説明

光学ガラスおよび光学素子

【課題】屈折率の低下を招くことなしに、ガラスの耐失透性を改善した光学ガラスを提供する。
【解決手段】モル%で、B:60%超え、75%以下、Bi:24%以上、39%以下、La:7%以下、Gd:7%以下およびZrO:7%以下の組成からなり、ガラス転移点(Tg)が500℃以下であり、屈折率(nd)が1.85以上で、かつ、アッベ数(νd)が15.0〜30.0の光学恒数を有することを特徴とする

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学ガラスに関し、特に、高屈折率で、耐失透性に優れた光学ガラスに関するものである。
また、本発明は、上記の光学ガラスを素材とする光学素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、デジタル光学機器の普及、発展に伴い、光学レンズの高性能化および小型化が要求されている。これらの要求に応えるには、精密プレス成形による非球面レンズを使用した光学設計が必要不可欠となっている。そして、この非球面レンズに使用される光学ガラスには、できるだけ屈折率(nd)が高いことが求められている。
【0003】
これらの要求に応えるべく、近年、Biを多量に含有させた光学ガラスの開発が盛んになってきた。
例えば、高屈折率の光学ガラスとして、特許文献1には、モル%でBiを25〜80%で含有させたものが、特許文献2には、質量%でBiを10%以上90%未満で含有させたものが、特許文献3には、質量%でBiを10%以上90%未満で含有させたものが、それぞれ提案されている。
また、特許文献4には、酸化物基準のモル%表示で実質的にBi:25〜70%を含む高屈折率プレス成形用ガラスが提案されている。
【0004】
しかるに、特許文献1〜4に記載の光学ガラスはいずれも、ガラスの安定性や成形性が十分とは言い難かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−327926号公報
【特許文献2】特開2007−106625号公報
【特許文献3】特開2007−99606号公報
【特許文献4】特開2002−201039号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記の問題を有利に解決するもので、屈折率の低下を招くことなしに、ガラスの耐失透性を改善した光学ガラスを、かかる光学ガラスを素材とした光学素子と共に提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
さて、発明者は、上掲した特許文献1〜4において、良好なガラスの耐失透性が何故得られなかったのか、その原因について調査した。
その結果、以下に述べる知見を得た。
(1)特許文献1〜3に開示の光学ガラスは、多量のBiを必要とする関係上、例えばSiOやBの合計量をモル%で60%以下に抑制せざるを得ないことから、ガラスの耐失透性の面で問題を残していた。
したがって、ガラスの耐失透性の面からはBを60%を超えて含有させることが望ましい。
しかし、Bを60%超えて多量に含有させると、やはり屈折率の低下が懸念される。
そこで、発明者はこの点を解決すべくさらに研究を重ねた結果、Bを60モル%を超える場合であっても、La、GdおよびZrOを併せて含有させてやれば、所期した目的を達成できることが判明した。
【0008】
(2)なお、特許文献4に開示の光学ガラスにも、La、GdおよびZrOが含有されておらず、ガラスの耐失透性に問題を残していた。
したがって、ガラスの耐失透性の面から、La、GdおよびZrOを併せて含有させた方が好ましいとの知見を得た。
【0009】
本発明は、上記の知見に立脚して、種々の検討を重ねた末に完成されたものである。
すなわち、本発明の光学ガラスは、Bを60モル%より多く含有させるBi系光学ガラスにおいて、La、Gd、ZrOを適量含有させ、かつ、アルカリ金属酸化物やアルカリ土類金属酸化物、ZnOを含有させないことを組成上の特徴とするものである。
【0010】
以下、本発明について説明する。
1.モル%で、B:60%超え、75%以下、Bi:24%以上、39%以下、La:7%以下、Gd:7%以下およびZrO:7%以下の組成からなることを特徴とする光学ガラス。
2.La、GdおよびZrOの合計量が0.3〜10%であることを特徴とする1に記載の光学ガラス。
3.前記光学ガラスが、モル%で、さらに、SiO:5%以下、GeO:5%以下、Ta:5%以下、Nb:5%以下およびWO:5%以下、Sb:1%以下のうちから選んだ一種または二種以上を含むことを特徴とする1または2に記載の光学ガラス。
4.ガラス転移点(Tg)が500℃以下であり、屈折率(nd)が1.85以上で、かつ、アッベ数(νd)が15.0〜30.0の光学恒数を有することを特徴とする1〜3のいずれかに記載の光学ガラス。
5.1〜4のいずれかに記載の光学ガラスからなる光学素子。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、屈折率の低下を招くことなしに、ガラスの耐失透性および成形性を併せて向上させた光学ガラスを得ることができる。
また、本発明によれば、かかる光学ガラスを素材とすることにより、ガラスの耐失透性に優れた光学素子を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について具体的に説明する。
まず、本発明において、ガラス組成を上記の範囲について説明する。なお、成分に関する「%」表示は、「モル%」を意味するものとする。
【0013】
[B:60%超え、75%以下]
本発明において、Bは特に重要な成分である。このBは、ガラスの網目構造を形成して、屈折率の低下をほとんど招くことなしに耐失透性を向上したガラスを得ることができる。また、ガラスの溶融性を高めて、溶融温度を低く抑えることができ、その結果、ガラスの着色を抑えて、可視光領域での透過率が向上させることができる。
しかしながら、B含有量が60%以下では、耐失透性が悪化するおそれがあり、一方、75%を超えると所望の屈折率を得られなくなるので、Bは60%超え、75%以下の範囲とする。好ましくは60.1%以上74.5%以下の範囲である。
【0014】
[Bi:24%以上、39%以下]
本発明において、Biはガラスの高屈折率化と高分散化に大きく寄与し、さらにガラス転移点(Tg)を下げる効果も併せ持つ非常に重要な成分である。
しかしながら、Bi含有量が24%未満では、所望の高屈折率と高分散を得ることができず、一方、39%を超えると耐失透性が低下し、ガラス化が困難になるおそれがあるので、Biは24%以上、39%以下の範囲とする。好ましくは、24.5以上、38.5%以下の範囲である。
【0015】
[La:7%以下(但し、0%を含まない)]
本発明において、Laは重要な成分である。本発明では、上述したとおり、ガラスの耐失透性の面から60%超のBを含有させるので、それに反比例してBiの含有量が低減し、その分屈折率の低下が懸念される。Laの添加は、上記のおそれを払拭するもので、このLaと後述するGd、ZrOを複合含有させることにより、屈折率の低下を効果的に抑制することができる。すなわち、Laはガラス屈折率の向上に有効に寄与し、また、化学的耐久性や耐失透性の向上に大きな効果を発揮する。
しかしながら、La含有量が7%を超えると、ガラスの溶融性や耐失透性が低下するのみならず、ガラス転移点(Tg)が上昇するおそれがあるので、Laは7%以下とする。好ましくは6%以下である。なお、上記の効果を十分に得るためには、Laは0.2%以上含有させることが好ましい。
【0016】
[Gd:7%以下(但し、0%を含まない)]
上述したとおり、GdはLaやZrOとともに、屈折率の低下を抑制するために重要な成分である。また、このGdは、Laと併用して含有させることにより耐失透性を向上させる効果もある。
しかしながら、Gd含有量が7%を超えると、ガラスの溶融性や耐失透性が悪化するおそれがあるので、Gdは7%以下とする。好ましくは6%以下である。なお、上記の効果を十分に得るためには、Gdは0.2%以上含有させることが好ましい。
【0017】
[ZrO:7%以下(但し、0%を含まない)]
同じく、ZrOも屈折率の低下を抑制する上で重要な成分である。また、このZrOは、耐失透性を高め、化学的耐久性を向上させる効果もある。
しかしながら、ZrO含有量が7%を超えると、ガラスの溶融性や耐失透性が悪化するおそれがあるので、ZrOは7%以下とする。好ましくは6%以下である。なお、上記の効果を十分に得るためには、ZrOは0.1%以上含有させることが好ましい。
【0018】
なお、La、GdおよびZrOの合計量が、例えば0.3%に満たないと屈折率および耐失透性の改善効果が弱く、一方10%を超えると耐失透性の劣化が無視できなくなるので、その合計量は0.3〜10%とすることが好ましい。より好ましくは0.5〜9%の範囲である。
【0019】
以上、本発明における必須成分について説明したが、本発明ではその他にも以下に述べる成分を適宜含有させることができる。
【0020】
[SiO:5%以下(但し、0%を含まない)]
SiOは、ガラスの網目を形成して、ガラスの耐失透性を向上させる有効成分である。
しかしながら、SiO量が5%を超えると溶融温度の高温化を招き、ガラスの着色が濃くなるので、SiO量は5%以下で含有させることが望ましい。好ましくは4%以下である。
【0021】
[GeO:5%以下(但し、0%を含まない)]
GeOは、SiOと同様、ガラスの網目を形成して、ガラスの耐失透性の向上に有用な成分である。
しかしながら、GeO量が5%を超えると、還元性が強いことからガラスの着色が濃くなるおそれがあるので、GeO量は5%以下とすることが好ましい。より好ましくは4%以下である。
【0022】
[Ta:5%以下(但し、0%を含まない)]
Taは、ガラスの屈折率を高める効果があるだけでなく、ガラスの耐失透性を向上させる上でも有効な成分である。
しかしながら、Ta量が5%を超えるとガラスの耐失透性が悪化するので、Ta量は5%以下とすることが好ましい。より好ましくは4%以下である。
【0023】
[Nb:5%以下(但し、0%を含まない)]
Nbは、ガラスの屈折率を高めることができる有用な成分である。
しかしながら、Nb量が5%を超えるとガラスの溶融性や耐失透性が悪化するおそれがあるので、Nb量は5%以下とすることが好ましい。より好ましくは4%以下である。
【0024】
[WO:5%以下(但し、0%を含まない)]
WOは、ガラスの屈折率を高めることができる有用な成分である。
しかしながら、WO量が5%を超えると耐失透性が悪化するおそれがあるので、WO量は5%以下とすることが好ましい。より好ましくは4%以下である。
【0025】
[Sb:1%以下(但し、0%を含まない)]
Sbは、ガラスの着色改善や脱泡のために添加することができ、Sbなどの、工業上周知の脱泡成分は1%以下で十分に効果を有する。
【0026】
ところで、従来の光学ガラスではアルカリ金属酸化物(LiO、NaO、KO)を添加することで、ガラスの溶融性を高め、ガラス転移点(Tg)を下げる効果を得ることができるが、本発明者の研究によれば、このアルカリ金属酸化物の添加は、ガラスの網目を切断して結合の弱体化を招き、その結果、耐失透性や化学的耐久性が悪化したり、プレス成形時に揮発し易くなることが判明した。そこで本発明では、かかるアルカリ金属酸化物は含有させないものとした。
なお、本発明では、これらアルカリ金属酸化物等を添加しなくても、特にBiを多く含有するため、耐失透性や溶融性等が悪化することなく、ガラス転移点の上昇は招くことはない。
【0027】
また、アルカリ土類金属酸化物(MgO、CaO、SrO、BaO)やZnOは、溶融性、耐失透性、化学的耐久性の向上に有効な成分であるが、本発明の光学ガラスでは、所望の屈折率が得られないことが判明したので、これらアルカリ土類金属酸化物も本発明では含有させないこととした。
なお、溶融性等についてはすでに述べたとおり、本発明の成分を調整することにより、十分満足のいく特性を得ることができる。
【0028】
上記した組成範囲からなる光学ガラスでは、ガラス転移点(Tg)が500℃以下、好ましくは400〜490℃の範囲であり、屈折率(nd)が1.85以上、好ましくは1.854〜2.031の範囲、かつ、アッベ数(νd)が15.0〜30.0、好ましくは20〜27の範囲の光学恒数を得ることができる。
【0029】
したがって、本発明の光学ガラス組成を用いることにより、高屈折率で耐失透性に優れた光学ガラスを製造することができる。この光学ガラスを研磨加工することにより、研磨プリフォームや、レンズ、プリズム、ミラー等の光学素子を製造することができる。また、本発明の光学ガラスは、融液状態にあるものを直接適下させ、ゴブプリフォームを作製することができる。
ここでプリフォームとは、モールド成形前のレンズ母材のことで、鏡面状態になったガラスのことである。そして、研磨プリフォームやゴブプリフォームを鏡面加工された金型に入れ、加熱して軟化させた後、プレスすること(精密モールド)で、様々な形状の光学素子を製造することができる。
【0030】
次に本発明の光学ガラスの好適製造方法について説明する。
本発明の光学ガラスの製造方法については、特に限定されることなく、従来の製造方法であればいずれも有利に適合する。
すなわち、各成分のそれぞれに対応する酸化物、水酸化物、炭酸塩、硝酸塩などを、所定の割合で秤量し、十分混合してガラス調合原料とする。このガラス調合原料を、好ましくは白金坩堝、又は金坩堝に投入して、電気炉にて800〜1100℃で1〜10時間溶融した後、適時撹拌して均質化を図り、次いで、清澄(脱泡)してから、適当な温度に予熱した金型内に鋳込んだ後、電気炉内で徐冷してやれば良い。
【実施例】
【0031】
以下に実施例および比較例を挙げて本発明の光学ガラスを具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0032】
表1,2に記載の酸化物を合計量が100gになるように原料を秤量し、十分混合して、白金坩堝に投入し、電気炉にて800〜1100℃で1〜2時間溶融した後、撹拌して、さらに1〜2時間溶融し、適時撹拌して均質化を図り、清澄してから適当な温度に予熱した金型内に鋳込んだ後、電気炉内で徐冷することで、実施例光学ガラス1〜20および比較例光学ガラス1〜6を得た。
それぞれの光学ガラスについて、ガラス転移点(Tg)、屈折率(nd)およびアッベ数(νd)の測定ならびに、耐失透性の評価を行った。
【0033】
ガラス転移温度(Tg)、屈折率(nd)、アッベ数(νd)の測定は、日本光学硝子工業会規格に準じた「JOGIS08−2003光学ガラスの熱膨張の測定方法」および「JOGIS01−2003光学ガラスの屈折率の測定方法」に記載された方法にしたがって行った。
【0034】
耐失透性の評価方法は、表1,2に記載の酸化物を800〜1100℃で1〜2時間溶融した融液を撹拌して、融液が失透するかどうかで判定した。
なお、耐失透性の評価は、「○」:融液が撹拌終了時まで失透しないもの、「△」:撹拌終了時に融液がくすんだように見えるが透明性を保ったもので、製造化が可能なもの、「×」:撹拌時に失透および結晶化してしまうもので、製造化が難しいもののことを意味する。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【0037】
実施例1〜20の光学ガラスは全て、ガラス転移点(Tg)、屈折率(nd)、アッベ数および耐失透性が優れていた。
また、実施例光学ガラス1〜20から、所定量のガラス塊を切り出して研磨プリフォームを作製し、精密モールドで数種類のレンズを得た。これらのレンズは良好な転写性を示し、金型へのガラス付着、揮発物の付着など成形性に問題がある現象は認められず、精密モールドが可能な光学ガラスであった。
【0038】
比較例光学ガラス1は、ガラス形成成分であるBが60%を超えて含有されていることから、耐失透性が高い光学ガラスができると思慮されがちだが、La、Gd、ZrOといった成分が含有させていないため、耐失透性が非常に悪いガラスであった。
比較例光学ガラス2は、BとBiは本発明の要件を満たすが、La+Gd+ZrOが10%を超えるため、耐失透性が悪いガラスであった。
比較例光学ガラス3は、Bi、La、Gd、ZrOが本発明の要件を満たすが、Bが60%に満たないため耐失透性に問題があった。
比較例光学ガラス4は、BとBiが本発明の要件を満たさないため、耐失透性が悪く、また、屈折率(nd)も1.85に満たないガラスとなった。
比較例光学ガラス5は、屈折率(nd)が非常に高いが、全成分で本発明の要件を満たさないため、耐失透性に問題があった。
比較例光学ガラス6も、全成分で本発明の要件を満たさないため、耐失透性に問題があった。また、LiOを多く含有していることから化学的耐久性にも問題があった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モル%で、
:60%超え、75%以下、
Bi:24%以上、39%以下、
La:7%以下、
Gd:7%以下および
ZrO:7%以下
の組成からなることを特徴とする光学ガラス。
【請求項2】
La、GdおよびZrOの合計量が0.3〜10%であることを特徴とする請求項1に記載の光学ガラス。
【請求項3】
前記光学ガラスが、モル%で、さらに、
SiO:5%以下、
GeO:5%以下、
Ta:5%以下、
Nb:5%以下および
WO:5%以下、
Sb:1%以下
のうちから選んだ一種または二種以上を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の光学ガラス。
【請求項4】
ガラス転移点(Tg)が500℃以下であり、屈折率(nd)が1.85以上で、かつ、アッベ数(νd)が15.0〜30.0の光学恒数を有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の光学ガラス。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の光学ガラスからなる光学素子。

【公開番号】特開2011−136848(P2011−136848A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−296213(P2009−296213)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(391009936)株式会社住田光学ガラス (59)
【Fターム(参考)】