説明

低放射ガラスの製造方法

【課題】格段に優れた耐久性(特に、耐湿性)被膜を有し、該被膜に斑点等の欠陥が発生しない、長期的に優れた低放射性能を維持する低放射ガラスの製造方法を提供する。
【解決手段】ガラス表面に誘電体層、金属層、誘電体層の少なくとも3層からなる薄膜を形成するに、金属層を形成する時の成膜室中の水蒸気分圧を2×10−5mbar以下に保持した状態で成膜する方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、住宅やオフィスの断熱窓等に用いられる低放射ガラスの製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】最近、オフィスや住宅において、断熱性、保温性、遮熱性に優れた低放射ガラスが、寒冷地を中心に用いられている。このガラスは、2枚のガラス間に乾燥空気を封入して構成される複層ガラスにおいて、中間空気層側の室内側のガラスに可視光線は透過するが赤外線は反射する、いわゆる低放射膜をガラスに被覆したものである。これらは、例えば当社出願の特開平08-164803号公報等で知られている。
【0003】また、特開平8-17267号公報には透明導電膜フィルムを製造する場合に、所定の水蒸気分圧になるように水を成膜室へ導入することが、さらに特開平6-293536号公報には酸化物被膜を成膜する場合に水蒸気ガスを導入し、膜の屈折率を調整し色調を調整すること等が開示されているまた、真空装置において、真空室内の全体の圧力を下げるために冷凍コイルを使用することは公知である。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】一般に、低放射ガラスはスパッタリング法で連続的に被膜・生産されるが、真空の成膜室内に定期的に装填されるガラス板状体とキャリアー等の付随物から発散される水蒸気が被膜内に不純物として混入し、該被膜を被覆した低放射ガラスを複層ガラスに加工するまでの間に被膜に斑点等の欠陥が発生し、外観を損ね、商品としての価値がなくなってしまう。この現象は、金属層として銀を使用した被膜において顕著であるが、このような水蒸気の影響は、低放射ガラスの被膜が水蒸気や塩素、硫黄などの酸性ガスを含む大気に触れた時に、該被膜に斑点状の欠陥が発生するという形で出現する。
【0005】本発明の目的は、前記の従来技術が有していた欠点を解決し、長期にわたり被膜に斑点等の欠陥が発生せず、かつ性能も保持された低放射ガラスの製造方法を提供するものである。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明は、従来のかかる課題に鑑みてなしたものであって、上記従来の欠陥の発生原因を追求した結果、成膜時の成膜室内の水蒸気分圧が斑点欠陥と深く関係し、この水蒸気の影響が金属層とそれを挟む誘電体層の各々に影響することをつきとめた。
【0007】成膜時の水蒸気分圧が低放射ガラスの品質に及ぼすメカニズムは明確ではないが、例えば酸化物層と銀層の場合、金属中に混入したOH基が被膜内で拡散し・凝集して酸化銀を形成するためと考えられる。また、誘電体層である酸化物膜に混入した水素は水素イオンや水酸イオンとなって被膜中を拡散し、銀層まで至って酸化銀を形成するためと考えられる。
【0008】すなわち本発明は、ガラス基板上に、少なくとも第1層として誘電体層、第2層として金属層、第3層として誘電体層からなる薄膜を順次形成する真空成膜方法において、金属層を形成する時の成膜室内の雰囲気中の水蒸気分圧を2×10-5mbar以下に保持する低放射ガラスの製造方法に関する。
【0009】なお、真空成膜方法はスパッタリング法、真空蒸着法等で適用できる。誘電体層を形成する時の成膜室内の雰囲気中の水蒸気分圧が、4×10-5mbar以下であることが好ましい。
【0010】成膜室を上記の水蒸気分圧の状態とするためには、ガラス板状体は成膜する前に真空に引かれた予備室内に一旦待機させ、ガラス等の水分の放出が少なくなるまで待った後、成膜室へ搬入し、被膜を形成させるという方法が考えられるが、この方法では、水分を除去するのに大変時間がかかり、生産性を阻害してしまう。また、放出される水分量を充分に除去出来る程の莫大な排気能力を有する設備を、該予備室及び成膜室内に備えることも考慮されたが、設備コストとエネルギーコストが高くつき、この方法で高い真空度を得られたとしても水蒸気分圧の低下が十分でない場合には、良い低放射ガラスは得られない。従って、上記に示す2つの方法は好ましいものではないと考え、以下の方法を採った。
【0011】第1層、第2層、第3層を形成する成膜室は隔壁で隔離され、搬送されるガラス基板上に順次薄膜を形成する連続スパッタリング方法において、第1層誘電体層形成工程と第2層金属層形成工程間及び/又は第2層金属層形成工程と第3層誘電体層形成工程間に水蒸気分圧調整手段を設けることが好ましい。
【0012】金属層は、銀であることが好ましい。誘電体層は、酸化亜鉛、酸化錫、酸化チタン、酸化珪素、窒化亜鉛、窒化アルミ、窒化珪素を主成分とする透明被膜であることが好ましい。
【0013】水蒸気分圧調整手段が、冷凍コイルであり、成膜室に搬入されるガラス基板と該ガラスを支持する載置手段の両者の合計の表面積1m2/分あたり、冷凍コイルの表面積が100cm2以上であることが好ましい。
【0014】冷凍コイルは、ガラス板状体の下方に該板状体と並行な面を形成するように配置するのが良い。なお、冷凍コイルの位置は成膜室でも予備室でも構わないが、成膜室に設置すると冷凍コイル表面もスパッタされるので、好ましくは予備室に設けた方がよい。
【0015】冷凍コイルの表面温度は、-150℃以下にするのが好ましい。
【0016】
【発明の実施の形態】ここで、前記したように、ガラス基板上に、少なくとも第1層として誘電体層、第2層として金属層、第3層として誘電体層からなる薄膜を順次形成する真空成膜方法において、金属層を形成する時の成膜室中の雰囲気中の水蒸気分圧を2×10-5mbar以下に保持することによって、得られた低放射ガラスは格段に優れた耐久性を有し、被膜に斑点等の欠陥が発生することなく、簡便な方法でより確実で安定した品質の被膜を形成する事が出来る等、有用な低放射ガラスの製造方法を提供できるものである。
【0017】次に、本発明の低放射ガラスは以下のようにして製造する。先ず、ガラス板状体としては、建築用窓ガラスや自動車用窓ガラス等に使用されているフロートガラス等各種無機質の透明性がある板ガラスが好ましいものであって、無色または着色、ならびにその種類あるいは色調、形状等に特に限定されるものではなく、さらに曲げ板ガラスとしてはもちろん、各種強化ガラスや強度アップガラスとしても使用できる。
【0018】ガラス上に形成する薄膜としては、第1層と第3層は誘電体層、第2層は金属層より構成されるが、3層に限定されず4層以上の多層でも構わない。また、第1層はガラス表面上に密着した被膜に限らず、該第1層の下部にアンダーコート層を設けることは、差し支えない。すなわち、本発明の薄膜は、誘電体/金属/誘電体の該3層が、被膜の何れかに含まれているものを示す。金属層としては、低放射機能の高い銀が好ましいが、これに限定されるものではなく、金、銅、白金、パラジューム等も用いることができる。なお、金属中に添加物として他の金属をドープしてもよい。誘電体層としては、酸化亜鉛、酸化錫、酸化チタン、酸化珪素、窒化亜鉛、窒化アルミ、窒化珪素等が好ましいが、これに限定されない。なお、これらの誘電体層に他の酸化物等の添加物を混入してもよい。
【0019】成膜時の水蒸気の影響は、金属層とそれを挟む誘電体層の各々に影響するが、その影響が最も顕著に現れるのは金属層であり、金属層を形成する時の成膜室の水蒸気分圧は、少なくとも2×10-5mbar以下、好ましくは1×10-5mbar以下に保持する事が好ましい。また、誘電体層の成膜時の水蒸気分圧は4×10-5mbar以下にする事が好ましい。各膜を成膜する際の最適な水蒸気分圧の確認は、バッチ式のスパッタリング実験装置を用いて下記のようにして行った。
(1)予備室と成膜室よりなる実験装置の真空度を1×10-6mbarまで上昇させた後、該予備室にガラスサンプル(300×300×5mm厚み)を充填し、30分後に成膜室にガラスサンプルを搬入した。搬入により、成膜室内の水蒸気分圧は2×10-6mbarであった。
(2)成膜室のターゲットを第1層は酸化亜鉛、第2層は銀、第3層は酸化亜鉛となるように、ターゲットを配置し、第1層は25nm、第2層は13nm、第3層は45nmの膜厚になるように成膜した。成膜時に各々の成膜室の水蒸気分圧を種々調整した。この水蒸気分圧の調整は、成膜時に各成膜室へ流すプロセスガスを一旦、水中に通し、その水温を調整することで行った。
(3)水蒸気分圧の測定は、アネルバ製Q1G066で行った。測定前に130℃以上で保持し充分に測定器をベーキングし、成膜室と接続前の測定器内の全圧が2×10-7mbar以下となるように真空ポンプで排気しながら該測定器を成膜室に接続した。なお、このときの成膜室内の水蒸気分圧は、成膜室と接続後の測定器の示す水蒸気分圧の割合と成膜室内の全圧から求めた。
(4)品質評価は、被膜後のガラスサンプルを30℃-RH90%の多湿雰囲気中に10日間暴露したのち、ガラス面上に発生した0.3mm以上の斑点状欠陥の数で評価し、ガラス面に5個以下の欠陥数のものを合格とした。
(5)以上の実験結果を以下に示す。
【0020】水蒸気分圧と欠陥発生数を下表に示す
【0021】
【表1】


【0022】(6)以上の結果より、第2層の金属層を成膜する時の水蒸気分圧が2×10-5mbar以下、又は第1層・第3層の誘電体層を成膜する時の水蒸気分圧が4×10-5mbar以下で成膜したものについては、欠陥個数が5個以下と大変良い品質を示した。これより、各層を成膜する時の最適水蒸気分圧の条件が把握できた。
【0023】また、水蒸気分圧調整手段としては、冷凍コイルが好ましく、その配置場所としては、成膜室或いは予備室の底面、側面、上面等が可能であるが、側面では幅方向に品質のムラが生じ、上面では冷凍コイルまたはその近傍で凝縮した水(または氷)が製品に落下し、欠陥となるため、底面にガラス板状体と並行する面に広げて配置するのがよい。なお、冷凍コイルは、冷凍機に配管されたコイル(冷媒がコイル中を流れる)を予備室等を搬送されるガラス板状体の下面に該ガラスの幅にわたり面状に配設するのが好ましい。また、ガラス水蒸気分圧調整手段としては、冷凍コイルに限定されず、例えば真空ポンプ等を用いる事もできる。
【0024】冷凍コイルの水吸着速度は、水蒸気分圧と冷凍コイルの表面積に比例し、一方放散水分量は、ガラス板状体およびその載置手段からなる搬送物の単位時間当たりの表面積に比例するから、搬送物の時間当たりの表面積と冷凍コイルの表面積の関係で到達水蒸気分圧が変化し、目標とする水蒸気分圧に対する両者の関係を調べた結果、搬送物1m2/分に対して少なくとも100cm2、好ましくは400cm2以上が良い。 冷凍コイルの表面温度は、目標の水蒸気分圧が10-5mbar台であることから、-120℃以下が必要であるが、好ましくは-150℃以下である。
【0025】
【実施例】以下、実施例により本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0026】
【実施例1】スパッタリング装置を用いて、下記の順序で成膜し、サンプルを作成した。
装 置:図1に示す連続スパッタリング装置は、3つの成膜室から構成され、各成膜室の前後には成膜時の室内雰囲気を調整するためのガス分離域としての予備室が設けられている。ガラス板状体は、載置台に載せられ搬送ロール上を移動し、各室に搬入される。なお、各室は隔壁で隔離されていることが好ましい。また、各成膜室に入るガラスのタクトは2,5分/枚で行った。
冷凍コイル:各予備室の搬送ロール下部にそれぞれ冷凍コイル(ポリコールドPFC660、表面積7,000cm2)をガラスと並行する面に広げて配置した。
ガ ラ ス:3,658×2,540×3mmの透明フロート板ガラスを用いた。なお、ガラスは該ガラスを点支持する載置手段(ガラスサイズよりタテ・ヨコ各20mm大きいサイズ)にのせられ移動される。
成 膜:第1層と第3層は酸化亜鉛膜、第2層は銀膜を形成するように各成膜室の上部にターゲットを配置した。各膜厚は、第1層が25nm、第2層が13nm、第3層が45nmとなるように調整した。
水蒸気分圧:前記4個の冷凍コイルに-150℃の冷媒を流入したり、或いは流入をスットプすることにより、各成膜室の水蒸気分圧を調整した。なお、水蒸気分圧の測定は、前記したアネルバ製Q1G066を用いて行った。
上記の実験結果を表2に示す。サンプルNO.1〜3は、本発明の実施例を、サンプルNO.4〜7は本発明の比較例を示す。
【0027】この結果から、以下のことが確認できた。
(1)金属層の水蒸気分圧が2×10-5mbar以下のものは、良い品質となる。(2)誘電体層の水蒸気分圧が4×10-5mbar以下のものは、良い品質となる。
(3)冷凍コイルについては、金属層を形成する成膜室と隣接する前後の予備室のいずれかに冷凍コイルを設置すると、品質の良いものが得られる。
【0028】
【表2】


【0029】
【発明の効果】ガラス基板上に、少なくとも第1層として誘電体層、第2層として金属層、第3層として誘電体層からなる薄膜を順次形成する真空成膜方法において、金属層を形成する時の成膜室中の雰囲気中の水蒸気分圧を2×10-5mbar以下に保持することによって、得られた低放射ガラスは格段に優れた耐久性(特に、耐湿性)を有し、被膜に斑点等の欠陥が発生することなく、簡便な方法でより確実で安定した品質の低放射ガラスの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】スパッタリング製造装置の冷凍コイル配置状況

【特許請求の範囲】
【請求項1】ガラス基板上に、少なくとも第1層として誘電体層、第2層として金属層、第3層として誘電体層からなる薄膜を順次形成する真空成膜方法において、金属層を形成する時の成膜室内の雰囲気中の水蒸気分圧を2×10-5mbar以下に保持することを特徴とする低放射ガラスの製造方法。
【請求項2】誘電体層を形成する時の成膜室内の雰囲気中の水蒸気分圧が、4×10-5mbar以下であることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】搬送されるガラス基板上に順次薄膜を形成する連続スパッタリング方法において、第1層誘電体層形成工程と第2層金属層形成工程間及び/又は第2層金属層形成工程と第3層誘電体層形成工程間に水蒸気分圧調整手段を設けたことを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項4】水蒸気分圧調整手段が冷凍コイルであり、成膜室に搬入されるガラス基板と該ガラスを支持する載置手段の両者の合計の表面積1m2/分あたり、冷凍コイルの表面積が100cm2以上である請求項3記載の製造方法。
【請求項5】冷凍コイルは、ガラス板状体の下方に該板状体と並行な面を形成するように設置された請求項4記載の製造方法。
【請求項6】冷凍コイルの表面温度は、-150℃以下である請求項4記載の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開平11−20081
【公開日】平成11年(1999)1月26日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平9−175389
【出願日】平成9年(1997)7月1日
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)