説明

上皮幹細胞の分化誘導方法

【課題】 高い安全性のもとに簡易に表皮幹細胞をはじめとする上皮幹細胞の分化誘導を行うための方法を提供すること。
【解決手段】 多血小板血漿を添加した無血清培地中で上皮幹細胞を培養することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安全性が高く、かつ、簡易な上皮幹細胞の分化誘導方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、培養表皮や培養真皮などの培養上皮組織を再生医療に用いる研究開発が盛んに行われており、既にこれらが医薬品として供給されている国もある。培養上皮組織を得るための上皮幹細胞の培養方法は数多く存在するが、表皮幹細胞の培養方法を例に挙げると、代表的な方法としてRheinwald&Green法(非特許文献1)とBoyce&Ham法(非特許文献2)がよく知られている。
Rheinwald&Green法の特徴は、表皮幹細胞のみの選択的培養を行うために、マウスの間葉系線維芽細胞(3T3)を支持体(feeder layer)として用いる点にある。また、この方法によれば、表皮幹細胞が分化することで、機能的にほぼ完全な表皮シート(細胞シート)を得ることができる。
一方、Boyce&Ham法の特徴は、無血清培地を用いる点にある。しかしながら、この方法では表皮幹細胞は分化しないので、表皮シートを得るためには、ウシ由来の血清成分を添加するなどして表皮幹細胞の分化誘導を行う必要がある。
【非特許文献1】Rheinwald JG, Green H, Serial cultivation of strains of human epidermal keratinocytes, Cell, 1975:6;331-343.
【非特許文献2】Boyce ST, Ham RG, Calcium-regulated differentiation of normal human epidermal keratinocytes in chemically defined clonal culture and serum-free serial culture, J. Invest. Dermatol., 1983:81;33s-40s.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記の通り、Rheinwald&Green法とBoyce&Ham法のいずれの方法を用いた場合でも、人体から採取した表皮幹細胞から表皮シートを得るためには、動物成分が必要となる。安全性の高い表皮シートを安定に供給するためには、動物成分を不要とし、完全アニマルフリー化を図ることが望ましい。Boyce&Ham法の変法として、動物成分を用いることなく表皮幹細胞の分化誘導を行うことができれば、この目的を達成することができるが、未だそのような方法についての報告はない。
そこで本発明は、高い安全性のもとに簡易に表皮幹細胞をはじめとする上皮幹細胞の分化誘導を行うための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は上記の点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、多血小板血漿(PRP:Platelet Rich Plasma:血小板を多く含む血漿)を添加した無血清培地中で表皮幹細胞を培養することで、表皮幹細胞の分化誘導を行うことができることを知見した。
【0005】
上記の知見に基づいてなされた本発明の上皮幹細胞の分化誘導方法は、請求項1記載の通り、多血小板血漿を添加した無血清培地中で上皮幹細胞を培養することを特徴とする。
また、請求項2記載の分化誘導方法は、請求項1記載の分化誘導方法において、上皮幹細胞が表皮幹細胞であることを特徴とする。
また、請求項3記載の分化誘導方法は、請求項1または2記載の分化誘導方法において、培養容器での初代培養時の培地として多血小板血漿を添加した無血清培地を用いることを特徴とする。
また、本発明の表皮シートの作製方法は、請求項4記載の通り、多血小板血漿を添加した無血清培地中で表皮幹細胞を培養することを特徴とする。
また、本発明の初代培養時における培養容器への上皮幹細胞の接着性付与方法は、請求項5記載の通り、多血小板血漿を添加した無血清培地を用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、高い安全性のもとに簡易に表皮幹細胞をはじめとする上皮幹細胞の分化誘導を行うための方法を提供することができる。従って、この方法によって表皮幹細胞の分化誘導を行うことで、動物成分を用いることなく熱傷などの治療に有用な表皮シートを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の上皮幹細胞の分化誘導方法は、多血小板血漿を添加した無血清培地中で上皮幹細胞を培養することを特徴とするものである。本発明において分化誘導の対象とすることができる上皮幹細胞の代表例としては表皮幹細胞を挙げることができる。しかしながら、本発明においては、胃粘膜上皮幹細胞、気管上皮幹細胞、毛根から採取した幹細胞といったあらゆる上皮幹細胞をその対象とすることができる。本発明において用いる多血小板血漿は、遠心分離操作などの自体公知の操作によって血液中の血小板を濃縮したものであればどのようなものであってもよい。多血小板血漿は、培養対象となる上皮幹細胞に対して自家のものが望ましいが、対象者の血族両親や兄弟などの同種のものであってもよい。無血清培地への多血小板血漿の添加量は0.1〜5%とすることが望ましい。添加量は少なすぎると効果が現れにくい一方、必要以上に添加しても効果の向上は望めない。
【0008】
無血清培地への多血小板血漿の添加は、上皮幹細胞の分化誘導を行う際(即ち上皮幹細胞が表皮幹細胞の場合には表皮シートを形成させる際)に用いる無血清培地に対して行いさえすれば、初代培養開始当初からその時点に至るまでの継代培養に用いる無血清培地には添加する必要は必ずしもない(添加しないことで対象者などからの採血量の削減を図ることができる)。しかしながら、多血小板血漿には、上皮幹細胞に対する分化誘導作用があることに加え、初代培養時における培養容器への上皮幹細胞の接着性付与作用があることを本発明者は見出している。従って、培養容器での初代培養時の培地として多血小板血漿を添加した無血清培地を用いることで、動物由来の接着因子などで表面処理した培養容器を用いることなく、安全かつ低コストに初代培養を行うことができる。
【0009】
なお、本発明において多血小板血漿を添加する無血清培地は、上皮幹細胞を培養することができる無血清培地であればどのようなものであってもよく、例えば、血清を含まず、アミノ酸類、ビタミン類、無機塩類、糖類などを含むものが挙げられる(具体的にはイーグルMEM培地やダルベッコ変法イーグル培地などが例示される)。無血清培地には、ハイドロコーチゾン、インシュリン(ヒト型組換え体が望ましい)、上皮細胞増殖因子(ヒト型組換え体が望ましい)、トランスフィリン(ヒト由来が望ましい)などを添加してもよい。また、上皮幹細胞の初代培養から継代培養を経て分化誘導を行うまでの一連の培養方法は、上皮幹細胞の培養方法として知られている一般的な方法(例えば培養条件として5〜10%CO、37℃、100%湿度)を採用すればよい。
【実施例】
【0010】
以下、本発明を、実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0011】
実施例1:表皮幹細胞の培養と分化誘導による表皮シートの作製(その1)
(1)採皮とその処理
上腕部をポビドンヨード液(イソジン消毒液)で消毒した後、1平方センチメートル程度の全層皮膚を採皮した(局所麻酔下での標準的な手技による)。採取皮膚を生理食塩液で2回リンスし、80%エタノール溶液に1分間浸漬した後、生理食塩液でさらに2回リンスした。こうして得られた皮膚を300μg/mLゲンタシン含有生理食塩液中で30分間37℃で保存した。
次に以下の操作をクリーンベンチ内で行った。上記の除菌済みの皮膚を剪刀を用いて約1〜2mm角に細切し、等張性リン酸緩衝液(PBS)で一度洗浄後、ポビドンヨード液に2分間浸漬した。その後、細切皮膚をポビドンヨード液から取り出してPBSで3〜4回洗浄し、30mL程度の0.25%トリプシン含有PBS中にこの除菌済みの細切皮膚を浮遊させ、4℃で18時間保存した。
上記の酵素消化された皮膚を30mL程度の2%自家多血小板血漿(抗凝固薬としてクエン酸ナトリウムを添加した全血を900×Gで遠心分離することで調製)含有ダルベッコ変法イーグル培地(DME培地)に移し、遊離細胞を得るために室温で約1時間撹拌し、Cell strainer(70μm,BD Falcon)を用いて皮膚残渣を瀘去した。こうして得られた遊離細胞浮遊液を1200回転、5分間、4℃で遠心分離し、上清を廃棄して表皮幹細胞の沈渣を得た。
【0012】
(2)表皮幹細胞の初代培養
(1)で得られた表皮幹細胞の沈渣を2%自家多血小板血漿含有DME培地に懸濁し、3×10cell/cm程度の細胞密度でディッシュに播種し、10%CO、37℃、100%湿度下で初代培養を行った。図1(a)に培養開始から72時間経過後のディッシュ内の様子を、(b)にRheinwald&Green法に従って初代培養を開始してから72時間経過後のディッシュ内の様子を示す(RhodamineB染色による)。図1から明らかなように、2%自家多血小板血漿含有DME培地を用いることで、播種した表皮幹細胞はコロニーを作りながらディッシュの底面に接着して効率よく増殖し、Rheinwald&Green法よりも優れた初代培養時の細胞接着性が得られた。次に、初代培養開始から3日以内に、EpiLife(倉敷紡績製の無血清培地の商品名)に、ハイドロコーチゾン0.5μg/mL、ヒト型組換えインシュリン10μg/mL、ヒト型組換え上皮細胞増殖因子0.1ng/mL、ヒト由来トランスフィリン5μg/mLを添加した培地(以下「培地A」と略称する)に培地交換を行い、以後、2日に1度の割合で同じ培地交換を行って表皮幹細胞を培養した。
【0013】
(3)表皮幹細胞の継代培養
初代培養開始から6〜7日目に継代操作を次のようにして行った。ディッシュ内の培養表皮幹細胞を0.02%EDTA−2Na含有PBSで3回洗浄した後、ディッシュ内に0.03%トリプシンおよび0.02%EDTA−2Na含有PBSを添加し、37℃で約5分間静置して細胞を剥離させた。その後、愛護的にピペッティングを行い、1mL程度の自家血清中に得られた遊離細胞を移して遠心分離を行った。得られた表皮幹細胞の沈渣を培地Aを用いて細胞密度を2500cell/cm以上に調整した後、ディッシュに継代した。1日後に培地Aに培地交換を行い、以後、2日に1度の割合で同じ培地交換を行って表皮幹細胞がコンフルエントになるまで培養した。
【0014】
(4)表皮幹細胞の分化誘導(表皮シートの作製)
表皮幹細胞がコンフルエントになったことを確認した後、2%自家多血小板血漿含有DME培地に培地交換を行い、3日間以上、表皮幹細胞を培養した。その結果、表皮幹細胞が分化することで重層化が進み、表面が水泡状となった強くて腰のある表皮シートが形成された。なお、2%自家多血小板血漿含有DME培地に培地交換を行うことなく、培地Aを用いて引き続き表皮幹細胞を培養しても、表皮幹細胞は分化せず、表皮シートは形成されなかった。図2(a)に以上のようにして分化誘導を行った後のディッシュ内の様子を、(b)にRheinwald&Green法に従って培養した後のディッシュ内の様子を示す(RhodamineB染色による)。また、図3(a)に以上のようにして分化誘導を行った後の細胞の位相差顕微鏡写真を、(b)にRheinwald&Green法に従って培養した後の細胞の位相差顕微鏡写真を、(c)に培地Aを用いて引き続き培養した後の細胞の位相差顕微鏡写真を示す。
【0015】
参考例1:表皮シートを用いた移植
移植当日、10mL程度の400U/mLディスパーゼ含有DME培地に培地交換を行い、37℃で30〜60分間静置し、得られた表皮シートがディッシュの底面辺縁から十分に剥離することを確認した後(鑷子でつまむことで容易に確認できる)、トレックスガーゼをキャリアとして表皮シートをディッシュから剥離し、PBSで数回洗浄後、熱傷創面に移植した。
【0016】
実施例2:表皮幹細胞の培養と分化誘導による表皮シートの作製(その2)
自家多血小板血漿のかわりに同種多血小板血漿(兄弟のもの)を用いたこと以外は実施例1と同様にして表皮幹細胞の培養と分化誘導を行って表皮シートを得た。図4に初代培養時における同種多血小板血漿の無血清培地への添加量と培養効率との関係を示す(従来法はRheinwald&Green法を意味する)。図4から明らかなように、自家多血小板血漿のかわりに同種多血小板血漿を無血清培地に添加して初代培養を行った場合でも、優れた効率で表皮幹細胞を培養できることがわかった。
【0017】
実施例3:胃粘膜上皮幹細胞の培養と分化誘導
表皮幹細胞のかわりに胃粘膜上皮幹細胞を対象としたこと以外は実施例1と同様の操作を行うことで、胃粘膜上皮幹細胞の培養と分化誘導を行うことができた。
【産業上の利用可能性】
【0018】
本発明は、高い安全性のもとに簡易に表皮幹細胞をはじめとする上皮幹細胞の分化誘導を行うための方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施例1における、初代培養時に2%自家多血小板血漿含有DME培地を用いた場合のディッシュの底面への表皮幹細胞の接着性の程度を示す写真(a)と、Rheinwald&Green法による表皮幹細胞の接着性の程度を示す写真(b)である。
【図2】同、2%自家多血小板血漿含有DME培地を用いて表皮幹細胞の分化誘導を行った結果を示す写真(a)と、Rheinwald&Green法に従って培養した結果を示す写真(b)である。
【図3】同、2%自家多血小板血漿含有DME培地を用いて分化誘導を行った細胞の写真(a)と、Rheinwald&Green法によって分化した細胞の写真(b)と、分化しなかった細胞の写真(c)である。
【図4】実施例2における、同種多血小板血漿を無血清培地に添加して初代培養を行った場合の表皮幹細胞の培養効率を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多血小板血漿を添加した無血清培地中で上皮幹細胞を培養することを特徴とする上皮幹細胞の分化誘導方法。
【請求項2】
上皮幹細胞が表皮幹細胞であることを特徴とする請求項1記載の分化誘導方法。
【請求項3】
培養容器での初代培養時の培地として多血小板血漿を添加した無血清培地を用いることを特徴とする請求項1または2記載の分化誘導方法。
【請求項4】
多血小板血漿を添加した無血清培地中で表皮幹細胞を培養することを特徴とする表皮シートの作製方法。
【請求項5】
多血小板血漿を添加した無血清培地を用いることを特徴とする初代培養時における培養容器への上皮幹細胞の接着性付与方法。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−228629(P2008−228629A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−71252(P2007−71252)
【出願日】平成19年3月19日(2007.3.19)
【出願人】(507089090)
【Fターム(参考)】