説明

光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の晶析方法

【課題】本発明は、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の光学純度を向上させることができる方法の提供を課題とする。
【解決手段】
光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の晶析において、メタノールあるいはアセトニトリルのうちどちらか一方、あるいは両方を添加し、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸を晶析する工程を含む、β−ヒドロキシアミノ酸の晶析方法が提供された。本発明により、β−ヒドロキシアミノ酸の光学純度を向上させることができる。本発明は、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造に有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性な目的物質を得るための晶析方法に関する。また、本発明は該晶析方法を利用した光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、水溶性の低い光学活性なβ−ヒドロキシアミノ酸の回収においては、強酸あるいは強アルカリ性を加えて該アミノ酸を溶解し、遠心分離、活性炭処理、限外ろ過膜処理、イオン交換樹脂処理、ブタノール抽出などを行い、最終的に晶析を行う方法が知られている(特許文献1〜4)。しかし、晶析において効果的に光学純度を向上させる晶析法は知られていなかった。
【0003】
また、同様に水溶性の低いL−トリプトファンの精製においてはアルコール、ケトンを添加して中和晶析する方法が知られているが、光学純度の向上に関しては記載されていない(特許文献5、6)。
【0004】
一般に医薬品用途においては、特に高い光学純度の製品が求められている。有効成分となる化合物の光学異性体は、医薬品として期待される薬理作用が低い、あるいは無い場合がある。あるいは、光学異性体が副作用の原因となる場合もある。したがって、医薬品における光学純度は、その品質を左右する重要な要素である。
2−アミノ−3−シクロヘキシル−3−ヒドロキシプロピオン酸、β−フェニルセリンなどのβ−ヒドロキシアミノ酸は、医薬品、あるいは農薬などの中間体として有用な化合物である。しかしその光学活性体の精製において、光学純度を向上させることができる方法は限られていた。特に工業的な製造に利用しうる方法は知られていない。
【0005】
【特許文献1】特開平6−125786
【特許文献2】特開2000−253896
【特許文献3】特開平1−181797
【特許文献4】特開昭60−98995
【特許文献5】特開昭59−39857
【特許文献6】特開昭60−105498
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の晶析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
液体中に溶解している化合物を純粋な形で回収する方法として、しばしば晶析(結晶化)が利用される。晶析は、化合物の溶解性を決定する条件の変化に伴う、化合物の析出現象を利用する方法である。具体的には、温度、溶媒の種類、あるいはpHなどの条件の変化によって、化合物の溶媒に対する溶解性も変化する。
【0008】
たとえばβ−ヒドロキシアミノ酸等の化合物においては、しばしばpHの変化がその晶析に利用される。すなわち、β−ヒドロキシアミノ酸をいったん酸性条件で十分に溶解した後、溶媒のpHを上昇させる。溶媒のpHの上昇に伴ってβ−ヒドロキシアミノ酸の溶解性はしだいに低下し、やがてβ−ヒドロキシアミノ酸は析出する。こうして、高純度のβ−ヒドロキシアミノ酸を結晶として水溶液から回収することができる。pHの中性化による晶析は、特に中和晶析と呼ばれる。中和晶析は、酸性における溶解に限られない。逆にアルカリで溶解性を示す化合物については、アルカリで溶解し、pHの低下に伴う析出を利用することもできる。
【0009】
ところが、中和晶析をβ−ヒドロキシアミノ酸の回収に利用した場合、光学的純度を向上する効果は期待できない。すなわち、β−ヒドロキシアミノ酸の中和晶析においては、溶媒中に存在する光学異性体は、溶液中における光学純度を維持して析出するので、光学的な純度は実質的に変化しない。光学活性なβ−ヒドロキシアミノ酸は、医薬品あるいは農薬などの有効成分の合成において、中間体として有用である。したがって、β−ヒドロキシアミノ酸の光学純度の向上が期待できる方法が提供されれば有用である。
【0010】
本発明者らは、β−ヒドロキシアミノ酸の光学的純度の向上が期待できる条件について検討を重ねた。そして、水溶液からのβ−ヒドロキシアミノ酸の晶析において、予め特定の溶媒を液体に添加することによって、析出するβ−ヒドロキシアミノ酸の光学純度が向上することを見出し本発明を完成した。すなわち本発明は、以下の光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の晶析方法、および該晶析方法を利用したβ−ヒドロキシアミノ酸の製造方法に関する。
〔1〕光学活性β-ヒドロキシアミノ酸を含む水溶液にメタノールおよびアセトニトリルのいずれかまたは両方を添加し、前記光学活性β-ヒドロキシアミノ酸を晶析する工程を含む、光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の晶析方法。
〔2〕添加されるメタノールおよびアセトニトリルのいずれかまたは両方の添加濃度が20重量%以上である〔1〕に記載の光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の晶析方法。
〔3〕光学活性β-ヒドロキシアミノ酸を晶析する工程が、中和晶析である〔2〕に記載の光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の晶析方法。
〔4〕光学活性β-ヒドロキシアミノ酸が下式1(式中Rは置換されても良い脂肪族基、脂環式基、芳香族基または複素環式基を表す)
【化3】

で表されるD-またはL-β-ヒドロキシアミノ酸である、〔1〕に記載の光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の晶析方法。
〔5〕光学活性β-ヒドロキシアミノ酸がD-またはL-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸である〔4〕に記載の光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の晶析方法。
〔6〕光学活性β-ヒドロキシアミノ酸がD-β-ヒドロキシアミノ酸である〔4〕に記載の光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の晶析方法。
〔7〕次の工程を含む、光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の製造方法。
(1)下式1(式中Rは置換されても良い脂肪族基、脂環式基、芳香族基または複素環式基を表す)
【化4】

で表されるDL-β-ヒドロキシアミノ酸と、該β-ヒドロキシアミノ酸のD体またはL体を光学特異的に他の物質へ変換する触媒とを水性媒体中で接触させる工程;
(2)前記水性媒体に、メタノールおよびアセトニトリルのいずれかまたは両方を添加して晶析を行う工程; および
(3)析出したD-またはL-β-ヒドロキシアミノ酸を回収する工程
【発明の効果】
【0011】
本発明により、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の光学純度を向上しうる晶析方法が提供された。本発明による晶析方法は、簡便な操作で実施することができる。更に本発明によれば、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の工業レベルでの製造においても、簡便な操作によって効果的に光学純度の向上が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、光学活性β-ヒドロキシアミノ酸を含む水溶液にメタノールおよびアセトニトリルのいずれかまたは両方を添加し、前記光学活性β-ヒドロキシアミノ酸を晶析する工程を含む、光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の晶析方法に関する。
【0013】
本発明の晶析方法には、メタノールおよびアセトニトリルのいずれか、または両方が用いられる。これらの溶媒は、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸を含む水溶液に対して、一方または両方を添加することができる。以下、単に「溶媒」と記載するときは、特にことわらないかぎり、メタノールとアセトニトリルのいずれか、または両方を指す。溶媒の添加量は、水溶液に共存する不純物の組成、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の濃度などの条件に合わせて、適宜調節することができる。両方を添加する場合には、両者の割合をこれらの条件に応じて適宜調節することができる。
【0014】
これらの溶媒の添加量は、水溶液に対して通常20重量%以上、たとえば20〜30重量%となるように添加することが好ましい。20重量%より少ない場合には光学純度を向上させる効果が小さい場合がある。一方、水溶液中に不純物が多い場合に多量の溶媒を添加すると、不純物の析出によって結晶純度が低下する場合がある。ただし、析出する可能性のある不純物を予め除去できる場合、あるいは不純物が少ない場合などには、更に多量の溶媒を添加することもできる。
【0015】
本発明において、溶媒を添加した後の晶析工程には、任意の方法を組み合わせることができる。たとえば、pH、あるいは温度等の変化に伴う溶質の溶解度の違いに基づく晶析方法が、しばしば利用される。これらの晶析方法は、いずれも本発明に利用することができる。
たとえば、晶析すべき光学活性β−ヒドロキシアミノ酸を酸性またはアルカリ性溶液に溶解させ、この溶液を中和することにより目的物質を析出させる中和晶析を用いることができる。中和晶析は、晶析すべき目的物質が不純物と共に析出している場合に、目的物質を回収する場合にも利用することができる。
【0016】
具体的には、塩酸、硫酸、硝酸などにより目的の光学活性β−ヒドロキシアミノ酸を含む水溶液のpHを1.5以下になるまで下げることにより溶解させる方法が挙げられる。あるいは、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリを加えることによって、反応液のpHを10以上にすることにより溶解させることもできる。水溶液を酸性あるいはアルカリ性としても、β−ヒドロキシアミノ酸が十分に溶解しない場合には、水溶液を加温することもできる。溶媒は、水溶液を中和するまでの任意のタイミングで添加することができる。したがって、水溶液のpHを調整してβ−ヒドロキシアミノ酸を溶解する前、後、あるいはpHの調整と同時に、水溶液に溶媒を添加することができる。好ましくは、pHを調整した後に、中和の前に溶媒を添加することができる。
【0017】
溶解後の水溶液の中和により、β−ヒドロキシアミノ酸が析出する。こうして晶析されたβ−ヒドロキシアミノ酸の光学純度は、水溶液中における光学純度と比較して高まっている。本発明において、水溶液における光学純度と比較して、析出したβ−ヒドロキシアミノ酸の光学純度が上回っているときに光学純度が高いと言う。中和に用いる酸またはアルカリは、中和により不溶性の塩が生じないものを適宜選択して用いることができる。中和晶析は、本発明における好ましい晶析方法の一つである。
【0018】
晶析によって回収されたβ−ヒドロキシアミノ酸の光学純度は、光学異性体分離カラムを利用する高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などの公知の方法によって決定することができる。なお、本発明における%e.e.は、次の式で求められる数値を意味する。
(([D体の濃度]-[L体の濃度])/([D体の濃度]+[L体の濃度])) x 100
また%d.e.は、次の式で求められる数値を意味する。
〔(D-エリスロ体+L-エリスロ体)-(D-スレオ体+L-スレオ体)〕
/〔(D-エリスロ体+L-エリスロ体)+(D-スレオ体+L-スレオ体)〕 x 100
【0019】
中和晶析に加え、温度変化を利用した晶析方法を本発明に応用することもできる。すなわち、目的の光学活性β−ヒドロキシアミノ酸を含む溶液に、メタノールおよびアセトニトリルのいずれか、または両方を添加する。次いで、水溶液を加温してβ−ヒドロキシアミノ酸を溶解させる。溶解したβ−ヒドロキシアミノ酸は、水溶液の温度の低下に伴い析出する。温度変化による晶析方法を利用する場合、溶媒はできるだけ、水溶液の温度を低下させる直前に添加するのが望ましい。あるいは、高温による溶媒の揮発を防ぐために、水溶液を閉鎖系に置くこともできる。こうして晶析されたβ−ヒドロキシアミノ酸の光学純度は、高まっている。温度を利用した晶析方法は、たとえば中性の水溶液中で実施することができる。そのため、酸性あるいはアルカリ性のpHを避けたい場合に応用することができる。
【0020】
晶析された光学活性β−ヒドロキシアミノ酸は、たとえば、ろ過により水溶液から回収される。β−ヒドロキシアミノ酸を溶解しない溶媒によって洗浄し、乾燥すれば、β−ヒドロキシアミノ酸の結晶を得ることができる。得られたβ−ヒドロキシアミノ酸の結晶は、必要に応じて、再結晶することもできる。
【0021】
本発明の晶析方法において、溶媒を添加する際の水溶液中のβ−ヒドロキシアミノ酸濃度は、溶解度と操作性を考慮して適宜調節することができる。具体的には、0.1%〜30%、より好ましくは1〜20%である。
【0022】
本発明による晶析方法において、β−ヒドロキシアミノ酸のD体およびL体のいずれかの光学異性体が他方よりも多く含まれているとき、β−ヒドロキシアミノ酸が光学活性を有すると言う。このような光学活性β−ヒドロキシアミノ酸を得るためのいくつかの方法が知られている。具体的には、発酵法、酵素法、化学合成法などによって、光学特異的にβ-ヒドロキシアミノ酸を製造する方法が公知である。本発明の晶析方法における光学活性β−ヒドロキシアミノ酸を含む水溶液は、β−ヒドロキシアミノ酸の他の任意の物質を含むことができる。たとえば、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造のための触媒、緩衝剤、あるいは製造に用いられた原料の一部等を含んでいても良い。
【0023】
本発明によって晶析することができる光学活性β−ヒドロキシアミノ酸として、下式1(式中Rは置換されても良い脂肪族基、脂環式基、芳香族基または複素環式基を表す)
【化5】

で表される構造を有する化合物が挙げられる。
【0024】
式中Rは置換されても良い脂肪族基、脂環式基、芳香族基または複素環式基を表す。具体的には、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、脂環式炭化水素基、芳香族炭化水素基または複素環式炭化水素基より選ばれた置換基である化合物である。これらの化合物は、炭素数10以下の低級アルキル基、ハロゲン原子、ニトロ基、炭素数10以下のアルコキシ基、水酸基などで置換されてもよい。より具体的にはシクロヘキシル基、フェニル基、ナフチル基、炭素数20以下、好ましくは10以下のアルキル基、アリル基、チエニル基等が挙げられる。本発明によって晶析することができるDL-β-ヒドロキシアミノ酸としては、D-β-ヒドロキシアミノ酸、L-β-ヒドロキシアミノ酸の混合物が挙げられる。DL-β-ヒドロキシアミノ酸は、スレオ体またはエリスロ体のどちらでも応用できる。
【0025】
具体的には、以下に挙げる化合物のD体またはL体、特にD体の晶析に有用である。
エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸
スレオ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸
スレオ−フェニルセリン
エリスロ−フェニルセリン
スレオ−(3,4-ジヒドロキシフェニル)セリン
エリスロ−(3,4-ジヒドロキシフェニル)セリン
【0026】
本発明の晶析方法は、任意の方法によって製造されたβ-ヒドロキシアミノ酸の晶析に応用することができる。例えば、発酵法、酵素法、化学合成法などによって、光学特異的にβ-ヒドロキシアミノ酸を製造する方法が公知である。より具体的には、DL-β-ヒドロキシアミノ酸を原料として微生物または酵素等の酵素活性物質によってD-またはL-β-ヒドロキシアミノ酸を製造することができる。
【0027】
したがって、本発明の晶析方法は、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造に利用することができる。すなわち本発明は、以下の工程を含む光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造方法を提供する。
(1)下式1(式中Rは置換されても良い脂肪族基、脂環式基、芳香族基または複素環式基を表す)
【化6】

で表されるDL-β-ヒドロキシアミノ酸と、該β-ヒドロキシアミノ酸のD体またはL体を光学特異的に他の物質へ変換する触媒とを水性媒体中で接触させる工程;
(2)前記水性媒体に、メタノールおよびアセトニトリルのいずれかまたは両方を添加して晶析を行う工程; および
(3)析出したD-またはL-β-ヒドロキシアミノ酸を回収する工程
【0028】
前記式1で示されるDL-β-ヒドロキシアミノ酸の製造方法は公知である。一般に、DL-β-ヒドロキシアミノ酸は、D体とL対を等量含むラセミ体として得ることができる。β-ヒドロキシアミノ酸のラセミ体は、本発明における好ましいDL-β-ヒドロキシアミノ酸である。
【0029】
本発明において、触媒とは、β-ヒドロキシアミノ酸のD体またはL体を光学特異的に他の物質へ変換する作用を有する物質を言う。本発明における触媒として、生物由来の触媒活性物質を示すことができる。例えば、酵素、該酵素の処理物、該酵素活性を有する微生物、形質転換体、またはこれら微生物の処理物は触媒に含まれる。これらの酵素活性を有する生物由来の触媒を、特に酵素活性物質(enzyme active materials)と記載することがある。
【0030】
具体的には、例えば、以下の酵素をD-またはL-β-ヒドロキシアミノ酸の製造に用いることができる。これらの酵素により、基質は他の物質へ変換される。
(1)アルドラーゼ類:L-β-ヒドロキシアミノ酸を特異的にグリシンと対応するアルデヒドに分解する活性を有するL-アミノ酸アルドラーゼ類、あるいはグリシンと対応するアルデヒドからD-β-ヒドロキシアミノ酸を合成する活性を有するD-アミノ酸アルドラーゼ類
(2)脱炭酸酵素類:L-β-ヒドロキシアミノ酸を特異的に脱炭酸し分解する活性を有するL-アミノ酸脱炭酸酵素類
(3)アシラーゼ類、特にN-アシル-DL-β-ヒドロキシアミノ酸を原料として、D体のみ、或いはL体を光学特異的に加水分解する活性を有するアミノ酸アシラーゼ類等の酵素
【0031】
好ましい酵素としては、具体的には、L-フェニルセリンアルドラーゼ、L-スレオニンアルドラーゼ、L-アロ−スレオニンアルドラーゼ、D-低基質特異性スレオニンアルドラーゼ、L−低基質特異性スレオニンアルドラーゼ、D-スレオニンアルドラーゼ、D-アロ−スレオニンアルドラーゼ等を挙げることができる。もっとも好ましいものとしてはL-フェニルセリンアルドラーゼを挙げることができる。なお、これらの酵素は公知のものであり、例えば以下に記載された手法により取得できる。
特開平9-238680
ビタミン, 75, 2, 51-61, 2001
バイオサイエンスとインダストリー, Vol. 56, No. 11, 23-26, 1998
Nature, 181, 1533-1534, 1958
Biochim. Biophys. Acta, 258, 779-790 (1972)
FEMS Microbiology Letters, 151, 245-248, 1997
Appl. Microbiol. Biotechnol., 49, 702-708, 1998
Appl. Microbiol. Biotechnol., 54, 44-51, 2000
Eur. J. Biochem., 248, 385-393, 1997
【0032】
L-フェニルセリンアルドラーゼは、例えば、シュードモナス・プチダ属に属し、下記(i)−(iii)の性状により特徴づけられるL-フェニルセリンアルドラーゼ産生能を有する微生物より調製することができる。シュードモナス・プチダ属に属する微生物としては、シュードモナス・プチダ・バイオバーA 24−1株を好適に挙げることができる。すなわちシュードモナス・プチダ属から単離され、以下の性状によって特徴付けられるL-フェニルセリンアルドラーゼは、本発明における酵素活性物質として利用することができる。あるいは、当該酵素を産生するシュードモナス・プチダ属微生物そのもの、あるいはその処理物を本発明の酵素活性物質として利用することができる。
(i) 作用
L-フェニルセリンに作用し、ベンズアルデヒドとグリシンを生成する。
(ii) 基質特異性
(a) L-スレオ-フェニルセリン、およびL-エリスロ-フェニルセリンに共に作用するが、D-スレオ-フェニルセリン、およびD-エリスロ−フェニルセリンには実質的に作用しない。
(b)DL-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸のうち、L-エリスロ体には作用するが、D-エリスロ体には実質的に作用しない。
(iii) 分子量
ゲル濾過における分子量が190,000-210,000、ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動における分子量が35,000。
【0033】
シュードモナス・プチダ・バイオバーA 24−1株は、細菌の培養に用いられる一般的な培地で培養することができる。本酵素は、DL-スレオ-フェニルセリンなどにより誘導されるため、培地に誘導物質を添加することが好ましい。例えば、1.0%ペプトン、0.2%リン酸1水素2カリウム、0.2%リン酸2水素1カリウム、0.2%塩化ナトリウム、0.01%硫酸マグネシウム・7水和物、0.01%酵母エキスを含むpH7.2のペプトン培地に0.2%DL-スレオ-フェニルセリンを含む培地が好適に利用される。
【0034】
L-フェニルセリンアルドラーゼは、微生物の培養物から、例えば、以下のようにして精製することができる。シュードモナス・プチダ・バイオバーA 24−1株を上記0.2%DL-スレオ-フェニルセリンを含むペプトン培地中で十分に増殖させた後に菌体を回収し、緩衝液中で破砕して無細胞抽出液とする。このとき、緩衝液に以下のような成分を加えて酵素を保護するのが望ましい。
還元剤:2-メルカプトエタノール等
プロテアーゼ阻害剤:フェニルメタンフルホニルフルオリド、ペプスタチンA、ロイペプチン、および金属キレーター等
PLP
目的とする酵素は、こうして得られた無細胞抽出液から、たとえば以下のような各種の蛋白質の分画方法、およびクロマトグラフィーなどを適宜組み合わせることにより精製することができる。
蛋白質の溶解度による分画(有機溶媒による沈澱や硫安などによる塩析など)
陽イオン交換、陰イオン交換、ゲル濾過、疎水クロマトグラフィー
キレート、色素、抗体などを用いたアフィニティークロマトグラフィー
より具体的には、たとえば、以下の各工程にしたがって、無細胞抽出液から目的とする酵素を電気泳動的に単一バンドにまで精製することができる。各工程の詳細な条件は、たとえば実施例に記載したとおりとすることができる。
40−60%硫安分割;
DEAE−セルロースイオン交換クロマトグラフィー;
ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー;
DEAE−セルロース陰イオン交換クロマトグラフィー(2回目)
ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー;(2回目)
MonoQ陰イオン交換クロマトグラフィー;
【0035】
シュードモナス・プチダ・バイオバーA 24−1株に由来するL-フェニルセリンアルドラーゼは、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる。更に、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質のホモログも本発明に利用することができる。すなわち、下記(a)から(e)のいずれかに記載のポリヌクレオチドによりコードされる蛋白質、該蛋白質を発現する微生物または形質転換株、およびそれらの処理物からなる群から選択される少なくとも1つを本発明における酵素活性物質として用いることができる。
(a)配列番号:1に記載された塩基配列を含むポリヌクレオチド;
(b)配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列からなる蛋白質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号:1に記載された塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド;および
(e)配列番号:2に記載のアミノ酸配列と70%以上の相同性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド
【0036】
あるいは配列番号:2に記載のアミノ酸配列に、更に付加的なアミノ酸配列を有する蛋白質も、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質と同様の活性を有する限り、本発明における酵素活性物質として利用することができる。たとえば、配列番号:2に記載のアミノ酸配列にHisタグなどを付加した蛋白質は、本発明における酵素活性物質に含まれる。更に、これらの蛋白質を発現する形質転換体、およびそれが産生する組み換え体は、本発明における酵素活性物質に含まれる。
【0037】
本発明に利用するL-フェニルセリンアルドラーゼのホモログとは、配列番号:2に記載のアミノ酸配列に1もしくは複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質と機能的に同等な蛋白質を意味する。本発明において、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる蛋白質と機能的に同等とは、当該蛋白質が前記(i)および(ii)に示した酵素化学的性状を有することを意味する。
【0038】
ある蛋白質がこのような酵素化学的性状を有することは、例えば以下のようにして確認することができる。
活性測定法:
20 mM DL-スレオ-フェニルセリン、200 mM TAPS-NaOH緩衝液(pH8.5)、20μM ピリドキサール-5'-リン酸(以下、PLPと省略する)および酵素を含む0.5 mLの反応液中で、30℃、10分間反応を行い、1 N HClを0.5 mL添加することによって反応を停止する。生成したベンズアルデヒドを次の方法によって定量する。1.0 mLの反応終了液に0.15 mLの0.1% 2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを含む2N塩酸溶液を加え、素早く攪拌し、30℃、20分静置する。更に、3 mLのエタノールを加え、素早く攪拌した後、0.85 mLの3 N NaOHを加え、10分間静置する。その溶液の475 nmにおける吸光度を測定する。酵素活性は、30℃において1分間に1 μmolのベンズアルデヒドの生成を触媒する酵素量を1ユニット(U)とした。
【0039】
本発明において、光学特異的とは、基質としてD体およびL体を同じ条件で触媒と反応させた場合に、触媒が一方の異性体に対して高い活性を示すことを言う。具体的には、一方の異性体に対する活性を100としたときに、もう一方の異性体に対する活性がたとえば10%以下、好ましくは5%以下である場合を言う。シュードモナス・プチダ・バイオバーA 24−1株由来のL-フェニルセリンアルドラーゼの、以下の化合物に対する活性は、それぞれ対応する両異性体に対して以下のとおりである。
(a) L-スレオ-フェニルセリンまたはL-エリスロ-フェニルセリンに対する活性を100とするとき、D-スレオ-フェニルセリンおよびD-エリスロ−フェニルセリンに対する活性は確認できない。
(b)DL-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸のうち、L-エリスロ体に対する活性を100とするとき、D-エリスロ体に対する作用は確認できない。
【0040】
当業者であれば、配列番号:1記載のDNAに部位特異的変異導入法(Nucleic Acid Res. 10,pp.6487 (1982), Methods in Enzymol.100,pp.448 (1983), Molecular Cloning 2ndEdt., Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989) , PCR A Practical Approach IRL Press pp.200 (1991) )などを用いて、適宜置換、欠失、挿入、および/または付加変異を導入することによりL-フェニルセリンアルドラーゼのホモログをコードするポリヌクレオチドを得ることができる。そのL-フェニルセリンアルドラーゼのホモログをコードするポリヌクレオチドを宿主に導入して発現させることにより、配列番号:2に記載のL-フェニルセリンアルドラーゼのホモログを得ることが可能である。
【0041】
配列番号:2に記載のアミノ酸配列において、たとえば100以下、通常50以下、好ましくは30以下、より好ましくは15以下、更に好ましくは10以下、あるいは5以下のアミノ酸残基の変異は許容される。一般にタンパク質の機能の維持のためには、置換するアミノ酸は、置換前のアミノ酸と類似の性質を有するアミノ酸であることが好ましい。このようなアミノ酸残基の置換は、保存的置換と呼ばれている。例えば、Ala、Val、Leu、Ile、Pro、Met、Phe、Trpは、共に非極性アミノ酸に分類されるため、互いに似た性質を有する。また、非荷電性としては、Gly、Ser、Thr、Cys、Tyr、Asn、Glnが挙げられる。また、酸性アミノ酸としては、AspおよびGluが挙げられる。また、塩基性アミノ酸としては、Lys、Arg、Hisが挙げられる。これらの各グループ内のアミノ酸置換は許容される。
【0042】
また、本発明におけるポリヌクレオチドのホモログは、配列番号:1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズできるポリヌクレオチドであって、かつ、前記理化学的性状(1)および(2)を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドも含む。ストリンジェントな条件でハイブリダイズできるポリヌクレオチドとは、配列番号:1に記載中の任意の少なくとも20個、好ましくは少なくとも30個、例えば40、60または100個の連続した配列を一つまたは複数選択したDNAをプローブDNAとし、例えばECL direct nucleic acid labeling and detection system (Amersham Pharmaica Biotech社製)を用いて、マニュアルに記載の条件(例えば、wash:42℃、0.5x SSC を含むprimary wash buffer)において、ハイブリダイズするポリヌクレオチドを指す。より具体的な「ストリンジェントな条件」とは、例えば、通常、42℃、2×SSC、0.1%SDSの条件であり、好ましくは50℃、2×SSC 、0.1%SDSの条件であり、さらに好ましくは、65℃、0.1×SSCおよび0.1%SDSの条件であるが、これらの条件に特に制限されない。ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度や塩濃度など複数の要素が考えられ、当業者であればこれら要素を適宜選択することで最適なストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0043】
さらに、本発明のL-フェニルセリンアルドラーゼのホモログとは、配列番号:2に示されるアミノ酸配列と少なくとも70%、好ましくは少なくとも80%、より好ましくは90%以上のホモロジーを有する蛋白質をいう。蛋白質のホモロジー検索は、例えばSWISS-PROT、PIR、DADなどの蛋白質のアミノ酸配列に関するデータベースやDDBJ、EMBL、あるいはGene-BankなどのDNA配列に関するデータベース、DNA配列を元にした予想アミノ酸配列に関するデータベースなどを対象に、BLAST、FASTAなどのプログラムを利用して、例えば、インターネットを通じて行うことができる。
【0044】
配列番号:2に記載のアミノ酸配列を元にBlastを用いて相同性検索を行った結果、最も高い相同性を示したのは、ラルストニア・ソラナシアラム(Ralstonia solanacearum)由来の予想低基質特異性アルドラーゼ(68%)であった。機能が同定されている蛋白質の中では、シュードモナス・エルギノーザ(Pseudomonas aeruginosa) PAO1株由来の低基質特異性L-スレオニンアルドラーゼのアミノ酸配列は、配列番号:2に対する相同性が41%であった。
【0045】
L-フェニルセリンアルドラーゼをコードするポリヌクレオチドをプローブとして、土壌等の環境サンプルから直接得られたDNAからスクリーニングすることによっても目的のDNAを得ることができる。ライブラリーには、環境サンプルから得られたDNAの物理的消化物、酵素的消化物をファージ、プラスミドなどに導入し、大腸菌を形質転換して得られたライブラリーを利用することができる。スクリーニングには、コロニーハイブリダイゼーション、あるいはプラークハイブリダイゼーションを利用することができる。上記方法で、ハイブリダイズするDNAを得た後、得られたDNA塩基配列を解析した結果、コードするアミノ酸配列がL-フェニルセリンアルドラーゼと70%以上の相同性を有するものは、同様の機能を有することが期待できる。こうして得られたDNAをもつプラスミドによって形質転換された大腸菌も、本発明に利用することができる。
【0046】
L-フェニルセリンアルドラーゼをコードするポリヌクレオチドは、例えば、以下のような方法によって単離することができる。たとえば配列番号:1に記載の塩基配列を元にPCR用のプライマーを設計し、酵素生産株の染色体DNAもしくは、cDNAライブラリーを鋳型としてPCRを行うことにより目的のDNAを得ることができる。
あるいは、PCRによって得られたDNA断片をプローブとして、酵素生産株のライブラリーをスクリーニングすることによって目的のDNAを得ることができる。ライブラリーには、染色体DNAの制限酵素消化物をファージ、プラスミドなどに導入し、大腸菌を形質転換して得られたライブラリーやcDNAライブラリーを利用することができる。スクリーニングには、コロニーハイブリダイゼーション、あるいはプラークハイブリダイゼーションを利用することができる。
【0047】
また、PCRにより得られたDNA断片の塩基配列情報に基づいて、その5'側あるいは3'側の塩基配列を取得することもできる。このような方法として、RACE法(Rapid Amplification of cDNA End、「PCR実験マニュアル」p25-33, HBJ出版局)を利用することができる。あるいは、既知の断片配列情報に基づいて未知の領域を取得するための方法として、逆PCR(Inverse PCR;Genetics 120, 621-623 ,1988)も公知である。逆PCRにおいては、自己環化によって環状化されたDNAライブラリーが用いられる。このようなライブラリーは、酵素生産株の染色体DNAを適当な制限酵素で消化後、自己環化させることにより得ることができる。一方、逆PCR用のプライマーは、既知のcDNAの塩基配列に対して、その外側(未知の領域)に向かって相補鎖合成反応が進むようにデザインされる。鋳型となるDNAは環状化されているので、逆PCRによって未知の領域を増幅産物として得ることができる。
なお本発明のポリヌクレオチドには、以上のような方法によってクローニングされたゲノムDNA、あるいはcDNAの他、合成によって得られたDNAが含まれる。
【0048】
このようにして単離された、ホモログをコードするポリヌクレオチドを公知の発現ベクターに挿入することにより、L-フェニルセリンアルドラーゼのホモログの発現ベクターを得ることができる。また、この発現ベクターで形質転換した形質転換体を培養することにより、L-フェニルセリンアルドラーゼのホモログを組換え体として得ることができる。こうして得られた形質転換体、およびそれが産生するホモログの組み換え体は、本発明における酵素活性物質に含まれる。
【0049】
本発明においてL-フェニルセリンアルドラーゼまたはそのホモログを発現させるために、形質転換の対象となる微生物は、L-フェニルセリンアルドラーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含む組換えベクターにより形質転換され、L-フェニルセリンアルドラーゼ活性を発現することができる生物であれば特に制限はない。利用可能な微生物としては、例えば以下のような微生物を示すことができる。
【0050】
エシェリヒア(Escherichia)属
バチルス(Bacillus)属
シュードモナス(Pseudomonas)属
セラチア(Serratia)属
ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属
コリネバクテリイウム(Corynebacterium)属
ストレプトコッカス(Streptococcus)属
ラクトバチルス(Lactobacillus)属等宿主ベクター系の開発されている細菌
ロドコッカス(Rhodococcus)属
ストレプトマイセス(Streptomyces)属等宿主ベクター系の開発されている放線菌
サッカロマイセス(Saccharomyces)属
クライベロマイセス(Kluyveromyces)属
シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属
チゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属
ヤロウイア(Yarrowia)属
トリコスポロン(Trichosporon)属
ロドスポリジウム(Rhodosporidium)属
ピキア(Pichia)属
キャンディダ(Candida)属等宿主ベクター系の開発されている酵母
ノイロスポラ(Neurospora)属
アスペルギルス(Aspergillus)属
セファロスポリウム(Cephalosporium)属
トリコデルマ(Trichoderma)属等宿主ベクター系の開発されているカビ
【0051】
形質転換体の作製のための手順および宿主に適合した組み換えベクターの構築は、分子生物学、生物工学、遺伝子工学の分野において慣用されている技術に準じて行うことができる(例えば、Sambrookら、モレキュラー・クローニング、Cold Spring Harbor Laboratories)。
【0052】
微生物菌体内などにおいて、本発明のL-フェニルセリンアルドラーゼ遺伝子を発現させるためには、まず微生物中で安定に存在するプラスミドベクターまたはファージベクターへ本発明のDNAを導入し、その遺伝情報を転写・翻訳させる。そのためには、転写・翻訳を制御するユニットにあたるプロモーターを本発明のDNA鎖の5'-側上流に、より好ましくはターミネーターを3'-側下流に、それぞれ組み込めばよい。このプロモーター、ターミネーターとしては、宿主として利用する微生物中において機能することが知られているプロモーター、ターミネーターを用いる。これら各種微生物において利用可能なベクター、プロモーター、ターミネータ−等に関しては、例えば「微生物学基礎講座8遺伝子工学・共立出版」、特に酵母に関しては、Adv. Biochem. Eng. 43, 75-102 (1990)、Yeast 8, 423-488 (1992)、等に詳細に記載されている。
【0053】
エシェリヒア属、特に大腸菌エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)においては、プラスミドベクターとして、例えばpBR、pUC系プラスミドを利用でき、lac(β−ガラクトシダーゼ)、trp(トリプトファンオペロン)、tac、trc (lac、trpの融合)、λファージ PL、PR等に由来するプロモーター等が利用できる。また、ターミネーターとしては、trpA由来、ファージ由来、rrnBリボソーマルRNA由来のターミネーター等を用いることができる。
【0054】
バチルス属においては、ベクターとしてpUB110系プラスミド、pC194系プラスミド等が利用可能であり、染色体にインテグレートさせることも可能である。また、プロモーターまたはターミネーターとしてapr(アルカリプロテアーゼ)、 npr(中性プロテアーゼ)、またはamy(α−アミラーゼ)等が利用できる。
【0055】
シュードモナス属においては、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)、シュードモナス・セパシア(Pseudomonas cepacia)等の宿主ベクター系が開発されている。トルエン化合物の分解に関与するプラスミドTOLプラスミドを基本にした広宿主域ベクター(RSF1010等に由来する自律的複製に必要な遺伝子を含む)pKT240等が利用可能である。プロモーターまたはターミネーターとしては、リパーゼ(特開平5-284973)遺伝子等が利用できる。
【0056】
ブレビバクテリウム属、特にブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)においては、pAJ43(Gene 39, 281 (1985))等のプラスミドベクターが利用可能である。プロモーターまたはターミネーターとしては、大腸菌で使用されているプロモーター、ターミネーターがそのまま利用可能である。
【0057】
コリネバクテリウム属、特にコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)においては、pCS11(特開昭57-183799)、pCB101(Mol. Gen. Genet. 196, 175, 1984)等のプラスミドベクターが利用可能である。
【0058】
ストレプトコッカス(Streptococcus)属においては、pHV1301(FEMS Microbiol. Lett. 26, 239 (1985)、pGK1(Appl. Environ. Microbiol. 50, 94 (1985))等がプラスミドベクターとして利用可能である。
【0059】
ラクトバチルス(Lactobacillus)属においては、ストレプトコッカス属用に開発されたpAMβ1(J. Bacteriol. 137, 614,1979)等が利用可能であり、プロモーターとして大腸菌で利用されているものが利用可能である。
【0060】
ロドコッカス(Rhodococcus)属においては、ロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)から単離されたプラスミドベクター等が利用可能である(J. Gen. Microbiol. 138,1003,1992)。
【0061】
ストレプトマイセス(Streptomyces)属においては、HopwoodらのGenetic Manipulation of Streptomyces: A Laboratory Manual Cold Spring Harbor Laboratories (1985)に記載の方法に従って、プラスミドを構築することができる。特に、ストレプトマイセス・リビダンス(Streptomyces lividans)においては、pIJ486 (Mol. Gen. Genet. 203, 468-478, 1986)、pKC1064(Gene 103,97-99,1991)、pUWL-KS (Gene 165,149-150, 1995)等が使用できる。また、ストレプトマイセス・バージニア(Streptomyces virginiae)においても、同様のプラスミドを使用することができる(Actinomycetol. 11, 46-53, 1997)。
【0062】
サッカロマイセス(Saccharomyces)属、特にサッカロマイセス・セレビジアエ(Saccharomyces cerevisiae) においては、YRp系、YEp系、YCp系、YIp系プラスミド等が利用可能であり、染色体内に多コピー存在するリボソームDNAとの相同組み換えを利用したインテグレーションベクター(EP 537456など)は、多コピーで遺伝子を導入でき、かつ安定に遺伝子を保持できるため極めて有用である。また、ADH(アルコール脱水素酵素)、GAPDH(グリセルアルデヒド−3−リン酸脱水素酵素)、PHO(酸性フォスファターゼ)、GAL(β−ガラクトシダーゼ)、PGK(ホスホグリセレートキナーゼ)、ENO(エノラーゼ)等のプロモーターおよびターミネーターが利用可能である。
【0063】
クライベロマイセス属、特にクライベロマイセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)においては、サッカロマイセス・セレビジアエ由来2μm系プラスミド、pKD1系プラスミド(J. Bacteriol. 145, 382-390, 1981)、キラー活性に関与するpGKl1由来プラスミド、クライベロマイセス属における自律増殖遺伝子KARS系プラスミド、リボソームDNA等との相同組み換えにより染色体中にインテグレート可能なベクタープラスミド(EP 537456など)などが利用可能である。また、ADH、PGK等に由来するプロモーター、ターミネーターが利用可能である。
【0064】
シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属においては、シゾサッカロマイセス・ポンベ由来のARS (自律複製に関与する遺伝子)、およびサッカロマイセス・セレビジアエ由来の栄養要求性を相補する選択マーカーを含むプラスミドベクター等が利用可能である(Mol. Cell. Biol. 6, 80,1986)。また、シゾサッカロマイセス・ポンベ由来のADHプロモーターなどが利用できる(EMBO J. 6, 729, 1987)。特に、pAUR224は、宝酒造から市販されており容易に利用できる。
【0065】
チゴサッカロマイセス属(Zygosaccharomyces)においては、チゴサッカロマイセス・ロウキシ (Zygosaccharomyces rouxii)由来の pSB3(Nucleic Acids Res. 13, 4267, 1985)などに由来するプラスミドベクター等が利用可能であり、サッカロマイセス・セレビジアエ由来 PHO5 プロモーター、およびチゴサッカロマイセス・ロウキシ由来 GAP-Zr(グリセルアルデヒド−3−リン酸脱水素酵素)のプロモーター(Agri. Biol. Chem. 54, 2521, 1990)等が利用可能である。
【0066】
ピキア(Pichia)属においては、ピキア・アンガスタ(Pichia angusta、旧名:ハンゼヌラ・ポリモルファ(Hansenula polymorpha))において宿主ベクター系が開発されている。ベクターとしては、ピキア・アンガスタ由来自律複製に関与する遺伝子(HARS1、HARS2)も利用可能であるが、比較的不安定であるため、染色体への多コピーインテグレーションが有効である(Yeast 7, 431-443, 1991)。また、メタノールなどで誘導されるAOX(アルコールオキシダーゼ)、FDH(ギ酸脱水素酵素)のプロモーター等が利用可能である。また、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)などにピキア由来自律複製に関与する遺伝子 (PARS1、PARS2)等を利用した宿主ベクター系が開発されており(Mol. Cell. Biol. 5, 3376, 1985)、高濃度培養とメタノールで誘導可能なAOXなど強いプロモーターが利用できる(Nucleic Acids Res. 15, 3859, 1987)。
【0067】
キャンディダ(Candida)属においては、キャンディダ・マルトーサ(Candida maltosa)、キャンディダ・アルビカンス(Candida albicans)、キャンディダ・トロピカリス(Candida tropicalis)、キャンディダ・ウチルス (Candida utilis) 等において宿主ベクター系が開発されている。キャンディダ・マルトーサにおいてはキャンディダ・マルトーサ由来ARSがクローニングされ(Agri. Biol. Chem. 51, 51, 1587,1987)、これを利用したベクターが開発されている。また、キャンディダ・ウチルスにおいては、染色体インテグレートタイプのベクターの強力なプロモーターが開発されている(特開平08-173170)。
【0068】
アスペルギルス(Aspergillus)属においては、アスペルギルス・ニガー (Aspergillus niger) 、アスペルギルス・オリジー (Aspergillus oryzae) 等がカビの中で最もよく研究されており、プラスミド、および染色体へのインテグレーションの利用が可能であり、菌体外プロテアーゼやアミラーゼ由来のプロモーターが利用可能である(Trends in Biotechnology 7, 283-287,1989)。
【0069】
トリコデルマ(Trichoderma)属においては、トリコデルマ・リーゼイ(Trichoderma reesei)を利用したホストベクター系が開発され、菌体外セルラーゼ遺伝子由来プロモーター等が利用できる(Biotechnology 7, 596-603, 1989)。
【0070】
また、微生物以外でも、植物、動物において様々な宿主・ベクター系が開発されている。具体的には、蚕などの昆虫(Nature 315, 592-594,1985)、あるいは菜種、トウモロコシ、およびジャガイモ等の植物中に大量に異種蛋白質を発現させる系が開発されている。これらの宿主・ベクター系も、本発明に利用できる。
【0071】
本発明の水性媒体としては、水、あるいは酵素活性物質の酵素活性を維持する緩衝液などを示すことができる。
【0072】
本発明において、酵素活性物質と原料を含む反応溶液の接触形態は任意である。たとえば原料を含む溶媒に、酵素活性物質を混合することによって、両者を接触させることができる。酵素活性物質が溶媒に不溶性の場合には、溶媒中に酵素活性物質が分散され、必要に応じて両者を分離することができる。あるいは原料を含む溶媒と、酵素活性物質を、基質透過性の膜で分離して接触させることもできる。このような接触形態は、酵素活性物質の回収と再利用を容易にする。本発明において、両者の接触形態は、これらの具体例に限定されない。
【0073】
本発明において、酵素活性物質としては、配列番号:2に記載の蛋白質、またはそのホモログを機能的に発現する形質転換体並びにその処理物を用いることができる。例えば、pKK-PSA1により形質転換された大腸菌は、本発明における形質転換体として好ましい。
本発明における酵素、該酵素活性を有する微生物並びに形質転換体には、その酵素活性が維持される限り任意の処理を施すことができる。例えば、以下に示すような処理を施した酵素または微生物は、酵素または微生物の処理物に含まれる。
具体的には、以下に示す酵素活性物質が含まれる。
界面活性剤やトルエンなどの有機溶媒処理によって細胞膜の透過性を変化させた微生物;
凍結乾燥やスプレードライなどにより調製した乾燥菌体;
ガラスビーズや酵素処理によって菌体を破砕した無細胞抽出液;
無細胞抽出液を部分精製したもの;
精製された酵素;
形質転換体あるいは酵素を固定化した固定化酵素、固定化微生物;
【0074】
本発明の光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造方法において、反応液から目的とする光学活性β−ヒドロキシアミノ酸を晶析するにあたり、反応液を構成する酵素活性物質を予め除去することができる。たとえば、微生物菌体あるいはその処理物のような酵素活性物質は、ろ過や遠心分離によって除去することができる。
【実施例】
【0075】
次に本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。以下、実施例中ではエリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸はACHPと略す。
本発明におけるACHPの定量及び光学純度の測定は高速液体クロマトグラフィーにより行った。ただし、光学純度の測定においてはACHPをさらにBoc化して測定した。
【0076】
参考例1
DL-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸の製造方法
[1]3-シクロヘキシル-2-プロペン酸の製造方法
マロン酸23.9gにトルエン58.1を加え、65℃まで昇温し、ピリジン27.1g、ピペリジン0.54gを滴下した。さらにシクロヘキシルアルデヒド30.0gを滴下後、10時間反応させた。反応終了後冷却し、3M水酸化ナトリウム水溶液93.3gを加え攪拌後、上層のトルエン相を除去した。下層にt−ブチルメチルエーテル55.5g、濃塩酸55.8gを加え、攪拌後下層を除去した。上層のt−ブチルメチルエーテル相に水24.8g及び濃塩酸0.29gを加え、攪拌後下層を除去した。上層のt-ブチルメチルエーテル相を減圧濃縮し、3-シクロヘキシル-2-プロペン酸33.0gを得た。
【0077】
[2]3-シクロヘキシル-2,3-エポキシプロピオン酸の製造
タングステン酸ナトリウム2水和物43gに水64.4gを加え溶解させ、40℃に加温した。これに3-シクロヘキシル-2-プロペン酸20g及びメタノール15.8gを加え、さらに30%過酸化水素水29.4gを滴下した。25%水酸化ナトリウム水溶液を用いて、反応液のpHを4.5〜5.0の範囲にコントロールしながら40℃にて20時間反応させた。反応終了後10℃以下まで冷却し、35%重亜硫酸ナトリウム及び25%水酸化ナトリウム水溶液をpH4.0〜6.0に保ちながら滴下し、過酸化水素を分解した。減圧条件下にてメタノールを留去した後、濃塩酸を用いてpHを2.0〜3.0に調整した。t-ブチルメチルエーテル676gを加え30分以上攪拌した後、30分以上静置した。下層を分液した後、上層をろ過した。このろ液を減圧下で濃縮することで淡黄色油状の3-シクロヘキシル-2,3-エポキシプロピオン酸16.2gを得た。
【0078】
[3]2-ベンジルアミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸の製造
3-シクロヘキシル-2,3-エポキシプロピオン酸10.0gに水21.0g及び25%水酸化ナトリウム水溶液9.4gを加え溶解させ、40−55℃に昇温した。ベンジルアミン18.9gを滴下し、90℃で10時間反応させた。反応後30℃以下まで冷却した後、濃塩酸17.1g、水61.1g、t-ブチルメチルエーテル9.9gの混合液に反応液を滴下した。滴下後25%水酸化ナトリウム水溶液にてpHを3.5に調整し、30分攪拌した。析出した結晶をろ過し、結晶をアセトン、水で洗浄し、50℃で減圧下乾燥することで2-ベンジルアミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸13.9gを得た。
【0079】
[4]DL-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸の製造方法
2-ベンジルアミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸13.0gにメタノール62.8g、水39.4g、25%水酸化ナトリウム水溶液7.5g及び触媒として50%含水水酸化パラジウム(活性炭担持物)0.7gを加え、水素ガスで500kPaまで加圧し、50℃で4時間反応を行った。反応後12%水酸化ナトリウム水溶液7.7gを加えて30分攪拌後、濾過することで触媒を除去した。ろ液を減圧濃縮し、メタノール、トルエンを除去し、濃塩酸にてpHを5.8に調整した。析出した結晶を濾過し、水で洗浄後、減圧下乾燥することでDL-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸7.9gを得た。
【0080】
(参考例2)シュードモナス・プチダ・バイオバ-A 24-1株 (Pseudomonas putida biovar. A)の培養
シュードモナス・プチダ・バイオバ-A 24-1株を1.0%ペプトン、0.2%リン酸1水素2カリウム、0.2%リン酸2水素1カリウム、0.2%塩化ナトリウム、0.01%硫酸マグネシウム・7水和物、0.01%酵母エキスを含むpH7.2のペプトン培地に植菌し、30℃、12時間振盪培養した。同ペプトン培地に0.2%DL-スレオ-フェニルセリンを含む培地に植菌し、更に30℃、24時間振盪培養し、遠心分離により菌体を得た。
【0081】
参考例3
L-フェニルセリンアルドラーゼの精製
参考例2により調製した菌体289gを、0.1M TES-NaOH緩衝液(pH7.2)、2mM エチレンジアミン4酢酸(EDTA)、0.02% 2-メルカプトエタノールを含む菌体破砕液に懸濁し、超音波により菌体を破砕した。菌体破砕液を遠心分離し、その上清画分を10mM TES-NaOH緩衝液(pH7.2)、1mM EDTA、0.01%2-メルカプトエタノール、50μM PLPを含む緩衝液1に透析し、無細胞抽出液とした。
【0082】
無細胞抽出液に40%飽和まで硫安を添加し、遠心分離により沈殿を除去した。その上清に60%飽和まで硫安を添加し、遠心分離の沈殿画分として本酵素を回収した。
沈殿画分を緩衝液1に溶解し、同緩衝液に透析後、緩衝液1で平衡化したDEAE-セルロースカラム(4.8 x 38cm)に本酵素を吸着させた。緩衝液1、0.1M、0.15M、0.2M、0.25M塩化カリウムを含む緩衝液1で段階溶出した結果、本酵素は、0.15M及び0.2M塩化カリウムを含む緩衝液1で溶出した。活性画分を集め、10mM リン酸カリウム緩衝液(pH7.2)、0.01%2-メルカプトエタノールを含む緩衝液2に対して透析した。
【0083】
次に、緩衝液2で平衡化したヒドロキシアパタイトカラム(1.7 x 18cm)に酵素を吸着させ、0.01M、0.02M、0.03M、0.05M、0.1Mリン酸カリウム緩衝液で段階溶出した。0.01M、0.02M及び0.03Mリン酸緩衝液で溶出した活性画分を回収し、濃縮後、緩衝液1に透析した。
緩衝液1で平衡化したDEAE-セルロース(1.7 x 19cm)に透析した酵素を吸着させ、同緩衝液で洗浄後、0.1M、0.15M、0.2M、0.25M塩化カリウムを含む緩衝液1で段階溶出を行った。本酵素は、0.15M塩化カリウムを含む緩衝液1で溶出した。活性画分を濃縮後、緩衝液2に透析した。
【0084】
緩衝液2で平衡化したヒドロキシアパタイトカラム(1.7 x 18cm)に酵素を吸着し、緩衝液2で洗浄後、0.01M、0.03M、0.05Mリン酸カリウム緩衝液で溶出した。本酵素は、0.03Mリン酸カリウムで溶出した。活性画分を回収、濃縮後、緩衝液1に対して透析した。
緩衝液1で平衡化したMono Qカラム(0.5 x 5cm)に酵素を吸着し、同緩衝液で洗浄後、0から0.5M塩化カリウムの勾配溶出を行った。溶出した活性画分を回収し、精製酵素とした。
精製酵素をゲル電気泳動に供した結果、Native-ポリアクリルアミド、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)-ポリアクリルアミドいずれの条件においても単一バンドを示した。
【0085】
精製の要約を表1「L-フェニルセリンアルドラーゼの精製」に示した。
【表1】

【0086】
参考例4
L-フェニルセリンアルドラーゼ遺伝子を含むプラスミドpKK-PSA1の構築
[1]シュードモナス プチダからの染色体DNAの精製
シュードモナス・プチダ・バイオバ−A 24−1株を1.5%ポリペプトン、0.5%酵母エキス、0.5%塩化ナトリウムを含む培地で培養し、菌体を調製した。染色体DNAは、Biochem. Biophys. Acta., 72, 619 (1963)に記載の方法により菌体から精製した。
【0087】
[2]L-フェニルセリンアルドラーゼ遺伝子のコア配列のクローニング
参考例2で得られた精製酵素をトリプシン消化して得られたペプチドのアミノ酸配列(配列番号:3及び配列番号:4)を元に、プライマー12及びプライマーCを合成した。
配列番号:3
Gln-Ala-Gly-Pro-Tyr-Gly-Thr-Asp-Glu-Leu
配列番号:4
Phe-Gly-PHe-Tyr-His-Asp-Arg-Trp
配列番号:5 プライマー12
GGGAATTCAGGCGGGCCCGTATGGCACCGACCGACGA
配列番号:6 プライマーC
AAGCCGAAGATAGTGCTGGGCGACCCCTAGGGG
【0088】
各50 pmolのプライマーセット、10nmolのdNTP、50ngの染色体DNA、AmpliTaq DNAポリメラーゼ用緩衝液(パーキンエルマー社製)、3 mMのMgCl、2.5 UのAmpliTaq DNAポリメラーゼ(パーキンエルマー社製)を含む50 μLの反応液を用い、変性(94℃、1分)、アニール(50℃、2分)、伸張(65℃、3分)を30サイクル、DNA Thermal Cycler(パーキンエルマー社製)を用いてPCRを行った。
【0089】
増幅したDNAの塩基配列を解析した。DNA塩基配列の解析には、BigDye Terminator Cycle Sequencing FS ready Reaction Kit(パーキンエルマー社製)を用いてPCRを行い、DNAシーケンサ−ABI PRISMTM 310(パーキンエルマー社製)により行った。得られた配列を配列番号:7に示した。
【0090】
[3]L-フェニルセリンアルドラーゼ遺伝子の全領域のクローニング
コア配列の塩基配列を元に、プローブU2及びプローブCの3つのオリゴヌクレオチドを合成した。これらの合成DNAをプローブとしてサザンハイブリダイゼーションを行った。
配列番号8: プローブU2
TGATGACCGTCGACGGCCCG
配列番号9: プローブC
CGGCCTTCAGCAGCGCATCGA
【0091】
すなわち、制限酵素SpHIで消化した染色体DNAを泳動したアガロースゲルをナイロンメンブレンフィルター(デュポン社製)ブロッティングした。ブロッティングしたメンブレンを2×SSC溶液で洗浄後、0.4 M NaOHで1分間アルカリ処理し固定した。続いて0.2 M トリス−塩酸緩衝液(pH7.5)−2×SSC溶液で中和処理後、風乾した。このメンブレンをハイブリダイゼーション液(0.1% 牛血清アルブミン、0.1% フィコール、0.1% ポリビニルピロリドン、0.75 mM NaCl、75 mM クエン酸ナトリウム、1% SDS)に浸し、45〜55℃で一晩プレハイブリダイゼーションを行った。次に、250 μgの熱変性サケ精子DNAと32Pでラベルしたプローブを加えたハイブリダイゼーション液で更に45〜55℃で一晩ハイブリダイゼーション処理した。ハイブリダイズしたメンブレンを6×SSC−0.5% SDS溶液で洗浄した。続いて同溶液で55℃、2分間洗浄し、2×SSC溶液で軽くすすいだ後、風乾し、オートラジオグラフィーを行った。
【0092】
その結果、染色体DNAをSpHIで消化して得られた約6.7 kbのDNA断片が、どちらのプローブとも強くハイブリダイズすることが確認されたため、該DNA断片部分をゲルから切り出し、同制限酵素SpHIで消化したpUC19とTaKaRa DNA Ligation Kit(タカラバイオ製)を用いて、ライゲーションした。ライゲーションしたDNAによって大腸菌JM109株を形質転換し、約700個のクローン株を得た。
【0093】
得られた約700個のクローン株について、合成DNAプローブU2用いてコロニーハイブリダイゼーションを行った結果、放射活性が強い41個のコロニーを選択した。これらのクローン株から目的とする約6.7 kbの挿入DNA断片を含むプラスミドを選択し、pPSA2とした。
【0094】
pPSA2の挿入DNA断片の塩基配列を解析した結果、コア配列を含む1074 bpのオープンリーディングフレーム(ORF)を確認できた。得られた塩基配列及びこの塩基配列から推定されるアミノ酸配列を配列番号:1及び配列番号:2に示した。
【0095】
[4]L-フェニルセリンアルドラーゼ遺伝子高発現プラスミドpKK-PSA1の構築
該L-フェニルセリンアルドラーゼの高発現株を構築した。まず、pPSA2の挿入DNA断片の塩基配列をもとに、該L-フェニルセリンアルドラーゼ遺伝子のORFの上流部位及び下流部位に対応するそれぞれのオリゴヌクレオチドプライマー PSA-ECO及びPrimer PSA-HINを合成した。
配列番号:10 プライマー PSA-ECO
GGGAATTCGACCATCAGGCGAGCGTCAA
配列番号:11 プライマー PSA-HIN
GGAAGCTTCCAGAGCGAGCACAGCCGCCAC
【0096】
プラスミドpPSA2を鋳型として、各10 pmolのプライマーセット、0.2 mMのdNTP、AmpliTaq DNAポリメラーゼ用緩衝液(パーキンエルマー社製)、2.5 UのAmpliTaq DNAポリメラーゼ(パーキンエルマー社製)を含む50 μLの反応液を用い、変性(94℃、30秒)、アニール(50℃、30秒)、伸張(72℃、1分)を30サイクル、DNA Thermal Cycler(パーキンエルマー社製)を用いてPCRを行った。増幅DNA断片を制限酵素EcoRI及びHindIIIを用いて二重消化し、同様に二重消化したpKK223-3にライゲーションしてpKK-PSA1を得た。該L-フェニルセリンアルドラーゼ遺伝子を含むプラスミドpKK-PSA1はFERM−P−20054として寄託された。
以下に、寄託物を特定するための情報を記載する。
(a)寄託機関の名称・あて名
名称:独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター
あて名:日本国茨城県つくば市東1丁目1番1号中央第6(郵便番号305−8566)
(b)寄託日:平成16年4月13日
(c)受託番号:FERM P−20054
【0097】
参考例5
L-フェニルセリンアルドラーゼの活性確認
参考例2で得られたプラスミドpKK-PSA1で形質転換された大腸菌JM109株を、アンピシリン(50 mg/L)を含む液体LB培地(バクト−トリプトン10g/L、バクト−酵母エキス5g/L、塩化ナトリウム10g/L、pH7.2)に植菌し、30℃で終夜培養した後、アンピシリン(50 mg/L)を含む2×YT培地(バクト−トリプトン20g/L、バクト−酵母エキス10g/L、塩化ナトリウム10g/L、pH7.2)に植菌し、30℃で培養した後、0.1 mM IPTGにより誘導を4時間行い、遠心分離により集菌体を得た。集菌後、0.02% 2-メルカプトエタノール、2 mM EDTA、20 μM ピリドキサール-5'-リン酸を含む100 mM TES−NaOH緩衝液(pH7.2)に懸濁し、密閉式超音波破砕装置UCD−200TM(コスモバイオ製)を用いて3分間処理することで、菌体を破砕した。菌体破砕液を遠心分離し、その上清を無細胞抽出液としてL-フェニルセリンアルドラーゼ活性を測定した結果、20.0U/mgの比活性を有することが確認できた。
【0098】
参考例6
大腸菌JM109 (pKK-PSA1)を用いたD-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸の合成
参考例3により得られたプラスミドpKK-PSA1を有する大腸菌JM109株を用いてD-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸の合成を行った。
400 mM Tris−HCl緩衝液(pH8.5)、50 μM ピリドキサール-5'-リン酸、DL-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸および菌体を含む10 mLの反応液を、攪拌下、30℃で終夜反応させた。反応終了後、残存したD-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸の定量、及び光学純度を分析した。
【0099】
結果を表2に示した。DL-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸の濃度を1%、5%とした何れの場合においても、不要な異性体の分解は完全に進行し、残存したD-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸が99.0%e.e.以上の光学純度で得られることが確認できた。
【0100】
【表2】

【0101】
ACHPの定量
カラム:Wakosil II 5C18, φ4.6mm×250mm(和光純薬工業)
移動相:50mM カリウムリン酸緩衝液pH2.5/アセトニトリル[95:5]
カラム温度:40℃
流速:1.0mL/min
検出:210nm
【0102】
Boc−ACHP光学純度の測定
カラム:キラルセル(Chiralcel)AD-H(ダイセル化学工業), φ4.6mm×250mm
移動相:n-ヘキサン/エタノール/トリフルオロ酢酸[900:10:1]
カラム温度:25℃
流速:1.0mL/min
検出:210nm
保持時間:L−エリスロ体 10.8分、D-エリスロ体 12.3分、スレオ体 8.7分、14.5分
注)スレオ体のD,L判定は未決定
【0103】
ACHPのN−Boc化
ACHP約0.01mmolを含むサンプルに0.5mLの50mM NaBO−NaOH緩衝液,pH10.8を添加し、良く攪拌し、ACHPを溶解させた。不溶物があればろ過、遠心分離により除いた。この溶液に0.5mLメタノールを添加した後、ジ-tert-ブチルジカーボネート0.012mmol加え、30℃、2時間攪拌する。次いで0.4mLの5%KHSOを添加し、pHが3以下であることを確認した。次いで1.5mLの酢酸エチルで抽出し、酢酸エチル相を分離し、減圧下に酢酸エチルを留去する。この残渣を適量のHPLC移動相(n-ヘキサン/エタノール/トリフルオロ酢酸[900:10:1])に溶かし、光学純度測定サンプルとした。
【0104】
(実施例1)メタノールの添加
参考例5と同様にしてプラスミドpKK-PSA1で形質転換された大腸菌JM109株を培養した。
250 mM Na−リン酸緩衝液(pH8.5)、50 μM ピリドキサール-5'-リン酸、5.4%(wt/wt) DL-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸、上記培養液100g分の菌体を含む合計200gの反応液を、攪拌下、30℃で20時間反応し、D−ACPH 26.3g/Lを含む反応液を得た(87.63%ee、94.65%de)。
【0105】
この反応液100gに濃硫酸を加えてpH1.0として、50℃に加温し、6時間攪拌を続け、ACPHを溶解した。遠心分離にて菌体など不溶物を除去し、上清を20gずつ4つに分け、(1)無添加、(2)メタノール16.7%、(3)同20.0%、(4)同25.9%を添加した(いずれも重量%)。これらに攪拌下、25%NaOH水(w/v)をゆっくり添加し10分間かけてpH6.0となるまで中和した。中和が進むにつれACHP結晶は析出した。4℃で一夜冷却した後、ろ過により結晶を分離し、7mL冷精製水、7mL冷2-プロパノールでリンスし、50℃、減圧下に乾燥した。ACHP含量、光学純度他は表3の通りであった。この結果、20%以上のメタノールの添加により結晶の%ee、%deともに向上し、光学純度向上に特に有効であることが判明した。
【0106】
【表3】

【0107】
(実施例2)アセトニトリルの添加
実施例1で調製した反応液100gに濃硫酸を加えてpH1.0として、50℃に加温し、6時間攪拌を続け、ACHPを溶解した。遠心分離にて菌体など不溶物を除去し、上清を25gずつ4つに分け、(1)無添加、(2)アセトニトリル16.7%、(3)同20.0%、(4)23.1%を添加した(いずれも重量%)。これらに攪拌下、25%NaOH水をゆっくり添加し10分間かけてpH6.0となるまで中和した。中和が進むにつれACHP結晶は析出した。4℃で一夜冷却した後、ろ過により結晶を分離し、8mL冷精製水、8mL冷2−プロパノールでリンスし、50℃、減圧下に乾燥した。ACHP含量、光学純度他は表4の通りであった。この結果、20重量%以上のアセトニトリルの添加により結晶の%ee、%deともに向上し、光学純度の向上に特に有効であることが判明した。
【0108】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明の晶析方法により、光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の光学活性純度を高めることができる。本発明の晶析方法は、医薬あるいは農薬の中間体として有用な光学活性β−ヒドロキシアミノ酸の製造に利用することができる。本発明の晶析方法によれば、β−ヒドロキシアミノ酸の工業的規模での製造においても、簡便な操作で効率的に光学純度を向上させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学活性β-ヒドロキシアミノ酸を含む水溶液にメタノールおよびアセトニトリルのいずれかまたは両方を添加し、前記光学活性β-ヒドロキシアミノ酸を晶析する工程を含む、光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の晶析方法。
【請求項2】
添加されるメタノールおよびアセトニトリルのいずれかまたは両方の添加濃度が20重量%以上である請求項1に記載の光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の晶析方法。
【請求項3】
光学活性β-ヒドロキシアミノ酸を晶析する工程が、中和晶析である請求項2に記載の光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の晶析方法。
【請求項4】
光学活性β-ヒドロキシアミノ酸が下式1(式中Rは置換されても良い脂肪族基、脂環式基、芳香族基または複素環式基を表す)
【化1】

で表されるD-またはL-β-ヒドロキシアミノ酸である、請求項1に記載の光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の晶析方法。
【請求項5】
光学活性β-ヒドロキシアミノ酸がD-またはL-エリスロ-2-アミノ-3-シクロヘキシル-3-ヒドロキシプロピオン酸である請求項4に記載の光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の晶析方法。
【請求項6】
光学活性β-ヒドロキシアミノ酸がD-β-ヒドロキシアミノ酸である請求項4に記載の光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の晶析方法。
【請求項7】
次の工程を含む、光学活性β-ヒドロキシアミノ酸の製造方法。
(1)下式1(式中Rは置換されても良い脂肪族基、脂環式基、芳香族基または複素環式基を表す)
【化2】

で表されるDL-β-ヒドロキシアミノ酸と、該β-ヒドロキシアミノ酸のD体またはL体を光学特異的に他の物質へ変換する触媒とを水性媒体中で接触させる工程;
(2)前記水性媒体に、メタノールおよびアセトニトリルのいずれかまたは両方を添加して晶析を行う工程; および
(3)析出したD-またはL-β-ヒドロキシアミノ酸を回収する工程

【公開番号】特開2006−115729(P2006−115729A)
【公開日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−305525(P2004−305525)
【出願日】平成16年10月20日(2004.10.20)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【Fターム(参考)】