説明

二酸化炭素と水素からギ酸塩の製造方法

【課題】
金属錯体触媒の回収、再利用可能で、廃棄物が発生しない二酸化炭素から高純度なギ酸塩の製造方法を提供する。
【解決手段】
一般式(1)−(4)で示されるピリジノール系錯体、一般式(5)−(8)で示されるピリジノラート系錯体および一般式(9)−(12)で示されるヒドリド錯体の少なくとも1種の錯体の存在下で、二酸化炭素と水素を反応させることを特徴とするギ酸塩の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遷移金属錯体を触媒として用いて、水中で二酸化炭素の水素化反応によりギ酸塩、特にナトリウム、カリウム等のアルカリ金属塩あるいはカルシウム等のアルカリ土類金属塩の高効率な製造方法ならびにその触媒の回収、再利用法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ギ酸誘導体は有機化学工業における基礎原料等として有用なものであり、各種化成品、プラスチック、医薬品、農薬等の諸分野に広く使用されている。特にギ酸ナトリウムなどの金属塩は、皮革の緩衝剤、中和剤、重金属類の沈殿剤、凍結防止剤などに用いられている。このギ酸塩は、従来、水酸化ナトリウムと一酸化炭素あるいは石灰と一酸化炭素を原料として製造されている。 一方、毒性が高く取扱いに注意が必要な一酸化炭素に代え、二酸化炭素と水素を原料とし、金属錯体触媒を用いた新たなギ酸塩の製造法の開発が望まれている。
しかし、これまでの二酸化炭素を用いた公知の方法の場合は、(1)反応効率、(2)エネルギー効率、(3)触媒の価格、(4)環境負荷(5)廃棄物(特に分離プロセスにおいて)が問題となっている(特許文献1参照)。
近年、超臨界二酸化炭素反応条件を用いた高効率なギ酸製造プロセスが報告された(特許文献2参照)。しかし、金属錯体触媒としては高価なルテニウムを用いており、当該金属錯体を分離、回収するための繁雑な工程が必要となり、触媒の損失も発生するなどの問題があった。一方、金属ルテニウムを担体に担持させることで触媒の回収を図っている(特許文献3参照)。しかし、これらは超臨界二酸化炭素下の高圧反応条件を用いる為エネルギー多消費プロセスであり、かつ、アミンやアルコール等の有機添加物が必要であるため、高耐圧で漏えい対策が備わった新たな設備が必要になる。
一方、我々は、アルカリ性水溶液中での二酸化炭素からギ酸塩の製造方法を開発した(特許文献4、特許文献5及び非特許文献1参照)。この方法は、従来の一酸化炭素からのギ酸の製造プロセスに対し、二酸化炭素と水素を原料としながら、反応条件はほとんど同じであった。しかしながら、生成物であるギ酸塩と触媒、未反応の原料との分離に煩雑な操作や廃棄物の発生が避けられず、必ずしも実用的ではなかった。このため、低コストで、より簡便な操作で、エネルギー効率に優れ、しかも環境に優しい新しいギ酸塩の製造プロセスが求められていた。
【0003】
【特許文献1】特開昭56−140948
【特許文献2】特開平7−173098
【特許文献3】特開2001−288137
【特許文献4】特開2004−224715
【特許文献5】特開2004−217632
【非特許文献1】Organometallics p.1480(2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この発明は、以上の通りの状況に鑑みてなされたものであって、二酸化炭素と水素からギ酸塩の製造において、特開2004−224715や特開2004−217632の欠点を解消し、(1)触媒の回収、再利用が可能、(2)生成物の分離精製が容易、(3)廃棄物が発生しない、ギ酸塩の製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、一般式(1)−(4)で示されるピリジノール系錯体、一般式(5)−(8)で示されるピリジノラート系錯体および一般式(9)−(12)で示されるヒドリド錯体を反応系中で相互に変換させることにより、水溶性で、高効率で触媒の回収が可能な二酸化炭素と水素からギ酸塩の製造における触媒プロセスを開発した。
すなわち本発明は、一般式(1)−(4)
で表されるいずれかのピリジノール系錯体の存在下で、二酸化炭素と水素を反応させることを特徴とするギ酸塩の製造方法である。
また本発明は、一般式(5)−(8)で表されるいずれかのピリジノラート系錯体の存在下で、二酸化炭素と水素を反応させることを特徴とするギ酸塩の製造方法である。
さらに本発明は、一般式(9)−(12)で表されるいずれかのヒドリド錯体の存在下で、二酸化炭素と水素を反応させることを特徴とするギ酸塩の製造方法である。
また、本発明のギ酸塩の製造方法においては、アルカリ性の塩の存在下、水及び/又は低級アルコールを溶媒として用いることができる。ここで、アルカリ性の塩としては、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム、水酸化ストロンチウム、炭酸リチウム、炭酸水素リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム,炭酸水素カリウム、炭酸カルシウム、炭酸バリウム、炭酸ストロンチウムからなる無機塩基あるいは、アンモニア、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、アニリン、ピリジンからなる有機塩基から選ばれる1種若しくは2種以上を用いることが出来る。
さらに、本発明は、ギ酸塩の製造方法において、ギ酸塩を製造する反応が終了後、一般式(5)−(8)で示される水溶性ピリジノラート錯体に酸を作用させることにより、一般式(1)−(4)で示される不溶性ピリジノール錯体へ変換することによって触媒を沈殿させ、一般式(1)−(4)で示される不溶性ピリジノール錯体を回収することができる。ここで、酸として蟻酸を用いることが出来る。
【発明の効果】
【0006】
この発明により、二酸化炭素と水素からギ酸塩の製造において、(1)触媒の回収再利用することによるプロセスの低コスト化、(2)生成物の簡便な分離、(3)廃棄物を発生させないことができる。さらに、従来の一酸化炭素からのギ酸塩の製造プロセスと同じような反応条件であるために、既存の設備を改良することで対応が可能である点が特徴である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明でおいて用いる錯体としては、一般式(1)−(4)で示されるピリジノール系錯体、ピリジノール系錯体が脱プロトン化した一般式(5)−(8)で示されるピリジノラート系錯体またはピリジノラート系錯体と水素が反応して発生する一般式(9)−(12)で示されるヒドリド錯体を用いる。
本反応では、一般式(1)−(4)で示されるピリジノール系錯体、一般式(5)−(8)で示されるピリジノラート系錯体および一般式(9)−(12)で示されるヒドリド錯体を反応系中で相互に変換させることにより、触媒の回収が可能な、二酸化炭素と水素からギ酸塩の製造プロセスを開発した。
すなわち、化学式1で示すように、不溶性のピリジノール錯体をアルカリ性反応条件下、水溶性のピリジノラート錯体に変換する。さらに、水素存在下ピリジノラート錯体がヒドリド錯体に変換されることにより、触媒活性種として作用する。逆に、酸による水溶性ピリジノラート錯体を不溶性ピリジノール錯体に変換することによって、錯体を析出させることができる。
【0008】
【化4】

【0009】
一般式(1)−(12)で示される遷移金属錯体において、Mの周期律表8、9または10族元素としては、例えば、Fe,Co,Rh,Ir,RuまたはOsが挙げられるが、特にCo,Rh,IrまたはRuが好ましい。
【0010】
一般式(1)−(8)で示される遷移金属錯体において、Yとしては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素などのハロゲン、HO、CO、SCNなどが挙げられる。
【0011】
一般式(1)−(12)で示される遷移金属錯体において、Xのアニオン種としては、硫酸イオン、硝酸イオン、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、トリフラートイオン、過塩素酸イオン、過臭素酸イオン、過ヨウ素酸イオン、テトラフルオロホウ酸イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン、チオシアン酸イオン等が挙げられる。
【0012】
一般式(1)、(2)、(5)、(6)、(9)および(10)で示される遷移金属錯体において、シクロペンタジエニル配位子としては、通常は全ての炭素上にRとしてメチル基が置換されたペンタメチルシクロペンタジエニルが好ましいが、Rが水素原子、アルキル基、芳香族基、水酸基(−OH)、エステル基(−COOR)、アミド基(−CONRR’)、ハロゲン(−X)、酸素官能基(−OR)、硫黄官能基(−SR)、窒素官能基(−NRR’)であり、それらは同一でも異なってもよい。以下の化合物が例示されるが、これらに限定されるものではない。(下記式中で、Rは水素またはアルキル基であり、同一でも異なっていてもよい。)
【0013】
【化5】

【0014】
一般式(3)、(4)、(7)、(8)、(11)および(12)で示される遷移金属錯体において、アレーン配位子としては、通常は全ての炭素上にRとしてメチル基が置換されたヘキサメチルベンゼンが好ましいが、Rが水素原子、アルキル基、芳香族基、水酸基(−OH)、エステル基(−COOR)、アミド基(−CONRR’)、ハロゲン(−X)、酸素官能基(−OR)、硫黄官能基(−SR)、窒素官能基(−NRR’)であり、それらは同一でも異なってもよい。以下の化合物が例示されるが、これらに限定されるものではない。(下記式中で、Rは水素またはアルキル基であり、同一でも異なっていてもよい。)
【0015】
【化6】

【0016】
一般式(1)−(12)で示される遷移金属錯体において、二座窒素配位子として、1,10−フェナントロリン−ジオールあるいは、2,2’−ビピリジン−ジオールが挙げられるが、特に、水酸基が窒素に対してパラ位に置換した1,10−フェナントロリン−4,7−ジオールや2,2’−ビピリジン−4,4’ −ジオールが好ましい。これ以外に炭素原子上に、アルキル基、芳香族基、エステル基(−COOR)、アミド基(−CONRR’)、ハロゲン(−X)、酸素官能基(−OR)、硫黄官能基(−SR)、窒素官能基(−NRR’)などが置換していてもよい。
【0017】
本発明の水溶性遷移金属錯体の調整方法は特に限定されず、従来公知の方法を適用することができ、例えば、ピリジノール誘導体を調整原料の遷移金属化合物と溶媒中で反応させた後、溶媒を除去し、得られた固体を再結晶等により精製する方法が挙げられる。また、反応させる際に、遷移金属錯体に代え、調製原料の遷移金属化合物およびピリジノール化合物を反応系に加えて混合することにより、反応系にて本発明の遷移金属錯体を形成させてもよい。
【0018】
この発明では溶媒としては、水あるいはアルコールを用い、通常、塩基を添加する。塩基としてはアルカリ性を示すものなら無機塩基でも有機塩基でも限定しない。無機塩基の例としては、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム、水酸化ストロンチウム、炭酸リチウム、炭酸水素リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、炭酸カルシウム、炭酸バリウム、炭酸ストロンチウムなどが適当である。有機塩基の例としては、アンモニア、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、アニリン、ピリジンなどが適当であるが、これに限定されるものではない。
【0019】
本発明における上記の塩基の濃度については、上限及び下限はないが、反応によって完全に塩基が消費される濃度が好ましい。
【0020】
本発明における上記の金属錯体の使用量については、上限及び下限はないが、触媒の回収効率、反応速度、反応液への溶解性及び経済性などに依存する。適切な触媒濃度は1×10-9から1×10-1 Mで、好ましくは1×10-6から1×10-4 Mとする。
【0021】
本発明における反応温度は、触媒が分解することなく、かつ充分な反応速度で反応が進行する方が有利である。好ましくは40度以上100度以下が好ましいが、0度から250度の範囲で反応を実施することができる。反応時間は特に制限はない。なお反応は、低酸素状態若しくは酸素が存在しない条件下で実施するのが好ましく、反応媒体は脱気した後に使用するのが好ましい。また、反応操作は窒素またはアルゴン等の不活性な気体の雰囲気下で実施することが好ましい。
【0022】
本発明における反応は、反応形式がバッチ式においても連続式においても実施することができる。
本発明で用いる金属錯体触媒は、反応開始時はアルカリ性反応溶液中溶解しているが、反応終了時は生成したギ酸によって反応溶液が完全に中和された結果、ビピリジノラート錯体がプロトン化により、不溶性ビピリジノール錯体に変換する。その結果、沈殿した錯体を濾過するだけで触媒を回収することが可能になる。一方、瀘液はギ酸塩の溶液であるために、溶媒を留去するだけで、高純度なギ酸塩を取り出すことができる。従って、複雑な工程を必要とせずに、触媒、生成物、溶媒を分離できるとともに、回収された触媒、溶媒、ガスを再利用できる。これにより、原料の塩基と二酸化炭素と水素から定量的にギ酸塩に変換するため、廃棄物が発生しない。
【実施例1】
【0023】
クロロ(1,10−フェナントロリン−4,7−ジオール)[(1,2,3,4,5−η) −1,2,3,4,5−ペンタメチル−2,4−シクロペンタジエン−1−イル]イリジウム(III)クロリド(1.55 mg)を100 mlのオートクレーブ中で充分に脱気した0.1 Mの水酸化カリウム水溶液(50 ml)に溶解した。この溶液に、二酸化炭素を圧入し、充分に二酸化炭素が溶解するまで攪拌する。次に、二酸化炭素を排気し、二酸化炭素と水素ガスの1対1の混合ガスを6 MPaで圧入し、60度で、20時間で攪拌を行った。反応後、反応容器を室温まで冷却した後、ゆっくりとガスを排気した。さらに、減圧条件下で反応溶液を充分に脱気し、さらに12時間冷蔵庫に放置する。得られた懸濁液を吸引濾過した。誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析により、瀘液に0.11 ppmのイリジウムが溶出していることを確認した。また、液体クロマトグラフィーにより、ギ酸塩が0.1 M生成していることを確認した。この瀘液を減圧濃縮することで、98%以上の純度のギ酸カリウムが得られた。一方、瀘取された析出物は、KOD/DOに溶解し、H‐NMRで測定したところ、クロロ(1,10−フェナントロリン−4,7−ジオラート)[(1,2,3,4,5−η)−1,2,3,4,5−ペンタメチル−2,4−シクロペンタジエン−1−イル]イリジウム(III)であることから、触媒として回収できることを確認した。
得られたギ酸カリウムの物性
融点 166−169度(参考値 165−168度)
元素分析 測定値:C; 14.25, H; 1.16. 計算値:C; 14.28, H; 1.20.
13C−NMRで、重炭酸塩は検出できなかった。(SN比50以上)
【実施例2】
【0024】
実施例1と同様に水酸化ナトリウムを用いて、反応を行った。その結果、瀘液には、0.13 ppmのイリジウムが溶出していることを確認した。また、ギ酸塩が0.1 M生成していることを確認した。この瀘液を減圧濃縮すると、98%以上の純度でギ酸ナトリウムが得られた。瀘取された析出物は、KOD/DOに溶解し、H‐NMRで測定したところ、クロロ(1,10−フェナントロリン−4,7−ジオラート)[( 1,2,3,4,5−η) −1,2,3,4,5−ペンタメチル−2,4−シクロペンタジエン−1−イル]イリジウム(III)であることを確認できたことから、触媒として回収できることを確認した。
得られたギ酸ナトリウムの物性
融点 257−258度(参考値 259−62度)
元素分析 測定値:C; 17.65, H; 1.44. 計算値:C; 17.66, H; 1.48.
13C-NMRで、重炭酸塩は検出できなかった。(SN比50以上)
【実施例3】
【0025】
実施例1と同様の条件で、水酸化カリウムの濃度を変えて反応を行い、最初の1時間のギ酸の生成量を図1に示す。最初の5分は、いずれの水酸化カリウム濃度で、ほぼ同じ触媒回転効率 (最大5320回/時間(1時間当たりの触媒回転数))を示した。1.0Mの水酸化カリウム溶液では、高い触媒回転効率を維持したが、0.1Mと0.2Mでは5分以降、0.5Mでは20分以降で触媒回転効率が大幅に低下した。この結果から、反応初期では、触媒が全て溶解しているために、ほぼ同じ触媒回転効率を示すが、ギ酸の生成に伴うpHの低下による触媒の沈殿が反応速度の低下を引き起こすと考えている。

【実施例4】
【0026】
クロロ(1,10−フェナントロリン−4,7−ジオール)[(1,2,3,4,5−η) −1,2,3,4,5−ペンタメチル−2,4−シクロペンタジエン−1−イル]イリジウム(III)クロリド(1.55 mg)を100 mlのオートクレーブ中で充分に脱気した0.1 Mの水酸化カリウム水溶液(50 ml)に溶解する。この溶液に、二酸化炭素を圧入し、充分に二酸化炭素が溶解するまで攪拌する。次に、二酸化炭素を排気し、二酸化炭素と水素ガスの1対1の混合ガスを6 MPaで圧入し、60度で20時間攪拌を行った。反応後、反応容器を室温まで冷却した後、ゆっくりとガスを排気した。さらに、減圧条件下で反応溶液を充分に脱気し、さらに12時間冷蔵庫に放置する。得られた懸濁液を吸引濾過した。瀘液は減圧濃縮することで、98%以上のギ酸カリウムが得られた。瀘取された錯体触媒は、再度0.1 Mの水酸化カリウム水溶液(50 ml)に溶解し、反応に再利用した。バッチ式で行った触媒の再利用の結果を表2に示す。いずれの反応において、加えた塩基が全て反応して0.1M以上のギ酸塩を生成した。また、サンプリングに要した量を考慮すれば、高い触媒の回収率を示した。しかし、触媒活種は空気に敏感であり、取り扱いに注意を要する。

【0027】
【表1】

【0028】
(比較例1)
クロロ(1,10−フェナントロリン−4,7−ジオール)[(1,2,3,4,5−η) −1,2,3,4,5−ペンタメチル−2,4−シクロペンタジエン−1−イル]イリジウム(III)クロリド(1.55 mg)を100 mlのガラス製オートクレーブ中で充分に脱気した0.1 Mの水酸化カリウム水溶液(50 ml)に溶解した。この溶液に、3 MPaの二酸化炭素を圧入し、充分に二酸化炭素が溶解するまで攪拌する。視認したところ、溶液は透明な薄い黄色溶液であり、錯体は溶解していることを確認した。次に、二酸化炭素を排気し、二酸化炭素と水素ガスの1対1の混合ガスを3 MPaで圧入し、60度で攪拌を行った。5分程度で溶液は橙色に変化した。これは、一般式(9)で表されるヒドリド(1,10−フェナントロリン−4,7−ジオール)[(1,2,3,4,5−η)−1,2,3,4,5−ペンタメチル−2,4−シクロペンタジエン−1−イル]イリジウム(III)であると推測される。さらに、30分攪拌したところ、黄色の固体が析出し始めた。この懸濁液をさらに3時間攪拌した段階で反応を止めた。瀘液は0.05Mのギ酸塩を含んでいることから、加えた塩基のうち半分をギ酸塩に転換した。一方、瀘液から1.0 ppmのイリジウムが検出されたことから、加えた錯体のうち約10%が水溶性ビピリジノラート錯体として瀘液に溶解していることわかった。
以上結果から、加えた触媒は反応の進行、すなわち、ギ酸塩の生成に伴うpHの低下に伴って、徐々に沈殿していくことがわかった。さらに、触媒の完全な回収には、反応を完結させること、すなわち、原料の塩基を完全に消費して、反応液をpH7以下にすることが重要である。
【0029】
なお、上記実施例において、それぞれの成分の含有量は、下記によって測定した。
イリジウム:誘導結合プラズマ質量分析(ICP−MS)
ギ酸:液体クロマトグラフィー
アセトン、イソプロパノール:ガスクロマトグラフィー
【産業上の利用可能性】
【0030】
この発明により、従来の一酸化炭素からのギ酸塩の製造プロセスに対し、毒性の低い二酸化炭素を原料として用いたギ酸塩の製造が可能になる。また、従来の一酸化炭素からのギ酸塩の製造プロセスと同じような反応条件(圧力、温度、溶媒、原料、溶媒)であるために、既存の設備の改良することで対応が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】アルカリ性の塩の量が、反応に及ぼす影響を示す図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)−(4)
【化1】

(式中、RおよびRは水素原子、アルキル基、芳香族基、水酸基(−OH)、エステル基(−COOR)、アミド基(−CONRR’)、ハロゲン(−X)、酸素官能基(−OR)、硫黄官能基(−SR)、窒素官能基(−NRR’)であり、同一でも異なってもよい。MはFe,Co、Ir、Rh、Ru若しくはOsであり、YはハロゲンあるいはHOであり、Xは金属錯体を形成するカウンターアニオンを表わす。kおよびlはイオンの価数を表し、k=l×nの関係が成り立つ。)で表されるいずれかの不溶性化合物の存在下で、二酸化炭素と水素を反応させることを特徴とするギ酸塩の製造方法。
【請求項2】
一般式(5)−(8)
【化2】

(式中、RおよびRは水素原子、アルキル基、芳香族基、水酸基(−OH)、エステル基(−COOR)、アミド基(−CONRR’)、ハロゲン(−X)、酸素官能基(−OR)、硫黄官能基(−SR)、窒素官能基(−NRR’)であり同一でも異なってもよい。MはFe,Co、Ir、Rh、Ru若しくはOsであり、YはハロゲンあるいはHOであり、X’は金属錯体を形成するカウンターイオンを表わす。錯体の価数は、一般式(1)−(4)で示した価数kに対して2減じた価数となる。)で表されるいずれかの水溶性化合物の存在下で、二酸化炭素と水素を反応させることを特徴とするギ酸塩の製造方法。
【請求項3】
一般式(9)−(12)

【化3】

(式中、RおよびRは水素原子、アルキル基、芳香族基、水酸基(−OH)、エステル基(−COOR)、アミド基(−CONRR’)、ハロゲン(−X)、酸素官能基(−OR)、硫黄官能基(−SR)、窒素官能基(−NRR’)であり同一でも異なってもよい。MはFe,Co、Ir、Rh、Ru若しくはOsであり、YはハロゲンあるいはHOであり、X”は金属錯体を形成するカウンターイオンを表わす。k’は錯体の価数を表す。)で表されるいずれかの化合物の存在下で、二酸化炭素と水素を反応させることを特徴とするギ酸塩の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3の何れかに記載されたギ酸塩の製造方法において、アルカリ性の塩の存在下、水及び/又は低級アルコールを溶媒として用いるギ酸塩の製造方法。
【請求項5】
アルカリ性の塩が、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム、水酸化ストロンチウム、炭酸リチウム、炭酸水素リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム,炭酸水素カリウム、炭酸カルシウム、炭酸バリウム、炭酸ストロンチウムからなる無機塩基あるいは、アンモニア、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、アニリン、ピリジンからなる有機塩基から選ばれる1種若しくは2種以上である請求項4に記載したギ酸塩の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし請求項3の何れかに記載されたギ酸塩の製造方法において、ギ酸塩を製造する反応が終了後、一般式(5)−(8)で示される水溶性ピリジノラート錯体に酸を作用させることにより、一般式(1)−(4)で示される不溶性ピリジノール錯体へ変換することによって触媒を沈殿させ、一般式(1)−(4)で示される不溶性ピリジノール錯体を回収する二酸化炭素と水素を反応させることを特徴とするギ酸塩の製造方法。
【請求項7】
酸が蟻酸である請求項6に記載したギ酸塩の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−55915(P2007−55915A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−240996(P2005−240996)
【出願日】平成17年8月23日(2005.8.23)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】