説明

一酸化窒素産生抑制剤

【課題】グリア細胞による一酸化窒素産生抑制作用を有する成分を探索し、脳関連の疾患、症状を緩和、予防および治療に関わるグリア細胞一酸化窒素産生抑制用物質を得ることを課題とした。
【解決手段】ゲラニルゲラニオールに、グリア細胞による一酸化窒素抑制作用を認めた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は一酸化窒素産生抑制物質に関する。より詳細には、ゲラニルゲラニオールを有効成分とした一酸化窒素産生抑制剤に関し、ゲラニルゲラニオールは脳神経細胞変性に関わるとされるグリア細胞由来一酸化窒素生成を抑制する。
【背景技術】
【0002】
ゲラニルゲラニオールは、今日、主に化学合成法により合成されている。化学合成法によると、炭素骨格が同じで1種あるいは2種以上の二重結合がシス体である混合物として得られるが、工業的に利用価値のあるのは、二重結合が全てトランス体であるゲラニルゲラニオールである(特許文献1)。また、近年、生物学的にトランス体のゲラニルゲラニオール及びその誘導体の生産法が開示されている(特許文献2、特許文献3)。一方、天然界において、ゲラニルゲラニオール及びゲラニルリナロールがマツ類の樹脂中に存在するほか、ゲラニルリナロールのニトリル置換体がサンゴの仲間から得られたことは知られている。
【0003】
アナトー(ベニノキ科ベニノキ、Bixa orellana)は、中央〜南アメリカに自生する植物であるが、今日では、インド、アフリカ等全世界的に栽培されている。その種子は、赤色を帯び、色素抽出原料として数万トンが収穫されている。その内容成分は、カロチノイドであるビキシン、ノルビキシンが主であり、有機溶剤にてアナトー種子より抽出された抽出物は、油溶性、水溶性色素としてチーズ、バター等の乳製品、加工食品、菓子等の食品用着色に使用されている。
【0004】
ところで、このアナトー色素を除去した抽出残渣からのゲラニルゲラニオールおよびトコトリエノールの分子蒸留による回収法が開示されている(特許文献4)。また、アナトー種子からの主要産物である赤色色素を製造した後の油状残渣を、アルカリ性水溶液を加え液液分配後、イオン交換樹脂で非吸着画分を得る方法については、本出願人が特許出願をしている。
【0005】
ゲラニルゲラニオールは、ビタミンE、ビタミンK2、胃炎薬ブラウノトール、制ガン剤であるゲラニルゲラニルアミン誘導体(特許文献5)の原料となる重要な物質である。
【0006】
一方、ゲラニルゲラニオール自身が、生体内での何らかの役割を示唆する報告も存在する。HMG‐CoA還元酵素は、ゲラニルゲラニオールなどのイソプレノイド化合物生合成の律速酵素であるが、高脂血症に用いるスタチン系製剤は、このHMG‐CoA還元酵素を阻害する(非特許文献1)。PDGFレセプターのチロシンリン酸化には、ゲラニルゲラニオールによるレセプターの修飾が必要である(非特許文献2)。ゲラニルゲラニオールは、HL-60など、種々のがん細胞に対してアポトーシスを誘導する(非特許文献3、非特許文献4)。更には、ゲラニルゲラニオール自身に関して、破骨細胞形成抑制作用を有し、抗骨粗鬆症剤としての有用性(特許文献6)が開示され、ゲラニルゲラニオールを有効成分とする抗動脈硬化治療剤(特許文献7)についての開示がされている。
【0007】
人体は、100兆個の細胞が集まり構成されており、情報処理中枢器官である脳の統御により、統制の取れた1個体としての生命活動が可能となっている。この脳には百数十億個もの神経細胞が存在し、シナプスを介して神経伝達物質による情報伝達を行い、高次機能を演出している。老化、ストレスや環境化学物質による損傷により脳内の神経細胞死が起こると、脳神経系情報伝達機能に異常が生じ、脳梗塞,アルツハイマ−病やパ−キンソン病などの様な重篤な疾患につながる。神経細胞死が引き起こされる原因の一つとして、脳梗塞時やアルツハイマー病脳内で産生される一酸化窒素(NO)が関わっている。
【0008】
脳には、神経細胞の他にグリア細胞も存在し、神経細胞の機能に大きな影響を及ぼす。グリア細胞は、脳内に神経細胞の5〜10倍存在し、脳構造の構築や情報伝達機能、さらには発生・発達や老化においても重要な役割を果たしている。グリア細胞は、神経細胞に栄養因子を供給するというような保護的な作用ばかりでなく、時には過剰な生体防御反応などにより、神経細胞に障害を与えることもある。その様なグリア細胞の作用における鍵となる因子の一つがNOである。
【0009】
NOは、NO合成酵素(NOS)により脳内でも産生され、神経伝達物質として働くだけでなく、脳内の生体防御反応にも関与している。グリア細胞をサイトカインなどで刺激すると、誘導型NO合成酵素(iNOS)を発現しNO産生を引き起こす(非特許文献5)が、身体的ストレスや心理的ストレスは、免疫系や内分泌系の機能に影響することが明らかとなってきており、免疫細胞や内分泌細胞で産生・分泌されるサイトカインやホルモンが、グリア細胞によるNO産生を介して脳機能に影響を与える可能性がある。
【0010】
つまり、脳疾患の予防・治療に資する薬や食品の開発は、高齢化社会を迎えるに当たり望まれるところであるが、そのターゲットとしてグリア細胞によるNO産生を抑制する物質が候補に挙げられる。
【0011】
ところで、ゲラニルゲラニオールに関しては、生体において有効成分として機能する可能性を示唆する報告があるにもかかわらず、これまでグリア細胞によるNO産生を抑制する成分としての検討はなされていなかった。
【0012】
【特許文献1】特開平8-133999号公報
【特許文献2】特開平9-238692号公報
【特許文献3】特開2005-137287号公報
【特許文献4】米国特許第6,350,453号明細書
【特許文献5】特開平9-291030号公報
【特許文献6】特開平7-215849号公報
【特許文献7】特開平10-87480号公報
【非特許文献1】薬学雑誌、2004 Jly; 124(7) : 371-396
【非特許文献2】J Biol. Chem.、1996 Nov 1; 271(44) : 27402-27407
【非特許文献3】Biochem. Biophys. Res. Commun.、1996 Sep24; 226(3): 741-745
【非特許文献4】日本ビタミン学会第58回大会プログラム・講演要旨、2006 Apl; 80(4) : 202
【非特許文献5】Biol. Pharm. Bull.、 2004 Jul;27(7):961-3.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明においては、グリア細胞によるNO産生を抑制する成分を探索し、脳疾患の予防・治療に有用な製剤を得ることを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、ゲラニルゲラニオールにグリア細胞によるNO産生抑制作用を認め、本発明を完成した。
【0015】
すなわち本発明は、
(1)ゲラニルゲラニオールを有効成分として含有することを特徴とする一酸化窒素産生抑制剤、
(2)ゲラニルゲラニオールを有効成分として含有することを特徴とする、グリア細胞による一酸化窒素産生抑制剤
に関するものである。
【0016】
ゲラニルゲラニオールは非環状ジテルペンとして知られ、下記に示される構造式を有している。
【0017】
【化1】

【0018】
ゲラニルゲラニオールは、アナトー種子若しくはその色素抽出油状残渣より抽出することによって得られる。
【0019】
アナトー種子からの抽出方法は、ベニノキ科ベニノキの種子の被覆物より、油脂又は有機溶剤で抽出若しくは加水分解を経る。有機溶剤での抽出は、油脂分が抽出される有機溶媒であれば限定されず、好ましくはアルコールの使用が良い。
アナトー種子からの抽出にて、ゲラニルゲラニオールの製造は可能であるが、経済的な観点から、アナトー色素抽出油状残渣(図1の「油状物」)を使用することが出来る。
【0020】
種子抽出物、色素抽出油状残渣にはビキシン、ノルビキシンに代表される酸性成分が多く含有されている。この状態で、蒸留等の加熱操作が加わるとゲラニルゲラニオールのアルコール基とカルボン酸との縮合反応、ゲラニルゲラニオールの熱分解、異性化等が発生する。
【0021】
また、ヘミエステル化反応、イオン交換樹脂による精製を行う上で、これらの成分は、反応不足、吸着力低下、分割不良、精製不足の原因となる。よって、酸性成分の除去を行うことが好ましい。方法として脱酸、低級アルコールとのエステル化、陰イオン交換樹脂等が挙げられる。
【0022】
酸性成分が除去されたアナトー抽出物は、トコフェロール類の精製方法として既知のイオン交換樹脂による精製法、すなわち、抽出油を有機溶剤に溶解し、強塩基性陰イオン交換樹脂に通液し、その後、酸、アルカリ等を用いる方法により、更に微量に存在する酸性成分及びトコトリエノールとの分割を行う。この際、アルコールであるゲラニルゲラニオールは、イオン交換樹脂に吸着されない粗ゲラニルゲラニオールとして得る。
【0023】
得られた粗ゲラニルゲラニオールを非極性溶媒中で二塩基酸無水物と反応させてゲラニルゲラニオールのヘミエステル化物とし、これを非極性溶媒とアルコール系溶媒との混合溶媒の存在下で陰イオン交換樹脂で吸着精製を行う。ヘミエステル化物は陰イオン交換樹脂に吸着されて不純物から分離され、吸着されたヘミエステル化物は混合溶媒アルカリ溶液で脱着、加水分解することにより容易にゲラニルゲラニオールを回収することが出来る。
【0024】
以上のゲラニルゲラニオール取得フローを図示すると図1のようになる。
生体におけるNO産生は、脳疾患関連では、虚血性脳障害、パーキンソン病、アルツハイマー病などに関わり、その他の部位では、肺血症、エンドトキシンショック、心不全、ショック、低血圧、リウマチ性炎症、慢性関節リウマチ、変形性関節炎、潰瘍性大腸炎、ストレス性胃潰瘍、クローン病、自己免疫疾患、結核、臓器移植後の組織障害、拒絶反応、虚血再灌流障害、急性冠微小血管塞栓、ショック性血管塞栓、動脈硬化、悪性貧血、ファンコニー貧血症、鎌形赤血球性貧血病、膵炎、ネフローゼ症候群、糸状体腎炎、インスリン依存性糖尿病、肝性ポルフィリン症、アルコール中毒、慢性白血病、急性白血病、腫瘍、骨髄腫、抗癌剤副作用軽減、幼児および成人性呼吸窮迫症候群、肺気腫、多発性硬化症、ビタミンE欠乏症、老化、サンバーン、筋ジストロフィー、白内障、インフルエンザ感染症、マラリア、AIDS、放射性障害、火傷、体外受精効率化などに関わる。すなわち、NO産生を抑制する物質は、これら疾病の治療および予防に有用と考えられる。
【0025】
ヒトなどの脳に存在するグリア細胞は、サイトカインなどの刺激によりNOを産生するが、グリア細胞によるNO産生抑制作用とは、このNO産生を抑制する作用を言う。
【0026】
本発明は、ゲラニルゲラニオールが、グリア細胞によるNO産生抑制作用を有することを見出し、この知見に基づき脳疾患の治療および予防剤として有効であることを発明したものである。
【0027】
本発明の剤型としては、散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤等が挙げられ、製剤の際には通常の製剤担体を用いて定法により製造することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によって、ゲラニルゲラニオールがグリア細胞によるNO産生抑制作用剤として利用できることが示され、脳疾患の治療および予防剤としての有効性が示された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
図1に示された工程により調製したゲラニルゲラニオールについて、NO産生抑制作用に対する効果について検証した。
【0030】
以下に本発明の実施例を挙げて、より詳細に説明するが、本発明はそれらによって限定されるものではない。
【実施例1】
【0031】
[C6グリオーマ細胞の培養]
NO産生抑制作用の検出には、ラットC6グリオーマ細胞(グリア細胞の実験系)を用いた。培養は、10%牛胎仔血清(FBS)および抗生物質として100units/mlペニシリンと100mg/mlのストレプトマイシンを添加したダルベッコ改変イーグル培地(D-MEM)を培地に使用し、温度37℃、CO2濃度5%の条件で行った。
【実施例2】
【0032】
[NO産生抑制効果測定用培地の調製]
ゲラニルゲラニオールは、まず、エタノール(和光純薬)に溶解し、ゲラニルゲラニオール10mg/mlエタノール溶液を調製した。これを抗生物質として100units/mlペニシリンと100mg/mlのストレプトマイシンを添加したフェノールレッド不含DMEM培地でゲラニルゲラニオールを1μg/ml、0.1μg/ml、0.01μg/mlに希釈した。また、リポポリサッカライド(LPS)をPBSで溶解し、1mg/ml LPS溶液を調整した。これを終濃度1μg/ mlになるようそれぞれの濃度に調整したゲラニルゲラニオールを含むフェノールレッド不含DMEM培地に添加し、ゲラニルゲラニオール及び1μg/ml LPSを含むフェノールレッド不含DMEM培地を調整した。
【実施例3】
【0033】
[C6グリオーマ細胞によるNO産生]
実施例1で維持したC6グリオーマ細胞を6.5×105個/mlに調製し、0.1mlを96ウェルプレートに分注した。10%FBS/DMEM で1日間培養後、培地を除き、実施例2でそれぞれの濃度に調製したゲラニルゲラニオールを含むフェノールレッド不含DMEM培地またはゲラニルゲラニオール+1μg/ml LPSを含むフェノールレッド不含DMEM培地、ゲラニルゲラニオールを含まないフェノールレッド不含DMEM培地を各ウェルに加え、1日間培養を行った。
【実施例4】
【0034】
[培養成分の回収]
実施例3で培養したラットC6グリオーマ細胞の培養上清をピペットにより回収し、培養上清サンプルとした。
【実施例5】
【0035】
[NO産生の測定]
NOの測定はGriess法を用いて行った。具体的には検量線を作成するために20μmol/lのNaNO標準溶液(DOJINDO)をフェノールレッド不含DMEM培地で10μmol/l、5μmol/l、2.5μmol/l、1.25μmol/l、0.625μmol/lに希釈した。2,3-Diaminonaphthalene(DAN) 50 μgを0.62 mol/lの塩酸1 mlに溶解しDAN溶液を調整した。実施例4で回収した培養上清及びNaNO希釈液100μlにDANを10 μl入れ、室温で10〜15分反応させた。反応後、2.8 mol/l NaOH溶液5 μlを加えた。この溶液を10 μlとり純水で200μlに希釈し、蛍光マイクロプレートリーダーを用いて、λex=365 nm, λem=450 nmにて蛍光測定を行った。[NO2-]検量線を作成し、各サンプルの[NO2-]濃度を求めた。
【0036】
その結果を図2に示す。図2から分かるように、ゲラニルゲラニオールを添加しない場合は[NO2-]濃度は2.9μg/mlであるが、ゲラニルゲラニオールを添加することにより[NO2-]濃度は低下する。また、リポポリサッカロイド(LPS)が共存して炎症を起こしている場合も、ゲラニルゲラニオールを添加しない場合は[NO2-]濃度は7.6μg/mlであるが、ゲラニルゲラニオールを添加することにより[NO2-]濃度は低下することが分かる。
なお、[NO2-]濃度の低下はNO産生の低下と同義語である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】ゲラニルゲラニオールの製造フローを示す図。
【図2】ゲラニルゲラニオール及びLPS処理C6グリオーマ細胞におけるNO測定図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲラニルゲラニオールを有効成分として含有することを特徴とする一酸化窒素産生抑制剤。
【請求項2】
ゲラニルゲラニオールを有効成分として含有することを特徴とする、グリア細胞による一酸化窒素産生抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−40734(P2009−40734A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−208512(P2007−208512)
【出願日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【出願人】(000108812)タマ生化学株式会社 (19)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【Fターム(参考)】