説明

低炭素硫黄快削鋼の製造方法

【課題】被削性、熱間加工性、浸炭特性などに優れた、Pb非添加でMnおよびO含有率の高い快削鋼を高い信頼性のもとに安価に溶製できる方法を提供する。
【解決手段】(1)C:0.05〜0.15%、Si:0.03%以下、Mn:0.9〜2.0%、P:0.01〜0.20%、S:0.40〜0.70%、O:0.008〜0.025%、N:0.003〜0.030%を含有し、残部はFeおよび不純物からなる鋼を、CaO含有率及びMgO含有率が、25%≦(%CaO)+(%MgO)≦40%及び0.4≦(%MgO)/{(%CaO)+(%MgO)}≦0.75の関係を満足するスラグを用いて取鍋精錬する低炭素硫黄快削鋼の製造方法である。(2)前記(1)の方法において、Feの一部に代えて、さらにTe:0.100%以下、Cr:1.25%以下、Ni:0.60%以下およびMo:0.40%以下のうちの1種以上を含有させてもよい。また、スラグ中MnO含有率を25〜40%とし、スラグ中S含有率を5%以下とすることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被削性、熱間加工性、浸炭特性などの部品特性に優れる快削鋼を安定かつ安価に製造するために、取鍋を用いた精錬操作において添加するスラグの成分組成および量を調整する低炭素硫黄快削鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題に対応するために、従来の鉛(Pb)を含有する快削鋼からPbを実質的に含有しない低炭素硫黄快削鋼が求められるようになってきた。このような低炭素硫黄快削鋼は、Pbを含有しない代わりに鋼中のS含有率を高めることにより被削性を改善するものであり、従来の規格を超えた高いS含有率の鋼およびその製造方法の開発が望まれている。
【0003】
従来の低炭素硫黄快削鋼の合金組成範囲は、一般に、質量%で、C:0.01〜0.15%、Si:0.03%以下、Mn:0.6〜1.2%、P:0.01〜0.20%、S:0.15〜0.40%、N:0.003〜0.030%の範囲にあり、さらに被削性を高めるためにPb:0.05〜0.40%を含み、残部がFeからなるものであった。また、このような鋼成分組成を基本として被削性を安定化させるために、MnS系介在物を粗大化させることが有効とされており、そのためにはO(酸素):0.008〜0.020%を含有させることが好ましいとされてきた。
【0004】
しかし、鋼中にPbを含有せずに従来と同程度の被削性を発揮させるためには、鋼中に従来よりも多量に、かつ粗大なMnS系介在物が分散している必要がある。さらには、介在物の形態制御に重要な役割を果たすOを従来鋼程度の含有率で維持したまま、MnおよびSともに従来よりも高い含有率にする必要がある。しかし、溶鋼に単純にMnを添加しただけでは溶鋼中のOと反応してしまうため、O含有率を維持したままMn含有率のみ高くすることは非常に困難である。
【0005】
このような状況の中で、特許文献1〜3などには、従来のMnおよびS含有率を上回る低炭素硫黄快削鋼についての技術が開示されている。さらに、MnおよびS含有率の高い低炭素硫黄快削鋼を安定かつ確実に製造するためには、その溶鋼段階での製鋼方法も見直す必要性が生じてきている。従来の低炭素硫黄快削鋼の製造方法としては、例えば特許文献4に開示された方法が公知である。この方法は、スラグ中のMnO含有率と鋼中のMn含有率を制御することによって、鋼中のO含有率を調整することを特徴とする低炭素硫黄快削鋼の製造方法である。
【0006】
しかし、特許文献4において示された鋼中のO含有率、Mn含有率およびスラグ中のMnOモル比の関係式によれば、鋼中のMn含有率が1.5質量%の場合、鋼中のO含有率を200ppmにするためには、スラグ中のMnOモル比を0.74以上にすることが必要となり、これでは製鋼スラグとして適さないばかりでなく、多くのMn損失が生じる。さらに、従来の製鋼条件を用いる限り、溶鋼中のS含有率の増加に伴って溶鋼中へのSの添加歩留りは悪化し、コスト増大を招くのみならず、S含有率の制御は極めて困難になると予想されるが、この点についても全く配慮されていない。
【0007】
また、このようなS含有率の高い鋼(以下、「高S含有鋼」とも記す)を基本として、Teを添加する場合の鋼の製造方法については報告などが殆どないため、高価な添加元素であるTeを有効かつ高い制御性のもとに鋼中に含有させる鋼の溶製方法については、全く未知の状態であった。
【0008】
【特許文献1】特開2000−160284号公報(特許請求の範囲および段落[0005])
【特許文献2】特開2004−169052号公報(特許請求の範囲および段落[0009]〜[0013])
【特許文献3】特開2005−54227号公報(特許請求の範囲および段落[0028]〜[0038])
【特許文献4】特開平9−31522号公報(特許請求の範囲、段落[0006]および[0028])
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、その課題は、被削性、熱間加工性、浸炭特性などの部品特性に優れる快削鋼を、高い信頼性と経済性のもとに製造するために、高Mn含有率、高S含有率および高O含有率を同時に満足することのできる鋼の精錬方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
溶鋼中のO含有率およびMn含有率を高濃度に維持するには、スラグ中のMnO含有率を高くすればよい。また、本快削鋼において、溶鋼中のSは切削の起点となるMnS系介在物を形成するために必要であることから、溶鋼中に高濃度で存在することが要求される。したがって、スラグの性質としては、脱硫の起こりにくい低塩基度のスラグが求められる。このため、O含有率およびMn含有率を高く維持するためには、MnO活量を高めることのできる高塩基度が要求され、一方、S含有率を高く維持するためには低塩基度とする必要があるという、相反する性質のスラグが要求されることになる。
【0011】
また、一般に高価な金属マンガンまたは低炭素フェロマンガンなどを添加することにより溶鋼中のMn含有率を調整しているが、現状のスラグ組成では、Mn歩留りが悪く、添加したMnがスラグに吸収されてしまう問題がある。さらに、現状のスラグ組成では、取鍋スラグラインにおける耐火物の溶損問題も生じている。
【0012】
そこで、本発明者らは、上記の問題を解決するために検討および研究を行った結果、下記の(a)〜(d)の新しい知見を得て、本発明を完成させた。
【0013】
(a)スラグ中のCaO成分をMgO成分により置換することにより、スラグの塩基度を低下させることなく脱硫能を低下させることができる。
【0014】
(b)スラグ中のMnO活量を上昇させることにより、溶鋼中のO含有率を高く維持することができる。
【0015】
(c)媒溶剤の添加量を低減することにより、溶鋼中のO含有率を高く維持でき、溶鋼からスラグへのSおよびMnの移行による損失(ロス)を低減することができる。さらに、耐火物の溶損も抑制される。
【0016】
(d)スラグ中のCaO成分をMgO成分により置換することにより、取鍋スラグラインにおけるMgO含有耐火物の保護も可能となる。
【0017】
本発明は、上記の知見に基いて完成されたものであり、その要旨は、下記の(1)〜(6)に示す低炭素硫黄快削鋼の製造方法にある。
【0018】
(1)質量%でC:0.05〜0.15%、Si:0.03%以下、Mn:0.9〜2.0%、P:0.01〜0.20%、S:0.40〜0.70%、O(酸素):0.008〜0.025%、N:0.003〜0.030%を含有し、残部はFeおよび不純物からなる鋼を製造するにあたり、取鍋精錬を行う際のスラグ中のCaO含有率およびMgO含有率が下記(1)式および(2)式により表される関係を満足するスラグを用いる低炭素硫黄快削鋼の製造方法。
【0019】
25%≦(%CaO)+(%MgO)≦40% ・・・・・(1)
0.4≦(%MgO)/{(%CaO)+(%MgO)}≦0.75 ・・・(2)
ここで、(%CaO)および(%MgO)は、それぞれスラグ中のCaOおよびMgOの含有率(質量%)を表す。
【0020】
(2)前記Feの一部に代えて、さらに質量%で、Te:0.100%以下を含有する鋼を製造する前記(1)に記載の低炭素硫黄快削鋼の製造方法。
【0021】
(3)前記Feの一部に代えて、さらに質量%で、Cr:1.25%以下、Ni:0.60%以下およびMo:0.40%以下のうちの1種以上を含有する鋼を製造する前記(1)または(2)に記載の低炭素硫黄快削鋼の製造方法。
【0022】
(4)前記スラグ中のMnO含有率が下記(3)式により表される関係を満足するスラグを用いる前記(1)〜(3)のいずれかに記載の低炭素硫黄快削鋼の製造方法。
【0023】
25%≦(%MnO)≦40% ・・・・(3)
ここで、(%MnO)は、スラグ中のMnO含有率(質量%)を表す。
【0024】
(5)前記スラグ中のS含有率が下記(4)式により表される関係を満足するスラグを用いる前記(1)〜(4)のいずれかに記載の低炭素硫黄快削鋼の製造方法。
【0025】
(%S)≦5.0% ・・・・(4)
ここで、(%S)は、スラグ中のS含有率(質量%)を表す。
【0026】
(6)1回の取鍋精錬で添加する媒溶剤の総量が2〜5kg/t−溶鋼である前記(1)〜(5)のいずれかに記載の低炭素硫黄快削鋼の製造方法。
【0027】
本発明において、「取鍋精錬」とは、予め粗精錬された溶鋼を取鍋などの別の精錬装置へ導き、より高い品質を付与するために行う冶金操作を意味し、例えば、脱硫、脱燐、脱ガス、脱酸、脱炭、温度調整などの操作を含む。
【0028】
「媒溶剤」とは、CaO、SiO2、MnO、MgOなどのスラグ形成成分を含む造滓剤を意味する。
【0029】
なお、明細書の以下の記載において、成分組成を表す含有率の「%」は、特に断らない限り、「質量%」を意味するものとする。
【発明の効果】
【0030】
本発明の方法によれば、低炭素硫黄快削鋼の製造法において、取鍋精錬でのスラグ成分組成またはスラグ量を調整することにより、従来は困難とされていた溶鋼中O含有率およびS含有率の高い精度での制御を安価に且つ確実に実現し、Pb含有快削鋼に代えてPb非添加快削鋼を高い経済性と信頼性のもとに製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
本発明は、C:0.05〜0.15%、Si:0.03%以下、Mn:0.9〜2.0%、P:0.01〜0.20%、S:0.40〜0.70%、O:0.008〜0.025%、N:0.003〜0.030%を含有し、残部はFeおよび不純物からなる鋼を製造するにあたり、取鍋精錬を行う際のスラグとしてCaO、MgO、SiO2、MnO、Al23、FeOおよびSからなり、スラグ中のCaO含有率およびMgO含有率が前記(1)式および(2)式により表される関係を満足するスラグを用いることを特徴とする低炭素硫黄快削鋼の製造方法である。以下に、本発明の内容についてさらに詳細に説明する。
【0032】
(1)溶鋼−スラグ間反応の調整
本発明者らは前記のような新しい知見に基づいて発明を具体化させるために、溶鋼−スラグ間反応を詳細に検討し、考察した。その結果、下記の方法を採用することにより、低炭素快削鋼を安定的にかつ安価に製造できることが判明した。
【0033】
1)従来、快削鋼の溶製において、スラグ中にはCaO、MgO、SiO2、MnO、Al23、FeO、Sなどが含まれており、CaO成分が30〜40%程度、MgO成分が3〜5%程度含有されている。MgOは、CaOと同様に塩基性のスラグを形成するため、従来のスラグ成分中のCaOをMgOにより一部置換しても、置換前と同程度のMnO活量の高い塩基性スラグが得られる。
【0034】
2)一方、MgOの脱硫能はCaOよりも弱い。このため、CaOをMgOにより一部置換することにより、スラグの脱硫能を弱めることができる。
【0035】
3)取鍋耐火物のスラグとの接触部にはMgO−C質の耐火物が使用されている。このため、精錬反応中に取鍋耐火物からMgO成分が溶出することがしばしば問題となる。ここで、スラグ中のMgO含有率を増加させると、取鍋耐火物からのMgOの溶出が抑制されるので、取鍋耐火物の溶損を低減することができる。
【0036】
4)本発明の対象鋼種は、溶鋼中に高濃度のOを確実に含有させる必要がある。鋼の溶製において、溶鋼中のO含有率を決定する最も主要な反応は、Mn脱酸反応であり、溶鋼中の高いO含有率を達成するためには、スラグ中に充分なMnOが含有されており、かつ同じ含有率であっても、MnO活量が高いことが必要である。
【0037】
5)スラグ中に高い活量のMnOが存在すると、Mn脱酸平衡により、金属Mnを添加しても、スラグ中へのMnの移動速度が遅くなり、MnOとしてスラグ中にロスするMn量が減少する。
【0038】
6)スラグ中に高濃度のSが存在すると、SがMnOの活量を低下させる要因となることから、溶鋼中の高いO含有率を達成するための障害となりうる。
【0039】
7)従来の快削鋼の溶製において、取鍋精錬の初期に5.0〜7.0kg/t−溶鋼の媒溶剤が添加されている。取鍋精錬における媒溶剤の役割としては、スラグ形成による精錬反応の安定化および溶鋼温度の低下防止が挙げられるが、本発明の対象鋼の溶製においては、脱Mn、脱硫などの精錬反応は、むしろ必要最小限の範囲で起こればよい。このため、媒溶剤の添加量を低減することにより、溶鋼からスラグへのSの移行およびMnロスを低減することができる。また、スラグによる耐火物の溶損を防止することも可能である。
【0040】
上記の検討および考察から、本発明の対象である低炭素硫黄快削鋼の溶製においては、鋼成分組成ならびに取鍋精錬時のスラグ成分組成およびスラグ量の調整が不可欠であるとの知見を得て、その適正範囲を明確化することにより、本発明を完成するに至った。
【0041】
(2)鋼成分組成の限定理由および好ましい範囲
C:0.05〜0.15%
Cは、鋼の強度や靱性を得るために必要な元素である。快削性を最重要特性とする快削鋼にあって、必要な引張り強度および疲労強度を得るには、その含有量を0.05%以上とする必要がある。一方、その含有量が0.15%を超えて高くなると、快削鋼の基本的特性である母材の加工性が悪化する。上記の理由から、C含有量の適正範囲を0.05〜0.15%とした。なお、好ましくは、0.07〜0.10%の範囲である。
【0042】
Si:0.03%以下
Siは、鋼の脱酸作用および固溶強化作用を有する元素である。後述するとおりの鋼中O含有率を確保するには、Si含有率を0.03%以下とする必要がある。
【0043】
Mn:0.9〜2.0%
Mnは、鋼中でSと結合してMnSを形成し、鋼の被削性を高めるとともに、脱酸元素としても機能する。Mnは、MnSを形成することにより、圧延時における脆性亀裂発生の原因となるFeSの生成を抑制する。そのためには、Mnを0.9%以上を含有する必要がある。しかし、その含有量が2.0%を超えて高くなると、脱酸作用が強くなり、本発明の要件であるO含有率0.008%以上を安定して得ることが難くなる。上述の理由から、Mn含有率の適正範囲を0.9〜2.0%とした。なお、Mn含有率の好ましい範囲は、1.45〜1.65%である。
【0044】
P:0.01〜0.20%
Pは、粒界に偏析して鋼を脆化させる傾向を有する元素であり、被削性を向上させる作用も有する。上記の効果はP含有率が0.01%以上において得られる。一方、Pは鋼の靱性劣化や延性低下をもたらす元素でもあるので、その上限は0.2%以下とする必要がある。Pは、0.2%以下の範囲であれば、固溶強化作用を有する元素であり、材料としての必要強度を考慮してその含有率を調整することができる。またPは、鉄鉱石やスクラップに随伴して持ち込まれる場合が多く、脱燐あるいは加燐は、製造コストを上昇させる要因となるので、これらを考慮して含有率を決定する必要がある。このような理由から、P含有率の適正範囲を0.01〜0.20%とした。なお、P含有率の好ましい範囲は、は、0.06〜0.09%である。
【0045】
S:0.40〜0.70%
鋼中のSは、MnSを形成して鋼の被削性を高める上で必須の元素である。Pbを含有しない状態で従来のPbを含有する快削鋼に匹敵する被削性を得るためには、S含有量を0.40%以上とする必要がある。しかしながら、S含有量が0.70%を超えて高くなると、圧延時における割れの発生が顕著となり、機械的特性が著しく劣化する。上記の理由から、S含有率の適正範囲を0.40〜0.70%とした。S含有率の好適な範囲は、0.45〜0.60%である。
【0046】
O(酸素):0.008〜0.025%
鋼中のOは、酸化物系介在物としてMnSと共存し、被削性に対して有用な効果をもたらす。すなわち、酸化物系介在物としてMnSと共存すると、MnSは比較的粗大な球状を呈し、鋼材の圧延後もあまり伸展せず、その(長さ/幅)の値が比較的1.0に近く、またクラスター化しない形状を保つ。このような形状の介在物は、切削時に脆化の基点となり、被削性の著しい改善をもたらす。また、切削工具先端での構成刃先の形状を適切に形成することにより、仕上げ面粗さの改善をももたらす。このような効果は、O含有率が0.008%以上において享受できる。一方、O含有率が0.025%を超えて高くなると、酸化物系介在物の存在が鋼材表面の品質に悪影響を及ぼす。上記の理由から、O含有率の適正範囲を0.008〜0.025%とした。なお、本快削鋼では、MnSの形成量が多いため、それに見合うO含有率が必要であり、その好適な範囲は、従来より高い0.015〜0.023%の範囲である。
【0047】
なお、本発明において、O含有率とは、鋼中の溶存酸素量および介在物中に含まれる酸素量の総和である全酸素含有率(T.[O])を意味する。
【0048】
N:0.003〜0.030%
Nは、鋼中で窒化物を形成して結晶粒界に偏在し、MnSとともに被削性の向上に寄与する元素である。その作用を確実なものとするためには、N含有率を0.003%以上とする必要がある。一方、Nの含有量が0.030%を超えて高くなると、窒化物が粗大化し、かえって工具の摩耗を顕在化させる。そこで、N含有率の適正範囲を0.003〜0.030%とした。なお、N含有率の好ましい範囲は、0.007〜0.015%である。
【0049】
次に、任意添加元素の成分組成の範囲について説明する。
【0050】
Te:0.100%以下
Teは、鋼の熱間加工時にMnSが延伸されるのを抑制してMnSのアスペクト比(「長さ/幅」の値)を比較的小さい値に維持し、被削性を高める作用を有する元素である。含有してもしなくてもよいが、Teを0.010%以上含有することにより、上記の効果を得ることができる。しかしながら、Te含有率が過度に高くなると、熱間加工性の低下を招き、特に、その含有率が0.100%を超えると、熱間加工性の低下が著しくなる。したがって、Teを含有させる場合は、その含有率を0.010%以上0.100%以下の範囲とすることが好ましい。
【0051】
Cr:1.25%以下、Ni:0.60%以下およびMo:0.40%以下のうち1種以上
Cr、NiおよびMoは、いずれも鋼の焼き入れ性を高める作用を有する元素であり、これらの元素を含有することにより、浸炭後の焼き入れ性が向上する。これらの元素は、含有してもしなくてもよいが、Cr、NiおよびMoのうち1種以上を、各0.04%以上含有することにより、上記の効果を得ることができる。しかし、Crについては1.25%を超えて、Niについては0.60%を超えて、また、Moについては0.40%を超えて多量に含有されると、鋼の強度が上昇し、それに伴って被削性が低下する。また、これらの元素を必要以上に含有することは、快削鋼の製造コスト上昇に繋がる。したがって、これらの元素を含有させる場合は、Crについては0.04%以上1.25%以下の範囲、Niについては0.04%以上0.60%以下の範囲、また、Moについては0.04%以上0.40%以下の範囲とすることが好ましい。
【0052】
なお、各元素のさらに好ましい含有率の範囲は、Cr:0.04〜0.50%、Ni:
0.04〜0.05%およびMo:0.04〜0.30%である。
【0053】
(3)スラグ成分組成およびスラグ量の適正範囲
本発明の重要な構成要素は、転炉などの製鋼炉から取鍋への出鋼段階および取鍋におけるスラグ精錬段階の状態の規定にある。ここで、スラグ精錬とは、溶鋼が取鍋に収容され、スラグによる精錬が行われていることを意味する。なお、通常の取鍋でのスラグ精錬においては、スラグによる精錬作用を期待して積極的にスラグ−メタル反応を起こす条件が与えられている。しかし、スラグの精錬作用により溶鋼中の有効成分もスラグ中に吸収されるおそれがあるため、本発明においてスラグに要求される条件、すなわち、溶鋼の保温を含め、高O含有率および高S含有率を達成でき、かつ取鍋の溶損を低減できるためのスラグ成分組成およびスラグ量の範囲を規定することとした。
【0054】
そこで、本発明の効果を調査するために、スラグ−メタル反応の詳細を調査できる実験炉を使用し、調査実験を行った。実験には溶鋼を10kg、スラグを300g用い、1570〜1620℃、Arガス雰囲気下において、初期スラグの成分組成を変化させて実験を行った。一定時間間隔で溶鋼およびスラグを採取し、初期スラグ組成が溶鋼およびスラグ組成の経時変化に及ぼす効果を調査した。表1に、調査実験に用いた初期スラグの成分組成の範囲を示した。
【0055】
【表1】

【0056】
1)硫黄分配比に及ぼすスラグ中のCaOとMgOの総含有率の効果
図1は、スラグ中の(%CaO+%MgO)と硫黄分配比(Ls)の関係を示す図である。同図において、硫黄分配比(Ls)は、スラグ中(%S)を鋼中[%S]で除した値を意味する。
【0057】
同図に示されるとおり、スラグ中の(%CaO)と(%MgO)との和が40%程度以下の範囲においては、硫黄分配比(Ls)に及ぼす効果は見られないが、上記の和が40%程度を超えて大きくなると、Lsの値は急激に増大する。鋼中のS含有率を高く維持するためには、Lsの値は高くても10以下、できれば7.5以下であることが好ましい。一方、スラグ中にはCaOおよびMgOが総含有率で少なくとも25%程度は含まれることから、スラグ中のCaOとMgOの総含有率の適正範囲を下記(1)式により規定される範囲とした。
【0058】
25%≦(%CaO)+(%MgO)≦40% ・・・・・(1)
2)スラグ中のCaOをMgOにより置換することによる効果
図2は、スラグ中の(%MgO)/{(%CaO)+(%MgO)}と硫黄分配比(Ls)との関係を示す図である。
【0059】
同図に示されるとおり、スラグ中のCaOとMgOの総含有率に対するMgO含有率の比の値が高くなるにしたがい、Lsの値は急速に低下した後、上記の比の値が0.4程度以上においてLsの低下効果は飽和する。しかしながら、(%MgO)/{(%CaO)+(%MgO)}の値が過度に高くなり、CaOの存在比率が低下し過ぎると、スラグの融点が上昇し、スラグが溶融しなくなることから、これらを考慮してスラグ中のCaOとMgOの総含有率に対するMgO含有率の比の適正範囲を下記(2)式により規定される範囲とした。
【0060】
0.4≦(%MgO)/{(%CaO)+(%MgO)}≦0.75 ・・・(2)
3)スラグ中のMnO含有率の効果
図3は、スラグ中の(%MnO)と鋼中の全酸素含有率(T.[O])との関係を示す図である。
【0061】
同図に示されるとおり、スラグ中MnO含有率の増加とともに溶鋼中全酸素含有率(T.[O])は増加するが、溶鋼中のT.[O]は少なくとも80ppm、できれば150ppm以上であることが好ましい。また、T.[O]は、鋼の清浄度を維持する観点から、230ppm以下とすることが好ましい。このため、スラグ中のMnO含有率は下記(3)式により表される範囲とすることが好ましい。
【0062】
25%≦(%MnO)≦40% ・・・・(3)
4)スラグ中S含有率の効果
図4は、スラグ中の(%S)と鋼中の全酸素含有率(T.[O])との関係を示す図である。
【0063】
同図に示された結果から、スラグ中S含有率が低い領域では、Sにより全酸素含有率(T.[O])は比較的高めに維持されているが、スラグ中S含有率が5%を超えて高くなると、T.[O]の制御性は低下し、鋼中のS歩留りも低下することがわかる。したがって、スラグ中のS含有率は下記(4)により表される範囲とすることが好ましい。
【0064】
(%S)≦5.0% ・・・・(4)
なお、スラグ中S含有率のさらに好ましい範囲は、3.0%以下である。
【実施例】
【0065】
本発明の低炭素硫黄快削鋼の製造方法の効果を確認するため、溶鋼量80トン(t)の容量を有する転炉−取鍋精錬−連続鋳造プロセスを用いて製造試験を行い、その結果を評価した。目標とした鋼成分組成は、C:0.05〜0.15%、Si:0.03%以下、Mn:0.9〜2.0%、P:0.01〜0.20%、S:0.40〜0.70%、T.O:0.008〜0.025%、N:0.003〜0.030%の範囲である。また、任意添加元素として、Te、Ni、CrおよびMoのうち1種以上を添加した。得られた溶鋼の成分組成を表2に示す。
【0066】
【表2】

【0067】
転炉においてC:0.01〜0.05%程度にまで脱炭された溶鋼は、取鍋底部に攪拌用ガスを導入できる多孔質耐火物を備えた取鍋へ出鋼された。出鋼時にMn合金鉄などの合金鉄を添加して成分調整を行った。また、スラグ量およびスラグ組成の調整方法として、転炉から出鋼後に除滓したのち、所定量の生石灰および珪砂を、また、MgO源としてドロマイトおよびMgO含有レンガ屑を媒溶剤として添加した。
【0068】
図5は、媒溶剤添加量と溶鋼温度低下速度との関係を示す図である。同図の結果から、媒溶剤添加量が多い領域では温度低下の抑制効果が飽和しているが、媒溶剤添加量が低下して2.0kg/t−溶鋼以下になると、保温効果が低減し、溶鋼温度低下速度が急激に増大することが明らかである。一方、媒溶剤添加量が多すぎると、添加した合金成分がスラグ中に移行し、ロス量が増加する。したがって、取鍋精錬において添加する媒溶剤の総量は、2〜5kg/t−溶鋼の範囲とすることが好ましい。
【0069】
この際の媒溶剤添加量は、溶鋼1t当たり2〜5kgとした。その後、これらを電気的加熱が可能な取鍋精錬装置に搬送、収容して、その炉底からArガスによる攪拌を行いながら取鍋スラグ精錬を実施した。
【0070】
この時、出鋼後の取鍋中の溶鋼成分組成および取鍋中のスラグ成分組成を確認するため、所定時間が経過した段階で溶鋼およびスラグ分析サンプルを採取し、それらの成分組成を調査した。途中、必要に応じて所期の溶鋼成分組成となるように鋼の成分調整を行い、また目標の溶鋼温度となるように通電加熱を行った。なお、このようにして得られた溶鋼は連続鋳造機に搬送され、連続鋳造された。
【0071】
精錬開始時のスラグ中CaO、SiO2、MnO、MgO、S含有率、(CaO+MgO)総含有率およびMgO/(CaO+MgO)の値、ならびに媒溶剤添加量、黄鉄鉱石使用量、精錬後の溶鋼中のT.[O]含有率、金属Mn使用量および耐火物溶損量を表3および前記表2に示した。
【0072】
【表3】

【0073】
試験番号1および2は、スラグ成分組成中の(%CaO)+(%MgO)または(%MgO)/{(%CaO)+(%MgO)}の値が第1発明の(1)式または(2)で規定する範囲を満足しない比較例についての試験であり、また、試験番号3〜12は、本発明の範囲を満足する本発明例である。
【0074】
比較例の試験である試験番号1および2では、前記(1)式または(2)式の関係が満足されなかったことから、スラグ−メタル間のS分配比(Ls)が高くなりすぎ、鋼中S含有率が低下した。
【0075】
これに対して、本発明例についての試験である試験番号3〜12では、S分配比が低く維持されたことから、鋼中のS含有率が高い値に制御された。
【0076】
さらに、本発明例において、スラグ中CaOをMgOに置換して(%MgO)/{(%CaO)+(%MgO)}の値を上昇させた試験番号3〜5では、精錬後の溶鋼中O含有率は若干低下するものの、スラグの脱硫能が低下することから、S源としての黄鉄鉱鉱石使用量を低減することができた。また、スラグ中のMgO含有率が高いことから、耐火物の溶損も抑制されている。
【0077】
また、媒溶剤の添加量を減少させた試験番号6および7では、溶鋼の大きな温度低下を起こすことなく、黄鉄鉱使用量と金属Mn使用量が従来よりも少ない条件で溶製を行うことができ、さらに、耐火物溶損量を低減することが可能となった。
【0078】
そして、(%MgO)/{(%CaO)+(%MgO)}の値を上昇させ、かつ媒溶剤の添加量を減少させた試験番号8〜12では、スラグ組成を調整したことによる溶鋼中のT.[O]の低下量を最小限に抑えた上で、スラグ量を減少させたことによる黄鉄鉱使用量および金属Mn使用量の削減、ならびに耐火物溶損量の低減という顕著な効果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の方法によれば、低炭素硫黄快削鋼の製造法において、取鍋精錬でのスラグ成分組成またはスラグ量を調整することにより、従来は困難とされていた溶鋼中のO含有率およびS含有率の高精度制御を安価に且つ確実に実現し、Pb含有快削鋼に代えてPbを含有しない快削鋼を高い経済性と信頼性のもとに製造することができる。したがって、本発明の低炭素硫黄快削鋼の製造方法は、Pb非添加快削鋼の製造分野において、高品質の快削鋼を安価に溶製できる精錬方法として広範に適用できる技術である。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】スラグ中の(%CaO+%MgO)と硫黄分配比(Ls)との関係を示す図である。
【図2】スラグ中の(%MgO)/(%CaO+%MgO)と硫黄分配比(Ls)との関係を示す図である。
【図3】スラグ中の(%MnO)と鋼中の全酸素含有率(T.[O])との関係を示す図である。
【図4】スラグ中の(%S)と鋼中の全酸素含有率(T.[O])との関係を示す図である。
【図5】媒溶剤添加量と溶鋼温度低下速度との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%でC:0.05〜0.15%、Si:0.03%以下、Mn:0.9〜2.0%、P:0.01〜0.20%、S:0.40〜0.70%、O(酸素):0.008〜0.025%、N:0.003〜0.030%を含有し、残部はFeおよび不純物からなる鋼を製造するにあたり、取鍋精錬を行う際のスラグ中のCaO含有率およびMgO含有率が下記(1)式および(2)式により表される関係を満足するスラグを用いることを特徴とする低炭素硫黄快削鋼の製造方法。
25%≦(%CaO)+(%MgO)≦40% ・・・・・(1)
0.4≦(%MgO)/{(%CaO)+(%MgO)}≦0.75 ・・・(2)
ここで、(%CaO)および(%MgO)は、それぞれスラグ中のCaOおよびMgOの含有率(質量%)を表す。
【請求項2】
前記Feの一部に代えて、さらに質量%で、Te:0.100%以下を含有する鋼を製造することを特徴とする請求項1に記載の低炭素硫黄快削鋼の製造方法。
【請求項3】
前記Feの一部に代えて、さらに質量%で、Cr:1.25%以下、Ni:0.60%以下およびMo:0.40%以下のうちの1種以上を含有する鋼を製造することを特徴とする請求項1または2に記載の低炭素硫黄快削鋼の製造方法。
【請求項4】
前記スラグ中のMnO含有率が下記(3)式により表される関係を満足するスラグを用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の低炭素硫黄快削鋼の製造方法。
25%≦(%MnO)≦40% ・・・・(3)
ここで、(%MnO)は、スラグ中のMnO含有率(質量%)を表す。
【請求項5】
前記スラグ中のS含有率が下記(4)式により表される関係を満足するスラグを用いることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の低炭素硫黄快削鋼の製造方法。
(%S)≦5.0% ・・・・(4)
ここで、(%S)は、スラグ中のS含有率(質量%)を表す。
【請求項6】
1回の取鍋精錬で添加する媒溶剤の総量が2〜5kg/t−溶鋼であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の低炭素硫黄快削鋼の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2007−113038(P2007−113038A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−303804(P2005−303804)
【出願日】平成17年10月19日(2005.10.19)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】