説明

位置教示システム

【課題】携帯端末の大型化を抑制しつつ、マルチパスに対応可能である位置教示システムを提供する。
【解決手段】カーファインダシステム3は、車両2に設けられた複数の発信アンテナから電子キー1側で各発信アンテナの信号が区別可能に発信された探索信号Sseを、電子キー1に設けられたアレーアンテナ15aが受信することで、車両2の各発信アンテナから発信された信号を平均化処理して、到来方向推定法によって電子キー1に対する車両2の位置を推定演算する位置推定部11bを備える。そして、カーファインダシステム3は、位置推定部11bが演算した位置情報を表示部19によって使用者に教示する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、携帯端末に対する対象物の位置又は方向をユーザに教示する位置教示システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、各地において郊外型の大型商業施設が建設され、多数の客が訪れるために広大な駐車場を備えているところが多い。このため、このような商業施設に車両で訪れた客の中には、買い物を終えて車両に戻る際に、駐車しておいた車両の位置を忘れてしまう人がいる。そこで、このような状況なっても簡単に車両を見つけ出せるようにするために、駐車車両の位置を教えるカーファインダシステムが開発されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に記載の位置教示システムでは、ユーザが所持する携帯端末として車両キーや携帯電話等が使用される。そして、カーファインダシステムを動作させる要求操作が携帯端末において行われると、その操作に対応した操作信号が携帯端末から車両に無線発信され、車両がこの操作信号を受信すると、車両と携帯端末との間の位置関係を割り出し、携帯端末に車両の駐車位置を表示させる。よって、ユーザは携帯端末の表示位置を見れば車両の駐車位置が確認可能となるので、広大な駐車場において自車両の位置が分からなくなっても、携帯端末によって自車両を簡単に発見することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−257769号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記特許文献1に記載のカーファインダシステムでは、車両にアレーアンテナ、推定装置、及びコンパスを設けるとともに、携帯端末にコンパスを設けている。このカーファインダシステムは、携帯端末から発信された電波を車両のアレーアンテナによって受信することで推定装置が車両に対する携帯端末の相対位置を推定する。その上で、カーファインダシステムは、この相対位置情報を車両から携帯端末へ発信して携帯端末上で相対位置と携帯端末の絶対位置とを組み合わせることで携帯端末に対する車両の相対位置を推定する。このようなカーファインダシステム(位置教示システム)ではコンパスを車両及び携帯端末のそれぞれに設けなければならないため、他の構成も含めた全体構成が簡易である位置教示システムが望まれていた。
【0006】
また、コンパスを使用しないために、車両には通常のアンテナを設けるとともに、携帯端末にアレーアンテナと推定装置とを設けた位置教示システムも開発されている。しかしながら、建物などの反射、回折、散乱により多重伝搬路(マルチパス)により互いに干渉するコヒーレントな複数波が同時に入射してマルチパスフェージングが発生する際には、推定装置による位置推定の精度が低下してしまう。このような場合には、推定装置は前処理として空間平均法を行うことによりマルチパスを分離して、位置判定することができる。ここで、空間平均法は、携帯端末に設けられたアレーアンテナにおいて、重複ありのいくつかの小集団を作り、小集団毎に平均値をとることによってマルチパスを分離する。このため、空間平均法を効果的に行うには、マルチパスの数量と同数の小集団が必要となる。すなわち、多くのマルチパスに対応可能とするには、携帯端末のアレーアンテナのアンテナ素子数を増大させなければならない。一方で、携帯端末においては、小型化の要望が高いので、アレーアンテナのアンテナ素子数を増大することは難しく、大型化を抑制した携帯端末が望まれていた。
【0007】
また、位置教示システムの対象物は車両に限らず、ユーザが無くしたり、場所が分からなくなったりするものであれば同様に適応可能である。
この発明は、こうした実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、携帯端末の大型化を抑制しつつ、マルチパスに対応可能である位置教示システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以下、上記目的を達成するための手段及びその作用効果について説明する。
請求項1に記載の発明は、携帯端末から見た対象物の位置又は方向を到来方向推定法により推定して、当該位置又は方向を前記携帯端末でユーザに教示する位置教示システムにおいて、前記対象物に設けられた複数のアンテナから、前記到来方向推定法の演算に必要な各電波を分割送信させる対象物側送信手段と、前記携帯端末に設けられたアレーアンテナが前記電波を受信することで、前記対象物の各アンテナから送信された電波を平均化処理して、前記到来方向推定法によって該電波の位置又は方向を推定演算する演算手段と、前記演算手段が演算した演算結果を前記携帯端末において前記位置又は方向をユーザに教示する教示手段とを備えたことをその要旨としている。
【0009】
同構成によれば、携帯端末に設けられた演算手段が対象物の各アンテナから送信された電波を携帯端末で区別できるので、各電波を携帯端末に設けられたアレーアンテナが受信して平均化処理することでマルチパスを分離して、到来方向推定法によって位置又は方向推定可能である。このため、複数のアンテナを対象物に設けることで、マルチパス環境においても携帯端末に対する対象物の位置又は方向の推定が可能である。よって、携帯端末の大型化を抑制しつつ、マルチパスに対応可能である。
【0010】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の位置教示システムにおいて、前記対象物から前記携帯端末へ送信される電波は、前記各アンテナから時分割されて送信されることをその要旨としている。
【0011】
同構成によれば、時分割によって携帯端末側で対象物の各アンテナの電波を区別可能に送信されるので、各アンテナから順番に電波を送信させる簡易な構成で実現可能である。
請求項3に記載の発明は、請求項1に記載の位置教示システムにおいて、前記対象物から前記携帯端末へ送信される電波は、前記各アンテナから周波数分割されて送信されることをその要旨としている。
【0012】
同構成によれば、周波数分割によって携帯端末側で対象物の各アンテナの電波を区別可能に送信されるので、各アンテナから異なる周波数で電波を送信させることで実現可能である。
【0013】
請求項4に記載の発明は、請求項2に記載の位置教示システムにおいて、前記対象物には前記対象物側送信手段の複数のアンテナを選択的に切り替えることで、各アンテナから電波を前記時分割で送信させる切替回路を備えることをその要旨としている。
【0014】
同構成によれば、切替回路によって対象物の複数のアンテナを選択的に切り替えるので、簡易な構成によって時分割で電波を送信可能である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、携帯端末の大型化を抑制しつつ、マルチパスに対応できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】カーファインダシステムの概略構成を示すブロック図。
【図2】探索要求信号のデータ構造を示すデータ概念図。
【図3】探索信号のデータ構造を示すデータ概念図。
【図4】車両位置を画面に表示した電子キーを示す図。
【図5】リニアアレーとサブアレーとを示す図。
【図6】リニアアレーの相関行列とサブアレーの部分相関行列との関係を示す図。
【図7】アレーアンテナと到来電波との位置関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の位置教示システムを車両の電子キーシステムに適用した一実施形態について図1〜図5を参照して説明する。
図1に示されるように、車両2には、例えば運転者が実際に車両キーを操作しなくてもドアロックの施解錠やエンジンの始動及び停止等の車両動作を行うことが可能な電子キーシステムが搭載されている。電子キーシステムは、キー固有のIDコードを無線通信で発信可能な電子キー1が車両キーとして使用されている。電子キーシステムは、車両2からIDコード返信要求としてリクエスト信号Srqを発信させ、このリクエスト信号Srqを電子キー1が受信すると、それに応答する形で電子キー1が自身のIDコードを含ませたIDコード信号Sidを狭域無線通信により車両2に返信し、電子キー1のIDコードが車両2のIDコードと一致すると、ドアロックの施解錠が許可又は実行されるシステムである。なお、電子キー1が携帯端末に相当するとともに、車両2が対象物に相当する。
【0018】
電子キーシステムを以下に説明すると、車両2には、電子キー1との間で狭域無線通信(以下、スマート通信という)を行う際にID照合を行う照合ECU(Electronic Control Unit)21と、車両2の状態を管理するメインボディECU31と、エンジンの点火制御及び燃料噴射制御を行うエンジンECU32とが設けられている。これら照合ECU21、メインボディECU31、及びエンジンECU32は、車内LAN(Local Area Network)30を通じて接続されている。照合ECU21には、車両2の各ドアに埋設されて車外にLF(Low Frequency)帯の信号を発信可能な車外LF発信機22と、車内床下等に埋設されて車内にLF帯の無線信号を発信可能な車内LF発信機23と、車内後方の車体等に埋設されて低UHF(Ultra High Frequency)帯(約312MHz)の無線信号を受信可能な低UHF受信機24とが接続されている。照合ECU21は、固有のキーコードとしてIDコードが記憶されたメモリ21aを備えている。
【0019】
一方、電子キー1には、車両2との間で電子キーシステムに準じた無線通信を行う際のコントロールユニットとして通信制御部11が設けられている。通信制御部11は、固有のキーコードとしてIDコードが記憶されたメモリ11aを備えている。通信制御部11には、外部で発信されたLF帯の信号を受信可能なLF受信部12と、通信制御部11の指令に従い低UHF帯(約312MHz)の信号を発信可能な低UHF発信部13とが接続されている。
【0020】
照合ECU21は、車外LF発信機22又は車内LF発信機23から電子キー1へリクエスト信号SrqをLF帯の電波で送信し、いわゆるスマート通信の成立可否を試みる。照合ECU21は、リクエスト信号Srqに対する応答として電子キー1からIDコード信号Sidを受信すると、ID照合としてスマート照合を実行する。照合ECU21は、車外の電子キー1とスマート照合、即ち車外照合が成立することを確認すると、メインボディECU31を介してドアロック装置33によるドアロックの施解錠を許可又は実行する。また、照合ECU21は、車内の電子キー1とスマート照合、即ち車内照合が成立することを確認すると、エンジンスイッチ34による電源遷移操作及びエンジン始動操作を許可する。
【0021】
電子キーシステムには、ドアロック施解錠を電子キー1のボタン操作により行うワイヤレスキーシステムがある。このワイヤレスキーシステムは、電子キー1に設けられた施錠スイッチ16や解錠スイッチ17が操作されると、各操作スイッチに応じた信号内容を持つ施錠信号Slや解錠信号Sulが狭域無線通信(ワイヤレス通信)により低UHF発信部13から車両2に低UHF帯の信号で発信される。これら施錠信号Slと解錠信号Sulには、電子キー1のキーコードであるIDコードと、施錠又は解錠の機能コードとが含まれている。
【0022】
電子キー1で解錠スイッチ17が操作されると、電子キー1から解錠信号Sulが低UHF帯の信号で発信される。照合ECU21は、この解錠信号Sulを低UHF受信機24で受信すると、解錠信号Sulに含まれるIDコードが正しければ、メインボディECU31を介してドアロック装置33によるドアロックの解錠を許可又は実行する。また、電子キー1で施錠スイッチ16が操作されると、電子キー1から施錠信号Slが低UHF帯の信号で発信される。照合ECU21は、この施錠信号Slを低UHF受信機24で受信すると、施錠信号Slに含まれるIDコードが正しければ、メインボディECU31を介してドアロック装置33によるドアロックの施錠を許可又は実行する。
【0023】
車両2には、電子キー1を携帯する車両2のユーザに車両2の位置(駐車位置)を教示するシステムとしてカーファインダシステム3が設けられている。このカーファインダシステム3では、車両2にカーファインダシステム3のコントロールユニットとして照合ECU21が設けられている。この照合ECU21は、高UHF帯(数GHz)の信号を受信可能な高UHF受信機25と、高UHF帯(数GHz)の信号を発信可能な高UHF発信機26とが接続されている。高UHF発信機26には、複数のアンテナ26a,26b,26cが設けられているとともに、これらのアンテナ26a,26b,26cから時分割で発信するようアンテナを切り替える切替部26dが設けられている。
【0024】
一方、電子キー1には、カーファインダシステム3のカーファインダ機能を動作させるときに操作する探索スイッチ18が設けられている。探索スイッチ18は、通信制御部11に接続されている。通信制御部11は、高UHF帯(数GHz)の信号を発信可能な高UHF発信部14と、高UHF帯(数GHz)の信号を受信可能な高UHF受信部15とが接続されている。高UHF受信部15には、複数のアンテナ素子からなるアレーアンテナ15aが設けられる。電子キー1には、車両2の位置をユーザに教示する教示手段としての表示部19が設けられている。表示部19は、通信制御部11によって表示が管理され、電子キー1から見た車両2の位置(方向や距離)を画面表示する。
【0025】
通信制御部11は、探索スイッチ18が操作されたことを検出すると、車両2に伝える通知として探索要求信号Srsを高UHF発信部14から高UHF帯の信号で発信させる。なお、図2に示されるように、探索要求信号Srsには、電子キー1のIDコードと、カーファインダ機能の実行を要求するカーファインダ機能実行要求とが含まれている。カーファインダ機能で使用する車両2及び電子キー1の間の無線通信の通信エリアは、スマート通信やワイヤレス通信よりも広い例えば数十メートルの狭域通信となっている。
【0026】
車両2は、この探索要求信号Srsを高UHF受信機25で受信する。照合ECU21は、高UHF受信機25でこの探索要求信号Srsを受信すると、まずこの探索要求信号Srsに含まれるIDコードに関してID照合を行い、このID照合が成立することを確認する。
【0027】
照合ECU21は、ID照合成立を確認すると、カーファインダ機能実行要求を指令として、カーファインダ機能の実行を開始し、電子キー1が位置推定するための探索信号Sseを高UHF発信機26から高UHF帯の信号で発信させる。高UHF発信機26は、切替回路としての切替部26dによって各アンテナ26a,26b,26cから探索信号Sseを時分割で発信する。すなわち、切替部26dが各アンテナ26a,26b,26cを順番に切り替えることで、各アンテナ26a,26b,26cから発信された探索信号Sseを電子キー1が区別して受信することができる。なお、図3に示されるように、探索信号Sseには、電子キー1のIDコードと、電子キー1が電子キー1に対する車両2の位置を推定するときに使用する位置推定信号とが含まれている。また、位置推定信号は、特に決められたデータ内容を持つものではなく、電子キー1が電子キー1に対する車両2の位置推定を行うときに使用するための電波である。なお、高UHF発信機26が対象物側送信手段として機能する。
【0028】
通信制御部11には、電子キー1に対する車両2の位置を推定する位置推定部11bが設けられている。通信制御部11は、高UHF発信機26から発信された探索信号Sseを高UHF受信部15で受信すると、まずこの探索信号Sseに含まれるIDコードについてID照合を行う。通信制御部11は、このID照合が成立したことを認識すると、電子キー1から見た車両2の現在位置を求める動作に入る。このとき、位置推定部11bは、高UHF受信部15で受信する探索信号Sseにおいて位置推定信号の取り込み動作に入り、電子キー1から見た車両2の現在位置を割り出す車両位置算出を開始する。なお、本実施形態で算出された方向情報は、電子キー1から見た車両2の方向として算出されるので、車両2から見た電子キー1の相対方向を読み替える必要はない。なお、位置推定部11bが演算手段として機能する。
【0029】
この車両位置算出として、位置推定部11bは、高UHF受信部15のアレーアンテナ15aで受信した各アンテナ26a,26b,26cからの位置推定信号を基に、電子キー1から見た車両2の方向(相対方向)を演算する。そして、位置推定部21bは、各アンテナ26a,26b,26cから発信された電波を高UHF受信部15のアレーアンテナ15aが受信して、受信した電波を平均化処理し、受信電波の振幅と位相の差により、受信電波の電波到来方向を算出する。
【0030】
また、通信制御部11の位置推定部11bは、電子キー1に対する車両2の相対方向を算出すると、高UHF受信部15で受け付けた探索信号Sseを基に、電子キー1と車両2との距離も演算する。この距離演算は、受信電波を逆フーリエ変換することによって算出されている。
【0031】
通信制御部11は、電子キー1から見た車両2の相対方向を算出すると、この相対方向を表示部19に矢印で表示する。また、通信制御部11は、車両2と電子キー1との距離も算出し、この距離も表示部19に数字で表示する。これにより、表示部19には、図4に示されるように、電子キー1から見た車両2の方向と、車両2と電子キー1との距離とが表示されることから、ユーザは車両2の位置を見失っても、表示部19の案内により車両2を簡単に見つけることが可能となる。
【0032】
次に、照合ECU21の位置推定部21bによる位置推定方法について図5を参照して説明する。本発明では、到来方向推定法としてMUSIC(MUltiple SIgnal Classification)法により位置推定を行い、前処理として異なるアンテナからの受信信号を利用した空間平均法を行う。よって、一般的な空間平均法、異なるアンテナからの受信信号を利用した空間平均法、MUSIC法の順番で説明する。なお、本発明では、高UHF発信機26の各アンテナ26a,26b,26cから発信された位置推定信号を高UHF受信部15のアレーアンテナ15aで受信して位置推定を行う。
【0033】
<空間平均法>
マルチパス環境では、高UHF発信機26の各アンテナから発信された信号は、直接又は様々に反射してアレーアンテナに到来する。この時、各到来波の相関は非常に高くMUSIC法等の固有値展開に基づく推定方法では、到来方向を正しく推定することができない。そこで、空間平均法を用いて各到来波の相関を抑圧する。
【0034】
相関抑圧法の基本的な考え方は、相関のある波の位置関係(相互相関係数の位相)は受信位置で異なるので、受信点を平行移動させて相関値を求めればその平均効果により相互相関値が低下するというものである。実際には、アレーを動かさず全体のアレーから同じ配列である部分アレー(サブアレー)を複数個取り出し、それらからの相関行列を平均する方法をとる。この前処理は空間平均法と呼ばれ、アレー構成は同一素子による等間隔リニアアレーや長方形平面アレー、三角形平面アレーなど一定規則で素子配列され、どのサブアレーも平行移動によってのみ重なるアレーに限定される。その中で最も基本的なアレー構成である等間隔リニアアレーを図5に示す。M素子リニアアレーからK素子サブアレーを1個ずつずらしながらN(=M−K+1)個取り出す。そして、各サブアレーの相関行列(部分相関行列)を適当に重み付けして足し合わせ、直接波とマルチパス波との相互相関を抑圧する。アレーに対応する相関行列を図6に示す。
【0035】
全アレーの入力ベクトルは、
【0036】
【数1】

で表され、第nサブアレー(K素子)の入力ベクトルX(t)は、
【0037】
【数2】

で与えられる。したがって、第nサブアレーの相関行列(第n部分相関行列)は次式で表される。
【0038】
【数3】

各部分相関行列に対する重み付けをz(n=1,2,…,N)とするとN個の部分相関行列の平均(空間平均)によって次式の相関行列が得られる。
【0039】
【数4】

ただし、平均の際の電力保存、Rxxバーが正定値エルミート行列であることから、通常、zは実数で、次式を満たすとする。
【0040】
【数5】

次に、直接波s(t)と相関性c(t)の2波だけが存在する環境で、空間平均の効果を具体的に示そう。内部雑音は無視する。この場合の第m素子の素子入力x(t)は次式で表される。
【0041】
【数6】

ここに、θとθは直接波とマルチパス波とのブロードサイド方向から測った到来角で、dはアレーの素子間隔である。また、Ψ(θ)は角度θから到来する波の第m素子における受信位相である。ただし、位相基準はM素子全アレーの中心においている。このとき、部分相関行列Rxxの第(p,q)成分rpqは次式で与えられる。
【0042】
【数7】

式(9)の右辺第1項と第2項とが直接波とマルチパス波との事項相関項で、第3項が2波の相互相関項である。空間平均によって得られる相関行列Rxxバーの第(p,q)成分rpqバーは式(4)と式(9)より次のように表される。
【0043】
【数8】

式(9)(例えばn=1のとき)と式(15)とを比較すると空間平均によって2波の相互相関がξだけ抑圧されていることがわかる。それ故、ξは相関抑圧ファクタと呼ばれる。ξ<1となれば、到来波は完全相関ではなくなるので、MUSIC法による到来方向推定が可能となる。重み付けZは、例えば次式のように設定する。
【0044】
【数9】

<異なるアンテナからの受信信号を利用した空間平均法(以後、発明空間平均法)>
ここでは、本節における空間平均法との区別のため、前節における空間平均法を「通常空間平均法」と呼ぶこととする。通常空間平均法では、アレーアンテナ15aから複数のサブアレーを取り出し、サブアレーの相関行列を用いて平均処理を行った。しかし、電子キー1は一般に小形で、十分な数のサブアレーを取り出すだけのアンテナ数を有するアレーアンテナを搭載できない場合がある。そこで、異なる送信アンテナからの受信信号を、それぞれサブアレーと考え、これらを用いて平均化処理を行う。
【0045】
アンテナ26aから発信された電波を受信した場合、その全アレーに対する入力ベクトルをX'(t)と表す。同様にして、アンテナ26b、アンテナ26cから発信された電波を受信した場合、その入力ベクトルはそれぞれX'(t)、X'(t)と表す。すると、式(3)、(4)より、通常空間平均法と同様にして、平均化された相関行列Rxx'バーが得られる。ただし、式(4)におけるRxxバーはK×K行列であるのに対し、Rxx'バーはM×M行列であるので、Rxxバーを用いて推定を行う場合と比較し、Rxx'バーを用いて推定を行う場合は推定精度が高い。これが、発明空間平均法の効果である。もし、発明空間平均法において全アレーのアンテナ数がK個であった場合には、通常空間平均法と比較し少ないアンテナ数で同等の推定精度が得られることとなる。
【0046】
<リニアアレーにおけるMUSIC法>
式(4)で得られたRxx’バーをRxxと置く。図7に示されるように、アレーアンテナの素子数がKで、L波の到来波(平面波)が到来する場合、次のように表される。
【0047】
【数10】

ただし、F(t),θはそれぞれ第l波の複素振幅(波形)と到来方向で、Ψ(θ)はi番目素子における第l波の受信位相である。同様にして、アンテナ26b、アンテナ26cから発信された電波を受信した場合、その入力ベクトルX'(t)、X'(t)も式(20)と同様にして表される。
【0048】
【数11】

ここで、λは波長、dは基準点から各素子位置までの距離である。
【0049】
このときの相関行列は次式で表される。
【0050】
【数12】

ここで、θは第l波の到来方向で、Ψ(θ)はi番目素子における第l波の受信位相で、σは熱雑音電力である。また、信号(波源)相関行列Sは次式のように成分表示される。
【0051】
【数13】

ここで、F(t)は第l波の複素振幅(波形)である。熱雑音が存在しない場合には、到来波が互いに無相関であればSは対角行列となり、そのランクは明らかにLでフルランクとなる。ここでは、前処理として発明空間平均法を適用しているので、到来波は互いに低相関であり、SのランクはやはりLでフルランクとなる。方向行列Aも到来波の到来方向が異なればその列ベクトルは独立となりランクはLのフルランクとなる。したがって、この場合の相関行列Rxx=ASAはランクLの非負定値エルミート行列であることが導かれる。この行列の固有値をμ(i=1,2,…,K)、対応する固有ベクトルをe(i=1,2,…,K)で表すと、次式のように表される。
【0052】
【数14】

そして、その固有値は実数で、以下の関係をもつ。
【0053】
【数15】

また、対応する固有ベクトルは、以下のように表される。
【0054】
【数16】

である。ただし、δikはクロネッカーのデルタである。
【0055】
熱雑音が存在する場合には、以下のように表される。
【0056】
【数17】

熱雑音がないときの相関行列の固有値に熱雑音電力が上乗せされただけで固有ベクトルは熱雑音の有無に無関係であることがわかる。そこで、
【0057】
【数18】

とおいて、相関行列Rxxの固有値を表すと、以下の関係式を得る。
【0058】
【数19】

したがって、相関行列の固有値を求め、熱雑音電力σより大きい固有値の数から到来波数Lを推定することができる。
【0059】
ところで、熱雑音電力に等しい固有値に対応する固有ベクトルに着目すると、以下のように表される。
【0060】
【数20】

よって、次の式が導かれる。
【0061】
【数21】

さらに、行列AとSがフルランクであることから以下が導かれる。
【0062】
【数22】

すなわち、以下のようになる。
【0063】
【数23】

これらは、熱雑音電力に等しい固有値に対応する固有ベクトルはすべて到来波の方向ベクトルと直交することを意味している。
【0064】
ここで、固有ベクトルと方向ベクトルの関係を幾何学的に考えると、固有ベクトル{e,e,…e}は互いに直交するので、K次元のエルミート空間の正規直交基底ベクトルとして扱われる。このK次元空間は性質上以下の二つの部分空間に分けることができ、SとNとは互いに直交補空間の関係にある。
【0065】
【数24】

一方、式(18)より
【0066】
【数25】

も部分空間Nと直交するL次元空間を張る。よって、部分空間SとS’は共にL次元でNと直交する補空間を作るので、
【0067】
【数26】

であると言える。すなわち、L個の固有ベクトル{e,…,e}とL個の方向ベクトル{a(θ),…,a(θ)}は同じ空間にあり互いに他方のベクトルの線形結合で表現できる。なお、部分空間SとNはそれぞれ信号部分空間、雑音部分空間と呼ばれている。
【0068】
上述のようにK−L個の固有ベクトルは各々が最小ノルム法のウエイトベクトルである。それ故、
【0069】
【数27】

というように、K−L個の最小ノルム法による角度スペクトラムの偽像をできるだけ排除し、共通の真の到来方向を指し示すスペクトラムのみを取り出すために、これらをそのまま平均するのではなく、
【0070】
【数28】

とし、あたかも抵抗素子の並列接続のように合成する。抵抗の並列接続と考えれば、ある一つの抵抗(最小ノルムスペクトラム関数の一つ)が偶然大きくなっても全体の合成抵抗はあまり影響を受けず、すべての抵抗が同時に大きくなったときに合成抵抗が大きくなる。
【0071】
式(26)を整理し、a(θ)a(θ)を掛けて正規化すると、以下のように表される。
【0072】
【数29】

これは通常、MUSICスペクトラムと呼ばれ、θに対するスペクトラムのL個のピークを探すことにより{θ,…,θ}を求める。こうして到来方向θが求まる。
【0073】
さて、本実施例では、車両2の高UHF発信機26の複数のアンテナ26a,26b,26cから時分割で発信された探索信号Sseを電子キー1の高UHF受信部15のアレーアンテナ15aが受信して、位置推定部11bが推定演算する。このため、時分割で発信された探索信号Sseを基に、平均化処理することでマルチパス環境においても、電子キー1に対する車両2の位置を算出できる。よって、電子キー1に多くのアンテナ素子を設けずに位置算出ができるので、電子キー1の大型化を抑制しつつ、マルチパスに対応できる。
【0074】
以上、説明した実施形態によれば、以下の作用効果を奏することができる。
(1)電子キー1に設けられた位置推定部11bが車両2の各アンテナ26a,26b,26cから発信された探索信号Sseを電子キー1で区別できるので、電子キー1に設けられたアレーアンテナ15aが受信して平均化処理することでマルチパスを分離して、MUSIC法によって位置推定できる。このため、複数のアンテナ26a,26b,26cを車両2に設けることで、マルチパス環境においても電子キー1に対する車両2の位置の推定ができる。よって、電子キー1の大型化を抑制しつつ、マルチパスに対応できる。
【0075】
(2)時分割によって携帯端末側で対象物の各発信アンテナの信号を区別可能に発信されるので、各発信アンテナから順番に信号を発信させる簡易な構成で実現可能である。
(3)切替部26dによって高UHF発信機26の複数のアンテナ26a,26b,26cを選択的に切り替えるので、簡易な構成によって時分割で探索信号Sseを発信できる。
【0076】
なお、上記実施形態は、これを適宜変更した以下の形態にて実施することができる。
・上記実施形態では、位置推定をMUSIC法により行ったが、MUSIC法に限らず、ESPRIT法等の他の位置推定方法により行ってもよい。
【0077】
・上記実施形態では、高UHF発信機26の切替部26dが各アンテナ26a,26b,26cを切り替えて時分割で探索信号Sseを発信したが、高UHF発信機26を各アンテナと一対となるように複数設けて、通信制御部11が発信タイミングを制御して時分割で探索信号Sseを発信してもよい。
【0078】
・上記実施形態では、電子キー1から時分割で探索信号Sseを発信したが、周波数分割で探索信号Sseを発信してもよい。
・上記実施形態では、高UHF発信機26に複数のアンテナを設けたが、アンテナの数量は任意に設定可能である。
【0079】
・上記実施形態では、高UHF発信機26に複数のアンテナを設けたが、複数のアンテナ素子からなるアレーアンテナとしてもよい。
・上記構成において、電子キーシステムの低UHF発信部13と、カーファインダシステム3の高UHF発信部14とを別個としたが、1つに統合してもよい。
【0080】
・上記構成において、電子キーシステムの低UHF受信機24と、カーファインダシステム3の高UHF受信機25とを別個としたが、1つに統合してもよい。
・上記実施形態では、電子キーシステムとカーファインダシステム3との通信エリアは各々異なるようにしたが、これらが同じ領域としてもよい。
【0081】
・上記実施形態では、カーファインダシステム3を電子キーシステムに属する一機能としたが、例えば電子キーシステムから独立したシステムとしてもよい。また、カーファインダシステムのみを備えるようにしてもよい。
【0082】
・上記実施形態では、位置推定を位置推定信号で行うようにしたが、IDコードや機能コードの電波で行ってもよい。
・上記構成において、携帯端末は、電子キー1(要はキー部品)であることに限定されず、例えば携帯電話や携帯型パーソナルコンピュータを用いてもよい。
【0083】
・上記実施形態では、車両位置の教示形式を単なる矢印としたが、例えば地図画面により車両位置を表すものでもよい。
・上記実施形態において、表示部19における車両位置の表示(矢印及び距離表示)は、例えば一定時間において表示が行われた後に自動で消去されるものでもよいし、或いは例えば探索スイッチ18が押されるなどの所定操作が行われると消去されるものでもよい。
【0084】
・上記実施形態では、方向及び距離の両方を表示するようにしたが、一方のみが表示されるようにしてもよい。また、教示は、必ずしも画面表示をとることに限定されず、例えば音声報知を採用してもよい。
【0085】
・カーファインダシステム3は、必ずしも車両2に適用されることに限らず、使用時において照合を必要とする各種機器や装置に適用可能である。
・上記実施形態において、電子キーシステムで使用する各通信の周波数はどの周波数の電波を使用してもよい。
【0086】
・上記実施形態において、波源は電波を発信する装置であったが、これに限らず、例えばスピーカーのような音波を発信する装置であっても良い。
・上記実施形態において、受信素子は電波を受信する装置であったが、これに限らず、例えばマイクロホンのような音波を受信する装置であっても良い。
【0087】
・上記実施形態では、電波に適用したが、音波に適用してもよい。
【符号の説明】
【0088】
1…電子キー、2…車両、3…カーファインダシステム、11…通信制御部、11a…メモリ、11b…位置推定部、12…LF受信部、13…低UHF発信部、14…高UHF発信部、15…高UHF受信部、15a…アレーアンテナ、16…施錠スイッチ、17…解錠スイッチ、18…探索スイッチ、19…表示部、21…照合ECU、21a…メモリ、21b…位置推定信号発信制御部、22…車外LF発信機、23…車内LF発信機、24…低UHF受信機、25…高UHF受信機、26…高UHF発信機、26a,26b,26c…アンテナ、30…車内LAN、31…メインボディECU、32…エンジンECU、33…ドアロック装置、34…エンジンスイッチ、Srs…探索要求信号、Sse…探索信号。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
携帯端末から見た対象物の位置又は方向を到来方向推定法により推定して、当該位置又は方向を前記携帯端末でユーザに教示する位置教示システムにおいて、
前記対象物に設けられた複数のアンテナから、前記到来方向推定法の演算に必要な各電波を分割送信させる対象物側送信手段と、
前記携帯端末に設けられたアレーアンテナが前記電波を受信することで、前記対象物の各アンテナから送信された電波を平均化処理して、前記到来方向推定法によって該電波の位置又は方向を推定演算する演算手段と、
前記演算手段が演算した演算結果を前記携帯端末において前記位置又は方向をユーザに教示する教示手段とを備えた
ことを特徴とする位置教示システム。
【請求項2】
請求項1に記載の位置教示システムにおいて、
前記対象物から前記携帯端末へ送信される電波は、前記各アンテナから時分割されて送信される
ことを特徴とする位置教示システム。
【請求項3】
請求項1に記載の位置教示システムにおいて、
前記対象物から前記携帯端末へ送信される電波は、前記各アンテナから周波数分割されて送信される
ことを特徴とする位置教示システム。
【請求項4】
請求項2に記載の位置教示システムにおいて、
前記対象物には前記対象物側送信手段の複数のアンテナを選択的に切り替えることで、各アンテナから電波を前記時分割で送信させる切替回路を備える
ことを特徴とする位置教示システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−68101(P2012−68101A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−212447(P2010−212447)
【出願日】平成22年9月22日(2010.9.22)
【出願人】(000003551)株式会社東海理化電機製作所 (3,198)
【Fターム(参考)】