説明

健康増進組成物およびその調製方法

本発明は、健康増進調製物、およびその製造方法の分野、特に虫歯予防のためのストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能を有する、予め熱処理されたラクトバシラス調製物の使用に関する。本発明に係る独立請求項は、ラクトバシラス調製物およびその熱による低温殺菌に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は健康増進製品およびその調製方法の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)は虫歯の進行において極めて重要な役割を果たしている。この細菌は発酵性糖を有機酸に変換し、それによって酸性の微小環境を生じさせる。有機酸はエナメル質を脱灰することができ、従ってう蝕(cariotic)病変を引き起こすか、または促進する。更に、S. ミュータンスは非水溶性グルカンマトリクスを生成させる。このグルカンマトリクスは歯垢の成長と付着、および歯の表面でのS. ミュータンスの付着を支持する。更に、う蝕病変には他の細菌もしばしば見られるが、常にS. ミュータンスと共存していることが示された。従って、S. ミュータンスは現在、う蝕病変の進行に必須のものであると考えられている。
【0003】
う蝕病変の進行を抑制し得る治療薬に対する一定の需要が存在する。この文脈において、本発明は、う蝕病変の進行を回避する、停止させる、または遅延させるためにS. ミュータンスに作用することが可能な治療薬を示すことを意図する。本発明はまた、そのような治療薬の調製方法を示すことを意図する。
【0004】
これまでに、う蝕病変のコントロールのため、特にその出現を回避するか少なくとも遅延させるために、あらゆる治療薬が試験されている。虫歯および虫歯に関連する微生物のコントロールのための伝統的な化学治療薬は、練り歯磨きおよび/または洗口液および/または他の歯のケア製品に使用されているため、当業者は、これらに特に精通している。しかしながら、更に他の微生物またはそれを含む製品によって虫歯に関連する微生物をコントロールすることも試みられており、特に、歯の上もしくは口腔内でのその量を減少させるか、またはう蝕原性(cariogenicity)に影響させることも試みられてきた。こうしたアプローチは、例えばWO 2006/027265 A1号に記載されている。しかしながら、口腔ケア製品での生きた微生物の使用は、消費者に好まれない場合が多く、また立法者によって完全に禁止されることが欠点である。その上、生きた微生物は、代謝産物の結果、これらを含む製品の味および/または外観に影響し得る;この影響はう蝕病変をコントロールするための全ての製品にとって望ましいものではない。更に、う蝕病変のコントロールのために設計された製品中に生きた生物を使用することで、製品の貯蔵寿命が制限される。
【0005】
従って、種々の技術分野において、生きた微生物の代わりに代謝的に不活性な微生物、特に凍結乾燥微生物を使用することが一般的に試みられている。しかしながら、ここで問題となるのは、このような微生物が、それらに好適な条件下で、例えばそれらに適した水性媒体中に入った場合に、代謝的に活性な状態に戻り得ることである。従って、代謝的に不活性な微生物の使用には、それらを含有する製品の可能な組成に重大な制限が伴う。
【0006】
従って、種々の技術分野において、生きたまたは代謝的に活性な微生物の代わりに、破壊された微生物を含む製品を調製することが試みられてきた。例えば、WO 01/95741 A1号には、生存できないラクトバシラスを含有する、腸内バランスを促進するための食品が示されている。ラクトバシラスは、熱処理、例えば低温殺菌または殺菌によって生存不可能にすることができる。しかしながら、上記の文献は、熱処理の結果、処理がなければ達成できる微生物の健康増進効果の一部を失う危険性についても言及している。上記文献には、これらの健康増進効果は「選択的」に取り除くことができると記載されているが、実際には、微生物の熱処理において望ましい健康増進効果の消失をいかにして回避できるかに関して何ら教示されていない。従って、上記文献に基づけば、当業者は、微生物の熱処理の結果としてどの健康増進効果が失われ、どれが失われないかについて、意義のある予想も推測もできない。特に、熱処理の結果、抗う蝕原性効果が失われるか否かについて、予想も評価もできない。
【発明の概要】
【0007】
従って本発明の目的は、う蝕病変をコントロールするための治療薬、特にう蝕病変の成長を回避もしくは遅延させるための治療薬を示す。特に、治療薬は所望の効果をもたらすことが保証されることが意図される。その調製は簡単かつ廉価であり、可能な場合には上記の欠点が最小限度まで回避もしくは低減されることが意図される。
【0008】
従って、本発明により、ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)に対する特異的結合能を有する非生存(nonlive)ラクトバシラス(Lactobacillus)組成物の製造方法であって、以下のステップ:
i)ストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能を有するラクトバシラスまたはラクトバシラス混合物の細胞懸濁液を40℃以下の出発温度から75〜85℃の低温殺菌温度まで、0.5〜2℃/分の温度変化で加温するステップであって、該特異的結合は
a)熱処理に対して耐性であり、および/または
b)プロテアーゼ処理に対して耐性であり、および/または
c)カルシウム依存性であり、および/または
d)4.5〜8.5のpH範囲で起こり、および/または
e)唾液の存在下で起こるものである、上記ステップ、
ii)加温した懸濁液を低温殺菌温度に20〜40分間保持するステップ、
iii)ステップii)で保持した懸濁液を40℃以下の最終温度まで、0.5〜2℃/分の温度変化で冷却するステップ、
を含む、上記方法が提供される。
【0009】
このようなラクトバシラスはWO 2006/027265 A1号に開示されており、本発明の開示目的のために、該文献全体を参照により本明細書に組み入れる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
驚くべきことに、本発明に係る方法のステップに記載したような温和な条件下で低温殺菌することによって、ストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能をなお有しながら、生きた、代謝的に活性なラクトバシラス微生物が全くないか、もしくは本質的にない調製物を、本発明に従って選択されるラクトバシラスから首尾よく調製できることが明らかになった。従って、本発明に従って調製した調製物は抗う蝕原性効果を発揮するのに好適であり、従って虫歯の予防および/または治療のための治療薬として有用である。用語「虫歯」および「う蝕病変」は本明細書において互換可能に用いられ、歯の上もしくは中に弱くなった斑点が生じることで識別され、次第に歯の死に到らせる慢性感染性疾患をいう。虫歯は公知の方法で診断され得る。当業者は、この目的のために、例えばAngmar-Mansson and ten Boschの論文、Adv. Dent. Res. 7 (1993), 70-79を参照することができる。
【0011】
本発明の目的のために、用語「虫歯コントロール」または「う蝕病変(cariotic lesions)のコントロール」は、虫歯の予防を含む。従って、口腔内にS. ミュータンスを有さないヒトも、組成物がランダムに入り込むS. ミュータンス細胞に結合し、このようにしてその除去を容易にするものである限り、本発明に従って調製される他の組成物からの恩恵を受け得る。
【0012】
本発明の目的のために、用語「虫歯の治療」は、S. ミュータンス細胞量を低減させる目的での、適切な場合には、口内から、特に歯および歯間隙を含む口腔全体からS. ミュータンスを完全に除去するための、本発明に従って調製した組成物の虫歯を有する患者への投与も含む。
【0013】
S. ミュータンスに結合する能力に関し、本発明に従って選択される微生物は熱安定性が高い。これにより、生きたラクトバシラス細胞についてWO 2006/027265 A1号に記載されているS. ミュータンスへの結合の健康増進効果が、本発明における低温殺菌の後でさえも、それを失うのではなく、維持される。原理的には、微生物では低温殺菌によって多量の、例えばタンパク質が変性し、他の細胞成分は溶解もしくはダメージを受け、低温殺菌後には微生物の健康増進効果が通常失われることが予想されるため、これは特にまれなことである。実際、上記のWO 01/95741 A1号は単に、低温殺菌にもかかわらず、特定のラクトバシラスが腸管内菌叢に対する健康増進効果を維持することが可能であることを示すものである。しかしながら、構造、内容物および用途の点で、口腔は消化管とは全く異なり、従って当業者は最後に言及した文献の知見を本発明に適用することはできなかった。
【0014】
従って、本発明の更なる態様において、本発明に係る調製方法によって得られるもしくは得られた、ストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能を有するラクトバシラス組成物が提供される。このような組成物は、本発明に係る調製方法の上記した利点を実現し、特にヒトの身体における使用のための抗う蝕原性製品の調製に好適である。
【0015】
ラクトバシラス細胞は、好ましくはラクトバシラス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)、ラクトバシラス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)またはこれらの混合物の菌株の細胞から選択される。本発明に係る調製方法は、従ってラクトバシラス株、特にラクトバシラス・パラカゼイまたはラクトバシラス・ラムノサス株の純粋培養懸濁液で行うことができるが、2種、3種、4種、5種、6種、7種またはそれ以上の種類の菌株の混合物でも行うことができる。本発明に係る方法のために特に好ましいものはWO 2006/027265 A1で特定されたラクトバシラス種および菌株、特にそれぞれ2004年8月26日にDeutsche Sammlung fur Mikroorganismen und Zellkulturen, Mascheroder Weg 1b(ブラウンシュヴァイク、ドイツ)に寄託された、DSMZ番号がDSMZ 16667、DSMZ 16668、DSMZ 16669、DSMZ 16670、DSMZ 16671、DSMZ 16672およびDSMZ 16673の1つを有するものである。本発明の範囲内でラクトバシラス細胞に言及する限り、これは少なくとも好ましくは言及した株、および上記の株の2種、3種、4種、5種、6種または7種の混合物の細胞を意味するものとも理解される。当業者であれば、上記の1つの株の細胞の代わりに、またはそれに加えて、S. ミュータンスに対する特異的結合能を保持した変異した若しくは誘導された細胞系を本発明に係る方法において使用することも可能であることを理解する。
【0016】
ラクトバシラス細胞は、好ましくはストレプトコッカス・ミュータンスの血清型c(DSMZ 20523)および/または血清型e(NCTC 10923)および/または血清型F(NCTC 11060)に対する特異的結合能を有する。
【0017】
突然変異体、特に上記ラクトバシラス株の1つの突然変異体は、通常その核酸内に1以上の永久に遺伝する改変を有する。そのような改変は、通常はトランジションまたはトランスバージョン等の点突然変異も包含するが、核酸の1個以上の塩基の欠失、挿入および付加も包含し、それによって核酸が改変され、遺伝子産物の正常から外れた遺伝子発現および/または転写および/または翻訳、または不活化が引き起こされる。突然変異は自然に生じる場合もあり、あるいは、例えば化学物質もしくは放射線照射等の薬剤の作用によって引き起こされる場合もある。突然変異体およびそれに由来する細胞系を選択および取得する方法は、例えばSambrook, "Molecular cloning, a laboratory manual", Cold Spring Harbor Laboratory, NY, (2001)およびAusubel, "Current protocols in molecular biology", Green Publishing Associates and Wiley Interscience NY, (1989)に記載されている。当業者は、更なる情報をWO 2006/027265 A1号中に見出すことができる。
【0018】
本発明の目的のために、「特異的結合」または「特異的結合能」は、ストレプトコッカス・ミュータンスに対して、本発明に従って使用されるラクトバシラス細胞、または本発明に従って低温殺菌された細胞がS. ミュータンスに結合するが、口腔内に通常生じている残りの微生物のほとんど、または全てには実質的な量で結合しないことを意味する。本発明に従って選択される微生物は、好ましくはストレプトコッカス・サリバリウス(Streptococcus salivarius)、ストレプトコッカス・サリバリウス・サーモフィラス、ストレプトコッカス・オラリス、ストレプトコッカス・ミティスおよび/またはストレプトコッカス・サングイニス(Streptococcus sanguinis)の細胞に結合しない。本発明に従って使用されるラクトバシラス細胞は、特に好ましくはストレプトコッカス・サリバリウス・ssp. サーモフィラスAPI 50 CH(Biomerieux、フランス)、ストレプトコッカス・オラリス DSMZ 20066、ストレプトコッカス・オラリス DSMZ 20395、ストレプトコッカス・オラリス DSMZ 20627、ストレプトコッカス・ミティス DSMZ 12643、および/またはストレプトコッカス・サングイニス DSMZ 20567に結合しない。同様に、本発明に従って使用されるラクトバシラス細胞がストレプトコッカス以外の属の細菌に結合しない、すなわち例えばスタフィロコッカス属の細胞に結合しない場合も好ましい。特に好ましくは、スタフィロコッカス・エピデルミディス(Staphylococcus epidermidis)DSMZ 1798および/またはスタフィロコッカス・エピデルミディス DSMZ 20044に結合しない。結合能を試験するために、当業者は、WO 2006/027265 A1号に記載されたように、上記の細菌を本発明に従って選択されたラクトバシラス、または本発明に従って低温殺菌されたその残存物と体積比3:1で混合し、ラクトバシラスによって引き起こされる凝集を観察することによって行う。好適な方法は、上記の国際公開公報の明細書の実施例3に記載されている。
【0019】
従って好ましいのは、1種以上の好ましいラクトバシラス菌株、特にL. パラカゼイまたはL. ラムノサス、好ましくはDSMZ 16667、DSMZ 16668、DSMZ 16669、DSMZ 16670、DSMZ 16671、DSMZ 16672およびDSMZ 16673の1種以上の菌株、特に好ましくは少なくともDSM 16671および/または1つの上記の変異体もしくはそれに由来する細胞系の細胞を、第1のステップにおいて、40℃以下の出発温度から75〜85℃の低温殺菌温度まで0.5〜2℃の温度変化で懸濁液中で加温し、第2のステップで、該低温殺菌温度で20〜40分間(低温殺菌時間)保持し、そして続く第3のステップで、該懸濁液を40℃以下の最終温度まで0.5〜2℃の温度変化で冷却する、本発明に係る方法である。
【0020】
ステップi)における低温殺菌温度は好ましくは78〜80℃、特に好ましくは80℃である。このような低温殺菌温度によって、本発明に従って選択されたラクトバシラス細胞の速やかで、従って省エネルギー型の、しかし確実な破壊が首尾よく達成され、同時に生きたラクトバシラス細胞の殺菌されていない培養物と比較して結合能はほとんど失われない。
【0021】
低温殺菌時間は好ましくは25〜35分間、特に好ましくは30分間である。特に78〜80℃(好ましくは80℃)の低温殺菌温度で、本発明に従って選択されたラクトバシラス細胞の、ラクトバシラス細胞の生きた培養物と比較してS. ミュータンス結合能の消失の少ない速やかな破壊が可能であることが明らかになった。
【0022】
同様に、ステップi)またはiii)における温度変化が1分間当たり0.8〜1.2℃、好ましくは1分間当たり1℃であるのが好ましい。この方法で、低温殺菌温度に達するまでの昇温時間は有利には短くし、エネルギーを節約することができ、それによってラクトバシラス細胞が破壊される危険がなく、またはS. ミュータンスに対する結合能が大きく消失してしまうこともない。
【0023】
特に好ましいものはまた、1種以上の好ましいラクトバシラス菌株、特にL. パラカゼイまたはL. ラムノサス、好ましくはDSMZ 16667、DSMZ 16668、DSMZ 16669、DSMZ 16670、DSMZ 16671、DSMZ 16672およびDSMZ 16673株の1種以上、特に好ましくは少なくともDSM 16671および/または上記の変異体もしくはそれに由来する細胞系の細胞を、第1のステップで、40℃以下の出発温度から78〜80℃、好ましくは80℃の低温殺菌温度まで、0.8〜1.2℃、好ましくは1℃の温度変化で懸濁液中で加温し、第2のステップで、該低温殺菌温度で25〜35分間、好ましくは30分間(低温殺菌時間)保持し、そして続く第3のステップで、懸濁液を40℃以下の最終温度まで、0.8〜1.2℃、好ましくは1℃の温度変化で冷却する、本発明に係る方法である。
【0024】
本発明に従って低温殺菌される細胞は、好ましくは指数増殖期後のものである。本発明に係る調製方法のステップi)において、最初は指数増殖が可能であったが、グルコース濃度が1mM以下の値に下がった培地からの細胞を使用することが特に好ましい。ここで、グルコース濃度が1時間までの間1mM以下の値に下がった細胞を使用することが好ましい。そうでなければ、本発明に係る調製方法、すなわちステップiii)、適切な場合には以下に記載する洗浄ステップもしくは噴霧乾燥ステップの結果得られる産物のストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能は失われ始めるためである。
【0025】
本発明に係る方法は更に好ましくは、低温殺菌した細胞を濃縮するためにステップiii)で得られた懸濁液を遠心分離し、得られた濃縮細胞を水で処理し、細胞を再度濃縮するために再度遠心分離する洗浄ステップを含む。得られた濃縮細胞は10〜30重量%、好ましくは18〜22重量%の乾物含量を有する物質として存在する。
【0026】
本発明において特に好ましいのは、(特にラクトバシラス株DSMZ 16667、DSMZ 16668、DSMZ 16669、DSMZ 16670、DSMZ 16671、DSMZ 16672およびDSMZ 16673、または上記の変異体もしくはこれに由来する細胞系、またはL. パラカゼイもしくはL. ラムノサスの株の1種、または2種、3種、4種、5種、6種もしくは7種の混合物に適用される)ステップi)〜iii)、および適切な場合には洗浄の他に、以下のステップを含む方法である:
iv)ステップiii)で得られ、好ましくは洗浄した懸濁液を、アルカリ金属硫酸塩およびアルカリ土類金属硫酸塩、好ましくは硫酸ナトリウム、硫酸カリウムまたは硫酸カルシウム、およびこれらの硫酸塩の2種以上の混合物から選択され、噴霧乾燥用混合物の乾物含量が10〜30重量%となるように量が選択される、噴霧乾燥用混合物の調製のための担体で処理し、そして
v)ステップiv)で得られた噴霧乾燥用混合物を噴霧乾燥する。
【0027】
噴霧乾燥は、乾燥する物質を非常に厳しい条件、特に例えば70℃〜200℃の温度にさらす。本発明に従って選択されるラクトバシラス細胞でさえも、S. ミュータンスに対する特異的結合能を有意に消失することなく噴霧乾燥中に生じる厳しい条件に耐え得るか否かは知られていなかった。更に、本発明に従ってステップiv)で多量の担体を用いた場合、S. ミュータンスに対する更なる結合に関わるラクトバシラスの表面構造が変性もしくは損傷されることが予想された。驚くべきことに、選択された条件下で、S. ミュータンスに対する結合能を実質的に消失することなしに、ステップiii)において得られる懸濁液の噴霧乾燥が可能であることが見出された。
【0028】
本発明に係る噴霧乾燥方法および調製される本発明に係る噴霧乾燥組成物の利点のいくつかは、特に注目すべき価値がある:単純な低温殺菌と対照的に、本発明に係る噴霧乾燥によって、粘着性もしくは吸湿性がない組成物が得られる。この文脈において、吸湿性とは、温度20℃、相対湿度50%で12ヶ月間屋外貯蔵した場合に、組成物の重量増加が2%以下であることを意味する。従って、調製された本発明に係る組成物は、乾燥製品におけるプロセシングに特に好適である。水を引き付ける、または特に粘着性があることの結果として、これらの製品の特性に悪影響を及ぼすことがないであろう。
【0029】
本発明に係る調製方法は更に、自由流動する本発明の組成物を調製することを可能とする。粒子状の自由流動組成物は、特に容易に保存し、加工することが可能であり、非常に広範囲の製品に組み込むことができ、かつ非常に正確に用量調整することができる。本発明に係る噴霧乾燥方法によって得られる本発明の組成物は、ステップiii)の後に直接得られる懸濁液よりもずっと広い範囲の製品に経済的に重要なスケールで組み込むことができる。
【0030】
ステップiv)における担体として特に好ましいものは硫酸ナトリウムである。担体、特に好ましくは硫酸ナトリウムの量は、好ましくはステップiii)から使用する懸濁液の乾物の数倍である。ステップv)における噴霧乾燥のために使用する噴霧乾燥用混合物は、この場合、およそ20重量%の乾物総量を含むであろう。
【0031】
噴霧乾燥は、ステップv)において、好ましくは乾燥のために用いる噴霧乾燥用ガスのガス注入口での温度が180〜250℃、乾燥のために設けられた区画(通常は噴霧塔)からのガス排出口での温度が70〜100℃、好ましくは85℃、乾燥させる物質の噴霧乾燥用ガスの反応区域内での平均滞留時間が10〜60秒間、好ましくは20〜40秒間で、行われる。当業者は、WO 01/25411 A1号に記載された情報から噴霧乾燥に関して更にガイダンスを得ることができる。この文献には、噴霧乾燥酵素製品の調製のための好適な噴霧乾燥方法が一般的に記載されている。驚くべきことに、本発明において好ましいより高温においても、S. ミュータンスに対する結合能を実質的に失うことなく噴霧乾燥が可能であることが明らかになった。このことは、WO 01/25411 A1号に基づいて予測することはできなかった。その理由は、特に、この文献が低温殺菌に続く噴霧乾燥ステップの実施例を一例も記載しておらず、当業者はこの文献が非常に広範囲とされる酵素に対する噴霧乾燥の好適性について推測的なものであると考えるためである。
【0032】
従って、特に好ましい本発明に係る方法は以下のものである:
(i)1種以上の好ましいラクトバシラス菌株、特にL. パラカゼイまたはL. ラムノサス、好ましくはDSMZ 16667、DSMZ 16668、DSMZ 16669、DSMZ 16670、DSMZ 16671、DSMZ 16672およびDSMZ 16673株の1種以上、特に好ましくは少なくともDSM 16671および/または上記の変異体もしくはこれに由来する細胞系の指数増殖期後の細胞を、第1のステップで、40℃以下の出発温度から78〜80℃、好ましくは80℃の低温殺菌温度まで、0.8〜1.2℃、好ましくは1℃の温度変化で懸濁液中で加温し、続いて
(ii)懸濁液を低温殺菌温度で25〜35分間、好ましくは30分間保持し、続いて
(iii)懸濁液を40℃以下の最終温度まで、0.8〜1.2℃、好ましくは1℃の温度変化で冷却し、続いて上記のように水で洗浄し、遠心分離によって10〜30重量%、好ましくは18〜22重量%の乾物含量となるようにし、続いて
(iv)懸濁液を、噴霧乾燥用混合物を調製するための、硫酸ナトリウム、硫酸カリウムおよび硫酸カルシウム、およびこれらの2種以上の混合物、および特に好ましくは硫酸ナトリウムから選択される担体で処理し、担体の量は、噴霧乾燥用混合物の乾物含量が10〜30重量%となるように選択し、続いて
(v)ステップiv)で得られた担体含有懸濁液を、乾燥のために用いる噴霧乾燥用ガスのガス注入口での温度が180〜250℃、乾燥のために設けられた区画(通常は噴霧塔)からのガス排出口での温度が70〜100℃、好ましくは85℃、乾燥させる物質の噴霧乾燥用ガスの反応区域内での平均滞留時間が10〜60秒間、好ましくは20〜40秒間で、噴霧乾燥する。
【0033】
この方法によって、本発明の上記の利点が実現される。
【0034】
ストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能を有する本発明に係るラクトバシラス組成物は、ステップi)〜iii)および場合によってiv)〜v)を有する方法によって得ることができ、もしくは得られ、好ましくはヒトの身体における使用のために製品中に組み込まれる。ヒトの身体に、特に口腔内に入れることによって、および/または歯と接触させることによって使用すると、本発明に係る組成物を使用して虫歯の予防を実施することが実際に可能である。
【0035】
本発明に係る製品は、S. ミュータンスに対する結合および/または抗う蝕原性効果の取得のために十分な量で本発明に係る組成物を含む。この量は対象製品の性質および医薬の形態に依存する。特に、この量はまた、S. ミュータンスに対する可能な結合または可能な抗う蝕原性効果の具体的に望まれる程度に依存する。製品に応じて、当業者は、慣用の実験により、望ましい効果の程度、製品の性質および医薬形態に関して十分な本発明に係る組成物の量を容易に決定するであろう。特に、当業者は、本発明に係る組成物で製品を被覆でき、あるいは混合によって製品に本組成物を組み込ませることができることを考慮するであろう。
【0036】
本発明に係る製品は、好ましくは、高級食品を含む食品、飲料品、半製品、口腔衛生製品、化粧品および医薬品からなる群より選択される。対応する製品はWO 2006/027265 A1号に記載されている。
【0037】
特に好ましい製品は、チューインガム、練り歯磨き、洗口液およびロゼンジである。
【0038】
以下、本発明を実施例を参照しながら記載するが、実施例は特許請求の範囲を制限することを意図するものではない。
【実施例1】
【0039】
一般的調製方法
ストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能を有するラクトバシラス細胞を、好適な水性栄養培地中、37℃で培養する。ここで、特異的結合は、
a)熱処理に対して耐性であり、および/または
b)プロテアーゼ処理に対して耐性であり、および/または
c)カルシウム依存性であり、および/または
d)4.5〜8.5のpH範囲で起こり、および/または
e)唾液の存在下で起こる。
【0040】
好適な栄養培地は、グルコース、酵母抽出物、Tween 80および塩を含有する。培養は、フェドバッチ操作で水性懸濁液として行う。
【0041】
栄養培地のグルコース含量が1mM以下に下がるとすぐ、またはこの時点から1時間以内に、懸濁液を75〜85℃、好ましくは78〜80℃の低温殺菌温度まで加温する。この文脈で、懸濁液は、0.5〜1.2℃/分、好ましくは0.8〜1.2℃/分の温度変化で加温される。
【0042】
加温した懸濁液は、低温殺菌温度で20〜40分間、好ましくは25〜35分間、特に好ましくは30分間保持する。
【0043】
次に懸濁液を40℃以下に冷却する。この文脈で、温度変化は0.5〜2℃/分、好ましくは0.8〜1.2℃/分である。
【0044】
冷却された懸濁液を、次に遠心分離によって乾物含量が10〜30重量%となるまで濃縮する。得られた濃縮物を水に再懸濁させ、再び遠心分離によって乾物含量が10〜30重量%となるまで濃縮する。再懸濁および濃縮は、合計8回まで実施する。最後に、乾物含量が10〜30重量%の洗浄したバイオマスが得られる。
【0045】
このバイオマスは、実施例の冒頭で記載したような、ストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能をなおも保持している。このバイオマス自体を、高級食品を含む食品、飲料品、半製品、口腔衛生製品、化粧品または医薬品に、これらの製品に虫歯コントロール能を持たせるために、またはこれらの製品が既に持っている虫歯コントロール能をサポートするために、組み入れることができる。
【実施例2】
【0046】
口腔ケア組成物の調製
本発明に従って定義された、ストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能を有するL. パラカゼイまたはL. ラムノサスの培養物を、実施例1に記載したように培養し、低温殺菌し、洗浄する。低温殺菌温度は80℃である。低温殺菌時間は30分間である。温度変化はそれぞれ0.8〜1.2℃/分である。最初の遠心分離後に得られた濃縮懸濁液を、水を添加することによって、乾物含量が再懸濁液の5重量%になるまで再懸濁する。このようにして得られた再懸濁液を、乾物含量が20重量%になるまで再度遠心分離する。
【0047】
得られた洗浄・濃縮したバイオマスを、水性担体および香味料(flavoring)で処理する。これにより、虫歯コントロールのための洗口液(oral rinse)が得られる。
【0048】
同様にして、DSMZ 16667、DSMZ 16668、DSMZ 16669、DSMZ 16670、DSMZ 16671、DSMZ 16672またはDSMZ 16673を用いて調製した洗浄・濃縮バイオマスを得る。このバイオマスを、虫歯コントロールのための洗口液をそれぞれ得るために、水性担体および香味料で同様に処理する。
【0049】
チューインガムベース、練り歯磨きベースおよびロゼンジベースにそれぞれの洗浄・濃縮バイオマスを組み込み、所望の香味料を添加することによって、洗口液の代わりに虫歯コントロールのためのチューインガム、練り歯磨きおよびロゼンジを製造する。
【実施例3】
【0050】
一般的噴霧乾燥方法
10〜30%濃度のアルカリおよび/またはアルカリ土類サルフェート水溶液を調製することによって、基本の(basic)噴霧乾燥用溶液を調製する。実施例1に記載したようにして得られた洗浄・濃縮バイオマスを、噴霧乾燥用混合物を形成するための4倍量の基本の噴霧乾燥用溶液に再懸濁し、100容積単位のバイオマスから500容積単位の噴霧乾燥用混合物を得る。
【0051】
この噴霧乾燥用混合物を、噴霧乾燥塔に投入することによって噴霧乾燥する。噴霧乾燥塔には噴霧乾燥用ガスを充填し、このガスは噴霧乾燥塔への注入口の温度が180〜250℃、噴霧乾燥塔からの排気口の温度が70〜100℃である。噴霧乾燥用混合物は、噴霧乾燥塔内での平均滞留時間が60秒間以内である。
【0052】
噴霧乾燥によって得られた物質は、実施例1の冒頭で記載したように、ストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能をいまだ保持している。得られた噴霧乾燥物質は、それ自体、製品に虫歯コントロール機能を持たせるため、または既に存在する虫歯コントロール能をサポートするために、高級食品を含む食品、飲料品、半製品、口腔衛生製品、化粧品または医薬品に組み込むことができる。
【実施例4】
【0053】
更なる口腔ケア組成物の調製
本発明に従って定義された、ストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能を有するL. パラカゼイまたはL. ラムノサスの培養物を、実施例1に記載したように培養し、低温殺菌し、洗浄する。低温殺菌温度は80℃である。低温殺菌時間は30分間である。温度変化はそれぞれ0.8〜1.2℃/分である。最初の遠心分離後に得られた濃縮懸濁液を、水を添加することによって、乾物含量が再懸濁液の5重量%になるまで再懸濁する。このようにして得られた再懸濁液を、乾物含量が20重量%になるまで再度遠心分離する。
【0054】
この再懸濁液を、次いで実施例3に記載したような噴霧乾燥法で噴霧乾燥する。基本の噴霧乾燥用溶液は、20%濃度の硫酸ナトリウム水溶液である。噴霧乾燥用ガスの噴霧塔への注入口の温度は180〜250℃である。噴霧乾燥用ガスの噴霧塔からの排気口の温度は70〜100℃である。噴霧塔内での噴霧乾燥用混合物の平均滞留時間は10秒間である。
【0055】
これにより、噴霧乾燥された物質が得られる。噴霧乾燥された物質を水性担体および香味料で処理する。これにより、虫歯コントロールのための洗口液が得られる。
【0056】
同様にして、DSMZ 16667、DSMZ 16668、DSMZ 16669、DSMZ 16670、DSMZ 16671、DSMZ 16672またはDSMZ 16673を用いて噴霧乾燥物質を調製する。この物質を、虫歯コントロールのための洗口液をそれぞれ得るために、水性担体および香味料で同様に処理する。
【0057】
チューインガムベース、練り歯磨きベースおよびロゼンジベースにそれぞれの物質を組み込み、所望の香味料を添加することによって、洗口液の代わりに虫歯コントロールのためのチューインガム、練り歯磨きおよびロゼンジを製造する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)に対する特異的結合能を有する非生存(nonlive)ラクトバシラス(Lactobacillus)組成物の製造方法であって、以下のステップ:
i)ストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能を有するラクトバシラスまたはラクトバシラス混合物の細胞懸濁液を40℃以下の出発温度から75〜85℃の低温殺菌温度まで、0.5〜2℃/分の温度変化で加温するステップであって、該特異的結合は
a)熱処理に対して耐性であり、および/または
b)プロテアーゼ処理に対して耐性であり、および/または
c)カルシウム依存性であり、および/または
d)4.5〜8.5のpH範囲で起こり、および/または
e)唾液の存在下で起こるものである、上記ステップ、
ii)加温した懸濁液を低温殺菌温度に20〜40分間保持するステップ、
iii)ステップii)で保持した懸濁液を40℃以下の最終温度まで、0.5〜2℃/分の温度変化で冷却するステップ、
を含む、上記方法。
【請求項2】
ラクトバシラス細胞が、ラクトバシラス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)、ラクトバシラス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)またはこれらの混合物の菌株の細胞から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ラクトバシラス細胞が、ラクトバシラス・パラカゼイまたはラクトバシラス・ラムノサスの細胞から選択され、好ましくはDSMZ 16667、DSMZ 16668、DSMZ 16669、DSMZ 16670、DSMZ 16671、DSMZ 16672およびDSMZ 16673のDSMZ番号の1つを有するもの、または変異体もしくはこれに由来する細胞系であり、該変異体もしくはこれに由来する細胞系がストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能を保持したものである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ラクトバシラス細胞が、ストレプトコッカス・ミュータンスの血清型c(DSMZ 20523)および/または血清型e(NCTC 10923)および/または血清型F(NCTC 11060)に対する特異的結合能を有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
ステップi)における低温殺菌温度が78〜80℃である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
ステップi)および/またはiii)における温度変化が0.8〜1.2℃/分である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ステップi)における懸濁液の媒体が10mmol/L以下のグルコースを含有する、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
更に以下のステップ:
iv)ステップiii)で得られた懸濁液を、アルカリ金属硫酸塩およびアルカリ土類金属硫酸塩から選択される担体で処理して噴霧乾燥用混合物を調製するステップであって、担体の量は噴霧乾燥用懸濁液の乾物含量が10〜30重量%となるように選択される、上記ステップ、
v)ステップiv)で得られた噴霧乾燥用混合物を噴霧乾燥するステップ、
を含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
上記噴霧乾燥を、乾燥のために用いる噴霧乾燥用ガスのガス注入口の温度が180〜250℃、乾燥のために提供される区域、通常は噴霧塔からのガス排気口の温度が70〜100℃、好ましくは85℃、噴霧乾燥用ガスの反応区域内での乾燥させる物質の平均滞留時間が10〜60秒間、好ましくは20〜40秒間で実施する、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法によって得られる、または得られた、ストレプトコッカス・ミュータンスに対する特異的結合能を有するラクトバシラス組成物。
【請求項11】
請求項10に記載のラクトバシラス組成物を含有する、ヒトの身体における使用のための製品。
【請求項12】
高級食品を含む食品、飲料品、半製品、口腔衛生製品、化粧品および医薬品からなる群より選択される、請求項11に記載の製品。
【請求項13】
ヒトの身体における使用のための抗う蝕原性(anticariogenic)製品を調製するための、請求項10に記載のラクトバシラス組成物の使用。
【請求項14】
虫歯予防のための、および/またはヒトの口腔からストレプトコッカス・ミュータンスを除去するための方法であって、請求項10に記載の組成物および/または請求項11および12のいずれかに記載の製品をヒトの口腔と接触させるステップを含む、上記方法。

【公表番号】特表2013−510108(P2013−510108A)
【公表日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−537336(P2012−537336)
【出願日】平成22年10月11日(2010.10.11)
【国際出願番号】PCT/EP2010/065180
【国際公開番号】WO2011/057872
【国際公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【出願人】(508020155)ビーエーエスエフ ソシエタス・ヨーロピア (2,842)
【氏名又は名称原語表記】BASF SE
【住所又は居所原語表記】D−67056 Ludwigshafen, Germany
【Fターム(参考)】