説明

両性イオン性高分子混合繊維状吸着材

【課題】 広範囲な試料中の極性化合物および金属元素を吸着可能で、多種多彩な使用目的に対応可能な汎用性の高い繊維状吸着材を提供する。
【解決手段】 極性化合物や金属に対して親和性の高い官能基としてアミノ基あるいは環状イミノ基、及びカルボキシル基を分子内に有する水溶性の両性イオン性高分子を繊維原料溶液に混合し、湿式紡糸法により混合紡糸をして得られる、多種多彩な使用目的に対応可能な、高い吸着特性を示す極性化合物や金属吸着用の繊維状の吸着材を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機化合物や金属などの吸着除去を行うための吸着材において、環境、食品、工業製品などの試料中から吸着除去対象物である極性化合物や金属を吸着除去するための繊維状吸着材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、数万〜10万種類にも及ぶとされる化学物質が年間数億トンもの規模で生産されているが、これらによる環境汚染と共に、ヒトや生態系への悪影響も懸念されている。化学物質の中には、環境中で分解されにくく、生物体内に蓄積しやすく、ヒトに有害な影響を及ぼすおそれがあるものがある。例えば、主に殺虫剤として使用されていたDDT、ドリン剤、クロルデン類などの塩素系農薬、電気機器類の絶縁油や工業用熱媒体として広く使われていたPCBsなどは、その毒性は勿論であるが環境での難分解性からPOPs(Persistent Organic Pollutants:残留性有機汚染物質)としてその製造および使用が禁止されている。これらの化学物質の環境中における初期濃度は低いが、長期にわたり環境中に滞留している間に、固体物質の表面や、生体内濃縮などによって高濃度化し、生態系に重篤な影響を与える恐れがある。このような問題から、近年においては、生分解性が高く、蓄積性の低い化合物への置き換えが行われており、農薬では蓄積性が低いとされる親水性のものが多用されるようになってきている。
【0003】
化学物質の除去には溶媒抽出や共沈などの種々の方法が用いられているが、操作性や環境負荷を考慮すると、固体の吸着材を用いるのが有利である。有機化合物の吸着除去には、古くから活性炭やポリスチレンゲルなどの吸着材が使用されてきた。これらの吸着材は高い疎水性を示し、多くの有機化合物を吸着することが可能である。特に、疎水性の高い芳香族有機化合物はこれらの吸着材と親和性が高く、水試料中からほぼ完全に除去することが可能である。しかしながら、これらの吸着材では疎水性相互作用に基づき有機化合物の吸着を行うため、親水基を有する極性化合物に対する吸着能力は低く、極性化合物の吸着材としては必ずしも有効であるとはいえない。
【0004】
極性化合物の吸着材としては、古くから、活性白土、ゼオライト、シリカゲル、アルミナなどが知られている。これらは、油脂製品や非水系溶媒中に存在する極性化合物の吸着除去に有効であり、食品や化学製品の精製などに使用されている。しかしながら、水や極性溶媒中では溶媒そのものが吸着するため、極性化合物に対する吸着能は極度に低下してしまうという問題がある。
【0005】
近年、極性化合物の分離分析手法として親水性相互作用液体クロマトグラフィー(Hydrophilic−Interaction Liquid Chromatography:HILIC)が注目を浴びている(非特許文献1)。この分離系は親水性の官能基を有する極性固定相とアセトニトリル−水混合溶媒などの極性移動相とにより構成され、極性固定相への溶質の親和性を利用して極性化合物の相互分離を行うものである。この分離機構は親水性相互作用(Hydrophilic−Interaction)と呼ばれており、吸着材の親水基に基づく極性や水素結合などの相互作用や、吸着材に保持された水相への分配などの複合的な相互作用である。この親水性相互作用を利用できれば、疎水性吸着材では困難な極性化合物の吸着・除去が容易となる。親水性相互作用に用いられる吸着材としては、アミノ基、アミド基、ジオール基などを結合したシリカゲルが知られているが、これらの極性化合物に対する本質的な親和性は必ずしも高くはない。極性化合物に対する親和性を高める手段として、Zwitter−ion(ツビッターイオン:分子内に酸性基と塩基性基の両方を含む両性電解質)性分子を結合させた両性イオン交換型の吸着材が特許文献1に開示されている。この吸着材を用いることで、穏和な条件でタンパク質やペプチドを高い回収率で分離することが可能であるとされている。
【0006】
特許文献1と同様のZwitter−ion性分子であるスルホベタイン基を導入した吸着材を用いて固相抽出法により水溶性の高い極性化合物の抽出を行った報告もある(非特許文献2、非特許文献3)。この報告において、被検化合物である極性化合物は極性有機溶媒に溶解された後、この吸着材が充填された固相抽出カートリッジに負荷され、この吸着材に吸着される。吸着された極性化合物は、水または塩水溶液により速やかに溶出され、高い回収率を得ることができるとされる。この報告によれば、アンチカオトロピック性(水の構造を安定化させる力)の第四級アンモニウム基とスルホ基を分子内にもつスルホベタイン基の高い水和力によって吸着材表面に水和層が形成され、この水和層に効率的に極性化合物が抽出されることとなる。この文献では、親水性相互作用を発現するとされる市販の固相抽出剤との比較において、スルホベタイン型固相抽出剤は種々の極性化合物に対して最も高い回収率を示すとしている。このように、親水性相互作用は、極性化合物の吸着・除去には簡便かつ効率のよい手段であると共に、溶出液に水または塩水溶液を用いるという環境負荷も少ない方法である。しかしながら、両性イオンは分子内で自己中和しているとされるものの、実際の使用条件下ではイオン性官能基に対イオンが結合してしまい正または負の荷電を帯びてしまうと考えられる。そのため、非特許文献2や非特許文献3のような第四級アンモニウム基とスルホ基を有するZwitter−ion性分子を用いる場合には、強いイオン交換相互作用が発現すると考えられる。実際、非特許文献2に示されている結果では、イオン性を有する化合物が特徴的な保持をしており、イオン交換相互作用またはイオン排除相互作用が加味された相互作用により抽出分離が行われていると判断される。
【0007】
両性イオン交換体に関しては、前記親水性相互作用型吸着材の他にも既に幾つかの開示がある。特許文献2および特許文献3には、膜形成ポリマーに両性イオン交換体粉末を混合後、キャスティングなどの方法により成膜するという、両性イオン交換膜の製造方法が開示されている。本両性イオン交換膜の用途は透析や脱塩を主としたものであるため、膜形成ポリマーとしては、非水溶性の耐薬品性の高いポリスルホン、アクリル、ポリアミド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリウレタン、フッ素樹脂、シリコーン樹脂などを用いるとしている。親水性相互作用を吸着機構として用いるには、高い含水率・保水率の吸着材が必要となるため、母材自身の親水性・保水性も重要となる。しかしながら、これらの膜形成ポリマーの親水性は決して高くはなく、特許文献2の両性イオン交換繊維を混合した両性イオン交換膜の含水率は39%程度、特許文献3の無機両性イオン交換体を混合した両性イオン交換膜では30%以下と決して高いものではない。
【0008】
特許文献4には、陰イオン性グラフトポリマーと陽イオン性グラフトポリマーを混合溶解後、キャスティングなどの方法により成膜するという、両性イオン交換膜の製造方法が開示されている。本両性イオン交換体の用途もイオン透過膜、機能性分離膜などであり、水への溶解を防ぐために陰イオンポリマーまたは陽イオンポリマーの合成時に疎水性モノマーを混合している。特許文献4では、含水率相当の物性値を膨潤度として表記しているが、酸性溶液中では100〜150%、アルカリ溶液中では200〜350%と多くの水を含むことができるとされている。しかしながら、pH6では35%以下であり、中性領域で親水性相互作用を発現させることが難しい。特許文献4では官能基が両性イオン交換体ではないため、陰イオンポリマーまたは陽イオンポリマーそれぞれのイオン化が促進されるpH領域でのみ高い含水率を示したものと考えられる。
【0009】
一方、繊維状の両性イオン交換体の開示もある。特許文献5には、陽イオン交換体微粒子をポリビニルアルコールと混合紡糸した後、アセタール化し、その後アミノ化して陰イオン交換基を導入するという両イオン交換繊維の製造方法が開示されている。この方法により得られる繊維の含水率に関しては開示されていないが、繊維母材がポリビニルアルコールであるため比較的高い値を示すものと推定される。しかしながら、陰イオン交換基と陽イオン交換基が同一分子内に存在しているものではないため、前記特許文献4の両性イオン交換膜と同様に、含水率のpH依存性が極端に大きいものと推定される。
【0010】
Zwitter−ion性分子を官能基として導入した両性イオン交換体に関する開示としては、特許文献1の他に特許文献6がある。特許文献6にはクロロメチル化した架橋ポリスチレンゲルにN,N−ジメチルベタインを導入した両性イオン交換樹脂の製造方法および無機塩類の分離法が開示されている。この開示においても基材樹脂は撥水性のポリスチレンであるため、含水率は40%と低く、親水性相互作用を発現することは困難である。また、陰イオン交換基は第四級アンモニウム基であるため、陰イオン交換性は高いものと推定される。しかし、陽イオン交換基はカルボン酸型であるため、先述のスルホベタイン型のスルホ基に比べ陽イオン交換性を低く抑えることができるという利点をもっている。
【0011】
ところで、有害化学物質の吸着除去においては、有害重金属もその対象となる。金属の吸着に両性イオン交換体を用いる利点としては、金属陽イオンは陽イオン交換相互作用によって、陰イオンとして存在する金属オキソ酸は陰イオン交換相互作用によって吸着可能となると考えられる。従って、上述したような両性イオン交換体は重金属の吸着にも利用可能である。しかし、一般的な被処理溶液中には高濃度の塩類や有機物が含まれており、イオン交換相互作用による重金属除去が困難な場合も多く、上述のような両性イオン交換体での重金属除去は難しいものと推定される。このような夾雑物を多く含む溶液中の重金属処理には、キレート樹脂を利用した技術が開示(特許文献7ないし特許文献9)されており、単なる両性イオン交換体ではなく、キレート形成能を付与した吸着材が必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特許公表2002−529714号公報
【特許文献2】特許公開2008−264704号公報
【特許文献3】特許公開2008−221101号公報
【特許文献4】特許公開平6―145464号公報
【特許文献5】特許公開2001−181965号公報
【特許文献6】特許公開平7−3485号公報
【特許文献7】特開2001−70989号公報
【特許文献8】特開2001−9481号公報
【特許文献9】特開2005−238181号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】A.J. Alpert:Journal of Chromatography,vol.499,p.177 (1990).
【非特許文献2】T. Tsukamoto,A. Yamamoto,W. Kamichatani and Y. Inoue:Chromatographia,vol.70,p.1525 (2009)
【非特許文献3】T. Tsukamoto,M. Yasuma,A. Yamamoto,K. Hirayama,T. Kihou,S. Kodama and Y. Inoue:Journal of Separation Science,vol.32,p.3591 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、上記の問題点を鑑みてなされたもので、環境、食品、工業製品などの夾雑成分を多量に含む試料中の極性化合物や重金属類の吸着除去において使用される、親水性相互作用とキレート形成能とを発現する繊維状吸着材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の発明者が鋭意研究を行った結果、分子内に側鎖にアルキレン基を介して結合したアミノ基、あるいは環状のイミノ基、およびカルボキシル基を多数有する水溶性の両性イオン性高分子を親水性の高い繊維原料に混合し、湿式紡糸法により混合紡糸することにより、親水性相互作用によって極性化合物を効率よく吸着でき、かつキレート形成能により重金属を吸着することが可能な繊維状の吸着材が得られることを見いだした。
【0016】
本発明において、親水性の高い繊維原料に混合される、前記水溶性の両性イオン性高分子は、アリルアミン−マレイン酸共重合体またはジアリルアミン−マレイン酸共重合体が最も好ましい。
【0017】
本発明において、前記水溶性の両性イオン性高分子が混合される親水性の高い繊維原料は、セルロースまたはポリビニルアルコールである。
【0018】
本発明においては、両性イオン性高分子が混合された繊維状の吸着材は、(a)前記水溶性の両性イオン性高分子を準備する、(b)前記水溶性の両性イオン性高分子を繊維原料に混合する、(c)両性イオン性高分子混合繊維原料を湿式紡糸法により混合紡糸する、という工程により製造される。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、分子内にアミノ基あるいはイミノ基と共にカルボキシル基を多数有する水溶性の両性イオン性高分子を親水性の繊維原料に混合後、湿式紡糸法により混合紡糸することにより、極性化合物および重金属の吸着に適した繊維状の吸着材を容易に得ることが可能である。本発明の吸着材は、極性有機溶媒を用いた環境や食品などの試料の予備抽出液から親水性相互作用によって極性化合物を吸着することが可能であると共に、錯形成能も同時に発現するため、環境や食品などの試料中の極性化合物と重金属の吸着除去に好適な吸着材となりうる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、本発明の繊維状吸着材を充填した評価用カートリッジの構成を示す。
【図2】図2は、本発明の繊維状吸着材、レーヨン繊維および比較例のスルホベタイン型吸着材における極性化合物の吸着回収率を比較したグラフを示すものである。
【図3】図3は、本発明の繊維状吸着材における金属元素の吸着特性を示したグラフを示すものである。さらに各図3aないし図3lは以下のとおりである。
【図3a】図3aは、本発明の繊維状吸着材におけるカルシウム(Ca)の吸着特性を示したグラフを示すものである。
【図3b】図3bは、本発明の繊維状吸着材におけるカドミウム(Cd)の吸着特性を示したグラフを示すものである。
【図3c】図3cは、本発明の繊維状吸着材におけるコバルト(Co)の吸着特性を示したグラフを示すものである。
【図3d】図3dは、本発明の繊維状吸着材における三価クロム(Cr)の吸着特性を示したグラフを示すものである。
【図3e】図3eは、本発明の繊維状吸着材における銅(Cu)の吸着特性を示したグラフを示すものである。
【図3f】図3fは、本発明の繊維状吸着材における鉄(Fe)の吸着特性を示したグラフを示すものである。
【図3g】図3gは、本発明の繊維状吸着材におけるマンガン(Mn)の吸着特性を示したグラフを示すものである。
【図3h】図3hは、本発明の繊維状吸着材におけるモリブデン(Mo)の吸着特性を示したグラフを示すものである。
【図3i】図3iは、本発明の繊維状吸着材におけるニッケル(Ni)の吸着特性を示したグラフを示すものである。
【図3j】図3jは、本発明の繊維状吸着材における鉛(Pb)の吸着特性を示したグラフを示すものである。
【図3k】図3kは、本発明の繊維状吸着材におけるチタン(Ti)の吸着特性を示したグラフを示すものである。
【図3l】図3lは、本発明の繊維状吸着材における亜鉛(Zn)の吸着特性を示したグラフを示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明では、水溶性の両性イオン性高分子として分子内に側鎖としてアルキレン基を介して結合したアミノ基、あるいは環状のイミノ基、およびカルボキシル基を多数有する水溶性の両性イオン性高分子を親水性の高い繊維原料に混合し、湿式紡糸法により混合紡糸することにより、極性化合物と重金属の吸着に適した繊維状の吸着材を製造する。
【0022】
本発明において繊維原料に混合される水溶性の両性イオン性高分子は、高分子中にアミノ基あるいは環状のイミノ基とカルボキシル基を有する両性イオン性高分子である。アミノ基あるいはイミノ基は陰イオン交換性の官能基であり、カルボキシル基は陽イオン交換性の官能基である。これら陰イオン性官能基および陽イオン性官能基の水和能(主として水分子の電気双極子と溶質粒子の電荷との静電気的作用および水素結合により水分子を引きつける力)により吸着材表面に水和層を形成させて親水性相互作用を発現させる。陰イオン性官能基または陽イオン性官能基としては、第四級アンモニウム基ならびにスルホ基を用いても水和層を形成させることができる。水和層の形成という点だけに着目すれば、第四級アンモニウム基ならびにスルホ基を用いるほうが有利ではあるが、これらはイオン性が高くイオン交換相互作用が強く発現してしまう。イオン性化合物の過剰吸着による吸着特性の変化を抑えるためには、弱イオン性のアミノ基あるいはイミノ基、カルボキシル基を用いる必要がある。これらの弱イオン性の官能基としては多様な形態のものが存在しうるが、本発明におけるアミノ基は高分子主鎖にアルキレン鎖を介して結合したアミノ基であることが好ましい。また、本発明におけるイミノ基は、ポリエチレンイミンのような主鎖中に存在するものではなく、環状のイミノ基構造をもつものである。さらに、この環状のイミノ基は、高分子の主鎖にアルキレン基を介して結合したものでもよいし、式(2)に示すような構造の環状イミノ基の一部が高分子の主鎖を形成していてもよい。一方、カルボキシル基は主鎖に直結したものでも、アルキレン基を介して結合したものでもよい。
【0023】
高分子中にアルキレン基を介して結合したアミノ基、あるいは環状のイミノ基と共にカルボキシル基を有する水溶性の両性イオン性高分子は、このような形態のアミノ基あるいはイミノ基を有するあるいは後処理によりこのような形態のアミノ基あるいはイミノ基を導入可能なモノマーと、カルボキシル基を有するあるいは後処理によりカルボキシル基を導入可能なモノマーとの共重合により合成される。本発明の目的である親水性相互作用を発現させるためには、得られる共重合体のアミノ基あるいはイミノ基とカルボキシル基がZwitter−ion性分子のように近傍に配置されていることが好ましい。つまり、ブロック共重合体やグラフト共重合体ではなく、ランダム共重合体、理想的には交互共重合体であることが好ましい。
【0024】
上記のような形態をもつ、アミノ基とカルボキシル基とを有する両性イオン性高分子の一つの形態としては、アミノアルキル(メタ)アクリレートあるいはアミノアルキルアクリルアミドと(メタ)アクリル酸との共重合により得ることができる。この場合、(メタ)アクリル酸の代わりに(メタ)アクリル酸のアルキルエステルを用いて得られる共重合体のアルキルエステル部分を加水分解することにより同様の両性イオン性高分子を得ることもできる。また、アミノアルキル(メタ)アクリレートあるいはアミノアルキルアクリルアミドの代わりに、グリシジル(メタ)アクリレートと(メタ)アクリル酸との共重合体のグリシジル基にアンモニアを反応させたものも使用することが可能である。この場合にも、(メタ)アクリル酸の代わりに(メタ)アクリル酸のアルキルエステルを用いることが可能であるが、アンモニアとの反応後に、アルキルエステル部分を加水分解することにより本発明において使用可能な両性イオン性高分子を得ることができる。アミノアルキル(メタ)アクリレートあるいはアミノアルキルアクリルアミドとしては、アミノエチルアクリレート、アミノエチルメタクリレート、アミノプロピルアクリルアミドなどがあげられる。また、(メタ)アクリル酸のアルキルエステルとしては、メチルメタクリレート、メチルアクリレート、エチルメタクリレート、エチルアクリレートなどがあげられる。一方、環状のイミノ基とカルボキシル基とを有する水溶性の両性イオン性高分子としては、上記アミノアルキル(メタ)アクリレートあるいはアミノアルキルアクリルアミドの代わりに、ピロリジル基、ピペリジル基、ピペラジル基などをエステル部にもつ(メタ)アクリル酸系モノマーを用いれば得ることが可能である。当然のことであるが、(メタ)アクリル酸系モノマーの代わりに(メタ)アリル系モノマーを用いても同様の両性イオン性高分子を得ることも可能である。一般に、これらの共重合体はランダム共重合体であるが、より好ましい形態である交互共重合体とするためには、カルボキシル基生成のためのモノマーとして無水マレイン酸を用いるのがよい。アミノ基あるいはイミノ基を有するモノマーとしては上述のモノマーを用い、無水マレイン酸と共重合させた後、無水マレイン酸を加水分解してジカルボン酸とすればよい。
【0025】
本発明における高分子中にアルキレン基を介して結合したアミノ基、あるいは環状のイミノ基と共にカルボキシル基を有する水溶性の両性イオン性高分子としては、交互共重合であること、水溶性、さらには入手の容易さを考えると、下記式(1)に示されるアリルアミン−マレイン酸共重合体または下記式(2)に示されるジアリルアミン−マレイン酸共重合体を用いるのが好ましい。なお、本発明においては、これら共重合体単独または混合して使用してもよい。
【0026】
【化1】



(ここで、nおよびmは正の整数を示す。)
【0027】
【化2】




(ここで、nおよびmは正の整数を示す。)
【0028】
これらの両性イオン性高分子は、例えば、ジアリルアミンまたはアリルアミンと無水マレイン酸との共重合により得られる共重合体を加水分解することにより得ることができる。ジアリルアミンまたはアリルアミンと無水マレイン酸との組成比(式(1)および式(2)におけるn:m)は交互共重合型高分子であるためおおむね1:1である。これらの両性イオン性高分子の分子量を正確に求めることは難しいが、本発明においてはおおよその平均分子量として5,000〜100,000のものが用いられる。これらの両性イオン性高分子は水溶性であり、それぞれのイオン性基の周りに多数の水分子が水和することによって高い保水性を示す。親水性相互作用においては両性イオン性高分子のイオン性基も極性化合物の抽出に有効に寄与することができるが、イオン交換相互作用またはイオン排除相互作用が強く発現することは好ましくはない。そのため、弱陽イオン性および弱陰イオン性の官能基を有する上記式(1)または上記式(2)の両性イオン性高分子を用いることが好ましい。
【0029】
本発明において、両性イオン性高分子が混合された繊維状の吸着材は、前記水溶性の両性イオン性高分子を繊維原料溶液に混合後、湿式紡糸法により混合紡糸して得られる。本発明においては、親水性相互作用を明確に発現させるため、前記水溶性の両性イオン性高分子を混合する繊維母材にも親水性を示すものが使用される。高い親水性を示す繊維母材としては、セルロース(レーヨン)、ポリビニルアルコール(ビニロン)があげられる。これらの繊維母材は高い保水性を有しており、この高い保水性は親水性相互作用の起源となる水和層の形成に貢献することができる。また、これらの繊維は湿式混合紡糸によって製造することが可能であるということも本発明において有効である。前記水溶性の両性イオン性高分子の合成においては、カルボキシル基生成のために加水分解操作を行う必要がある。つまり、水溶性の両性イオン性高分子は水溶液として得られるため、煩雑な脱水操作を行うことなく、湿式紡糸用の繊維原料溶液に混合するだけで容易に混合紡糸が可能となる。
【0030】
本発明の繊維状吸着材は、セルロースあるいはポリビニルアルコールと湿式紡糸法により混合紡糸される。これら繊維との湿式混合紡糸は公知の方法により行うことが可能である。公知のビスコース法を用いてセルロースと混合紡糸する手順を次に示す。すなわち、(i)水溶性の両性イオン性高分子を準備する、(ii)公知の方法により製造されたセルロースビスコースを準備する、(iii)水溶性の両性イオン性高分子とセルロースビスコースとを混合する、(iv)この混合溶液を紡糸ノズルから押し出し、(v)希硫酸を主剤とした凝固浴中で再生させる、(vi)紡糸された繊維を洗浄・乾燥させるという工程により製造される。湿式混合紡糸においては再生条件が問題となるが、公知の再生条件で混合紡糸することが可能である。すなわち、水溶性の両性イオン性高分子混合セルロースビスコースを、紡糸ノズルから、硫酸80〜120g/Lおよび硫酸ソーダ50〜360g/Lを主成分として含有する凝固液(液温40〜50oC)中に押し出せばよい。ビスコース法以外のセルロースの製造方法、例えば、銅アンモニア法によっても同様の繊維状吸着材を得ることも可能であるが、セルロース中に混合される両性イオン性高分子に銅が吸着されてしまうという問題が生じる。銅が吸着してしまうと、増粘・凝集が生じて紡糸性が低下するだけでなく、紡糸後に銅を除去するための更なる洗浄工程が必要となる。従って、本発明の繊維状吸着材の製造においてはビスコース法を用いることが好ましい。
【0031】
水溶性の両性イオン性高分子は粉体として紡糸工程で投入することも可能であるが、水溶性の両性イオン性高分子合成工程や繊維原料溶液への溶解性、さらには紡糸工程の作業性から、水溶液として繊維原料溶液に混合するのが好ましい。水溶液中における水溶性の両性イオン性高分子の濃度は、特に規定されるものではないが、紡糸工程を考慮すると5〜50重量%のものが用いられる。水溶性の両性イオン性高分子溶液の添加方法としては、従来公知の任意の方法を採用しうるが、水系溶液をインジェクションポンプによって、定量的且つ連続的に添加するのが好ましい。
【0032】
本発明において繊維原料溶液に混合される両性イオン性高分子の比率は、繊維母材に対して2〜40重量%であることが望ましい。混合比率が低い場合には吸着能が低くなるため、吸着材としては適さない。混合比率が高い場合には、理論上吸着量の高い繊維が得られるが、繊維原料溶液に混合時に繊維原料の増粘・凝集が生じる、繊維の再生が不十分な繊維となる、などの問題が生じる恐れがある。したがって、少なくとも上記の範囲で混合する必要があり、好ましくは5〜30重量%の混合比率で混合される。
【0033】
本発明に係わる繊維状吸着材の形状には格別の制限はなく、長繊維のモノフィラメント、マルチフィラメント、短繊維の紡績糸でもよいが、単繊維径に関しては1〜50μm、好ましくは5〜30μmであるほうが被処理溶液との接触効率を向上させることができる。このような繊維状の吸着材を使用すれば、長繊維または紡績糸状の吸着材を適切な密度に充填した充填塔に被処理溶液を通液させる、あるいは、被処理溶液に短繊維状の吸着材を添加・攪拌して濾過処理を行うという簡単な方法で、迅速に吸着除去を行うことができる。当然のことであるが、本発明の繊維は、織布、編物、不織布などの布帛に加工することが容易であるため、これらの布帛を利用した多種多彩な形状の吸着材を製造することができる。また、混合紡糸後、乾燥工程を経ずに、3〜20mmに裁断した湿潤した短繊維とし、必要に応じて、パルプおよび適切なバインダと混合後、公知の抄紙法によって抄紙すれば、吸着能をもつた紙状の吸着材フィルタを作成することも可能である。
つぎに実施例によって本発明を説明するが、この実施例によって本発明を何ら限定するものではない。
【実施例】
【0034】
(1) 両性イオン性高分子混合繊維状吸着材の製造
ジアリルアミン−マレイン酸共重合体(日東紡績社製PAS−410C、濃度40%)100mLを、公知の方法により得られたセルロースビスコース(セルロース濃度:9%、アルカリ濃度:4.5%、粘度:50秒[落球法])5,000mL中に溶解した。均一に混合後、減圧脱泡し、公知のビスコース繊維の製造方法に準じた湿式紡糸法によって両性イオン性高分子混合繊維を製造した。この時の再生凝固浴の組成は、硫酸:90g/L、硫酸亜鉛:12g/L、硫酸ナトリウム:350g/Lとした。また、紡糸条件は、紡速:60m/sec、延伸:60%とした。このようにして、2.0dtexの繊維を得た。得られた繊維は、裁断して長さ51mmの短繊維とした。混合された両性イオン性高分子の量を求めるため、Perkin Elmer 2400 Series II CHNS/O Elemental Analyzerで測定したところ、窒素量は0.43N%であった。
【0035】
(2) 両性イオン性高分子混合繊維状吸着材の不織布化
前記(1)で得たジアリルアミン−マレイン酸共重合体混合繊維500gをローラーカード機(大和機工製、SC−360D)に通して開繊した。ついで、このウエッブをニードルパンチ機(大和機工製、NL380)に通して交絡して、目付量1440g/m、厚さ約10mmの不織布とした。
【比較例】
【0036】
スルホベタイン型吸着材の合成
比較例として、非特許文献2および非特許文献3に記載のスルホベタイン型吸着材を合成した。合成方法は非特許文献2および非特許文献3を参考に行った。すなわち、グリシジルメタクリレート50g、N,N−ジメチルアクリルアミド10g、エチレンジメタクリレート40g、酢酸ブチル40g、2−メチルブタノール60gの混合溶液に2,2’−アゾビスイソブチロニトリル1gを溶解した混合溶液を、0.2%ポリビニルアルコール(重合度500)水溶液1、000mL中に加え、攪拌機を用いて攪拌羽根を250rpmで回転させ、油層を分散した。その後、分散液(懸濁液)を加温し、70℃で7時間重合反応を行った。生成した共重合体粒子を濾取し、水、メタノールの順で洗浄した。一日風乾後、分級を行い、45〜90μmの親水性基材樹脂35gを得た。この親水性基材樹脂の平均粒子径をBeckman Coulter Multisizer 3 Coulter Counterで測定したところ、平均粒子径は64μmであった。また、比表面積と平均細孔径をBeckman Coulter SA3100 Surface Area Analyzerで測定したところ、比表面積は84m/g、平均細孔径は15.6nmであった。ついで、2−ブロモエタンスルホン酸ナトリウムの10重量%水溶液100mLに30%ジメチルアミン水溶液15mLを加え、室温で20時間反応させた。その後、陽イオン交換樹脂(Dowex AG50−X4、Bio−Rad Laboratories)および陰イオン交換樹脂(Dowex AG1−X8、Bio−Rad Laboratories)を充填したクロマト管に通液し、過剰のジメチルアミンなどの不純物を除去し、N,N−ジメチルエタンスルホン酸水溶液を得た。その後、再結晶により得られた結晶を40℃の真空乾燥機中で乾燥させた。親水性基材樹脂を0.1Mの塩酸でクロロヒドリン型に変換した親水性基材樹脂1gに、上記方法により得られたN,N−ジメチルエタンスルホン酸1.5gおよび水酸化ナトリウム水溶液(pH12.5)20mLを加え、40℃で7時間攪拌しながら反応させた。反応終了後、水、メタノールの順で洗浄し、乾燥させ、比較対象のスルホベタイン型吸着材を得た。
【評価試験1】
【0037】
保水量の評価
前記実施例(2)で得られた両性イオン性高分子混合繊維状吸着材の不織布を50oCの真空乾燥機内で10時間乾燥後、直径13mmの円筒状に打ち抜き、内径12.7mmの注射筒型固相抽出用カートリッジに図1に示すように1枚を充填し、評価用カートリッジとした。評価用カートリッジに0.1M NaOH 3mLを通液した後、中性になるまで純水を通液し、さらに純水10mLで満たし1時間静置し、十分に保水させた。カートリッジを減圧マニュホールドで10分間吸引し、過剰な水分を落とし、重量を測定した。さらに、その評価用カートリッジにアセトニトリル3mLを5mL/minで通液した後、10分間吸引を継続し、重量を測定した。それらの評価用カートリッジを50℃、15時間真空乾燥させた後計量し、純水およびアセトニトリルを通液させたときの重量との差より保水量を求めた。保水量の比較として、実施例(2)と同様の方法で不織布としたレギュラーレーヨン(オーミケンシ社製、商品名:ホープ、1.7dtex)、および比較例のスルホベタイン型吸着材、さらに強陽イオン交換樹脂(Bio−Rad Laboratories、AG50W−X8、200〜400mesh)と強陰イオン交換樹脂(Bio−Rad Laboratories、AG 1−X8、200〜400mesh)を用いた。尚、比較例のスルホベタイン型樹脂、強陽イオン交換樹脂および強陰イオン交換樹脂の評価用カートリッジへの充填量は0.25gとした。評価結果を表1に示す。水含浸後の保水量の比較において、本発明の両性イオン性高分子混合繊維は非常に高い保水性を示した。本試験においてアセトニトリル通液を行っているが、アセトニトリルを通液することにより過剰の水を洗い出すと共に、水溶性の高いアセトニトリルによって水の構造を破壊するためである。したがって、アセトニトリル通液後の値は、吸着材に強固に水和している水の量を示していると考えられる。ただし、陰イオン交換樹脂および陽イオン交換樹脂の基材樹脂はポリスチレンゲルであるため、本評価試験の10分間吸引ではアセトニトリルを完全に除去できていない可能性がある。そのため、湿潤重量が大きくなり、保水量が高くなっている恐れがある。このような可能性があるにもかかわらず、アセトニトリル通液後の値は、本発明の両性イオン性高分子混合繊維が最も高い値を示している。これらの結果から、本発明の両性イオン性高分子混合繊維は保水性が高く、親水性相互作用の発現に有効な吸着材であることが判った。
【0038】
【表1】



【評価試験2】
【0039】
固相抽出法による金属吸着量の評価
前記実施例(2)で得られた両性イオン性高分子混合繊維不織布を60oCの真空乾燥機内で3時間乾燥後、評価試験1と同様に内径12.7mmの注射筒型固相抽出用カートリッジに図1に示すように1枚を充填し、評価用カートリッジとした。この評価用カートリッジに、アセトニトリル、純水、3M硝酸、純水および0.1M酢酸アンモニウム緩衝液(pH5)の順で、それぞれ10mLずつ通液して、充填された両性イオン性高分子混合繊維不織布のコンディショニングを行った。その後、0.01M酢酸アンモニウム緩衝液(pH5)で調整された0.01M硫酸銅溶液3mLをゆっくり通液し、充填された両性イオン性高分子混合繊維不織布を銅で飽和させた。その後、純水10mL、0.005Mの硝酸5mLで過剰の銅を洗浄後、両性イオン性高分子混合繊維不織布に吸着された銅を3M硝酸3mLで溶出させた。溶出液を10mLに定容後、吸光光度計で805nmにおける銅の吸光度を測定し、両性イオン性高分子混合繊維不織布における銅吸着量を求めた。その結果、銅の吸着量は、0.29mmol Cu/gであり、十分な吸着能をもつことが判った。ついで、同様にコンディショニングした評価用カートリッジに0.01M酢酸アンモニウム緩衝液(pH5)/メタノール=1/4で調整された0.002M硫酸銅溶液10mLをゆっくり通液して、同様の金属吸着量評価を行った。その結果、銅の吸着量は、0.28mmol Cu/gであり、メタノール共存下でも十分な吸着能をもつことが判った。
【評価試験3】
【0040】
固相抽出法による極性化合物の抽出回収率比較試験
前記実施例(2)で得られた両性イオン性高分子混合繊維不織布を、評価試験1と同様の固相抽出用カートリッジに充填し、評価用カートリッジとした。同様に、評価試験1のレギュラーレーヨン不織布と比較例により合成したスルホベタイン型吸着材も同様の方法で評価用カートリッジとした。この評価用カートリッジに、アセトニトリル10mL、純水20mL、アセトニトリル−水(9:1)10mLを順に通液して、カートリッジのコンディショニングを行った。その後、表2に示す被検化合物をアセトニトリル−水(9:1)で溶解した溶液(濃度:各1ppm)10mLを通液し、被検化合物を各吸着材で抽出した。表2において、log Po/wはオクタノール/水分配係数であり、この値が小さいものほど水に分配しやすい化合物であることを意味する。その後、アセトニトリル5mLで洗浄後、純水10mLを用いて各吸着材に抽出された被検化合物を溶出させた。各溶出液を、紫外可視分光光度計を用いて測定し、得られた吸光度と吸着処理を行わない被検試料標準溶液の吸光度から、各吸着材における抽出回収率を求めた。表2は、被検化合物とその溶解度と水−オクタノール分配比(log Po/w)を示す。また、被検化合物の化学構造を式3−式9に示す。
【0041】
【表2】



【0042】
【化3】



【0043】
【化4】



【0044】
【化5】



【0045】
【化6】



【0046】
【化7】



【0047】
【化8】



【0048】
【化9】



【0049】
3種の吸着材における抽出回収率を図2に示す。図2で明白なように、本発明の両性イオン性高分子混合繊維不織布ではすべての化合物に対して90%以上の回収率を示したが、レギュラーレーヨンの回収率は低く、すべての化合物で50%を超えることはなかった。このことからも、両性イオン性高分子を混合させることで親水性相互作用を明確に発現させることができ、極性化合物を高度に抽出回収できることが判った。また、非特許文献2において明確な親水性相互作用を発現するとされている比較例のスルホベタイン型吸着材では、ウラシル、アデノシン、ウリジン、アセフェートに対して高い選択性を示したが、配糖体であるサリシンおよびアルブチンに対する選択性は低く、本発明の両性イオン性高分子混合繊維不織布に比べてかなり低い回収率となった。このことからも、本発明の両性イオン性高分子混合繊維状吸着材が明確な親水性相互作用を発現していることが判る。
【評価試験4】
【0050】
オクタン中の極性化合物の吸着特性の評価
実施例(2)で得られた両性イオン性高分子混合繊維不織布を、評価試験1と同様の固相抽出用カートリッジに充填し、評価用カートリッジとした。この評価用カートリッジを用いてオクタン中に添加した極性化合物の吸着率を調べた。この評価用カートリッジに、アセトニトリル10mL、純水20mL、アセトン10mLを順に通液して、カートリッジのコンディショニングを行った。コンディショニング後の評価カートリッジをアスピレータで20分間吸引し、不織布に残ったアセトンを除去した。その後、カテコール、安息香酸およびベンジルアミンのオクタン溶液(濃度:各1ppm)10mLを通液し、被検化合物を各吸着材で抽出した。元のオクタン溶液と不織布通過液を、紫外可視分光光度計を用いて測定し、その吸光度差から吸着率を求めた。カテコール、安息香酸およびベンジルアミンの測定波長は、それぞれ280nm、230nmおよび280nmとした。各極性化合物(カテコール、安息香酸およびベンジルアミン)の吸着率は、それぞれ92.2%、97.9%および97.2%となり、本発明の両性イオン性高分子混合繊維状吸着材は無極性溶媒中の極性化合物の吸着除去にも利用可能であることが判った。
【評価試験5】
【0051】
金属吸着特性の評価
実施例(2)で得られた両性イオン性高分子混合繊維不織布を、評価試験1と同様の固相抽出用カートリッジに充填し、評価用カートリッジとした。この評価用カートリッジを用いて種々のpHにおける金属の吸着特性を調べた。評価用カートリッジは、評価試験2と同様のコンディショニングを行った後、pH2〜9に調整したカルシウム(Ca)、カドミウム(Cd)、コバルト(Co)、三価クロム(Cr)、銅(Cu)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、モリブデン(Mo)、ニッケル(Ni)、鉛(Pb)、チタン(Ti)および亜鉛(Zn)の12元素混合溶液を通液し、吸着させた。その後、両性イオン性高分子混合繊維不織布を純水20mLで洗浄し、3M硝酸10mLで溶出させ、ICP発光分析装置を用いて溶液中濃度を測定し、吸着回収率を求めた。結果を図3(図3aないし図3lを含む。)に示す。オキソ酸を形成して陰イオンとして存在しているモリブデン(Mo)を除き、pH5以上で高い吸着回収率が得られた。この吸着特性は一般的に使用されるイミノ二酢酸型キレート樹脂の吸着特性と似ているが、イミノ二酢酸型キレート樹脂に対する錯形成速度が非常に遅いとされる三価クロム(Cr)も高度に吸着できることが判った。一方、陰イオンとして存在するモリブデン(Mo)は酸性領域でのみ吸着しており、この挙動もイミノ二酢酸型キレート樹脂と類似であった。ここでの試験は、一回のみの通液吸着試験であり、本発明の両性イオン性高分子混合繊維状吸着材の吸着速度が早く、通液吸着処理においても高度に重金属を除去できることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明によれば、水溶性の両性イオン性高分子として、その高分子中に側鎖としてアルキレン基を介して結合したアミノ基、あるいは環状のイミノ基、およびカルボキシル基を有する水溶性の両性イオン性高分子を、繊維原料溶液に混合後、湿式混合紡糸を行うという簡便な方法で、親水性相互作用により極性化合物を吸着し、かつ金属類をも吸着可能な繊維状の吸着材を製造することができる。また、無極性溶媒中の極性化合物の吸着材としても使用可能である。本発明の両性イオン性高分子を混合した繊維状吸着材は、広範囲な試料中の極性化合物と金属の吸着除去に使用することができる。本発明の両性イオン性高分子混合繊維状吸着材は柔軟性に富み、織布、編物、不織布などの布帛に容易に加工することが可能であるため、これらの布帛を利用することで極性化合物や重金属の吸着性に優れた、排水や用水、さらには種々の工業製品中の極性化合物と重金属の除去用の吸着性フィルタを得ることができる。また、短繊維としてパルプおよび適切なバインダと混合後、抄紙すれば親水性相互作用およびキレート形成能を発現する紙状の吸着材フィルタを作成することも可能である。さらに、本発明の両性イオン性高分子混合繊維状吸着材は、工業的な水処理だけでなく、化学物質分析のための前処理用吸着材としても利用可能である。
【符号の説明】
【0053】
1:両性イオン性高分子混合繊維状吸着材(不織布)
2:固相抽出カートリッジ
3:上部フリット
4:下部フリット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶液中の極性化合物や金属の吸着除去に用いる水溶性の両性イオン性高分子が繊維母材に混合された繊維状吸着材において、水溶性の両性イオン性高分子が側鎖としてアルキレン基を介して結合したアミノ基、あるいは環状のイミノ基、およびカルボキシル基を有するものであることを特徴とする繊維状吸着材。
【請求項2】
前記水溶性の両性イオン性高分子がアリルアミン−マレイン酸共重合体またはジアリルアミン−マレイン酸共重合体であることを特徴とする請求項1に記載の繊維状吸着材。
【請求項3】
前記水溶性の両性イオン性高分子が混合される繊維原料が、セルロースまたはポリビニルアルコールであることを特徴とする請求項1ないし請求項2に記載の繊維状吸着材。
【請求項4】
前記水溶性の両性イオン性高分子を繊維原料に混合後、湿式紡糸法により混合紡糸して得られることを特徴とする請求項1ないし請求項3に記載の繊維状吸着材の製造方法



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図3a】
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【図3b】
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【図3c】
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【図3d】
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【図3e】
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【図3f】
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【図3g】
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【図3h】
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【図3i】
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【図3j】
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【図3k】
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【図3l】
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【公開番号】特開2012−30197(P2012−30197A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−173959(P2010−173959)
【出願日】平成22年8月2日(2010.8.2)
【出願人】(000229818)日本フイルコン株式会社 (58)
【Fターム(参考)】