説明

作業車両の駆動制御装置

【課題】車載エンジンに大きな負荷が急激に作用した場合にもエンストを確実に防止できて、対環境性能にも優れる作業車両の駆動制御装置を提供する。
【解決手段】ステップS4でホイールローダ1の車速が基準値以下である(Yes)と判定し、ステップS5で前後進指令手段40が切換操作された(Yes)と判定した場合、ステップS6に移行し、エンジン負荷率に応じたエンジン回転速度の増分ΔNを求める。次いで、ステップS7で、アクセルペダル38の操作量に対応する目標エンジン回転速度Naにエンジン回転速度の増分ΔNを加算し、求められたNa=Na+ΔNを新たな目標エンジン回転速度Naに設定して、エンジンコントローラ37に目標エンジン回転速度指令i1を与える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、作業車両の駆動制御装置に係り、特に、排ガス規制に対応して燃料噴射量が絞り込まれたエンジンを搭載した作業車両に好適なエンスト防止手段に関する。
【背景技術】
【0002】
ホイールローダ等の作業車両も、排ガス規制の対象となっており、燃料噴射量を絞り込んで排ガス規制に対応できるようにしたエンジンを搭載した作業車両が従来知られている。排ガス規制対応型のエンジンは、所謂粘りがなく、大きな負荷を受けたときにエンストしやすい。特に、トルクコンバータ(以下、「トルコン」と略称する)駆動方式のホイールローダのように、エンジンの出力トルクをトルコンを介してトランスミッションに伝達し、走行駆動力を発生するようにしたトルコン駆動方式の作業車両においては、その作業特性上、アクセルペダルが踏みこまれていない状態でもエンジンに高負荷がかかりやすいので、エンストを起こしやすい。
【0003】
例えば、前後進指令手段により前進走行を選択して登坂走行している際にアクセルペダルを戻し操作すると、走行駆動力が減少して作業車両が自重により逆走することがある。また、ホイールローダの運転方法として、前進走行中に前後進指令手段を操作して後進走行を選択したり、後進走行中に前後進指令手段を操作して前進走行を選択し、アクセルペダルの踏み込み量を調整することでブレーキペダルを操作することなくブレーキ力を調整することがしばしば行われる。このような状況においては、自重又は慣性力による負荷がタイヤ、トランスミッション及びトルコンを介してエンジンに作用するので、アクセルペダルを戻し操作した場合には、エンジンの出力トルクがエンジンに作用する負荷よりも低下し、最悪の場合にはエンストする。
【0004】
さらに、トルコン駆動方式の作業車両は、エンジンによって油圧ポンプを駆動し、該油圧ポンプから吐出される圧油のエネルギで、ステアリング機構やローダ等のフロント作業機を駆動するので、ステアリング機構の操作やフロント作業機の駆動もエンジンの負荷となり、例えばエンジンの目標回転速度がローアイドル回転速度に設定されている場合において「ステアリングを切りながらローダを持ち上げる」という高油圧負荷作業を行った場合、更にエンストしやすくなる。このような問題は、燃料噴射量を絞り込んだ排ガス規制対応型のエンジンを搭載した作業車両において特に顕著になる。
【0005】
従来、車載エンジンのエンスト防止技術としては、作業車両が逆走状態にあるのか非逆走状態にあるのかを判定し、逆走状態にあるときには非逆走状態のときよりもエンジン回転速度を自動的に高くする技術が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。また、エンジン回転速度を検出し、エンジン回転速度が所定のしきい値以下に低下したと判定した場合に、エンジンにより駆動される可変容量型油圧ポンプの吸収トルクを自動的に低下させる技術も提案されている(例えば、特許文献2参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−180850号公報
【特許文献2】特開2009−197805号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の作業車両の原動機制御装置は、作業車両が逆走状態であると判定した場合に、目標エンジン回転速度を増加してエンストを防止する構成であるので、走行中に前後進指令手段を操作して前進走行から後進走行に又は後進走行から前進走行に切り換えられた場合のようにエンジン負荷が急激に増加した場合には、エンストを防止することが困難である。また、特許文献1に記載の作業車両の原動機制御装置は、エンジンに実際に作用している負荷の大きさに拘わりなく、目標エンジン回転速度を一律に増加してエンストを防止する構成であるので、エンジン負荷が増分を加えた目標エンジン回転速度に応じたエンジントルクよりも過大にある場合には、エンストを防止することができないし、車載エンジンに作用するあらゆる負荷状態を考慮して、如何なる場合にもエンストしないように目標エンジン回転速度の増分を高めに設定した場合には、無駄な燃料消費が増えて、排ガス規制の趣旨に反することになる。
【0008】
また、特許文献2に記載の作業車両のエンジン負荷制御装置は、作業車両に作用する油圧負荷によりエンジン回転速度が閾値以下に低下した場合に、可変容量型油圧ポンプの吸収トルクを低下させ、エンストを防止する構成であるので、油圧負荷の増加と同時に走行中の前後進切換が行われた場合にエンストを防止することが困難である。
【0009】
本発明は、このような従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、車載エンジンに大きな負荷が急激に作用した場合にもエンストを確実に防止できて、対環境性能にも優れる作業車両の駆動制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、前記の課題を解決するため、作業車両の駆動制御を司るコントローラと、前記コントローラにエンジン負荷率信号を出力するエンジン負荷率検出手段と、前記コントローラに作業車両の前後進切換信号を出力する前後進指令手段と、前記コントローラにアクセルペダルの操作量に応じたアクセルペダル信号を出力するアクセル操作量検出手段と、前記コントローラに作業車両の車速信号を出力する車速検出手段とを備えた作業車両の駆動制御装置において、前記コントローラは、前記前後進指令手段からの前後進切換信号を受信したか否かの判定と、前記車速検出手段により検出された前記作業車両の車速が予め記憶された閾値以下であるか否かの判定を行い、前記前後進切換信号を受信したと判定し、かつ前記作業車両の車速が前記予め記憶された閾値以下であると判定した場合、前記アクセルペダル信号に応じて設定される目標エンジン回転速度にエンスト防止用の目標エンジン回転速度の増分を加えた目標エンジン回転速度指令を、前記エンジンに付与することを特徴とする。
【0011】
上述のように、走行中に前後進の切換操作が行われた場合、エンジン負荷が急激に増加するので、作業車両の車速が低速でエンジンに与えられる目標エンジン回転速度が低い場合には、エンストを起こしやすくなる。そこで、このようなエンジンの負荷状況においては、アクセルペダルの操作量に応じて設定される目標エンジン回転速度にエンスト防止用の目標エンジン回転速度の増分を加えた目標エンジン回転速度指令をエンジンに出力することにより、エンジントルクをエンジン負荷トルクよりも大きくすることができるので、排ガス規制対応型のエンジンについてもエンストを確実に防止することができる。
【0012】
また本発明は、前記構成の作業車両の駆動制御装置において、前記コントローラは、前記エンスト防止用の目標エンジン回転速度の増分を、前記エンジン負荷率検出手段から取り込まれるエンジン負荷率に応じて設定することを特徴とする。
【0013】
かかる構成によると、エンジンに実際に作用している負荷の大きさに拘わりなく目標エンジン回転速度を一律に増加するのではなく、目標エンジン回転速度の増分をエンジン負荷率検出手段から取り込まれるエンジン負荷率に応じて設定するので、エンジン負荷が増分を加えた目標エンジン回転速度に応じたエンジントルクよりも過大になるということがなく、エンストを確実に防止することができる。また、車載エンジンに作用するあらゆる負荷状態を考慮して、如何なる場合にもエンストしないように目標エンジン回転速度の増分を高めに設定する必要もないので、無駄な燃料消費を抑制することができる。
【0014】
また本発明は、前記構成の作業車両の駆動制御装置において、前記コントローラは、前記エンジン負荷率検出手段から取り込まれるエンジン負荷率に関して第1及び第2の設定値を設定し、前記エンジン負荷率検出手段から取り込まれるエンジン負荷率が前記第1の設定値未満である場合には、前記目標エンジン回転速度の増分を一定値とし、前記第1の設定値以上前記第2の設定値以下である場合には、前記エンジン負荷率が高いほど前記目標エンジン回転速度の増分を大きく設定することを特徴とする。
【0015】
実験又はシミュレーションによると、エンジン負荷が比較的低い場合には、目標エンジン回転速度の増分を厳密に制御しなくても、エンストを防止できる。これに対して、エンジン負荷が比較的高い場合には、エンジン負荷率が高いほど目標エンジン回転速度の増分を大きく設定しないと、エンストを起こしやすくなる。そこで、エンジン負荷率に第1及び第2の設定値を設定し、エンジン負荷率が第1の設定値未満である場合には、目標エンジン回転速度の増分を一定値とし、第1の設定値以上第2の設定値以下である場合には、エンジン負荷率が高いほど目標エンジン回転速度の増分を大きく設定することによって、エンストを確実に防止できると共に、燃料消費量のより大幅な削減を図ることができる。
【0016】
また本発明は、前記の課題を解決するため、作業車両の駆動制御を司るコントローラと、前記コントローラに前記エンジンの実回転速度に応じた実回転速度信号を出力するエンジン回転速度検出手段と、前記コントローラに作業車両の前後進切換信号を出力する前後進指令手段と、前記コントローラにアクセルペダルの操作量に応じたアクセルペダル信号を出力するアクセル操作量検出手段と、前記エンジンにより駆動される可変容量型油圧ポンプと、前記コントローラから出力される吸収トルク指令に応じて前記可変容量型油圧ポンプの吸収トルクを制御する吸収トルク制御手段とを備えた作業車両の駆動制御装置において、前記コントローラは、前記前後進指令手段からの前後進切換信号を受信したか否かの判定と、前記アクセルペダル信号がアクセルペダル非操作時の信号であるか否かの判定と、前記エンジンの実回転速度が予め記憶された閾値以下であるか否かの判定を行い、前記前後進指令を受信したと判定し、前記アクセルペダル信号がアクセルペダル非操作時の信号であると判定し、かつ前記エンジンの実回転速度が予め記憶された閾値以下であると判定した場合、前記吸収トルク制御手段に前記可変容量型油圧ポンプの吸収トルクを最小にする吸収トルク指令を出力することを特徴とする。
【0017】
かかる構成によると、走行中に前後進指令手段が切り換えられることによってエンジン負荷が急激に増加し、かつアクセルペダルが非操作状態で、エンジンの実回転速度が低い場合に、可変容量型油圧ポンプの吸収トルクを最小にするので、油圧負荷を含むエンジンの負荷トルクを下げることができる。よって、排ガス規制対応型のエンジンについてもエンストを確実に防止することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、前後進指令手段からの前後進指令を受信したと判定し、かつ作業車両の車速が予め記憶された閾値以下であると判定した場合に、アクセルペダルの操作量に応じて設定される目標エンジン回転速度にエンスト防止用の目標エンジン回転速度の増分を加えた目標エンジン回転速度指令をエンジンに付与するので、エンジントルクを常にエンジン負荷トルクよりも大きくすることができ、燃料噴射量が絞り込まれた排ガス規制対応型のエンジンについてもエンストを確実に防止することができる。
【0019】
また本発明は、前後進指令手段からの前後進指令を受信したと判定し、アクセルペダル信号がアクセルペダル非操作時の信号であると判定し、かつエンジンの実回転速度が予め記憶された閾値以下であると判定した場合に、吸収トルク制御手段に可変容量型油圧ポンプの吸収トルクを最小にする吸収トルク指令を出力するので、エンジン負荷トルクを下げることができ、燃料噴射量が絞り込まれた排ガス規制対応型のエンジンについてもエンストを確実に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施形態に係る作業車両の外観構成図である。
【図2】実施形態に係る作業車両の制御ブロック図である。
【図3】通常走行時におけるアクセルペダルの操作量と目標エンジン回転速度との関係を示す図である。
【図4】トルコン速度比とトルク比の関係を示す図である。
【図5】逆走時において作業車両に作用する力の説明図である。
【図6】エンジン負荷率とエンジン回転速度の増分との関係を示す図である。
【図7】エンジン出力トルク特性を示す図である。
【図8】エンジン負荷に応じたエンジン回転速度の制御手順を示すフローチャートである。
【図9】エンジン回転数とエンジントルクとエンジン負荷との関係を示す図である。
【図10】エンジン負荷に応じたポンプトルクの制御手順を示すフローチャートである。
【図11】実エンジン回転速度と目標ポンプトルクとの関係を示す図である。
【図12】吸収トルク変更手段の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、実施形態に係る作業車両の駆動制御装置を、ホイールローダの駆動制御装置を例にとり、図を参照しながら説明する。
【0022】
本例の駆動制御装置が適用されるホイールローダ1は、図1に示すように、キャブ2を備えた後部車体3と、連結ピン4を介して後部車体3の前方側(ホイールローダ1の前進側)に連結された前部車体5と、これら後部車体3及び前部車体5に設けられた車輪6,7と、前部車体5の前方部分に取り付けられたフロント作業機8とから主に構成されている。前部車体5は、連結ピン4を中心として、後部車体3に対して左右方向に屈曲可能であるように構成されている。したがって、ホイールローダ1は、走行中にキャブ2内に備えられた図示しないステアリング装置を操作し、前部車体5を後部車体3に対して左方向又は右方向に屈曲させることにより、進行方向を変更することができる。
【0023】
フロント作業機8は、一端が連結ピン10を介して前部車体5に連結されたアーム11と、連結ピン12を介してアーム11の先端部に取り付けられたバケット13と、連結ピン14,15を介して両端部が前部車体5とアーム11とに連結されたリフトシリンダ16と、連結ピン17を介してアーム11に揺動可能に連結されたベルクランク18と、一端がベルクランク18に連結され、他端がバケット13に連結されたリンク部材19と、連結ピン20,21を介して両端部が前部車体5とベルクランク18とに連結されたバケット傾斜シリンダ22とから構成される。なお、本例においては、アーム11、連結ピン12,14,15及びリフトシリンダ16がそれぞれ1つずつしか備えられていないが、実機においては、これらの各部材がバケット13の左右に一組ずつ備えられる。
【0024】
リフトシリンダ16及びバケット傾斜シリンダ22は、可変容量型油圧ポンプ35(図2参照)から吐出される作動油により駆動される。リフトシリンダ16を伸張させると、アーム11及びバケット13が上昇し、リフトシリンダ16を収縮させると、アーム11及びバケット13が下降する。リフトシリンダ16の伸張・収縮、つまりアーム11及びバケット13の上昇・下降は、キャブ2内に備えられた操作レバー等の操作機器を操作することにより行うことができる。また、バケット傾斜シリンダ22を伸張させると、バケット13が上向きに回動し、バケット傾斜シリンダ22を収縮させると、バケット13が下向きに回動する。バケット傾斜シリンダ22の伸張・収縮、つまりバケット13の上向き回動・下向き回動も、キャブ2内に備えられた操作レバー等の操作機器を操作することにより行うことができる。
【0025】
後部車体3には、図2に示すように、エンジン31と、エンジン31の駆動力を後輪6及び前輪7に伝達するトルコン32、トランスミッション33及びアクスル装置34と、エンジン31により駆動される可変容量型油圧ポンプ35と、可変容量型油圧ポンプ35の吸収トルクを変更する吸収トルク変更手段35aと、可変容量型油圧ポンプ35から吐出される作動油により駆動されるリフトシリンダ16及びバケット傾斜シリンダ22(図1参照)とが搭載されている。また、後部車体3のキャブ2内には、エンジン31及び可変容量型油圧ポンプ35を含むホイールローダ1の駆動制御全体を司るメインコントローラ36と、メインコントローラ36から出力される制御信号に基づいてエンジン31の駆動制御を行うエンジンコントローラ37と、アクセルペダル38と、アクセルペダル38の操作量に応じた信号を出力するアクセル操作量検出手段39と、ホイールローダ1の前後進切換を指令する前後進指令手段40が備えられる。
【0026】
メインコントローラ36には、エンジンコントローラ37を通して、エンジン31の燃料噴射装置内に備えられたラックセンサ(エンジン負荷率検出手段)41から出力されるエンジン負荷率信号s1が取り込まれる。また、メインコントローラ36には、アクセル操作量検出手段39から出力されるアクセル操作量信号s2、前後進指令手段40から出力されるホイールローダ1の前後進切換信号s3、車速センサ(車速検出手段)42から出力される車速信号s4及び車両進行方向信号s5、エンジン回転速度センサ(エンジン回転速度検出手段)43から出力されるエンジン31の実回転速度信号s6、及びトルコンタービン回転センサ(トルコンタービン回転検出手段)44から出力されるトルコン出力軸の回転速度信号s7が取り込まれる。なお、車両進行方向信号s5は、トルコンタービン回転センサ44によっても検出可能である。
【0027】
メインコントローラ36は、CPU,ROM,RAM,その他の周辺回路などを有する演算処理装置を含んで構成されており、アクセルペダル38の操作量及びエンジン31の負荷状態に応じた目標エンジン回転速度指令i1をエンジンコントローラ37に出力し、エンジンコントローラ37を通じてエンジン31の回転速度が目標エンジン回転速度になるように制御する。また、メインコントローラ36は、吸収トルク変更指令i2を吸収トルク変更手段35aに出力し、可変容量型油圧ポンプ35の吸収トルクをエンジン31の負荷状態に応じた所要の値に変更する。これらの各制御の詳細については、以下に順次説明する。
【0028】
まず、アクセルペダル38の操作量及びエンジン31の負荷状態に応じたエンジン回転速度の制御について説明すると、エンジン31に過負荷が作用していない通常走行時においては、図3に示すように、目標エンジン回転速度Naはアクセルペダル38の操作量に応じて設定されており、ペダル非操作時の目標エンジン回転速度Na(ローアイドル)は最小値Nminに設定され、ペダル操作量の増加に伴い目標エンジン回転速度Naは増加する。ペダル最大踏み込み時の目標エンジン回転速度Naは最大値Nmaxとなる。しかしながら、ホイールローダ1が自重により逆走した場合、前進走行中に前後進指令手段40により後進走行が選択された場合、後進走行中に前後進指令手段40により前進走行が選択された場合には、トルコン32の入力軸と出力軸の回転方向が逆方向になるので、エンジン31に大きな負荷が作用し、エンストを起こしやすくなる。特に、前後進指令手段40の切換時には、エンジン31に大きな負荷が急激に作用するので、よりエンストを起こしやすくなる。
【0029】
即ち、トルコン32は入力トルクTinに対し出力トルクToutを増大させる機能、つまりトルク比Tr(=Tout/Tin)を1以上とする機能を有する。トルク比Trは、トルコン32の入力軸と出力軸の回転速度の比であるトルコン速度比e(出力回転速度Nt/入力回転速度Ni)に応じて変化する。トルコン速度比eは、トルコン32の入力軸と出力軸の回転方向が同一の場合には正の値となり、入力軸と出力軸の回転方向が異なる場合には負の値となる。
【0030】
図4は、トルコン速度比eとトルク比Trの関係を示す図である。図中、トルコン速度比eが正の領域では、速度比eの増加に伴いトルク比Trが小さくなり、速度比eが1のとき、トルク比Trは0となる。一方、トルコン速度比eが負の領域では、速度比eが0からeaの範囲で速度比eの減少に伴いトルク比Trが増加し、速度比eがeaより小さい範囲では速度比eの減少に伴いトルク比Trが減少する。
【0031】
以下、逆走時を例にとって、トルコン32の入力トルクを説明する。但し、以下の計算においては、図5に示すように、車両の重量をW、坂道の勾配をθ、自重により坂道勾配を下り落ちようとする力(タイヤ6を回す力)をFとする。さらに、タイヤ6の転がり半径をR、タイヤ6の転がり抵抗をμ、トランスミッション33とアクスル装置34との間のトータルギア比をGi、タイヤ6,7とトランスミッション33との間の機械効率をηとする。
【0032】
このとき、自重による力F及びトルコン32の出力トルクToutは、それぞれ下記の(1)式及び(2)式のようになる。
【0033】
F=W×(sinθ−μ×cosθ)・・・ (1)
Tout=F×R×η/Gi・・・ (2)
上記の(1)式及び(2)式より、トルコン32の入力トルクTinは、下記の(3)式のようになる。
【0034】
Tin=Tout/Tr=F×R×η/(Gi×Tr)
=W×(sinθ−μ×cosθ)×R×η/(Gi×Tr)・・・ (3)
この(3)式から明らかなように、車両の自重Wが重いほど、勾配角度θが大きいほど、トルク比Trが小さいほど、入力トルクTinが増大する。入力トルクTinがエンジン出力Teを上回ると(Te<Tin)、エンストを生じることになる。
【0035】
本実施形態では、トルコン32の入力軸と出力軸の回転方向が逆方向になった場合におけるエンストを防止するため、メインコントローラ36は、アクセルペダル38の操作量に応じて設定された目標エンジン回転速度Na(図3参照)に、エンジンコントローラ37から取り込まれるエンジン負荷率信号に応じた目標エンジン回転速度の増分ΔN(図6参照)を加えて、エンジンコントローラ37に出力する。図6の例では、目標エンジン回転速度の増分ΔNを一定の値とするのではなく、エンジンコントローラ37から取り込まれるエンジン負荷率に関して第1及び第2の設定値L1,L2を設定し、エンジンコントローラ37から取り込まれるエンジン負荷率が第1の設定値L1未満である場合には、前記目標エンジン回転速度の増分を一定値とし、前記第1の設定値L1以上前記第2の設定値L2以下である場合には、エンジン負荷率が高いほど前記目標エンジン回転速度の増分を大きく設定している。
【0036】
このように、アクセルペダル38の操作量に応じた目標エンジン回転速度Naと、エンジン負荷率信号に応じたエンジン回転速度の増分ΔNとの加算値を、目標エンジン回転速度としてエンジン31の回転速度を制御すると、図7に示すように、通常走行時にはエンジン出力トルクTeの特性は図の実線に示すようになるのに対して、逆走時には目標エンジン回転速度Naが増分ΔNだけ増大するため、エンジン出力トルクTeの特性は図の点線に示すように右側にシフトする。これによりエンジン出力トルクがT1からT2へと増大し、エンストを防止できる。
【0037】
以下、図8を用いて、本実施形態に係るメインコントローラ36のCPUで実行される処理の一例を説明する。図8のフローチャートに示す処理は、例えばエンジンキースイッチのオン操作により開始される。ステップS1では、図2に示した各種センサ39,41〜44及びスイッチ40からの信号を読み込む。ステップS2では、予め記憶された図3の特性に基づき、アクセル操作量検出手段39により検出されたペダル操作量に対応する目標エンジン回転速度Naを演算する。
【0038】
ステップS3では、前後進指令手段40から出力される前後進切換信号s3に基づいて前後進指令手段40がニュートラル位置にないか否かを判定する。ステップS3で、前後進指令手段40がニュートラル位置にないと判定したとき(Yes)は、ステップS4に移行し、ホイールローダ1の車速が予め記憶された基準値以下であるか否かを判定する。ステップS4で、ホイールローダ1の車速が基準値以下であると判定したとき(Yes)は、ステップS5に移行し、前後進指令手段40から出力される前後進切換信号s3に基づいて、前後進指令手段40が切換操作されたか否かの判定を行うと共に、エンジン回転速度センサ43から出力されるエンジン31の実回転速度信号s6及びトルコンタービン回転センサ44から出力されるトルコン出力軸の回転速度信号s7に基づいて、速度比e≧1.2か否かを判定し、ホイールローダ1が逆走状態か否かを判定する。
【0039】
ステップS5で、前後進指令手段40が切換操作されたと判定した場合、若しくはホイールローダ1が逆走状態であると判定したとき(Yes)は、ステップS6に移行し、図6の特性線図に基づいてエンジン回転速度の増分ΔNを求める。次いで、ステップS7に移行し、ステップS2で求められたアクセルペダル38の操作量に対応してする目標エンジン回転速度Naに、ステップS6で求められたエンジン回転速度の増分ΔNを加算する。しかる後に、ステップS8に移行し、ステップS7で求められたNa=Na+ΔNを新たな目標エンジン回転速度Naとして設定し、エンジンコントローラ37に目標エンジン回転速度指令i1を与える。
【0040】
ステップS3で前後進指令手段40がニュートラル位置にあると判定したとき(No)、ステップS4でホイールローダ1の車速が基準値以下でないと判定したとき(No)、ステップS5で前後進指令手段40が切換操作されていないと判定した場合(No)、若しくは速度比e<1.2と判定された場合(No)は、それぞれステップS8に移行し、ステップS2で求められたアクセルペダル38の操作量に応じた目標エンジン回転速度Naに基づいて、エンジン31の駆動制御を行う。
【0041】
本発明の作業車両の駆動制御装置は、上述のように、アクセルペダル38の操作量に対応する目標エンジン回転速度Naに、前後進切換等のエンジン負荷の増加に対応する増分ΔNを加算して、新たな目標エンジン回転速度Naとするので、エンジン31の出力トルクを増加できて、燃料噴射量が絞り込まれた排ガス規制対応型のエンジンについてもエンストを防止することができる。また、本発明の作業車両の駆動制御装置は、エンジンコントローラ37から取り込まれるエンジン負荷率に関して第1及び第2の設定値L1,L2を設定し、エンジンコントローラ37から取り込まれるエンジン負荷率が第1の設定値L1未満である場合には、目標エンジン回転速度の増分ΔNを一定値とし、第1の設定値L1以上第2の設定値L2以下である場合には、エンジン負荷率が高いほど目標エンジン回転速度の増分ΔNを大きく設定するので、エンストを確実に防止できると共に、無駄な燃料消費を抑制することができる。
【0042】
次に、エンジン負荷が急増した場合における可変容量型油圧ポンプの駆動制御方法について説明する。
【0043】
図9に示すように、エンジン回転速度Nは、エンジントルクが最大トルク線で規定される領域内で遷移するように制御される。即ち、アクセルペダル38が非操作状態にあるときには、目標エンジン回転速度Naとしてローアイドル回転速度NLが設定され、車輪6,7の駆動及び油圧シリンダ16,22の駆動等に伴ってエンジン負荷が変動すると、エンジン31の出力Teとエンジン負荷が釣り合うマッチング点Aが、レギュレーションラインFL上を移動する。
【0044】
エンジン負荷が増加した場合、メインコントローラ36はエンジンコントローラ37を通じてエンジン31に与える目標回転速度指令i1を大きくし、燃料噴射量を増加してエンジン回転速度を上昇させるが、上述したように、走行中に前後進指令手段40が切り換えられた場合には、エンジン負荷が急激に増加するので、エンジン回転速度の上昇がエンジン負荷の増加に追従できず、エンストを起こしやすくなる。そこで、本実施形態では、可変容量型油圧ポンプ35に吸収トルク変更手段35aを備え、図9に破線で示すようにエンジン負荷が急激に増加した場合、メインコントローラ36からの指令により、可変容量型油圧ポンプ35の吸収トルクを強制的に最小にする。
【0045】
以下、図10及び図11を用いて、本実施形態に係るメインコントローラ36のCPUで実行される処理の一例を説明する。図10のフローチャートに示す処理は、例えばエンジンキースイッチのオン操作により開始される。ステップS11では、図2に示した各種センサ39,41〜44及びスイッチ40からの信号を読み込む。ステップS12では、予め記憶された図11の特性に基づき、エンジン31の実回転速度に応じた目標ポンプトルクPpを求める。図11の例では、エンジン31の実回転速度が予め記憶された設定値N1以上(例えば、950rpm以上)であるときに、目標ポンプトルクPpが最大になる特性を有している。
【0046】
ステップS13では、アクセル操作量検出手段39から出力されるアクセル操作量信号s2に基づいて、アクセルペダル38が非操作状態にあるか否かを判定する。ステップS13で、アクセルペダル38が非操作状態にあると判定したとき(Yes)は、ステップS14に移行し、エンジン回転速度センサ43から出力されるエンジン31の実回転速度信号に基づいて、エンジン31の実回転速度が予め記憶された設定値N1以上であるか否かを判定する。ステップS14で、エンジン31の実回転速度が設定値N1以上であると判定したとき(Yes)は、ステップS15に移行し、前後進指令手段40から出力される前後進切換信号s3に基づいて、前後進指令手段40が切換操作されたか否かを判定する。
【0047】
ステップS15で、前後進指令手段40が切換操作されたと判定したとき(Yes)は、ステップS16に移行し、目標ポンプトルクTpを図11に示す最小値とする。次いで、ステップS17に移行し、目標ポンプトルクTpの示す最小値を新たな目標ポンプトルクTpとして設定し、可変容量型油圧ポンプ35に目標ポンプトルクTpを与える。
【0048】
ステップS13でアクセルペダル38が操作状態であると判定したとき(No)、ステップS14で実エンジン回転速度が設定値N1よりも小さいと判定したとき(No)、ステップS15で前後進指令手段40が切換操作されていないと判定した場合(No)は、それぞれステップS17に移行し、ステップS12で求められた目標ポンプトルクTpに基づいて、可変容量型油圧ポンプ35の駆動制御を行う。
【0049】
図12に、吸収トルク変更手段35aの具体例を示す。この図から明らかなように、本実施形態の吸収トルク変更手段35aは、可変容量型油圧ポンプ35の吐出圧PpをPC弁51のパイロットポートに入力して、吐出圧Ppに応じた作動油をサーボ弁52に供給し、サーボ弁52の動作によって可変容量型油圧ポンプ35の斜板傾転角を変更することで、可変容量型油圧ポンプ35の容量を制御する構成になっている。また、PC弁51は、選択作動方式の圧力制御弁をもって構成されており、その電磁パイロットポートには、メインコントローラ36からの吸収トルク変更指令i2が入力される。
【0050】
メインコントローラ36から吸収トルク変更指令i2が出力される以前においては、PC弁51は、可変容量型油圧ポンプ35の吐出圧と容量の積が一定トルクを超えないように、可変容量型油圧ポンプ35の斜板傾転角を制御する。一方、メインコントローラ36から吸収トルク変更指令i2が出力された場合、PC弁51は、可変容量型油圧ポンプ35の斜板傾転角を最大とし、可変容量型油圧ポンプ35の吸収トルクを最小にする。これにより、エンジン31のトルクを油圧負荷に合わせて上昇させ、高油圧負荷のマッチング点でマッチングさせることができるので、エンストを防止することができる。
【0051】
なお、前記各実施例においては、作業車両の駆動制御を司るコントローラとして、メインコントローラ36とエンジンコントローラ37とを備えたが、これらを統合した1つのコントローラで作業車両の駆動制御を行うことも勿論可能である。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、ホイールローダ等の作業車両の駆動制御装置に利用できる。
【符号の説明】
【0053】
1 ホイールローダ
2 キャブ
3 後部車体
5 前部車体
6,7 車輪
8 フロント作業機
16 リフトシリンダ
22 バケット傾斜シリンダ
31 エンジン
32 トルコン
33 トランスミッション
34 アクスル装置
35 可変容量型油圧ポンプ
35a 吸収トルク変更手段
36 メインコントローラ
37 エンジンコントローラ
38 アクセルペダル
39 アクセル操作量検出手段
40 前後進指令手段
41 ラックセンサ
42 車速センサ
43 エンジン回転速度センサ
44 トルコンタービン回転センサ
51 PC弁
52 サーボ弁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
作業車両の駆動制御を司るコントローラと、
前記コントローラにエンジン負荷率信号を出力するエンジン負荷率検出手段と、
前記コントローラに作業車両の前後進切換信号を出力する前後進指令手段と、
前記コントローラにアクセルペダルの操作量に応じたアクセルペダル信号を出力するアクセル操作量検出手段と、
前記コントローラに作業車両の車速信号を出力する車速検出手段と
を備えた作業車両の駆動制御装置において、
前記コントローラは、前記前後進指令手段からの前後進切換信号を受信したか否かの判定と、前記車速検出手段により検出された前記作業車両の車速が予め記憶された閾値以下であるか否かの判定を行い、
前記前後進切換信号を受信したと判定し、かつ前記作業車両の車速が前記予め記憶された閾値以下であると判定した場合、前記アクセルペダル信号に応じて設定される目標エンジン回転速度にエンスト防止用の目標エンジン回転速度の増分を加えた目標エンジン回転速度指令を前記エンジンに付与することを特徴とする作業車両の駆動制御装置。
【請求項2】
前記コントローラは、前記エンスト防止用の目標エンジン回転速度の増分を、前記エンジン負荷率検出手段から取り込まれるエンジン負荷率に応じて設定することを特徴とする請求項1に記載の作業車両の駆動制御装置。
【請求項3】
前記コントローラは、前記エンジン負荷率検出手段から取り込まれるエンジン負荷率に関して第1及び第2の設定値を設定し、前記エンジン負荷率検出手段から取り込まれるエンジン負荷率が前記第1の設定値未満である場合には、前記目標エンジン回転速度の増分を一定値とし、前記第1の設定値以上前記第2の設定値以下である場合には、前記エンジン負荷率が高いほど前記目標エンジン回転速度の増分を大きく設定することを特徴とする請求項2に記載の作業車両の駆動制御装置。
【請求項4】
作業車両の駆動制御を司るコントローラと、
前記コントローラに前記エンジンの実回転速度に応じた実回転速度信号を出力するエンジン回転速度検出手段と、
前記コントローラに作業車両の前後進切換信号を出力する前後進指令手段と、
前記コントローラにアクセルペダルの操作量に応じたアクセルペダル信号を出力するアクセル操作量検出手段と、
前記エンジンにより駆動される可変容量型油圧ポンプと、
前記コントローラから出力される吸収トルク指令に応じて前記可変容量型油圧ポンプの吸収トルクを制御する吸収トルク制御手段と
を備えた作業車両の駆動制御装置において、
前記コントローラは、前記前後進指令手段からの前後進切換信号を受信したか否かの判定と、前記アクセルペダル信号がアクセルペダル非操作時の信号であるか否かの判定と、前記エンジンの実回転速度が予め記憶された閾値以下であるか否かの判定を行い、
前記前後進指令を受信したと判定し、前記アクセルペダル信号がアクセルペダル非操作時の信号であると判定し、かつ前記エンジンの実回転速度が予め記憶された閾値以下であると判定した場合、前記吸収トルク制御手段に前記可変容量型油圧ポンプの吸収トルクを最小にする吸収トルク指令を出力することを特徴とする作業車両の駆動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−197696(P2012−197696A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−61175(P2011−61175)
【出願日】平成23年3月18日(2011.3.18)
【出願人】(000005522)日立建機株式会社 (2,611)
【出願人】(509241041)株式会社KCM (35)
【Fターム(参考)】