説明

光学活性アルコールの製造法

【課題】末端メチレン型のエノンを不斉還元し、対応する高い光学純度のアルコールを製造する方法。
【解決手段】次式のような不斉還元工程を含む、光学活性アルコールの製造方法。


ここで、A、Aは置換されていてもよいフェニル基を表し、Rはメチル基またはエチル基を表し、Rはメチル基または水素原子を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定構造の化学試剤を用いたα,β−不飽和ケトンの不斉還元反応による光学活性アルコールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、生物活性を有する低分子化合物は、特定の立体構造をもつものだけが活性を示すことが少なくない。他の立体異性体は当該生物活性が低かったり無かったりすることが多く、ときには逆の活性や毒性を示すことすらある。したがって、例えば医薬品の有効成分となる低分子化合物の製造法においては、いかに特定の立体構造を有する化合物を選択的に合成するかが重要な課題であることが多い。
【0003】
既に光学活性試剤を用いて不斉還元を行い、ケトン類から対応する光学活性アルコールを得る反応は知られている。しかし、あらゆる化学構造のケトン類から出発して光学活性アルコールを生じさせる試薬は存在せず、当業者は与えられたケトン類ごとに適した光学活性試剤を試行錯誤により見出すほかはない。さらにいえば、そうした光学活性試剤を見出すことができるのはむしろ例外的とさえいえる。一定の化学構造をもつケトン類に適した不斉還元試剤が存在するのか、存在するとしてそれはどのような化学構造をもつものかは、当業者といえども予測できないのである。
【0004】
α,β−不飽和ケトンすなわちエノンに対するケトン部位の選択的不斉還元の方法としては、塩化セシウム存在下での水素化ホウ素ナトリウムによる方法(非特許文献1)やオキサゾボロリジン触媒による方法(非特許文献2)により比較的高い不斉収率で還元体が得られることが示されていた。
【0005】
しかしながらこれらの方法で良好な結果を示すエノンはいずれも環状のいわゆるエンド型のエノンである。
これに対し、末端メチレン型のエノンに対するオキサゾボロリジン触媒を用いる還元は、低収率かつ高い選択性が発現しないことが知られていた(次式、非特許文献3)。
【0006】
【化1】

【0007】
光学活性アルコール類を取得する別の方法は、ラセミ体から出発して光学活性カラムや分別結晶などにより光学分割を試みることである。しかし、これとて与えられたそれぞれのケトン類について、それに適した条件が見出せるかどうかは事前にはわからず、試行錯
誤によらなければならない。そして、たとえ好適な条件が見出されたとしても、一般的には高コストで手間と時間がかかり、光学純度も満足できない場合が多い。
【0008】
【非特許文献1】Luche, J. L. et al. J. Am. Chem. Soc. 1981, 103, 5454
【非特許文献2】Corey, E. J. et al. J. Am. Chem. Soc. 1987, 109, 5551
【非特許文献3】Corey, E. J. et al. J. Am. Chem. Soc. 1997, 119, 11769
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、末端メチレン型のエノンに適した不斉還元試剤を見出し、対応する光学活性アルコール類を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、末端メチレン型のエノンに対する還元反応を高い立体選択性で進行させる方法を初めて見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は、次式で表される化学工程を含む、光学活性アルコールの製造方法である。
【0011】
【化2】

または、
【化3】

【0012】
これらの式中、Xは
【化4】

または
【化5】

で表される基を表し、
BHはカテコールボラン、BH−テトラヒドロフラン、BH−MeS、BH−MeNPh、BH−EtNPh、BHPrNPh、およびBHPrEtNPhからなる群から選ばれる一つまたは複数の試剤を表し、
およびAはそれぞれ独立に、置換もしくは無置換のフェニル基を表し、
Rはメチル基またはエチル基を表し、
はメチル基または水素原子を表し、
Arは置換もしくは無置換の芳香族基、置換もしくは無置換の環状もしくは非環状のアルキル基を表し、
Protectは水酸基の保護基もしくは水素原子(保護基ではない場合)を表し、
mは1から5の整数を表し、
nは1から5の整数を表し、
*は結合部位を表す。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、光学分割といった煩雑な工程によらず、末端メチレン型のエノンから対応する高い光学純度のアルコールを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、上記式で表される化学工程を含む、光学活性アルコールの製造方法である。ここで、「光学活性アルコール」とは、必ずしも100%の光学純度のもののみを意味せず、有意のエナンチオマー過剰率(以下、「ee」と略記することがある)が認められるものを意味し、例えば10%ee以上のものも包含する。もっとも、好ましくは90%ee以上、より好ましくは95%ee以上である。かかるエナンチオマー過剰率は測定する混合物に固有の値であり、そうした測定法は公知であるが、例えば後述の実施例中に記載したHPLC法により測定することができる。
【0015】
上記式中、LBHはカテコールボラン、BH−テトラヒドロフラン、BH−MeS、BH−MeNPh、BH−EtNPh、BHPrNPh、およびBHPrEtNPhからなる群から選ばれる一つまたは複数の試剤を表す。L
Hとしては、この中でもカテコールボラン、BH−EtNPh、BHPrNPhが好ましい。
【0016】
およびAはそれぞれ独立に、置換もしくは無置換のフェニル基を表す。かかるフェニル基の置換基としては、本発明の製造方法の反応を妨げないものであれば特に限定されないが、炭素数6以下のアルキル基が好ましく、特にメチル基が好ましい。なかでもAおよびAの組み合わせとしては、いずれも無置換またはいずれもメチル基で置換されたフェニル基が好ましく、いずれも無置換のフェニル基が特に好ましい。
【0017】
Rはメチル基またはエチル基を表すが、なかでもメチル基が好ましい。
はメチル基または水素原子を表すが、なかでもメチル基が好ましい。
【0018】
Arは置換もしくは無置換の芳香族基、置換もしくは無置換の環状もしくは非環状のアルキル基を表す。かかる芳香族基としては、本発明の製造方法の反応を妨げないものであれば特に限定されないが、単環性もしくは二環性の炭化水素芳香族基、または酸素原子、窒素原子、もしくは硫黄原子を含む単環性または二環性の芳香族基であるものが好ましい。特にフェニル基、ナフチル基、ピリジル基、ピロリル基、インドリル基、フリル基、チエニル基、ベンゾチエニル基が好ましく、なかでもフェニル基が好ましい。
【0019】
かかる置換もしくは無置換の環状もしくは非環状のアルキル基としては、本発明の製造方法の反応を妨げないものであれば特に限定されないが、単環性もしくは多環性の環状アルキル基、直鎖または分枝状のアルキル基を表し、特にシクロヘキシル基、シクロペンチル基、ビシクロノニル基、メチル基、エチル基、2−プロピル基が好ましい。
【0020】
また、かかるArの置換基としては、炭素数6以下のアルキル基、水酸基、保護された水酸基が好ましく、特にメチル基が好ましい。ここでいう水酸基の保護基の好適な具体例は、Protectに関して例示したものと同様なものを挙げることができる。
【0021】
Protectは水酸基の保護基もしくは水素原子を表す。かかる水酸基の保護基は、本発明
の製造方法の反応を妨げないものであれば特に限定されないが、例えばアセチル基、ベンジル基、アリル基、ベンゾイル基、メトキシメチル基、トリメチルシリル基、t−ブチルジメチルシリル基、t−ブチルジフェニルシリル基等が挙げられ、なかでもアセチル基が好ましい。
【0022】
mは1から5の整数を表すが、なかでもmは1が好ましい。
nは1から5の整数を表すが、なかでもnは1が好ましい。
【0023】
本発明の製造方法において用いられるオキサボロリジン化合物は触媒量でよく、通常0.1−50モル%の範囲で用いられるが、好ましくは0.1−30モル%の範囲であり、その光学純度は90%ee以上、望ましくは97%ee以上である。
また、使用されるLBHは0.5−5モル当量用いられるが、好ましくは0.5−2モル当量である。
【0024】
本発明の製造方法に使用される溶媒としては、テトラヒドロフラン、t−ブチルメチルエーテル、シクロプロピルメチルエーテル、ジメトキシエタンなどのエーテル系溶媒、トルエンなどの芳香族炭化水素系溶媒、酢酸エチルなどの酢酸エステル系溶媒、塩化メチレンなどの含ハロゲン系溶媒、ニトロメタンやニトロエタンなどのニトロ化合物溶媒が、単独で、あるいは2種以上を混合して用いられる。その中でもエーテル系溶媒、トルエン、塩化メチレン、エーテル系溶媒とトルエンの混合溶媒が好ましく、特にテトラヒドロフランや塩化メチレンが好ましい。
【0025】
本発明の製造方法は−80℃から60℃の範囲で実施することができるが、好ましくは−80℃から室温の範囲である。また、反応時間は温度により変化し、通常3分から10時間の範囲であるが、これに限定されるものではない。
【0026】
もっとも、本発明の本質は出発物質である末端メチレン型エノンの不斉還元を実現しうる特定の試剤を用いた反応にあり、ここで述べた溶媒の種類、キラルオキサゾボロリジンの当量や光学純度、LBHの当量、反応温度は本発明おいて本質的なものではない。これらの付随的条件の好適範囲は、出発物質の種類などの前提条件に応じ、当業者に当然に期待される試行錯誤の範囲で容易に定めることができる。また、本発明は最適条件下で実施されるものに限定されるわけではない。
【実施例】
【0027】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれによって何ら限定されない。
ここで、THFはベンゾフェノンケチルから蒸留したものを用いた。触媒 3(0.5
M、トルエン)は、Xavier, L. C.; Mohan, J. J.; Mathre, D. J.; Thompson, A. S.; Carroll, J. D.; Corley, E. G.; Desmond, R. Organic Synth. Coll. Vol. 9, p676 (1998) に従って調製した。
【0028】
[実施例1]ケトン1の不斉還元
【化6】

【0029】
触媒(0.5M、トルエン中、0.11mL、57.6μmol)のTHF溶液(4mL)に氷冷下(4℃)、BH−EtNEt(0.1mL、0.576mmol)を加え、同温度にて30分間攪拌した。氷冷下、(100mg、0.576mmol)のTHF(5mL)溶液を、カニューレを用いて1.5時間かけてゆっくり滴下し、同温度にてさらに2時間攪拌した。1M塩酸を加えて反応を止め、酢酸エチルにて3回抽出した。有機層を飽和食塩水にて洗浄後、無水硫酸ナトリウムにて乾燥し、濾過、濃縮を経て粗生成物を得た。これを薄層クロマトグラフイー(ヘキサン:酢酸エチル=7:1)にて精製し、目的物(76.3mg、75%)を得た。HPLC(ダイセル AS−H、254nm、ヘキサン:i−PrOH=20:1、0.5mL/分、7.98分(4.224)、8.57分(95.776))より生成物の光学純度は92%eeであった。
【0030】
化合物のデータ
1H NMR (270 MHz, CDCl3) δ 1.51 (1H, brs), 1.75 (3H, s), 1.83-1.91 (2H, m), 2.58-2.76 (2H, m), 4.04-4.14 (1H, m), 4.87-4.88 (1H, m), 4.96-4.97 (1H, m), 7.16-7.31 (5H, m).
13C NMR (67.8 MHz, CDCl3) δ 17.6, 31.9, 36.5, 75.2, 111.2, 125.8, 128.4, 128.4,
142.0, 147.4.
【0031】
[実施例2]ケトン1の不斉還元
【化7】

【0032】
実施例1と同様な反応を、次表に記載した条件を変えたほかは実施例1と同条件で行い、次表の成績を得た。
【0033】
【表1】

【0034】
[実施例3]ケトン4の不斉還元
【化8】

【0035】
触媒(0.5M、トルエン中、0.05mL、22.6μmol)のTHF溶液(3mL)に氷冷下(4℃)、BH−EtNEt(0.04mL、0.226mmol)を加え、同温度にて30分間攪拌した。氷冷下、(99.6mg、0.226mmol)のTHF(3mL)溶液を、カニューレを用いて1.5時間かけてゆっくり滴下し、同温度にてさらに10分間攪拌した。1M塩酸を加えて反応を止め、酢酸エチルにて3回抽出した。有機層を飽和食塩水にて洗浄後、無水硫酸ナトリウムにて乾燥し、濾過、濃縮を経て粗生成物を得た。これをシリカゲルクロマトグラフイー(ヘキサン:酢酸エチル=10:1)にて精製し、目的物(72.0mg、72%)を得た。目的物をベンゾイル化後、HPLC(ダイセル AD−H、254nm、ヘキサン:i−PrOH=100:1、0.5mL/分、13.0分(3.309)、16.2分(96.691))により、生成物の光学純度を93%eeと決定した。
【0036】
化合物のデータ
1H NMR (270 MHz, CDCl3) δ 0.68 (3H, s), 0.90-2.03 (36H, m), 2.31 (2H, d, J = 7.7 Hz), 4.01 (1H, t, J = 6.3 Hz), 4.52-4.68 (1H, m), 4.83 (1H, m), 4.93 (1H, m), 5.37 (1H, d, J = 4.5 Hz).
13C NMR (67.8 MHz, CDCl3) δ 11.8, 17.6, 18.7, 19.3, 21.0, 21.4, 24.2, 27.7, 28.2, 31.3, 31.6, 31.8, 31.8, 35.6, 36.5, 36.9, 38.1, 39.6, 42.3, 49.9, 55.8, 56.6, 73.9, 76.3, 110.8, 122.6, 139.6, 147.7, 170.5.
【0037】
[実施例4]ケトン4の不斉還元
【化9】

【0038】
実施例3と同様な反応を、次表に記載した条件を変えたほかは実施例3と同条件で行い、次表の成績を得た。
【0039】
【表2】

【0040】
なお、化合物を医薬品の製造に応用するためには、例えば、その末端2重結合を以下のように選択的に還元することもできるが、本発明はこの後工程を前提とするものではない。
【0041】
【化10】

【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、化学工業において、末端メチレン型のエノンから光学活性アルコール類を製造する工程に用いられる。例えば、光学活性アルコール類を有効成分とする医薬品の製造に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式で表される化学工程を含む、光学活性アルコールの製造方法。
【化1】

ここで、Xは
【化2】

または
【化3】

で表される基を表し、
BHはカテコールボラン、BH−テトラヒドロフラン、BH−MeS、BH−MeNPh、BH−EtNPh、BHPrNPh、およびBHPrEtNPhからなる群から選ばれる一つまたは複数の試剤を表し、
およびAはそれぞれ独立に、置換もしくは無置換のフェニル基を表し、
Rはメチル基またはエチル基を表し、
はメチル基または水素原子を表し、
Arは置換もしくは無置換の芳香族基、置換もしくは無置換の環状もしくは非環状のアルキル基を表し、
Protectは水酸基の保護基もしくは水素原子を表し、
mは1から5の整数を表し、
nは1から5の整数を表し、
*は結合部位を表す。
【請求項2】
次式で表される化学工程を含む、光学活性アルコールの製造方法。
【化4】

式中のX、LBH、A、A、R、R、およびmの定義は、請求項1における定義と同一である。

【公開番号】特開2009−185015(P2009−185015A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−131755(P2008−131755)
【出願日】平成20年5月20日(2008.5.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年1月11日 国立大学法人金沢大学主催の「平成19年度 金沢大学薬学部卒業研究発表会」に文書をもって発表
【出願人】(504160781)国立大学法人金沢大学 (282)
【出願人】(503369495)帝人ファーマ株式会社 (159)
【Fターム(参考)】