説明

レーザイオン化質量分析装置

【課題】高分子材料を高感度に分析可能であり、且つ、質量スペクトルと高分子の種類の選択性も高いレーザイオン化質量分析装置を提供する。
【解決手段】高分子材料をイオン化してその質量を分析するレーザイオン化質量分析装置は、試料台10とイオンビーム源20とレーザ光源30と分析部40とからなる。試料台10は、高分子材料が配置される。イオンビーム源20は、試料台に配置される高分子材料にイオンビームを照射する。レーザ光源30は、試料台の表面に平行にレーザ光を照射するものであり、イオンビーム源からのイオンビームにより試料台に配置される高分子材料から放出される高分子材料由来の分子にレーザ光を照射し、高分子材料由来の分子をイオン化する。分析部40は、レーザ光源からのレーザ光によりイオン化される試料を質量分析する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、特に、固体高分子材料をイオン化し、その質量を分析する質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、高分子材料の分子構造の同定を行うための分析装置として、イオンビームを高分子材料に照射し、これにより高分子材料表面から放出される2次イオンを、質量分析計を用いて検出するものが知られている(例えば特許文献1等)。
【0003】
また、金属原子の質量分析装置として、イオンビームによる2次イオン質量分析装置が知られている。2次イオンは発生効率が低く、また元素依存性が大きいため、2次イオン強度が試料中の元素濃度に比例せず、定量性に問題があった。このため、2次イオンと同時に試料から放出される中性粒子を高輝度レーザによりイオン化して質量分析するレーザイオン化質量分析装置も開発されている(例えば特許文献2等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第WO2007/145232号
【特許文献2】特開平5−251037号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、高分子材料の2次イオンによる質量分析装置では、2次イオンの生成効率が低いため、測定感度が低いものであった。また、イオンビームの照射により高分子材料から多種の2次イオンが同時に発生するため、質量スペクトルと高分子の種類を対応付けることが難しいという問題もあった。
【0006】
さらに、金属物質を対象としたレーザイオン化質量分析装置においては、あくまでも検出対象が金属原子に限定されたものであり、高分子材料から放出される中性粒子(分子)が金属原子と同じように放出されるのか、さらにはどのように放出されるのかも明らかでなかったため、高分子材料の分析を行えるものでは無かった。
【0007】
本発明は、斯かる実情に鑑み、高分子材料を高感度に分析可能であり、且つ、質量スペクトルと高分子の種類の選択性も高いレーザイオン化質量分析装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した本発明の目的を達成するために、本発明によるレーザイオン化質量分析装置は、高分子材料が配置される試料台と、試料台に配置される高分子材料にイオンビームを照射するイオンビーム源と、試料台の表面に平行にレーザ光を照射するレーザ光源であって、イオンビーム源からのイオンビームにより試料台に配置される高分子材料から放出される高分子材料由来の分子にレーザ光を照射し、高分子材料由来の分子をイオン化するレーザ光源と、レーザ光源からのレーザ光によりイオン化される試料を質量分析する分析部と、を具備するものである。
【0009】
さらに、レーザ光源からのレーザ光が高分子材料由来の分子に照射されるように、レーザ光源の照射タイミングを、イオンビーム源の照射タイミングに対して遅延制御する遅延制御部を具備しても良い。
【0010】
また、レーザ光源は、高分子材料由来の分子のイオン化効率が高い発光強度のレーザ光を照射するものであれば良い。
【0011】
また、レーザ光源は、高分子材料由来の分子が吸収可能な波長のレーザ光を照射するものであれば良い。
【0012】
さらに、試料台に配置される高分子材料を走査可能なように試料台又はイオンビーム源を移動させるマニピュレータと、マニピュレータにより試料台又はイオンビーム源を移動させイオンビームで高分子材料を走査し、分析部の質量分析の結果を用いて高分子材料を画像化するイメージング部と、を具備するものであっても良い。
【発明の効果】
【0013】
本発明のレーザイオン化質量分析装置には、高分子材料を高感度に分析可能であり、且つ、質量スペクトルと高分子の種類の選択性も高いという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、本発明のレーザイオン化質量分析装置の構成を説明するための概略ブロック図である。
【図2】図2は、本発明のレーザイオン化質量分析装置におけるレーザ光源の照射タイミング及びイオンビーム源の照射タイミングと、高分子材料由来の分子の位置関係について説明するための概念図である。
【図3】図3は、本発明のレーザイオン化質量分析装置により得たポリスチレンのイオン化スペクトルである。
【図4】図4は、イオンビーム源の照射タイミングからレーザ光源の照射タイミングまでの遅延時間に対する、検出されたスチレンの信号強度変化を表すグラフである。
【図5】図5は、レーザ光源のレーザエネルギに対する検出されたスチレンの信号強度変化を表すグラフである。
【図6】図6は、本発明のレーザイオン化質量分析装置を用いて高分子材料を画像化した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態を図示例と共に説明する。図1は、本発明のレーザイオン化質量分析装置の構成を説明するための概略ブロック図である。図示の通り、本発明のレーザイオン化質量分析装置は、高分子材料をイオン化してその質量を分析するものであり、試料台10と、イオンビーム源20と、レーザ光源30と、分析部40とから主に構成されている。そして、これらは、制御部50により、その照射タイミングや照射位置等が制御される。
【0016】
試料台10には、固体の高分子材料が配置される。試料台10は、ターゲットとなる高分子材料へのイオンビーム照射位置を適宜調整可能はマニピュレータを有していることが好ましい。また、試料台10は真空チャンバ内に提供され、真空状態に置かれれば良い。
【0017】
イオンビーム源20は、試料台10に配置される高分子材料にイオンビームを照射するものである。イオンビーム源20としては、高分子材料から分子が放出されるビームであれば良く、例えば集束イオンビーム(FIB)装置等、一般に入手可能なものを用いることができる。例えば、液体金属のガリウムイオン源からイオンビームを取り出し、集束させた上で、ナノスケールの精度で試料にパルス状に照射させれば良い。イオンビーム源20により試料台10に配置される高分子材料にイオンビームを照射すると、高分子材料から高分子材料由来の分子が放出される。
【0018】
レーザ光源30は、試料台10の表面に平行にレーザ光を照射するものである。レーザ光源30により、試料台10に配置される高分子材料から放出される高分子材料由来の分子にレーザ光を照射して、高分子材料由来の分子をイオン化する。レーザ光源30は、高分子材料由来の分子のイオン化効率が高い発光強度のレーザ光を照射可能なものであれば良い。また、レーザ光源30からのレーザ光の波長は、高分子材料由来の分子が吸収可能な波長であれば良い。例えば、レーザ光源30としては、紫外線レーザ発生装置を用いることが可能であり、紫外光域のレーザ光をパルス状に照射させることができる装置である。また、レーザ光源30は、試料台10の表面に対してなるべく表面に近い位置にレーザ光を照射できるように調整されれば良い。例えば、レーザ光と試料台表面の間隔は、1mm程度であれば良い。
【0019】
そして、分析部40は、レーザ光源30からのレーザ光によりイオン化される試料を質量分析するものである。分析部40は、例えばセクター磁場型質量分析装置、飛行時間型質量分析装置(TOF−MS)、四重極型質量分析装置(QMS)等、種々の装置が適用可能である。
【0020】
このように構成された本発明のレーザイオン化質量分析装置において、レーザ光源からのレーザ光を高分子材料由来の分子に照射する手法について、より詳細に説明する。図2は、本発明のレーザイオン化質量分析装置におけるレーザ光源の照射タイミング及びイオンビーム源の照射タイミングと、高分子材料由来の分子の位置関係について説明するための概念図である。図2(a)は、イオンビーム源の照射タイミングに対するレーザ光源の照射タイミングの遅延時間が短い場合の高分子材料由来の分子の位置関係を表しており、図2(b)は、イオンビーム源の照射タイミングに対するレーザ光源の照射タイミングの遅延時間が長い場合の高分子材料由来の分子の位置関係を表している。図示の通り、イオンビームパルスが照射されると、高分子材料の表面や高分子材料が載せられる金属基板の表面から原子や分子の粒子群が真空中に放出される。本願発明者は、このときの金属原子と高分子由来の分子の飛行時間が異なると考えた。即ち、金属原子に比べて高分子由来の分子のほうが、放出速度が低速であると考えた。レーザ光源の照射タイミングの遅延時間が短い場合、図2(a)に示されるように、レーザパルスは金属原子に照射され、金属原子がイオン化され、分析部で検出されることになる。一方、レーザ光源の照射タイミングの遅延時間が長い場合、図2(b)に示されるように、レーザパルスは高分子材料由来の分子に照射され、高分子材料由来の分子がイオン化され、分析部で検出されることになる。
【0021】
したがって、レーザ光源のレーザ光の照射タイミングを調整し、イオンビームにより高分子材料から放出される高分子材料由来の分子にレーザ光を照射するように調整することで、高分子材料由来の分子をレーザ光によりイオン化することが可能となる。高分子材料由来の分子にレーザ光を照射可能なように、レーザ光源の照射タイミングを、イオンビーム源の照射タイミングに対して遅延制御する遅延制御部を設ければ良い。遅延制御部は、制御部50内に設けられれば良く、イオンビーム源のビームパルスに同期して所定の時間だけ遅延させた後にレーザパルスを照射するように制御すれば良い。
【0022】
以下、本発明のレーザイオン化質量分析装置を用いて、高分子材料としてポリスチレンを分析した結果を説明する。図3は、本発明のレーザイオン化質量分析装置により得たポリスチレンのイオン化スペクトルを表している。図中、横軸は質量電荷比(m/z)であり、縦軸は検出強度である。測定条件としては、基板上にスピンコートにより形成したポリスチレンに対して、イオンビーム源として集束イオンビームを100ns、1kHzで照射した。なお、観察視野は100μm×100μmとした。また、レーザ光源は266nmのパルスレーザを用いた。また、比較例として、同じ集束イオンビームを用いて、飛行時間型2次イオン質量分析装置(SIMS)によるポリスチレンのイオン化スペクトルを同縮尺でグレー線で示した。
【0023】
図示の通り、同じ集束イオンビームの照射量に対して、本発明のレーザイオン化質量分析装置では質量電荷比が104付近に主ピークが現れ、比較例では質量電荷比が91付近に主ピークが現れた。質量電荷比104付近の主ピークは、スチレンモノマーに対応するものと考えられる。即ち、スチレンモノマーに対して主ピークが現れたことから、高分子種毎に固有のピークを検出可能であることが分かる。一方、比較例では、モノマーはまったく分からない。また、主ピークのカウント数を比較例と比べると、本発明のレーザイオン化質量分析装置のほうが、6倍高感度であることが分かる。したがって、本発明のレーザイオン化質量分析装置によれば、モノマーを極めて感度良く検出でき、ブレンドポリマーやコポリマー等の有機構造体であっても選択性良く分析出来るので、内部構造を明確に分析出来得る。
【0024】
ここで、遅延制御部におけるレーザ光源の照射タイミングの遅延制御について、より具体的に説明する。図4は、イオンビーム源の照射タイミングからレーザ光源の照射タイミングまでの遅延時間に対する、検出されたスチレンの信号強度変化を表すグラフである。なお、比較例として、インジウム原子の信号強度変化をグレー線で示した。
【0025】
図示の通り、スチレンの信号強度は、3μ秒から10μ秒程度の間で高強度となり、ピークは5μ秒付近に現れ、その後もある程度の信号強度が維持されていることが分かる。一方、3μ秒よりも短くなると、金属原子の影響が現れてくることが分かる。したがって、遅延時間としては、好ましくは3μ秒から15μ秒程度の間、より好ましくは5μ秒前後であれば良い。
【0026】
次に、本発明のレーザイオン化質量分析装置に用いられるレーザ光源のより具体的なレーザ照射条件について説明する。図5に、レーザ光源のレーザエネルギに対する検出されたスチレンの信号強度変化を表すグラフを示す。なお、同図は、レーザ光源としては波長が250nmのものを用い、レーザ光源の照射タイミングの遅延時間を4μ秒とした場合のスチレン(質量電荷比104)の信号強度の測定結果である。図示の通り、スチレンの信号強度は、レーザエネルギが70μJ/pulse〜300μJ/pulse程度の間で高強度となり、ピークは150μJ/pulse付近に現れることが分かる。したがって、レーザ光源のレーザパワーは、好ましくは70μJ/pulse〜300μJ/pulse程度、より好ましくは100μJ/pulse〜200μJ/pulse程度であれば良い。
【0027】
また、レーザ光源の波長は、高分子材料由来の分子が吸収可能な領域であれば良く、紫外光域の波長であれば良い。例えば、200nm〜350nm程度であれば良い。
【0028】
このような構成の本発明のレーザイオン化質量分析装置は、高分子材料を高感度に分析可能であり、且つ、質量スペクトルと高分子の種類の選択性も高いものとなる。
【0029】
また、このような本発明のレーザイオン化質量分析装置を用いて、高分子材料の構造をイメージ化することも可能である。即ち、高分子材料を走査しながら質量分析を行い、この結果を用いて信号強度を画像化する。例えば、図1に示される装置において、高分子材料が走査されるように、マニピュレータにより試料台10が移動させられる。そして、高分子材料を移動させながらイオンビーム源20によりイオンビームを照射し、高分子材料を走査する。なお、試料台は固定し、イオンビーム源をマニピュレータにより移動させて高分子材料を走査するように構成しても良い。このとき放出される高分子材料に対して、レーザ光源からのレーザ光を照射し、高分子材料由来の分子をイオン化するのは上述の通りである。そして、イオンビームが照射される位置とそのときの信号強度を、イメージング部にて画像化する。なお、イメージング部は、制御部50内に設けられれば良い。
【0030】
図6は、このようにして高分子材料を画像化した結果を表している。ここで、図6(a)が全イオン像を、図6(b)が従来技術による測定結果の質量電荷比91のイメージを、図6(c)が本発明による測定結果の質量電荷比78のイメージを、図6(d)が本発明による測定結果の質量電荷比104のイメージをそれぞれ表している。なお、測定対象は、インジウム板上に100nmのポリスチレン粒子を載せたものを、数字の「3」の型(グリッド)でマスクしたものであり、これに対して集束イオンビームを照射し、266nmで1kHzのパルスレーザによりレーザイオン化したものである。
【0031】
図示の通り、レーザイオン化を行わなかった場合の主ピークである質量電荷比91では、数字の「3」のマスクはまったく区別できなかった。これに対して、ベンゼン環に対応すると考えられる質量電荷比78では、若干であるが数字の「3」のマスクが区別できる。さらに、本発明のレーザイオン化質量分析装置による主ピークでありモノマーに対応すると考えられる質量電荷比104では、はっきりと数字の「3」のマスクが区別できている。このように、本発明のレーザイオン化質量分析装置は、高感度に精度良く分析が可能であり、さらには質量スペクトルと高分子の種類の選択性も高いため、画像化することにより構造を明瞭に分析できることが分かる。
【0032】
なお、本発明のレーザイオン化質量分析装置は、上述の図示例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0033】
10 試料台
20 イオンビーム源
30 レーザ光源
40 分析部
50 制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子材料をイオン化してその質量を分析するレーザイオン化質量分析装置であって、該レーザイオン化質量分析装置は、
高分子材料が配置される試料台と、
前記試料台に配置される高分子材料にイオンビームを照射するイオンビーム源と、
前記試料台の表面に平行にレーザ光を照射するレーザ光源であって、イオンビーム源からのイオンビームにより試料台に配置される高分子材料から放出される高分子材料由来の分子にレーザ光を照射し、高分子材料由来の分子をイオン化するレーザ光源と、
前記レーザ光源からのレーザ光によりイオン化される試料を質量分析する分析部と、
を具備することを特徴とするレーザイオン化質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載のレーザイオン化質量分析装置であって、さらに、前記レーザ光源からのレーザ光が高分子材料由来の分子に照射されるように、レーザ光源の照射タイミングを、イオンビーム源の照射タイミングに対して遅延制御する遅延制御部を具備することを特徴とするレーザイオン化質量分析装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のレーザイオン化質量分析装置において、前記レーザ光源は、高分子材料由来の分子のイオン化効率が高い発光強度のレーザ光を照射することを特徴とするレーザイオン化質量分析装置。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3の何れかに記載のレーザイオン化質量分析装置において、前記レーザ光源は、高分子材料由来の分子が吸収可能な波長のレーザ光を照射することを特徴とするレーザイオン化質量分析装置。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4の何れかに記載のレーザイオン化質量分析装置であって、さらに、
前記試料台に配置される高分子材料を走査可能なように試料台又はイオンビーム源を移動させるマニピュレータと、
前記マニピュレータにより試料台又はイオンビーム源を移動させイオンビームで高分子材料を走査し、分析部の質量分析の結果を用いて高分子材料を画像化するイメージング部と、
を具備することを特徴とするレーザイオン化質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−233248(P2011−233248A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−99869(P2010−99869)
【出願日】平成22年4月23日(2010.4.23)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構、先端計測分析技術・機器開発事業、「収束イオンビーム/レーザーイオン化法による単一微粒子の履歴解析装置」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(501241645)学校法人 工学院大学 (14)
【Fターム(参考)】