説明

低酸素性細胞放射線増感剤における放射線増感能の増強剤

【課題】 1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールを放射線増感剤として用いた、低酸素性癌細胞の放射線療法において、再発、転移を抑制し、その効果を更に高める手段を提供する。
【解決手段】 白金系抗がん剤を1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールの癌に対する放射線増感能の増強剤として用いる。前記白金系抗がん剤としては、シスプラチンが好ましく、対象ガン種としては、腺ガン又は偏平上皮癌、特に腺ガンの内の肺癌が、偏平上皮癌の内の皮膚癌、頭頸部ガン又は乳ガンが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低酸素性細胞放射線増感剤において、その放射線増感能を増強する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
2−ニトロイミダゾール誘導体は、癌放射線療法において、放射線抵抗性を有する、低酸素性の癌細胞の、放射線感受性を高め、放射線療法の効果を高める有用な薬剤であることが既に知られている。この様な2−ニトロイミダゾール誘導体の内でも、1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールは、親水性が高く、神経細胞への移行性が殆ど存しないため、中枢毒性のない放射線増感剤として現在臨床試験中である。(例えば、特許文献1、特許文献2、特許文献3を参照)又、かかる物質においては、この様な低酸素性細胞に対する放射線増感効果以外にも、核酸水酸化物消去作用(例えば、特許文献4を参照)、アポトーシス・シグナル保持作用(例えば、特許文献5を参照)などが存し、癌治療においては有用な薬剤であると言える。
【0003】
かかる1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールを低酸素性癌細胞に対する放射線増感剤として用いる場合、前記放射線の線源としては、通常用いられるX線に加えて、コバルトの放射性同位体を線源とするγ線、電子線を直線型加速装置で加速した粒子線や、サイクロトロンなどより取り出されるα線などの重粒子線等が使用されており、癌治療効果としては重粒子線、粒子線、ガンマ線の順であるが、装置の規模もこの順で非常に大型化するため、治療用に汎用されているのはX線であり、大規模な病院でのみ直線加速型の粒子線が使用されている。この為、通常でも放射線に対する感受性の低い腺ガン、特に肺ガンの腺ガンなどにおいては、前記放射線増感剤を使用しても、良好な治療効果を得るには、照射回数を大幅に増やさなければならない状況が存しているし、加えて、転移の問題については対策が存しないと言える。転移という点について言及するならば、放射線感受性が良好であるとされている偏平上皮ガンにおいても、初回治療効果は確かに著しいものの、従来の放射線治療では再発、転移の可能性が高く残っており、この様な再発後転移した癌の処置は非常に困難であると言われている。即ち、癌放射線療法では、再発或いは転移と言った点について、更なる治療効果の向上手段の開発が望まれていたと言える。
【0004】
一方、シスプラチン、カルボプラチンなどの白金系抗がん剤は、優れた抗がん作用と、放射線との併用効果の存することから、放射線治療時に用いられる機会の多い抗がん剤であった。(例えば、非特許文献1を参照)前記放射線との併用効果は、メトロニダゾール、ニモダゾールなどの4−ニトロイミダゾール誘導体乃至は5−ニトロイミダゾール誘導体に匹敵するほどのものであると言われている。(例えば、非特許文献2を参照)又、白金系抗がん剤は、頭頸部癌などの放射線感受性の高い癌の放射線治療においては、チラパザミンなどの増感剤と相加効果の存することも知られている。(例えば、非特許文献3を参照)しかしながら、シスプラチン等の白金系抗がん剤と1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールとを併用して、放射線治療において使用することも、この様な併用により放射線治療を著しく高め、放射線抵抗性の存する肺ガンのX線による治療においても、その有効性が高められることは全く知られていなかったし、その様な効果が存すると言う想像すらされていなかった。
【0005】
【特許文献1】特開平3−223258号公報
【特許文献2】WO1994/014778
【特許文献3】特開2003−321459号公報
【特許文献4】特開2005−27515号公報
【特許文献5】特開平9−77667号公報
【非特許文献1】Shibamoto Y, Sugie C, Ito M, Ogino H., Expert Opin Pharmacother. , 5(12):2459-67,(2004)
【非特許文献2】Zackrisson B, Mercke C, Strander H, Wennerberg J, Cavallin-Stahl E., Acta Oncol. 2003;42(5-6):443-61
【非特許文献3】Rischin D, Peters L, Hicks R, Hughes P, Fisher R, Hart R, Sexton M, D'Costa I, von Roemeling R., J Clin Oncol. 2001 ;19(2):535-42
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、この様な状況下為されたものであり、1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールを放射線増感剤として用いた、低酸素性癌細胞の放射線療法において、再発、転移を抑制しその効果を更に高める手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この様な状況に鑑みて、本発明者らは、1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールの放射線増感剤としての作用を更に高める手段を求めて、鋭意研究努力を重ねた結果、シスプラチンなどの白金系抗がん剤にその様な作用が存することを見出し、発明を完成させるに至った。即ち、本発明は以下に示すとおりである。
(1)白金系抗がん剤からなる、次の化学式1に構造を示す1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールの癌に対する放射線増感能の増強剤。
【0008】
【化1】

化学式1
【0009】
(2)前記白金系抗がん剤が、シスプラチンであることを特徴とする、(1)に記載の放射線増感能の増強剤。
(3)前記1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールが、光学活性体乃至はラセミ体であることを特徴とする、(1)又は(2)に記載の放射線増感能の増強剤。
(4)前記1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールを癌に対する放射線増感剤として使用する条件において、放射線が、X線又はγ線であることを特徴とする、(1)〜(3)何れか1項に記載の放射線増感能の増強剤。
(5)治療すべき癌が腺ガン又は偏平上皮ガンであることを特徴とする、(1)〜(4)何れか1項に記載の放射線増感能の増強剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールを放射線増感剤として用いた、低酸素性癌細胞の放射線療法において、再発、転移を抑制し、その効果を更に高める手段を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
(1)本発明の放射線増感能の増強剤
本発明の放射線増感能の増強剤は、白金系抗がん剤からなり、癌放射線治療において、1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールの放射線増感剤としての作用を更に高める作用を有することを特徴とする。放射線増感剤としての作用を高める作用としては、治療期間を短縮する効果、治療しきれない癌を治療で出来るようにする効果、癌の再発を抑制する効果、再発後の転移を抑制する効果などが挙げられ、中でも、放射線治療後に時としておこる、癌の再発を抑制する作用が好ましく例示できる。本発明で言う白金系抗がん剤とは、その構造に白金原子を含み、臨床的に抗がん剤として使用されているものであれば特段の限定無く適用でき、例えば、シスプラチン、カルボプラチン或いはアクプラなどが特に好適に例示できる。かかる成分の用量は、これらの薬剤を癌治療の目的で臨床で、この薬剤単独で使用する用量に対して、同量乃至はその8割程度が好ましい。その投与は、放射線治療に先立って、数日、具体的には2乃至3日〜30分前に行っても良いし、照射後30分〜数日、具体的には2乃至3日に後処理として行っても良い。より好ましい形態は、放射線照射前1時間から30分に投与する形態である。この時、後記に示す放射線増感剤の投与と重ならないようにすることが好ましい。これは、放射線増感剤と本発明の放射線増感剤の増強剤を同時に投与した場合に、時として、お互いの副作用を増強する場合が存するためである。この様に、放射線増感剤と投与のタイミングをずらす場合には、先に本発明の放射線増感剤の増強剤を投与し、しかる後に放射線増感剤を投与することが好ましい。この様な順にした方が癌を抑制する作用に優れるためである。本発明の放射線増感剤の増強剤は、前記放射線増感剤の存在下においては、他の抗がん剤を併用しても、放射線増感剤の効果増強作用を奏するため、白金系抗がん剤以外の抗がん剤を更に併用して条件下でも使用できる。この様な抗がん剤としては、例えば、ビンオルビン、ビンクリスチン、ビンデシン、ビンブラスチン、タキソテール、タキソール等の植物性抗がん剤、5−フルオロウラシル、フトラフール、カペシタビン、フルツロン、メソトレキセート、ロイコボリン、アラC、ジェムザール、フルダラ、ロイスタチン、ロイナーゼ、ハイドレア等の代謝拮抗剤系抗がん剤、イリノテカン、エトポシド、ハイカムチン、ペラゾリン等のトポイソメラーゼ阻害剤系抗がん剤、マイトマイシン、カルセド、ファルモルビシン、アドリアシン、ダウノルビシン、ピラルビシン、ノバントロン、ブレオマイシン等の抗生物質系抗がん剤などが好適に例示できる。これらは、併用する場合に於いては、単独使用時の用量乃至はその用量の8割の用量で用いることが好ましい。この様な本発明の放射線増感剤の増強剤は、製剤化のための任意成分ととももに、常法に従って、散剤、顆粒剤、錠剤、座剤、注射剤に加工することが出来る。前記任意成分としては、乳化剤、可溶化剤、分散剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、被覆剤、糖衣剤、矯味矯臭剤、安定剤などが好ましく例示できる。
【0012】
(2)本発明の放射線増感剤の増強剤が増強すべき放射線増感剤
本発明の放射線増感剤の増強剤は、前記化学式1の構造を有する放射線増感剤の低酸素性癌細胞放射線増感効果を増強し、放射線治療後の再発を抑制する。前記化学式1の構造の化合物は不整炭素を2個有しており、その立体異性体はSS体、RS体、SR体、RS体の4種が存在するがこれらの何れの作用をも、本発明の増強剤は増強することが出来る。勿論、光学活性体の効果を増強することも出来るし、ラセミ体のような等量混合物の効果を増強することも出来る。特に好ましいものは、SR体とRS体の体であり、これは、臨床試験において、実際に有効性が確かめられているためである。かかる化合物は、特許文献1或いは特許文献2に記載された方法に従って製造することが出来、例えば、2−ニトロ−1−トリメチルシリルイミダゾールと2−アセトキシメトキシ−1,3,4−トリアセトキシブタンとをルイス酸の存在下縮合させ、しかる後に、ナトリウムメトキシドなどを反応させて脱アセチル化することにより、製造することが出来る。この時、2−アセトキシメトキシ−1,3,4−トリアセトキシブタンの立体特性が、最終生成物の1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールにも反映される。かかる放射線増感剤は、放射線増感効果を有しながら、中枢への配向が制限されており、神経毒性を極めて誘起しにくい放射線増感剤であり、これは非環状糖部分の水溶性による。しかしながら、この様な構造のために代謝により、速やかに腫瘍部位から排出されてしまうことを意味し、その投与は放射線照射30分前〜直前に行うことが好ましい。その用量も成人1人あたり、1〜5gを照射前に投与することが好ましい。又、この様な放射線増感剤と放射線増感剤の増強剤を用いて治療するにあたり、対象として好ましい癌腫は、腺ガン又は偏平上皮癌、特に腺ガンの内の肺癌が、偏平上皮癌の内の皮膚癌、頭頸部ガン又は乳ガンが例示できる。これは、この様な癌腫においては放射線抵抗性或いは転移による再発と、再発可能性が著しいためである。放射線療法に於ける、化学式1の構造の放射線増感剤と、本発明の放射線増感剤の増強剤の併用により、かかる放射線抵抗性と再発可能性を低下せしめることが出来る。
【0013】
以下に、実施例を挙げて本発明について更に詳細に説明を加えるが、本発明がかかる実施例にのみに限定されるものではない。
【実施例1】
【0014】
以下に示す処方に従って、本発明の放射線増感剤の増強剤である、シスプラチンについて、in vivoでその増強効果を確かめた。即ち、C3Hマウス(雌性、5週齢)1群5匹を4群用い、右後ろ足太股部に扁平上皮癌(SCCVII)由来細胞を10個移植し、1週間予飼育した。移植した部分に生じた腫瘍の大きさを計測した後、治療を開始した。治療は1群が20Gyの放射線照射のみ(第1群;放射線照射群)、1群はシスプラチンを8mg/Kg腹腔内投与し、その24時間後に20Gyの放射線照射を行い(第2群;シスプラチン投与群)、1群は200mg/Kgの1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾール(第3群;SR・RSラセミ体)を静脈内投与し、その15分後に20Gyの放射線照射を行い(放射線増感剤投与群)、残る1群はシスプラチンを8mg/Kg腹腔内投与し、24時間後に放射線を照射するが、その15分前に200mg/Kgの1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾール(SR・RSラセミ体)を静脈内投与した。(第4群;放射線増感・増強群) 放射線はX線を用いた。その2日後、7日後、9日後、10日後に腫瘍体積を計測した。これらの結果より、開始時の腫瘍体積を1とした場合の相対体積値を求めた。結果をこの相対体積値の遷移として、表1及び図1に示す。これより、本発明の増強剤を用いると、9日後から観察される癌の再発を防止できることが判る。再発を防止することにより、転移も抑制できる。
【0015】
【表1】

【実施例2】
【0016】
ヒト肺ガン由来細胞RELF−LC−AI細胞を用いたMTT法で、本発明の放射線増感剤の増強剤であるシスプラチン(0.3μg/ml)の存在下又は非存在下での1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル;PR350)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールの用量反応性を調べた。まず、細胞は800個をシャーレに播種し、17時間前培養した後、シスプラチンを0.3μmol/L添加して24時間インキュベーションした。その後、培地を交換し、PR-350を1〜4mmol/L添加し、低酸素条件下放射線を3Gy照射した。照射48時間後に発色液を加え、2時間37℃でインキュベーションした後、吸光度を測定し、細胞の増殖率を測定した。結果を図2に示す。これより、本発明の増強剤の存在下、PR350の濃度依存的に細胞増殖率が減少しており(図2、第6群〜第8群)、本発明の放射線増感剤の増強剤の効果が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0017】
本発明は、癌放射線治療の向上に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例1の腫瘍の体積変化を示す図である。
【図2】実施例2の細胞増殖を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
白金系抗がん剤からなる、次の化学式1に構造を示す1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールの癌に対する放射線増感能の増強剤。
【化1】

化学式1
【請求項2】
前記白金系抗がん剤が、シスプラチンであることを特徴とする、請求項1に記載の放射線増感能の増強剤。
【請求項3】
前記1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールが、光学活性体乃至はラセミ体であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の放射線増感能の増強剤。
【請求項4】
前記1−(1−ヒドロキシメチル−2,3−ジヒドロキシプロピル)オキシメチル−2−ニトロイミダゾールを癌に対する放射線増感剤として使用する条件において、放射線が、X線又はγ線であることを特徴とする、請求項1〜3何れか1項に記載の放射線増感能の増強剤。
【請求項5】
治療すべき癌が腺ガン又は偏平上皮ガンであることを特徴とする、請求項1〜4何れか1項に記載の放射線増感能の増強剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−302609(P2007−302609A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−133154(P2006−133154)
【出願日】平成18年5月12日(2006.5.12)
【出願人】(000113470)ポーラ化成工業株式会社 (717)
【Fターム(参考)】