説明

一次元炭素ナノ構造体の製造方法

【課題】個々のカーボンナノチューブを基質上の予め選択した位置に合成する、化学蒸着を用いたカーボンナノチューブおよび炭素ナノ構造体の製造方法の提供。
【解決手段】蒸着マスクを備える基質上に、有機金属層を蒸着する。マスクを除去すると、有機金属前駆体のマスク上に蒸着した部分も除去される。有機金属層の残った部分を酸化し、炭素ナノ構造体の合成に用いることのできる金属成長触媒を基質上に得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学蒸着を用いたカーボンナノチューブおよび炭素ナノ構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブは炭素原子によって作られる六角形のネットワークであり、両端がそれぞれ半球フラーレンで塞がれた継ぎ目のないチューブ形状をしている。最初のカーボンナノチューブとして、アーク放電中に炭素を蒸着することで得られた多層の同軸チューブ又は多層(multi-walled)カーボンナノチューブが飯島澄男により1991年に報告されている。このとき報告されたのは7層までのカーボンナノチューブである。1993年、飯島のグループとDonald Bethune率いるIBMチームとはそれぞれ独自に、炭素を鉄、コバルト等の遷移金属と共にアーク発生器内で蒸発して単層(single-wall)ナノチューブの作成が可能であることを発見した(飯島他、Nature 363:603(1993);Bethune他、Nature 363:605(1993)及び米国特許第5,424,054号参照)。この合成は、大量の煤煙と金属粒子に混じった少量の不均一なナノチューブを得るものであった。
【0003】
現在、単層および多層カーボンナノチューブの合成方法は主に3種ある。カーボン竿のアーク放電(Journet他、Nature 388:756(1997))、炭素のレーザ切断(Thess他、Science 273:483(1996))、および炭化水素の化学蒸着(Ivanov他、Chem.Phys.Lett 223:329(1994);Li他、Science 274:1701(1996))である。多層カーボンナノチューブは接触炭化水素分解により工業規模で製造することが可能であるが、単層カーボンナノチューブはレーザ技術により依然としてグラム単位でしか製造することができない。
【0004】
同じくらいの直径で比較した場合に、より欠陥が少なく、より強靭であり、より導電性が高い、という理由から、多層カーボンナノチューブより単層カーボンナノチューブが一般に好まれている。多層カーボンナノチューブの場合、不飽和炭素原子価(valances)間で架橋することによって欠陥が補われたものが残ってしまうが、単層カーボンナノチューブの場合、隣接する壁がなく欠陥を補うことができないので、欠陥を持つ単層カーボンナノチューブが生じにくい。欠陥の無い単層ナノチューブには、チューブ直径、同軸シェル数、キラリティーを変化させることによって調整できる顕著な機械的、電子的、磁気的特性が期待される。
【0005】
単層カーボンナノチューブは、炭素と微量のVIII族遷移金属とを、アーク放電装置の陽極(anode)から同時に蒸発させることで製造されている(Saito他、Chem. Phys. Lett.236:419(1995))。また遷移金属混合物を用いると、アーク放電装置内での単層カーボンナノチューブの収率が増加することが示されている。しかしナノチューブの収率は依然として低く、混合物内の個々のナノチューブ間で構造および寸法に著しいばらつきがあり、またナノチューブを他の反応生成物から分離するのが困難である。一般的なアーク放電工程では、触媒材料(一般に、ニッケル/コバルト、ニッケル/コバルト/鉄、あるいはニッケルおよびイットリウム等の遷移元素といった金属の組み合わせ)を充填した炭素陽極を、アークプラズマで消費する。触媒と炭素を蒸発させ、濃縮液体触媒の上に炭素を凝結させることにより、単層カーボンナノチューブを成長させる。生成物の収率を最大化する助触媒には硫化鉄、硫黄、硫化水素等の硫黄化合物が一般に用いられる。
【0006】
単層カーボンナノチューブを製造する一般的なレーザ切断法については、Andreas Thess他(1996)が開示している。ニッケル−コバルト合金等の金属触媒粒子を黒鉛粉と所定の割合で混合し、混合物を圧縮してペレットを得る。レーザビームをペレットに照射する。レーザビームは炭素とニッケル−コバルト合金を蒸発させ、炭素蒸気を金属触媒の存在下に凝結させる。凝結中には直径が一定でない単層カーボンナノチューブが存在する。しかし工程中に第二のレーザを設け、第一レーザのパルスの50ナノ秒後にパルスを与えるようにすると、10,10構造(ナノチューブ外周に六角形10個の鎖)が多く得られる。生成物は直径約10〜20nm、長さ数マイクロメータの繊維から構成され、この繊維には直径がそれぞれ約1.38nmの単層ナノチューブがランダムに並んで含まれている。
【0007】
レーザー法およびアーク法とは異なり、遷移金属触媒上への炭素蒸着では、単層カーボンナノチューブではなく主に多層カーボンナノチューブが生成されやすい。しかし接触炭化水素分解法によって、大部分を単層カーボンナノチューブとする生成が成功している例もある。Dai他(Chem. Phys. Lett 260:471(1996))は、アルミナに担持したモリブデン(Mo)触媒と共に1200℃に加熱して一酸化炭素(CO)を不均化することで、網状の単層カーボンナノチューブを生成している。単層カーボンナノチューブの直径は概して1nm〜5nmの範囲にわたるが、Mo粒径によって制御することが可能であった。生成物の電子顕微鏡像から、Mo金属がナノチューブの先端に付着していることが判明した。鉄触媒および硫黄添加剤と共に1100〜1200℃でベンゼンを熱分解することで、束になったロープ状の単層カーボンナノチューブが得られている。合成された単層カーボンナノチューブはレーザ蒸発または電気アーク法により得られたものと同様に粗く列をなして束となり編み合わされている。また、鉄とV族(V、NbおよびTa)、VI族(Cr、MoおよびW)、VII族(Mn、TcおよびRe)およびランタニドから選ばれる少なくとも1種の元素とを含む金属触媒の使用も提案されている(米国特許第5,707,916号参照)。
【0008】
現在実施可能なカーボンナノチューブの合成方法では、概して絡み合った大量のカーボンナノチューブが得られる。さらにこのナノチューブには、特性に悪影響を与える分子レベルでの構造欠陥が存在しうる。従って、現在の方法では予め選択した位置にカーボンナノチューブを生成することができていない。例えばカーボンナノチューブの用途の一つとして、回路の接続配線が考えられている。米国特許第6,574,130号は、各セルがナノチューブリボンクロスバー接合(ribbon crossbar junction)を有するハイブリッドメモリセルを開示している。絡み合ったナノチューブから個々のナノチューブリボンを形成し、メモリセル内の望まれる位置に配置する。個々のカーボンナノチューブを別々の位置に効率よく製造する方法があれば、上記工程は単純化することが可能である。
【0009】
米国特許第6,146,227号は、カーボンナノチューブを微小電気機械システム(MEMS)装置の要素として製造する方法を開示している。ナノサイズの孔またはナノスケールの触媒保持構造をMEMS基質層に形成し、内部にナノチューブ成長触媒を析出(deposited)する。その結果ナノサイズの孔の内部でナノチューブが成長する。すなわちこの方法では、MEMS基質上の特定の位置にナノスケールの触媒保持構造を設けることによって、ナノチューブの位置と寸法を制御している。
【0010】
米国特許第6,401,526に開示の方法では、シリコンピラミッドを設置することによってナノチューブの位置を決めている。シリコンピラミッドを特定の位置に配置し、液相触媒で浸漬被覆し、炭素を化学蒸着して原子間力顕微鏡用の単層カーボンナノチューブプローブ先端を作成する。次いでナノチューブを所望の長さに縮める。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このように、個々のカーボンナノチューブを基質上の予め選択した位置に合成する方法が必要とされている。こうした方法は、基質上の予め選択した位置において制御した数のカーボンナノチューブを成長させるものが好ましい。このような方法は更に、所望の種類のカーボンナノチューブ、例えば単層ナノチューブの、個々の成長を可能にするものが好ましい。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明の概要
本発明は基質上の標的位置でカーボンナノチューブを成長させる方法および工程を提供する。一態様において、マスク層を基質上に設け、基質の選択部分を露出状態にする。次いで有機金属前駆膜を基質上に蒸着する。前駆膜は、基質のマスク部分と露出部分との両方に乾式法を用いて蒸着する。前駆膜を蒸着した後、マスク層を基質から除去する。基質に残った有機金属膜を熱分解し、金属ナノ粒子を形成する。得られる金属ナノ粒子を、カーボンナノチューブを成長させる成長触媒として用いる。
【0013】
一態様において、本発明は炭素ナノ構造体を合成する方法を提供する。本方法は、蒸着マスクを備える基質を設け;有機金属層の少なくとも一部分が前記基質の非マスク部分に蒸着するように前記基質上に有機金属層を蒸着し;前記基質から前記蒸着マスクを除去し;前記基質の非マスク部分に蒸着した有機金属層の部分を酸化して前記基質上に成長触媒を形成し;そして前記基質を炭素前駆ガスに蒸着温度で触れさせて炭素ナノ構造体を形成することを含む。蒸着マスクは、酸化ケイ素、酸化アルミニウム等の金属酸化物であってもよい。有機金属層は、鉄フタロシアニン、モリブデンフタロシアニンまたはこれらの組み合わせからなっていてもよい。炭素前駆ガスはメタンであってもよく、更にアルゴン、水素等の他のガスを含んでいてもよい。
【0014】
別の態様において、本発明はカーボンナノチューブを製造するシステムを提供する。このシステムは、複数の温度ゾーンを支持し、炭素前駆ガス源と不活性ガス源とを備える気密チャンバを有することが可能な反応器;第一の温度ゾーンに配置された試料保持器;第二の温度ゾーンに配置されたマスクした基質;および前記反応器に接続し前記チャンバからガスを排気する排気システムを含む。蒸着マスクは、酸化ケイ素、酸化アルミニウム等の金属酸化物であってもよい。有機金属層は、鉄フタロシアニン、モリブデンフタロシアニンまたはこれらの組み合わせからなっていてもよい。炭素前駆ガスはメタンであってもよく、更にアルゴン、水素等の他のガスを含んでいてもよい。マスクした基質上に有機金属層を蒸着し、酸化して特定の寸法の金属触媒粒子を形成する。酸化段階の前または後のいずれかで、マスクを除去する。次いで金属触媒粒子を炭素前駆ガスに触れさせて、化学蒸着法によってカーボンナノチューブを形成する。
【0015】
別の態様において本発明は、蒸着マスクを備える基質上に有機金属層を蒸着し;基質の非マスク部分に蒸着した有機金属層を酸化し;そして前記基質を炭素前駆ガスに蒸着温度で触れさせてカーボンナノチューブ構造を形成する工程により製造されるカーボンナノチューブ構造体を提供する。蒸着マスクは、酸化ケイ素、酸化アルミニウム等の金属酸化物であってもよい。有機金属層は、鉄フタロシアニン、モリブデンフタロシアニンまたはこれらの組み合わせからなっていてもよい。炭素前駆ガスはメタンであってもよく、更にアルゴン、水素等の他のガスを含んでいてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一次元炭素ナノ構造体の製造方法のフローチャートを示す。
【図2】本発明の一次元炭素ナノ構造体の製造に好適な水平装置を示す。
【図3】本発明の一次元炭素ナノ構造体の製造に用いる複数の温度ゾーンを有する装置を示す。
【図4】本発明の実施に好適な垂直装置を示す。
【図5】本発明の方法において用いられるマスクした基質の概略を示す。マスク325は基質305をカバーする一方、基質上の標的領域335はマスクされていない。
【発明を実施するための形態】
【0017】
発明の詳細な説明
I. 定義
特に述べない限りは、明細書、請求項を含む本出願において用いられる下記の語は、下記のように定義される。なお、明細書および請求項において用いられる「一つの(a、an)」「その(the)」で示される単数形は、文脈から明らかとされる場合を除いては、複数形を含むものとする。一般的な化学用語の定義は、例えばCareyおよびSundberg(1992)"Advanced Organic Chemistry第3版” 第A巻および第B巻、Plenum Press(ニューヨーク州);およびCotton他、(1999)“Advanced Inorganic Chemistry 第6版”、Wiley(ニューヨーク州)が参照可能である。
【0018】
本願において「単層カーボンナノチューブ」または「一次元カーボンナノチューブ」の語は、交換可能に用いるものであり、炭素原子の単層から実質的になる壁を有し、黒鉛型結合で六角形結晶構造に配置された、炭素原子の薄いシートを円筒状にしたものを意味する。
【0019】
本願において「多層カーボンナノチューブ」の語は、2個以上の同軸チューブからなるナノチューブを意味する。
【0020】
「有機金属(metalorganic)」または「有機金属(organometallic)」の語は、交換可能に用いるものであり、有機化合物と金属、遷移金属または金属ハロゲン化物との配位化合物を意味する。
【0021】
II.概要
本発明は、基質上の予め選択した位置にカーボンナノチューブおよび単層ナノチューブからなる構造を製造する、方法(method)、装置、工程(process)を開示する。
【0022】
一態様において、基質の一表面は、マスクでカバーした領域とカバーしていないあるいは非マスクの領域とを有する。非マスク領域は、ナノチューブまたはナノ構造を合成する標的となる領域を意味する。金属等の触媒の粒子は、非マスク領域に選択的に蒸着される。一般には、有機金属化合物層を非マスク領域に蒸着し、有機成分を酸化等によって除去し、基質上の特定の位置に触媒金属粒子を得る。次いで、表面に触媒粒子を形成した基質を炭素前駆ガスに触れさせ、単層カーボンナノチューブおよびナノ構造を得る。その結果、触媒粒子の存在する位置に化学蒸着(CVD)法によってカーボンナノチューブおよびナノ構造が製造される。本方法のフローチャートを図1に示す。基質の非マスク表面に蒸着した触媒粒子の寸法を制御することによって、化学蒸着中に形成される炭素ナノ構造体の寸法および種類を制御することができる。
【0023】
別の態様において、カーボンナノチューブおよびナノ構造を製造する工程を装置内で実施する。複数の温度ゾーンを有する反応炉を用いてナノチューブを製造する。マスクした領域および非マスク領域を有する基質を一つの温度ゾーンに配置する。別の温度ゾーンには有機金属化合物を配置する。反応容器内の温度および圧力は、有機金属化合物が物理蒸着によって基質の非マスク部分に所定の厚さの層を形成するように制御されている。非マスク基質上の有機金属層を処理し、金属粒子を得る。好ましくは金属触媒は、本質的に鉄、モリブデン、コバルト、ニッケルまたはそれらの混合物を含む。この金属粒子を触媒として用い、CVD法によりナノチューブおよびナノ構造を合成する。さらに、反応チャンバを熱伝導ガスおよび不活性キャリアガスで満たしてもよい。好ましくは雰囲気は不活性ガスであるアルゴンまたはヘリウムを含み、あるいは更に多少の水素を任意に含んでいてもよい。なお雰囲気は、10−5Torr〜760Torr、好ましくは10−4Torr〜10−3Torrの範囲に圧力を保つ。
【0024】
III.反応容器
本発明の一態様において、カーボンナノチューブを製造するシステムを提供する。このシステムは、複数の温度ゾーンを支持し、炭素前駆ガス源と不活性ガス源とを備える気密チャンバを有することが可能な反応器;第一の温度ゾーンに配置された試料保持器;第二の温度ゾーンに配置されたマスクした基質;および前記反応器に接続し前記チャンバからガスを排気する排気システムを含む。以下、付属の図を参照して本発明のシステム、工程および方法を説明するが、同様の参照番号は要素が同一であるか機能上同等であることを示す。さらに図において、各参照番号の左端の数字は最初に参照番号が使われた図の番号に対応する。
【0025】
図2は、本発明の様々な態様の実施に用いることのできる「水平」反応炉100の概略図である。反応炉100は、加熱した反応チャンバ内でガス流を制御することが可能な構成の炉であれば、従来公知のどのような炉を用いてもよい。例えばカーボライト社TZF12/65/550型が本発明の様々な態様を実施するのに好適な水平3ゾーン炉である。
【0026】
図2に示すように、石英管110を反応炉100内に配置し、反応チャンバとして用いる。石英管は反応炉100の反応チャンバ110として機能し、反応炉は工程に必要な全ての熱を供給する。反応チャンバ110はガス入口121〜123とガス出口125を備え、これにより石英管内の雰囲気組成の制御を行う。所与の工程に必要な条件に応じて、追加のガス入口を設けてもよいし、不要なガス入口を封鎖してもよい。あるいは真空ポンプ(図示せず)をガス出口125に設けて、反応チャンバを低圧操作可能な構成にしてもよい。本発明に好適に用いることのできる他の型の反応チャンバ110は、当業者に自明であろう。反応炉100の操作中、石英ボート、石英基質あるいは他の種類の反応容器または基質といった試料保持器130を石英管110内に配置することができる。通常、試料保持器130は石英管または反応チャンバ110への材料の導入または除去を容易に行うために用いる。所望の工程におけるガス流・加熱段階中に、処理を行う材料を試料保持器130内に配置する。
【0027】
複数の温度ゾーンを有する別の水平反応容器を図3に示す。反応炉100は物理蒸着工程を実施するように構成されている。図2と同様に、反応炉100は反応チャンバとして機能する石英管110を含む。物理蒸着工程を行うために、反応炉は少なくとも2個の温度ゾーン405および406を備えるように構成される。なお、図3において反応炉100を分離して示しているが、単に温度ゾーン405および406の存在を強調するためのものであり、反応炉100の部分は全て、複数の温度ゾーンを支持することのできる従来公知の反応炉の一部分であってもよい。
【0028】
通常の操作において、有機金属前駆体を載せた試料保持器430を、反応チャンバ110の温度ゾーン405内に配置することができる。マスクした基質435を反応チャンバ110の温度ゾーン406内に配置することができる。そして、反応チャンバ110の圧力を真空ポンプ440によって減じることができる。真空ポンプ440は従来公知のどのような真空ポンプを用いてもよい。反応チャンバ110の内部圧力が所望の圧力に達したとき、温度ゾーン405および406の温度を調節して物理蒸着工程を開始する。
【0029】
温度ゾーン405および406の温度は、温度勾配が生じて、温度ゾーン406に配置されたマスクされた基質435上にはっきりと厚みのある有機金属層の形成が促進されるように調節される。一態様において、全ての温度ゾーンを、それぞれ異なる温度となるように加熱することができる。別の態様において、温度ゾーン405を加熱し、他の温度ゾーンを加熱しないようにすることができる。この場合、有機金属化合物を載せた試料保持器のみが加熱されるので、温度勾配が生じる。温度ゾーンにおける温度は、選択した有機金属化合物、基質の組成、マスク材料の組成、有機金属層の所望の厚さ、反応チャンバの容量、熱伝導に用いるガス等に応じて選択することができる。好ましくは、温度ゾーン405の温度は、そこに配置される有機金属化合物が昇華するように選択する。温度ゾーン406の温度は、有機金属がマスクした表面上に層として蒸着されるように選択することができる。
【0030】
真空ポンプ440は、物理蒸着工程の間、作動し続ける。真空ポンプを作動することで、低圧環境が維持されるだけでなく、反応チャンバ110内で試料保持器からマスクした基質へ向かう流れを作り出すことができる。その結果、試料保持器430内の試料から昇華する有機金属蒸気が、温度ゾーン405から温度ゾーン406へ移動する。従ってこの工程では、有機金属蒸気がマスクした基質435へ移動し、温度ゾーン406内のより低い温度によって、マスクした基質上に物理的に蒸着される。
【0031】
別の態様において、反応容器は図4に示すように「垂直」方向を向いていてもよい。反応チャンバ500は、真空処理の実施に適していれば従来公知のどのような垂直反応炉またはチャンバであってもよい。減圧下で反応チャンバを操作する目的で、従来公知の真空ポンプ(図示せず)を反応チャンバ500に接続することができる。図4のシステムを用いた、物理蒸着工程を実施する標準的な方法では、有機金属試料530を反応チャンバ500に配置し、反応容器531を加熱する手段を設ける。有機金属試料530は、石英ボート等の反応容器531に配置することができる。例えば反応容器531は、ホットプレート等のヒータ510上に配置することができる。あるいは、反応容器531を加熱するヒータ510を反応チャンバの一体化部分、例えば加熱ゾーンとして含む垂直炉を、反応チャンバ500として用いることもできる。この場合、有機金属試料530を反応チャンバ500の加熱ゾーンに正しく配置する目的で、反応容器531を台座または他の支持体上に配置する。マスクした基質535等の物理蒸着工程の標的も、マスクした表面が有機金属試料に対向するように反応チャンバ500内に配置する。有機金属試料530とマスクした表面535との距離は、約1cm〜約30cm、好ましくは約3cm〜約15cm、より好ましくは約5cm〜10cm、あるいはこれらの間のあらゆる距離から選択することができる。従って、530と535とは、5cm、6cm、7cm、8cm、9cmまたは10cm離間することができる。物理蒸着を開始する前に、反応チャンバ500内の圧力を真空ポンプで減じることができる。所望の圧力に達したら、真空ポンプをオフにする。次いで有機金属の昇華を引き起こすためにヒータ510を作動して有機金属試料の温度を上げることができる。FePcを有機金属として用いた場合、試料530を約480℃〜約550℃に加熱する。昇華で生成した有機金属蒸気は、マスクした基質535に接触し、露出面上に有機金属層が蒸着する。なおマスクした基質535は、この物理蒸着工程の間、加熱する必要が無い。しかし反応チャンバの構成と用いる有機金属試料によっては、マスクした基質535上に蒸着した有機金属層の接着性を向上するために、マスクした基質を200℃〜300℃に加熱することが望ましいこともある。あるいは有機金属試料530やヒータ510に近接していることから、マスクした基質535の多少の加熱は起こりうる。
【0032】
一態様において、有機金属を載せたボートを加熱し、マスクした基質を加熱しない。有機金属を載せたボートを加熱するので、温度勾配が生じる。別の態様において、ボートとマスクした基質との両方を加熱する。通常、基質はより低い温度であり、これにより温度勾配が生じる。より良好な接着性を得る、形成する有機金属層の厚さを制御する等の目的で、基質を加熱してもよい。
【0033】
IV.基質
本発明の一態様において、単層カーボンナノチューブを、図5に示す基質305の固体表面と安定的に結合させることができる。基質の寸法と位置は、制御した寸法、形、方向および位置を有するナノチューブが合成されるものとすることができ、基質はプラスチック、セラミック、金属、ゲル、膜、ガラス、ビーズ等の様々な材料から作成することができる。好ましくは基質は、後述の金属成長触媒を用いてカーボンナノチューブを合成する際に、その支持体として使用するのに好適な材料からなる。このような材料としては、結晶シリコン、ポリシリコン、窒化ケイ素、タングステン、マグネシウム、アルミニウムおよびそれらの酸化物、好ましくは酸化ケイ素、酸化アルミニウムおよび酸化マグネシウムが挙げられる。例えば蒸着標的335として、シリコンウエハー表面上の酸化ケイ素の露出領域を用いることができる。基質305の他の領域は、好適な構造材料であればどのようなものを用いて構成してもよい。
【0034】
本発明の一態様において、基質を処理して、ナノチューブおよびナノ構造の成長用に特定の場所を設ける。このような処理として、基質表面をマスキングし、非マスク領域を設け、電気化学(EC)および光電気化学(PEC)エッチングを行い基質上の特定位置に個々の孔または構造を形成する、等の処理が挙げられる。図5に示すように、基質305は好ましくは上面315および反対面を有する。上面には、除去可能なマスク325でカバーした部分とカバーしていない部分(非マスク領域335)を設けることができる。非マスク領域335は、カーボンナノチューブ合成の標的となるエリアを表す。物理蒸着工程によって金属触媒粒子を非マスク領域に位置させるので、以下、非マスク領域を蒸着標的335と称することもある。
【0035】
蒸着標的335は好ましくは、後述の金属成長触媒を用いたカーボンナノチューブの合成時に支持体として用いるのに好適な材料から構成される。そのような材料としては、酸化ケイ素、酸化アルミニウムおよび酸化マグネシウムが挙げられる。例えば、蒸着標的335を露出した酸化ケイ素領域とすることができる。
【0036】
マスク325は、望ましい場合に除去できる材料であれば、どのような材料からなっていてもよい。すなわちマスクは、物理的除去、水または溶媒への溶解、化学または電気化学エッチング、加熱による気化等によって、比較的容易に除去することのできる材料で形成される。マスク材料の例としては、塩化ナトリウム、塩化銀、硝酸カリウム、硫酸銅、および塩化インジウム等の水溶性または溶媒可溶性塩;および糖、グルコース等の可溶性有機材料が挙げられる。マスク材料はCu、Ni、Fe、Co、Mo、V、Al、Zn、In、Ag、Cu−Ni合金、Ni−Fe合金等の化学的にエッチング可能な金属又は合金であってもよいし、Al等の塩基可溶性材料を用いてもよい。マスクはポリビニルアルコール、ポリ酢酸ビニル、ポリアクリルアミド、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン等の可溶性重合体から形成することができる。あるいは除去可能なマスクは、PMMAポリマー等の揮発性(蒸発性)材料であってもよい。これらの材料は塩酸、王水、硝酸等の酸に溶解してもよいし、水酸化ナトリウム、アンモニア等の塩基溶液で溶解除去してもよい。除去可能な層またはマスクは、熱により分解または燃焼して除去することのできるZn等の蒸発性材料であってもよい。マスクの導入は、基質上に物理的に設けることによって、電気めっき、無電界めっき等の化学析出によって、スパッタリング、蒸着(evaporation)、レーザ切断、イオンビーム蒸着等の物理蒸着によって、あるいは化学蒸着(chemical vapor decomposition)によって行うことができる。
【0037】
従って一態様において、マスクはアルミ箔であってもよい。アルミ箔は切り取り・エッチングによって構造を持たせることができる。この構造は好ましくは基質上の蒸着標的335を露出するものであり、合成されるナノチューブおよびナノ構造の位置、寸法および/または方向を決める(denote)ものである。このような構造は例えば、特定の位置にナノチューブを形成する特定の位置における孔であってもよいし、所望の位置にナノ構造を設けるV字型溝(groove)、Y字型溝、円、溝(trench)等であってもよい。
【0038】
別の態様において、マスク325は石英、サファイア等の金属酸化物であってもよい。金属酸化物は孔、円、溝等の所望の構造に、ステンシルで刷り出してもよいしパターン形成してもよい。別の態様において、蒸着標的は基質またはマスク上に不純物、局所的な傷または応力を導入することによって形成することもできる。不純物、局所的な傷または応力はX線リソグラフィー、遠紫外線リソグラフィー、走査プローブリソグラフィー、電子ビームリソグラフィー、イオンビームリソグラフィー、光リソグラフィー、電気化学析出、化学析出、電解酸化、電気めっき、スパッタリング、熱拡散および蒸着、物理蒸着、ゾル−ゲル析出または化学蒸着によって導入することができる。さらに別の態様において、カーボンナノチューブの位置と数は、所望の位置をエッチングし、この所望の位置を囲む領域を全くエッチングしないか異なる割合でエッチングすることによって制御することができる。
【0039】
本発明のナノチューブを製造する方法では、基質またはマスク上の特定の位置に孔または構造を形成する目的で、光および走査プローブリソグラフィー等のリソグラフィー技術を使用することが可能である。従来の光および走査プローブリソグラフィー技術を用いて、基質またはマスク上の正確な位置(制御した位置)に、制御した直径、制御した深さで、孔を形成することができる。このような方法として、X線リソグラフィー、遠紫外線リソグラフィー、走査プローブリソグラフィー、電子ビームリソグラフィー、イオンビームリソグラフィー、光リソグラフィーを挙げることができる。走査プローブリソグラフィーを用いて、位置および寸法を正確に制御しながら、孔等の構造を形成することができる。光リソグラフィーは、構造を大量生産することのできる技術である。孔等の構造の位置や寸法の制御を正確に行うことが可能である。
【0040】
V.触媒
カーボンナノチューブを非マスク領域335で成長させる前に、金属触媒をその領域内に蒸着する必要がある。カーボンナノチューブの成長工程における金属触媒の機能は、炭素前駆体を分解し、炭素の規則的に並んだ蒸着を補助することにある。金属触媒は、V族金属(バナジウム等)、VI族金属(Cr、W、Moおよびそれらの混合物等)、VII族金属(Mn等)、VIII族金属(Co、Ni、Ru、Rh、Pd、Ir、Ptおよびそれらの混合物等)、ランタニド(セリウム等)から選択することができる。基質に用いた材料の酸化物を、カーボンナノチューブ成長の触媒として用いることもできる。好ましくは、金属触媒は鉄、モリブデンまたはそれらの混合物である。
【0041】
一態様において、金属触媒を有機部分(moiety)と錯体化(complexed)して有機金属前駆化合物としてもよい。すなわち上に列挙した金属から選択した金属を、例えばフタロシアニン(phtalocyanince)、ポルフィリン(porphorin)、シクロペンチル等と錯体化し、前駆化合物とすることができる。一般に有機金属化合物は、高蒸気圧、高純度、高蒸着速度、扱い易さ、無毒性、低コストおよび好適な蒸着温度等の特性を与えるものが選択される。有機金属前駆層の形成には様々な有機金属前駆体を用いることが可能である。好適な有機金属前駆材料の一例として鉄フタロシアニン(FePc)が挙げられる。FePcは室温で固体である。FePcの昇華を引き起こすのに十分な温度でFePc試料を加熱することで、FePcの蒸気を得ることが可能である。FePc試料を約480℃〜約520℃に加熱すると、物理蒸着工程に好適な量のFePc蒸気が得られる。モリブデンフタロシアニン(MoPc)またはFePcとMoPcとの混合物も、有機金属前駆体として用いることができる。好ましくは、物理蒸着工程での使用に適した、鉄又はモリブデンを含む有機金属化合物を用いることができる。そのような化合物の例としては鉄ポルフィリンが挙げられる。
【0042】
一態様において、本発明の工程は、1種以上の有機金属前駆化合物を蒸発させ、蒸発した前駆体をマスクした基質の表面へキャリアガスによって移動させ、そして化学反応により基質表面に薄膜を形成することによって実施される。上記した物理蒸着は、比較的低い温度で実施可能であり、原料とキャリアガスの量を変えることで薄膜の構成と蒸着速度が容易に制御でき、最終的に得られる薄膜は基質表面に損傷を与えることなく良好な均一性を有する、という点で有利である。
【0043】
物理蒸着工程時には、基質の全ての露出表面上に有機金属前駆体層が形成される。すなわち、有機金属層はマスク325上、並びに蒸着標的335(上面315の露出部分)上に形成される。蒸着した有機金属層の厚さは、本発明を用いて製造される炭素ナノ構造体の最終的な寸法および形状に影響を与える因子の一つである。有機金属層の厚さは通常、約1ミクロン〜約30ミクロンである。しかし物理蒸着を用いて50ミクロンまで、あるいは望ましい場合にはそれより厚く、有機金属層を形成することができる。
【0044】
有機金属前駆層を蒸着した後、基質からマスクを除去する。マスクを除去する方法は用いているマスク層の種類に依存する。例えば、マスクがアルミ箔または薄いプラスチックの層からなる場合、マスクを持ち上げて下にある基質から外すことができる。この場合、マスクを物理的に除去するとマスク上に蒸着した有機金属層も除去される。従って有機金属層は蒸着標的にのみ残ることになる。
【0045】
マスクを除去した後、基質上に残った有機金属層の部分を酸化または熱分解する。有機金属層を酸化または熱分解すると、有機金属化合物の有機成分が酸化される。酸化反応生成物は揮発性があるため、有機金属層から金属を残すように基質から除去される。基質上に残った金属は、酸化時に融合し粒子又は粒子クラスターとなる。これらの金属または金属酸化物粒子は、カーボンナノチューブの合成時に成長触媒として作用する。有機金属層は蒸着標的(有機金属層の蒸着時にマスクされていない領域)にのみ存在するので、金属成長触媒粒子は蒸着標的に同程度に形成される。
【0046】
有機金属層を酸化する方法の一つとして、含酸素(oxygenated)雰囲気の存在下に基質を約450℃〜約500℃に加熱するものがある。例えば、図2に示した反応炉100を、この種の工程を実施するように構成することができる。有機金属層の形成された基質を反応チャンバ110内に配置する。ガス入口125を超高純度酸素(UHP O)源に接続する。UHP Oを流しながら、炉100の温度を500℃に上げる。有機金属層中の有機成分を酸化し、基質上に金属成長触媒粒子を残すために、これらの工程条件を2〜4時間維持する。なお、本工程において金属成長触媒粒子の形成に用いられる酸化環境は金属成長触媒粒子を部分的に酸化するものであってもよいし、完全に酸化するものであってもよい。従って当業者には、金属成長触媒粒子が金属または金属酸化物のいずれからなっていてもよいことが理解されよう。
【0047】
別の態様において、有機金属層の酸化は蒸着マスクの除去前に行うことができる。サファイア等の材料からなる蒸着マスクは、有機金属層の酸化に用いられる反応条件に置かれた場合、比較的不活性である。このような蒸着マスクを用いると、マスクを除去する前に有機金属層を酸化することができる。従って有機金属層を酸化すると、マスクと基質の露出領域との両方に金属粒子が形成される。蒸着マスクを基質から除去すると、マスク上の金属粒子が除去される。これにより、蒸着の間に露出していた基質部分においてのみ、成長触媒として用いる金属粒子を選択的に配置するという望ましい結果が得られる。
【0048】
別の態様において、選択した触媒金属を錯体化せず、非マスク領域335に直接蒸着することができる。当業者に公知の従来法を用いて、金属触媒材料を非マスク領域に均一に蒸着することができる。従来の触媒蒸着法としては、電気化学析出、化学析出、電解酸化、電気めっき、スパッタリング、熱拡散および蒸着、物理蒸着、噴霧、塗布、印刷、イメージング(emersing)、ゾル−ゲル析出および化学蒸着が挙げられる。蒸着する金属は通常、石英、ガラス、シリコン等の平らな基質、シリカ(SiO)等の酸化ケイ素表面支持体、アルミナ(Al)、MgO、Mg(Al)O(アルミニウム安定化酸化マグネシウム)、ZrO、分子篩ゼオライト、または当分野で公知の他の支持体等の上に蒸着させる。
【0049】
金属成長触媒粒子を基質表面上に形成した後、金属酸化物粒子は、化学蒸着(CVD)工程によるカーボンナノチューブ、ナノファイバーおよび他の一次元炭素ナノ構造体合成用の成長触媒として用いることができる。
【0050】
VI.炭素前駆体
カーボンナノチューブは、炭素含有ガス等の炭素前駆体を用いて合成することができる。概して、800℃〜1000℃まで熱分解しない炭素含有ガスであればどのようなものを用いてもよい。好適な炭素含有ガスの例としては、一酸化炭素;メタン、エタン、プロパン、ブタン、ペンタン、ヘキサン、エチレン、アセチレン、プロピレン等の飽和および不飽和の脂肪族炭化水素;アセトン、メタノール等の含酸素炭化水素;ベンゼン、トルエン、ナフタレン等の芳香族炭化水素;および一酸化炭素とメタンの混合物等、上記ガスの混合物が挙げられる。一般に、アセチレンを用いると多層カーボンナノチューブの形成が促進されるが、単層カーボンナノチューブを形成する供給ガスとしてはCOとメタンが好ましい。炭素含有ガスは、水素、ヘリウム、アルゴン、ネオン、クリプトン、キセノンおよびそれらの混合物等の希釈ガスと任意に混合してもよい。
【0051】
用いる特・BR>閧フ反応温度は、触媒の種類や前駆体の種類に依存する。各々の化学反応についてのエネルギー平衡方程式を用いて、カーボンナノチューブの成長に最適なCVD反応温度を分析して決定することができる。これにより、必要とされる反応温度範囲が決まる。最適反応温度もまた、選択した前駆体および触媒の流量に依存する。一般にこの方法では、300℃〜900℃のCVD反応温度、より好ましくは400℃〜600℃の反応温度が必要とされる。
【0052】
CVD工程中に形成される炭素ナノ構造体の寸法と種類は、各蒸着標的上に蒸着した有機金属層の厚みに幾分依存している。有機金属層の熱分解時に、有機金属層由来の金属が基質表面に蓄積される。基質上の所与の領域について、有機金属層の厚みが増すと、有機金属の酸化時にその領域に蓄積する金属の量が増加する。これは基質上に形成される金属粒子の寸法に2つの方法で影響を与えると考えられる。第一に、より厚い有機金属層によって、より大きな金属成長触媒粒子が得られる。第二に、より厚い有機金属層によって、金属成長触媒粒子のクラスタが得られ易くなる。
【0053】
特定の理論に拘泥する訳ではないが、より大きな金属成長触媒粒子が表面上に形成されると、より大きな直径のナノ構造が合成されると考えられる。例えば1ミクロンのFePc層を熱分解すると、長さ10ミクロン、直径1nmの単層カーボンナノチューブを単独で製造することのできる金属成長触媒粒子が得られる。同様の条件下で、5〜10ミクロンのFePc層を熱分解すると、直径35nmのカーボンナノチューブを単独で製造することのできる金属成長触媒粒子が得られる。なお、このカーボンナノチューブは単層ナノチューブではない。さらに30ミクロンという厚いFePc層を用いた場合、有機金属層を熱分解すると、直径約1ミクロンの固体炭素ナノファイバーを単独で製造することのできる金属成長触媒粒子が得られる。
【0054】
上記した方法及び工程により製造したカーボンナノチューブおよびナノ構造は、フィールド・エミッション素子、メモリ素子(高密度メモリアレイ、メモリロジックスイッチングアレイ)、ナノMEMS、AFMイメージングプローブ、分散(distributed)診断センサーおよびひずみセンサー等に用いることができる。他の重要な用途としては、熱制御材料、超強力および軽量補強材およびナノ複合材料、EMIシールド材料、触媒支持体、ガス貯蔵材料、高表面積電極および軽量導線ケーブルおよびワイヤ等が挙げられる。
【0055】
実施例
以下に、本発明を実施する特定の態様の実施例を説明する。実施例は本発明を例証する目的のためだけに記載するものであり、いかなる意味においても本発明の範囲を限定するものではない。用いた数値(例えば量、温度等)の精度には注意を払ったが、多少の実験誤差や偏差はもちろん許容されるべきである。
【実施例1】
【0056】
有機金属試料の精製
有機金属前駆体は、マスクした基質上に蒸着する前に精製しておくことが望ましい。例えば、FePc試料は他の材料を20重量%ほどまで含んでいることがある。この混入によって、物理蒸着工程中に、昇華速度のばらつき、得られる物理蒸着層の汚染といったCVD工程の再現性と信頼性に悪影響を与えうる問題が起こりうる。このような汚染の影響を減らすために、有機金属前駆体試料を物理蒸着工程に用いる前に精製することができる。精製にあたって、図3に示す反応器の温度ゾーン405に精製対象の有機金属試料を配置する。精製した有機金属材料を回収するための蒸着標的を温度ゾーン406に配置する。しかしこれは、物理蒸着工程を行うと温度ゾーン406において全ての露出表面上に有機金属材料が蒸着することになるので、必須ではない。マスクした基質上への蒸着に用いられるのと同様の条件下で、精製を行う。例えばFePc試料の精製を行う場合、温度ゾーン405における温度を約480℃〜約520℃に設定し、温度ゾーン406の温度を約200℃〜約300℃に設定する。精製のための物理蒸着工程は10−4Torrの圧力下で行う。真空ポンプは、反応チャンバ110内の圧力を維持するのみならず、反応チャンバ110内で蒸着標的へ向かう流れを作り出す。この工程条件は、約10時間維持するか、あるいは精製対象である全ての出発試料が昇華するまで維持する。精製工程の後、温度ゾーン406に配置された全ての基質、反応チャンバ110の壁等の、温度ゾーン406内の全ての露出表面から、精製された有機金属材料を回収する。望ましい場合には、有機金属試料を複数回精製し、より高い結晶化度および純度を得てもよい。
【実施例2】
【0057】
カーボンナノチューブの合成
水平3ゾーン炉を有するカーボライト社TZF12/65/550型を用いる。長さ4cc、幅4cm、厚さ0.5cmの矩形酸化ケイ素を基質として選択する。基質の一表面をアルミ箔でカバーし、直径約10nmの穴をアルミ箔に均等に設ける。温度ゾーンの一つに石英試料保持器を配置する。試料保持器上に0.5gの有機金属前駆化合物、鉄フタロシアニン(FeC32l6)を配置する。別の温度ゾーンには上で用意したマスクした基質を配置する。反応チャンバの圧力を真空ポンプによって約10−4Torrに下げる。反応チャンバの内部圧力が約10−4Torrに達したら、炉内の温度を上げて物理蒸着工程を開始する。FePcを含む温度ゾーンの温度を約480℃〜約520℃に上げる。基質を含む温度ゾーンを同様に約200℃〜約300℃に加熱する。これらの温度は、マスクした基質に厚さ約2ミクロンの有機金属層が形成されるまで維持される。有機金属前駆層を蒸着した後、アルミ箔マスクを基質から外す。炉は超高純度酸素(UHP O)源に接続されている。UHP Oを1000立方センチメートル毎分で流しながら炉の温度を500℃に上げる。有機金属層中の有機成分を酸化し、基質上に金属成長触媒粒子を残すために、これらの工程条件を2〜4時間維持する。その結果得られる金属酸化物粒子を有する基質を反応チャンバから除去せずに、ガス入口から水素(H)、炭素前駆ガスであるメタン(CH)、不活性キャリアガスであるアルゴン(Ar)を供給する。基質を350sccmのH、450sccmのAr、および12sccmのCHに晒しながら反応炉内の温度を約700℃に上げる。温度およびガス流を約15〜60分維持して炭素ナノ構造体を形成する。
【0058】
好ましい態様および様々な別の態様を参照して本発明を詳細に述べたが、本発明の精神および範囲内で様々に改変した形態および詳細が可能であることが当業者には理解されよう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸着マスクを備える基質を設け;
前記基質上に、有機物成分と遷移金属を含む無機物成分とからなる有機金属層を蒸着して、前記有機金属層の少なくとも一部分を前記基質の非マスク部分に蒸着し;
前記基質から前記蒸着マスクを除去し;
前記有機金属層の一部分を空気に触れさせ、
前記有機金属層の一部分の前記有機物成分を揮発させて成長触媒を形成し、
前記基質を炭素前駆ガスに蒸着温度で触れさせて炭素ナノ構造体を形成する
ことを含む、炭素ナノ構造体を合成する方法。
【請求項2】
前記有機金属層が、鉄フタロシアニンとモリブデンフタロシアニンとニッケルフタロシアニンとこれらの混合物とからなる群から選択したものであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記有機金属層を物理蒸着法により蒸着することを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記有機金属層が約1ミクロン〜約30ミクロンの厚さであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記蒸着マスクが金属酸化物からなることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記蒸着マスクが酸化ケイ素および酸化アルミニウムからなる群より選ばれる一種からなることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記基質の非マスク部分が、金属酸化物からなる上面を有することを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記金属酸化物が酸化ケイ素、酸化アルミニウムおよび酸化マグネシウムからなる群より選ばれることを特徴とする請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記有機金属層の一部分を450℃と500℃の間の温度に加熱することにより、前記有機金属層の一部分の前記有機物成分を揮発させることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記有機金属層の一部分を空気に2時間〜4時間触れさせることを特徴とする請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記成長触媒は金属成長触媒粒子を含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記炭素前駆ガスがメタンであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記基質を前記炭素前駆ガスに触れさせることが、前記基質をメタン、アルゴンおよび水素を含む雰囲気に触れさせることを含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項14】
前記基質を前記炭素前駆ガスに15分〜60分間触れさせることを特徴とする請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記蒸着温度が700℃であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項16】
前記有機金属層は、前記有機金属層の蒸着の前に精製された有機金属材料から製造することを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項17】
前記基質から前記蒸着マスクを除去する前に、前記有機金属層の一部分を空気に触れさせることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項18】
前記炭素ナノ構造体が単層カーボンナノチューブであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項19】
前記炭素ナノ構造体が一次元炭素ナノ構造体であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項20】
複数の温度ゾーンを支持し、炭素前駆ガス源と不活性ガス源とを備える気密チャンバを有することが可能な反応器を有し、
前記気密チャンバは;
第一の温度ゾーンに配置された試料保持器;
第二の温度ゾーンに配置されたマスクした基質;および
前記反応器に接続し前記チャンバからガスを排気する真空ポンプ
を含む、カーボンナノチューブを製造するシステム。
【請求項21】
前記第一の温度ゾーンが、前記第二の温度ゾーンより150℃〜350℃高いことを特徴とする請求項20に記載のシステム。
【請求項22】
前記第一の温度ゾーンが、前記第二の温度ゾーンより200℃〜300℃高いことを特徴とする請求項21に記載のシステム。
【請求項23】
前記炭素前駆ガスが、メタン、エタン、プロパン、エチレン、プロペンおよび二酸化炭素からなる群より選ばれることを特徴とする請求項20に記載のシステム。
【請求項24】
前記不活性ガスが、水素、ヘリウム、アルゴン、ネオン、クリプトン、キセノンおよびそれらの混合物からなる群より選ばれることを特徴とする請求項20に記載のシステム。
【請求項25】
前記試料保持器によって触媒が提供されることを特徴とする請求項20に記載のシステム。
【請求項26】
前記触媒が鉄、モリブデン、ニッケルおよびそれらの混合物からなる群から選ばれる遷移金属を含み、有機物成分と前記遷移金属を含む無機物成分とからなる有機金属から製造されることを特徴とする請求項25に記載のシステム。
【請求項27】
前記有機金属が鉄フタロシアニンとモリブデンフタロシアニンとニッケルフタロシアニンとこれらの混合物とからなる群から選択したものであることを特徴とする請求項26に記載のシステム。
【請求項28】
蒸着マスクを備える基質を設け;
前記基質上に、有機物成分と無機物成分からなり、有機物成分と遷移金属を含む無機物成分とからなる有機金属層を蒸着して、前記有機金属層の少なくとも一部分を前記基質の非マスク部分に蒸着し;
前記基質から前記蒸着マスクを除去し;
前記有機金属層の一部分を空気に触れさせ、
前記有機金属層の一部分の前記有機物成分を揮発させ、
前記基質を炭素前駆ガスに蒸着温度で触れさせて炭素ナノ構造体を形成する
工程により製造されるカーボンナノチューブ構造。
【請求項29】
前記有機金属層の蒸着が物理蒸着によって行われることを特徴とする請求項28に記載のカーボンナノチューブ構造。
【請求項30】
前記有機金属層が鉄フタロシアニンとモリブデンフタロシアニンとニッケルフタロシアニンと銅フタロシアニンとこれらの混合物とからなる群から選択したものであることを特徴とする請求項28に記載のカーボンナノチューブ構造。
【請求項31】
前記基質が酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化マグネシウムおよびそれらの混合物からなる群より選ばれることを特徴とする請求項28に記載のカーボンナノチューブ構造。
【請求項32】
前記蒸着マスクが酸化ケイ素および酸化アルミニウムからなる群より選ばれることを特徴とする請求項28に記載のカーボンナノチューブ構造。
【請求項33】
前記有機金属層を空気に触れさせる前に前記蒸着マスクが除去されることを特徴とする請求項32に記載のカーボンナノチューブ構造。
【請求項34】
前記有機金属層を空気に触れさせた後に前記蒸着マスクが除去されることを特徴とする請求項32に記載のカーボンナノチューブ構造。
【請求項35】
前記炭素前駆ガスが、メタン、エタン、プロパン、エチレン、プロペンおよび二酸化炭素からなる群より選ばれることを特徴とする請求項28に記載のカーボンナノチューブ構造。
【請求項36】
前記炭素前駆ガスがメタンであることを特徴とする請求項28に記載のカーボンナノチューブ構造。
【請求項37】
前記工程は、さらに付加ガスを供給することを含むことを特徴とする請求項35に記載のカーボンナノチューブ構造。
【請求項38】
前記付加ガスが、水素、ヘリウム、アルゴン、ネオン、クリプトン、キセノンおよびそれらの混合物からなる群より選ばれることを特徴とする請求項37に記載のカーボンナノチューブ構造。
【請求項39】
前記工程は、さらに水素とアルゴンを供給することを含むことを特徴とする請求項36に記載のカーボンナノチューブ構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−190172(P2011−190172A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−87795(P2011−87795)
【出願日】平成23年4月11日(2011.4.11)
【分割の表示】特願2006−525501(P2006−525501)の分割
【原出願日】平成16年9月2日(2004.9.2)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】