説明

一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置

【課題】高温高湿環境下にあっても一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置の腐食劣化を防止しクラッチ性能を向上させる一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置を提供することを目的とする。
【解決手段】内側部材と、前記内側部材の周囲に同心に配置された外側部材と、前記内側部材の外周面と前記外側部材の内周面との間に配設され、前記外側部材が前記内側部材に対し所定の方向に相対回転する場合にのみ前記外側部材と前記内側部材との間での回転力を伝達可能とする係合子と、前記内側部材の外周面と前記外側部材の内周面との間に配設され、前記外側部材に加わるラジアル荷重を支承しつつ、前記外側部材を前記内側部材に対し相対回転自在に支持するサポート軸受とを備えた一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置において、
前記係合子との係合面を成す前記内側部材、外側部材、及び前記係合子のうち少なくとも1つは耐食鋼材を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車補機等に用いられる一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来からスタータやオルタネータ等の自動車用補機を駆動するために一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置が用いられている。一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置は、転がり軸受と一方向クラッチとを備えており、それぞれグリース組成物で潤滑されるのが一般的である。この一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置は、極低温から高温環境下での高速回転環境におかれ、かつエンジンルームへの水侵入に起因して高湿環境となるため、低摩擦特性、広温度領域でのグリース安定性、高速高温高湿環境での耐摩耗性、耐焼付性、耐腐食性が要求されていた。この一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置の潤滑剤としては、種々のものが知られており、例えばエーテル油を基油としたグリース組成物、圧力粘度係数が12GPa-1以上(25℃のとき)のエステル系あるいは合成油系の基油にウレア系の増ちょう剤を配合した高圧力粘度のグリース組成物、ウレア化合物からなる増ちょう剤と、40℃における動粘度が60cSt以下の低粘度基油とからなるグリース組成物、シリコーン油を基油とするグリース組成物が知られている。
【0003】
しかしながら、エーテル油を基油としたグリース組成物は、滑り潤滑に用いるのには適さないため、特にスタータ用途の一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置に用いる場合には早期からクラッチ機能を低下させる可能性があった。また、圧力粘度係数を高めたグリース組成物では、クラッチロック性能の向上には有効であるものの、オーバラン状態での性能は十分ではなかった。また、低粘度の基油を用いたグリース組成物では、耐フレッチング性及び耐熱性の向上は見られるものの、滑り時の潤滑性能が不十分であった。
【0004】
そこで、これら問題点を解決する為に、例えば特許文献1においては、一方向クラッチのグリース組成物を、40℃における動粘度が20mm2/s以上60mm2/s以下かつ流動点が−45℃以下のエステル油からなる基油と、ジウレア化合物からなる増ちょう剤と、アミン系化合物からなる酸化防止剤と、カルボン酸、カルボン酸塩、エステル及びアミン系化合物のうちの少なくとも1つからなる防錆剤と、前記一方向クラッチの摺動面及び前記転がり軸受の軌道面のはく離を防止する耐はく離添加剤と、亜鉛系化合物、リン系化合物及び硫黄系化合物のうちの少なくとも1つからなる摩耗防止剤と、を含有し、かつ、前記酸化防止剤及び前記防錆剤の含有量はそれぞれ0.5質量%以上、合計で1質量%以上10質量%以下で、混和ちょう度が250以上340以下としたことで、クラッチロック性能向上、耐フレッチング性、耐熱性の向上などのクラッチ性能の向上を図っていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−77969号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置においても、自動車補機等への適用により高温高湿環境下に晒されるため、一方向クラッチの構成部材の水分等による腐食劣化によるクラッチ性能低下に更なる改善の余地が有った。
【0007】
本発明はこのような不都合を解消するためになされたものであり、高温高湿環境下にあっても一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置の腐食劣化を防止しクラッチ性能を向上させる一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するための第1の発明は、内側部材と、前記内側部材の周囲に同心に配置された外側部材と、前記内側部材の外周面と前記外側部材の内周面との間に配設され、前記外側部材が前記内側部材に対し所定の方向に相対回転する場合にのみ前記外側部材と前記内側部材との間での回転力を伝達可能とする係合子と、前記内側部材の外周面と前記外側部材の内周面との間に配設され、前記外側部材に加わるラジアル荷重を支承しつつ、前記外側部材を前記内側部材に対し相対回転自在に支持するサポート軸受とを備えた一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置において、前記係合子との係合面を成す前記内側部材、外側部材、及び前記係合子のうち少なくとも1つは耐食鋼材を用いていることを特徴とする。
【0009】
また、第2の発明は、前記耐食鋼材の組成が、Cを0.4質量%以上0.6質量%未満、Siを0.1質量%以上0.5質量%未満、Mnを0.1〜0.5質量%未満、Crを10.0質量%以上15.0質量%未満、Nを0.05質量%以上0.20質量%未満とし、Oを15.0質量ppm以下含み、残部をFeと不可避的不純物元素からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置の内側部材、外側部材、係合子の少なくとも1つを耐食鋼材としたので、高温高湿環境下においても一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置の腐食劣化を防止しクラッチ性能を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置を示す図である。
【図2】摩擦係数試験機であるボールオンディスク試験機を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施の形態を以下に説明する。
図1に示す本発明に係る一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置(以下、回転伝達装置とする。)100は、互いに同心に配置された内側部材であるスリーブ1と外側部材であるプーリ2とを備え、これらスリーブ1の外周面とプーリ2の内周面との間に、一方向クラッチである係合子7および1対のサポート軸受4,4とを備えている。そして、スリーブ1の外周面とプーリ2の内周面との間にグリース10が封入されて係合子7と一対のサポート軸受4とを潤滑している。
【0013】
スリーブ1は、全体を円筒状に形成されており、例えば、オルタネータ等の自動車用補機の回転軸(不図示)に外嵌固定して一体とされており、この回転軸と共に回転するようになっている。一方,プーリ2は、スリーブ1と同様に全体が円筒状に形成されており,その外周面の軸方向に関する断面形状を波形として,ポリベルトと呼ばれる無端ベルトの一端が掛け渡される。
【0014】
スリーブ1の外周面とプーリ2の内周面との間に存在する円筒状空間の軸方向中間部には係合子7が配置されており、同じくこの空間の軸方向両端部には係合子7を軸方向両側から挟む位置にサポート軸受4、4がそれぞれ配置されている。
【0015】
係合子7は、クラッチ用内輪5と、クラッチ用外輪6と、複数個の係合子7と、クラッチ用保持器8と、ばね(不図示)とを備え、プーリ2がスリーブ1に対して所定方向に相対回転する傾向となる場合にのみ、プーリ2とスリーブ1との間での回転力を伝達可能とする。
【0016】
クラッチ用内輪5はスリーブ1の軸方向中間部外周面に、クラッチ用外輪6はプーリ2の軸方向中間部内周面にそれぞれ締り嵌めされて固定されている。クラッチ用外輪6の中間部内周面は単なる円筒面であり、またクラッチ用内輪5の外周面はカム面9となっている。即ち、このクラッチ用内輪5の外周面には、ランプ部と呼ばれる複数の凹部5aが円周方向に等間隔で形成されており、このクラッチ用内輪5の外周面がカム面9として作用する。そして,このカム面9とクラッチ用外輪6の前記円筒面との間に、複数個の係合子7と、これら各係合子7を転動自在に並びに円周方向に所定量変位可能に支持するクラッチ用保持器8とが配設されている。
【0017】
クラッチ用保持器8は、全体が合成樹脂により形成され、その内周縁部をカム面9の一部と係合させることで、クラッチ用内輪5に対する相対回転が阻止されている。更に、図1に示される実施形態においては、クラッチ用保持器8の端部内周面に形成した凸部8aを、クラッチ用内輪5の軸方向端面とスリーブ1の外周面に設けた段差面1aとの間で挟持することにより、クラッチ用保持器8を軸方向に位置決めしている。また、クラッチ用保持器8と各係合子7との間には、各係合子7を円周方向の同方向(各凹部5aが浅くなる方向、即ちクラッチ用外輪6の前記円筒面とカム面9との間で半径方向の幅寸法が小さくなった領域である前記楔空間に向かう方向)に押圧するためのバネ(不図示)が設けられている。
【0018】
尚、上述の様な係合子7を構成する場合、複数個の係合子7と接触するクラッチ用外輪6の前記円筒面およびクラッチ用内輪5のカム面9は、それぞれプーリ2の内周面およびスリーブ1の外周面に直接形成する場合もある。或いは、円筒面とカム面9との径方向に関する配置は、上述した構造と逆に、円筒面をクラッチ用内輪5の外周面に、そしてカム面9をクラッチ用外輪6の内周面に形成してもよいことは言うまでもない。
【0019】
上述した回転伝達装置100は、スリーブ1がオルタネータ等の自動車用補機の回転軸の端部に外嵌固定されると共に、プーリ2の外周面に無端ベルトの一端が掛け渡される。無端ベルトの他端はエンジンのクランクシャフトの端部に固定された駆動プーリに掛け渡される。そして、回転伝達装置100は、無端ベルトの走行速度が一定若しくは上昇傾向にある場合(換言すれば、プーリ2の回転角速度がオルタネータの回転軸の回転角速度より速い場合)に、一方向クラッチの楔効果によってプーリ2とスリーブ1とが相対回転不能(ロック状態)となり、エンジンの回転力がプーリ2およびスリーブ1を介してオルタネータの回転軸に伝達される。一方、無端ベルトの走行速度が低下傾向にある場合(換言すれば、プーリ2の回転角速度がオルタネータの回転軸の回転角速度より遅い場合)に、プーリ2とスリーブ1との相対回転が自在(オーバーラン状態)となる。この結果、クランクシャフトの回転角速度が変動した場合でも、無端ベルトとプーリ2とが擦れ合うことが防止され、鳴きと呼ばれる異音の発生や摩耗による無端ベルトの寿命低下が防止されると共に、オルタネータの発電効率の低下が防止される。
【0020】
また、アイドリングストップ車において回転伝達装置100をエンジンのアイドルストップ時の補機駆動装置に利用する場合には、この回転伝達装置100をエンジンのクランクシャフトや電動モータの駆動軸の端部に装着する。これにより、エンジンと電動モータとのうち一方の装置が運転状態にあり、他方の装置が停止状態にある場合に、運転状態にある一方の装置の回転軸からプーリ2への回転カの伝達を自在にすると共に、他方の装置の回転軸が回転しない様にする。
【0021】
回転伝達装置100の内部にはグリース10が封入されており、このグリース10によってローラ係合子7と一対のサポート軸受4、4とが潤滑されている。少なくとも回転伝達装置100の軸方向外側にあたる各サポート軸受4の端部には密封装置11aがそれぞれ設けられており、封入されたグリース10の外部への漏洩が防止されている。尚、本実施形態においては回転伝達装置100の軸方向内側にあたる各サポート軸受4の端部(即ち,一方向クラッチ側の端部)にも密封装置11bがそれぞれ設けられているが、本実施形態においては係合子7と一対のサポート軸受4、4とを共通のグリース10を用いて潤滑しているので、これらの密封装置11bは必ずしも必要ではない。
【0022】
尚、グリース10は、基油に各種の添加剤が調合されて性能の改善が図られている。グリース10の基油としては、例えば鉱物系潤滑油および合成潤滑油を使用することができる。鉱物系潤滑油としては特に制限されるものではないが、パラフィン系鉱物油、ナフテン系鉱物油およびそれらの混合潤滑油を使用できる。また、合成潤滑油も特に制限されるものではないが、合成炭化水素油、エーテル油、エステル油およびフッ素油等が使用できる。
【0023】
具体的には、合成炭化水素油としてはポリ−α−オレフィン油等を使用することができ、エーテル油としてはジアルキルジフェニルエーテル油、アルキルトリフェニルエーテル油、アルキルテトラフェニルエーテル油等を使用することができ、エステル油としてはジエステル油、ネオペンヂル型ポリオールエステル油、又はこれらのコンプレックスエステル油、芳香族エステル油等を使用することができ、フッ素油としてはパーフルオロエーテル油、フルオロシリコーン油、クロロトリフルオロエチレン油、フルオロフォスファゼン油等を使用することができる。
【0024】
これらの基油は、単独でもよいし適宜組み合わせても使用することができる。高速での潤滑性能および寿命を考慮すると、合成潤滑油が含有されていることが好ましく、特にジエステル油が含有されていることが好ましい。基油の動粘度は40℃で10〜150mm/sであることが好ましく、さらには,15〜90mm/sであることが好ましい。10mm/sより小さくなると油膜が薄くなり耐久性が低下し、150mm/sより大きくなるとクラッチの係合性が問題となるためである。
【0025】
グリース10には、増ちょう剤として、基油中にコロイド状に分散して基油を半固体または固体状にする物質を添加することができる。このような増ちょう剤としては、例えば、リチウム石鹸系、カルシウム石鹸系、ナトリウム石鹸系、アルミニウム石鹸系、リチウムコンプレックス石鹸系、カルシウムコンプレックス石鹸系、ナトリウムコンプレックス石鹸系、バリウムコンプレックス石鹸系、アルミニウムコンプレックス石鹸系の金属石鹸やベントナイト系、クレイ系の無機化合物やモノウレア系、ジウレア系、トリウレア系、テトラウレア系、ウレタン系、ナトリウムテレフタラメート系の有機化合物などが挙げられるが、中でもウレア系が好適に用いることができる。そして、これらの増ちょう剤を1種以上配合することができる。
【0026】
グリース10の混和ちょう度は常温(25℃)で250〜340、−40℃では160〜340の範囲が好ましい。常温混和ちょう度が250未満、−40℃混和ちょう度が160未満では、主にクラッチ部において滑り時に必要な部位へのグリースが行き渡らないからであり、また、クラッチのロック、アンロックはバネ力も使用するが、このバネの動きを悪くするという問題も起こる。一方、混和ちょう度が340を超えると、走行時の振動等でグリースが流出しやすく不具合が生じる虞がある。
【0027】
更に、グリース10には、その性能をさらに向上させるために、例えば極圧剤、酸化防止剤、防錆剤、油性剤、金属不活性化剤などの添加剤を混合してもよい。極圧剤としては、リン系、ジチオリン酸亜鉛、有機モリブデンなどを使用することができ、具体的には、ジアルキルジチオリン酸亜鉛、ジアリールジチオリン酸亜鉛、ジアルキルジチオカルバミン酸亜鉛等の有機亜鉛化合物や、ジアルキルジチオリン酸モリブデン、ジアリールジチオリン酸モリブデン、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン等の有機モリブデン化合物やチオカルバミン化合物やホスフェート、ホスファイト類等を使用することができる。
【0028】
酸化防止剤としては一般的に使用される酸化防止剤を使用できる。例えば、フェニル−1−ナフチルアミン等のアミン系、2,6−ジ−tert−ジブチルフェノール等のフェノール系、硫黄系、ジチオリン酸亜鉛等の酸化防止剤を使用することができる。
【0029】
防錆剤としては、例えばアルカリ金属およびアルカリ土類金属等の有機スルフォン酸塩、アルキル、アルケニルこはく酸エステル等のアルキル、アルケニルこはく酸誘導体、ソルビタンモノオレエート等の多価アルコールの部分エステル等を使用することができる。
【0030】
油性剤としては、例えば脂肪酸、動植物油などの油性向上剤を使用することができる。
【0031】
金属不活性化剤としては、ベンゾトリアゾールなどの金属不活性化剤を使用することができる。
【0032】
上記の添加剤は、単独又は2種以上混合して用いることができる。なお、これら添加剤の添加量は、本発明の目的を損なわない程度であれば特に限定されるものではない。
【0033】
さらに、グリース10にはその性能を一層高めるため、従来からグリースに用いられている公知の一般的な添加剤を必要に応じて含有させることができる。グリース10は上記の各成分を含有するが、その製造方法には制限がなく、従来のウレア系グリースと同様にして調製することができるが、一般的には基油中でジウレア化合物の原料(アミン類とジイソシアネート)を反応させて得られる。尚、そのときの加熱温度や撹拌・混合時間等の製造条件は使用する基油やジウレア化合物の原料、添加剤等により適宜設定される。また、添加剤を添加後、十分に撹拌して均一に分散させる必要があるが、その際加熱することも有効である。
【0034】
以上のように調製されたグリース10は、クラッチ用内輪5のカム面9およびクラッチ用外輪6の前記円筒面とローラ7の転動面とのすべり時には低摩擦・低摩耗の特性を有し、すべり接触部の摩擦に基づく発熱やすべり接触部の摩耗を低減する。また、特にグリース粘度が上昇する(流動性が低下する)低温時においても、クラッチ用内輪5のカム面9およびクラッチ用外輪6の前記円筒面へのローラ7の押付けを阻害しない。したがって、低温(−40℃)で係合子7を確実に且つ長期にわたって動作させることができる。
【0035】
さらに,上記のグリース10は、サポート軸受4の潤滑にも好適に用いることができ、これにより係合子7とサポート軸受4を共通のグリース10により潤滑することができ、一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置100の製造・保守の低コスト化を図ることができる。
【0036】
クラッチ部分を構成する内側部材,外側部材,係合子の材質としては、少なくとも1つに耐食鋼材を用いることが好ましい。耐食鋼材の組成としては、Cを0.4質量%以上0.6質量%未満、Siを0.1質量%以上0.5質量%未満、Mnを0.1〜0.5質量%未満、Crを10.0質量%以上15.0質量%未満、Nを0.05質量%以上0.20質量%未満とし、Oを15.0質量ppm以下含み、残部をFeと不可避的不純物元素からなる鋼材を用いることが好ましい。特に,内側部材にこの鋼材を用いることで、高湿環境下での耐腐食性効果及び高温高速での摩耗の抑制効果が高い。
【0037】
この鋼材に、ウレア系を増ちょう剤とするグリース10を用いることで、高温高速係合耐久性能を向上させることができる。
【0038】
(評価試験)
(1)高湿係合耐久試験:オルタネータ用一方向クラッチプーリを用いて行った。試験条件は、プーリ回転数:5000±600min−1、フロント側ベアリング温度:80℃、オルタネータ発電量:100A、プーリ荷重:1000N、試験時間:400hで実施し、400hを超えたものについては合格判定として試験を打ち切った。
(2)摩擦特性(摩擦係数)試験:図2に示すボールオンディスク試験機にて試験を行った。即ち、ボールオンディスク試験機のディスク12上にグリース10を塗布し、ボール13の面圧2GPa、摺動速度0.2m/sの条件で1分後の摩擦係数の測定を行った。
(3)熱安定性(全酸価増加)試験:高温放置試験で行った。ステンレスシャーレ(SUS304)にグリースを厚さ3mmに均一に塗布し、160℃において500時間恒温槽で放置した。放置したグリースの全酸価を測定し、全酸価増加量を求めた。3mgKOH/g以下を合格とした。
【0039】
本発明に係る一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置の実施例1〜5、および比較例1〜2の一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置に封入される各グリースの調製は、先ず、第1の容器に半量の基油と増ちょう剤のアミン成分とを入れ、加熱しながら撹拌し、第2の容器に基油の半量と4,4−ジフェニルメタンジイソシアネート(東京化成(株)製)とを入れ、加熱しながら撹拌し、第1の容器に第2の容器の内容物を加えて両容器の内容物同士を反応させた。次いで、反応生成物に添加剤を添加し、3段ロールミルで仕上げてグリースとした。
【0040】
実施例1〜5および比較例1〜2で用いた内・外側部材と係合子の鋼材、グリースの組成、および測定された各特性値、即ち、混和ちょう度、摩擦特性(摩擦係数)、熱安定性(全酸価増加)を表1に示す。尚、実施例1〜5においては、内・外側部材、係合子の少なくとも1つに耐食鋼材を用いている。用いた耐食鋼材の組成は、Cを0.4質量%以上0.6質量%未満、Siを0.1質量%以上0.5質量%未満、Mnを0.1〜0.5質量%未満、Crを10.0質量%以上15.0質量%未満、Nを0.05質量%以上0.20質量%未満とし、Oを15.0質量ppm以下含み、残部をFeと不可避的不純物元素からなる。比較例1〜2は、内・外側部材、係合子の鋼材が上記以外の腐食対策を行っていないものとなっている。
【0041】
【表1】

【0042】
表1より明らかなように、一方向クラッチの摩擦特性、クラッチ封入グリースの熱安定性は従来性能を維持しつつ、内側部材、外側部材、係合子の少なくとも1部材に耐食鋼材を用いることで、従来の一方向クラッチに対して係合耐久寿命が大幅に向上することが分かった。
【0043】
なお、本発明は前述した実施形態および実施例に限定されるものではなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲で適宜変形、改良等が可能であることは言うまでもない。
また、上述した実施形態においては一方向クラッチとして係合子7を用いた場合について説明したが、本発明はこれに限定されずスプラグクラッチ、カムクラッチ等の他の型式の一方向クラッチを用いることも可能である。また、図示の例では,係合子7の両側に1対のサポート軸受4、4を設ける場合について説明したが、サポート軸受4を係合子7の片側に1個のみ設けることも可能である。更に、外側部材としてプーリ2に代えて歯車を使用するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0044】
1…スリーブ(内側部材)
2…プーリ(外側部材)
3…ローラクラッチ(一方向クラッチ)
4…サポート軸受
7…係合子
10…グリース
100…一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内側部材と、前記内側部材の周囲に同心に配置された外側部材と、前記内側部材の外周面と前記外側部材の内周面との間に配設され、前記外側部材が前記内側部材に対し所定の方向に相対回転する場合にのみ前記外側部材と前記内側部材との間での回転力を伝達可能とする係合子と、前記内側部材の外周面と前記外側部材の内周面との間に配設され、前記外側部材に加わるラジアル荷重を支承しつつ、前記外側部材を前記内側部材に対し相対回転自在に支持するサポート軸受とを備えた一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置において、
前記係合子との係合面を成す前記内側部材、外側部材、及び前記係合子のうち少なくとも1つは耐食鋼材を用いていることを特徴とする一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置。
【請求項2】
前記耐食鋼材の組成が、Cを0.4質量%以上0.6質量%未満、Siを0.1質量%以上0.5質量%未満、Mnを0.1〜0.5質量%未満、Crを10.0質量%以上15.0質量%未満、Nを0.05質量%以上0.20質量%未満とし、Oを15.0質量ppm以下含み、残部をFeと不可避的不純物元素からなることを特徴とする請求項1記載の一方向クラッチ内蔵型回転伝達装置。

【図1】
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【図2】
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