説明

乗り物酔い抑制制御装置及びその制御方法

【課題】倒立型移動体の乗り物酔いを誘発する振動を抑制する、乗り物酔い抑制制御装置及びその制御手法を提供する。
【解決手段】乗り物酔い抑制制御装置200は、倒立型移動体の負荷状態と車輪状態を推定する負荷状態推定器206と車輪状態推定器207と、負荷状態と車輪状態に基づいて路面からの振動を支配する支配周波数を演算する支配周波数演算器208と、支配周波数が乗り物酔いを誘発する周波数かどうか判定し振動判定結果として出力する乗り物酔い判定器209と、振動判定結果に基づいて乗り物酔いしにくい負荷角度指令を出力する指令調整器202と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、倒立型移動体の搭乗者が乗り物酔いしないように制御する乗り物酔い抑制制御装置及びその制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
倒立型移動体を具現化するに際して、搭乗者が長時間乗り物酔いすることなく乗車できるようにすることは重要である。例えば、特許文献1には、搭乗者を乗せる搭乗スライダを磁性バネにより浮上させて支持し、倒立型移動体の旋回時に回転半径方向に発生する振動を減衰し、乗り心地を向上する制御装置及びその制御方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−75070号公報(第10頁、第1図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に例示されているように、振動制御専用のアクチュエータ、ダンパ、及び検出器などを用いて、倒立型移動体の振動を抑制する装置及び手法は従来から知られていた。しかしながら、振動制御専用のアクチュエータ、ダンパ、及び検出器などを付加する必要があり、装置及びその制御が複雑化するという問題点がある。
【0005】
本発明は、このような問題点を解決するためになされたものであり、乗り物酔いを誘発する上下方向の低周波数振動を抑制する乗り物酔い抑制制御装置及びその制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る乗り物酔い抑制制御装置は、1つ以上の車輪と、該車輪を回転させるトルクを伝達する減速機と、該トルクを発生するモータと、該モータを駆動するサーボアンプと、前記モータの所望の回転速度指令を入力する入力装置を備え、人及び荷物などの負荷のバランスをとりながら移動させる倒立型移動体を制御する倒立型移動体制御装置であって、路面から前記倒立型移動体に加わる上下方向の振動に含まれる、乗り物酔いを誘発する周波数成分を判定する乗り物酔い判定器と、その判定結果である振動判定結果に基づいて、前記乗り物酔いを誘発する周波数成分を抑制する負荷角度指令を出力する指令調整器とを備えるものである。
【0007】
本発明においては、倒立型移動体に路面から加わる振動が、乗り物酔いを誘発する上下方向の低周波数振動を含むかを判定し、その判定結果に基づいて乗り物酔いを抑制する負荷角度指令を生成することで、乗り物酔いを抑制することができる。
【0008】
また、前記支配周波数演算器は、前記倒立型移動体の負荷角度、負荷速度、及び負荷加速度の推定値である負荷状態推定値と、車輪角度、車輪速度、及び車輪加速度の推定値である車輪状態推定値とに基づいて、前記上下方向の振動を支配する周波数である支配周波数を算出することができる。
【0009】
さらに、前記支配周波数演算器は、前記負荷状態推定値と前記車輪状態推定値とに基づいて車輪垂直位置推定値と車輪垂直加速度推定値とを演算し、その比に負号を付して平方根をとることにより前記支配周波数を演算することができる。
【0010】
さらにまた、前記乗り物酔い判定器は、前記支配周波数が、予め分かっている乗り物酔いを誘発する周波数の範囲に含まれるか否かを判定し、その判定結果を前記振動判定結果として出力することができる。
【0011】
また、前記指令調整器は、前記上下方向の振動がない場合に、前記倒立型移動体が搭乗者の所望の水平速度で移動するような負荷角度指令の余弦値と、前記車輪の回転軸から前記負荷の重心までの距離である車輪負荷重心間距離で乗算して得られた目標負荷垂直位置とから、前記車輪垂直位置を減算し、前記車輪負荷重心間距離で除算し、逆余弦を適用して得られた負荷角度指令を出力することができる。
【0012】
本発明に係る乗り物酔い抑制制御装置の制御方法は、1つ以上の車輪と、該車輪を回転させるトルクを伝達する減速機と、該トルクを発生するモータと、該モータを駆動するサーボアンプと、前記モータの所望の回転速度指令を入力する入力装置を備え、人及び荷物などの負荷のバランスをとりながら移動させる倒立型移動体を制御する倒立型移動体制御装置の制御方法であって、路面から前記倒立型移動体に加わる上下方向の振動に含まれる、乗り物酔いを誘発する周波数成分を判定する乗り物酔い判定工程と、その判定結果である振動判定結果に基づいて、前記乗り物酔いを誘発する周波数成分を抑制する負荷角度指令を出力する指令調整工程とを備える。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、乗り物酔いを誘発する上下方向の低周波数振動を抑制する乗り物酔い抑制制御装置及びその制御方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】一般的な倒立型移動体を示す。
【図2】本発明の第1の実施の形態にかかる乗り物酔い抑制制御装置を示すブロック図である。
【図3】本発明の第1の実施の形態にかかる倒立型移動体の模式的側面図を示す図である。
【図4】本発明の第1の実施の形態にかかる乗り物酔い抑制制御方法を示すフローチャートである。
【図5A】倒立型移動体の乗り物酔いを誘発する低周波振動を抑制する効果を確かめるシミュレーション結果を示す図であって、シミュレーションに用いた、路面から上下方向に加わる外乱を示す図である。
【図5B】倒立型移動体の乗り物酔いを誘発する低周波振動を抑制する効果を確かめるシミュレーション結果を示す図であって、支配周波数検出結果を示す図である。
【図5C】倒立型移動体の乗り物酔いを誘発する低周波振動を抑制する効果を確かめるシミュレーション結果を示す図であって、路面からの外乱を考慮しない場合(従来技術)の負荷角度指令を破線で、本発明の負荷角度指令を実線で示す図である。
【図5D】倒立型移動体の乗り物酔いを誘発する低周波振動を抑制する効果を確かめるシミュレーション結果を示す図であって、本発明と従来技術を用いた場合の重心垂直位置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を適用した具体的な実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。この実施の形態は、本発明を、振動制御専用のアクチュエータ、ダンパ、検出器などを付加することなく、搭乗者の乗り物酔いを抑制する乗り物抑制装置に適用したものである。
【0016】
ここで、本明細書における「倒立型移動体」とは、車輪などを備えた移動体と、人や荷物などの負荷を載せるステップを備え、移動体を動作させることにより負荷が倒立した状態を保って移動する移動体を意味する。図1は、一般的な倒立移動体を示す図である。図1に示すように、倒立移動体200は、ホイール201、プラットホーム202、ハンドル203、グリップ204から構成され、ユーザ205を搬送する。このような2輪倒立ロボットは倒立型移動体の典型である。
【0017】
ところで、上記したように、従来、振動制御専用のアクチュエータ、ダンパ、検出器などを付加することなく、搭乗者の乗り物酔いを抑制する制御方法が、倒立型移動体の乗り物酔い抑制の用途に適用されていなかった理由は次の通りである。乗り物酔いを誘発する振動は0.2[Hz]程度の低周波数であるため、FFTなどの周波数解析を用いても検出に時間がかかるため、リアルタイムでの振動抑制が困難であると考えられていた。
【0018】
そこで、本願の発明者は鋭意実験研究し、負荷と車輪の角度、速度及び加速度の推定値を用いて、車輪垂直位置及び車輪垂直加速度を演算することにより、倒立型移動体が路面から受ける振動のうち支配的な低周波数振動の周波数をリアルタイムで検出し、その検出結果に基づいて乗り物酔いに関連性の強い上下方向の振動のみを抑制することにより、振動制御専用のアクチュエータ、ダンパ、検出器などを付加することなく、搭乗者の乗り物酔いを効果的に抑制することができることを見出した。
【0019】
本明細書は、振動制御専用のアクチュエータ、ダンパ、検出器を用いることなく、上下方向の低周波数振動をリアルタイムで検出し、抑制する機能を備えた乗り物酔い抑制制御装置及びその制御方法を開示する。
【0020】
本明細書が開示する技術的思想は次の通りである。倒立型移動体の走行中に路面より加わる上下方向の振動が含む周波数成分のうち周波数の低いものがより支配的となるので、路面より加わる振動は支配周波数成分の正弦波に近似できる。すなわち、車輪垂直位置は正弦波に近似できる。車輪垂直加速度は車輪垂直位置と符号が逆で振幅が支配周波数の2乗倍となるので、両者の振幅の比を用いて支配周波数を演算できる。車輪垂直位置と車輪垂直加速度は負荷角度、負荷速度、負荷加速度及び車輪角度、車輪加速度に基づいて演算する。倒立型移動体の負荷角度と車輪角度のみ検出できる場合、負荷速度、負荷加速度、車輪速度は負荷状態推定器と車輪状態推定器を用いて推定し、その推定値を用いて車輪垂直位置及び車輪垂直加速度を演算する。上記支配周波数が、あらかじめ分かっている乗り物酔いを誘発する周波数範囲に含まれるかを判定し、含まれれば乗り物酔いを誘発する上下方向の振動を相殺する負荷角度指令に、それ以外の場合は搭乗者が入力した所望の動作をするような負荷角度指令に負荷角度が追従するように制御し走行する。
【0021】
本明細書が開示する新規な乗り物酔い抑制制御装置を、図2を用いて具体的に説明する。図2は、本発明の第1の実施の形態にかかる乗り物酔い抑制制御装置のブロック図を示す図である。図中の各ブロックは、プログラム可能な電子システムにより構成し、ブロック間でやりとりされる信号は電気信号(デジタルまたはアナログ)とする。
【0022】
図2に示すように、乗り物酔い抑制制御装置200は、指令入力器201、指令調整器202、制御器203、倒立型移動体204、検出器205、負荷状態推定器206、車輪状態推定器207、支配周波数演算器208、及び乗り物酔い判定器209を有する。
【0023】
搭乗者が、指令入力器201により、倒立型移動体204の所望の速度である水平移動速度指令を入力する。水平移動速度指令は、たとえば図5のグリップ104に設置したスライダスイッチにより入力してもよく、またハンドル103を所望の進行方向に倒すことによって、プラットホームに接地したポテンショメータなどを介して入力してもよい。
【0024】
指令調整器202は、水平速度指令と乗り物酔い判定器209の乗り物酔い判定結果に基づいて、搭乗者が乗り物酔いを起こす可能性が高い場合には、乗り物酔いを誘発する上下方向の振動を抑制するような負荷角度指令を出力する。一方、それ以外の場合には水平速度指令通りに倒立型移動体204を水平移動させるような負荷角度指令を出力する。乗り物酔いを誘発する上下方向の振動を抑制するような負荷角度指令とは、乗り物酔いを誘発する0.2[Hz]程度の上下方向の振動を相殺し、かつ水平速度指令通りに倒立型移動体204が水平移動するような負荷角度指令である。
【0025】
制御器203は、倒立型移動体204の負荷角度が負荷角度指令に追従するように車輪に加えるモータトルクの目標値であるトルク指令を演算し出力する。トルク指令は、線形制御、非線形制御など任意の制御則によって演算してもよい。
【0026】
倒立型移動体204は、トルク指令に一致するモータトルクにより車輪を回転させ、負荷角度が負荷角度指令に一致した状態で走行する。
【0027】
検出器205は、負荷角度と車輪角度を検出し出力する。検出器205は、例えば、負荷角度を検出するポテンショメータ、車輪角度を検出するレゾルバなどから構成される。
【0028】
負荷状態推定器206は、負荷角度、負荷速度及び負荷加速度である負荷状態を推定し出力する。負荷状態の推定は、制御理論で一般的に知られている状態推定器などを用いて実施する。
【0029】
車輪状態推定器207は、車輪角度、車輪速度及び車輪加速度である車輪状態を推定し出力する。車輪状態の推定は、制御理論で一般的に知られている状態推定器などを用いて実施する。
【0030】
支配周波数演算器208は、負荷状態推定値と車輪状態推定値に基づいて倒立型移動体204に路面から加わる振動を支配する周波数である支配周波数を演算し出力する。支配周波数は、負荷状態推定値と車輪状態推定値を、倒立型移動体204の運動方程式に代入し、車輪垂直加速度を推定し、車輪垂直加速度推定値とその2階積分である車輪垂直位置推定値の比に負号を付して平方根演算することにより演算する。
乗り物酔い判定器209は、支配周波数があらかじめ分かっている乗り物酔いを誘発する0.2[Hz]周辺の周波数範囲に含まれるかを判定し、その結果を振動判定結果として出力する。
【0031】
以下、本発明の実施の形態について更に詳細に説明する。先ず、本第1の実施の形態にかかる乗り物酔い抑制制御装置が、乗り物酔いの主要因である低周波数の上下振動を検出し、搭乗者の重心位置が低周波数で上下振動しないように制御する仕組みの詳細を説明する。
【0032】
図3に第1の実施の形態の倒立型移動体の模式的側面図を示す。倒立型移動体204は同軸上に配置した2つの車輪302を備え、その軸を回転の中心として自由に回転できるように結合した負荷301の倒立状態を維持し、且つ図の左右に所望の速度で移動するように車輪を回転させるものである。負荷301は搭乗者、荷物及びそれを支持するステップから構成される。
【0033】
倒立型移動体204の運動方程式について説明する。以下、運動方程式を解析力学の手法を用いて導出する。まず、運動エネルギーTとポテンシャルエネルギーVはそれぞれ式(1)と式(2)と表される。
【0034】
【数1】

【0035】
【数2】

【0036】
式(1)及び式(2)で用いた記号の意味は次の通りである。
m1:負荷質量
J1:負荷慣性モーメント
m2:車輪質量
J2:車輪慣性モーメント
d^2(y2)/dt^2:車輪垂直加速度
l:負荷重心と車軸の距離
r:車輪半径
g:重力加速度
【0037】
式(1)と式(2)を用いてラグランジアンL=T−Vを算出し、オイラー・ラグランジュ方程式を用いると運動方程式は式(3)と式(4)と求められる。
【0038】
【数3】

【0039】
式(3)で用いた記号の意味は次の通りである。
Tm:モータトルク
【0040】
【数4】

【0041】
次に、倒立型移動体に搭乗中に乗り物酔いを起こす主要因である上下方向の低周波数振動の周波数を検出し、その検出結果に基づいて乗り物酔いしにくい負荷角度指令θ1*を生成する原理の詳細を説明する。まず、車輪垂直位置y2を、基底周波数がω0であるフーリエ級数展開すると式(5)と表される。
【0042】
【数5】

【0043】
式(5)における符号の意味は以下の通りである。
Ak、k=1、2、3、…:車輪垂直位置y2のk次フーリエ係数
【0044】
倒立型移動体の走行時に路面から加わる振動の周波数成分のうち、低周波数の成分がより支配的となる(Ak<<Ak+1)。よって、式(5)のフーリエ級数展開においてk次の項が路面からの振動に含まれる最低次の項である場合(A1=A2=...=Ak−1=0、Ak、Ak+1、...≠0)、車輪垂直加速度d^2(y2)/dt^2は式(6)と表される。
【0045】
【数6】

【0046】
車輪垂直位置y2を支配する周波数kω0は、式(5)と式(6)より式(7)と求められる。
【0047】
【数7】

【0048】
式(7)においてkω0があらかじめ分かっている乗り物酔いを誘発する周波数範囲に含まれる場合、その振動を抑制するように制御する。式(7)の車輪垂直位置y2は直接計測できないので計測可能な負荷角度θ1と車輪角度θ2に基づいて推定する方法を以下に示す。
【0049】
式(3)と式(4)より車輪角度θ2を除去すると式(8)が得られる。
【0050】
【数8】

【0051】
同様に式(3)と式(4)より負荷角度θ1を除去すると式(9)が得られる。
【0052】
【数9】

【0053】
式(8)と式(9)においてf(・、・)、g(・)、h(・)はそれぞれ非線形関数である。負荷角度θ1と車輪角度θ2は計測可能であるが、その2階時間微分はノイズを多く含むので、負荷角度θ1と車輪角度θ2を推定する推定器を構成し、その推定器よりノイズをほとんど含まない負荷加速度d^2(θ1)/dt^2と車輪加速度d^2(θ2)/dt^2を得る方法を以下に示す。
【0054】
まず、負荷角度θ1を推定するために式(10)に示す負荷状態推定器206を構成する。
【0055】
【数10】

【0056】
式(10)に用いた記号の意味は以下の通りである。
θ1^:負荷角度推定値
θ1〜:負荷角度推定誤差
c1:負荷角度推定誤差が0に収束する速さ
s1:中間変数
sgn(・):シグナム関数(符号関数)
L1:負荷状態推定器ゲイン
【0057】
式(8)と式(10)の差をとることにより負荷角度推定誤差方程式は式(11)と求められる。
【0058】
【数11】

【0059】
負荷角度推定誤差θ1〜を0に収束させる式(11)の第1推定器ゲインL1を設定する方法を以下に示す。式(12)に示すリアプノフ関数候補V1を導入する。
【0060】
【数12】

【0061】
式(12)の1階時間微分は式(13)と表される。
【0062】
【数13】

【0063】
式(13)の右辺が∀s1≠0において負となる第1推定器ゲインL1は式(14)と表される。
【0064】
【数14】

【0065】
負荷状態推定器ゲインL1を式(14)のように設定すると、負荷角度推定誤差θ1〜は0に収束し、負荷角度推定値θ1^が負荷角度θ1に収束する。式(10)の負荷状態推定器206よりノイズをほとんど含まない負荷加速度d^2(θ1)/dt^2を直接得ることができる。
【0066】
次に、車輪角度θ2を推定するために式(15)に示す車輪状態推定器を構成する。
【0067】
【数15】

【0068】
式(15)に使用した記号の意味は次の通りである。
θ2^:車輪角度推定値
θ2〜:車輪角度推定誤差
c2:車輪角度推定誤差が0に収束する速さ
s2:中間変数
L2:車輪状態推定器ゲイン
【0069】
式(12)と同様に式(16)に示すリアプノフ関数候補V2を導入する。
【0070】
【数16】

【0071】
式(16)の1階時間微分は式(17)と表される。
【0072】
【数17】

【0073】
式(17)の右辺が∀s2≠0に対して負となれば車輪角度推定誤差θ2〜は0に収束するので、その条件を求めると式(18)となる。
【0074】
【数18】

【0075】
式(18)のように第2推定器ゲインL2を設定すると、車輪角度推定値θ2^が車輪角度θ2に収束する。式(15)の車輪状態推定器207よりノイズをほとんど含まない車輪加速度d^2(θ1)/dt^2を直接得ることができる。
【0076】
支配周波数演算器208において、式(10)から得られた負荷角度θ1、負荷速度dt(θ1)/dt、負荷加速度d^2(θ1)/dt^2と、式(15)から得られた車輪角度θ2、車輪加速度d^2(θ2)/dt^2を式(3)に代入し、d^2(y2)/dt^2について解き、その結果を式(7)に代入して、支配周波数kω0を推定できる。支配周波数kω0があらかじめ分かっている乗り物酔いを誘発する周波数ωに含まれる場合、乗り物酔い判定器209においてその旨を判定し、振動状態判定結果を指令調整器202へ出力する。指令調整器202は、振動状態判定結果に基づいて乗り物酔いを抑制する負荷角度指令θ1*を出力する。
【0077】
以下、指令調整器202が乗り物酔いを抑制する負荷角度指令θ1*を演算する原理の詳細を説明する。負荷301の重心垂直位置y1は式(19)と表される。
【0078】
【数19】

路面垂直位置y2の変動に対して重心垂直位置y1が一定値y1*となる負荷角度指令θ1*は式(20)と表される。
【0079】
【数20】

【0080】
指令調整器202は式(20)により負荷角度指令θ1*を演算する。式(20)において、一定値y1*は式(19)においてy2=0とし搭乗者が入力した所望の負荷角度をθ1に代入した場合の負荷垂直位置y1である。
【0081】
次に、倒立型移動体204の負荷角度θ1が負荷角度指令θ1*に追従するように制御する一例を説明する。式(21)のモータトルクTmにより式(8)の負荷角度θ1を負荷角度指令θ1*に追従させることを考える。
【0082】
【数21】

【0083】
式(21)で用いた記号の意味は次の通りである。
M:制御振幅
s:中間変数
c:負荷角度θ1が負荷角度指令θ1*に収束する速さ
【0084】
式(21)のモータトルクTmにより負荷角度θ1を負荷角度指令θ1*に収束させる制御振幅Mの十分条件を導出する。負荷角度θ1を負荷角度指令θ1*に収束させるためには、中間変数sを0に収束させればよいので、式(22)をリアプノフ関数の候補として用いる。
【0085】
【数22】

【0086】
全てのs≠0においてV>0である。Vの1階時間微分が、全てのs≠0において負となれば中間変数sは0に収束する。すなわち式(23)が成り立てばよい。
【0087】
【数23】

【0088】
式(23)の十分条件は式(24)となる。
【0089】
【数24】

【0090】
制御ゲインMを式(24)のように設定すると、式(23)が成り立ち、中間変数sは0に収束する。sが0に収束すると式(21)より負荷角度θ1は負荷角度指令θ1*にcの速さで収束する。このように、乗り物酔いを誘発する振動が路面から搭乗者に伝わらないように、倒立型移動体204の負荷角度θ1を制御することができる。
【0091】
図4を用いて、倒立型移動体に路面から加わる乗り物酔いを誘発する低周波数振動を抑制する処理を説明する。図4は第1の実施の形態にかかる乗り物酔い抑制制御方法のフローチャートを示す。
【0092】
先ず、搭乗者が指令入力器201により、倒立型移動体204の所望の速度である水平移動速度指令を入力する(S401)。負荷状態推定器206は、負荷角度、負荷速度及び負荷加速度である負荷状態を推定し出力する(S402)。
【0093】
車輪状態推定器207は、車輪角度、車輪速度及び車輪加速度である車輪状態を推定し出力する(S403)。
支配周波数演算器208において、負荷状態と車輪状態に基づいて車輪垂直位置と車輪垂直加速度を演算する(S404)。支配周波数演算器208は、車輪垂直位置と車輪垂直加速度に基づいて倒立型移動体204に路面から加わる振動を支配する周波数である支配周波数を演算し出力する(S405)。
【0094】
乗り物酔い判定器209は、支配周波数が予め分かっている乗り物酔いを誘発する周波数範囲に含まれるかを判定し、その結果を振動判定結果として出力する(S406)。指令調整器202は、水平速度指令と乗り物酔い判定器209の乗り物酔い判定結果に基づいて、搭乗者が乗り物酔いを起こす可能性が高い場合には、乗り物酔いを誘発する上下方向の振動を抑制するような負荷角度指令を出力する。一方、それ以外の場合には水平速度指令通りに倒立型移動体204を水平移動させるような負荷角度指令を出力する(S407)。
制御器203は、倒立型移動体204の負荷角度が負荷角度指令に追従するように制御する(S408)。
【0095】
次に、倒立型移動体の乗り物酔いを誘発する低周波振動を抑制する効果を確かめるシミュレーション結果を説明する。シミュレーションに用いた数値は以下の通りである。
m1=70[kg]
J1=25.2[kg・m^2]
m2=15[kg]
J2=0.075[kg・m^2]
l=0.9[m]
r=0.1[m]
g=9.8[m/s^2]
c=500[rad/s]
c1=500[rad/s]
c2=500[rad/s]
ω=0.2(2π)[rad/s]
ω0=0.1(2π)[rad/s]
T=1×10^−3[s]
【0096】
上述の記号の意味は以下の通りである。
T:制御周期
【0097】
本シミュレーションでは、乗り物酔いを誘発する0.2[Hz]の正弦波振動が路面から加わった時に、式(7)を用いて支配周波数が0.2[Hz]であることを検出し、負荷角度が式(20)の負荷角度指令に追従するように倒立制御する。
【0098】
図5A乃至図5Dは倒立型移動体の乗り物酔いを誘発する低周波振動を抑制する効果を確かめるシミュレーション結果を示す。図5Aは本シミュレーションに用いた、路面から上下方向に加わる外乱である。図5Aに示すように、周波数が0.2[Hz]である成分を含む波形としている。図5Bは、支配周波数検出結果を示す。図に示すように、支配周波数である0.2[Hz]が正しく検出されていることが分かる。図5Cには、路面からの外乱を考慮しない場合(従来技術)の負荷角度指令を破線で、本発明の負荷角度指令を実線で示している。本発明によると、式(20)に基づいて、路面からの振動を抑制する方向に、負荷角度指令が補正されていることが分かる。
【0099】
図5Dは、本発明と従来技術を用いた場合の重心垂直位置である。図において、搭乗者の目標垂直位置を破線、従来技術による垂直位置を一点鎖線、本発明による垂直位置を実線で示す。目標垂直位置(破線)と本発明(実線)は一致しているのに対し、従来技術(一点鎖線)は路面からの振動により目標垂直位置よりずれていることが分かる。従来技術において、このずれが搭乗者の乗り物酔いを誘発していたが、本発明によると路面からの振動が搭乗者には影響せず、乗り物酔いを抑制できる。
【0100】
上記した第1の実施の形態の留意点について述べる。
本実施例では倒立型移動体の垂直方向に路面から加わる振動を抑制する手法を示したが、倒立型移動体がロール(横)方向の自由度を持つ場合、ロール方向の振動を抑制し乗り心地を向上する場合にも好適である。
【産業上の利用可能性】
【0101】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【0102】
本明細書または図面に説明した技術要素は、単独あるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0103】
101 ホイール
102 プラットホーム
103 ハンドル
104 グリップ
105 ユーザ
200 乗り物酔い抑制制御装置
201 指令入力器
202 指令調整器
203 制御器
204 倒立型移動体
205 検出器
206 負荷状態推定器
207 車輪状態推定器
208 支配周波数演算器
209 乗り物酔い判定器
301 負荷
302 車輪

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1つ以上の車輪と、該車輪を回転させるトルクを伝達する減速機と、該トルクを発生するモータと、該モータを駆動するサーボアンプと、前記モータの所望の回転速度指令を入力する入力装置を備え、人及び荷物などの負荷のバランスをとりながら移動させる倒立型移動体を制御する倒立型移動体制御装置であって、
路面から前記倒立型移動体に加わる上下方向の振動に含まれる、乗り物酔いを誘発する周波数成分を判定する乗り物酔い判定器と、
その判定結果である振動判定結果に基づいて、前記乗り物酔いを誘発する周波数成分を抑制する負荷角度指令を出力する指令調整器とを備える、乗り物酔い抑制制御装置。
【請求項2】
前記支配周波数演算器は、前記倒立型移動体の負荷角度、負荷速度、及び負荷加速度の推定値である負荷状態推定値と、車輪角度、車輪速度、及び車輪加速度の推定値である車輪状態推定値とに基づいて、前記上下方向の振動を支配する周波数である支配周波数を算出する、請求項1記載の乗り物酔い抑制制御装置。
【請求項3】
前記支配周波数演算器は、前記負荷状態推定値と前記車輪状態推定値とに基づいて車輪垂直位置推定値と車輪垂直加速度推定値とを演算し、その比に負号を付して平方根をとることにより前記支配周波数を演算する、請求項2記載の乗り物酔い抑制制御装置。
【請求項4】
前記乗り物酔い判定器は、前記支配周波数が、予め分かっている乗り物酔いを誘発する周波数の範囲に含まれるか否かを判定し、その判定結果を前記振動判定結果として出力する、請求項3記載の乗り物酔い抑制制御装置。
【請求項5】
前記指令調整器は、前記上下方向の振動がない場合に、前記倒立型移動体が搭乗者の所望の水平速度で移動するような負荷角度指令の余弦値と、前記車輪の回転軸から前記負荷の重心までの距離である車輪負荷重心間距離で乗算して得られた目標負荷垂直位置とから、前記車輪垂直位置を減算し、前記車輪負荷重心間距離で除算し、逆余弦を適用して得られた負荷角度指令を出力する、請求項3記載の乗り物酔い抑制制御装置。
【請求項6】
1つ以上の車輪と、該車輪を回転させるトルクを伝達する減速機と、該トルクを発生するモータと、該モータを駆動するサーボアンプと、前記モータの所望の回転速度指令を入力する入力装置を備え、人及び荷物などの負荷のバランスをとりながら移動させる倒立型移動体を制御する倒立型移動体制御装置の制御方法であって、
路面から前記倒立型移動体に加わる上下方向の振動に含まれる、乗り物酔いを誘発する周波数成分を判定する乗り物酔い判定工程と、
その判定結果である振動判定結果に基づいて、前記乗り物酔いを誘発する周波数成分を抑制する負荷角度指令を出力する指令調整工程とを備える、乗り物酔い抑制制御装置の制御方法。
【請求項7】
前記支配周波数演算工程では、前記倒立型移動体の負荷角度、負荷速度、及び負荷加速度の推定値である負荷状態推定値と、車輪角度、車輪速度、及び車輪加速度の推定値である車輪状態推定値とに基づいて、前記上下方向の振動を支配する周波数である支配周波数を算出する、請求項6記載の乗り物酔い抑制制御装置。
【請求項8】
前記支配周波数演算工程では、前記負荷状態推定値と前記車輪状態推定値とに基づいて車輪垂直位置推定値と車輪垂直加速度推定値とを演算し、その比に負号を付して平方根をとることにより前記支配周波数を演算する、請求項7記載の乗り物酔い抑制制御装置。
【請求項9】
前記乗り物酔い判定工程では、前記支配周波数が、予め分かっている乗り物酔いを誘発する周波数の範囲に含まれるか否かを判定し、その判定結果を前記振動判定結果として出力する、請求項8記載の乗り物酔い抑制制御装置の制御方法。
【請求項10】
前記指令調整工程では、前記上下方向の振動がない場合に、前記倒立型移動体が搭乗者の所望の水平速度で移動するような負荷角度指令の余弦値と、前記車輪の回転軸から前記負荷の重心までの距離である車輪負荷重心間距離で乗算して得られた目標負荷垂直位置とから、前記車輪垂直位置を減算し、前記車輪負荷重心間距離で除算し、逆余弦を適用して得られた負荷角度指令を出力する、請求項8記載の乗り物酔い抑制制御装置の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【公開番号】特開2011−183845(P2011−183845A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−48298(P2010−48298)
【出願日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】