説明

人体に安全な潤滑剤組成物

【課題】 食品機械用潤滑剤と同等の人体への安全性を備えると同時に、通常の工業用潤滑剤と変わらない防錆性、耐水性、撥水性、付着性を有する潤滑剤を提供する。
【解決手段】 流動パラフィンを基油とし、アルミニウム複合石けんを増稠剤として、更にポリイソブチレン、モノオレイン酸ソルビタンを含む潤滑剤組成物であり、水門の門戸の上げ下げに用いるワイヤーロープ用として好適である。潤滑剤組成物の各成分の配合量は、アルミニウム複合石けん1〜10重量%、ポリイソブチレン1〜15重量%、及びモノオレイン酸ソルビタン1〜7.5重量%、残部が流動パラフィンであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人体に安全な成分からなる潤滑剤組成物、特に水門用など水に接触するワイヤーロープに適した潤滑剤組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
水門は河川や貯水場その他の水処理施設に設置され、水を堰き止めたり流量を調整したりするためのものである。その水門の門戸を上げ下げするために使用されるワイヤーロープには、ワイヤーロープ素線間の摺動及びワイヤーロープと巻きドラムなどとの接触に対する潤滑、並びにワイヤーロープの防錆のために、潤滑剤が不可欠である。
【0003】
このような水門用のワイヤーロープには、従来から工業用ワイヤーロープの潤滑剤が使用されていた。また、特に水門の門戸の巻き上げロープ用潤滑剤として、特許第3151947号公報には、基油として鉱物油を用い、疎水性シリカで増稠すると共に、色艶を向上させる目的でパラフィンを配合し、防錆剤としてジシクロヘキシルアミンのオレイン酸塩、及び潤滑性向上剤としてジアルキルジチオリン酸亜鉛を配合した防錆グリースが提案されている。
【0004】
しかし、水門用のワイヤーロープは常に水と接触しているといっても過言ではないため、ワイヤーロープに接触した水には潤滑剤成分が混入しやすい。水に混入した潤滑剤成分には、上記のごとくワイヤーロープには通常の工業用潤滑剤が使われていることから、有害な成分も含まれている。然るに、有害な潤滑剤成分が混入あいた水は、農業用水として使用することもあれば、飲料用水として使用されることもあるため、これを人間が長期にわたって摂取した場合に安全であるとは言い難かった。
【0005】
また、最近では環境問題への関心が高まり、排水中でも飲料水としての規格を満足させる規制を行う市町村条例が発令されるなど、更に厳しい制限が加えられる傾向にある。このような事情から、河川などの汚染防止を目的として、水門用などの水に接触するワイヤーロープ用の潤滑剤として、上記した工業用潤滑剤の代わりに、バクテリアが分解できる生分解性に優れた潤滑剤を使用する例も増えている。
【0006】
例えば、特開平11−228983号公報には、基油として生分解性の良好な植物油を用い、増稠剤として脂肪酸の金属石けんを含む生分解性グリース組成物が提案されている。しかし、この生分解性グリース組成物は、潤滑性向上剤として硫黄−燐系化合物の極圧剤や、防錆剤としてスルフォネート系化合物を含有するため、環境に無害とは言い難い。即ち、バクテリアが分解できるなどの生分解性の規格は、人間が摂取した場合の長期安全性の確保とは根本的に評価基準が異なるため、生分解性の潤滑剤でも人に対する安全性には疑問がある。
【0007】
【特許文献1】特許第3151947号公報
【特許文献2】特開平11−228983号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記したように、水門用などの水に接触するワイヤーロープの潤滑剤は、その成分が水に混入しやすいため、通常の工業用の潤滑剤や生分解性の潤滑剤を用いると、水を介して人間が摂取した場合など人体に対する安全性に問題があった。また、食品機械用の潤滑剤は人に安全なものであるが、耐水性や防錆性において工業用と同等の性能を出すことは極めて難しかしく、従って常に水に接触する水門用のワイヤーロープなどに使用することはできなかった。
【0009】
本発明は、このような従来の事情に鑑み、食品機械用潤滑剤と同等の人体への安全性を備えると同時に、通常の工業用潤滑剤と変わらない防錆性、耐水性、撥水性、付着性を有する潤滑剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明が提供する潤滑剤組成物は、流動パラフィンを基油とし、アルミニウム複合石けんを増稠剤として、更にポリイソブチレン、及びモノオレイン酸ソルビタンを含むことを特徴とするものである。この潤滑剤組成物は、特に、水門の門戸の上げ下げに用いるワイヤーロープ用として好適である。
【0011】
上記本発明の潤滑剤組成物において、前記各成分の配合量は、アルミニウム複合石けん1〜10重量%、ポリイソブチレン1〜15重量%、モノオレイン酸ソルビタン1〜7.5重量%とし、残部が流動パラフィンであることが好ましい。
【0012】
上記本発明の潤滑剤組成物においては、前記ポリイソブチレンの平均分子量が35,000〜140,000の範囲内であり、モノオレイン酸ソルビタンのけん化価が145〜160及びヒドロキシル価が193〜210であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、工業用潤滑剤と同程度の防錆性、耐水性、撥水性、付着性を有しながら、食品機械用潤滑剤と同等の人体への安全性を備え、水を介するなどして偶発的に体内に混入した場合にも安全な潤滑剤組成物を提供することができる。従って、本発明の人体に安全な潤滑剤組成物は、食品関連の機械類用としては勿論のこと、飲料用水として使用され得る水に接触する機械類用、特に水門の門戸の上げ下げに用いるワイヤーロープ用として好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の潤滑剤組成物は、基油としての流動パラフィンと、粘稠剤としてのアルミニウム複合石けんの外に、増粘剤としてポリイソブチレン、及び防錆剤としてモノオレイン酸ソルビタンを含んでいるが、これらの成分はいずれも人体に対して安全なものである。例えば、上記の各成分は全て、下記する米国食品医薬品局の規則FDA21CFRに規定されたものであり、人体に対して安全なものであるとされている。
【0015】
即ち、日本の食品衛生法には食品工場などの安全を問われる箇所で使用可能な潤滑剤に関する規制はないが、公衆衛生規格認定機関である国際衛生財団(National
Sanitation Foundation International:略称NSF)には、偶発的な食品接触条件下で使用可能な潤滑剤に関する規定がある。そして、アメリカの連邦食品・医薬品・化粧品法により消費者保護を課せられたパブリックヘルスのための行政機関である米国食品医薬品局(Food
and Drug Administration:略称FDA)は、安全な食品添加物などと共に、上記条件で潤滑剤に使用可能な原料及び配合量を規則FDA21CFR中に定めている。潤滑剤は21CFR178.3570に規定されており、規定に合致した物質又はGRAS(Generally Recognized As Safe:一般に安全と認められる)物質からなる潤滑剤の使用が許可されている。
【0016】
本発明の潤滑剤組成物に用いられる各成分について説明すると、まず、基油として流動パラフィンを用いる。流動パラフィンは、FDA21CFR178.3570にある偶発的な食品接触条件下、潤滑剤として使用できる物質であるため、定められた規定値を守る限り、偶発的に体内に混入しても人体に対する安全性は極めて高い。また、流動パラフィンは、日本の食品衛生法における食品添加物の中の既存添加物にも属する物質である。
【0017】
また、増稠剤としては、アルミニウム複合石けんを用いる。アルミニウム複合石けんは、増稠剤の中でも粘性が高いことから、ワイヤーロープなどへの付着性にも優れている。また、アルミニウム複合石けんは、FDA21CFR178.3570に偶発的な食品接触条件下で潤滑剤に使用できる物質として規定されていることから、人体に対する安全性も高いものである。
【0018】
潤滑剤組成物中におけるアルミニウム複合石けんの配合量は、1〜10重量%が好ましく、3〜10重量%が更に好ましい。アルミニウム複合石けんの配合量が1重量%未満では、油分を充分に増稠できないため、潤滑剤の流出が起こりやすくなる。また、アルミニウム複合石けんの配合量が10重量%を超えると、増稠剤の量が多くなるため、潤滑剤が硬くなって塗布作業性が低下するうえ、FDA21CFR178.3570に記載された配合許容範囲から外れるため安全性の確保が難しくなる。
【0019】
ポリイソブチレンは、増粘剤として使用する。ポリイソブチレンもFDA21CFR178.3570に規定される物質であるから、定められた規定範囲を守る限り安全性は高い。ポリイソブチレンの平均分子量は35,000〜140,000の範囲が好ましく、この範囲外のものはFDA21CFR178.3570に規定された範囲から外れるため、人体に対する安全性の確保が難しい。また、このような高分子量のポリイソブチレンは、付着生や粘着性を向上させるほか、同時に撥水性も向上させる効果がある。
【0020】
潤滑剤組成物中におけるポリイソブチレンの配合量は、1〜15重量%が好ましく、3〜12重量%が更に好ましい。ポリイソブチレンの配合量が1重量%未満の場合には、ワイヤーロープなどへの良好な付着性及び粘着性が得られない。また、その配合量が15重量%を超えてもポリイソブチレンの増粘作用は頭打ちとなるため、15重量%を上限とすることが好ましい。
【0021】
また、モノオレイン酸ソルビタンは、防錆剤として添加する。モノオレイン酸ソルビタンも、FDA21CFR178.3570で規定される物質であるから、定められた規定値を守る限り安全性は高い。モノオレイン酸ソルビタンは、ソルビトールをオレイン酸でエステル化することにより製造されるが、けん化価が145〜160及びヒドロキシル価が193〜210であることが好ましい。これらの範囲を外れると、食品用成分として安全性が確保され難くなるからである。
【0022】
潤滑剤組成物中におけるモノオレイン酸ソルビタンの配合量は、1〜7.5重量%が好ましく、3〜7.5重量%が更に好ましい。モノオレイン酸ソルビタンの配合量が1重量%を下回ると、良好な防錆効果が得られない。また、モノオレイン酸ソルビタンの配合量が7.5重量%を超えると、防錆効果が頭打ちになる上、潤滑剤が水に洗い流されやすくなるため好ましくない。
【0023】
また、これらの成分以外にも、付着性及び撥水性などを向上させるために、ワックス成分を配合することができる。特に、21CFR184に記載されるカルナバワックス、ミツロウはGRAS物質であり、安全性を損なうことなく、性能の向上を図ることが可能である。
【0024】
このように上記各成分で構成される本発明の潤滑剤組成物は、偶発的に体内に混入した場合にも人体に対して安全性があると同時に、必要な防錆性、耐水性、撥水性、付着性を有するため、屋外などでも使用することが可能である。そのため、従来の食品機械用潤滑剤の代替品となり得るだけでなく、飲料用水として使用される可能性がある水に接触する機械類用としても使用することができ、特に河川や貯水場その他の水処理施設に設置された水門の門戸の上げ下げに用いるワイヤーロープ用として優れている。
【実施例】
【0025】
増稠剤であるアルミニウム複合石けんの原料となるステアリン酸と安息香酸と水酸化アルミニウムに、流動パラフィンを配合し、加熱撹拌してアルミニウム複合石けんの基グリースを得た。この基グリースに、基油である流動パラフィン、増粘剤のポリイソブチレン、及び防錆剤のモノオレイン酸ソルビタンを配合し、実施例3には更にカルナバワックスを配合して、十分撹拌を行った後、三本ロールミルに通すことによって、下記表1に示す組成を有する本発明による実施例1〜3の各潤滑剤を得た。
【0026】
また、比較例として、いずれも市販されている潤滑剤の中から、食品機械用潤滑剤、生分解性潤滑剤、及びワイヤーロープ用潤滑剤を準備した。即ち、比較例1の食品機械用潤滑剤は、基油の流動パラフィンをアルミニウム複合石けんで増稠し、固体潤滑剤として炭酸カルシウムを加えたものである。また、比較例2の生分解性潤滑剤は、基油のナタネ油をカルシウム石けんで増稠し、防錆剤として過塩基性カルシウムスルフォネートを加えたものである。更に、比較例3のワイヤーロープ用潤滑剤は、基油の流動パラフィンをカルシウム石けんで増稠したものである。これらの比較例1〜3による各潤滑剤の組成を、下記表1に併せて示した。
【0027】
【表1】

【0028】
次に、上記した実施例1〜3及び比較例1〜3の各潤滑剤について、その性能を耐水付着防錆試験並びに強防錆試験により評価し、その結果を下記表2に示した。まず、耐水付着防錆試験では、試料の潤滑剤を鉄板に均一に塗布し、その鉄板から5cm離れた位置に配置した内径1mmのノズルから、鉄板に40℃の水を流量5ml/秒で5分間噴射した。その後、その鉄板を錆止め油の規定によるJIS
K 2246の規定に準拠して、塩水噴霧試験を24時間行った。この試験により、潤滑剤の水に対する付着性と防錆性(耐水付着防錆性)を評価した。評価基準については、全塗布面積に対する発錆面積比率を測定し、発錆面積比率が0〜1%のものを◎、1〜5%のものを○、5〜10%のものを△、10%以上のものを×、と判定して表2に示した。
【0029】
また、強防錆試験は、暴露環境などの厳しい条件での防錆評価と想定し、上記JIS K 2246の塩水噴霧試験を更に過酷にして実施した。即ち、試料の潤滑剤と試薬グレード又は一級の鉄粉を質量比9:1で且つ試料と鉄粉の総重量が2.5gとなるように秤量し、この試料と鉄粉を直径105mmの時計皿上で均一に混合した。この混合物について、JIS K 2246の規定に準拠した塩水噴霧試験を行い、24時間毎に観察して錆が発生するまでの時間を測定して、表2に示した。尚、本方法によれば、通常の塩水噴霧試験よりも錆の発生時間が大幅に短縮され、且つ錆の発生度合いも観察しやすいという利点がある。
【0030】
【表2】

【0031】
上記表2の耐水付着防錆試験の結果から分かるように、潤滑剤の水に対する付着性及び防錆性に関して、実施例1と実施例3及び比較例1の潤滑剤は極めて良好な結果を示し、実施例2及び比較例2も良好な結果を示したが、比較例3の潤滑剤は劣る結果となった。
【0032】
また、強防錆試験の結果から分かるように、実施例1〜3の潤滑剤は全て300時間以上経過しても発錆は認められなかった。一方、比較例2の潤滑剤は300時間経過後も発錆が認められなかったが、防錆剤が配合されていない比較例1及び比較例3の潤滑剤では24時間以内に発錆した。
【0033】
更に、本発明による実施例1〜3の各潤滑剤と、比較例1の食品機械用潤滑剤は、米国食品医薬品局による規則FDA21CFRで認められた安全性の高い物質のみを使用し、且つその基準値を全て包括しているため、これら潤滑剤が偶発的に体内に混入しても無害である。しかし、比較例2の生分解性潤滑剤及び比較例3のワイヤーロープ用潤滑剤は、硫黄やリンなどのFDA21CFRで規定されていない物質を含み、人体に対する安全性を保障することはできない。
【0034】
以上の結果から、本発明による潤滑剤は、食品機械用潤滑剤と同等の安全性を有し、偶発的に体内に混入した場合にも安全であると同時に、優れた防錆性、耐水性、撥水性、付着性を備えていることが分かる。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
流動パラフィンを基油とし、アルミニウム複合石けんを増稠剤として、更にポリイソブチレン、及びモノオレイン酸ソルビタンを含むことを特徴とする潤滑剤組成物。
【請求項2】
前記各成分の配合量は、アルミニウム複合石けん1〜10重量%、ポリイソブチレン1〜15重量%、モノオレイン酸ソルビタン1〜7.5重量%、及び残部が流動パラフィンであることを特徴とする、請求項1に記載の潤滑剤組成物。
【請求項3】
前記ポリイソブチレンの平均分子量が35,000〜140,000の範囲内であり、モノオレイン酸ソルビタンのけん化価が145〜160及びヒドロキシル価が193〜210であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の潤滑剤組成物。
【請求項4】
水門の門戸の上げ下げに用いるワイヤーロープ用であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の潤滑剤組成物。



【公開番号】特開2006−182856(P2006−182856A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−375978(P2004−375978)
【出願日】平成16年12月27日(2004.12.27)
【出願人】(591213173)住鉱潤滑剤株式会社 (42)
【Fターム(参考)】