光学フィルタ
【課題】蒸着膜の成膜中及び成膜後の作業中に、光学基板の変形や破損の生ずる可能性を著しく低減することができる光学フィルタを提供する。
【解決手段】板厚0.1mmのPETフィルムから成る基板3上にSiO2膜41とTiO2膜42を交互に積層し43層の膜構成とし、紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタを作成する。PETは約4000MPa程度の曲げ弾性率を有しており、このPETフィルムに蒸着膜を成膜した光学フィルタは、赤外波長領域における透過率は1%以下、紫外波長領域における透過率は1%以下であり、更に可視波長領域の透過率は90%以上である。
【解決手段】板厚0.1mmのPETフィルムから成る基板3上にSiO2膜41とTiO2膜42を交互に積層し43層の膜構成とし、紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタを作成する。PETは約4000MPa程度の曲げ弾性率を有しており、このPETフィルムに蒸着膜を成膜した光学フィルタは、赤外波長領域における透過率は1%以下、紫外波長領域における透過率は1%以下であり、更に可視波長領域の透過率は90%以上である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定の範囲に含まれる波長の光の透過を制限し、特に近赤外線及び紫外線を好適にカットする光学フィルタに関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体撮像素子は人間の眼に対応する機能を有しているが、撮像素子そのものの光応答性は必ずしも人間の眼と同一ではない。従って、人間の眼とほぼ同一の光応答性を得るには、幾つかの光学的な工夫が必要となってくる。
【0003】
その第1の工夫として、固体撮像素子の表面に色再現に必要な波長域の光のみを到達させることがある。固体撮像素子自体は撮像に不要な近赤外領域にまで高い感度を有しており、何らの工夫もせずに固体撮像素子に光を入射させると、近赤外領域に高い感度を有したまま信号処理を行うこととなり、光量調整、色バランス調整が困難となる。従って、赤外線が入射した固体撮像素子は、実際に人が眼で見るときの明るさや色あいとは異なる画像を映し出してしまう。そこで、一般的には近赤外波長領域の光の透過を制限する赤外線カットフィルタを設けることにより、近赤外線が固体撮像素子に入射するのを防止している。
【0004】
第2の工夫として紫外線カットフィルタを用いている。一般的に固体撮像素子は近赤外領域ほどではないが、紫外領域にも感度を有している。従って、近赤外線と同様に光がそのまま固体撮像素子に入射した場合には、紫外線により実際に人が眼で見るときの明るさや色あいとは異なる画像を映し出してしまうために、紫外線カットフィルタを設けている。更には、紫外線カットフィルタを設けることにより、紫外線及び短波長の可視光の一部の光を遮光することにより部品の劣化を防止している。これらの理由から、一般的に紫外波長領域の光の透過を制御する紫外線カットフィルタを設け、紫外線が固体撮像素子又はカメラ等の光学系に入射することを防止している。
【0005】
これらの光学フィルタの製造方法としては、基板にそれぞれの波長の光を吸収する物質を混入させる方法や、基板上に光を吸収する物質を塗布する方法、基板上に薄膜を形成し反射又は吸収させる方法等が知られている。
【0006】
近年では、真空蒸着法やスパッタ法等における薄膜生成方法の精度向上に伴い、1枚の基板上に近赤外波長領域と紫外波長領域の光の透過を、同時に制限できる薄膜を成膜することも可能となっている。
【0007】
上述の方法のうち、紫外線や近赤外線のカットを複数層から成る蒸着膜により行うタイプの光学フィルタの場合には、一般的にはガラス基板を使用することが多い。しかし、近年の小型化・軽量化の要求により、光学系においても更なる省スペース化が求められており、より薄いガラス基板を使用することが要求されている。光学フィルタとして使用されるガラス基板は、機械的強度が低いため、作業中にガラス基板そのものが割れてしまう可能性が高い。ガラス基板は概して板厚が0.3mm以下になると、機械的強度が極度に低下し、破損の可能性が著しく高くなり、量産性等に大きな問題が生ずる。
【0008】
その対策として、基板に柔軟性が高い合成樹脂基板を用いることにより、薄い基板であっても、基板そのものが破損してしまうことを防止できる。光学フィルタへの薄型化の要求から、現在では板厚が0.1mm以下の基板への蒸着も強く望まれるようになり始めている。
【0009】
また、合成樹脂基板を使用しても、特に基板の板厚が0.1mm以下の基板に蒸着膜を成膜した場合には、基板が変形する問題がある。基板と蒸着膜との線膨張係数の差が大きいため、合成樹脂のガラス転移温度よりも基板が高温となった状態で成膜すると、熱せられた基板が応力に耐えられず、成膜後の基板が大きく変形してしまう。
【0010】
しかしながら近年の低温成膜法の進歩により、成膜プロセスにおける合成樹脂基板の最高到達温度を概ね70℃程度にまで抑制することも可能となっている。つまり、ガラス転移温度が70℃以上の合成樹脂で形成した基板を使用し、蒸着膜の層数が少ない比較的単純な構成であれば、基板と蒸着膜との線膨張係数の差による影響は殆ど無視できる程度の問題である。
【0011】
このように、合成樹脂基板を用いても層数が少ない蒸着膜を成膜する場合には、成膜時の温度により基板が変形することを防止できる。具体的には、上述したガラス転移温度の観点から生産性等を考えた場合に、ガラス転移温度が70℃以上であっても、ガラス転移温度が70℃に近い材料よりも、更にガラス転移温度の高いノルボルネン系の樹脂等がより好ましいと考えられる。
【0012】
また、特許文献1においては、基板にノルボルネン系樹脂等を使用して、蒸着法により製造された可視光線を減衰させるためのNDフィルタが開示されている。
【0013】
上述した低温成膜法としては、各種の様々な方法が考案されているが、一般的には成膜と同時に基板の成膜面の裏面側を冷却する方法や、蒸発源と成膜面との距離を通常よりも離して配置する方法等が知られている。
【0014】
また、ガラス基板と比較して剛性が低い合成樹脂基板を用いると、膜応力による基板の反りに関する問題が発生する。しかし、これは積層する蒸着物質の各条件下での応力を予め測定し、蒸着物質やプロセス条件等による膜応力の値を反映させて膜を設計する方法、或いは、基板両面に蒸着膜を分割して蒸着する方法や特許文献2に開示されているようなプロセス上で膜応力の少ない膜質に制御する方法により解決することができる。
【0015】
【特許文献1】特開平10−133253号公報
【特許文献2】特開2000−248356号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかし、ガラス転移温度が70℃以上の合成樹脂基板を用いても、概ね20層以上の多層膜により形成された光学フィルタの場合においては、基板上に成膜された蒸着膜の応力分布を小さくすることには限界がある。蒸着膜が少しずつ積み重なり、特に基板の板厚が0.1mm以下の基板においては、膜応力に起因する成膜面の微妙な応力分布によって、基板に凹凸が生ずるという別の不具合が発生する。
【0017】
本発明の目的は、上述の問題点を解消し、蒸着膜の成膜中及び成膜後の作業中に、光学基板の変形や破損の生ずる可能性を著しく低減することができる光学フィルタを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記目的を達成するための本発明に係る光学フィルタの技術的特徴は、透明合成樹脂基板の表面及び裏面の少なくとも何れか一方の面に複数層から成る蒸着膜を形成し、少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を、他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルタにおいて、前記透明合成樹脂基板の厚さが0.1mm以下であって、前記透明合成樹脂基板を形成する合成樹脂の曲げ弾性率を4000MPa以上としたことにある。
【0019】
本発明に係る光学フィルタの技術的特徴は、透明合成樹脂基板の表面及び裏面にそれぞれ複数層から成る蒸着膜を形成し、少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を、他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルタにおいて、前記透明合成樹脂基板の厚さが0.1mm以下であって、前記透明合成樹脂基板を形成する合成樹脂の曲げ弾性率を2400MPa以上としたことにある。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る光学フィルタによれば、蒸着膜の成膜中及び成膜後の作業中に、皺やクラック、反りや凹凸等基板が変形することがなく、フィルタの基板そのものが破損する可能性が低い。また、蒸着時の熱等によるフィルタ全体の反り等の変形や、成膜応力に起因するフィルタ内の部分的な微妙な凹凸も生ずることもなく、近年求められている光学系の小型化の要求に対応できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明を図示の実施例に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0022】
図1は本実施例1における光学フィルタを製造する場合の蒸着時に用いる冷却機構の底面図、図2は断面図を示している。銅製の円板から成る冷却板1の裏面には溝が設けられ、この溝内に冷媒を流す冷却パイプ2が渦巻状に配置されている。そして、冷却板1上には基板治具に取り付けられた合成樹脂基板3が配置される。
【0023】
図1に示した冷却パイプ2の引き回しは1つの例であり、基板3の設置位置や、蒸着傘の形状や大きさ等の諸条件により最適な配置は様々であり、冷媒の流量等により冷却パイプ2の径等は適宜に変更することができる。
【0024】
冷却板1はその機構上、蒸着傘と一体又は組み合わせることで、一体として使用されるものであり、蒸着傘との密着面は蒸着傘と同様の形状である必要がある。冷却板1を平板の形状として冷媒を流す構造を簡略化するため、蒸着傘も図3に示すような一般的に広く用いられているドーム型の蒸着傘11ではなく、本実施例では図4に示すような平面型の蒸着傘12を用いている。成膜を行っている間に、冷却パイプ2に温度を調整された冷媒を流すことにより、成膜中の基板3の温度上昇を抑制し、基板3と蒸着膜との線膨張係数の差による基板3の反りや、この反りに伴う蒸着膜のクラック等の発生を防止することができる。
【0025】
冷媒による冷却効果を確認するための予備実験として、−10℃の食塩水を冷媒とし、冷却の有無以外は全て同一条件で、基板3上に33層の蒸着膜を成膜して近赤外線カットフィルタを作成した。冷却をしない場合の成膜面の最高温度が約170℃であったのに対して、冷却した場合の成膜面の最高温度は約70℃である。この温度測定は、基板3の成膜面側に貼り付けたサーモラベルによって行っている。
【0026】
このように、冷却を行いながらの成膜においては、成膜中の基板の温度が通常の成膜と比較して低温となるため、何らかのアシストをしながら成膜することがより好ましい。本実施例においては、成膜方法はイオンプレーティング法を用いているが、他の成膜方法と比較して、膜に起因する応力を小さい値に制御することができる。
【0027】
PET(ポリエチレンテレフタレート)は約4000MPa程度の曲げ弾性率を有しており、本実施例1においては基板3にこのPETで形成した厚さ0.1mmのPETフィルムを用いる。そして、この基板3に後述する蒸着膜を形成し、図5に示すような透過率特性を設計値として、紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタを作成する。図5は予め把握しておいた本実施例における条件下での光学定数を反映させ、350〜1100nmの波長領域において計算した計算値である。
【0028】
また、PETは4000MPa程度の曲げ弾性率を有していると共に、可視域波長域において透明性が高く、更に吸水率が低い利点も有している。
【0029】
図6は縦横共に60mmの正方形状のPETフィルムから成る合成樹脂基板3上にマスク21を配置し、蒸着膜を成膜した状態の平面図を示している。図6に示すように、マスク21には縦横共に10mmの正方形の孔部22が数個所穿けられている。図7は蒸着膜を成膜し、マスク21を取り外し、光学フィルタ31を切り抜いた状態を示している。
【0030】
複数層から成る蒸着膜には、図8に示すように高屈折率材料であるTiO2と、低屈折率材料であるSiO2を使用し、基板3上にSiO2膜41とTiO2膜42を交互に積層し43層の膜構成とした。TiO2膜42は屈折率が非常に高く膜設計上有利な材料であり、SiO2膜41は成膜条件によって勿論微妙に異なりはするものの、TiO2膜42と膜応力の発生方向が反対であり、屈折率も低く膜設計上有利なために採用している。
【0031】
なお、成膜方法としてはDC及びRFを併用するイオンプレーティング法を用い、DC電圧は400V、RFパワーは500Wと設定し、成膜中の基板3の最大温度は両面共に80℃であった。この温度は基板3の表面に予め設置しておいた真空中専用のサーモラベルによって測定した。
【0032】
成膜中は成膜開始から成膜終了までの全層において、図1に示す冷却板1により冷却しながら蒸着を行った。冷却冷媒には食塩水を使用し−10℃で温度制御を行い、冷媒流量は6リットル/分とした。
【0033】
このように製作した紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタ31は、図9に示すような分光透過率特性が得られた。図5の設計値と比較すると、透過帯域である可視波長領域での透過が若干低下したが、ほぼ同様な特性を得られた。685nmを半値波長に710〜1070nmの赤外波長領域では透過率は1%以下となっている。また、350〜380nmまでの紫外波長領域では1%以下であり、更に495〜680nmまでの可視波長領域では92%以上の透過率であり、430〜495nmまでの可視波長領域では90%以上の透過率である。
【0034】
上述の方法により製作されたサンプルに対して、温度60℃、湿度90%の環境試験を行った結果、480時間後では環境試験開始前と比較して半値波長である685nmでの透過率変化はシフト量が約3nmとなった。これと同様な環境試験を数サンプルで行ったが、全てのサンプルにおいて同様の良好の結果となった。
【0035】
光学フィルタ31の外観に関しては、成膜前の基板3と比較すると、シートの状態においては若干ながら反りが確認されたが、図7のように切り抜いた後では殆ど平坦であり、光学フィルタ31としての用途を満足できるレベルである。更に、皺やクラック等は発生しておらず、環境試験後においても凹凸、皺やクラック等の発生は確認されなかった。
【実施例2】
【0036】
PC(ポリカーボネート)は2400MPa程度の曲げ弾性率を有しており、本実施例2においては、基板3にこのPCで形成した板厚0.1mmのPCフィルムを用いている。そして、基板3の両面に蒸着膜を成膜し、図10に示すような透過率特性を設計値として、紫外線及び近赤外波長領域の透過を制限する紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタ31を作成する。図10における透過率特性は予め把握しておいた本実施例における条件下での光学定数を反映させ、350〜1100nmの波長領域において計算した設計値である。
【0037】
PCは約2400MPa程度の曲げ弾性率を有していると共に、可視光波長域で透明性が高く、更に吸水率が低い利点を有している。
【0038】
本実施例2では、実施例1と同様に図6、図7に示す方法により、光学フィルタ31を作成した。実施例2において蒸着する蒸着膜は、実施例1と同様の理由によりTiO2と、SiO2を使用し、図11で示すようにSiO2膜41とTiO2膜42を交互に積層し、それぞれの面において23層を積層し、両面で46層の膜構成とした。なお、成膜において表面に23層成膜後に、基板3を裏返し、表面と同様に図6に示す形状を有するマスク21を裏面に配置し、23層から成る蒸着膜を成膜した。
【0039】
また、本実施例2においては、基板3の両面に同程度の膜厚を形成する手法を採用しており、膜に起因する応力による基板3の反りを改善するには極めて有効である。
【0040】
ただし、基板3の両面に蒸着膜を成膜した場合に、曲げ弾性率が低い合成樹脂材料による剛性の低い基板3では反りが発生してしまう。このため、基板3上の各個所において発生する膜応力の僅かな差から、微妙な応力分布が存在してしまい、曲げ弾性率が小さい合成樹脂で基板3を形成すると、蒸着膜の応力に耐えられる個所と耐えることができない個所とが発生する。つまり、基板3上の様々な個所で、様々な方向からの応力による影響を受けることになり、その結果、基板3に凹凸が生じ、光学フィルタとしての用途を満足することは極めて困難になる。
【0041】
成膜方法としては実施例1と同様に、DC及びRFを併用するイオンプレーティング法を用い、DC電圧は400V、RFパワーは500Wと設定し、成膜中の基板3の最大温度は両面共に70℃であった。成膜中は成膜開始から全ての層の成膜を終了するまで、実施例1と同様に成膜基板裏面を冷却しながら各層の蒸着を行った。
【0042】
このように成膜された紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタ31は、図12に示すような分光透過率特性が得られた。図10の設計値と比較すると、透過帯域である可視波長領域での透過が若干低下したが、ほぼ同様な特性を得られた。690nmを半値波長に720〜1130nmの赤外波長領域では透過率は1%以下となっている。また、350〜390nmまでの紫外波長領域では1%以下の透過率であり、更に440〜680nmまでの可視波長領域では89%以上の透過率であり、415〜440nmまでの可視波長領域では85%以上の透過率である。
【0043】
上述の方法により製作されたサンプルに対して実施例1と同様に、温度60℃、湿度90%の環境試験を行った結果、480時間後では環境試験開始前と比較して半値波長である690nmでの透過率変化はシフト量が約3nmとなった。これと同様な環境試験を数サンプルで行ったが、全てのサンプルにおいて同様な良好な結果となった。
【0044】
光学フィルタ31の外観に関しても良好であり、反りや凹凸、更に皺やクラック等は発生しておらず、環境試験後も皺やクラック等の発生は確認されなかった。
【0045】
[比較例]
また、比較例として、3000MPa程度の曲げ弾性率を有するノルボルネン系樹脂であるArton(JSR株式会社製、製品名)フィルムから成る厚さが0.1mmの基板の片面に、図8に示すような蒸着膜を成膜し、実施例1、2と同様の方法により、図5に示す設計値とほぼ同様な紫外線及び近赤外波長領域の透過をカットする光学フィルタを作成した。
【0046】
なお、成膜方法、成膜条件は実施例1と同様であるため説明は省略する。このようにして成膜された紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタは、図13に示すような分光透過率特性が得られた。実施例1におけるPETフィルムから成る基板3の場合よりも、透過帯域である可視波長領域での透過は2〜3%程度高く、図5の設計値とほぼ同様な特性を得ることができた。685nmを半値波長に710〜1070nmの赤外波長領域では透過率は1%以下となった。また、350〜380nmまでの紫外波長領域では1%以下であり、更に495〜680nmまでの可視波長領域では94%以上の透過率であり、430〜495nmまでの可視波長領域では93%以上の透過率である。
【0047】
このサンプルを実施例1と同様の条件における環境試験を行った結果、480時間後では環境試験開始前と比較して半値波長である685nmでの透過率変化はシフト量が約3nmとなった。これと同様な環境試験を数サンプルで行ったが、全てのサンプルにおいて同様な結果となった。
【0048】
しかしながら、光学フィルタの外観に関しては基板の変形が非常に大きく、反りや凹凸が生じ、図7に示すように切り抜く以前、つまり成膜直後であっても、既に蒸着膜にクラックが発生しているサンプルが多く確認できた。紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタとしての用途を考慮すると、その使用は困難である。
【0049】
また、実施例2のように、基板の両面に蒸着膜を成膜した場合においても、基板の厚さが0.1mmであり、基板を形成する合成樹脂の曲げ弾性率が2400MPa未満であると、分光特性は満足できるレベルであったとしても、上述の基板の片面のみに蒸着膜を蒸着した比較例と同様に、基板の変形が極めて大きく、反りや凹凸、蒸着膜のクラック等が発生してしまうことが後述の比較例でわかった。
【0050】
更に、厚さが0.1mmの様々な合成樹脂基板について、上述した実施例1、2と同様の実験を繰り返した。例えば基板に厚さ0.1mmで曲げ弾性率が2400MPa程度のPCフィルムにおいて、基板の片面だけに図8と同様の蒸着膜を成膜した場合には、分光特性は満足できるが、基板の変形が極めて大きく、反りや凹凸、蒸着膜のクラック等が発生してしまうことが認められた。
【0051】
また、基板3に3200MPa程度の曲げ弾性率を有するPETフィルムから成る厚さ0.1mmの基板を用い、この基板の片面に図8と同様の蒸着膜を成膜した場合には、基板の変形が極めて大きくなってしまうことが認められた。
【0052】
同様に、基板に3700MPa程度の曲げ弾性率を有するアクリル系樹脂フィルムから成る厚さ0.1mmの基板を用い、この基板の片面に図8と同様の蒸着膜を成膜した場合には、曲げ弾性率が3200MPa程度のPETフィルムやArtonフィルムで形成した基板、曲げ弾性率2400MPa程度のPCで形成した基板と比較すると、同時に成膜された光学フィルタの間でばらつきがあるが、幾つかのサンプルで外観が大きく改善された。しかし、安定的に歩留まり良く製品を供給するという量産性の観点からは問題のある結果となった。また、実施例1における曲げ弾性率が4000MPa程度のPETフィルムから成る基板3へ成膜した結果と比較すると、やはり凹凸も大きい。
【0053】
更に、80MPa程度の曲げ弾性率を有するZeonor(日本ゼオン株式会社社製、製品名)フィルムから成る厚さ0.1mmの基板は、応力の負荷が緩和される基板の両面への成膜であっても光学フィルタとしての仕様に問題がある。
【0054】
同様に、基板に2000MPa程度の曲げ弾性率を有するポリオレフィン系樹脂フィルムから成る基板を用い、厚さ0.1mmの基板の両面に、実施例2と同様の方法により図11と同様の蒸着膜の成膜を行った。
【0055】
そして、上述した80MPa程度のZeonorフィルムと比較すると、同時に成膜された光学フィルタ31の間でばらつきがあるが、幾つかのサンプルで外観が大きく改善された。しかし、安定的に歩留まり良く製品を供給するという量産性の観点からは問題があり、実施例2における曲げ弾性率が2400MPa程度のPCから成る基板へ成膜した結果と比較すると、やはり凹凸も大きい。
【0056】
実施例1においては、基板3の厚さが0.1mmの場合に、基板3の片面へ紫外線及び近赤外線をカットする40層程度の蒸着膜を成膜した場合には、4000MPa以上の曲げ弾性率を有する合成樹脂基板3を用いる必要があると云う結論に至った。
【0057】
また、実施例2においては、蒸着膜を基板3の両面に分割して、紫外線及び近赤外線をカットするそれぞれ20層程度の蒸着膜を成膜する場合には、2400MPa以上の曲げ弾性率を有する合成樹脂基板3を用いる必要があると云う結論に至った。
【0058】
曲げ弾性率がこれらの値より低い合成樹脂基板3を用いた場合には、分光特性は満足できても基板3の変形が極めて大きいため、光学フィルタ31としての使用に耐え難く、量産性等の観点も含めて問題が発生してしまう。
【0059】
また、基板の厚さが0.1mmよりも更に薄い場合には、上述した実施例1、2よりも基板の剛性が低くなるため、更に高い曲げ弾性率を有する合成樹脂を選択する必要がある。
【0060】
上述のように、低温成膜技術によって成膜中の基板3の温度を80℃に抑制したことにより、ガラス転移温度が73℃のPETでも反りは発生していない。このことからガラス転移温度が概ね70℃より高い合成樹脂基板3を用いれば、成膜中の基板3の温度を反りの発生しない範囲に制御可能である。
【0061】
実施例1、2においては、イオンプレーティング法を用いた場合について説明したが、EB法、スパッタリング法、IAD法、IBS法、クラスタ蒸着法等においても同様であり、本発明にはこれらの方法によって成膜した蒸着膜を含んでいる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】冷却機構の底面図である。
【図2】冷却機構の断面図である。
【図3】ドーム型の蒸着傘の外観図である。
【図4】本実施例で使用した平板型の蒸着傘の外観図である。
【図5】光学フィルタの透過率の設計値である。
【図6】実施例1におけるマスクの平面図である。
【図7】成膜後の基板の平面図である。
【図8】実施例1における膜構成図である。
【図9】実施例1における光学フィルタの分光特性図である。
【図10】実施例2における光学フィルタの設計値である。
【図11】実施例2における膜構成である。
【図12】実施例2における光学フィルタの分光特性図である。
【図13】比較例における光学フィルタの分光特性図である。
【符号の説明】
【0063】
1 冷却板
2 冷却パイプ
3 合成樹脂基板
21 マスク
22 孔部
31 光学フィルタ
41 TiO2膜
42 SiO2膜
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定の範囲に含まれる波長の光の透過を制限し、特に近赤外線及び紫外線を好適にカットする光学フィルタに関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体撮像素子は人間の眼に対応する機能を有しているが、撮像素子そのものの光応答性は必ずしも人間の眼と同一ではない。従って、人間の眼とほぼ同一の光応答性を得るには、幾つかの光学的な工夫が必要となってくる。
【0003】
その第1の工夫として、固体撮像素子の表面に色再現に必要な波長域の光のみを到達させることがある。固体撮像素子自体は撮像に不要な近赤外領域にまで高い感度を有しており、何らの工夫もせずに固体撮像素子に光を入射させると、近赤外領域に高い感度を有したまま信号処理を行うこととなり、光量調整、色バランス調整が困難となる。従って、赤外線が入射した固体撮像素子は、実際に人が眼で見るときの明るさや色あいとは異なる画像を映し出してしまう。そこで、一般的には近赤外波長領域の光の透過を制限する赤外線カットフィルタを設けることにより、近赤外線が固体撮像素子に入射するのを防止している。
【0004】
第2の工夫として紫外線カットフィルタを用いている。一般的に固体撮像素子は近赤外領域ほどではないが、紫外領域にも感度を有している。従って、近赤外線と同様に光がそのまま固体撮像素子に入射した場合には、紫外線により実際に人が眼で見るときの明るさや色あいとは異なる画像を映し出してしまうために、紫外線カットフィルタを設けている。更には、紫外線カットフィルタを設けることにより、紫外線及び短波長の可視光の一部の光を遮光することにより部品の劣化を防止している。これらの理由から、一般的に紫外波長領域の光の透過を制御する紫外線カットフィルタを設け、紫外線が固体撮像素子又はカメラ等の光学系に入射することを防止している。
【0005】
これらの光学フィルタの製造方法としては、基板にそれぞれの波長の光を吸収する物質を混入させる方法や、基板上に光を吸収する物質を塗布する方法、基板上に薄膜を形成し反射又は吸収させる方法等が知られている。
【0006】
近年では、真空蒸着法やスパッタ法等における薄膜生成方法の精度向上に伴い、1枚の基板上に近赤外波長領域と紫外波長領域の光の透過を、同時に制限できる薄膜を成膜することも可能となっている。
【0007】
上述の方法のうち、紫外線や近赤外線のカットを複数層から成る蒸着膜により行うタイプの光学フィルタの場合には、一般的にはガラス基板を使用することが多い。しかし、近年の小型化・軽量化の要求により、光学系においても更なる省スペース化が求められており、より薄いガラス基板を使用することが要求されている。光学フィルタとして使用されるガラス基板は、機械的強度が低いため、作業中にガラス基板そのものが割れてしまう可能性が高い。ガラス基板は概して板厚が0.3mm以下になると、機械的強度が極度に低下し、破損の可能性が著しく高くなり、量産性等に大きな問題が生ずる。
【0008】
その対策として、基板に柔軟性が高い合成樹脂基板を用いることにより、薄い基板であっても、基板そのものが破損してしまうことを防止できる。光学フィルタへの薄型化の要求から、現在では板厚が0.1mm以下の基板への蒸着も強く望まれるようになり始めている。
【0009】
また、合成樹脂基板を使用しても、特に基板の板厚が0.1mm以下の基板に蒸着膜を成膜した場合には、基板が変形する問題がある。基板と蒸着膜との線膨張係数の差が大きいため、合成樹脂のガラス転移温度よりも基板が高温となった状態で成膜すると、熱せられた基板が応力に耐えられず、成膜後の基板が大きく変形してしまう。
【0010】
しかしながら近年の低温成膜法の進歩により、成膜プロセスにおける合成樹脂基板の最高到達温度を概ね70℃程度にまで抑制することも可能となっている。つまり、ガラス転移温度が70℃以上の合成樹脂で形成した基板を使用し、蒸着膜の層数が少ない比較的単純な構成であれば、基板と蒸着膜との線膨張係数の差による影響は殆ど無視できる程度の問題である。
【0011】
このように、合成樹脂基板を用いても層数が少ない蒸着膜を成膜する場合には、成膜時の温度により基板が変形することを防止できる。具体的には、上述したガラス転移温度の観点から生産性等を考えた場合に、ガラス転移温度が70℃以上であっても、ガラス転移温度が70℃に近い材料よりも、更にガラス転移温度の高いノルボルネン系の樹脂等がより好ましいと考えられる。
【0012】
また、特許文献1においては、基板にノルボルネン系樹脂等を使用して、蒸着法により製造された可視光線を減衰させるためのNDフィルタが開示されている。
【0013】
上述した低温成膜法としては、各種の様々な方法が考案されているが、一般的には成膜と同時に基板の成膜面の裏面側を冷却する方法や、蒸発源と成膜面との距離を通常よりも離して配置する方法等が知られている。
【0014】
また、ガラス基板と比較して剛性が低い合成樹脂基板を用いると、膜応力による基板の反りに関する問題が発生する。しかし、これは積層する蒸着物質の各条件下での応力を予め測定し、蒸着物質やプロセス条件等による膜応力の値を反映させて膜を設計する方法、或いは、基板両面に蒸着膜を分割して蒸着する方法や特許文献2に開示されているようなプロセス上で膜応力の少ない膜質に制御する方法により解決することができる。
【0015】
【特許文献1】特開平10−133253号公報
【特許文献2】特開2000−248356号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかし、ガラス転移温度が70℃以上の合成樹脂基板を用いても、概ね20層以上の多層膜により形成された光学フィルタの場合においては、基板上に成膜された蒸着膜の応力分布を小さくすることには限界がある。蒸着膜が少しずつ積み重なり、特に基板の板厚が0.1mm以下の基板においては、膜応力に起因する成膜面の微妙な応力分布によって、基板に凹凸が生ずるという別の不具合が発生する。
【0017】
本発明の目的は、上述の問題点を解消し、蒸着膜の成膜中及び成膜後の作業中に、光学基板の変形や破損の生ずる可能性を著しく低減することができる光学フィルタを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記目的を達成するための本発明に係る光学フィルタの技術的特徴は、透明合成樹脂基板の表面及び裏面の少なくとも何れか一方の面に複数層から成る蒸着膜を形成し、少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を、他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルタにおいて、前記透明合成樹脂基板の厚さが0.1mm以下であって、前記透明合成樹脂基板を形成する合成樹脂の曲げ弾性率を4000MPa以上としたことにある。
【0019】
本発明に係る光学フィルタの技術的特徴は、透明合成樹脂基板の表面及び裏面にそれぞれ複数層から成る蒸着膜を形成し、少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を、他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルタにおいて、前記透明合成樹脂基板の厚さが0.1mm以下であって、前記透明合成樹脂基板を形成する合成樹脂の曲げ弾性率を2400MPa以上としたことにある。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る光学フィルタによれば、蒸着膜の成膜中及び成膜後の作業中に、皺やクラック、反りや凹凸等基板が変形することがなく、フィルタの基板そのものが破損する可能性が低い。また、蒸着時の熱等によるフィルタ全体の反り等の変形や、成膜応力に起因するフィルタ内の部分的な微妙な凹凸も生ずることもなく、近年求められている光学系の小型化の要求に対応できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明を図示の実施例に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0022】
図1は本実施例1における光学フィルタを製造する場合の蒸着時に用いる冷却機構の底面図、図2は断面図を示している。銅製の円板から成る冷却板1の裏面には溝が設けられ、この溝内に冷媒を流す冷却パイプ2が渦巻状に配置されている。そして、冷却板1上には基板治具に取り付けられた合成樹脂基板3が配置される。
【0023】
図1に示した冷却パイプ2の引き回しは1つの例であり、基板3の設置位置や、蒸着傘の形状や大きさ等の諸条件により最適な配置は様々であり、冷媒の流量等により冷却パイプ2の径等は適宜に変更することができる。
【0024】
冷却板1はその機構上、蒸着傘と一体又は組み合わせることで、一体として使用されるものであり、蒸着傘との密着面は蒸着傘と同様の形状である必要がある。冷却板1を平板の形状として冷媒を流す構造を簡略化するため、蒸着傘も図3に示すような一般的に広く用いられているドーム型の蒸着傘11ではなく、本実施例では図4に示すような平面型の蒸着傘12を用いている。成膜を行っている間に、冷却パイプ2に温度を調整された冷媒を流すことにより、成膜中の基板3の温度上昇を抑制し、基板3と蒸着膜との線膨張係数の差による基板3の反りや、この反りに伴う蒸着膜のクラック等の発生を防止することができる。
【0025】
冷媒による冷却効果を確認するための予備実験として、−10℃の食塩水を冷媒とし、冷却の有無以外は全て同一条件で、基板3上に33層の蒸着膜を成膜して近赤外線カットフィルタを作成した。冷却をしない場合の成膜面の最高温度が約170℃であったのに対して、冷却した場合の成膜面の最高温度は約70℃である。この温度測定は、基板3の成膜面側に貼り付けたサーモラベルによって行っている。
【0026】
このように、冷却を行いながらの成膜においては、成膜中の基板の温度が通常の成膜と比較して低温となるため、何らかのアシストをしながら成膜することがより好ましい。本実施例においては、成膜方法はイオンプレーティング法を用いているが、他の成膜方法と比較して、膜に起因する応力を小さい値に制御することができる。
【0027】
PET(ポリエチレンテレフタレート)は約4000MPa程度の曲げ弾性率を有しており、本実施例1においては基板3にこのPETで形成した厚さ0.1mmのPETフィルムを用いる。そして、この基板3に後述する蒸着膜を形成し、図5に示すような透過率特性を設計値として、紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタを作成する。図5は予め把握しておいた本実施例における条件下での光学定数を反映させ、350〜1100nmの波長領域において計算した計算値である。
【0028】
また、PETは4000MPa程度の曲げ弾性率を有していると共に、可視域波長域において透明性が高く、更に吸水率が低い利点も有している。
【0029】
図6は縦横共に60mmの正方形状のPETフィルムから成る合成樹脂基板3上にマスク21を配置し、蒸着膜を成膜した状態の平面図を示している。図6に示すように、マスク21には縦横共に10mmの正方形の孔部22が数個所穿けられている。図7は蒸着膜を成膜し、マスク21を取り外し、光学フィルタ31を切り抜いた状態を示している。
【0030】
複数層から成る蒸着膜には、図8に示すように高屈折率材料であるTiO2と、低屈折率材料であるSiO2を使用し、基板3上にSiO2膜41とTiO2膜42を交互に積層し43層の膜構成とした。TiO2膜42は屈折率が非常に高く膜設計上有利な材料であり、SiO2膜41は成膜条件によって勿論微妙に異なりはするものの、TiO2膜42と膜応力の発生方向が反対であり、屈折率も低く膜設計上有利なために採用している。
【0031】
なお、成膜方法としてはDC及びRFを併用するイオンプレーティング法を用い、DC電圧は400V、RFパワーは500Wと設定し、成膜中の基板3の最大温度は両面共に80℃であった。この温度は基板3の表面に予め設置しておいた真空中専用のサーモラベルによって測定した。
【0032】
成膜中は成膜開始から成膜終了までの全層において、図1に示す冷却板1により冷却しながら蒸着を行った。冷却冷媒には食塩水を使用し−10℃で温度制御を行い、冷媒流量は6リットル/分とした。
【0033】
このように製作した紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタ31は、図9に示すような分光透過率特性が得られた。図5の設計値と比較すると、透過帯域である可視波長領域での透過が若干低下したが、ほぼ同様な特性を得られた。685nmを半値波長に710〜1070nmの赤外波長領域では透過率は1%以下となっている。また、350〜380nmまでの紫外波長領域では1%以下であり、更に495〜680nmまでの可視波長領域では92%以上の透過率であり、430〜495nmまでの可視波長領域では90%以上の透過率である。
【0034】
上述の方法により製作されたサンプルに対して、温度60℃、湿度90%の環境試験を行った結果、480時間後では環境試験開始前と比較して半値波長である685nmでの透過率変化はシフト量が約3nmとなった。これと同様な環境試験を数サンプルで行ったが、全てのサンプルにおいて同様の良好の結果となった。
【0035】
光学フィルタ31の外観に関しては、成膜前の基板3と比較すると、シートの状態においては若干ながら反りが確認されたが、図7のように切り抜いた後では殆ど平坦であり、光学フィルタ31としての用途を満足できるレベルである。更に、皺やクラック等は発生しておらず、環境試験後においても凹凸、皺やクラック等の発生は確認されなかった。
【実施例2】
【0036】
PC(ポリカーボネート)は2400MPa程度の曲げ弾性率を有しており、本実施例2においては、基板3にこのPCで形成した板厚0.1mmのPCフィルムを用いている。そして、基板3の両面に蒸着膜を成膜し、図10に示すような透過率特性を設計値として、紫外線及び近赤外波長領域の透過を制限する紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタ31を作成する。図10における透過率特性は予め把握しておいた本実施例における条件下での光学定数を反映させ、350〜1100nmの波長領域において計算した設計値である。
【0037】
PCは約2400MPa程度の曲げ弾性率を有していると共に、可視光波長域で透明性が高く、更に吸水率が低い利点を有している。
【0038】
本実施例2では、実施例1と同様に図6、図7に示す方法により、光学フィルタ31を作成した。実施例2において蒸着する蒸着膜は、実施例1と同様の理由によりTiO2と、SiO2を使用し、図11で示すようにSiO2膜41とTiO2膜42を交互に積層し、それぞれの面において23層を積層し、両面で46層の膜構成とした。なお、成膜において表面に23層成膜後に、基板3を裏返し、表面と同様に図6に示す形状を有するマスク21を裏面に配置し、23層から成る蒸着膜を成膜した。
【0039】
また、本実施例2においては、基板3の両面に同程度の膜厚を形成する手法を採用しており、膜に起因する応力による基板3の反りを改善するには極めて有効である。
【0040】
ただし、基板3の両面に蒸着膜を成膜した場合に、曲げ弾性率が低い合成樹脂材料による剛性の低い基板3では反りが発生してしまう。このため、基板3上の各個所において発生する膜応力の僅かな差から、微妙な応力分布が存在してしまい、曲げ弾性率が小さい合成樹脂で基板3を形成すると、蒸着膜の応力に耐えられる個所と耐えることができない個所とが発生する。つまり、基板3上の様々な個所で、様々な方向からの応力による影響を受けることになり、その結果、基板3に凹凸が生じ、光学フィルタとしての用途を満足することは極めて困難になる。
【0041】
成膜方法としては実施例1と同様に、DC及びRFを併用するイオンプレーティング法を用い、DC電圧は400V、RFパワーは500Wと設定し、成膜中の基板3の最大温度は両面共に70℃であった。成膜中は成膜開始から全ての層の成膜を終了するまで、実施例1と同様に成膜基板裏面を冷却しながら各層の蒸着を行った。
【0042】
このように成膜された紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタ31は、図12に示すような分光透過率特性が得られた。図10の設計値と比較すると、透過帯域である可視波長領域での透過が若干低下したが、ほぼ同様な特性を得られた。690nmを半値波長に720〜1130nmの赤外波長領域では透過率は1%以下となっている。また、350〜390nmまでの紫外波長領域では1%以下の透過率であり、更に440〜680nmまでの可視波長領域では89%以上の透過率であり、415〜440nmまでの可視波長領域では85%以上の透過率である。
【0043】
上述の方法により製作されたサンプルに対して実施例1と同様に、温度60℃、湿度90%の環境試験を行った結果、480時間後では環境試験開始前と比較して半値波長である690nmでの透過率変化はシフト量が約3nmとなった。これと同様な環境試験を数サンプルで行ったが、全てのサンプルにおいて同様な良好な結果となった。
【0044】
光学フィルタ31の外観に関しても良好であり、反りや凹凸、更に皺やクラック等は発生しておらず、環境試験後も皺やクラック等の発生は確認されなかった。
【0045】
[比較例]
また、比較例として、3000MPa程度の曲げ弾性率を有するノルボルネン系樹脂であるArton(JSR株式会社製、製品名)フィルムから成る厚さが0.1mmの基板の片面に、図8に示すような蒸着膜を成膜し、実施例1、2と同様の方法により、図5に示す設計値とほぼ同様な紫外線及び近赤外波長領域の透過をカットする光学フィルタを作成した。
【0046】
なお、成膜方法、成膜条件は実施例1と同様であるため説明は省略する。このようにして成膜された紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタは、図13に示すような分光透過率特性が得られた。実施例1におけるPETフィルムから成る基板3の場合よりも、透過帯域である可視波長領域での透過は2〜3%程度高く、図5の設計値とほぼ同様な特性を得ることができた。685nmを半値波長に710〜1070nmの赤外波長領域では透過率は1%以下となった。また、350〜380nmまでの紫外波長領域では1%以下であり、更に495〜680nmまでの可視波長領域では94%以上の透過率であり、430〜495nmまでの可視波長領域では93%以上の透過率である。
【0047】
このサンプルを実施例1と同様の条件における環境試験を行った結果、480時間後では環境試験開始前と比較して半値波長である685nmでの透過率変化はシフト量が約3nmとなった。これと同様な環境試験を数サンプルで行ったが、全てのサンプルにおいて同様な結果となった。
【0048】
しかしながら、光学フィルタの外観に関しては基板の変形が非常に大きく、反りや凹凸が生じ、図7に示すように切り抜く以前、つまり成膜直後であっても、既に蒸着膜にクラックが発生しているサンプルが多く確認できた。紫外線及び近赤外線をカットする光学フィルタとしての用途を考慮すると、その使用は困難である。
【0049】
また、実施例2のように、基板の両面に蒸着膜を成膜した場合においても、基板の厚さが0.1mmであり、基板を形成する合成樹脂の曲げ弾性率が2400MPa未満であると、分光特性は満足できるレベルであったとしても、上述の基板の片面のみに蒸着膜を蒸着した比較例と同様に、基板の変形が極めて大きく、反りや凹凸、蒸着膜のクラック等が発生してしまうことが後述の比較例でわかった。
【0050】
更に、厚さが0.1mmの様々な合成樹脂基板について、上述した実施例1、2と同様の実験を繰り返した。例えば基板に厚さ0.1mmで曲げ弾性率が2400MPa程度のPCフィルムにおいて、基板の片面だけに図8と同様の蒸着膜を成膜した場合には、分光特性は満足できるが、基板の変形が極めて大きく、反りや凹凸、蒸着膜のクラック等が発生してしまうことが認められた。
【0051】
また、基板3に3200MPa程度の曲げ弾性率を有するPETフィルムから成る厚さ0.1mmの基板を用い、この基板の片面に図8と同様の蒸着膜を成膜した場合には、基板の変形が極めて大きくなってしまうことが認められた。
【0052】
同様に、基板に3700MPa程度の曲げ弾性率を有するアクリル系樹脂フィルムから成る厚さ0.1mmの基板を用い、この基板の片面に図8と同様の蒸着膜を成膜した場合には、曲げ弾性率が3200MPa程度のPETフィルムやArtonフィルムで形成した基板、曲げ弾性率2400MPa程度のPCで形成した基板と比較すると、同時に成膜された光学フィルタの間でばらつきがあるが、幾つかのサンプルで外観が大きく改善された。しかし、安定的に歩留まり良く製品を供給するという量産性の観点からは問題のある結果となった。また、実施例1における曲げ弾性率が4000MPa程度のPETフィルムから成る基板3へ成膜した結果と比較すると、やはり凹凸も大きい。
【0053】
更に、80MPa程度の曲げ弾性率を有するZeonor(日本ゼオン株式会社社製、製品名)フィルムから成る厚さ0.1mmの基板は、応力の負荷が緩和される基板の両面への成膜であっても光学フィルタとしての仕様に問題がある。
【0054】
同様に、基板に2000MPa程度の曲げ弾性率を有するポリオレフィン系樹脂フィルムから成る基板を用い、厚さ0.1mmの基板の両面に、実施例2と同様の方法により図11と同様の蒸着膜の成膜を行った。
【0055】
そして、上述した80MPa程度のZeonorフィルムと比較すると、同時に成膜された光学フィルタ31の間でばらつきがあるが、幾つかのサンプルで外観が大きく改善された。しかし、安定的に歩留まり良く製品を供給するという量産性の観点からは問題があり、実施例2における曲げ弾性率が2400MPa程度のPCから成る基板へ成膜した結果と比較すると、やはり凹凸も大きい。
【0056】
実施例1においては、基板3の厚さが0.1mmの場合に、基板3の片面へ紫外線及び近赤外線をカットする40層程度の蒸着膜を成膜した場合には、4000MPa以上の曲げ弾性率を有する合成樹脂基板3を用いる必要があると云う結論に至った。
【0057】
また、実施例2においては、蒸着膜を基板3の両面に分割して、紫外線及び近赤外線をカットするそれぞれ20層程度の蒸着膜を成膜する場合には、2400MPa以上の曲げ弾性率を有する合成樹脂基板3を用いる必要があると云う結論に至った。
【0058】
曲げ弾性率がこれらの値より低い合成樹脂基板3を用いた場合には、分光特性は満足できても基板3の変形が極めて大きいため、光学フィルタ31としての使用に耐え難く、量産性等の観点も含めて問題が発生してしまう。
【0059】
また、基板の厚さが0.1mmよりも更に薄い場合には、上述した実施例1、2よりも基板の剛性が低くなるため、更に高い曲げ弾性率を有する合成樹脂を選択する必要がある。
【0060】
上述のように、低温成膜技術によって成膜中の基板3の温度を80℃に抑制したことにより、ガラス転移温度が73℃のPETでも反りは発生していない。このことからガラス転移温度が概ね70℃より高い合成樹脂基板3を用いれば、成膜中の基板3の温度を反りの発生しない範囲に制御可能である。
【0061】
実施例1、2においては、イオンプレーティング法を用いた場合について説明したが、EB法、スパッタリング法、IAD法、IBS法、クラスタ蒸着法等においても同様であり、本発明にはこれらの方法によって成膜した蒸着膜を含んでいる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】冷却機構の底面図である。
【図2】冷却機構の断面図である。
【図3】ドーム型の蒸着傘の外観図である。
【図4】本実施例で使用した平板型の蒸着傘の外観図である。
【図5】光学フィルタの透過率の設計値である。
【図6】実施例1におけるマスクの平面図である。
【図7】成膜後の基板の平面図である。
【図8】実施例1における膜構成図である。
【図9】実施例1における光学フィルタの分光特性図である。
【図10】実施例2における光学フィルタの設計値である。
【図11】実施例2における膜構成である。
【図12】実施例2における光学フィルタの分光特性図である。
【図13】比較例における光学フィルタの分光特性図である。
【符号の説明】
【0063】
1 冷却板
2 冷却パイプ
3 合成樹脂基板
21 マスク
22 孔部
31 光学フィルタ
41 TiO2膜
42 SiO2膜
【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明合成樹脂基板の表面及び裏面の少なくとも何れか一方の面に複数層から成る蒸着膜を形成し、少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を、他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルタにおいて、前記透明合成樹脂基板の厚さが0.1mm以下であって、前記透明合成樹脂基板を形成する合成樹脂の曲げ弾性率を4000MPa以上としたことを特徴とする光学フィルタ。
【請求項2】
前記透明合成樹脂基板を形成する合成樹脂のガラス転移温度は70℃以上であることを特徴とする請求項1に記載の光学フィルタ。
【請求項3】
透明合成樹脂基板の表面及び裏面にそれぞれ複数層から成る蒸着膜を形成し、少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を、他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルタにおいて、前記透明合成樹脂基板の厚さが0.1mm以下であって、前記透明合成樹脂基板を形成する合成樹脂の曲げ弾性率を2400MPa以上としたことを特徴とする光学フィルタ。
【請求項4】
前記透明合成樹脂基板を形成する合成樹脂のガラス転移温度は70℃以上であることを特徴とする請求項3に記載の光学フィルタ。
【請求項5】
前記特定の波長領域は近赤外波長領域及び紫外波長領域のうちの少なくとも一方を含むことを特徴とする請求項1〜4の何れか1つの請求項に記載の光学フィルタ。
【請求項6】
前記複数層から成る蒸着膜は40層以上から構成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の光学フィルタ。
【請求項7】
前記複数層から成る蒸着膜は20層以上から構成されていることを特徴とする請求項3又は4に記載の光学フィルタ。
【請求項8】
前記複数層から成る蒸着膜は、前記透明合成樹脂基板を冷却しながらイオンプレーティング法で成膜したものであることを特徴とする請求項1〜7の何れか1つの請求項に記載の光学フィルタ。
【請求項1】
透明合成樹脂基板の表面及び裏面の少なくとも何れか一方の面に複数層から成る蒸着膜を形成し、少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を、他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルタにおいて、前記透明合成樹脂基板の厚さが0.1mm以下であって、前記透明合成樹脂基板を形成する合成樹脂の曲げ弾性率を4000MPa以上としたことを特徴とする光学フィルタ。
【請求項2】
前記透明合成樹脂基板を形成する合成樹脂のガラス転移温度は70℃以上であることを特徴とする請求項1に記載の光学フィルタ。
【請求項3】
透明合成樹脂基板の表面及び裏面にそれぞれ複数層から成る蒸着膜を形成し、少なくとも1つの特定の波長領域の光の透過率を、他の波長領域の光の透過率よりも低くした光学フィルタにおいて、前記透明合成樹脂基板の厚さが0.1mm以下であって、前記透明合成樹脂基板を形成する合成樹脂の曲げ弾性率を2400MPa以上としたことを特徴とする光学フィルタ。
【請求項4】
前記透明合成樹脂基板を形成する合成樹脂のガラス転移温度は70℃以上であることを特徴とする請求項3に記載の光学フィルタ。
【請求項5】
前記特定の波長領域は近赤外波長領域及び紫外波長領域のうちの少なくとも一方を含むことを特徴とする請求項1〜4の何れか1つの請求項に記載の光学フィルタ。
【請求項6】
前記複数層から成る蒸着膜は40層以上から構成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の光学フィルタ。
【請求項7】
前記複数層から成る蒸着膜は20層以上から構成されていることを特徴とする請求項3又は4に記載の光学フィルタ。
【請求項8】
前記複数層から成る蒸着膜は、前記透明合成樹脂基板を冷却しながらイオンプレーティング法で成膜したものであることを特徴とする請求項1〜7の何れか1つの請求項に記載の光学フィルタ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2008−112032(P2008−112032A)
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−295469(P2006−295469)
【出願日】平成18年10月31日(2006.10.31)
【出願人】(000104652)キヤノン電子株式会社 (876)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年10月31日(2006.10.31)
【出願人】(000104652)キヤノン電子株式会社 (876)
【Fターム(参考)】
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