説明

光ファイバの製造方法

【課題】破断強度の低下がなく、ボビンに巻き取られた内側巻層部の光ファイバ素線の動疲労係数Ndを改善した、光ファイバの製造方法を提供する。
【解決手段】光ファイバ母材10からガラスファイバ13を線引きした後、該ガラスファイバの表面をシランカップリング剤が添加された被覆樹脂16で被覆した後、ボビン22に巻き取る光ファイバの製造方法であって、ボビン22に巻き取られた状態の光ファイバ13bを密閉容器23内に収容し、該密閉容器内を減圧した後、水分を含むガスを導入して大気圧以上に加圧するサイクルを複数回繰り返す。なお、密閉容器内の減圧時の圧力は、大気圧より30kPa〜70kPa低い圧力であり、大気圧以上に加圧する際に導入する水分を含むガスは、湿度が50%以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光ファイバ母材からガラスファイバを線引きし、該ガラスファイバの外面を樹脂で被覆する光ファイバの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光ファイバは、光ファイバ母材を加熱溶融して外径125μm程度のガラスファイバを線引きし、線引きされたガラスファイバ(裸ファイバともいう)の外面に外径250μm程度の紫外線硬化樹脂の被覆層を施して形成される。このガラスファイバの外面に被覆層を1層または2層を施した状態のものは、光ファイバ素線とも言われている。この光ファイバ素線にさらに補強層が施され、若しくは、ファイバ識別用の着色層を施したものを光ファイバ心線と称している。
【0003】
上述の光ファイバは、長期にわたって比較的に小さい応力が連続して加わることがある。このような比較的に小さい応力でも、この応力負荷状態のままある時間経過すると、突然破断したりすることがある。このような光ファイバの破断を回避し、破断寿命を確保するためには、動疲労係数(Nd)を改善すればよいことが知られている。なお、Ndは、ガラスファイバ表面の傷の成長速度を表す指標として使用されているもので、Ndが大きければガラス表面の傷の成長が遅く、光ファイバは長期間破断しにくくなるとされている。
【0004】
この光ファイバのNdを大きくするには、例えば、ガラスファイバと上記の被覆層との密着力を高める方法が知られている。ガラスファイバと被覆層との密着性は、被覆層を形成する樹脂中のシランカップリング剤とその反応過程で決まる。被覆層の樹脂に添加されたシランカップリング剤は、まず樹脂中の水分と加水分解反応を起こし、その後ガラスファイバと結合するための脱水縮合反応を経て、ガラスファイバと被覆層とが密着される。これには、被覆層の樹脂中に加水分解するための水分を含んでいることが必要である。
【0005】
線引きされたガラスファイバに被覆層を施した直後の光ファイバ素線は、ボビンで巻き取られるが、巻き取り終えた状態で巻胴側に巻かれた部分(内側巻層部)は、表面側に巻かれた部分(外側巻層部)により被われ、大気に曝されにくい状態となる。このため、上述のシランカップリング剤との加水分解反応に必要な十分な水分の取り込みが難しく、また、もともと樹脂中に存在した微量の水分で加水分解反応を起こしたとしても、その後の脱水縮合反応で生じたアルコールを主成分とするガスの排出がし難い状態となる。この結果、ボビンの外側巻層部の光ファイバ素線のNdに対して、ボビンの内側巻層部の光ファイバ素線のNdが向上せず、均一な品質の光ファイバが得にくいという問題があった。
【0006】
そこで、これを改善するために、硬化前の樹脂に予め水分を添加することが考えられるが、樹脂の保存中に上記の加水分解反応が生じて変質するという問題がある。また、光ファイバの線引き速度が1500m/min以上の高速になると、ガラスファイバに被覆樹脂が塗布され光ファイバ素線とされた後、ボビンに巻き取られるまでの間で大気に曝される時間が極めて短い。このため、ボビンの内側巻層部(下口側ともいう)の光ファイバ素線は、被覆樹脂層内に十分な水分を取り込むことが難しくなっている。
【0007】
これに対し、例えば、特許文献1には、ガラスファイバに被覆用の樹脂を塗布する直前に、ガラスファイバ表面に水分を供給し、ガラスファイバと被覆樹脂層との密着性を向上させることが開示されている。
また、特許文献2には、光ファイバの動疲労特性と側圧特性を同時に改善する被覆用樹脂組成物が開示され、動疲労係数(Nd)を20以上とすることが開示されている。また、特許文献3にも、光ファイバの2層で形成される被覆層の外側の被覆層の透湿率を規定することにより、動疲労係数(Nd)を20以上にすることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−34137号公報
【特許文献2】特開2003−241032号公報
【特許文献3】特開2004−341104号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
近年の光ファイバは、その用途拡大から、小径に曲げた状態での使用が増加しており、このような状態での機械的な破断寿命を保証するために、上記のNdを向上させることが要望されている。従来、Ndは、18〜20程度が世界的な規格とされてきたが、近年ではこれ以上の高い値のものが求められるようになっている。Ndは、ガラスファイバ表面のクラックの状態と被覆樹脂層との密着力が影響する。この密着力は、光ファイバの線引き後(製造後)に徐々に増加するが、シランカップリング剤が反応する期間は40日程度であるので、できるだけ早期(40日以内)に所定値に達することも必要とされる。
【0010】
上記の特許文献1には、被覆樹脂でコーティングする前に、ガラスファイバ表面に水分を付与することで、ガラスファイバと被覆樹脂層との密着力を高めることが開示されているが、これによりNdがどの程度となるかの開示がなく、また、ガラスファイバの表面に直接水分が付着するとクラックが発生するため、破断強度が低下する虞もある。また、特許文献2,3には、被覆樹脂材料によるNdの向上について開示されているが、Ndは20以上としているだけで、その具体的なデータについては開示がなく、また、新たな被覆樹脂材料を開発するには、相当の開発コストが必要である。
【0011】
本発明は、上述した実状に鑑みてなされたもので、ボビンに巻き取られた内側巻層部の光ファイバ素線の動疲労係数Ndを改善した、光ファイバの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明による光ファイバの製造方法は、光ファイバ母材からガラスファイバを線引きした後、該ガラスファイバの表面をシランカップリング剤が添加された被覆樹脂で被覆した後、ボビンに巻き取る光ファイバの製造方法であって、ボビンに巻き取られた状態の光ファイバを密閉容器内に収容し、該密閉容器内を減圧した後、水分を含むガスを導入して大気圧以上に加圧するサイクルを複数回繰り返すことを特徴とする。
なお、密閉容器内の減圧時の圧力は、大気圧より30kPa〜70kPa低い圧力であり、大気圧以上に加圧する際に導入する水分を含むガスは、湿度が50%以上であることが好ましい。また、減圧した後、大気圧以上に加圧するサイクルは、3回以上繰り返すことが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、線引き工程でボビンに巻き取られた内側巻層部の光ファイバ素線に対して、加圧及び減圧によりシランカップリング剤との加水分解反応に必要な水分を付与することができ、減圧により脱水縮合反応で生じたアルコールの排出をし易くすることができるので、内側巻層部の動疲労係数Ndの向上を図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明による光ファイバの製造方法の概略を説明する図である。
【図2】本発明による光ファイバの製造で、経過日数と内層巻層部の光ファイバNdとの関係を調べた試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1により本発明の実施の形態を説明する。図において、10は光ファイバ母材、11は線引き炉、12は加熱ヒータ、13はガラスファイバ、13aは被覆樹脂が硬化された光ファイバ(光ファイバ素線)、14は冷却装置、15は被覆樹脂塗布用のダイス、16は被覆樹脂、17は紫外線照射装置、18は案内ローラ、19はキャプスタン、20はダンサローラ、21はガイドローラ、22はボビン、23は密閉容器、23aはガス供給口、23bは減圧口を示す。
【0016】
本発明における光ファイバの製造方法の基本構成自体は、図1(A)に示すように、従来とほぼ同じである。すなわち、光ファイバ母材10が線引き炉11内にセットされた後、加熱ヒータ12により順次加熱溶融されて、ガラスファイバ13が線引きされる。光ファイバ母材10は、製造される光ファイバの光伝送特性が得られるように、例えば、GeOが添加されたコア部と、コア部の外周に設けられた高純度の石英ガラスからなるクラッド部とを有している。そして、ガラスファイバ13は、通常、標準外径125μmとなるように線引きされる。
【0017】
次いで、線引き直後のガラスファイバ13は、冷却装置14により所定の温度まで冷却される。この後、ガラスファイバ13が被覆樹脂塗布用のダイス15を通ることにより、ガラスファイバ13の表面に被覆樹脂16が塗布される。ガラスファイバ13を保護する被覆樹脂16には、例えば、シランカップリング剤が添加された紫外線硬化型のウレタンアクリレート樹脂等が用いられ、その硬化後の被覆樹脂層の外径が250±15μm程度となるように塗布成形される。また、被覆樹脂層は、1層または2層で形成され、2層で形成の場合は、内側の層を軟質にしてクッション性を持たせ、外側の層を硬質にして外力等に対する耐性を持たせるようにされる。
【0018】
紫外線硬化樹脂等の被覆樹脂16が塗布された状態の光ファイバは、紫外線照射装置17により塗布された樹脂が硬化されて、被覆樹脂層で保護された光ファイバ素線13aとされる。この光ファイバ素線13aはガイドローラ18を経て、キャプスタンローラ19により引取られる。キャプスタンローラ19により引取られた光ファイバ素線13aは、ダンサローラ20、ガイドローラ21等を経て巻き取り用のボビン22により巻き取られる。
【0019】
本発明は、ボビン22に巻き取られた状態の光ファイバ素線13aを、図1(B)に示すように、密閉容器23内に収容し、容器内を減圧した後、水分を含むガスを導入して大気圧以上に加圧するサイクルを複数回繰り返すことを特徴としている。密閉容器23は、ガス導入口23aとガス排気口23bを有し、バルブの開閉等を制御することで容器内を所定の減圧状態と加圧状態にすることが行える構成のものが用いられる。
【0020】
図1(C)は、減圧と加圧の制御形態の一例を説明する図で、大気圧(103.3kPa)を基準に行われる。減圧は、例えば、6分ほどかけて大気圧より30kPa〜70kPa低い気圧となるように排気(真空引き)するのが好ましい。減圧の程度が大気圧に対して30kPa未満だと、容器内ガスの置換の効率が悪く、減圧の程度が大気圧に対して70kPaを超える場合は、光ファイバ素線の被覆樹脂層が損傷する可能性がある。
【0021】
所定の減圧状態に到達した後、水分を含むガスを導入して、大気圧より多少高く(数kPa)なる程度に加圧する。この加圧は、減圧された状態から3分程度かけてゆっくり加圧する。加圧用の導入ガスは、水分を含んだ湿気のあるガスで、例えば、アルゴンガスや窒素ガスの他、空気であってもよい。導入ガスの湿度は、後述するように50%以上であるのが好ましい。
【0022】
なお、密閉容器内の圧力が所定の減圧値に達したら、直ちに加圧に移っても良いが、多少の時間をおいて加圧を開始するようにしてもよい。また、加圧から減圧に移るに際しては、直ちに減圧するより多少の時間(30分程度)を経て減圧する方が好ましい。
密閉容器23内を大気圧から上記の所定の圧力まで減圧した後、所定の圧力まで加圧し、大気圧に戻すまでの1回の工程を1サイクルとすると、後述するように3サイクル以上繰り返すことが好ましい。
【0023】
この減圧と加圧の繰り返しで、減圧によりボビン22に巻き取られた内側巻層部の光ファイバ素線にもガスが浸透しやすいようにすると共に、もともと樹脂中に存在した微量の水分で加水分解反応した後の脱水縮合反応で生じたアルコールを主成分とするガスの排出を促進させることができる。そして、加圧により、ガスが浸透しやすい状態となっている内側巻層部の光ファイバ素線に対して、湿気のあるガスを拡散接触させ、被覆樹脂層内にシランカップリング剤の加水分解反応に必要な水分を取り込ませるのを促進させることが可能となる。
【0024】
図2は、ボビンに巻き取られた光ファイバ素線に上記処理をした後の経過日数と、内側巻層部の光ファイバの動疲労係数(Nd)の関係を示した図である。動疲労係数(Nd)の測定は、IEC(国際電気標準会議)が定めたIEC60793−1−33に規定された試験方法によって行った。
図2(A)は、減圧〜加圧のサイクルを行わなかった場合(0サイクル)と、加圧時の導入ガスの湿度を50%及び70%として減圧〜加圧のサイクルを3回繰り返した場合の試験結果である。この試験結果から、減圧〜加圧のサイクルを行わない場合は、Ndは経過日数に係らず、増加することはなかった。
【0025】
これに対し、減圧と水分を含むガスで加圧する処理を行った場合は、経過日数とともにNdを増加させることがわかる。また、水分を含むガスの湿度は、高い方がその効果は大きく、湿度50%で処理を行った場合に比べ、湿度70%で処理を行った方が、減圧〜加圧のサイクルが同じ3回であっても、最終的なNdの値を、大きくすることができる。
【0026】
図2(B)は、減圧〜加圧のサイクルを行わなかった場合(0サイクル)と、加圧時の導入ガスの湿度を50%とし、減圧〜加圧のサイクルを3回以上(3サイクル、10サイクル、30サイクル)繰り返した場合の試験結果である。この試験結果から、湿度が同じであっても、減圧〜加圧のサイクルの回数を多くすることにより、Ndを更に増加させることが可能であることが判明した。しかし、減圧〜加圧のサイクルを3回から10回にした場合は、最終的なNdの値を大きく(この場合「23」→「26」)増やすことができるのに対し、減圧〜加圧のサイクルをさらに増やして30回にしても、最終的なNdの値はあまり変わらない(この場合「26」→「27」)。
【0027】
但し、減圧〜加圧のサイクルを10回にした場合は、Ndが飽和値に到達するのに30日程度を要しているのに対し、減圧〜加圧のサイクルを30回とした場合は、Ndは飽和値に10日程度で到達している。すなわち、最終的には飽和値になるとしても、減圧〜加圧のサイクルを多くすることで、早期に所定のNd値に到達させることができる。この結果、光ファイバの製造から出荷までの日数が短い場合においても、早期に動疲労係数を良好な範囲の値にすることが可能となる。
【符号の説明】
【0028】
10…光ファイバ母材、11…線引き炉、12…加熱ヒータ、13…ガラスファイバ、13a…被覆樹脂が硬化された光ファイバ(光ファイバ素線)、14…冷却装置、15…被覆樹脂塗布用のダイス、16…被覆樹脂、17…紫外線照射装置、18…案内ローラ、19…キャプスタン、20…ダンサローラ、21…ガイドローラ、22…ボビン、23…密閉容器、23a…ガス供給口、23b…減圧口。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光ファイバ母材からガラスファイバを線引きした後、該ガラスファイバの表面をシランカップリング剤が添加された被覆樹脂で被覆した後、ボビンに巻き取る光ファイバの製造方法であって、
前記ボビンに巻き取られた状態の光ファイバを密閉容器内に収容し、前記密閉容器内を減圧した後、水分を含むガスを導入して大気圧以上に加圧するサイクルを複数回繰り返すことを特徴とする光ファイバの製造方法。
【請求項2】
前記密閉容器内の減圧時の圧力は、大気圧より30kPa〜70kPa低い圧力であることを特徴とする請求項1に記載の光ファイバの製造方法。
【請求項3】
前記大気圧以上に加圧する際に導入する水分を含むガスは、湿度が50%以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の光ファイバの製造方法。
【請求項4】
前記減圧した後、大気圧以上に加圧するサイクルは、3回以上繰り返すことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の光ファイバの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−19984(P2013−19984A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−151614(P2011−151614)
【出願日】平成23年7月8日(2011.7.8)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】