説明

低速電子線用蛍光体、蛍光体ペースト、および蛍光表示装置

【課題】 十分な寿命を有し且つ低速電子線でも高輝度で発光する低速電子線用蛍光体、蛍光体ペースト、および蛍光表示装置を提供する。
【解決手段】 低速電子線用蛍光体は、Ca1-xSrxTiO3:Pr,Zn,Liから成る蛍光体粒子6の表面に熱処理によって酸化物に変化する錫化合物が付着して構成される。この蛍光体8を蛍光表示装置を構成するために基板等に塗布して熱処理を施すと、蛍光体粒子6の表面に酸化錫から成る保護層4が形成される。そのため、初期輝度の大きな低下を伴うことなく、保護層4を設けない場合に比較して蛍光体8の劣化が抑制される。したがって、比較的高い輝度を維持しながら、炭素やバリウム等による劣化が抑制され、例えば1000時間程度以上の長寿命が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低速電子線用蛍光体と、蛍光体ペーストと、低速電子線用蛍光体を発光源として備えた蛍光表示装置とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば蛍光表示管(Vacuum Fluorescent Display:VFD)等の蛍光表示装置に用いられる低速電子線で励起発光させる赤色発光蛍光体として、従来からZn1-xCdxS(以下、ZnCdSと表記する)系蛍光体が使用されてきた。近年、環境問題からCd(カドミウム)等の有害元素の使用が規制されてきており、ZnCdS系蛍光体もそのような規制の対象となっている。また、硫化物であるZnCdS系蛍光体が電子線照射により分解されると、飛散したS(硫黄)によって電子源である酸化物カソードの電子放出能力が低下させられる問題もある。なお、本願において「低速電子線」は、特に断らない限り、VFDに好適な10〜100(V)程度の電圧で加速されたものをいう。
【0003】
これに対して、CdおよびSを含まない酸化物系低速電子線用赤色蛍光体として、アルカリ土類金属とTi(チタン)の酸化物から成る母体に希土類元素および三族元素を添加したものが提案されている。上記アルカリ土類金属は、例えばMg、Sr、Ca、Baであり、希土類元素は例えばCe、Pr、Eu、Tb、Er、Tm、三族元素は例えばAl、Ga、In、Tlであり、典型的な組成例としては、例えば、SrTiO3:Pr,Alが挙げられる(例えば特許文献1〜3を参照)。ここで、「:」の右側の元素(Pr,Al)は母体であるSrTiO3に添加された成分、すなわち賦活剤或いは共添加物と称されるものである。
【0004】
また、上記の他、VFD用途では無いが、アルカリ土類金属がCaであるときの組成例として、CaTiO3系蛍光体も提案されている(非特許文献1乃至3等を参照)。これらには、例えば700(V)以上で加速された電子線により励起させるCaTiO3:Pr、紫外線で励起させるCaTiO3:Pr,Al、1(kV)で加速された電子線により励起させるCaTiO3:Pr,Li等が示されている。
【特許文献1】特開平8−85788号公報
【特許文献2】特開2003−41246号公報
【特許文献3】特開平8−283709号公報
【非特許文献1】Vecht et al. "New electron excited light emitting materials"J.Vac.Sci.Technol.B 12(2), Mar/Apr 1994 p.781-784
【非特許文献2】P.T. Diallo et al. "Improvement of the optical performances of Pr3+ in CaTiO3" Journal of Alloys and Compounds 323-324 (2001) p.218-222
【非特許文献3】Seung-Youl Kang et al. "The Influence of Li Addition on Cathodoluminescence for CaTiO3:Pr3+" EURODISPLAY 2002 p.777-779
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記特許文献1に記載されたSrTiO3:Pr,Al蛍光体では、輝度劣化が激しく寿命が短い問題があった。短寿命となる理由としては、管球内の残留ガス中の炭素、ゲッターやカソードのバリウム等の影響が指摘されている。
【0006】
そこで、前記特許文献2には、SrTiO3:Pr,Al蛍光体の粒子表面にその母体化合物から成る保護膜を設けることによって輝度劣化を抑制することが、前記特許文献3には、SrTiO3:Pr,Al蛍光体粒子表面にAl、Ti、Si、Ga、Zn、Sn、Bi等の酸化物から成る保護膜を形成することが、それぞれ提案されている。これらによれば、蛍光体表面が炭素やバリウム等から保護されるため寿命特性が改善されるが、このような処理を施してもZnCdS系蛍光体に比較すると著しく短寿命に留まっていた。保護膜の付着量を多くするほど寿命が長くなるが、その反面で輝度が低下するため、十分な寿命が得られる程度まで付着量を多くすることができないのである。
【0007】
また、前記非特許文献1乃至3に記載されているCaTiO3系蛍光体を評価したところ、低速電子線で得られる輝度はZnCdS系蛍光体のせいぜい1割程度に過ぎず、VFD等に用い得るものではなかった。また、寿命もSrTiO3系に比較すれば長いものの不十分であった。
【0008】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであって、その目的は、十分な寿命を有し且つ低速電子線でも高輝度で発光する低速電子線用蛍光体、蛍光体ペースト、および蛍光表示装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
斯かる目的を達成するため、第1発明の低速電子線用蛍光体の要旨とするところは、チタン酸塩を母体とし且つPrを添加剤として含むCa1-xSrxTiO3:Pr,A(但し、0≦x<1、AはZnおよびLiの少なくとも一方)で表される蛍光体粒子の表面に、熱処理によって酸化物に変化する錫化合物が付着したことにある。
【0010】
また、第2発明の蛍光体ペーストの要旨とするところは、チタン酸塩を母体とし且つPrを添加剤として含むCa1-xSrxTiO3:Pr,A(但し、0≦x<1、AはZnおよびLiの少なくとも一方)で表される蛍光体粒子と、熱処理によって酸化物に変化する錫化合物とがビヒクル中に分散させられたことにある。
【0011】
また、第3発明の蛍光表示装置の要旨とするところは、チタン酸塩を母体とし且つPrを添加剤として含むCa1-xSrxTiO3:Pr,A(但し、0≦x<1、AはZnおよびLiの少なくとも一方)で表される蛍光体粒子の表面に酸化錫が付着した低速電子線用蛍光体を発光源として備えたことにある。
【発明の効果】
【0012】
前記第1発明によれば、低速電子線用蛍光体は、Ca1-xSrxTiO3:Pr,Zn、Ca1-xSrxTiO3:Pr,Li、およびCa1-xSrxTiO3:Pr,Zn,Liの何れかから成る蛍光体粒子の表面に熱処理によって酸化物に変化する錫化合物が付着して構成される。この蛍光体を蛍光表示装置を構成するために基板等に塗布して熱処理を施すと、蛍光体粒子の表面に酸化錫から成る保護層が形成される。そのため、理由は定かではないが、初期輝度の大きな低下を伴うことなく、保護層を設けない場合に比較して蛍光体の劣化が抑制される。したがって、比較的高い輝度を維持しながら、炭素やバリウム等による劣化が抑制され、長寿命が得られる。特に、x>0の場合、すなわち蛍光体母体結晶がCaTiO3のAサイト(Ca)の一部をx<1までの範囲でSrで置換したものである場合には、理由は定かではないが、SrTiO3:Pr,Al蛍光体よりも長寿命を有し且つ低速電子線で励起しても高輝度で発光する。そのため、保護層を設けることによる劣化抑制が一層効果的になる。
【0013】
また、前記第2発明によれば、蛍光体ペーストは、Ca1-xSrxTiO3:Pr,Zn、Ca1-xSrxTiO3:Pr,Li、およびCa1-xSrxTiO3:Pr,Zn,Liの何れかから成る蛍光体粒子と、熱処理によって酸化錫に変化する錫化合物とを含むことから、基板等に塗布して熱処理を施すと、その錫化合物が蛍光体粒子表面に酸化錫から成る保護層を生成する。そのため、比較的高い輝度を維持しながら、保護層が設けられない場合に比較して劣化し難く長寿命が得られる。
【0014】
また、前記第3発明によれば、Ca1-xSrxTiO3:Pr,Zn、Ca1-xSrxTiO3:Pr,Li、およびCa1-xSrxTiO3:Pr,Zn,Liの何れかから成る蛍光体粒子の表面に酸化錫が付着した低速電子線用蛍光体を発光源として備えることから、低電圧で動作可能であると共に、長寿命を有し且つ高輝度の蛍光表示装置が得られる。
【0015】
なお、本願において、Ca1-xSrxTiO3というときは、特に明示する場合を除く他、(Ca+Sr)/Ti比が1である化学量論組成のものに限られず、その比が1よりも僅かに大きい或いは僅かに小さい組成のものも含むものとする。例えば、その比が1.05〜0.95の範囲内のものも含まれる。
【0016】
また、前記Pr,Zn,Liの添加量は、通常の賦活剤或いは共添加物として添加される程度の量であり、低速電子線用蛍光体として機能し得る限りにおいて特に限定されない。
【0017】
また、前記錫化合物の付着量は、低速電子線用蛍光体として機能する限りにおいて特に限定されず、所望する初期輝度や寿命等に応じて適宜定められる。
【0018】
また、熱処理により生成される酸化錫は、SnO2-y(0≦y)で表されるものである。すなわち、化学量論組成のSnO2に限られず、酸素が僅かに抜けている構造のものであっても差し支えない。
【0019】
ここで、好適には、前記錫化合物の付着量または蛍光体ペースト中の添加量は、SnO2に換算して前記蛍光体粒子100重量部に対して0.05〜5重量部の範囲内であり、前記蛍光体粒子の表面に付着した酸化錫の付着量は、蛍光体粒子100重量部に対して0.05〜5重量部の範囲内である。このようにすれば、輝度が一層高く保たれる範囲で一層長寿命の蛍光体が得られる。錫化合物或いは酸化錫の付着量が0.05重量部未満では、劣化抑制効果が著しく小さくなり、5重量部を超えると、初期輝度の低下が著しくなる。すなわち、本発明によれば、蛍光体粒子の表面に付着した酸化錫から成る保護層が、その蛍光体粒子の劣化を抑制する。そのため、付着量が少なくなるほど、蛍光体粒子の表面のうちその保護層により覆われる面積が小さくなるので、劣化抑制効果が少なくなる。従来のSrTiO3系蛍光体に比較して十分に長寿命を得るためには、0.05重量部以上の付着量が好ましい。一方、低速電子線は電子の侵入深度が浅いため、保護層の厚さが厚くなるほどその保護層を透過して蛍光体粒子に到達する電子が少なくなるので、保護層によって覆われる面積が増大するほど輝度が低下する。そのため、5重量部以下の付着量が好ましい。
【0020】
前記錫化合物のSnO2換算した付着量、または前記酸化錫の付着量は、一層好適には、0.05〜1重量部の範囲内である。更に好適には、0.1〜0.5重量部の範囲内である。このようにすれば、十分に視認可能な実用的な初期輝度に保たれる範囲で、Sn化合物を添加しない蛍光体のハーフライフ(輝度が初期の半分に低下するまでの時間)が500〜600時間程度であるのに対し、1000時間以上、すなわち約2倍以上の長寿命が得られる。
【0021】
また、好適には、前記錫化合物は、2-エチルヘキサン酸錫(II)、Sn有機酸塩、Snアルコラート等の有機錫化合物である。これら有機錫化合物は酸化雰囲気で加熱処理が施されることによって酸化錫を好適に生成するので、蛍光体粒子の表面に付着させる錫化合物として好ましい。上記Sn有機酸塩としては、オクチル酸塩やナフテン酸塩或いはこれらの混合物等が挙げられる。また、Snアルコラートとしては、テトラエトキシ錫やテトラ-i-プロポキシ錫等が挙げられる。また、第1発明に用いられる錫化合物は、550(℃)以下の分解温度を有するものが好ましい。これよりも分解温度が高いと、蛍光体層の形成時に酸化物が生成されないので保護層の導電性が低くなり易い問題がある。
【0022】
また、好適には、前記蛍光体粒子は、賦活剤または共添加物としてZnを含み、Ca1-xSrxTiO3:Pr,Znで表されるものである。Prは価数として+3および+4を取り得るが、赤色発光に寄与するのは3価のPr3+である。このPr3+はイオン半径から考えるとCaサイトを置換する。このとき、Caの価数は+2であることから、Pr3+で置換すると電荷が+3−(+2)=+1だけ過剰になる。電荷のバランスをとるためには、4価であるTi4+をそれよりも低価数の陽イオンで置換すればよい。上記のZnはイオン半径から考えてTiを置換するものと考えられるが、これは2価の陽イオンであるので、Ti4+を置換すると電荷が+2−(+4)=−2だけ不足する。したがって、Ti4+サイトを置換したZn2+1個に対し、2個のCa2+サイトが2個のPr3+と置換すると電荷バランスがとれる。この結果、Pr3+が安定して存在できるようになるので、Znを添加しない場合に比較して著しく高い発光強度が得られる。
【0023】
なお、上記Znに代えて、或いはこれに加えて、Mgを添加することもできる。このMgも2価の陽イオンであって、イオン半径から考えてTiを置換するものと考えられるので、Znと同様な作用を得ることができる。また、これらに代えて、或いはこれらに加えて、3価の陽イオンであるAl、Ga、In等を添加することもできる。これらはCaサイトを置換したPr3+1個に対して何れもAl3+、Ga3+、In3+1個で電荷バランスがとれ、Ca1-xSrxTiO3中にPrが3価で存在できるようになる。
【0024】
また、好適には、前記蛍光体粒子は、賦活剤または共添加物としてLiを含み、Ca1-xSrxTiO3:Pr,LiまたはCa1-xSrxTiO3:Pr,Zn,Liで表されるものである。Liは、イオン半径から考えてCa2+サイトを置換する。Liは1価の陽イオンであるから、2個のCa2+サイトを1個のPr3+と1個のLi+が置換すれば電荷バランスがとれる。したがって、LiもPr3+を安定して存在できるようにする作用を有しているので、添加しない場合に比較して著しく高い発光強度が得られる。なお、Liが添加される場合には、前記母体結晶1(mol)に対してLi添加量を3(mol%)以下とすることが好ましい。このようにすれば、フラックス成分でもあるLi量が十分に少なくされているため、蛍光体の焼結性が十分に低く留められるので、粉末製造が容易である。
【0025】
なお、上記Liに代えて、或いはこれに加えて、NaやKを添加することもできる。これらも1価の陽イオンであって、イオン半径から考えてCa2+サイトを置換するものと考えられるので、Liと同様な作用を得ることができる。
【0026】
また、好適には、前記第1発明の低速電子線用蛍光体は、前記母体1(mol)に対してPrが0.003〜0.09(mol%)の範囲で添加されたものである。このようにすれば、Pr量が適度な範囲とされているため、一層の高輝度が得られる。例えば、従来利用されていたPr添加量が0.1(mol%)のものに比較して2倍以上の輝度が得られる。なお、Prの添加量が0.003(mol%)未満或いは0.09(mol%)を超えると、紫外線や1(kV)以上の高速電子線で励起すれば高輝度が得られる場合があるものの、低速電子線で励起した場合の輝度は従来の硫化物系蛍光体に比較して著しく低い値に留まる。
【0027】
上記のように高輝度が得られる理由は、以下のようなものであると推定される。Pr濃度が高くなり過ぎると濃度消光により輝度が低下し、濃度を低くしていくと濃度消光が生じなくなるので輝度が高くなる。しかしながら、Pr濃度が低くなり過ぎると発光中心の数が少なくなるので輝度が低下する。本発明のCa1-xSrxTiO3:Pr,Li,Zn蛍光体(Li,Znは任意)では、発光中心の数が十分に多く且つ濃度消光が生じないPrの最適濃度が0.003〜0.09(mol%)の範囲にあるものと考えられるのである。
【0028】
また、前記第1発明の蛍光体は、VFDで利用される低速電子線でも高輝度を得ることが可能なものであるが、1(kV)以上の高速電子線や紫外線でも励起して発光させ得るものであり、その用途は低速電子線で励起する場合に限られない。すなわち、本発明の蛍光体は、1(kV)〜10(kV)程度の電圧で発生させられた電子線で蛍光体を励起して発光させるFED(Field Emission Display:電界放射ディスプレイ)や、10(kV)程度の電圧で発生させられた電子線で蛍光体を励起発光させるCRT(Cathode Ray Tube:陰極線管)、紫外線で蛍光体を励起発光させるPDP(Plasma Display Panel)等にも好適に用いられ、第2発明の表示装置には、蛍光表示管を始めとして、蛍光体を発光源とするこれらのものも含まれる。
【0029】
また、前記第1発明の蛍光体は、好適には、(a)Ca1-xSrxTiO3から成る母体を構成するための母体原料とPr源とを混合する混合工程と、(b)得られた混合物を1050〜1250(℃)の範囲内、好適には、1050〜1200(℃)の範囲内、更に好適には、1100〜1150(℃)の範囲内の所定の焼成温度で焼成する焼成工程と、(c)得られた蛍光体粒子と有機Sn化合物とを有機溶剤中で混合して乾燥処理を施すSn化合物層形成工程とを、含む工程により製造される。賦活剤または共添加物としてZnやLi等を含む場合には、前記混合工程においてこれらの出発原料が同時に混合される。
【0030】
このようにすれば、混合工程において、母体原料、Pr源、或いはこれらに加えてZn源やLi源が混合され、焼成工程において、その混合物が例えば1050〜1250(℃)の範囲内の温度で焼成され、更に、Sn化合物層形成工程において、有機Sn化合物が蛍光体粒子表面に付着される。例えば、前記のような有機Sn化合物は、乾燥させると加水分解し、生成した加水分解物が蛍光体粒子表面に付着する。そのため、蛍光体層を形成するための熱処理によって、或いは、それ以前に必要に応じて蛍光体に施される熱処理によって、そのSn化合物層から酸化錫から成る保護層が生成されるので、長寿命を有し且つ低速電子線で励起しても高輝度で発光する酸化物蛍光体が得られる。しかも、上記のような比較的低温で焼成すると、低速電子線で励起した場合にも、例えば1300(℃)程度の高い温度で焼成した従来のCa1-xSrxTiO3:Pr蛍光体に比較して高い輝度が得られ、また、SrTiO3:Pr,Al蛍光体よりも劣化し難くなるのである。上記焼成雰囲気は、例えば酸化雰囲気すなわち大気中であるが、窒素やアルゴン等の中性雰囲気で行うこともできる。
【0031】
なお、前記Sn化合物層形成工程において用いられる有機溶剤は、乾燥処理によって容易に揮発させられるものが適宜用いられるが、例えば、メタノール、テルピネオール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール等が挙げられる。溶液濃度は付着量に応じて適宜定められるが、例えばSnO2換算で0.05〜0.5(g/g)程度である。
【0032】
また、前記第3発明の蛍光表示装置は、前記混合工程、焼成工程、およびSn化合物層形成工程により得られた蛍光体を所定の基板に塗布し、熱処理を施す蛍光体層形成工程を含む工程により製造される。
【0033】
また、前記第3発明の蛍光表示装置は、前記混合工程および焼成工程により得られた蛍光体粒子と、有機Sn化合物とを所定のビヒクル中に分散して蛍光体ペーストを製造する工程と、その蛍光体ペーストを所定の基板に塗布し、熱処理を施す蛍光体層形成工程とを含む工程により製造される。これら何れの製造方法による場合にも、蛍光体層形成工程を経て蛍光体粒子の表面に酸化錫から成る保護層が形成される。したがって、第2発明の蛍光表示装置は、前記第1発明の蛍光体を用いて製造することもできるが、錫化合物が付着していない蛍光体を用いて製造することもできる。
【0034】
また、好適には、前記焼成工程に先立って前記混合物を800〜1200(℃)の範囲内の所定の一次焼成温度で焼成する一次焼成工程を含み、その焼成工程は、その仮焼工程により得られた仮焼物に焼成処理を施すものである。このようにすれば、添加元素であるPr(添加される場合にはこれに加えてZnおよびLi等)が母体であるCa1-xSrxTiO3に一層均一に拡散する。このため、一次焼成工程を実施しない場合に比較して輝度が向上する。すなわち、Prの濃度分布に偏りがあると、高濃度の部分では濃度消光が生じ易くなる一方、低濃度の部分でも発光中心の不足により輝度が低くなるため、全体の発光強度が低下することとなるのである。
【0035】
また、好適には、前記蛍光体の製造方法は、前記混合工程と、次いで施される前記一次焼成工程と、次いで焼成処理を施す前記焼成工程と、その焼成工程により得られた焼成物を適当な粒径、例えば3(μm)程度の粒径に粉砕する粉砕工程と、その第2粉砕工程により得られた粉砕焼成物を水洗し且つ篩い分けすることにより未反応成分を除去する水簸工程と、分離物を乾燥して水分を除去する乾燥工程と、その乾燥工程により得られた固形物の凝集を解砕する解砕工程とを、含むものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
以下、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例において図は適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比および形状等は必ずしも正確に描かれていない。
【0037】
図1は、本発明の一実施例の蛍光体の製造方法の概略を説明するための工程図である。この図1を参照して本発明の一実施例である保護層付きCa1-xSrxTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体の製造方法を説明する。先ず、原料混合工程P1では、この蛍光体の出発原料となる適当な化合物、例えば、CaCO3(炭酸カルシウム)、SrCO3(炭酸ストロンチウム)、TiO2(二酸化チタン)、PrCl3(塩化プラセオジム)、ZnS(硫化亜鉛)、Li2CO3(炭酸リチウム)を、製造しようとする蛍光体の組成に応じてそれぞれ秤量し、例えば湿式振動混合、ボールミル、或いは乳鉢等によって十分に混合する。混合比は、0≦x≦1.0となり、蛍光体母体1(mol)に対してPrが0.01(mol%)、Znが3(mol%)、Liが2(mol%)となるように定めた。具体的な調合組成例を表1に示す。表1の各項目の単位は、「x」欄を除いて全て「g」である。
【0038】
【表1】

【0039】
次いで、一次焼成工程P2において、混合した原料(混合物)を、例えば純度99.5(%)以上のアルミナ製坩堝に入れ、例えば大気雰囲気下において、例えば電気炉1100(℃)程度の最高保持温度で3〜10時間程度、例えば6時間程度の焼成処理を施す。
【0040】
次いで、焼成工程P3では、一次焼成を終えた混合物を例えばアルミナ製坩堝に入れ、例えば大気中において、1150〜1200(℃)程度、例えば1150(℃)程度の最高保持温度で1〜6時間程度、例えば3時間程度の焼成(二次焼成)処理を施す。これにより、前記出発原料から下記の(1)式に示される化学反応により、Ca1-xPrxTiO3:Pr,Zn,Liが合成される。粉砕工程P4では、この合成された蛍光体を、例えばアルミナ乳鉢等を用いて平均粒径3(μm)程度の大きさに粉砕する。
CaCO3+SrCO3+TiO2+PrCl3+ZnS+Li2O3 → Ca1-xPrxTiO3:Pr,Zn,Li・・・(1)
【0041】
次いで、水洗工程P5においては、粉砕した蛍光体粉末を水中に分散させることによって水溶性の残留分を溶解する。前記出発原料のうちPrCl3は水に可溶である一方、合成された蛍光体や他の原料は不溶であるため、未反応のPrCl3のみが溶解することになる。
【0042】
次いで、篩い分け工程P6においては、蛍光体を水に分散させたまま、例えば#300程度の篩を通すことによって粗大粒子を除去し、その後、適当な時間だけ静置して蛍光体粒子を沈降させる。所定の時間の後、上澄み液をピペット等で吸い取って除去する。これにより、上澄み液中に含まれている水溶性残留分(すなわち原料中の可溶成分)が除去される。この処理を水溶性残留分が完全に除去されるように、必要に応じて複数回行う。上澄み液を除去した後、残った蛍光体粒子を、乾燥工程P7において例えば120(℃)程度の温度で5時間程度乾燥し、その後、解砕工程P8において、得られた固形物の凝集をアルミナ製乳鉢等を用いて解砕することにより、Ca1-xPrxTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体粉末が得られる。
【0043】
次いで、表面コート剤混合工程P9では、上記の蛍光体粉末に表面コート剤を混合する。表面コート剤としては、例えば2-エチルヘキサン錫(II)等の有機錫化合物をイソプロピルアルコール等に溶解させた溶液を用いる。溶液濃度は例えばSnO2換算で0.220(g/g)程度である。また、表面コート剤の混合量は、下記表2に示すように蛍光体100重量部に対してSnO2換算で0.1〜0.5重量部(表2および後述する表4にはwt%で表示)とした。評価用に用意した蛍光体10(g)に対する混合量は、下記表2の右欄に掲げるとおりである。次いで、稀釈工程P10においては、混合物にエタノールを加えて稀釈し、攪拌してペースト状にする。混合および稀釈には適宜の装置或いは容器を用いることができるが、評価用には、300(ml)のガラスビーカーを用い、ガラス棒で攪拌した。
【0044】
【表2】

【0045】
次いで、乾燥工程P11では、ペースト状になった蛍光体を例えば85〜100(℃)程度の温度で3〜5時間程度、オーブンを用いて空気中で乾燥する。そして、解砕工程P12において、乾燥した蛍光体を、アルミナ乳鉢等を用いて軽く解砕し、錫化合物付き蛍光体を得た。なお、蛍光体粒子の表面に付着した有機錫化合物は、乾燥処理によって加水分解させられるため、蛍光体粒子の表面にはその加水分解物が付着している。この加水分解物は、例えば350(℃)程度で分解し、酸化錫を生成するものであり、蛍光表示装置において電子の射出方向に配置される表示面上に適当な厚さ寸法で蛍光体ペーストを塗布し、熱処理を施すことにより、図2に模式的に示すように、酸化錫から成る保護層4が蛍光体粒子6の表面に例えば島状に付着した蛍光体8が得られる。
【0046】
上記蛍光体ペーストを調製するに際しては、例えば、蛍光体粉末にその導電性を補うための適量のIn2O3(酸化インジウム)粉末を混合し、更に、有機バインダおよび有機溶剤等から成るビヒクルと混合して蛍光体ペーストを調製する。In2O3の混合量は、蛍光体粉末自体の導電性および蛍光体層に要求される導電性に応じて適宜定められるものであるが、例えば、蛍光体粉末100重量部に対して5〜15重量部程度、例えば6〜8重量部程度である。
【0047】
図3は、本発明の保護層付き蛍光体の他の製造方法の要部を説明するための工程図である。この実施例においても、蛍光体粉末の合成方法(すなわち工程P1〜P8)は共通するので、これ以降の工程について説明する。
【0048】
図3において、ビヒクル混合工程PA9では、合成した蛍光体粉末と、In2O3粉末とを、上述したようなビヒクルと混合して蛍光体ペーストを調製する。混合割合は、蛍光体3(g)に対してIn2O3を0.262(g)、すなわち、蛍光体100重量部に対してIn2O3を8.7重量部程度である。次いで、表面コート剤添加工程PA10では、この蛍光体ペーストに表面コート剤を添加する。表面コート剤としては、例えば2-エチルヘキサン錫(II)等の有機錫化合物をテルピネオール等に溶解させた溶液を用い得る。溶液濃度は、例えばSnO2換算で0.264(g/g)程度である。また、表面コート剤の混合量は、下記表3に示すように蛍光体100重量部に対してSnO2換算で0.1〜0.5重量部(表3および後述する表5にはwt%で表示)とした。評価用に用意した蛍光体3(g)+In2O3 0.262(g)に対する表面コート剤の混合量は、表3の右欄に掲げるとおりである。
【0049】
【表3】

【0050】
次いで、塗布工程PA11では、コート剤を混合した蛍光体ペーストを蛍光表示装置の表示面の所定位置に塗布し、乾燥処理を施す。この乾燥処理により、蛍光体粒子表面にコート剤すなわち錫化合物が付着する。そして、熱処理工程PA12において、例えば450〜600(℃)程度の温度で熱処理が施されることにより、蛍光体ペーストから蛍光体層が生成され、同時に、錫化合物から酸化錫が生成される。すなわち、この製造方法によっても、前記図1に示される製造方法と同様に、酸化錫から成る保護層4が蛍光体粒子6表面に付着した蛍光体8が得られる。
【0051】
次に、上記のように合成した蛍光体の特性を評価した結果を説明する。評価に用いた表示装置は、例えば、図4〜図6に示されるような構造を備えた蛍光表示管10である。
【0052】
上記の図4は、本発明の蛍光表示装置の一例である蛍光表示管10を一部を切り欠いて示す斜視図である。図4において、蛍光表示管10は、所定の発光パターンに形成された蛍光体層22を複数個所に備えたガラス、セラミックス、琺瑯などの絶縁体材料製の基板12と、枠状に形成されたガラス製のスペーサ14と、透明なカバー・ガラス板16と、複数本の陽極端子18p、複数本のグリッド端子18g、およびカソード端子18kとを備えたものである。それら基板12およびカバー・ガラス板16がスペーサ14を介して相互にガラス封着されることにより長手平箱状の気密容器が構成され、その内部にそれらの部材により囲まれた真空空間が形成されている。
【0053】
基板12の表示面20には、種々の形状に形成された多数の蛍光体層22が備えられ、各々グリッド電極24および補助グリッド電極26により囲まれている。この補助グリッド電極26は、例えばグリッド電極24と電気的に絶縁され且つ全面共通に設けられている。また、これらグリッド電極24および補助グリッド電極26は、表示面20に設けられたグリッド配線30,32、およびその長辺に沿って設けられた多数の端子パッドを介して前記のグリッド端子18gに接続されている。
【0054】
また、基板12の両端部には、前記カソード端子18kを備えた一対の端子部材34が固設されており、これに固着されたアンカ36および図示しないサポート間に直熱型カソード(陰極)として機能する細線状の複数本のフィラメント(フィラメント・カソード)38が基板12の長手方向に平行であって基板12の表示面20から離隔した所定の高さ位置となるように張設(すなわち、蛍光体層22の上方に架設)されている。このフィラメント38は、表面に電子放出層として(Ba,Sr,Ca)O等の仕事関数の低いアルカリ土類金属の酸化物固溶体がコーティングされたタングステン(W)ワイヤ等から成るものである。なお、蛍光表示管10には、気密容器内の真空度を高めるためのゲッタや、気密容器が形成された後に排気して内部を真空にするための排気管或いは排気穴等が備えられているが、これらは省略した。
【0055】
図5は、上記表示面20の一部を拡大して詳細に示す図であり、図6は、その断面の要部を更に拡大して示す図である。表示面20には、例えば厚膜導体から成る陽極配線40が陽極端子18pに接続されるように設けられており、その上には、スルーホール42を適宜備えた厚膜ガラス材料等から成る絶縁体層44が固着されている。絶縁体層44の上には、蛍光体層22よりも若干大きい平面形状のグラファイト等から成る陽極46がスルーホール42を介して陽極配線40と導通する位置に形成されている。蛍光表示管10においては、前記蛍光体層22はこの陽極46上に形成される。また、蛍光体層22の周囲には、例えば厚膜ガラス材料製のリブ状壁48,50が立設されている。前記のグリッド電極24および補助グリッド電極26は、例えば厚膜導体から成るものであって、これらリブ状壁48,50の頂部に設けられている。
【0056】
このように構成された蛍光表示管10において、上記フィラメント38から放出された熱電子は、その零(V)のフィラメント38に対して例えば20(V)程度の正電圧が印加されたグリッド電極24により加速されるので、例えば、グリッド電極24に順次に加速電圧を印加して走査すると共にその走査に同期して所望の蛍光体層22が接続された陽極配線40に正電圧を印加すると、その蛍光体層22に熱電子が衝突してその蛍光体層22が発光させられる。したがって、グリッド電極24の走査の一周期ごとに正電圧を印加する陽極配線40を変更することにより所望の発光表示を得ることができる。なお、蛍光体の評価に際しては、蛍光体層22に定常的に正電圧を印加することにより、常時点灯させた状態でその輝度を測定した。
【0057】
下記の表4は、x=0.2、すなわちCa0.8Sr0.2TiO3:Pr,Zn,Liの組成とした蛍光体において、前記図1に示される工程に従って予め蛍光体粒子表面に錫化合物を付着させた場合の付着量と輝度および輝度維持率との関係を評価した寿命試験結果を示したものである。In2O3の混合量は蛍光体100重量部に対して6重量部である。寿命試験における点灯条件は、カソード−アノード間電圧ebc=26(V)、デューティ比=1/12とした。輝度維持率は、初期輝度に対する百分率で表した。
【0058】
【表4】

【0059】
上記の表4に示されるように、酸化錫から成る保護層4を蛍光体粒子6の表面に付着させていない蛍光体を用いた場合では、初期輝度が214.4(cd/m2)と高いものの、205時間の点灯時間では初期輝度の68.3(%)程度、578時間の点灯時間では50.0(%)程度、2293時間の点灯時間では16.0(%)程度まで輝度が低下する。すなわち、ハーフライフは600時間程度である。これに対して、保護層4を設けた蛍光体8を用いた場合では、初期輝度が保護層なしの場合に比較して低くなるものの、輝度の低下が飛躍的に抑制され、1500〜2000時間以上の極めて長いハーフライフが得られる。
【0060】
例えば、SnO2換算で0.1重量部の付着量とした場合には、205時間の点灯時間でも初期輝度の76.8(%)に保たれ、保護層無しの場合に比較すると8(%)以上高い輝度維持率になる。輝度維持率の相違は点灯時間が長くなるほど拡大し、578時間では維持率が66.7(%)、すなわち保護層無しの場合よりも16(%)以上高くなる。また、輝度も保護層無しの場合と同程度になる。1229時間の点灯時間では、輝度が逆転し、保護層4を設けた本実施例の輝度の方が高くなる。更に、2293時間では保護層4を設けた場合には初期輝度の40.5(%)まで低下するが、保護層無しの場合よりも24(%)も高い維持率となり、ハーフライフは1500時間程度と推定される。また、輝度自体も保護層無しの場合の2倍弱になる。
【0061】
付着量が0.3重量部の場合には、初期輝度が更に低下するが、輝度維持率は一層高くなり、338時間の点灯時間でも92(%)もの高い値に保たれる。また、2293時間の点灯時間では、45.2(%)程度の輝度維持率に低下し、ハーフライフは1800時間程度と推定されるが、輝度自体も保護層無しの場合よりも高い値になる。
【0062】
また、付着量が0.5重量部の場合には、初期輝度は更に低下するが、輝度維持率が更に高くなる。すなわち、578時間の点灯時間でも、初期輝度と同程度に保たれる。また、1229時間では輝度の低下が認められるが初期輝度に対して86.6(%)の著しく高い輝度維持率であり、2293時間の点灯時間でも、63.7(%)の維持率である。すなわち、2000時間以上のハーフライフが得られる。
【0063】
下記の表5は、同一の蛍光体組成において、前記図3に示される工程に従って錫化合物を蛍光体ペースト中に添加した場合の付着量と輝度および輝度維持率との関係を評価した寿命試験結果である。In2O3の混合量は、蛍光体100重量部に対して8.7重量部である。点灯条件は表4の場合と同様とした。
【0064】
【表5】

【0065】
上記の表5において、保護層無しのものの測定結果における前記表4との相違は測定条件の相違によるものであり、実質的な差は無い。ハーフライフは600時間程度である。これに対して、付着量を0.1重量部とした場合には、初期輝度が180.8(cd/m2)に低下するが、205時間程度から保護層無しの場合との輝度維持率の相違が明確になる。578時間の点灯時間になると、輝度維持率が保護層無しの場合よりも11(%)程度高くなり、輝度も逆転する。また、1229時間の点灯時間では46.3(%)の維持率になり、ハーフライフは900時間程度と推定されるが、保護層無しの場合よりも1.5倍以上の寿命である。
【0066】
また、付着量を0.3重量部とした場合には、初期輝度が更に低下するが、長時間点灯させた場合の輝度維持率は更に高くなり、保護層無しの場合に比較すると205時間以上の点灯時間において輝度維持率が著しく高くなる。なお、当初は保護層無しの場合よりも輝度維持率が低くなるが、短時間の輝度低下はエージング処理で対処し得るため問題にならない。また、1229時間以上の点灯時間で、保護層無しの場合よりも輝度が高くなり、維持率も60(%)以上に保たれている。すなわち、1200時間以上のハーフライフを有する。
【0067】
また、付着量を0.5重量部とした場合には、初期輝度が更に低下するが、長時間点灯させた場合の輝度維持率は更に高くなる。この付着量でも205時間以上の点灯時間で保護層なしの場合よりも輝度維持率が高くなり、1229時間以上の点灯時間では保護層無しの場合よりも輝度が高くなり、維持率も67(%)に保たれている。すなわち、この場合も、1200時間以上のハーフライフを有する。
【0068】
上記の評価結果によれば、図1に示されるように蛍光体粒子に錫化合物を付着させるプリコート法でも、図3に示されるように蛍光体ペースト中に錫化合物を添加する後添加法でも、錫化合物を添加しない場合に比較して輝度維持率が高められる。また、添加量が多くなるほど初期輝度は低下するが、輝度維持率は高くなる傾向にある。また、同一付着量の場合は、蛍光体ペースト中に錫化合物を添加する場合の方が、初期輝度を高く保つことができるが、輝度維持率がプリコート法に比較して低くなる。
【0069】
要するに、本実施例においては、低速電子線用蛍光体は、Ca1-xSrxTiO3:Pr,Zn,Liから成る蛍光体粒子6の表面に熱処理によって酸化物に変化する錫化合物が付着して構成される。この蛍光体8を蛍光表示装置を構成するために基板等に塗布して熱処理を施すと、蛍光体粒子6の表面に酸化錫から成る保護層4が形成される。そのため、初期輝度の大きな低下を伴うことなく、保護層4を設けない場合に比較して蛍光体8の劣化が抑制される。したがって、比較的高い輝度を維持しながら、炭素やバリウム等による劣化が抑制され、例えば1000時間程度以上の長寿命が得られる。
【0070】
また、蛍光体ペーストに錫化合物を添加する態様においても、Ca1-xSrxTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体粒子と、熱処理によって酸化錫に変化する錫化合物とを含むことから、基板等に塗布して熱処理を施すと、その錫化合物が蛍光体粒子6表面に酸化錫から成る保護層4を生成する。そのため、比較的高い輝度を維持しながら、保護層4が設けられない場合に比較して劣化し難く長寿命が得られる。
【0071】
下記の表6,7は、それぞれ前記蛍光体粒子に代えてCa0.7Sr0.3TiO3:Pr,Zn,Li蛍光体粒子またはCaTiO3:Pr,Zn,Li蛍光体粒子を用いた場合の寿命特性を、前記蛍光体粒子の場合と同様にして評価した結果をまとめたものである。なお、これらは出発原料の調合組成を前記表1のx=0.3またはx=0に示すものとする他は、前記表4,5に示すものと同様にして評価した。
【0072】
【表6】

【0073】
【表7】

【0074】
上記の表6において、x=0.3すなわちCa0.7Sr0.3TiO3:Pr,Zn,Liの場合にも、保護層4を設けない場合には、初期輝度が223.1(cd/m2)と高いものの、86時間の点灯時間で71.9(%)まで輝度が低下し、338時間で46.0(%)まで輝度が低下する。すなわち、ハーフライフが300時間程度に過ぎない。
【0075】
これに対して、保護層4を設けた本実施例の蛍光体では、初期輝度がSnO2換算量が多くなるほど低くなるものの、輝度の低下が飛躍的に抑制される。すなわち、0.1(wt%)の付着量でも86時間で83.3(%)、0.3(wt%)の付着量では86時間で91.2(%)、0.5(wt%)の付着量では86時間で100.8(%)の輝度に維持される。評価終了した1229時間でも、何れも50(%)以上の輝度に保たれており、1000時間以上の極めて長いハーフライフを有することが判る。
【0076】
また、上記の表7において、x=0すなわちCaTiO3:Pr,Zn,Liの場合にも、保護層4を設けない場合には、初期輝度が140.4(cd/m2)程度であるが、146時間で77.7(%)まで低下し、571時間で53.8(%)、957時間で44.4(%)の輝度になる。すなわち、x=0.2、0.3の場合よりも長いが、ハーフライフは600〜700時間程度に過ぎない。
【0077】
これに対して、保護層4を設けた本実施例では、初期輝度が低くなるものの、0.3(wt%)程度の付着量でも100(cd/m2)程度の十分な初期輝度が得られ、0.1(wt%)の付着量では146時間で88.6(%)、1331時間で53.1(%)、1747時間で45.8(%)であるから、1500時間程度のハーフライフが得られる。更に、0.3(wt%)の付着量では、146時間で97.6(%)、1747時間でも62.2(%)程度の極めて高い輝度に維持され、少なくとも2000時間程度の極めて長いハーフライフを有している。このように、Ca1-xSrxTiO3系蛍光体のAサイトの種々の置換割合の蛍光体において、SnO2から成る保護層4を設ける効果が同様に得られる。
【0078】
以上、本発明を図面を参照して詳細に説明したが、本発明は更に別の態様でも実施でき、その主旨を逸脱しない範囲で種々変更を加え得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】本発明の一実施例の蛍光体の製造方法を説明する工程図である。
【図2】図1の製造工程で得られる酸化錫付着蛍光体粒子を示す模式図である。
【図3】本発明の他の実施例の蛍光体の製造方法の要部を説明する工程図である。
【図4】本発明の蛍光表示装置の一例である蛍光表示管の全体構成をカバー・ガラスの一部を切り欠いて示す図である。
【図5】図4の蛍光表示管の表示面の一部を拡大して蛍光体層を示す平面図である。
【図6】図4の蛍光表示管の断面の要部を拡大して構成を説明する図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン酸塩を母体とし且つPrを添加剤として含むCa1-xSrxTiO3:Pr,A(但し、0≦x<1、AはZnおよびLiの少なくとも一方)で表される蛍光体粒子の表面に、熱処理によって酸化物に変化する錫化合物が付着したことを特徴とする低速電子線用蛍光体。
【請求項2】
チタン酸塩を母体とし且つPrを添加剤として含むCa1-xSrxTiO3:Pr,A(但し、0≦x<1、AはZnおよびLiの少なくとも一方)で表される蛍光体粒子と、熱処理によって酸化物に変化する錫化合物とがビヒクル中に分散させられたことを特徴とする蛍光体ペースト。
【請求項3】
チタン酸塩を母体とし且つPrを添加剤として含むCa1-xSrxTiO3:Pr,A(但し、0≦x<1、AはZnおよびLiの少なくとも一方)で表される蛍光体粒子の表面に酸化錫が付着した低速電子線用蛍光体を発光源として備えたことを特徴とする蛍光表示装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−335898(P2006−335898A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−162992(P2005−162992)
【出願日】平成17年6月2日(2005.6.2)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)
【出願人】(000117940)ノリタケ伊勢電子株式会社 (38)
【Fターム(参考)】