法次第では、得られるダイヤモンド層の透光性が低い場合もある。ダイヤモンド層において最低限必要な透光性は、ダイヤモンド層を最も薄くし得る場合、すなわち図3や図4のレリーフ型回折光学素子200、300の場合に使用に耐え得るか否かで決まることになる。ここで、基板上のダイヤモンド層の厚みは、最も薄くするとしても、合成や研磨の制御性を考慮すればせいぜい1μmの薄さまでである。この場合に、可視領域と紫外領域との代表的な波長520nmと250nmのそれぞれにおいて、光が50%以上透過するための透明度、すなわち消衰係数を計算すれば、それぞれ0.021以下と0.010以下になる。したがって、レリーフ型回折光学素子に使用するダイヤモンド層の消衰係数は、少なくともこれらの値以下であることが好ましい。
【0041】
ところで、両面が平坦なレリーフ型回折光学素子が望まれる場合や、レリーフ面の凹部に塵や埃が付着する汚染を防止するためにレリーフ面が平坦化されたレリーフ型回折光学素子が望まれる場合などにおいて、そのようなレリーフ型回折光学素子は、図9の模式的断面図に図解されている方法で作製することができる。
【0042】
図9は、図2のレリーフ型回折光学素子100を平坦化する方法を図解している。すなわち、レリーフ型回折光学素子100のダイヤモンド基体1において、凸部4と凹部5を含むレリーフ面が、光学用樹脂やスピンオングラスなどの透明液体材料でスピンコート(回転塗布)される。このとき、透明液体材料は、凸部4の上にも載るよりも凹部5を埋めやすい。この透明液体材料の塗布後に、ホットプレート上や焼成炉中で熱処理することによって平坦化透明膜6を形成することができ、レリーフ面が平坦化されたレリーフ型回折光学素子101が得られる。なお、1回のスピンコートで完全に平坦化するためには、透明液体材料の粘度およびスピンコートの回転数と回転時間を適当な値に設定する必要があるが、それらの設定における困難性を緩和するためにスピンコートと熱処理を複数回実施してもよい。
【0043】
以上のように表裏両面とも平坦なレリーフ型回折光学素子101においてはその両表面に凸部と凹部は存在しないが、その上表面下に埋め込まれている凸部4の屈折率はダイヤモンドの2.4であり、埋め込まれている凹部5の屈折率は平坦化透明膜6の屈折率であって約1.4〜1.5の範囲内である。したがって、凸部4と凹部5との両者間には依然として大きな屈折率差が存在しており、両者を通過する光の間でも屈折率差による大きな位相差が生じる。この光の位相差によって回折現象が生じるので、ダイヤモンドを利用したレリーフ型回折光学素子は、レリーフ面を平坦化した状態でも回折光学素子として十分に機能させることができる。
【0044】
図10と図11の模式的な断面図は、図3と図4のレリーフ型回折光学素子のレリーフ面を平坦化した回折光学素子201、301をそれぞれ示している。これらの両面平坦なレリーフ型回折光学素子201、301も、図9の場合と同様に、透明膜16、26によってそれぞれ平坦化され得ることが理解されよう。さらに、図5から図8に示された両面レリーフ型の回折光学素子においても、それらの両面が透明膜によって平坦化され得ることが理解されよう。
【0045】
また、付加的な光学部品にレリーフ型回折光学素子のレリーフ面を接合させた回折光学装置を作製する場合には、エポキシ系樹脂などの公知の透明な接着剤によって接合させることができる。そのような付加的な光学部品は、例えば偏光板、1/2波長板、1/4波長板、レンズ、プリズム、他の回折光学素子などであり得る。
【0046】
図12の模式的断面図は、付加的な光学部品にレリーフ型回折光学素子が接合された回折光学装置の一例を示している。この回折光学装置102においては、図2の回折光学素子が接着剤7を介して付加的光学部品8に接合されている。この場合、接着剤7がレリーフ面の凹部5を埋めることなる。しかし、レリーフ面の凸部4の屈折率はダイヤモンドの2.4であり、埋め込まれている凹部5の屈折率は接着剤7の屈折率であって約1.4〜1.6の範囲内である。したがって、凸部4と凹部5との両者間には依然として大きな屈折率差が存在しており、両者を通過する光の間でも屈折率差による大きな位相差が生じる。この光の位相差によって回折現象が生じるので、ダイヤモンドを利用したレリーフ型回折光学素子はレリーフ面を付加的光学部品に接合させた状態でも回折光学素子として十分に機能させることができる。なお、付加的光学部品は、図2の回折光学素子のレリーフ面および/またはその反対側の平坦面に貼り付けられてもよいことは言うまでもない。
【0047】
図13と図14の模式的な断面図は、図3と図4のレリーフ型回折光学素子のレリーフ面に付加的光学部品18、28がそれぞれ接合された回折光学装置202、302をそれぞれ示している。これらの付加的光学部品を含むレリーフ型回折光学装置202、302も、図12の場合と同様に、接着剤17、27を利用して作製され得ることが理解されよう。さらに、図5から図8に示された両面レリーフ型の回折光学素子に関しても、それらの片面または両面に付加的光学部品が接合されてもよいことが理解されよう。
【0048】
以上のように、図9〜図14においてはレリーフ面が平坦化されたレリーフ型回折光学素子が図解されているが、それらに含まれている平坦化透明膜は、ダイヤモンドと空気との間の大きな屈折率差に起因して生じる反射を抑制する効果をも生じ得る。高屈折率材料からなる光学素子の短所の一つとして、入射側の媒質(一般的には大気)と光学素子との界面で生じる反射率が大きくなることがある。異なる媒質の界面で生じる平面波のフレネル反射は、入射光の偏光方向、入射側と出射側の両媒質の屈折率、および入射角で決まり、反射率すなわちエネルギー反射係数は以下に示す式で表される。
【0049】
すなわち、S波(入射面に対して垂直な偏光方向)の反射率Rsは次式(1)で表され、P波(入射面に対して並行な偏光方向)の反射率RPは次式(2)で表される。
【0050】
【数1】

【0051】
ここで、n1とn2はそれぞれ入射側媒質と出射側媒質の屈折率を表し、θ1とθ2はそれぞれ入射角と出射角を表している。屈折率差(n1とn2の差)が大きければθ1とθ2の差が大きくなるので、式(1)と式(2)から分かるように、S波とP波のいずれにおいても反射率が大きくなる傾向になる。例えば、S波を入射角50度で入射させる場合、大気とダイヤモンドの界面で発生する反射率は式(1)から31%となり、すなわち透過率は69%の低さになる。
【0052】
他方、図9〜図14に示された回折光学素子の場合のように、ダイヤモンドに比べて小さくかつ大気に比べて大きな屈折率を有する媒質(平坦化透明膜)を介在させることによって反射が抑制され、最終的にダイヤモンド中への透過率が大きくなる。この場合、界面が1つ増えるので、すなわち大気と平坦化透明膜との界面および平坦化透明膜とダイヤモンドとの界面でそれぞれフレネル反射が生じるので、一見透過率が低下すると思われるが、実際には平坦化透明膜がない場合に比較して透過率が増大する。
【0053】
例えば、S波が入射角50度で入射する場合、平坦化透明膜の屈折率を1.5とすれば、大気と平坦化透明膜との界面および平坦化透明膜とダイヤモンドとの界面での反射率はそれぞれ11%および8%であり、換言すれば透過率はそれぞれ89%および92%である。その結果として、ダイヤモンド中への透過率は89%×92%=82%となり、前述の平坦化透明膜がない場合の透過率69%に比べて顕著に高くなることが分かる。
【0054】
さらに、図21に示された回折光学素子103におけるように、平坦化透明膜6と略同じ屈折率を有する材料のプリズム36を接合すれば、まず大気からプリズムへ入射する光の反射率を抑制することが可能である。この理由は、入射角に対してプリズムの頂角を適切に調整することによって、反射率が最も低い入射角になるように設定することができるからである。より具体的には、S波に関しては入射角が0度において最も反射率が低く、P波に関して入射角がブリュースター角である場合に最も反射率が低くなる。
【0055】
例えば、上述の場合と同様にS波がプリズムのないときの入射角50度に相当する角度で入射する場合に、プリズム36の斜面が平坦化透明膜6となす頂角αを50度に設定すれば、光はその斜面に対して入射角0度で入射することになる。この場合、大気とプリズム36との界面および平坦化透明膜6とダイヤモンド層1との界面において、反射率はそれぞれ4%および14%になり、透過率はそれぞれ96%および86%となる。その結果として、ダイヤモンド中への透過率は96%×86%=83%となり、前述のプリズムがないときの透過率82%に比べて少し高くなることが分かる。なお、プリズム36は平坦化透明膜6と同等の屈折率を有する材料で形成されているので、それらの間の界面では反射が生じない。
【0056】
ところで、図21の回折光学素子が回折格子(グレーティング)である場合、そのような回折格子とプリズムが接合した構造は一般にグリズムと呼ばれている。グリズムにおいては、特許文献1に示されているように、プリズム材料や回折格子構造を適切に選択することによって、プリズム単体や回折格子単体に比べてスペクトル角度分散を大きくすることができ、所望の角度分散に微調整することができる。また、特許文献2から類推できるように、グリズムにおいては、色収差を低減すなわち波長依存性を低減させることができる。さらに、グリズムを反射型の光学素子として利用する場合には、特許文献3から分かるように、アサーマル化すなわち温度依存性を低減させることができる。
【0057】
なお、プリズム材料としては、溶融石英のほかにBK7(合成石英)などのように、利用する光の波長域に関して透明でかつ各種の波長分散特性を有する材料を用いることができる。また、図21は図9の回折光学素子にプリズムを接合した例を示しているが、図10や図11の回折光学素子にもプリズムを接合し得ることが理解されよう。さらに、図5から図8に示された両面レリーフ型回折光学素子の少なくとも光入射側を透明膜によって平坦化させて、その平坦面にプリズムを接合することによって、上述のような反射抑制やグリズムとしての特性を十分機能させることができる。
【0058】
他方、反射率を低減させる別の手段として反射防止膜があり、これを本発明のレリーフ型回折光学素子に利用することも有効である。反射防止膜は、光学部品の反射防止のために広く用いられる薄膜である。例えば、光学部品の屈折率がnであって、反射防止膜の屈折率がn1で厚さがdであるとすれば、n1=√nかつd=λ/4のときに、波長λの光は大気と光学部品との間で反射されない。
【0059】
図22は、そのような反射防止膜を利用した回折光学素子の一例を示している。図22の回折光学素子104においては、レリーフ面に対向する下面の反射を抑制するように反射防止膜9が付与されている。反射防止膜9の屈折率と厚さを上述の関係に近づけることによって、素子下面における反射が低減され得る。具体的には、ダイヤモンド層1の屈折率が2.4であることを考慮すれば、反射防止膜9の屈折率は略1.55であることが望ましい。そのような反射防止膜9の材料としては、例えば石英やスピンオングラス、特許文献4におけるような水素含有炭素膜、特許文献5におけるようなSi−O含有水素化炭素膜などが挙げられるが、屈折率、透明性、および膜厚の条件を満たせば、これらの材料に限定されない。また、反射防止膜9は、一般的に反射防止膜として用いられる多層膜として形成されてもよい。
【0060】
図23は、図22の回折光学素子の一部変形例を示している。すなわち、図23の回折光学素子105においては、ダイヤモンド層1の下面上の反射防止膜9のみならず、レリーフ面上にも反射防止膜19が付与されている。レリーフ面上の反射防止膜19としては、ダイヤモンド層1の下面上の反射防止膜9と同質で同厚の膜が形成され得るが、レリーフ面の凸部4上と凹部5上に均一に堆積させるためにはスパッタ法にて成膜されることが好ましい。
【0061】
図24は、図22のレリーフ型回折光学素子における反射防止膜9の代わりに微小突起による反射防止層29が付加された変形例を示している。図24の回折光学素子106において、反射防止膜9に代替する反射防止層29に望まれる屈折率や層厚を実現する方法として、ダイヤモンド層1の表面にエッチングなどによって多数の微小突起を含む層を形成することができる。光の波長に対して十分細かい間隔の微小突起を含む層を設けることによって、その層の実効的な屈折率がダイヤモンドと大気に比べて中間の値を取り得る。したがって、微小突起構造を適切に選択することによって、その微小突起構造を含む薄層が反射防止層として機能することができる。
【0062】
なお、微小突起構造に含まれる各突起は、特許文献6で述べられているように、円柱状、角柱状、円錐状、または角錐状であることが好ましい。微小突起構造の形成には種々の方法が適用され得る。例えば、レリーフ型回折光学素子を作製する前のダイヤモンド層の表面に、あらかじめダイヤモンド微小突起層を形成することが可能である。まず、ダイヤモンド微小突起層を形成すべき領域に各微小突起に対応したマスクを形成し、そのマスクが形成されたダイヤモンド層の表面をエッチングする。その後に、マスクを除去することによって、マスクで覆われていた各微小突起領域が各ダイヤモンド微小突起として残され得る。より詳しくは、特許文献6で述べられている方法を参考にすることができる。片面側に微小突起層29を有するダイヤモンド層1の他面側に凸部4と凹部5を含むレリーフ面を形成することによって、図24に示されているような反射防止層29を含む回折光学素子106を得ることができる。
【0063】
図25は、図24のレリーフ型回折光学素子の一部変形例を示している。すなわち、図25の回折光学素子107においては、その下面側のみならず、レリーフ面側においても微小突起による反射防止層29が形成されている。
【0064】
図25のレリーフ型回折光学素子も、図24の素子と同様に作製することができる。まず、ダイヤモンド層1の両面に、図24の場合と同様にして、微小突起層29が形成される。その後に、ダイヤモンド層1に対して図1を参照して説明されたような異方性ドライエッチングを施すことによって、図25に示されているようなレリーフ型回折光学素子107を作製することができる。すなわち、上方からの異方性ドライエッチングにおいては微小突起構造を維持したままで深さ方向にエッチングが進行するので、レリーフ面の凹部5が形成されたその底面においても微小突起層29が残され得るのである。
【0065】
上述のような本発明によるレリーフ型回折光学素子においては、レリーフ面の凸部と凹部の寸法や配置を所望の回折機能に適した所定のパターンに設定することによって、様々な光制御機能を発現させることができる。より具体的には、波長合分岐機能、パワー合分岐機能、偏光合分岐機能、集光機能、散光機能、さらにはビーム整形機能を有する回折光学素子を得ることができる。また、レリーフ型回折光学素子におけるレリーフ面の凸部と凹部を光の波長程度の大きさで周期的に配置することによって、その回折光学素子はフォトニック結晶としても利用することができる。
【0066】
本発明によるレリーフ型回折光学素子は、上述の様々な光制御機能を利用することによって幅広い応用が可能となる。例えば、本発明によるレリーフ型回折光学素子は、光通信用の各種光学素子、ハイパワーレーザを用いたレーザ加工装置中の光学素子、各種画像表示装置や光記録装置中の光学素子、さらには光計測機器中の光学素子などとして適用可能である。
【0067】
より具体的には、本発明によるレリーフ型回折光学素子は、波長合分波機能に関しては、光通信における波長合分波器、画像表示装置のRGB(赤緑青)合分光用素子などに適用できる。パワー合分岐機能に関しては、レーザ加工機のマルチビーム加工、光通信用光カプラなどに適用できる。偏光合分岐機能に関しては、光通信のTE波とTM波の分光器、偏光子、検光子、液晶用偏光板などに適用できる。集光機能に関しては、表示装置や記録装置の各種レンズ、マイクロレンズアレイなどへの応用が可能である。さらに、ビーム整形機能に関しては、レーザ加工機や表示装置のホモジナイザ、レーザ光による表示を利用した看板やデモンストレーション、2次元バーコードスキャナ装置の読み取り部表示枠などへの応用が可能である。
【0068】
また、本発明によるレリーフ型回折光学素子を利用したフォトニック結晶に関しては、2次元フォトニック結晶導波路と波長合分波器(S. Noda, A. Chutinan, and M. Imada, Nature 407, 608 (2000)参照)、2次元フォトニック結晶微小共振器(Y. Akahane, T. Asano, B. S. Song, and S. Noda, Nature 425, 944 (2003)参照)、2次元フォトニック結晶微小共振器レーザ(O. Painter, R. K. Lee, A. Scherer, A. Yariv, J. D. O’Brien, P. D. Dapkus, and I. Kim, Science 284, 1819 (1999)参照)、2次元フォトニック結晶面発光レーザ(S. Noda, M. Yokoyama, M. Imada, A. Chutinan, and M. Mochizuki, Science 293, 1123 (2001)参照)、LEDの光取り出し効率向上(市川弘之、馬場俊彦:応用物理学会春季講演会、28p-ZF-8 (2002)参照)などへの応用が可能である。
【0069】
より具体的には、市川弘之、馬場俊彦:応用物理学会春季講演会、28p-ZF-8 (2002)によれば、LED(発光ダイオード)の光取り出し面にフォトニック結晶を作製することによって、半導体内の光が全反射を回避して空気中に取り出されるので、光取り出し効率が向上することが示されている。ただし、この場合には、半導体部分を直接加工してフォトニック結晶を作製するので、LED中の活性層やクラッド層に欠陥を導入する可能性が高い。すなわち、半導体部分を直接加工して作製されるフォトニック結晶は、必ずしも発光素子として好ましい効果ばかりを生じるわけではない。
【0070】
他方、レリーフ面が2次元フォトニック結晶の構造を有する本発明のレリーフ型回折光学素子は、LEDの光取り出し面上に接合することができる。すなわち、このレリーフ型回折光学素子は、凸部と凹部が光の波長程度の大きさで周期的に2次元配置されたレリーフ面を有している。ここで、レリーフ型回折光学素子の接合面は、2次元フォトニック結晶の構造を有するレリーフ面とは反対側の平坦面とする。このとき、半導体部分の屈折率は3以上であるのに対してダイヤモンドの屈折率が約2.4であるので、ダイヤモンドと空気との屈折率差が半導体と空気との屈折率差より小さくなり、空気との界面で生じる全反射が低減され得る。さらに、レリーフ型回折光学素子の2次元フォトニック結晶構造における凸部と凹部のサイズや周期を適正に設計することによっても、半導体内からダイヤモンド層内へ移動した光が空気との界面で全反射することを回避し得るので、LEDからの光取り出し効率をさらに改善することができる。そして、この場合には、半導体部分を加工しないので、活性層やクラッド層に欠陥が導入される恐れがなく、フォトニック結晶として作用するレリーフ型回折光学素子は発光素子にとって好ましい効果のみを生じ得る。
【実施例1】
【0071】
本発明による実施例1においては、図2に示されているようなレリーフ型回折光学素子100が、気相合成法で得られた多結晶ダイヤモンド基体1を用いて作製された。このレリーフ型回折光学素子100の作製過程は、図1(a)から(e)を参照して説明された方法に対応している。
【0072】
図15の模式的平面図は、本実施例で作製されたレリーフ型回折光学素子100の表面レリーフを示しており、これはライン(凸部)44とスペース(凹部)45の繰り返しからなるライン・アンド・スペース(L&S)のパターン400を有している。このL&Sパターン400の全体寸法は1.5mm×1.5mmであり、凸部44と凹部45の各々の幅は約1.2μmであり、それらの高低差は0.2μmである。
【0073】
本実施例で用いたダイヤモンド基体1は5mm×2mm×0.2mmの薄板であり、面積5mm×2mmの成長面は機械的に研磨されている。このダイヤモンド基体1の消衰係数を測定したところ、波長520nmと250nmのいずれにおいても0.001未満であり、ダイヤモンド基体1は光学部品として十分使用に耐え得ることが確認された。
【0074】
図1(a)に示されているように、公知のマグネトロンスパッタ装置を用いて、ダイヤモンド基体1の面積5mm×2mmの一主面上に厚さ60nmのチタン(Ti)膜2が堆積された。
【0075】
そして、図1(b)に示されているように、Ti膜2上にポジ型フォトレジストをスピンコートによって塗布し、厚さ700nmのフォトレジスト層3を形成した。
【0076】
続いて、幅1.2μmのライン(遮光部)とスペース(透過部)の繰り返しによるL&Sパターンを有するフォトマスクとDUV(深紫外)線アライナとを用いて、フォトレジスト層3の表面にマスクパターンを等倍転写して現像を行なった。この結果、図1(c)に示すようなレジストパターン3aが形成された。
【0077】
次に、公知の高周波電極間放電型(CCP)の反応性イオンエッチング(RIE)装置を用いてレジストパターン3aとTi膜2をエッチングした。なお、エッチングガスとしてはCF4を用いた。
【0078】
このエッチングの結果、図1(e)に示されているように、ダイヤモンド基体1上のTiパターン2aを得ることができた。
【0079】
この後、同じRIE装置を用いて、Tiパターン2aとダイヤモンド基体1にエッチング処理を施した。このエッチング条件は、下記の通りである。
高周波周波数: 13.56MHz
高周波電力: 200W
チャンバ内圧力: 3Pa
CF4ガス流量: 1sccm
2ガス流量: 50sccm
このエッチング後に、ダイヤモンド基体1をフッ化水素酸溶液中に浸漬して残存Tiを除去した結果、図2に示すようなレリーフ型回折光学素子100が得られた。
【0080】
図16の走査型電子顕微鏡(SEM)写真は、こうして得られた本実施例のレリーフ型回折光学素子のレリーフ面を示している。このSEM写真の底部に示されている白線のスケールは、2.4μmの長さを表している。凸部44と凹部45の各々の幅は、約1.2μmであった。また、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて表面凹凸状態を測定したところ、凸部44と凹部45の高低差は0.2μmであった。
【0081】
以上のようにして得られた図16のL&Sパターンを有するレリーフ型回折光学素子100について、可視光の波長532nmを有する単一レーザビーム光を用いて回折像の観察を行なった。その観察結果が、図17の回折パターンとして示されている。
【0082】
図17の回折パターンに示されているように、左端の透過光スポットとして現れている0次光が見られるだけでなく、その右側に順に1次光、2次光、3次光、および4次光などの多くの回折光が観測された。なお、他の高次数の回折光も存在していたが、図17では一部の回折光のみを示している。
【0083】
ここで、レーザ光の入射角が0度、すなわち図16のL&Sパターン面に垂直にレーザ光を入射した場合の回折効率が測定された。入射光強度と(0次光+1次回折光)とのそれぞれに対する1次回折光の強度の比として回折効率を求めたところ、それぞれ18%と70%という高い値が得られた。以上の結果から、本実施例で得られたレリーフ型回折光学素子100は、ビームパワー分岐機能を生じていることが分かる。この結果は、逆方向から複数のビームを入射させたときには、ビームパワーを合波できることを意味している。すなわち、本実施例のレリーフ型回折光学素子は、ビームパワー合分岐素子として利用できることが明らかである。
【実施例2】
【0084】
本発明の実施例2においては、実施例1とは異なりTi膜に変えて別の材料を第一被覆層2として用いて、実施例1とほぼ同様のレリーフパターンを有するレリーフ型回折光学素子100が形成された。
【0085】
基本的には実施例1と同じであるが、レジスト厚や第一被覆層厚、さらにエッチングガスなどのエッチング条件は適宜変えて実施した。なお、実施例1でRIE装置を用いてTi膜をエッチングする際には、エッチングガスとしてCF4を用いたが、アルミニウム膜ではCl2とSiCl4の混合ガス、モリブデン膜ではSF6、酸化珪素膜および窒化珪素膜ではCF4を用いた。
【0086】
得られた回折光学素子100の凸部44と凹部45の各々の幅をSEM写真やAFM像から算出した。モリブデン膜ではTi膜と同様に凸部凹部ともに約1.2μmであったが、一方、アルミニウム膜と酸化珪素膜では凸部が1.1μmで凹部が1.3μm、窒化珪素膜では凸部が1.0μmで凹部が1.4μmであった。このことから、第一被覆層2としては、チタンやモリブデンの膜がより好ましいといえる。
【実施例3】
【0087】
本発明の実施例3においては、実施例1と同様のダイヤモンド基体1と方法を用いて、実施例1とは異なるレリーフパターンを有するレリーフ型回折光学素子100が形成された。
【0088】
図18の平面図は、本実施例3のレリーフ型回折光学素子100のレリーフパターンを示している。このレリーフパターン500は、L&Sパターンではなくて、黒点の集合で表された凸部54と白点の集合で表された凹部55で構成された複雑なパターンである。このレリーフパターン500の全体領域は0.3072mm×0.3072mmであり、凸部54および凹部55は一辺が約1.2μmの正方形を一単位する黒点および白点の1以上の集合であり、すなわちそれらの黒点および白点が孤立している箇所もあるしそれらの複数が隣り合って連続している領域もある。そして、凸部54と凹部55の高低差は0.2μmである。
【0089】
図1(a)および(b)に示されているように、本実施例3においても、実施例1の場合と同様にダイヤモンド基体1上に厚さ60nmのチタン(Ti)膜2と厚さ700nmのフォトレジスト層3が順次積層された。
【0090】
その後、図18のレリーフパターン500の凸部54と凹部55にそれぞれ対応する遮光部と透過部のパターンを有するフォトマスクを用いて、DUV線アライナによってフォトレジスト層3の表面にマスクパターンを等倍転写して現像を行なった。その結果、図1(c)に示すようなレジストパターン3aが形成された。
【0091】
さらに、本実施例3においても、実施例1と同様の条件のドライエッチングを行なうことによって、図2に示すようなレリーフ型回折光学素子100が得られた。
【0092】
図19のSEM写真は、こうして得られた本実施例3のレリーフ型回折光学素子のレリーフ面を示している。このSEM写真の底部に示されている白線のスケールは、5μmの長さを表している。図19において、凸部54と凹部55が、一辺が1.2μmの正方形を一単位とする凸点と凹点の複数がそれぞれ連続して構成されていることが分かる。また、AFMを用いて凸部54と凹部55の高低差を測定した結果は0.2μmであった。
【0093】
以上のようにして得られた図19のレリーフパターンを有する本実施例3のレリーフ型回折光学素子100について、可視光の波長532nmを有する単一レーザビーム光を用いて回折像の観察を行なった。その観察結果が、図20の回折パターンとして示されている。
【0094】
入射レーザビーム光は単峰性であったが、図20の回折像は、単峰性の像ではなくて、中心の十字と外周の枠形状のパターンを示していることが分かる。これは図18のレリーフパターン500から得られる回折像として設計通りの回折パターンであり、図19のレリーフパターンを有する回折光学素子はビーム整形素子としての機能を有していることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0095】
以上のように、本発明によれば、赤外、近赤外、可視の領域だけでなく紫外領域でも使用でき、高屈折率に起因して高い設計の自由度を有し、レリーフ面の凹部が他の材料で埋められても回折機能が失われず、さらにハイパワーレーザ用途でも安定して使用し得るレリーフ型回折光学素子を提供することができる。そして、そのようなレリーフ型回折光学素子は、種々の光学的制御機能を有する光学素子として作製され得る。
【図面の簡単な説明】
【0096】
【図1】本発明の一実施形態によるレリーフ型回折光学素子の製造過程を示す模式的断面図である。
【図2】図1の製造過程を経て作製され得るレリーフ型回折光学素子を示す模式的断面図である。
【図3】図2のレリーフ型回折光学素子の一変形例を示す模式的断面図である。
【図4】図3のレリーフ型回折光学素子の一変形例を示す模式的断面図である。
【図5】図2のレリーフ型回折光学素子の他の変形例を示す模式的断面図である。
【図6】図5のレリーフ型回折光学素子の一変形例を示す模式的断面図である。
【図7】図6のレリーフ型回折光学素子の一変形例を示す模式的断面図である。
【図8】図6のレリーフ型回折光学素子の他の変形例を示す模式的断面図である。
【図9】図2のレリーフ型回折光学素子のさらに他の変形例を示す模式的断面図である。
【図10】図9のレリーフ型回折光学素子の一変形例を示す模式的断面図である。
【図11】図10のレリーフ型回折光学素子の一変形例を示す模式的断面図である。
【図12】図2のレリーフ型回折光学素子が付加的光学素子に接合された回折光学装置を示す模式的断面図である。
【図13】図3のレリーフ型回折光学素子が付加的光学素子に接合された回折光学装置を示す模式的断面図である。
【図14】図4のレリーフ型回折光学素子が付加的光学素子に接合された回折光学装置を示す模式的断面図である。
【図15】本発明の実施例1によるレリーフ型回折光学素子のレリーフ面におけるL&Sパターンを示す模式的平面図である。
【図16】実施例1によるレリーフ型回折光学素子のレリーフ面を示すSEM写真である。
【図17】実施例1のレリーフ型回折光学素子によるレーザビームの回折パターンを示す写真である。
【図18】本発明の実施例3によるレリーフ型回折光学素子のレリーフ面における凹凸領域分布パターンを示す模式的平面図である。
【図19】実施例3によるレリーフ型回折光学素子のレリーフ面を示すSEM写真である。
【図20】実施例3のレリーフ型回折光学素子によるレーザビームの回折パターンを示す写真である。
【図21】図9のレリーフ型回折光学素子にプリズムが接合付加された変形例を示す模式的断面図である。
【図22】図2のレリーフ型回折光学素子に反射防止膜が付加された変形例を示す模式的断面図である。
【図23】図22のレリーフ型回折光学素子の一部変形例を示す模式的断面図である。
【図24】図22のレリーフ型回折光学素子の反射防止膜の代わりに微小突起による反射防止層が付加された変形例を示す模式的断面図である。
【図25】図24のレリーフ型回折光学素子の一部変形例を示す模式的断面図である。
【符号の説明】
【0097】
1、11、11a、11b、21、21a ダイヤモンド層、2、12 第一被覆層、2a、12a 第一被覆層パターン、3、13 第二被覆層(感光性材料層)、3a、13a 感光性材料パターン、4、4a、14、14a、14b、24、24a、44、54 凸部、5、5a、15、15a、15b、25、25a、45、55 凹部、6、16、26 平坦化透明膜、36 プリズム、7、17、27 接着剤、8、18、28 付加的光学部品、9、19 反射防止膜、29 微小突起による反射防止層、10 基板、100、100a、100b、200、200a、200b レリーフ型回折光学素子、101、201、301 レリーフ面を平坦化させた回折光学素子、102、202、302 レリーフ型回折光学素子が付加的光学素子に接合された回折光学装置、103 レリーフ面を平坦化させた回折光学素子の上にプリズムを接合させた回折光学装置、104、105 反射防止膜が付加されたレリーフ型回折光学素子、106、107 ダイヤモンド微小突起による反射防止層が付加されたレリーフ型回折光学素子、400、500 凹凸領域分布パターン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光回折を生じさせる凸部と凹部を含むレリーフ面を有するレリーフ型回折光学素子であって、回折される光が通過すべき領域の少なくとも部分的領域の材質がダイヤモンドであることを特徴とするレリーフ型回折光学素子。
【請求項2】
前記ダイヤモンドの消衰係数は、波長520nmの光に関して0.021以下の値を有し、波長250nmの光に関して0.010以下の値を有することを特徴とする請求項1に記載のレリーフ型回折光学素子。
【請求項3】
自立し得るダイヤモンド層に前記レリーフ面が形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載のレリーフ型回折光学素子。
【請求項4】
回折されるべき光を透過し得る材料からなる基板と、この基板上に形成されたダイヤモンド層とを含み、前記レリーフ面が前記ダイヤモンド層に形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載のレリーフ型回折光学素子。
【請求項5】
回折されるべき光を透過し得る材料からなる基板と、この基板上に分布させられた複数のダイヤモンド領域を含み、これらのダイヤモンド領域が前記レリーフ面の前記凸部に対応し、それらのダイヤモンド領域間で露出されている前記基板の表面が前記レリーフ面の前記凹部に対応していることを特徴とする請求項1または2に記載のレリーフ型回折光学素子。
【請求項6】
回折されるべき光を透過し得かつダイヤモンド以外である材料で前記凹部が埋め込まれることによって前記レリーフ面が平坦化されていることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載のレリーフ型回折光学素子。
【請求項7】
回折されるべき光を透過し得かつダイヤモンド以外である材料からなる接着剤によって付加的光学部品に接合されていることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載のレリーフ型回折光学素子。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかのレリーフ型回折光学素子を製造するための方法であって、
ダイヤモンド層を形成し、
アルミニウム、モリブデン、チタン、酸化珪素、および窒化珪素のいずれかを含む第一被覆層を前記ダイヤモンド層上に形成し、
ダイヤモンド以外の材料でかつ前記第一被覆層と異なる材料からなる第二被覆層を前記第一被覆層上に形成し、
前記第二被覆層を所定のパターンに加工し、
前記第一被覆層と前記第二被覆層にドライエッチングを施して、前記第二被覆層の前記パターンを前記第一被覆層に転写するとともに前記第二被覆層を除去し、
前記第一被覆層と前記ダイヤモンド層にドライエッチングを施して、前記第一被覆層のパターンを前記ダイヤモンド層に転写するとともに前記第一被覆層を除去することを含むことを特徴とするレリーフ型回折光学素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2009−86613(P2009−86613A)
【公開日】平成21年4月23日(2009.4.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−312398(P2007−312398)
【出願日】平成19年12月3日(2007.12.3)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】