説明

偏向電磁石装置及び挿入光源装置

【課題】小型化できる偏向電磁石装置及び挿入光源装置を提供する。
【解決手段】挿入光源装置は、ビーム軌道に沿って第一の偏向電磁石装置、第二の偏向電磁石装置及び第三の偏向電磁石装置をこの順に配置している。第二の偏向電磁石装置14では、リターンポール7A,メインポール11A及びリターンポール7Bがこの順序でビーム進行方向の上流側から連結部材9Aに設置され、リターンポール7C,メインポール1B及びリターンポール7Dがこの順序でビーム進行方向の上流側から連結部材9Bに設置される。対向するリターンポール7Aとリターンポール7Cの間、対向するメインポール11Aとメインポール11Bの間、及び対向するリターンポール7Bとリターンポール7Dの間に、荷電粒子ビームが内部を通過するビームダクトが配置される。連結部材9Aと連結部材9Bが非磁性体の支持部材で連結される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、偏向電磁石装置及び挿入光源装置に係り、特に、蓄積リング及びシンクロトロン放射光リングなどに適用するのに好適な偏向電磁石装置及び挿入光源装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電子ビーム及び陽電子などの荷電粒子ビームに対し、ビーム進行方向及びこれと垂直な方向に加速度を与えることで放射光を発生させる技術がある。荷電粒子ビームに周期的な運動を加えるために、荷電粒子ビームが通過するビームダクト(真空ダクト)のビーム軌道上に挿入光源装置を設置する。挿入光源装置に備えられた偏向電磁石装置によって磁場を生成して、ビームダクト内を通過する荷電粒子ビームを偏向し、放射光を発生させる。挿入光源装置としてウィグラーを利用することによって、より強い磁場を生成し、短い波長の放射光を発生させる技術がある。
【0003】
図1は、挿入光源装置として利用されている従来のウィグラーの一例を示す概念図である。ウィグラーは、ビームダクト(図示せず)の直線部に沿って、第一の偏向電磁石装置2A,第二の偏向電磁石装置1及び第三の偏向電磁石装置2Bを有する。第一の偏向電磁石装置2Aは、入射された荷電粒子ビームを偏向する磁場を生成する。第二の偏向電磁石装置1は、放射光を発生させる目的で設けられ、強い磁場を生成している。第三の偏向電磁石装置2Bは、第一の偏向電磁石装置2Aと同じ方向の磁場を生成して荷電粒子ビームを偏向し、ビーム軌道をリング軌道に戻す。
【0004】
ウィグラーに入射した荷電粒子ビームは、第一の偏向電磁石装置2Aが生成した磁場によって偏向され、第二の偏向電磁石装置1を通過する際に強い磁場で逆方向に偏向され、さらに第三の偏向電磁石装置2Bに入射されて第二の偏向電磁石装置1と反対方向に偏向され、出射される。この結果、ウィグラーを通過する荷電粒子ビームは、図1に示すビーム軌道3に沿って進行する。第二の偏向電磁石装置1で生成する磁場を強くすることによって、強い放射光を得ることができる。特開平5−74594号公報には、C字型の偏向電磁石装置を第二の偏向電磁石装置1として採用する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−74594号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
例えば、放射光を発生させる目的で設けられる第二の偏向電磁石装置1として、図2及び図3で示すようなC字型の偏向電磁石装置1Aを用いることが考えられる。図2は、第二の偏向電磁石装置1Aの支持部材中心及びコイル対称軸を含む縦断面図である。偏向電磁石装置1Aは、メインポール11A,11B,磁場を生成するためのコイル4A,4B、及びメインポール11A,11Bを取り付けるための磁性材で作られたヨーク5を備える。メインポール11Aはメインポール11Bの上方に配置される。ヨーク5は、図2に示すように、ビーム進行方向から見た場合にC字型の形状を有する。コイル4A,4Bによる起磁力によって、メインポール11Aとメインポール11Bの間に磁場(磁力線6)を生成する。この磁場はヨーク5を介して閉じた磁気回路を形成する。図3に偏向されたビーム軌道3に垂直な方向から見た偏向電磁石装置11の概念図を示す。図3の磁力線6は、ヨーク5を介してメインポール11A,11Bを通る閉ループの磁気回路を形成する。メインポール11Aとメインポール11Bの間に生成される偏向磁場は一方向であるため、偏向されたビーム軌道3方向の磁場分布は偏向軌道方向に幅広い分布となる。
【0007】
このような偏向電磁石装置1Aにおいて、放射光の放出時に、荷電粒子ビームがメインポール11Aとメインポール11Bの間に形成される間隙に入射されたとき、メインポール11A,11Bの作用でビーム軌道3上に生成された磁場によって、荷電粒子ビームのビーム軌道が偏向される。この場合、メインポール11A,11Bによって生成された偏向磁場の偏向軌道方向の分布が幅広いため、偏向軌道はリング軌道から大きく逸脱してしまう。一方、放射光を出さない場合には、偏向電磁石装置11は励磁されておらず、荷電粒子ビームは偏向されずにリング軌道上を通過することになる。このため、偏向された荷電粒子ビームのビーム軌道と、荷電粒子ビームを偏向させない場合のビーム軌道を考慮して真空ダクトを構成する必要があり、真空ダクトが大型化することがあった。
【0008】
本発明の目的は、小型化できる偏向電磁石装置及び挿入光源装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記した目的を達成する本発明の特徴は、磁性体の第1ヨークと、この第1ヨークの下方に配置されて非磁性体の支持部材で第1ヨークに連結された磁性体の第2ヨークとを備え、
第1ヨークが、第1リターンポール、第1メインポール、第2リターンポールを含んでおり、第2ヨークが、第3リターンポール、第2メインポール、第4リターンポールを含んでおり、
磁場を生成する第1コイルが第1メインポールに設けられ、磁場を生成する第2コイルが第2メインポールに設けられ、
第1リターンポールと第3リターンポールが、第1メインポールと第2メインポールが、及び第2リターンポールと第4リターンポールが、それぞれ、荷電粒子ビームが通過する間隙を間に挟んで対向して配置されていることにある。
【0010】
第1リターンポールと第3リターンポールが、第1コイルを設けた第1メインポールと第2コイルを設けた第2メインポールが、及び第2リターンポールと第4リターンポールが、それぞれ、荷電粒子ビームが通過する間隙を間に挟んで対向して配置されているので、偏向磁場領域を狭くすることができて偏向軌道のリング軌道からのずれを小さくすることができる。このため、偏向電磁石装置を小型化することができる。
【0011】
好ましくは、第1メインポールを、荷電粒子ビームの進行方向において、第1リターンポールと第2リターンポールの間に配置し、第2メインポールを、荷電粒子ビームの進行方向において、第3リターンポールと第4リターンポールの間に配置することが望ましい。これによって、第1メインポールを中心に磁石体系が対称となるため、第一及び第三の偏向電磁石装置を含めて、製作性が向上する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、偏向電磁石装置を小型化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】挿入光源装置の一種であり3ポールで構成される従来のウィグラーの配置を上方から見た概念図である。
【図2】従来の第二の偏向電磁石装置の偏向軌道方向から見た構成図である。
【図3】図2に示す偏向電磁石装置の偏向軌道に垂直な方向から見た構成図である。
【図4】本発明の好適な一実施例である挿入光源装置の斜視図である。
【図5】図4に示す第二の偏向電磁石装置の偏向軌道に垂直な方向から見た構成図である。
【図6】図5に示す第二の偏向電磁石装置の偏向軌道方向から見た構成図である。
【図7】図4に示す第二の偏向電磁石装置の鳥瞰図である。
【図8】第二の偏向電磁石装置の磁場中心からの距離に対する磁場強度の変化を示す特性図である。
【図9】図4に示す第二の偏向電磁石装置に第三の偏向電磁石装置を併設した場合での第二の偏向電磁石装置の磁場中心からの距離に対する磁場強度の変化を示す特性図である。
【図10】図4に示す第二の偏向電磁石装置における、図9に示す磁場による偏向軌道のリング軌道からのずれを示す説明図である。
【図11】図2に示す従来の第二の偏向電磁石装置に第三の偏向電磁石装置を併設した場合でのこの第二の偏向電磁石装置の磁場中心からの距離に対する磁場強度の磁場解析結果を示す図である。
【図12】図2に示す従来の第二の偏向電磁石装置における、図11に示す磁場による、ビーム軌道のリング軌道からのずれを示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しながら説明する。
【実施例1】
【0015】
本発明の好適な一実施例である挿入光源装置を、図4,図5,図6及び図7を用いて説明する。本実施例の挿入光源装置は、例えば、シンクロトロン放射光リングに設けられる。
【0016】
本実施例の挿入光源装置12は、図4に示すように、第一の偏向電磁石装置13,第二の偏向電磁石装置14及び第三の偏向電磁石装置15を備える。荷電粒子ビームが通過するビームダクト(図示せず)に沿って、荷電粒子ビームの進行方向の上流側から順に、第一の偏向電磁石装置13,第二の偏向電磁石装置14,第三の偏向電磁石装置15が配置される。偏向電磁石装置15は、偏向電磁石装置14によって曲げられた荷電粒子ビームを偏向電磁石装置14の通過後にリング軌道に戻すために、ビーム軌道上でかつ偏向電磁石装置14の近傍に設置される。偏向電磁石装置13も、上流側において、ビーム軌道上で偏向電磁石装置14の近傍に設置されることが好ましい。偏向電磁石装置14は加速器用偏向電磁石装置である。
【0017】
偏向電磁石装置13及び15は同じ構成要素を有する。偏向電磁石装置13は、環状の一対のコイル10A,10B及びC字状のヨーク16を有する。C字状のヨーク16は、上部ヨーク16A及び上部ヨーク16Aよりも下方に配置された下部ヨーク16Bを有する。サイドポール2Aが上部ヨーク16Aの端部に設けられて下方に向かって伸びている。サイドポール2Bが下部ヨーク16Bの端部に設けられて上方に向かって伸びている。サイドポール2Aの下端とサイドポール2Bの上端の間に、間隙が形成されている。コイル10Aが、サイドポール2Aを取り囲んでサイドポール2Aに設置される。コイル10Bが、サイドポール2Bを取り囲んでサイドポール2Bに設置される。
【0018】
偏向電磁石装置15は、環状の一対のコイル10C,10D及びC字状のヨーク17を有する。C字状のヨーク17は、上部ヨーク17A及び上部ヨーク17Aよりも下方に配置された下部ヨーク17Bを有する。サイドポール2Cが上部ヨーク17Aの端部に設けられて下方に向かって伸びている。サイドポール2Dが下部ヨーク17Bの端部に設けられて上方に向かって伸びている。サイドポール2Cの下端とサイドポール2Dの上端の間に、間隙が形成されている。コイル10Cが、サイドポール2Cを取り囲んでサイドポール2Cに設置される。コイル10Dが、サイドポール2Dを取り囲んでサイドポール2Dに設置される。
【0019】
サイドポール2A,2B,2C,2Dは磁性材で作られている。コイル10A,10Bは偏向電磁石装置13の起磁力を発生するためのコイルであり、コイル10C,10Dは偏向電磁石装置15の起磁力を発生するためのコイルである。ヨーク16,17は該当するコイルで生成された磁力線を導くために磁性材で作られている。
【0020】
偏向電磁石装置14を、図5、図6及び図7を用いて具体的に説明する。偏向電磁石装置14は、メインポール11A,11B、コイル4A,4B、リターンポール7A,7B,7C,7D、支持部材8及び連結部材9A,9Bを備える。メインポール11A,11B、リターンポール7A,7B,7C,7D及び連結部材9A,9Bは磁性体であり、支持部材8は非磁性体である。水平方向に伸びる連結部材9Aが支持部材8の上端部に設けられ、水平方向に伸びる連結部材9Bが連結部材9Aの下方に配置されて支持部材8の下端部に設けられる。
【0021】
図5に示すように、リターンポール7A,メインポール11A及びリターンポール7Bが、この順序でビーム進行方向(ビーム軌道3)の上流側から順に配置され、連結部材9Aに接して固定される。リターンポール7A,メインポール11A及びリターンポール7Bは、連結部材9Aから下方に向かって伸びている。また、リターンポール7A,メインポール11A及びリターンポール7Bの下方に配置されたリターンポール7C,メインポール1B及びリターンポール7Dが、この順序でビーム進行方向(ビーム軌道3)の上流側から順に配置され、連結部材9Bに接して固定される。リターンポール7C,メインポール1B及びリターンポール7Dは、連結部材9Bから上方に向かって伸びている。
【0022】
リターンポール7Aの下端がリターンポール7Cの上端と向き合っており、メインポール11Aの下端がメインポール1Bの上端と向き合っている。リターンポール7Bの下端がリターンポール7Bの上端と向き合っている。リターンポール7Aとリターンポール7Cの間、メインポール11Aとメインポール11Bの間、及びリターンポール7Bとリターンポール7Dの間には、それぞれ、間隙が形成されている。
【0023】
メインポール11A,第1リターンポール7A,第2リターンポール7B及び連結部材9Aが偏向電磁石装置14の1つのヨーク(第1ヨーク)を構成し、メインポール11B,第1リターンポール7C,第2リターンポール7D及び連結部材9Bが偏向電磁石装置14の他のヨーク(第2ヨーク)を構成する。第1ヨーク及び第2ヨークは、荷電粒子ビームが通過する間隙を挟んでそれぞれ3つの凸部(1つのメインポール及び2つのリターンポール)を有し、この間隙を介して上下に対向して配置されている。偏向電磁石装置14が第1ヨーク及び第2ヨークを有しているので、コイル4A,4Bで生成された磁力を効率的に所望の方向に取り出す(導く)ことができる。
【0024】
環状のコイル4Aが、メインポール11Aを取り囲んでメインポール11Aに設置される。同様に、環状のコイル4Bが、メインポール11Bを取り囲んでメインポール11Bに設置される。コイル4A,4Bの巻き付け方向が同じであり、コイル4A,4Bには同じ方向に電流が流れる。これらのコイル4A,4Bを励磁することによって、偏向電磁石装置14に磁場が生成される。偏向電磁石装置14は、図6に示すように、偏向電磁石装置14への荷電粒子ビームの入射方向から見ると(ビーム進行方向の上流側に配置される偏向電磁石装置13から見ると)、C字型の形状を有している。偏向電磁石装置14は、C字型の形状にすることによって、H型形状の偏向電磁石と比較して設置スペースを狭くすることができる。更に、メンテナンス等で偏向電磁石14を移動する場合にも、荷電粒子ビームのビーム軌道を含む真空ダクトを取り外す必要がない。非磁性体の支持部材8が、前述したように、連結部材9Aと連結部材9Bを連結している。支持部材8が非磁性体であるので、磁気抵抗が磁性体(メインポール,リターンポール及び連結部材)よりも大きくなる。このため、後述するように、メインポールからリターンポールを通る磁気回路を形成することができる。
【0025】
本実施例では、第1ヨークを、別々の部材であるメインポール11A、リターンポール7A,7B及び連結部材9Aを組み立てて構成したが、これら部材を一体成型して第1ヨークを構成してもよい。第2ヨークも、メインポール11B、リターンポール7C,7D及び連結部材9Bを一体成型して構成してもよい。
【0026】
リターンポール7A,7B,7C,7Dの寸法は、図6に示された上下方向の偏向磁場の向き及びこれに直交する水平方向(左右方向)の偏向磁場の向きのいずれに対してもメインポール11A,11Bの寸法と同程度としている。これにより、図6における上下方向の偏向磁場及び水平方向(左右方向)の磁場の分布は、偏向軌道方向(図6の紙面に垂直な方向)にほぼ一様となる。また、リターンポール7A,7B,7C,7Dの大きさは互いに同じであることが望ましい。リターンポール7A,7B,7C,7Dの大きさが異なる場合には、各リターンポールの磁気抵抗に差が生じ、リターンポール7Aとリターンポール7Cの間に生成される磁場の強度とリターンポール7Bとリターンポール7Dの間に生成される磁場の強度が異なる。このため、荷電粒子ビーム軌道をリング軌道に戻すために、偏向電磁石装置13と偏向電磁石装置15のそれぞれの仕様を変える必要がある。リターンポール7A,7B,7C,7Dの大きさを同じにすることによって、そのような問題を解消することができ、偏向電磁石装置13及び偏向電磁石装置15の各仕様を同じにすることができる。
【0027】
シンクロトロン放射光リングに設けられた、荷電粒子ビームが内部を通過する環状のビームダクト(真空ダクト)(図示せず)が、サイドポール2Aとサイドポール2Bの間、リターンポール7Aとリターンポール7Cの間、メインポール11Aとメインポール11Bの間、リターンポール7Bとリターンポール7Dの間、及びサイドポール2Cとサイドポール2Dの間にそれぞれ形成された各間隙内に配置される。
【0028】
本実施例の挿入光源装置12における偏向電磁石装置14の作用について説明する。
【0029】
コイル4Aにコイル電流を通電することによって起磁力が発生し、図5及び図6に記載されたように、メインポール11A、連結部材9A及びリターンポール7Aをこの順に(もしくはこの逆順に)通過する磁場(磁力線6)、及びメインポール11A、連結部材9A及びリターンポール7Bをこの順に(もしくはこの逆順に)通過する磁場(磁力線6)がそれぞれ生成される。コイル4Bにコイル電流を通電することによって起磁力が発生し、リターンポール7C,連結部材9B及びメインポール11Bをこの順に(もしくはこの逆順に)通過する磁場(磁力線6)、及びリターンポール7D、連結部材9B及びメインポール11Bをこの順に(もしくはこの逆順に)通過する磁場(磁力線6)がそれぞれ生成される。連結部材9Aと連結部材9Bを接続する支持部材8は、非磁性体で構成されているため、磁気抵抗が磁性体(メインポール11A,11B,リターンポール7A,7B,7C,7D及び連結部材9A,9B)よりも大きい。磁気回路は磁気抵抗の小さくなる磁路で閉じられる。このため、メインポールからリターンポールを通る磁路の磁気抵抗が、メインポールから非磁性材である支持部材8を通る磁路のそれよりも小さくなるので、後述の、図5に示すような磁気回路が形成される。
【0030】
コイル4A及び4Bにコイル電流を流したとき、図5に示すように、メインポール11A及び11Bに生成される偏向磁場とは逆向きの戻り磁場が、リターンポール7Aとリターンポール7Cの間、及びリターンポール7Bとリターンポール7Dの間に、それぞれ生成される。メインポールとリターンポールが磁性体の連結部材で連結されているので、メインポール11A、リターンポール7A、リターンポール7C、メインポール11B及びメインポール11Aをこの順序で連絡する、閉じた磁気回路、及びメインポール11A、リターンポール7B、リターンポール7D、メインポール11B及びメインポール11Aをこの順序で連絡する、閉じた磁気回路がそれぞれ形成される。
【0031】
図6において、磁力線6のうち、実線の矢印で示された6Aがメインポール11A,11Bを通る磁力線,点線の矢印で示された6Bがリターンポール7A及び7C、及びリターンポール7B及び7Dを通る磁力線である。第1ヨークと第2ヨークを連結する支持部材8が非磁性体であるので、前述したように、支持部材8を介した磁路が形成されにくくなっている。
【0032】
シンクロトロン放射光リングが起動されると、シンクロトロン(加速器)によって加速された荷電粒子ビームが環状のビームダクト内を周回する。挿入光源装置12において、放射光を放出しないときには、コイル2A,2B,4A,4B,2C及び2Dに電流を流さない。このため、荷電粒子ビームは、リング軌道に沿って環状のビームダクト内を通過する。放射光を放出するとき、コイル2A,2B,4A,4B,2C及び2Dにそれぞれ通電される。コイル2A,2Bに通電されたとき、偏向電磁石装置13に磁場が生成され、ビームダクト内を通過する荷電粒子ビームが偏向電磁石装置13によって偏向される。通電されたコイル4A,4Bによって偏向電磁石装置14に磁場が生成されて前述した2つの磁気回路が形成される。偏向電磁石装置13で偏向されてビームダクト内を通過する荷電粒子ビームが、これらの磁気回路の形成によって、再度偏向され、偏向電磁石装置14で放射光を放出する。通電されたコイル2C,2Dによって偏向電磁石装置15に磁場が生成される。この偏向電磁石装置15は、偏向電磁石装置14を通過した荷電粒子ビームを偏向させてリング軌道に戻す。
【0033】
第二の偏向電磁石装置を対象にした磁場解析結果を図8に示す。横軸は、第二の偏向電磁石装置内の偏向されたビーム軌道3に沿った、磁石中心Oを基点とした偏向軌道上の距離である。その磁場解析では、偏向軌道上の磁場を、ビーム軌道上の磁場を偏向電磁石装置14の中心軸上の1次元磁場によって近似している。縦軸は第二の偏向電磁石装置によって荷電粒子に作用する垂直磁場である。図8には、本実施例で用いられた偏向電磁石装置14での磁場分布と併せて、リターンポールを備えていない従来の偏向電磁石装置1A(図2参照)での磁場分布も記載されている。偏向電磁石装置14での磁場分布は「リターンポールあり」として表され、偏向電磁石装置1Aでの磁場分布は「リターンポールなし」として表されている。「リターンポールあり」では、垂直磁場が正となる領域を「リターンポールなし」に比べて狭い領域に抑え、垂直磁場が負となる領域を広げている。ビーム軌道の偏向前後でのビーム方向を同じとするには、垂直磁場が正となる領域での磁場曲線および縦横軸で囲まれた面積と垂直磁場が負となる領域での磁場曲線および横軸で囲まれた面積が一致する必要があり、不足した負の垂直磁場領域は第三の偏向電磁石で生成し補う。
【0034】
具体的な偏向軌道のリング軌道からのずれを示すために、仮想的な第三の偏向電磁石装置による磁場(常伝導磁石を仮定し約1Tとした)を加えた磁場分布を、磁石中心Oを基点として、図9及び図11に示す。図9はリターンポールを備えた偏向電磁石装置14におけるその磁場分布を示し、図11はリターンポールを備えていない偏向電磁石装置1Aにおけるその磁場分布を示している。偏向電磁石装置14に生じる図9に示す磁場分布に起因した、偏向軌道のリング軌道からのずれを、磁石中心Oを基点として、図10に示す。偏向電磁石装置1Aに生じる図11に示す磁場分布に起因した、偏向軌道のリング軌道からのずれを、磁石中心Oを基点として、図12に示す。
【0035】
図10及び図12に示すそれぞれの特性から、偏向電磁石装置14は、偏向軌道のリング軌道からのずれを約3割低減でき、更に、第三の偏向電磁石装置、すなわち、偏向電磁石装置15による磁場領域を約3割小さくすることができることが分かった。偏向電磁石装置15による磁場領域の低減は、本実施例に用いる偏向電磁石装置15の小型化をもたらす。ここで、偏向電磁石装置15を考慮したが、偏向電磁石装置14の磁石中心Oを基点に偏向電磁石装置15と対称に配置されている偏向電磁石装置13を考慮してもよい。偏向電磁石装置13を考慮したときには、偏向電磁石装置15と同様な効果が生じる。正の垂直磁場領域を狭くするために、第二の偏向円磁石装置のメインポール11A,11B、コイル4Aおよび4Bのビーム軌道方向の厚さを薄くする方法もあるが、コイルの巻き半径が小さくなって製造上の問題があることに加え、コイル断面積が小さくなるために電流密度が上昇してしまう。
【0036】
本実施例では、磁性体の第1ヨーク及び第1ヨークの下方に配置される磁性体の第2ヨークが非磁性体の支持部材で連結され、第1ヨークが、第1リターンポール、第1メインポール、第2リターンポールを含んでおり、第2ヨークが、第3リターンポール、第2メインポール、第4リターンポールを含んでおり、第1リターンポールと第3リターンポールが、第1メインポールと第2メインポールが、及び第2リターンポールと第4リターンポールが、それぞれ、対向して配置されているため、荷電粒子ビームの偏向軌道上に相反する向きの磁場が生成される。つまり、メインポール11Aとメインポール11Bの間に形成された間隙(荷電粒子ビームが通過する領域)に生成される磁場の向きが、第1のリターンポールであるリターンポール7Aとリターンポール7Cの間に形成された間隙(荷電粒子ビームが通過する領域)に生成される磁場の向き、及び第2のリターンポールであるリターンポール7Bとリターンポール7Dの間に形成された間隙(荷電粒子ビームが通過する領域)に生成される磁場の向きと逆向きとなるよう構成されている。このため、荷電粒子を偏向させるための正の垂直磁場領域を狭くすることができる。これにより、荷電粒子ビームの偏向軌道とリング軌道との差(距離)を短くでき、偏向電磁石装置14全体の大きさを小さくすることができる。偏向電磁石装置14が荷電粒子ビームの偏向軌道のリング軌道からのずれを小さくできるため、その分リング軌道を含む真空ダクトも小型化できる。また、偏向電磁石装置14に隣接して配置される偏向電磁石装置13,15のサイズも小さくすることができる。この結果、偏向電磁石装置13,14,15を有する挿入光源装置12が、小型化される。
【0037】
本実施例によれば、偏向電磁石装置14の小型化を実現できるため、必要な電磁石装置の設置スペースを抑制できる。また、真空ダクトの冷却系も小型化することができる。
【0038】
本実施例によれば、偏向電磁石装置14のメインポール11A,11Bを小さくできるため、偏向電磁石装置14に要求される冷凍機の容量を小さくすることができ、偏向電磁石装置14の立ち上げ及びシャットダウンに要する時間を短縮できる。例えば、コイル4A,4Bを超電導コイルにした偏向電磁石装置14では、メインポール11A,11Bが小さくなることによって冷却すべき機器(例えば、超電導コイル等)を従来よりも小さく構成できるので、その機器を冷却する冷媒(例えば、ヘリウム)を冷やす冷凍機の容量を小さくできる。また、常伝導電磁石を有する偏向電磁石装置14では、常電導で発生したジュール熱を冷却する冷却システムを簡素化できる。
【0039】
偏向電磁石装置14のコイル4A,4Bがレーストラック状である場合、メインポール11A,11Bの長手方向が、レーストラック状の直線部の長手方向と平行となるように、メインポール11A,11B及びコイル4A,4Bを配置すると更に良い。このような構成により、メインポール11Aとメインポール11Bの間の荷電粒子ビームが通過する領域における磁場をさらに均一にすることができる。これにより、荷電粒子ビームの損失を低く抑えることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明は、偏向電磁石装置に適用することができる。
【符号の説明】
【0041】
2A,2B,2C,2D…サイドポール、3…ビーム軌道、4A,4B,1A,10B,10C,10D…コイル、7A,7B,7C,7D…リターンポール、8…支持部材、9A,9B…連結部材、11A,11B…メインポール、12…挿入光源装置、13…第一の偏向電磁石装置、14…第二の偏向電磁石装置、15…第三の偏向電磁石装置、16,17…ヨーク。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性体の第1ヨークと、この第1ヨークの下方に配置されて非磁性体の支持部材で前記第1ヨークに連結された磁性体の第2ヨークとを備え、
前記第1ヨークが、第1リターンポール、第1メインポール、第2リターンポールを含んでおり、前記第2ヨークが、第3リターンポール、第2メインポール、第4リターンポールを含んでおり、
磁場を生成する第1コイルが前記第1メインポールに設けられ、磁場を生成する第2コイルが前記第2メインポールに設けられ、
前記第1リターンポールと前記第3リターンポールが、前記第1メインポールと前記第2メインポールが、及び前記第2リターンポールと前記第4リターンポールが、それぞれ、荷電粒子ビームが通過する間隙を間に挟んで対向して配置されていることを特徴とする偏向電磁石装置。
【請求項2】
前記第1メインポールを、前記荷電粒子ビームの進行方向において、前記第1リターンポールと前記第2リターンポールの間に配置し、前記第2メインポールを、前記荷電粒子ビームの進行方向において、前記第3リターンポールと前記第4リターンポールの間に配置する請求項1に記載の偏向電磁石装置。
【請求項3】
前記第1コイルが前記第1メインポールを取り囲んでおり、前記第2コイルが前記第2メインポールを取り囲んでおり、前記第1コイルと前記第2コイルは電流の流れる方向が同じになっている請求項1または2に記載の偏向電磁石装置。
【請求項4】
前記第1コイル及び前記第2コイルはレーストラック状コイルであり、
前記第1コイルの前記レーストラックの直線部が、前記第1メインポールの、水平方向での長手方向の側面と平行となるように配置され、
前記第2コイルの前記レーストラックの直線部が、前記第2メインポールの、水平方向での長手方向の側面と平行となるように配置される請求項3に記載の偏向電磁石装置。
【請求項5】
第一の偏向電磁石装置と、第二の偏向電磁石装置と、第三の偏向電磁石装置とを備え、
前記第一の偏向電磁石装置、前記第二の偏向電磁石装置及び前記第三の偏向電磁石装置が、荷電粒子ビームの進行方向においてこの順序に配置され、
前記第一の偏向電磁石装置及び前記第三の偏向電磁石装置が、前記第二の偏向電磁石装置に隣接して配置され、
前記第二の偏向電磁石装置が請求項1ないし4のいずれか1項に記載の偏向電磁石装置であることを特徴とする挿入光源装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−34818(P2011−34818A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−180320(P2009−180320)
【出願日】平成21年8月3日(2009.8.3)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【出願人】(300032123)財団法人佐賀県地域産業支援センター (11)
【Fターム(参考)】