説明

亜鉛イオンによる転写因子STATの活性制御

【課題】新規なSTAT活性抑制剤を提供し、STATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患を予防・治療すること。
【解決手段】本発明は、細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質を含有する、STAT活性抑制剤及びSTATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患の予防・治療剤を提供し、STAT活性抑制作用を有する物質をスクリーニングする方法もまた、提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質を含有する、STAT活性抑制剤及びSTATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患の予防・治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
サイトカインや増殖因子は、人間の健康の維持に重要な免疫系等の生体反応を制御している。サイトカインの一つであるIL-6は、標的細胞の表面に発現するIL-6受容体のgp130サブユニットを介して転写因子STAT3を含む複数のシグナル伝達分子を活性化し、それらのバランスが生体の恒常性に重要であることが指摘されている(非特許文献1)。
【0003】
STATは、細胞の分化、増殖、生存、機能発現に関与する重要な転写因子である(非特許文献2)。例えば、STAT3の過剰な活性化は、自己免疫疾患(非特許文献3)、炎症性疾患(非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6)、癌(非特許文献7、非特許文献8)等に関与することが報告されている。すなわち、STAT3が関与するシグナル伝達経路の制御は、このような疾患の予防・治療の観点から極めて重要である。
【0004】
これまで、サイトカイン応答の制御を目的として様々なリン酸化酵素の阻害剤が開発されてきた。しかしながら、これらのリン酸化酵素の阻害剤は特異性に乏しく、人体にとって有害な一面を潜在的に持っている。従って、従来使用されている免疫賦活化剤や免疫抑制剤、合成ステロイド剤やリン酸化酵素阻害剤等を使用することなく、サイトカイン応答を制御する方法の開発が望まれている。
【0005】
亜鉛(Zn)は種々の生体応答に関与しており、亜鉛欠乏が性的発達遅滞、精子減少・無月経、発育異常、貧血、免疫低下、夜盲症、皮膚症状、味覚障害、臭覚障害、慢性下痢、創傷治癒遅滞、精神状態の異常等のような種々の症状を引き起こすことが知られている。これまでに、味覚障害や胃潰瘍等の症状が亜鉛補充によって緩和されることが報告されている。この亜鉛補充としては、各種サプリメントに加えて、ポラプレジンク(Polaprezinc)(プロマック(Promac)(登録商標)、ゼリア新薬)等が使用されている。
【0006】
しかし、STATの活性が亜鉛イオン濃度によって制御されることは、これまで全く知られていなかった。
【非特許文献1】Hirano T et al., Signaling mechanisms through gp130: a model of the cytokine system. Cytokine & Growth Factor Reviews, 8:241-52, 1997.
【非特許文献2】Sehgal PB et al., Signal transducers and activators of Trnascription (STATs) Activation and Biology. Kluwer Academic Publishers. 2003.
【非特許文献3】Sawa S et al., Autoimmune arthritis associated with mutated interleukin (IL)-6 receptor gp130 is driven by STAT3/IL-7-dependent homeostatic proliferation of CD4+ T cells., J Exp Med. 2006 Jun 12; 203(6): 1459-70.
【非特許文献4】Mitsuyama K, et al., STAT3 activation via interleukin 6 trans-signalling contributes to ileitis in SAMP1/Yit mice. Gut. 2006 Sep.55(9):1263-9.
【非特許文献5】Suzuki A,et al., CIS3/SOCS3/SSI3 plays a negative regulatory role in STAT3 activation and intestinal inflammation. J Exp Med. 2001 Feb. 19;193(4):471-81.
【非特許文献6】Lovato P et al., Constitutive STAT3 activation in intestinal T cells from patients with Crohn's disease., J Biol Chem. 2003 May 9; 278(19): 16777-81.
【非特許文献7】Bromberg JF et al., Stat3 as an oncogene., Cell. 1999 Aug 6; 98(3): 295-303.
【非特許文献8】Bromberg JF, Stat proteins and oncogenesis., J Clin Invest. 2002 May 1; 109(9): 1139-1142.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、新規なSTAT活性抑制剤を提供し、STATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患を予防・治療することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意研究を行なった結果、亜鉛イオンを亜鉛イオノフォアによって種々の細胞株及び初代培養細胞に導入することによって、STATの活性が抑制されることを始めて明らかにした。即ち、亜鉛イオンの細胞内導入によって、IL-6刺激によって生じるSTAT3のチロシンリン酸化及びその転写活性化作用が抑制された。このような知見に基づき、細胞内亜鉛イオン濃度を直接的又は間接的に増大させることにより、STATの活性を抑制し、STATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患を予防・治療し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は以下の通りである:
〔1〕 細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質を含有する、STAT活性抑制剤、
〔2〕 細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質が亜鉛イオン、亜鉛イオノフォア又は亜鉛イオンと亜鉛イオノフォアとの組み合わせである、上記〔1〕記載の剤、
〔3〕 細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質が、亜鉛イオントランスポーターの発現及び/又は活性を調節する物質である、上記〔1〕記載の剤、
〔4〕 STATが、STAT1、STAT3、STAT4、STAT5及びSTAT6からなる群より選択される少なくとも1種である、上記〔1〕記載の剤、
〔5〕 細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質を含有する、STATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患の予防・治療剤、
〔6〕 疾患が炎症性腸疾患である、上記〔5〕記載の予防・治療剤、
〔7〕 インビトロで、細胞内亜鉛イオン濃度を増大させることを含む、STATの活性を抑制する方法、
〔8〕 有効量の細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質を投与することを含む、STATの活性を抑制する方法、
〔9〕 細胞内亜鉛イオン濃度を測定し、細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質をSTATの活性を抑制し得る物質として選択することを含む、STAT活性抑制作用を有する物質のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の剤は、STAT活性を抑制し、STATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患を予防・治療するのに有用であり得る。本発明のスクリーニング方法によれば、STAT活性を抑制し得る物質を得ることができるので、当該方法は、STATの研究及び/又はSTATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患の予防・治療剤の開発において有用であり得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を具体的に説明する。
STAT(Signal Transducer and Activator for Transcription)は、リガンド依存的にJAKファミリーメンバーによってリン酸化され、核内に移行し、標的遺伝子の転写を活性化する公知の転写因子である。即ち、STATの活性化とは、STATがリン酸化され、核内へ移行し、標的遺伝子の転写を活性化することをいう。STATとしては、現在、STAT1〜STAT6がクローニングされている。本発明で対象とするSTATは、好ましくはSTAT1、STAT3、STAT4、STAT5及びSTAT6であり、特に好ましくはSTAT3である。STATファミリーメンバーのヌクレオチド配列及びアミノ酸配列は、種々のデータベースから入手可能である。例えば、ヒトのSTAT1、STAT2、STAT3、STAT4、STAT5及びSTAT6遺伝子のヌクレオチド配列(cDNA配列)としては、それぞれ、GenBank Accession No. NM_007315及びNM_139266、NM_005419、NM_139276及びNM_003150、NM_003151、MN_003152(STAT5A)及びNM_012448(STAT5B)、並びにNM_003153が知られている。これらのオルソログの配列情報もまた、データベースから入手可能である。
【0012】
本発明で対象とするSTATは、通常、哺乳動物のSTATである。本明細書中で使用される場合、「哺乳動物」としては、例えば、霊長類、実験用動物、家畜、ペット等が挙げられるがこれらに限定されず、具体的には、ヒト、サル、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、ウマ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ等であり、ヒトが最も好ましい。
【0013】
本発明において「細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質」とは、その作用機序に関わらず、細胞内亜鉛イオンの濃度(即ち量)を直接的及び/又は間接的に増大させる任意の物質を意味する。本発明では、複数種のこのような物質を組み合わせて使用してもよい。「細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質」としては「亜鉛イオン」、「亜鉛イオノフォア」、「亜鉛イオンと亜鉛イオノフォアとの組み合わせ」、「亜鉛イオントランスポーターの発現及び/又は活性を調節する物質」等が挙げられるが、これらに限定されない。「亜鉛イオン」、「亜鉛イオノフォア」及び「亜鉛イオンと亜鉛イオノフォアとの組み合わせ」は細胞内の亜鉛イオン濃度を直接増大させ、「亜鉛イオントランスポーターの発現及び/又は活性を調節する物質」は細胞内の亜鉛イオンの濃度を間接的に増大させ得る。
【0014】
STATに対する亜鉛イオンの作用は、直接的であっても他の分子を介してでもよい。
【0015】
本明細書中で使用する場合、「発現」とは、遺伝子の翻訳産物(タンパク質、ポリペプチド等)が産生され且つ機能的な状態でその作用部位に局在することをいう。
【0016】
本発明で使用する場合、「亜鉛イオン」は、イオン(Zn2+)/塩/錯体のいずれの形態であってもよい。亜鉛イオンとして、公知の亜鉛製剤を使用することもできる。使用し得る亜鉛の塩としては、生理学的に許容しうる有機又は無機の酸との塩が挙げられ、例えば、トリフルオロ酢酸、酢酸、乳酸、コハク酸、マレイン酸、酒石酸、クエン酸、グルコン酸、アスコルビン酸、安息香酸、メタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、ケイ皮酸、フマル酸、ホスホン酸、マロン酸、リンゴ酸、ベンゼンスルホン酸、塩酸、硝酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、スルファミン酸、硫酸、リン酸等の酸との酸付加塩等が挙げられる。使用し得る亜鉛錯体としては、生理学的に許容しうる錯体が挙げられ、例えば、上記のL−カルノシン亜鉛錯体(ポラプレジンク)等が挙げられる。
【0017】
細胞外に存在する亜鉛イオンは、「亜鉛イオノフォア」によって細胞内に導入される。本発明で使用し得る亜鉛イオノフォアとしては、当分野で通常用いられる、好ましくは市販されている種々の化合物等が挙げられる。亜鉛イオノフォアとしては、ピリチオン、複素環アミン、ジチオカルバメート、ビタミン類等が例示されるがこれらに限定されない。
【0018】
「細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質」が「亜鉛イオンと亜鉛イオノフォアとの組み合わせ」である場合、上記亜鉛イオンと亜鉛イオノフォアとの任意の組み合わせが挙げられる。必要に応じて、各々複数種を併用してもよい。
【0019】
本明細書中で使用する場合「細胞内」とは、(1)細胞内全体、あるいは(2)「細胞質(下記「細胞小器官」を含まない)」内又は各種「細胞小器官(例えば、ゴルジ体、ER、リソゾーム、エンドソーム、ミトコンドリア、核等)」の内部をいう。本明細書中で使用する場合、「細胞小器官」とは、膜性小器官(細胞内膜によって細胞質の他の空間とは区切られた細胞内区画を意味する)をいう。
【0020】
即ち、「細胞内亜鉛イオン濃度の増大」には、(1)細胞内全体での亜鉛イオン濃度の増大、及び(2)細胞内全体の亜鉛イオン濃度自体は変化しないが、亜鉛イオンの偏在、即ち、区画(「細胞質」又は「細胞小器官」をいう)における局所的な亜鉛イオン濃度の増大を生じることが含まれる。
【0021】
「亜鉛イオントランスポーター」には、「亜鉛イオンインポーター」及び「亜鉛イオンエクスポーター」が含まれる。また、「亜鉛イオントランスポーター」には、細胞膜を介する細胞内外での亜鉛イオン輸送を担うもの、および細胞小器官の内外での亜鉛イオン輸送を担うものが含まれる。具体的には、上記(1)の場合、亜鉛イオンを細胞の内部に取り込む分子を「亜鉛イオンインポーター」といい、亜鉛イオンを細胞の外側に排出する分子を「亜鉛イオンエクスポーター」という。本明細書中では、上記(2)の場合、細胞小器官から細胞質へ亜鉛イオンを輸送する分子は「亜鉛イオンインポーター」に含まれ、細胞質から細胞小器官へ亜鉛イオンを輸送する分子は「亜鉛イオンエクスポーター」に含まれる。
【0022】
従って、「亜鉛イオントランスポーターの発現及び/又は活性を調節する」ことには、例えば、「亜鉛イオンインポーターの発現及び/又は活性を促進する」こと、「亜鉛イオンエクスポーターの発現及び/又は活性を抑制する」ことなどが含まれ得るが、最終的に「細胞内亜鉛イオン濃度の増大」が生じる限り、これらに限定されない。
【0023】
「亜鉛イオントランスポーターの発現及び/又は活性を調節する物質」の作用機序は特に限定されず、遺伝子レベルでの調節であってもタンパク質レベルでの調節であってもよい。遺伝子レベルでの調節としては、転写調節、遺伝子発現調節等が挙げられる。タンパク質レベルでの調節としては、代謝調節、リン酸化、脱リン酸化、糖付加、脂質付加、亜鉛との配位結合、分解、ユビキチン化、アセチル化等が挙げられる。
【0024】
「亜鉛イオントランスポーター」としては、例えば、LIVファミリーを含むヒトZIP類(BAB70848、hZip4、BIGM103、KIAA0062、KIAA1265、hZip6、AAH08853、hZip7、XP_208649、hZIP1、hZIP2、hZIP3、BAA92100、BAC04504等)、ヒトCDF(cation diffusion facilitator)類(hZnt-5、hZnt-7、hZnt-1、hZnt-6、hZnt-3、hZnt-2、hZnt-8、hZnt-4、hZnt-9等)等が挙げられる。ZIP類は「亜鉛イオンインポーター」に属し、CDF類は「亜鉛イオンエクスポーター」に属する。例えば、亜鉛イオンインポーターであるLIV1/Zip6は、STAT3により発現調節を受ける(Yamashita, S., Miyagi, C., Fukada, T., Kagara, N., Che, Y.-S. & Hirano, T. Zinc transporter LIVI controls epithelial-mesenchymal transition in zebrafish gastrula organizer. Nature 429, 298-302 (2004))。
【0025】
(1)亜鉛イオンエクスポーターの発現を抑制する物質
亜鉛イオンエクスポーター遺伝子の発現を抑制する物質は、転写、転写後調節、翻訳、翻訳後修飾、局在化及びタンパク質フォールディング等の、いかなる段階で作用するものであってもよい。亜鉛イオンエクスポーターの発現を抑制する物質としては、転写抑制因子、RNAポリメラーゼ阻害剤、RNA分解酵素、タンパク質合成阻害剤、核内移行阻害剤、タンパク質分解酵素、タンパク質変性剤等が例示され、標的分子に特異的に作用し得る物質であることが好ましい。
【0026】
亜鉛イオンエクスポーターの発現を抑制する物質の一態様は、亜鉛イオンエクスポーターのアンチセンス核酸である。「アンチセンス核酸」とは、標的mRNA(初期転写産物)を発現する細胞の生理的条件下で該標的mRNAとハイブリダイズし得る塩基配列からなり、且つハイブリダイズした状態で該標的mRNAにコードされるポリペプチドの翻訳を阻害し得る核酸をいうが、二本鎖RNAと結合して三重鎖(トリプレックス)を形成し、mRNAへの転写を阻害し得るものであってもよい。核酸の種類はDNAでもRNAでもよく、DNA/RNAキメラであってもよい。アンチセンス核酸の長さは、アンチセンス核酸として機能する限り特に限定されず、短いもので約15塩基程度、長いものでmRNA(初期転写産物)の全長配列に相補的な配列を含むような配列であってもよい。ハイブリダイゼーションの特異性を考慮すると、アンチセンス核酸の長さは、例えば約15塩基以上、好ましくは約18塩基以上、より好ましくは約20塩基以上である。また、合成の容易さや抗原性の問題等を考慮すると、アンチセンス核酸の長さは、例えば約200塩基以下、好ましくは約50塩基以下、より好ましくは約30塩基以下である。即ち、アンチセンス核酸としては、例えば約15〜約200塩基、好ましくは約18〜約50塩基、より好ましくは約20〜約30塩基からなるオリゴヌクレオチドが例示される。
【0027】
亜鉛イオンエクスポーターの発現を抑制する物質の別の好ましい一態様は、亜鉛イオンエクスポーターのmRNAを、コード領域の内部(初期転写産物の場合はイントロン部分を含む)で特異的に切断し得るリボザイムである。「リボザイム」とは核酸を切断する酵素活性を有するRNAをいうが、本発明では配列特異的な核酸切断活性を有する限りDNAをも包含する概念として用いるものとする。リボザイムとしては、ウイロイドやウイルソイド等の感染性RNAに見られるセルフスプライシングRNAがあり、ハンマーヘッド型やヘアピン型等が知られている。また、リボザイムを、それをコードするRNAを含む発現ベクターの形態で使用する場合には、細胞質への移行を促進するために、tRNAを改変した配列をさらに連結したハイブリッドリボザイムとすることもできる[Nucleic Acids Res., 29(13): 2780-2788 (2001)]。
【0028】
亜鉛イオンエクスポーターの発現を抑制する物質のさらに別の一態様は、亜鉛イオンエクスポーターのmRNAもしくは初期転写産物のヌクレオチド配列又はその部分配列(好ましくはコード領域内)(初期転写産物の場合はイントロン部分を含む)に相同なヌクレオチド配列を含む、siRNAである。siRNAは、代表的には、標的遺伝子のmRNAもしくは初期転写産物のヌクレオチド配列又はその部分配列(標的ヌクレオチド配列)と相同な配列を有するRNAとその相補鎖からなる二本鎖オリゴRNAである。また、shRNA(small hairpin RNA)もsiRNAの好ましい態様の1つである。
【0029】
siRNAに含まれる、標的ヌクレオチド配列と相同な部分の長さは、通常、約18塩基以上、例えば約20塩基前後(代表的には約21〜23塩基長)の長さであるが、RNA干渉を引き起こすことが出来る限り、特に限定されない。siRNAが23塩基よりも長い場合には、該siRNAは細胞内で分解されて、約20塩基前後のsiRNAを生じるので、理論的には標的ヌクレオチド配列と相同な部分の長さの上限は、標的遺伝子のmRNAもしくは初期転写産物のヌクレオチド配列の全長である。しかし、合成の容易さや抗原性の問題等を考慮すると、該相同部分の長さは、例えば約200塩基以下、好ましくは約50塩基以下、より好ましくは約30塩基以下である。即ち、該相同部分の長さは、例えば約18塩基以上、好ましくは約18〜約200塩基、より好ましくは約20〜約50塩基、更に好ましくは約20〜約30塩基である。
【0030】
また、siRNAの全長も、通常、約18塩基以上、例えば約20塩基前後(代表的には約21〜23塩基長)の長さであるが、RNA干渉を引き起こすことが出来る限り、特に限定されず、理論的にはsiRNAの長さの上限はない。しかし、合成の容易さや抗原性の問題等を考慮すると、siRNAの長さは、例えば約200塩基以下、好ましくは約50塩基以下、より好ましくは約30塩基以下である。即ち、siRNAの長さは、例えば約18塩基以上、好ましくは約18〜約200塩基、より好ましくは約20〜約50塩基、更に好ましくは約20〜約30塩基である。なお、shRNAの核酸の長さは、二本鎖構造をとった場合の二本鎖部分の長さとして示すものとする。
【0031】
shRNAのヘアピンループのループ部分の長さは、RNA干渉を引き起こすことが出来る限り、特に限定されないが、通常、5〜25塩基程度である。該ループ部分のヌクレオチド配列は、ループを形成することができ、且つ、shRNAがRNA干渉を引き起こすことができる限り、特に限定されない。
【0032】
亜鉛イオンエクスポーターの発現を抑制する物質が核酸分子(以下、有効核酸分子ともいう)である場合、本発明の剤は、該有効核酸分子を発現し得る(コードする)発現ベクターを有効成分とすることもできる。本発明において使用され得る発現ベクターは特に制限されないが、ヒト等の哺乳動物への投与に好適なベクターとして、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス等のウイルスベクターが挙げられる。
【0033】
発現ベクターにおいては、通常、有効核酸分子をコードするヌクレオチド配列が、適切なプロモーターに機能的に連結されている。使用されるプロモーターは、投与対象である哺乳動物の細胞内で機能し得るものであれば特に制限はない。有効核酸分子を組織(又は細胞)特異的或いは時期特異的に発現させるために、適切なプロモーターを選択することもできる。
【0034】
本発明の発現ベクターは、好ましくは有効核酸分子をコードするヌクレオチド配列の下流に転写終結シグナル(ターミネーター領域)を含有し、さらに、選択マーカー遺伝子(薬剤耐性遺伝子、栄養要求性変異を相補する遺伝子、蛍光タンパク質遺伝子等)、タグ標識遺伝子などを含有してもよい。
【0035】
このような発現ベクターを有効成分とする本発明の予防・治療剤の投与は、投与対象の体内に直接ベクターを投与して導入を行うin vivo法で行われる。また、誘導物質の投与を所望の組織に局所投与することにより、該組織特異的に有効核酸分子の発現を誘導することも出来る。
【0036】
(2)亜鉛イオンエクスポーターの活性を抑制する物質
亜鉛イオンエクスポーターの活性を抑制する物質としては、上記亜鉛イオンエクスポーターの活性を低減させ得る物質である限り特に限定されないが、他の遺伝子・タンパク質に及ぼす悪影響を最小限にするためには、標的分子に特異的に作用し得る物質であることが好ましい。亜鉛イオンエクスポーターの活性を特異的に抑制する物質としては、亜鉛イオンエクスポーターのドミナントネガティブ変異体、これをコードする核酸、当該核酸を含む発現ベクター、低分子有機化合物等が例示される。ここで、発現ベクターは上記と同様である。
【0037】
亜鉛イオンエクスポーターのドミナントネガティブ変異体とは、亜鉛イオンエクスポーターに対する変異の導入によりその活性が低減したものをいう。亜鉛イオンエクスポーターのドミナントネガティブ変異体は、天然の亜鉛イオンエクスポーターと競合することで間接的にその活性を阻害することができる。亜鉛イオンエクスポーターのドミナントネガティブ変異体は、亜鉛イオンエクスポーターに変異を導入することによって作製することができる。アミノ酸変異は、PCRや公知のキットを用いる自体公知の方法により導入できる。
【0038】
亜鉛イオンエクスポーターの活性を抑制する物質の他の好ましい態様は、亜鉛イオンエクスポーターを特異的に認識する抗体(抗亜鉛イオンエクスポーター抗体)である。該抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のいずれであってもよく、周知の免疫学的手法により作製できる。また、該抗体は、抗体のフラグメント(例えば、Fab、F(ab’)2)、組換え抗体(例えば、単鎖抗体)であってもよい。さらに、抗亜鉛イオンエクスポーター抗体をコードする核酸及び当該核酸を含む発現ベクターもまた、亜鉛イオンエクスポーターの活性を抑制する物質として好ましい。ここで、発現ベクターは上記と同様である。
【0039】
(3)亜鉛イオンインポーターの発現を促進する物質
亜鉛イオンインポーターの発現を促進する物質の一態様は、亜鉛イオンインポーターをコードする核酸及び当該核酸を含む発現ベクターである。このような核酸には、亜鉛イオンインポーターをコードするcDNA、mRNA、染色体DNAが含まれる。亜鉛イオントランスポーターをコードする核酸は、DNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよいが、好ましくはDNAである。また、該核酸は二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。二本鎖の場合は、二本鎖DNA、二本鎖RNA又はDNA:RNAのハイブリッドでもよい。亜鉛イオンインポーターをコードする核酸は、該ヌクレオチド配列の一部分を有する合成プライマーと、該ヌクレオチド配列を有する染色体DNA、mRNA、cDNA等を含む鋳型を用い、Polymerase Chain Reaction(以下、「PCR法」と略称する)又はReverse Transcriptase-PCR(以下、「RT-PCR法」と略称する)により増幅することにより得ることが出来る。ここで、発現ベクターは上記と同様である。
【0040】
(4)亜鉛イオンインポーターの活性を促進する物質
亜鉛イオンインポーターの活性を促進する物質としては、上記亜鉛イオンインポーターの活性を促進し得る物質である限り特に限定されないが、他の遺伝子・タンパク質に及ぼす悪影響を最小限にするためには、標的分子に特異的に作用し得る物質であることが好ましい。亜鉛イオンインポーターの活性を特異的に促進する物質としては、亜鉛イオンインポーターの構成的活性変異体、これをコードする核酸、当該核酸を含む発現ベクター、低分子有機化合物等が例示される。ここで、発現ベクターは上記と同様である。
【0041】
亜鉛イオンインポーターの構成的活性変異体とは、上流シグナルの有無に関わらず常に活性化状態である変異体をいう。亜鉛イオンインポーターの構成的活性変異体は、野生型亜鉛イオンインポーターの配列に適切な変異を導入することによって作製することができる。アミノ酸変異は、PCRや公知のキットを用いる、自体公知の方法により導入できる。
【0042】
「細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質」は、上記した物質以外に、公知の化合物であっても今後開発される新規な化合物であってもよい。また、低分子化合物であっても高分子化合物であってもかまわない。ここで低分子化合物とは分子量3000未満程度の化合物であって、例えば医薬品として通常使用し得る有機化合物およびその誘導体や無機化合物が挙げられ、有機合成法等を駆使して製造される化合物やその誘導体、天然由来の化合物やその誘導体、プロモーター等の小さな核酸分子や各種の金属等である。また、高分子化合物としては分子量3000以上程度の化合物であって、タンパク質、ポリ核酸類、多糖類、およびこれらを組み合わせたもの等が挙げられる。これらの低分子化合物あるいは高分子化合物は、公知のものであれば商業的に入手可能であるか、各報告文献に従って採取、製造、精製等の工程を経て得ることができる。これらは、天然由来であっても、また遺伝子工学的に調製されるものであってもよく、また半合成等によっても得ることができる。
【0043】
「細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質」は、STAT活性抑制剤として、またSTATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患の予防・治療剤として有用である。組織又は細胞内のSTATが過剰に活性化した該疾患の患者に「細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質」を投与することにより、STATの活性化が抑制され、該疾患が治療される。
【0044】
「STATの過剰な活性化」とは、STATが、内因的及び/又は外因的な理由により、STATが通常受けている活性制御を脱して活性が亢進した状態を意味する。例えば、STAT自体の変異によってSTATが構成的に活性になった状態、STATのリン酸化を導くシグナル伝達経路の上流分子の構成的な活性化に起因して活性が亢進した状態等が例示される。各STATの過剰な活性化により、下記のような各種疾患が引き起こされ得る。
【0045】
Type I Interferon等によるSTAT1の過剰な活性化によって引き起こされる疾患としては、乳癌、頭頸部癌、肺癌、脳腫瘍、急性骨髄性白血病、慢性リンパ球性白血病、急性リンパ芽球性白血病、赤白血病のような癌、肝炎のような炎症性疾患等が挙げられ得る。
STAT2の過剰な活性化によって引き起こされる疾患としては、肝炎のような炎症性疾患等が挙げられ得る。
IL-6ファミリーサイトカインやGCSF等によるSTAT3の過剰な活性化によって引き起こされる疾患としては、関節リウマチ、多発性硬化症のような自己免疫疾患、クローン病や潰瘍性大腸炎のような炎症性腸疾患、C型肝炎、肝炎のような炎症性疾患、乳癌、頭頸部癌、前立腺癌、黒色腫、卵巣癌、肺癌、脳腫瘍、膵臓癌、腎癌腫、腎臓癌、急性骨髄性白血病、慢性リンパ球性白血病、菌状息肉腫、バーキットリンパ腫、大顆粒リンパ球性白血病、骨髄腫、ホジキンリンパ腫、未分化大細胞リンパ腫、甲状腺癌、肝細胞癌のような癌、糖尿病等が挙げられ得る。
IL-12やIL-23等によるSTAT4の過剰な活性化によって引き起こされる疾患としては、肝炎、関節炎等の炎症性疾患、多発性硬化症のような自己免疫疾患、クローン病や潰瘍性大腸炎のような炎症性腸疾患、アレルギー疾患、バセドウ氏病等が挙げられ得る。
IL-2ファミリーサイトカインやGCSF、EPO、TPO、IL-3/IL-5/GM-CSF等によるSTAT5の過剰な活性化によって引き起こされる疾患としては、慢性骨髄性白血病、急性骨髄性白血病、急性リンパ芽球性白血病、慢性リンパ球性白血病、赤白血病のような癌、肝炎のような炎症性疾患等が挙げられ得る。
IL-4等によるSTAT6の過剰な活性化によって引き起こされる疾患としては、アトピー性皮膚炎、花粉症、気管支ぜんそくのようなアレルギー疾患、肝炎、関節炎のような炎症性疾患、多発性硬化症のような自己免疫疾患、バセドウ氏病等が挙げられ得る。
【0046】
本発明のSTAT活性抑制剤、及びSTATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患の予防・治療剤は、上記した有効成分(即ち、細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質)に加え、所望により薬学的に許容される賦形剤、添加剤を含んでもよい。薬学的に許容される賦形剤、添加剤としては、担体、結合剤、香料、緩衝剤、増粘剤、着色剤、安定剤、乳化剤、分散剤、懸濁化剤、防腐剤等が挙げられる。
【0047】
薬学的に許容される担体としては、例えば、炭酸マグネシウム、ステアリン酸マグネシウム、タルク、砂糖、ラクトース、ペクチン、デキストリン、澱粉、ゼラチン、トラガント、メチルセルロース、ナトリウムカルボキシメチルセルロース、低融点ワックス、カカオバター等が挙げられる。
【0048】
さらに、錠剤は必要に応じて通常の剤皮を施した錠剤、例えば糖衣錠、腸溶性コーティング錠、フィルムコーティング錠あるいは二層錠、多層錠とすることができる。散剤は、薬学的に許容される散剤の基剤と共に製剤化される。基剤としては、タルク、ラクトース、澱粉等が挙げられる。ドロップは水性又は非水性の基剤と一種またはそれ以上の薬学的に許容される拡散剤、懸濁化剤、溶解剤等と共に製剤化できる。カプセルは、有効成分となる化合物を薬学的に許容される担体と共に中に充填することにより製造できる。当該化合物は薬学的に許容される賦形剤と共に混合し、または賦形剤なしでカプセルの中に充填することができる。カシェ剤も同様の方法で製造できる。本発明を座剤として調製する場合、植物油(ひまし油、オリーブ油、ピーナッツ油等)や鉱物油(ワセリン、白色ワセリン等)、ロウ類、部分合成もしくは全合成グリセリン脂肪酸エステル等の基剤と共に通常用いられる手法によって製剤化される。
【0049】
注射用液剤としては、溶液、懸濁液、乳剤等が挙げられる。例えば、水溶液、水−プロピレングリコール溶液等が挙げられる。液剤は、水を含んでも良い、ポリエチレングリコールおよび/またはプロピレングリコールの溶液の形で製造することもできる。
【0050】
経口投与に適切な液剤は、有効成分となる化合物を水に加え、着色剤、香料、安定化剤、甘味剤、溶解剤、増粘剤等を必要に応じて加え製造することができる。また経口投与に適切な液剤は、当該化合物を分散剤とともに水に加え、粘重にすることによっても製造できる。増粘剤としては、例えば、薬学的に許容される天然または合成ガム、レジン、メチルセルロース、ナトリウムカルボキシメチルセルロースまたは公知の懸濁化剤等が挙げられる。
【0051】
局所投与剤としては、上記の液剤および、クリーム、エアロゾル、スプレー、粉剤、ローション、軟膏等が挙げられる。上記の局所投与剤は、有効成分となる化合物と薬学的に許容される希釈剤および担体と混合することによって製造できる。軟膏およびクリームは、例えば、水性または油性の基剤に増粘剤および/またはゲル化剤を加えて製剤化する。該基剤としては、例えば、水、液体パラフィン、植物油等が挙げられる。増粘剤としては、例えばソフトパラフィン、ステアリン酸アルミニウム、セトステアリルアルコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ラノリン、水素添加ラノリン、蜜蝋等が挙げられる。局所投与剤には、必要に応じて、ヒドロキシ安息香酸メチル、ヒドロキシ安息香酸プロピル、クロロクレゾール、ベンザルコニウムクロリド等の防腐剤、細菌増殖防止剤を添加することもできる。ローションは、水性又は油性の基剤に、一種類またはそれ以上の薬学的に許容される安定剤、懸濁化剤、乳化剤、拡散剤、増粘剤、着色剤、香料等を加えることができる。
【0052】
本発明の剤は、経口または非経口的に投与される。経口的に投与する場合、通常当分野で用いられる投与形態で投与することができる。非経口的に投与する場合には、局所投与剤(経皮剤等)、直腸投与剤、注射剤、経鼻剤等の投与形態で投与することができる。
【0053】
経口剤または直腸投与剤としては、例えばカプセル、錠剤、ピル、散剤、ドロップ、カシェ剤、座剤、液剤等が挙げられる。注射剤としては、例えば、無菌の溶液又は懸濁液等が挙げられる。局所投与剤としては、例えば、クリーム、軟膏、ローション、経皮剤(通常のパッチ剤、マトリクス剤)等が挙げられる。
【0054】
本発明の剤の投与量、投与回数は、使用する亜鉛イオン濃度を増大させる物質の種類、患者の症状、年齢、体重、投与形態等によって異なり、適宜設定され得る。
【0055】
本発明はまた、インビトロで、細胞内亜鉛イオン濃度を増大させることを含む、STATの活性を抑制する方法を提供する。例えば、この方法は、STAT活性の抑制を所望するインビトロ系に、細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質を添加する工程を含む。
【0056】
細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質として、上記各種物質を使用することができる。細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる手段は、細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質の添加に限定されず、細胞内亜鉛イオン濃度を増大させることができる限りいずれの手段で行なってもよい。
【0057】
使用するインビトロ系としては、組織切片、培養細胞、細胞破砕物、細胞抽出物等の系が挙げられるが、STATが機能し得且つSTAT活性の抑制が可能な系である限りこれらに限定されない。本発明で使用するインビトロ系としては細胞が好ましく、このような細胞として、初代培養細胞、当該初代培養細胞から誘導された細胞株等を用いることができる。本明細書中では、細胞を含まない系(細胞破砕物、細胞抽出物等)を用いる場合であっても、その系の亜鉛イオン濃度を増大させることを「細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる」と表現する。
【0058】
細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質の添加は、培養培地中で行われる。培養培地は、使用する細胞に応じて適宜選択されるが、例えば、約5〜20%のウシ胎仔血清を含む最少必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)等である。培養条件も同様に適宜決定されるが、例えば、培地のpHは約6〜約8であり、培養温度は通常約30〜約40℃であり、培養時間は約12〜約72時間である。
【0059】
この方法は、STAT又はSTATが関与する疾患の研究等において有用であり得る。このとき、インビトロ系として、例えば、各種癌細胞、構成的に活性なSTATを含む細胞等も用いることができる。
【0060】
本発明はまた、有効量の細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質を投与することを含む、STATの活性を抑制する方法を提供する。細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質の投与対象としては、上記哺乳動物が挙げられる。「有効量」とは、投与対象の細胞内の亜鉛イオン濃度を増大させるのに十分な量をいう。
【0061】
本発明はまた、被検物質が細胞内亜鉛イオン濃度を増大させるか否かを評価することを含む、STAT活性抑制作用を有する物質のスクリーニング方法、並びに当該方法により得られうる物質を提供する。本発明のスクリーニング方法においては、細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質が、STAT活性抑制作用を有する物質として選択される。この物質により、STATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患が予防・治療され得る。
【0062】
本発明のスクリーニング方法に供される被検物質は、いかなる公知化合物及び新規化合物であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、タンパク質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、ランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分等が挙げられる。
【0063】
本発明のスクリーニング方法は、例えば以下の工程を含む:
(1)STAT活性の抑制を所望する細胞を2群に分け一方を被検物質で処理する工程(未処理の残る一方を対照とする);
(2)処理後の細胞、及び未処理の対照細胞についてそれぞれ細胞内の亜鉛イオン濃度を測定する工程;及び
(3)対照細胞と比較して、細胞内亜鉛イオン濃度を有意に増大させた被検物質を、STATの活性を抑制し得る物質として選択する工程。
【0064】
使用する細胞は、細胞内亜鉛イオン濃度を測定するのに使用可能な細胞である限り特に限定されず、初代培養細胞、当該初代培養細胞から誘導された細胞株等を用いることができる。
【0065】
上記工程(1)において、被検物質による細胞の処理は通常培養培地中で行われる。培養培地は、使用する細胞に応じて適宜選択されるが、例えば、約5〜20%のウシ胎仔血清を含む最少必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)等である。培養条件も同様に適宜決定されるが、例えば、培地のpHは約6〜約8であり、培養温度は通常約30〜約40℃であり、培養時間は約12〜約72時間である。
【0066】
細胞の被検物質での処理時間は、用いる細胞や被検物質の種類や濃度によって適宜設定される。細胞を処理する被検物質の濃度もまた、用いる細胞や被検物質の種類、処理時間によって適宜設定される。
【0067】
上記工程(2)において、細胞内亜鉛イオン濃度の測定は、当分野で通常実施されている方法を利用して、またそれに準じて行うことができる。例えば原子吸光法(フレーム法)による直接測定、特異的プローブ(例えば蛍光試薬)を用いた蛍光分光光度計によって測定することができる。
【0068】
上記工程(3)で選択した物質は、STAT活性抑制作用を有する物質として、本発明の剤において使用され得る。
【実施例】
【0069】
以下、実施例を参照して本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を何ら限定するものではない。
【0070】
実施例1 各種細胞株における、STATに対する亜鉛イオン導入の影響
マウスマクロファージ様細胞株RAW246.7に、亜鉛イオノフォア(ピリチオン(Pyrithione))及びZn2+(ZnSO4)を培養液中に最終濃度10μMになるように加え、さらにIL-6(50ng/mL)で刺激した。15分後、STAT3のチロシン残基、並びにJak1及びErk1/2のリン酸化(即ち活性化)を、Western blottingで解析した。同様の手順に従って、STATファミリーメンバーであるSTAT1、STAT4、STAT5及びSTAT6の活性化に対する亜鉛イオン導入の影響を、それぞれ、RAW246.7、STAT4強制発現ヒト繊維芽細胞株、マウスProB細胞株BafB03、及びヒトT細胞株Jurkat T細胞において検討した。
さらに、STAT3の局在に対する亜鉛イオン濃度の増大の影響を検討し、STAT3の標的遺伝子SOCS3の発現を、real time PCRで評価した。
【0071】
本実施例において、使用した抗体は以下の通りである:
pY-STAT1; Cell Signaling #9167
pY-STAT3; Cell Signaling #9131
pY-STAT5; Cell Signaling #9351
pY-STAT6; Cell Signaling #9361
pY-Jak1; Cell Signaling #3331
p-Erk1/2; Promega V8031
Phospho-tyrosine; 4G10, Upstate 05-777
STAT1; Cell Signaling #9172
STAT3; Cell Signaling #9132
STAT4; Santa Cruzsc-7959
STAT5; Cell Signaling #9363
STAT6; Cell Signaling #9362
Jak1; Cell Signaling #3332
Erk1/2; Promega V1141
【0072】
real time PCRに用いたプライマー配列及び反応条件は以下の通りである:
(プライマー配列)
mSOCS3-F; CCC AAG GCC GGA GAT TTC (配列番号1)
mSOCS3-R; GGA GCC AGC GTG GAT CTG (配列番号2)
(反応条件)
94℃ 5min、(94℃ 30sec、57℃ 30sec、72℃ 1min)×25サイクル、72℃ 5min、次いで4℃
【0073】
その結果、亜鉛イオン存在下では、サイトカインIL-6刺激によるSTAT3のチロシンリン酸化(図1A)、核画分への移行(図1C)及び標的遺伝子(SOCS3)の転写活性化(図1D)を含む、STAT3の活性が著しく減弱した。しかしながらSTAT3のリン酸化を誘導する上流分子のJakキナーゼのリン酸化及びJakキナーゼの他の下流分子であるErk1/2のリン酸化は、亜鉛イオン導入によって抑制されておらず、むしろ亢進が認められた(図1A)。亜鉛イオン導入による活性抑制作用は、STAT1、STAT4、STAT5及びSTAT6に対しても認められた(図1B)。
【0074】
実施例2 マウスのDSS誘導性大腸炎モデルにおける亜鉛イオン投与の効果
Dextran sodium sulfate (DSS)を投与したマウスにおいて、大腸炎が誘導され、STAT3の活性化が誘導されること、さらにSOCS3の高発現によるSTAT3の活性化抑制がDSS誘導性大腸炎の病態を軽減することが示されている(Suzuki A. et al., CIS3/SOCS3/SSI3 Plays a Negative Regulatory Role in STAT3 Activation and Intestinal Inflammation, J. Exp. Med. 193(4), 471-481, 2001を参照のこと)。DSS誘導性大腸炎は、潰瘍性大腸炎やクローン病のような炎症性腸疾患のモデルとして利用されている。
野生型C57BL/6マウスに、給水瓶にて、day-14からday9まで亜鉛イオン濃度0ppmあるいは4000ppmの水を自由に飲ませた。day0から9日間、水に溶かした5%のDSS(分子量4000)を1ml経口投与して大腸炎を誘導した。day9にマウスの体重を測定し、体重減少をDSS誘導性大腸炎の指標とした。
その結果、亜鉛イオンを給水瓶にて投与することで、マウスの体重減少が有意に抑制された(図2)。即ち、亜鉛イオン投与により、STAT3活性化依存性のDSS誘導性大腸炎が有意に抑制されることが明らかとなった。
【0075】
本明細書中で参照した全ての特許および刊行物は、本明細書により参考として援用される。本発明は、本明細書中に記載した特定の実施態様に限定されるものではなく、これらの実施態様とは別の方法で実施してもよいことが理解される。従って、特許請求の範囲に規定される発明の精神および範囲から実質的に逸脱することなく、上記実施態様を適宜変更・修正等することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の剤は、STAT活性を抑制し、STATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患を予防・治療するのに有用であり得る。本発明のスクリーニング方法によれば、STAT活性を抑制し得る物質を得ることができるので、当該方法は、STATの研究及び/又はSTATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患の予防・治療剤の開発において有用であり得る。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】マウス細胞株における亜鉛イオンの細胞内導入の影響を示す図である。亜鉛イオン導入により、以下の結果が得られた:(A)STAT3のリン酸化は抑制されたが、Jak1及びErk1/2のリン酸化は抑制されなかった。(B)STATファミリーメンバーであるSTAT1、STAT4、STAT5及びSTAT6のリン酸化もまた抑制された。(C)STAT3の核への移行が顕著に抑制された。(D)SOCS3の転写活性化が顕著に抑制された。
【図2】マウスのDSS誘導性大腸炎モデルにおける亜鉛イオン投与の効果を示す図である。亜鉛イオン投与により、DSS誘導性のマウスの体重減少、即ち大腸炎が有意に抑制されることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質を含有する、STAT活性抑制剤。
【請求項2】
細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質が亜鉛イオン、亜鉛イオノフォア又は亜鉛イオンと亜鉛イオノフォアとの組み合わせである、請求項1記載の剤。
【請求項3】
細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質が、亜鉛イオントランスポーターの発現及び/又は活性を調節する物質である、請求項1記載の剤。
【請求項4】
STATが、STAT1、STAT3、STAT4、STAT5及びSTAT6からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1記載の剤。
【請求項5】
細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質を含有する、STATの過剰な活性化によって引き起こされる疾患の予防・治療剤。
【請求項6】
疾患が炎症性腸疾患である、請求項5記載の予防・治療剤。
【請求項7】
インビトロで、細胞内亜鉛イオン濃度を増大させることを含む、STATの活性を抑制する方法。
【請求項8】
有効量の細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質を投与することを含む、STATの活性を抑制する方法。
【請求項9】
細胞内亜鉛イオン濃度を測定し、細胞内亜鉛イオン濃度を増大させる物質をSTATの活性を抑制し得る物質として選択することを含む、STAT活性抑制作用を有する物質のスクリーニング方法。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2008−133222(P2008−133222A)
【公開日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−320811(P2006−320811)
【出願日】平成18年11月28日(2006.11.28)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】