説明

光機能性デバイス用薄膜材料及びそれを用いた光半導体素子

【課題】本発明は、ナノスケール量子サイズ効果を利用した赤、緑及び青を良好に発光する無機EL素子を作製する手段として、ナノスケールのInSb粒子もしくはSb粒子と、主にマトリクスであるAl酸化物を同時に含む複合構造薄膜材料を新規に提供することにある。
【解決手段】一般式(InSb)Al100−x−yで表される平均直径130nm以下のInSbナノ粒子、又は一般式SbAl100−x−y(但し、0<x≦40,20≦y≦45,各数字は原子分率を示す)で表される平均直径65nm以下のSbナノ粒子が主にAl酸化物から構成される光機能性デバイス用薄膜材料並びにそれらを用いた光半導体素子を、薄膜製造装置、例えば高周波スパッタリング装置を用いて成膜を行う。なお、この際、基板として適当な基板、例えばガラス基板を用いる。成膜終了後、所望の特性を発現させるために、適当な雰囲気、例えば真空中において熱処理を施すことにより適当な形態の薄膜を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般式(InSb)Al100−x−yで表される平均直径130nm以下のInSbナノ粒子、又は一般式SbAl100−x−y(但し、0<x≦40,20≦y≦45,各数字は原子分率を示す)で表される平均直径65nm以下のSbナノ粒子が、主に金属酸化物から構成されるマトリクス中に埋め込まれた構造を有することを特徴とする光機能性デバイス用薄膜材料に関するものである。また、当該材料を利用した発光素子及び光センサ素子などの光半導体素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ナノスケールの大きさを持つ粒子が、異なる物質で構成されるマトリクスの中に多数埋め込まれている構造は、ナノグラニュラー構造と呼ばれている。一種のナノ粒子集合体であるが、この構造では粒子一つ一つは異なる物質で囲まれていることが特徴である。このナノグラニュラー構造の特徴を活かして様々な機能性材料が研究されているが、その一つに量子サイズ効果を利用した発光素子が挙げられる。たとえば、バンド端遷移による発光特性を持つ半導体ナノ粒子を用いたナノグラニュラー物質の場合、粒子の半径が半導体のボーア励起子半径より十分大きければ、半導体物質固有の光学バンドギャップに対応した光を吸収・発光する。一方、粒子の半径がボーア励起子半径よりも小さくなると、粒子内での光励起キャリアの量子閉じ込め効果により光学バンドギャップが増大し、より大きな光子エネルギーの光を吸収・発光する。この物理的現象は量子サイズ効果として一般的に広く知られている。
【0003】
周知のように、インジウムアンチモン(InSb)は、0.17eVの光学バンドギャップと65nmの励起子ボーア半径を持つ直接遷移型の化合物半導体である。この光学バンドギャップは中赤外領域の光の波長に対応するため、これまでに赤外線センサとして広く用いられてきたが、ナノグラニュラー構造における量子サイズ効果を利用することで新しい無機エレクトロルミネッセンス(EL)薄膜などの発光素子への応用が可能である。すなわち、InSbナノ粒子をマトリクス中に分散させたグラニュラー構造において、ナノ粒子の半径を65nm以下にすることにより量子サイズ効果に基づく光学バンドギャップの増大が生じ、より短波長側の光を吸収・発光させることができる。光学バンドギャップは、粒子半径の減少に対応して増大するため、赤、緑および青に対応するナノ粒子サイズに制御することにより、EL素子への応用が期待される。従来、EL素子用候補材料として、当該材料の他、有機EL材料あるいはII−VI族化合物半導体材料が研究されているが、それぞれ空気や湿気により劣化すること、及び高輝度・長寿命の青色材料がないこと、などの問題を抱えている。一方、量子サイズ効果を利用する当該材料分野では、ナノ粒子の粒径により、吸収・発光波長を任意に制御することができる特長があり、さらに大気中において安定であることから、有力な次世代EL候補材料とされる。したがって、量子サイズ効果を利用する当該材料において鮮やかな発光色を得るためには、所望の粒子サイズに均一に調整されたナノグラニュラー構造材料を作製することが不可欠である。
【0004】
従来、InSbナノ粒子をSiOマトリクス中に分散させたナノグラニュラー構造薄膜が報告されている。この際作製方法として、高周波(RF)スパッタリング法を用い、SiOターゲットにInSbチップを貼り付けた複合ターゲットを用いて成膜される。得られた薄膜はアモルファス構造を有することから、熱処理を施すことで5〜25nm程度の直径を持つ結晶性InSbナノ粒子がアモルファスSiOマトリクス中に埋め込まれたナノグラニュラー薄膜が得られる。また、SiOターゲット上のInSbチップの面積を変えることで、薄膜のSiOマトリクス内に分散したInSbナノ粒子の平均的なサイズの制御が可能である。
【0005】
【非特許文献1】Kaigui Zhu,Jianzhong Shi,Lide Zhang,Solid State Communication,Vol.107(1998)79−84.
【0006】
しかしながら、上記の方法で得られたInSb/SiO薄膜において、平均粒子サイズが10nm程度の場合、粒子サイズ分布は約5〜25nmに広がり、ブロードである。この原因として、スパッタ時に蒸気圧差により一部のInSbが解離し、熱処理時にIn酸化物を形成することなどが挙げられる。当該材料を用いたEL素子実現のためには、光の三原色を鮮明に発光することが求められるため、粒子サイズ分布をできるだけ狭くする必要がある。
【0007】
金属酸化物マトリクス内にナノ粒子が分散したナノグラニュラー構造を熱処理した場合、ナノ粒子が熱処理によって酸化される程度は、主に熱力学的な要因によって決定される。熱処理中の薄膜内では、酸素原子の熱拡散が活発に起こるため、より安定な酸化物を形成されやすい。したがって、SiOよりも熱力学的に非常に安定な金属酸化物をマトリクスに用いれば、In酸化物の形成が効果的に抑制されることが期待される。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
量子サイズ効果を利用した発光素子の実現が期待されている。すなわち、半導体ナノ粒子の粒径を微小化すると、量子サイズ効果により材料固有の光吸収端が短波長側にシフトし、例えばInSbの場合、本来赤外領域の光吸収端を有するのに対し、ナノ粒径化により赤外領域まで連続的に変化することが知られている。したがって、例えば、赤、緑及び青に対応する粒径にそれぞれ調製した材料を作製し、電気的に発光させることにより、無機ELとしての用途が期待される。
【0009】
従来、当該材料としてInSbナノ粒子をSiO酸化物中に分散させた材料において、赤、緑及び青の三原色に対応する粒径に制御されたInSb/SiOナノグラニュラー薄膜についての研究が行われているが、ナノ粒子のサイズ分布は広範囲にわたっており、単一色を良好に発色するEL素子材料は実現されていない。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上述の点を鑑みてなされたものである。本発明者らは鋭意研究の結果、ナノスケール粒子からなるInSb若しくはSbの相に対して、SiOよりも熱力学的に非常に安定であるAl酸化物相をマトリクスに選択した複合材料を作製することで、ナノ粒子の相分離や酸化を効果的に抑制でき、これらの問題点が解決できることを発見した。
【0011】
本発明の特徴とするところは次の通りである。
第1発明は、一般式(InSb)Al100−x−y(但し、0<x≦40,20≦y≦45,各数字は原子分率を示す)で表され、平均直径130nm以下のInSbナノ粒子が、主にAlの酸化物から構成されるマトリクス中に埋め込まれた構造を有することを特徴とする光機能性デバイス用薄膜材料に関する。
【0012】
第2発明は、一般式SbAl100−x−y(但し、0<x≦40,20≦y≦45,各数字は原子分率を示す)で表され、平均直径65nm以下のSbナノ粒子が、主にAlの酸化物から構成されるマトリクス中に埋め込まれた構造を有することを特徴とする光機能性デバイス用薄膜材料に関する。
【0013】
第3発明は、第1発明又は第2発明のいずれかの項に記載の光機能性デバイス用薄膜材料を用いたことを特徴とする発光素子に関する。
【0014】
第4発明は、第1発明又は第2発明のいずれかの項に記載の光機能性デバイス用薄膜材料を用いたことを特徴とする光センサ素子に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の製造方法は、ナノスケール量子サイズ効果を利用した赤、緑及び青を良好に発光する無機EL素子作製に関する基盤技術である、ナノ粒子およびマトリクス界面の良好な分離、及び発光波長に対応したナノ粒子サイズの狭分布化をもたらすもので、高発光効率及び鮮明な発光性素子の材料として好適であり、さらに、当該複合材料は、発光素子及び光センサ素子としても好適であるので、応用範囲が広い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の光機能性デバイス用薄膜用材料の製造方法を説明する。各原材料を薄膜製造装置、例えば、スパッタリング装置中に設置し、ガス雰囲気中、例えば、アルゴンガス中で成膜を行う。なお、この際、基板として適当な基板、例えばガラス基板を用い、成膜前に基板のスパッタエッチングを適当時間保持した後、成膜を行う。成膜終了後、当該薄膜材料の取り出しは、各部の温度が室温まで降下した後、真空槽内を適当なガス、例えば、窒素によりパージすることにより適当な形状の薄膜を製造する。また、所望の特性を発現させるために、成膜後に適当な雰囲気、例えば真空中において熱処理を施す。
【実施例1】
【0017】
4インチAl酸化物ターゲット(Al)上に、5mm角のInSbチップ及びSbチップをカーボン製両面テープにより貼り付け、スパッタリング装置中に設置した。InSbチップとSbチップの枚数はそれぞれ、1〜12枚、0〜1枚とした。クライオポンプを用いて、1.5×10−7Torrの真空度に達するまで真空排気を行う。次に、アルゴンガスにより、2mTorrのガス圧に制御したもとで、投入電力300Wで60分間の成膜を行った。この際、膜厚は1.0μmであった。なお、基板としてコーニング社製7059を用い、成膜前に基板のスパッタエッチングを投入電力200Wで1分間行った。次に、成膜された試料について、450℃で60分間、真空中において熱処理を行った。InSbチップを9枚、Sbチップを0枚使用して作製した試料について、組成分析を行ったところ、(InSb)19Al3645(各数字は原子比率を示す)であった。この材料について、透過型電子顕微鏡観察を行って得られた明視野像と制限視野電子回折パターンを、図1に示す。図の明視野像より、ナノスケールの結晶化したナノ粒子がアモルファスのマトリクス中に分散している構造が確認できる。また、制限視野電子回折のシェラーリング半径は、InSbの面間隔に一致した。以上のことから、得られた材料はInSbナノ結晶粒子が非晶質Al酸化物マトリクス中に分散したナノグラニュラー構造を持つ薄膜であることが分かる。成膜時のチップ数を変えて作製した試料についても、同様のナノグラニュラー構造が観察された。これらの光機能性デバイス用薄膜用材料について、熱処理を行った後の光透過スペクトルを図2に示す。材料中のInSb組成が増大するにつれて、光吸収端が長波長側に移動していることが分かる。透過型電子顕微鏡観察の結果から求めたInSbナノ粒子の平均直径と、光透過スペクトルから求めた光学バンドギャップの関係を図3に示す。平均直径が小さくなるにつれて、光学バンドギャップが急激に増大していることがわかる。これは、InSb粒子のナノスケール化によって光学バンドギャップが増大していることを示しており、本発明材料において量子サイズ効果が顕著に表れていることを明らかに示している。
【0018】
なお、表1には本発明で得られた代表的な光機能性デバイス用薄膜用材料の組成、InSb粒子の平均直径及び光学バンドギャップを示した。組成分析の結果InとSbの組成比は厳密に1:1ではなく、多少の組成ずれが存在することが確認されている。しかしながら、結晶構造などのInSb固有の性質に変化は見られないことから、表記をInSbに統一している。
【0019】
先に述べた非特許文献1では、アモルファスSiOマトリクス中にInSbナノ粒子を分散した材料が報告されており、10nm程度の平均直径を持つInSb粒子のサイズ分布は5〜25nmである。一方、本発明材料において同じ程度の平均直径を持つInSb粒子のサイズ分布は5〜15nmであり、著しい狭サイズ分布化の効果が見られた。本発明材料のマトリクスの標準生成エンタルピーは、Al(−401kcal/mol)と同程度である。したがって、狭サイズ分布化の原因は、Al酸化物マトリクスの標準生成エンタルピーが、SiO(−218kcal/mol)に比べて非常に小さく熱力学的に非常に安定であり、成膜時及び熱処理時にInSbの分解と酸化が抑制されたためであると推測される。
【実施例2】
【0020】
4インチAl酸化物ターゲット(Al)上に、5mm角のSbチップをカーボン製両面テープにより貼り付け、スパッタリング装置中に設置した。Sbチップの枚数は、0〜8枚とした。クライオポンプを用いて、1.5×10−7Torrの真空度に達するまで真空排気を行う。次に、アルゴンガスにより、2mTorrのガス圧に制御したもとで、投入電力300Wで60分間の成膜を行った。この際、膜厚は1.0μmであった。なお、基板としてコーニング社製7059を用い、成膜前に基板のスパッタエッチングを投入電力200Wで1分間行った。次に、成膜された試料について、450℃で60分間、真空中において熱処理を行った。この材料について、光透過スペクトルを図4に示す。材料中のSb組成が増大するにつれて、光吸収端が長波長側に移動していることが分かる。バルクのSbの電子構造においては、フェルミ準位が価電子帯と伝導帯の両方を横切るため、金属的な電気伝導性および光学特性を示す。ところが、本発明で得られたSbナノ粒子がアモルファスAl酸化物に分散した材料の光透過スペクトルでは、紫外光域および可視光域に光吸収端を有しており、明らかに半導体的な光吸収特性を示している。これは、Sb粒子のナノスケール化にともなう金属−半導体転移と、量子サイズ効果の発現を示唆しているものと考えられる。したがって、Sb粒子がAl酸化物マトリクス内に分散した材料についても、ナノスケール化によって同様に無機EL薄膜素子材料への応用が可能であることが分かった。
【0021】
なお、表2には本発明で得られた代表的な光機能性デバイス用薄膜用材料の組成、Sb粒子の平均直径及び光学バンドギャップを示した。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明材料は、ナノスケール量子サイズ効果を利用した赤、緑及び青を良好に発光する無機EL素子作製に関する基盤技術である、ナノ粒子およびマトリクス界面の良好な分離、及び発光波長に対応したナノ粒子サイズの狭分布化をもたらすもので、高発光効率及び鮮明な発光性素子の材料として好適であり、さらに、当該複合材料は、発光素子及び光センサ素子としても好適であるので、応用範囲が広く、産業上の利用可能性は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】 光機能性デバイス用薄膜用材料についての透過型電子顕微鏡観察による明視野像である。挿入図は、対応する制限視野電子回折パターンである。
【図2】 ナノスケールのInSb粒子と主にマトリクスであるアモルファスAl酸化物を同時に含む複合構造を有する本発明材料の典型的な光透過スペクトルである。1:(InSb)Al4058の組成を持つ材料(成膜時のInSbチップは2枚、Sbチップは1枚)2:(InSb)Al4250の組成を持つ材料(成膜時のInSbチップは6枚、Sbチップは1枚)3:(InSb)19Al3645の組成を持つ材料(成膜時のInSbチップは10枚、Sbチップは1枚)
【図3】 ナノスケールのInSb粒子と主にマトリクスであるアモルファスAl酸化物を、同時に含む複合構造を有する本発明材料についての、InSb粒子の平均直径と光学バンドギャップとの関係である。
【図4】
ナノスケールのSb粒子と主にマトリクスであるアモルファスAl酸化物を、同時に含む複合構造を有する本発明材料の典型的な光透過スペクトルである。1:Al酸化物Al4159の透過スペクトル(比較例) 2:Sb0.3Al4258の組成を持つ材料(成膜時のSbチップは1枚) 3:SbAl4254の組成を持つ材料(成膜時のSbチップは2枚)
【表1】

【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(InSb)Al100−x−y(但し、0<x≦40,20≦y≦45,各数字は原子分率を示す)で表され、平均直径130nm以下のInSbナノ粒子が、主にAlの酸化物から構成されるマトリクス中に埋め込まれた構造を有することを特徴とする光機能性デバイス用薄膜材料。
【請求項2】
一般式SbAl100−x−y(但し、0<x≦40,20≦y≦45,各数字は原子分率を示す)で表され、平均直径65nm以下のSbナノ粒子が、主にAlの酸化物から構成されるマトリクス中に埋め込まれた構造を有することを特徴とする光機能性デバイス用薄膜材料。
【請求項3】
請求項1又は2のいずれかの項に記載の光機能性デバイス用薄膜材料を用いたことを特徴とする発光素子。
【請求項4】
請求項1又は2のいずれかの項に記載の光機能性デバイス用薄膜材料を用いたことを特徴とする光センサ素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−225565(P2010−225565A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−95284(P2009−95284)
【出願日】平成21年3月17日(2009.3.17)
【出願人】(000173795)財団法人電気磁気材料研究所 (28)
【Fターム(参考)】