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一酸化窒素を探知するための形質転換用組換えベクター、およびこれを用いた一酸化窒素センサ細胞
説明

一酸化窒素を探知するための形質転換用組換えベクター、およびこれを用いた一酸化窒素センサ細胞

【課題】生細胞中のNO濃度を測定することができる手段を提供する。
【解決手段】発光タンパク質をコードする発光遺伝子と、前記発光遺伝子の発現を誘導する一連の遺伝子セットとを含み、前記遺伝子セットが、調節遺伝子norRと、前記調節遺伝子norRによって前記発光遺伝子の転写を誘導するプロモーター部位と、を含むことを特徴とする、一酸化窒素を探知するための形質転換用組換えベクター;上記組換えベクターを用いて宿主を形質転換してなる形質転換体からなる一酸化窒素センサ細胞;上記センサ細胞におけるシグナル変化を測定することを含む、細胞内の一酸化窒素を検出または定量する方法。並びに、一酸化窒素の産生を検出または定量したい被検細胞と、上記一酸化窒素センサ細胞とを近接配置し、当該一酸化窒素センサ細胞におけるシグナル変化を測定することを含む、被検細胞が産生する一酸化窒素を検出または定量する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一酸化窒素を探知するための形質転換用組換えベクター、およびこれを用いた一酸化窒素センサ細胞に関する。また本発明は、これらを用いて細胞内の一酸化窒素を検出または定量するための方法や、刺激による細胞内での一酸化窒素濃度の変化をモニタリングするための方法、被検細胞が産生する一酸化窒素を検出または定量するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一酸化窒素(Nitric Oxide;NO)については、1987年に血管内皮由来の血管弛緩因子であることが報告されて以来、その生理活性物質としての役割が次々に見出され、心血管系のみならず、免疫系、中枢神経系においても局所の細胞機能の調節や細胞間の連絡に種々の役割を果たしている重要な生体分子であることが明らかになっている。また疾患に関しても、免疫系では感染症、心血管系では動脈硬化、脳卒中、高血圧、中枢神経系では痴呆、アルツハイマー病等にNOが関係していると考えられている。
【0003】
細胞内において、L−アルギニンを基質としてNO合成酵素(NO synthase;NOS)により合成されたNOは、その細胞から放出されて近隣の細胞に侵入し、作用を発揮することが知られている。そして、免疫系、心血管系、中枢神経系においては、マクロファージ、血管内皮細胞、ニューロン(postsynapse)等がそれぞれNOのドナー細胞となりうるものである。
【0004】
特に免疫系について見ると、マクロファージは、NOを産生することで免疫賦活効力を発揮し、種々の外来抗原に対する防御系を構成している。その一方で、アルギニンから生成されるNOは一般的にはラジカルな気体であることから、細胞障害や発癌性等の毒性作用も有している。例えば、敗血症ではマクロファージが一酸化窒素を大量に産生し、それによる血管拡張が低血圧の主因となると考えられている。このように、NOは、生体に対して善悪の二面性を有しているといえる。
【0005】
したがって、生体内における細胞中のNO量を精密に制御することができれば、例えば薬物療法や免疫賦活療法などによって、感染症等の種々の疾患の治療を試みる際に、副作用といった好ましくない事象の発現を最小限に抑えつつ、治療効果を最大限に発揮させることが可能となると考えられる。そして、かような細胞中のNO量の精密な制御を行うためには、細胞中のNO量をリアルタイムに、かつ、広いダイナミックレンジ(識別可能な信号の最小値と最大値の比率)で測定する技術が欠かせないものとなる。
【0006】
従来、細胞中のNO量を測定するための技術として、例えば非特許文献1には、NO濃度に依存して活性化する調節タンパク質(NorR)の発現を利用する技術が開示されている。具体的には、まず、NorRをコードしている調節遺伝子norRとそれによって転写が調節されるプロモーター領域とを、レポーター遺伝子であるβ−ガラクトシダーゼ遺伝子の上流に融合させてなるオペロンをプラスミドにクローニングし、センサプラスミドを構築する。次いで、得られたセンサプラスミドをβ−ガラクトシダーゼ活性を有していない大腸菌に形質転換させて、センサ細胞を得る。そして、曝露されたNO濃度に応じて得られたセンサ細胞が産生するβ−ガラクトシダーゼの酵素活性を指標として、NO濃度を測定するというものである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】M. I. Hutchings et al., J. Bacteriol., Vol. 184, No. 16, pp. 4640-4643 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1に開示の技術によるNOの検出・定量は、β−ガラクトシダーゼによる合成基質の切断により生じた発色を分光光度計によって測定することにより行われる。このため、発色の飽和等により分光光度計には測定上の限界が存在することから、広いダイナミックレンジでの測定が困難であるという問題がある。一方、モニター菌株を用いての真核細胞内に存在している少数の菌数(10〜10個)によるNO濃度の測定では分光光度計の検出限界以下となってしまい、やはり高感度の測定は極めて困難である。また、β−ガラクトシダーゼ活性の測定にはプラスミドにコードされていたβ−ガラクトシダーゼ遺伝子から産生された大腸菌内のβ−ガラクトシダーゼと合成基質とを反応させる必要があるため、大腸菌の破壊、合成基質の添加、および酵素反応といった多くのステップが必須である。その結果、これら一連の操作の必要性はNOセンサとしての検出操作の迅速性を低下させるという問題がある。さらに、ほとんどの大腸菌は内在性のβ−ガラクトシダーゼ活性を保持していることから、当該技術に用いられうる大腸菌は内在性のβ−ガラクトシダーゼ活性を保持していない菌株か、またはこれを遺伝的に欠失させた菌株に限られてしまうという問題もある。
【0009】
そこで本発明は、従来技術と比較して、より簡便な手法で、より高感度、かつ、より広いダイナミックレンジで、生細胞中のNO濃度を測定することができる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意研究を行った。その結果、レポーター遺伝子として発光タンパク質をコードする発光遺伝子を採用することで上記課題が解決されうることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明の一形態によれば、発光タンパク質をコードする発光遺伝子と、当該発光遺伝子の発現を誘導する一連の遺伝子セットとを含み、当該遺伝子セットが、調節遺伝子norRと、当該調節遺伝子norRによってコードされるタンパク質NorRによって上記発光遺伝子の転写を誘導するプロモーター部位とを含むことを特徴とする、一酸化窒素を探知するための形質転換用組換えベクターが提供される。
【0012】
ここで、上記プロモーター部位は、norオペロンのプロモーター部位であることが好ましい。また、上記発光遺伝子は、luxCDABE遺伝子であることが好ましい。さらに、上記ベクターは、プラスミドpAcGFP1からなるものであることが好ましい。
【0013】
また、本発明の他の形態によれば、上述した形質転換用組換えベクターを用いて宿主を形質転換してなる形質転換体からなる一酸化窒素センサ細胞もまた、提供される。
【0014】
ここで、上記宿主は、大腸菌またはサルモネラ菌であることが好ましく、特に、腸管出血性大腸菌EHEC EDL933であることが好ましい。
【0015】
さらに、本発明のさらに他の形態によれば、上述の一酸化窒素センサ細胞を用いた種々の方法が提供される。例えば、上述の一酸化窒素センサ細胞におけるシグナル変化を測定することを含む、細胞内の一酸化窒素を検出または定量する方法が提供される。また、上述の一酸化窒素センサ細胞に刺激を付与し、刺激付与前後におけるシグナル変化を測定することを含む、刺激による細胞内での一酸化窒素濃度の変化をモニタリングする方法もまた、提供される。
【0016】
さらに、一酸化窒素の産生を検出または定量したい被検細胞と、上述の一酸化窒素センサ細胞とを近接配置し、当該一酸化窒素センサ細胞におけるシグナル変化を測定することを含む、被検細胞が産生する一酸化窒素を検出または定量する方法もまた、提供される。ここで、上記被検細胞は、貪食細胞であることが好ましく、マクロファージであることがより好ましく、さらに、当該マクロファージは、感染症に罹患した生体由来のものであることがいっそう好ましい。なお、他の好ましい実施形態において、上記被検細胞は腸管上皮細胞であり、上記宿主はサルモネラ菌である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、従来技術と比較して、より簡便な手法で、より高感度、かつ、より広いダイナミックレンジで、生細胞中のNO濃度を測定することができる手段が提供されうる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る組換えベクターの特徴的な構成を、大腸菌のnorオペロン(norRVW)の構成、および、非特許文献1に開示のnorR-LacZ融合レポーターの構成と比較して示す説明図である。
【図2】実施例において、本発明に係る組換えベクター(pRPL3)により形質転換された細胞株のNO分子に対する応答性を調べた結果を示すグラフである。図2(A)は、相対発光量(RLU)を測定した結果を示すグラフである。図2(B)は、発光強度(RLU/CFU)を算出した結果を示すグラフである。
【図3】実施例において、非特許文献1に開示されている、β−ガラクトシダーゼ遺伝子をレポーター遺伝子として用いたNOセンサ細胞のNO分子に対する応答性を調べた結果(発光強度(RLU/CFU)の変化)を示すグラフである。
【図4】実施例において、腸管出血性大腸菌(EHEC)感染中のマクロファージ内のNOレベルの変化を調べた結果を示すグラフである。図4に示すグラフにおいて、■はRAW 264.7細胞(L-NMMA添加せず)の発光強度(RLU/CFU)を算出した結果を表し、□はRAW 264.7細胞(L-NMMA添加)の発光強度(RLU/CFU)を算出した結果を表し、▲はTHP-1細胞の発光強度(RLU/CFU)を算出した結果を表す。
【図5】実施例において、宿主としてサルモネラ菌を用いたNOセンサ細胞によるNOの検出・定量が可能か否か調べる目的で、種々の濃度のSNPと接触したサルモネラ菌宿主のNOセンサ細胞の発光強度(RLU/CFU)を測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の第1の形態は、発光タンパク質をコードする発光遺伝子と、当該発光遺伝子の発現を誘導する一連の遺伝子セットとを含む形質転換用組換えベクターである。この形質転換用組換えベクターは、一酸化窒素(NO)を探知するために用いられる。そして、当該形質転換用組換えベクターにおいて、上記遺伝子セットは、調節遺伝子norRと、当該調節遺伝子norRによってコードされるタンパク質NorRによって上記発光遺伝子の転写を誘導するプロモーター部位(以下、「norR-norVプロモーター」とも称する)とを含む点に特徴を有する。
【0020】
以下、まず、第1の形態に係る形質転換用組換えベクターについて詳細に説明し、次いで、当該ベクターを用いて得られる形質転換体、および、当該形質転換体の用途について、順に説明する。
【0021】
<形質転換用組換えベクター>
まず、本形態に係る形質転換用組換えベクターは、発光タンパク質をコードする発光遺伝子と、当該発光遺伝子の発現を誘導する一連の遺伝子セットとを含む。
【0022】
本形態において、組換えベクターが含む発光遺伝子は、発光タンパク質をコードするものであればよく、その具体的な形態は特に制限されない。好ましい実施形態では、発光遺伝子としてluxCDABE遺伝子が用いられる。ただし、可能であれば、ホタルルシフェラーゼ遺伝子やウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子などの発光遺伝子が用いられてもよい。
【0023】
また、本形態において、組換えベクターは、所定の遺伝子セットを含む。そして、当該遺伝子セットは、調節遺伝子norRを含む。この調節遺伝子norRは、調節タンパク質であるNorRをコードしている。そして、当該調節タンパク質NorRは、NOの除去に関与するnorオペロンのプロモーター部位に結合して当該norオペロンの転写を調節するものである。
【0024】
さらに、本形態において、上記遺伝子セットは、所定のプロモーター部位(norR-norVプロモーター)をも含む。そして、当該norR-norVプロモーターは、上述した調節遺伝子norRから発現される調節タンパク質NorRによってその作動が調節される。そのメカニズムは、NOが結合した状態の調節タンパク質NorRがnorR-norVプロモーターに結合することで、発光遺伝子の発現を調節(転写を誘導)するものと説明されうる。なお、図1に、本発明に係る組換えベクターの特徴的な構成を、大腸菌のnorオペロン(norRVW)の構成、および、非特許文献1に開示のnorR-LacZ融合レポーターの構成と比較して示す。
【0025】
上述したように、本形態の組換えベクターの好ましい実施形態において、発光遺伝子の発現を誘導するための遺伝子セットは、norR遺伝子と、norオペロンのプロモーター部位(norR-norVプロモーター)とを含む。これにより、上記遺伝子セットは全体が1つのプロモーターとして機能することができる。
【0026】
なお、上記実施形態における遺伝子セットは、例えば、腸管出血性大腸菌EHEC EDL933のゲノムDNAをテンプレートとして、配列番号:1のフォワードプライマー(P841)および配列番号:2のリバースプライマー(P842)からなるプライマーセットを用い、PCR法により増幅させることができる。
【0027】
一方、発光遺伝子であるluxCDABE遺伝子は、例えばPhotorhabdus luminescens GTC00819のゲノムDNAをテンプレートとして、配列番号:3のフォワードプライマー(P685)および配列番号:4のリバースプライマー(P705)からなるプライマーセットを用い、PCR法により増幅させることができる。
【0028】
そして、増幅されたluxCDABE遺伝子断片を、所定の制限酵素(後述の実施例ではNotIおよびNcoI)を用いて消化し、所定の組換えベクター(例えば、pAcGFP1)の制限酵素部位に挿入する。これにより、用いた組換えベクターが本来有するプロモーター(pAcGFP1ベクターではlacプロモーター)に依存性のLuxCDABE発現ベクターを構築することができる。
【0029】
そして、上記で得られたnorR-norVプロモーター断片を制限酵素(後述の実施例ではNcoIおよびPvuII)により消化したものを、上記で得られた発現ベクターを予め同一の制限酵素で消化しておいたものにクローニングさせることで当該発現ベクター本来のプロモーターを置換して、本発明に係る形質転換用組換えベクターを作製することができる。なお、得られた組換えベクターが正しく作製されているか否かは、PCRスクリーニング、制限酵素消化、およびDNA配列決定などの手法により確認することができる。
【0030】
なお、得られた組換えベクターは、抗生物質抵抗性遺伝子を含むものであることが好ましい。かような抗生物質抵抗性遺伝子としては、現在、多くのものが知られている(例えば、ゲンタマイシン、カナマイシン、アンピシリン、テトラサイクリンなど)。したがって、当業者であれば、従来公知の知見を参照することで、所望の抗生物質抵抗性遺伝子を組換えベクター中に含ませることができる。なお、この抗生物質抵抗性遺伝子は、所望の形質転換体を選抜するためのものである。よって、場合によっては、選抜に用いられうるのであれば、抗生物質抵抗性遺伝子以外の遺伝子を組換えベクター中に含ませてもよい。
【0031】
<一酸化窒素(NO)センサ細胞>
本発明の第2の形態は、一酸化窒素(NO)センサ細胞に関する。このNOセンサ細胞は、上述した形質転換用組換えベクターを用いて宿主を形質転換してなる形質転換体からなるものである。
【0032】
宿主について特に制限はなく、上述の組換えベクターにより形質転換が可能で、かつ、発光遺伝子を発現することができるものであればよい。宿主は、好ましくは大腸菌(Escherichia coli)、またはサルモネラ菌である。これらの細菌は培養条件が簡単で、操作に便利であることから、本発明の実施に最も好適である。なお、後述する実施例では、大腸菌(JM109株)や、腸管出血性大腸菌(EHEC EDL933)、サルモネラ菌(Salmonella enterica serovar Typhimurium MI1株)などを宿主として用いた。また、これら以外に宿主として用いられうる細菌としては、例えば、赤痢菌、広義の病原性大腸菌、エルシニア属やクレブシエラ属などの腸内細菌科やビブリオ科のコレラ菌や腸炎ビブリオなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0033】
ここで、上述した非特許文献1に開示の技術によるNOの検出・定量は、β−ガラクトシダーゼによる合成基質の切断により生じた発色を分光光度計によって測定することにより行われるというものであった。ほとんどの大腸菌やサルモネラ菌は内在性のβ−ガラクトシダーゼ活性を保持していることから、上記従来技術に用いられうる細菌としては、内在性のβ−ガラクトシダーゼ活性を保持していない菌株か、またはこれを遺伝的に欠失させた菌株を選ばなくてはならないという問題があった。
【0034】
これに対し、本発明者らの検討によれば、本発明に係る組換えベクターを適用してNOセンサ細胞を作製するための宿主として、β−ガラクトシダーゼ活性を有する大腸菌やサルモネラ菌を用いても特に問題ないことが確認されている。
【0035】
組換えベクターを用いた宿主の形質転換は、当業者であれば従来公知の常法に関する知見を参照して、容易に行うことができる。また、形質転換された宿主の選抜についても、従来公知の種々の手法を用いて行うことができる。例えば、組換えベクターが抗生物質抵抗性遺伝子を含むものである場合には、対応する抗生物質を含む培地を用いて培養を行うことで、形質転換された宿主のみを選抜することができる。場合によっては、このようにして選抜された菌株について、さらにNO曝露に対する発光反応(つまり、発光遺伝子の発現)の有無またはその大きさに応じて、適当な菌株をさらに選抜してもよい。
【0036】
<NOセンサ細胞の用途>
このようにして得られる形質転換体(NOセンサ細胞)は、NOを感知すると、その発光強度が増加するという性質を有する。したがって、本発明に係るNOセンサ細胞は、以下のような種々の用途に用いられうる。
【0037】
例えば、NOセンサ細胞を用いると、細胞内に存在するNOを検出・定量することが可能である。本発明によれば、従来技術と比較して、より簡便な手法で、より高感度、かつ、より広いダイナミックレンジで、生細胞中のNO濃度を測定することができる手段が提供されうるのである。
【0038】
例えば、通常の条件で発せられるNOセンサ細胞からのシグナルを測定した後、特定の刺激を付与し、その際のシグナル変化(つまり、刺激付与前後でのシグナルの差)を測定することにより、当該刺激の細胞内NO濃度変化に与える影響をモニタリングすることが可能となる。そして、このような測定を連続して行うことで、刺激の時間的な影響、すなわち、刺激によるNO濃度の経時変化を観察することもできる。なお、この方法において付与される刺激について特に制限はなく、ホルモン、内分泌攪乱物質等の生化学的刺激であってもよいし、電気、放射線、熱等の物理的刺激であってもよい。
【0039】
また、NOセンサ細胞を用いて、細胞から放出されるNOを検出・定量することもできる。これは、NOの放出を検出・定量したい細胞(以下、「被検細胞」とも称する)と、NOセンサ細胞とを近接配置し、NOセンサ細胞におけるシグナル変化を測定することにより可能となる。すなわち、この方法は、被検細胞から放出されたNOがNOセンサ細胞に侵入することで、NOセンサ細胞におけるシグナル変化が生じるという原理により可能となる。
【0040】
この際、被検細胞としては、例えば、貪食細胞が挙げられる。被検細胞として貪食細胞を用いると、その貪食作用によってNOセンサ細胞が貪食細胞中に取り込まれる。このため、被検細胞中にNOセンサ細胞をわざわざ導入するための操作が不要であるという利点がある。かような貪食細胞としては、例えば、マクロファージ、好中球、単球、樹状細胞などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。特に、マクロファージとして、感染症に罹患した生体由来のものを被検細胞に用いることで、感染中のマクロファージにおける細胞内のNO量をリアルタイムで非破壊的にモニターすることが可能となるため、極めて好ましい。
【0041】
また、他の好ましい実施形態では、被検細胞として腸管上皮細胞等の上皮細胞が用いられ、宿主としてサルモネラ菌が用いられる。細胞侵入性細菌であるサルモネラ菌を宿主として用いてNOセンサ細胞を作製することで、マクロファージや好中球などのような貪食細胞内のNO濃度のモニターだけでなく、貪食作用のない腸管上皮細胞のような多くの真核細胞内のNO濃度をモニターすることも可能となる。
【0042】
なお、上述した各種の用途において、NOセンサ細胞からのシグナル(発光)の計測は、発光遺伝子を用いた技術において従来公知の知見を参照することにより、適宜行うことが可能である。例えば、ルミノメーターを用いて相対発光量(RLU)を測定することができる。かような手法を用いることで、従来技術では考えられなかったような高感度で、かつ広い直線性を持ったダイナミックレンジ(7けた以上)での検出・定量が可能となる。このことは、非常に強く発光している菌体も非常に弱く発光している菌体も同様に測定することが可能なことを示している。このように、試料を希釈することなく、同じ操作で行えることは多数の検体を測定する際には非常に有利である。また、本発明に係るNOセンサ細胞は、合成基質を加えることなく自立的に継続発光しうる。このため、NOセンサ細胞が存在するあらゆる環境中のNO濃度の変化を連続的にモニターすることができる。これにより、従来技術の手法では測定ができなかった真核細胞内環境においての連続的な測定が可能になった。また、比較的高価である合成基質を加える必要がないというこの方法の利点は操作の迅速性、簡便性だけではなく、測定に関わるコストダウンももたらすことから、本発明は、従来技術と比較して極めて優位性の高いものであることが理解される。
【実施例】
【0043】
以下、実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0044】
≪形質転換用組換えベクターの構築≫
調節遺伝子norRと、norVに隣接してnorRにより調節を受けるnorR-norVプロモーターとを含む領域を、腸管出血性大腸菌EHEC EDL933のゲノムDNAをテンプレートとして、PCR法により増幅させてプロモーター断片を得た。この際、プライマーとしては、下記の表1に示すものを用いた。
【0045】
【表1】

【0046】
一方、Photorhabdus luminescens GTC00819のゲノムDNA(ナショナルバイオリソースプロジェクト(岐阜大学)より入手)をテンプレートとして、PCR法により、発光遺伝子であるluxCDABE遺伝子を含む領域を増幅させて、luxCDABE遺伝子断片を得た。この際、プライマーとしては、下記の表2に示すものを用いた。
【0047】
【表2】

【0048】
増幅されたluxCDABE遺伝子断片を、制限酵素(NotIおよびNcoI)を用いて消化し、次いでpAcGFP1ベクター(Clontech)のNotI-NcoI部位に挿入して、lacプロモーター依存性LuxCDABE発現プラスミド(placlux8)を構築した。
【0049】
続いて、上記で得られたプロモーター断片を制限酵素(NcoIおよびPvuII)により消化したものを、上記で得られた発現プラスミド(placlux8)を予めNcoI-PvuIIで消化しておいたものにクローニングさせることでplaclux8のlacプロモーターを置換して、本発明に係る形質転換用組換えベクターであるプラスミド(pRPL3)を得た。なお、このプラスミド(pRPL3)において、プロモーターを欠失したPhotorhabdus luminescensのluxCDABE遺伝子の上流にnorR-norVプロモーター断片が配置されていることを、PCRスクリーニング、制限酵素消化、およびDNA配列決定により確認した。
【0050】
≪NOセンサ細胞の作製および発光強度の測定≫
上記で構築した組換えベクター(pRPL3)により形質転換された細胞株のNO分子に対する応答性を調べる目的で、以下の手法により、形質転換細胞株(NOセンサ細胞)の比発光強度(specific luminescence)(RLU/CFU)を測定した。なお、この発光強度の値は、測定される相対発光量(Relative Light Unit; RLU)の値を、細菌のコロニー形成単位(Colony Forming Unit; CFU)の値で除した値であり、細菌の単位量あたりの発光量を表す指標となりうる。
【0051】
まず、β−ガラクトシダーゼ活性を有しない大腸菌JM109株を宿主として用い、エレクトロポーレーション法により、上記で構築した組換えベクター(pRPL3)によって形質転換して、形質転換細胞株(NOセンサ細胞;JM109(pRPL3))を得た。
【0052】
次いで、得られたNOセンサ細胞をLB培地中で一晩培養した後、LB培地で1:100に希釈し、そこに種々の濃度(0mM(コントロール)、0.001mM、0.01mM、0.1mM、および1mM)になるようにニトロプルシドナトリウム(Sodium Nitroprusside; SNP)を添加し、嫌気条件下でさらに37℃にて6時間培養した。
【0053】
その後、0.1mLの培養液について、GLOMAX 20/20ルミノメーター(Promega)を用いて相対発光量(RLU)を測定した。結果を図2(A)に示す。また、同じ培養液の生菌数をコロニーカウント法によってコロニー形成単位(CFU)として測定して、発光強度(RLU/CFU)を算出した。結果を図2(B)に示す。なお、本実施例に記載の実験について、図などに示す値はすべて、独立して少なくとも3回繰り返して得られた値の平均値(±標準誤差)である。
【0054】
図2(B)に示すように、発光強度(RLU/CFU)の値は、norR遺伝子産物の量に依存して変化することが確認されたことから、SNPによるnorVプロモーターの活性化によるNOセンサ細胞の応答は、NorRタンパク質により担われていることが示された。このように、本実施例に係るNOセンサ細胞は広いダイナミックレンジでNOを検出・定量できることから、増殖している細胞中でのNO分子の広い濃度範囲における定量アッセイが可能となる。
【0055】
なお、本発明者らの検討では、SNPよりも半減期の短いNOドナーであるPROLI NONOateを添加した場合にも、嫌気条件下における発光強度は濃度依存的に増加することが確認されている。また、NOの特異的スカベンジャー分子であるC-PTIOを同時に添加すると、PROLI NONOateを単独で添加した場合と比較して、発光強度(RLU/CFU)は有意に減少すること、本発明に係るNOセンサ細胞は硝酸塩および過酸化水素に対しては応答せず、亜硝酸塩には応答するものの、C-PTIOを添加することによって亜硝酸塩によるLuxCDABEタンパク質の発現レベルはコントロールと同程度にまで低下すること、が確認されている。これらのことから、本実施例で構築したNOセンサ細胞の主要なエフェクターはNOであるものと判断される。
【0056】
≪従来技術によるβ−ガラクトシダーゼ遺伝子をレポーター遺伝子として用いたNOセンサ細胞によるNO濃度の測定≫
本発明の比較例として、以下の手法により、非特許文献1に開示されている、β−ガラクトシダーゼ遺伝子をレポーター遺伝子として用いたNOセンサ細胞を用いて、NO濃度の測定を行った。
【0057】
具体的には、大腸菌JM109株を宿主として用い、エレクトロポーレーション法により、非特許文献1と同様の手法を用いて構築した組換えベクター(pRPZ2)によって形質転換して、形質転換細胞株(NOセンサ細胞;JM109(pRPZ2))を得た。
【0058】
次いで、得られたNOセンサ細胞をLB培地中で一晩培養した後、LB培地で1:100に希釈し、そこに種々の濃度(0mM(コントロール)、0.001mM、0.01mM、0.1mM、および1mM)になるようにニトロプルシドナトリウム(Sodium Nitroprusside; SNP)を添加し、嫌気条件下でさらに37℃にて6時間培養した。
【0059】
その後、0.1mLの培養液について、GLOMAX 20/20ルミノメーター(Promega)を用いて相対発光量(RLU)を測定し、また、同じ培養液の生菌数をコロニーカウント法によってコロニー形成単位(CFU)として測定して、発光強度(RLU/CFU)を算出した。結果を図3に示す。
【0060】
図3に示すように、非特許文献1に開示の技術を用いてNO濃度を測定した場合には、広いダイナミックレンジでの測定ができなかった。
【0061】
≪EHEC感染中のマクロファージ内のNOレベルの定量≫
マクロファージの細胞中におけるNOレベルが腸管出血性大腸菌(EHEC)との接触によって増加するかどうかを調べる目的で、以下の手法により、EHECに感染しているマクロファージ細胞におけるNOセンサ細胞の発光強度(RLU/CFU)を測定した。なお、EHEC EDL933は、マクロファージの細胞中で少なくとも24時間生存できることが知られている。
【0062】
具体的には、まず、24ウェルの組織培養ディッシュにマクロファージ細胞株(RAW 264.7)を5×10細胞/ウェルで播種し、37℃にて12時間培養した。同様に、24ウェルの組織培養ディッシュにヒト単球由来細胞株(THP-1)を5×10細胞/ウェルで播種し、10−7Mのホルボール12−ミリステート13−アセテート(PMA)を添加後48時間、37℃にて培養して、THP-1細胞株をマクロファージ様の細胞へと分化させた。なお、THP-1細胞はRAW 264.7細胞よりもNO産生が低いことが報告されている。
【0063】
上記で確立した培養系のそれぞれ(いずれも単層培養系)に、上記で作製したEHEC由来のNOセンサ細胞を感染多重度(m.o.i.)10で添加した。
【0064】
次いで、プレートを軽く遠心分離して実際に感染を起こさせた後、37℃にて20分間インキュベートした(このインキュベートの終了時点を「0時間」とした)。培地を回収し、細胞を洗浄し、RAW 264.7細胞株には新鮮なDMEM培地(10%FBSおよび100μg/mLゲンタマイシンを含有)を、THP-1細胞株には新鮮なRPMI-1640培地(10%FBSおよび100μg/mLゲンタマイシンを含有)をそれぞれ添加して、細胞外の細菌を死滅させた。2時間後、培地を回収し、細胞を洗浄し、12μg/mLのゲンタマイシンを含むように培地を交換した。この際、マクロファージにおけるNO合成酵素の特異的な阻害剤である1mMのL-NMMA(N−モノメチル−L−アルギニン)をゲンタマイシンとともに含む群と含まない群とに分けた。
【0065】
続いて、各ディッシュの細胞を、0.1%デオキシコール酸を含有するPBSの添加により溶解させるか、またはさらにインキュベートさせた。溶解させた細胞について、上記と同様の手法により、ルミノメーターを用いて相対発光量(RLU)を、コロニー形成単位(CFU)の計数により生菌数を、それぞれ測定した。これらの測定値に基づき発光強度(RLU/CFU)を算出した結果を、図4にグラフとして示す。なお、図4に示すグラフにおいて、■はRAW 264.7細胞(L-NMMA添加せず)の結果を表し、□はRAW 264.7細胞(L-NMMA添加)の結果を表し、▲はTHP-1細胞の結果を表す。
【0066】
図4に示すように、RAW264.7細胞の発光強度(RLU/CFU)は感染直後から上昇し始め、感染の8時間後には高いレベル(0.5)に到達した。一方、L-NMMAで処理したRAW264.7細胞の発光強度(RLU/CFU)は、感染の6時間後および8時間後において、未処理のRAW264.7細胞よりも有意に低い値を示した。なお、PMA処理したTHP-1細胞における発光強度(RLU/CFU)は、RAW264.7細胞と同様、感染後にゆっくりと上昇した。
【0067】
以上のことから、本発明に係る組換えベクターやNOセンサ細胞は、細菌感染中のマクロファージ細胞内のNO分子を特異的に認識し、これに応答して発光することができることが示される。したがって、本発明に係る組換えベクターやNOセンサ細胞は、細菌感染中のマクロファージ細胞内のNOを検出・定量するための有用なツールとなりうることが示唆される。
【0068】
≪宿主としてサルモネラ菌を用いたNOセンサ細胞によるNOの検出・定量≫
サルモネラ菌の細胞中におけるNOレベルがSNPとの接触によって増加するかどうかを調べる目的で、以下の手法により、種々の濃度のSNPと接触したサルモネラ菌宿主のNOセンサ細胞の発光強度(RLU/CFU)を測定した。
【0069】
具体的には、まず、上記と同様の手法により、サルモネラ菌(Salmonella enterica serovar Typhimurium MI1株)を組換えベクターpRPL3により形質転換した。次いで、得られた形質転換体(NOセンサ細胞)をLB培地中で一晩培養した後、LB培地で1:100に希釈し、そこに種々の濃度(0mM(コントロール)、0.001mM、0.01mM、0.1mM、および1mM)になるようにニトロプルシドナトリウム(Sodium Nitroprusside; SNP)を添加し、嫌気条件下でさらに37℃にて6時間培養した。
【0070】
その後、0.1mLの培養液について、上記と同様の手法により、発光強度(RLU/CFU)を算出した。結果を図5に示す。図5に示す結果から、サルモネラ菌を宿主として用いた場合であっても、腸管出血性大腸菌EHEC EDL933を用いた場合と同様に、NOの検出・定量を行うことが可能であった。このことから、細胞侵入性細菌であるサルモネラ菌を宿主として用いて本発明に係るNOセンサ細胞を作製することで、貪食作用をもたない上皮細胞(例えば、腸管上皮細胞など)等の各種の真核細胞におけるNO濃度のモニタリングが可能となりうることが示唆される。
【配列表フリーテキスト】
【0071】
〔配列番号:1〕
norR遺伝子およびnorR-norVプロモーターを含む領域を増幅するためのフォワードプライマーの塩基配列を表す。
〔配列番号:2〕
norR遺伝子およびnorR-norVプロモーターを含む領域を増幅するためのリバースプライマーの塩基配列を表す。
〔配列番号:3〕
luxCDABE遺伝子を増幅するためのフォワードプライマーの塩基配列を表す。
〔配列番号:4〕
luxCDABE遺伝子を増幅するためのリバースプライマーの塩基配列を表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光タンパク質をコードする発光遺伝子と、
前記発光遺伝子の発現を誘導する一連の遺伝子セットと、
を含み、
前記遺伝子セットが、調節遺伝子norRと、前記調節遺伝子norRによってコードされるタンパク質NorRによって前記発光遺伝子の転写を誘導するプロモーター部位と、を含むことを特徴とする、一酸化窒素を探知するための形質転換用組換えベクター。
【請求項2】
前記プロモーター部位が、norオペロンのプロモーター部位である、請求項1に記載の組換えベクター。
【請求項3】
前記発光遺伝子が、luxCDABE遺伝子である、請求項1または2に記載の組換えベクター。
【請求項4】
プラスミドpAcGFP1からなる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の組換えベクター。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の組換えベクターを用いて宿主を形質転換してなる形質転換体からなる一酸化窒素センサ細胞。
【請求項6】
前記宿主が、大腸菌またはサルモネラ菌である、請求項5に記載の一酸化窒素センサ細胞。
【請求項7】
前記宿主が、腸管出血性大腸菌EHEC EDL933である、請求項6に記載の一酸化窒素センサ細胞。
【請求項8】
細胞内の一酸化窒素を検出または定量するための方法であって、請求項5〜7のいずれか1項に記載の一酸化窒素センサ細胞におけるシグナル変化を測定することを含む、検出または定量方法。
【請求項9】
刺激による細胞内での一酸化窒素濃度の変化をモニタリングするための方法であって、請求項5〜7のいずれか1項に記載の一酸化窒素センサ細胞に刺激を付与し、刺激付与前後におけるシグナル変化を測定することを含む、モニタリング方法。
【請求項10】
被検細胞が産生する一酸化窒素を検出または定量するための方法であって、一酸化窒素の産生を検出または定量したい被検細胞と、請求項5〜7のいずれか1項に記載の一酸化窒素センサ細胞とを近接配置し、前記一酸化窒素センサ細胞におけるシグナル変化を測定することを含む、細胞産生一酸化窒素の検出または定量方法。
【請求項11】
前記被検細胞が貪食細胞である、請求項10に記載の検出または定量方法。
【請求項12】
前記貪食細胞がマクロファージである、請求項11に記載の検出または定量方法。
【請求項13】
前記マクロファージが、感染症に罹患した生体由来のものである、請求項12に記載の検出または定量方法。
【請求項14】
前記被検細胞が腸管上皮細胞であり、前記宿主がサルモネラ菌である、請求項10に記載の検出または定量方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−231716(P2012−231716A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−101623(P2011−101623)
【出願日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】