説明

光線阻害能の評価装置および被験物質の光線阻害率を測定する方法

【課題】紫外領域から近赤外線領域にわたる波長域の光線に対する被験物質の光線阻害能を、in vitroで精度良く評価するための新規な評価装置を提供す。
【解決手段】本発明に係る光線阻害能の評価装置は、標準物質を用いて被験物質の光線阻害能を評価するための装置であって、紫外可視近赤外分光光度計と、積分球と、を備えた光線透過率検出手段と、被験物質および標準物質の各測定試料を搭載するための第1の光線透過性スライドガラスと、各測定試料を挟み込むための第2の光線透過性スライドガラスと、前記第1および第2のスライドガラスを固定し、各測定試料の厚さを均一にするためのスライドホルダーと、を有しており、第1のスライドガラスは、各測定試料の搭載領域を画成するための溝を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光線阻害能の評価装置、および当該評価装置を用いて被験物質の光線阻害率を測定する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光線による皮膚傷害を防ぐため、光線阻害能を有する種々の化粧品や製剤などが開発されているが、光線阻害能を、in vitroで評価する方法は確立されていない。
【0003】
例えば、サンスクリーン効果を示す化粧品の紫外線阻害効果は、Sun Protection Factor(以下、SPFと呼ぶ。)またはProtection grade of UVA(以下、PAと呼ぶ。)で表示されている。このうちSPFは、中波長の紫外線(UVB)により、皮膚が急性の炎症を起こし、生じた紅斑を目視で判定する方法である。また、PAは、長波長の紫外線(UVA)により、メラニンが徐々に増加し、肌色が黒化する程度を目視判定する方法である。
【0004】
これらのうち前者のSPFは、サンケア指数または紫外線防御係数とも呼ばれ、2006年に欧州、米国、南アフリカ、日本の化粧品工業会で合意された国際SPF試験法2006に従い、ヒトを被験者として人工紫外線を背中に照射して紅斑(炎症による赤み)を目視で判定するものであり、国際的な標準規格として使用されている。
【0005】
しかしながら、上記のような被験者に紫外線を照射する方法は、被験者に過度の負担を与えるものである。また、肌の赤みの判定は主観的評価とならざるを得ないという問題もある。
【0006】
一方、後者のPAも上記と同様の問題を抱えている。
【0007】
よって、ヒト被験者を用いることなく、紫外線による皮膚障害を客観的に評価し得る評価方法(in vitro試験法)の確立が望まれている。
【0008】
また、これまでは、光線のうち紫外線による皮膚障害が特に問題視されていたが、最近になって、可視光線に近い近赤外線(波長約800〜2,500nm)の長時間露曝による問題が指摘されている。例えば特許文献1には、皮膚の紅班を始め、水泡、肥厚、筋組織萎縮などの皮膚傷害が発生することが報告されている。更に、近赤外線は、筋組織の萎縮(非特許文献1)を招くことも報告されており、深刻な問題である。
【0009】
紫外線は、太陽光エネルギーに占める割合が、せいぜい、6〜7%程度であるのに対し、近赤外線の占める割合は50%以上であり、その影響力は極めて大きい。しかも、波長の長い近赤外線は、皮膚の透過性が高く、深部まで透過し、皮膚組織にあるヘモグロビンや水などに吸収されるという性質を有している。このような近赤外線特有の性質を利用し、これまでは、X線被爆のない安全性の高い装置として、様々な装置(静脈認証、脳血流測定、乳房診断機、光干渉断層画像診断装置など)が開発されてきた。しかし、上述した近赤外線によるヒトへの深刻な悪影響を考慮すると、紫外線のみならず近赤外線を含めた、光線による皮膚障害の影響を正しく評価し得る、評価方法(in vitro試験法)の確立が早急に望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第2009/017104号パンフレット
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Tanaka Y, Matsuo K, Yuzuriha S.;Long−Lasting Muscle Thinning Induced by Infrared Irradiation Specialized with Wavelengths and Contact Cooling;A Preliminary Report. ePlasty.;2010;10:e40
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述したように、生体の最大のバリアーである皮膚を太陽光エネルギーによる傷害から守るという意味では、紫外線対策を図る以上に、太陽光エネルギーの半分程度を占める近赤外線を防止する化粧品や製剤などの開発が重要である。よって、紫外線を含め、光線の阻害能を精度良く評価し得る方法の確立が望まれている。
【0013】
前述したように紫外線では、SPFやPAといったヒト皮膚を用いた紫外線阻害能評価基準が確立されているが、近赤外線による悪影響は、極く最近になって問題となっているため、近赤外線の阻害能を評価するための有効な評価基準は存在しない。また、紫外線にしても、ヒト皮膚を用いた方法が確立されているのみであり、ヒトへの負担や客観性に欠けるなどの点を考慮すると、決して好ましい方法とは言えない。
【0014】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、光線(紫外領域から近赤外線領域にわたる波長域の光線)に対する被験物質の光線阻害能を、in vitroで精度良く評価するための新規な評価装置および評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決し得た本発明に係る光線阻害能の評価装置は、標準物質を用いて被験物質の光線阻害能を評価するための装置であって、紫外可視近赤外分光光度計と、積分球と、を備えた光線透過率検出手段と、被験物質および標準物質の各測定試料を搭載するための第1の光線透過性スライドガラスと、各測定試料を挟み込むための第2の光線透過性スライドガラスと、前記第1および第2のスライドガラスを固定し、各測定試料の厚さを均一にするためのスライドホルダーと、を有し、前記第1のスライドガラスは、各測定試料の搭載領域を画成するための溝を有しているところに要旨を有するものである。
【0016】
本発明の好ましい実施形態において、上記装置は、紫外線領域から近赤外線領域の光線を対象とするものである。
【0017】
また、上記課題を解決し得た、本発明に係る被験物質の光線阻害率を測定する方法は、上記の評価装置を用いて測定を行なうものである。
【0018】
本発明の好ましい実施形態において、所定範囲の波長域の光線における、標準物質に対する被験物質の阻害率は、下式に基づいて測定される。
標準物質に対する被験物質の阻害率(%)
=[(所定範囲の波長域の光線を被験物質に照射したときに得られる透過面積)/(所定範囲の波長域の光線を標準物質に照射したときに得られる透過面積)]×100
【0019】
本発明の好ましい実施形態において、所定範囲の波長域の光線は、紫外線領域、UVA領域、UVB領域、UVC領域、近赤外線領域のいずれかである。
【0020】
本発明の好ましい実施形態において、前記標準物質として、光線阻害能成分を含有しない半固形剤を用い、前記被験物質として、光線阻害能成分を含有する半固形剤を用いるものである。
【0021】
本発明の好ましい実施形態において、前記光線阻害能成分は酸化チタンまたは酸化亜鉛である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、紫外線領域から近赤外線領域に亘る光線に対する被験物質の光線阻害能を、in vitroで精度良く評価するための有効な評価装置および評価方法を提供することができた。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、本発明に係る光線阻害能評価装置の概要を説明する図である。
【図2】図2は、本発明の一実施形態に用いられるスライドセット(第1のスライドガラス転移点、第2のスライドガラス、スライドホルダー)を拡大した図である。
【図3】図3は、本発明の一実施形態に用いられる溝の形態を示す図である。
【図4】図4は、実施例において、酸化チタン量と光線阻害率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の特徴部分の一つは、酸化チタンなどの光線阻害能成分を含む測定試料(被験物質)中の光線阻害能[光線阻害能成分を含まない標準物質(対照試料)に対する光線阻害能]を測定(評価)するに当たり、従来のようにヒト皮膚を用いるではなく、in vitro試験方法として、紫外可視近赤外分光光度計(以下、分光光度計と略記する場合がある。)と、積分球と、を備えた光線透過率検出手段を用いる方法を採用したところにある。本発明のように、積分球が装着された分光光度計を用いれば、測定試料を透過した光は、測定試料の性状(例えば粘性の程度など)や測定試料中に含まれる種々の成分(光線吸収剤、光線散乱剤などの光線阻害能成分のほか、油脂などの添加成分など)などにかかわらず、多方向に散乱された光を積分球によって均一に集光できるため、測定試料中の光線透過量を正確に計測することができる。
【0025】
本発明の他の特徴部分は、所定のスライドセット(詳細は後に説明するが、第1の光線透過性スライドガラスと、第2の光線透過性スライドガラスと、スライドホルダーを含むスライドセット)を用いたところにある。すなわち、本発明では、標準物質に対する被験物質の比(被験物質の光線阻害能)を測定するに当たり、測定試料に由来する影響(例えば、粘性やのびの程度など)や、測定に用いた材料(製品)に由来する影響(例えば、スライドガラスの材質や厚みなど)などを最小限に抑えて、被験物質の光線阻害能を精度良く評価できるようにスライドセットの構成を構築したところに特徴がある。
【0026】
具体的には、一つのスライドガラス(第1のスライドガラス)に被験物質と標準物質の核測定試料を載せ、測定試料の粘性などに由来する測定試料の厚さ(光線透過方向の厚さ)のバラツキを抑えるために、上記の各測定試料を挟み込むようにして第2のスライドガラスを重ね合わせ、且つ、上記第1および第2のスライドガラスを固定するためのスライドホルダー(固定ホルダー)を用いているため、各測定試料の厚さを均一(一定)にして被験物質の光線阻害能を、高精度に評価することができる。
【0027】
また、本発明では、上記のように一つのスライドガラスに測定対象の二種類の物質を搭載しているが、スライドガラスに各物質を載せたとき、各物質の搭載領域が混ざり合わない(搭載領域を画成する)よう、適切な溝をスライドガラスに形成しているため、このような問題を確実に回避することもできる。
【0028】
以下、図1および図2を参照しながら、本発明の評価装置および当該評価装置を用いた測定方法について、詳細に説明する。
【0029】
(1)評価装置
上述したように、本発明の評価装置は、標準物質を用いて被験物質の光線阻害能を評価するための装置であって、(ア)紫外可視近赤外分光光度計と、積分球と、を備えた光線透過率検出手段と、(イ)被験物質および標準物質の各測定試料を搭載するための第1の光線透過性スライドガラス(以下、光線透過性スライドガラスを単に「スライドガラス」と呼ぶ場合がある。)と、各測定試料を挟み込むための第2の光線透過性スライドガラスと、前記第1および第2のスライドガラスを固定し、各測定試料の厚さを均一にするためのスライドホルダー(以下、これらをまとめて「スライドセット」と呼ぶ場合がある。)と、を有し、前記第1のスライドガラスは、各測定試料の搭載領域を画成するための溝を有しているところに特徴がある。
【0030】
図1は、本発明に係る評価装置の概要を説明する図である。図1に示すように、投光器(光源)から照射された光線は、第2のスライドガラスを透過し、第1のスライドガラスに搭載された被験物質および標準物質の各測定試料を透過する。各測定試料のスライドホルダー側には、測定試料の厚みを調節するためのスペーサーが設置されている。これらの測定試料を透過した光線は、積分球を介して紫外可視近赤外分光光度計に投入され、光線の透過率が測定される。
【0031】
図2は、本発明を最も特徴付けるスライドセットの一実施形態の構成を示す図である。スライドセットは、被験物質および標準物質の各測定試料を搭載するための第1の光線透過性スライドガラスと、各測定試料を挟み込むための第2の光線透過性スライドガラスと、第1および第2のスライドガラスを固定し、各測定試料の厚さを均一にするためのスライドホルダーと、から構成されている。図2は、本発明の好ましい例を示すものであり、この構成に限定する趣旨ではない。
【0032】
(スライドガラス)
本発明に用いられる第1および第2のスライドガラスは、紫外可視近赤外分光光度計に通常用いられるものであれば特に限定されない。例えば、スライドガラスの材質は、紫外線域[UVA(約320〜300nm)、UVB(約280〜320nm)、UVC(約200〜280nm)]や近赤外線域(約800〜2,500nm)における分光光度計の測定が可能なように、光線透過性のものであれば特に限定されず、例えば、石英製のほか、ガラス製、アクリル樹脂、ポリスチレ樹脂、ポリオレフィン系樹脂などの樹脂製のものが用いられる。これらは、市販品を用いることができる。本発明では、後記するように、同一スライドにおける標準物質に対する被験物質の相対値を被験物質の光線阻害率として評価しているため、測定試料間の厚みの問題などを解消できるだけでなく、スライドガラスの材質として、石英よりも透過率の低いもの(例えばガラス製や樹脂性など)を用いても、感度良く計測することができる。
【0033】
これらのうち、石英スライドガラスは、紫外線から近赤外線までの幅広い光線の測定に使用可能であり、例えば、東新理興(株)製のT13−R002などが例示される。UVCを計測する場合には、石英製のものが用いられる。また、石英製に比べて、やや透過性は低下するものの、ガラス製や樹脂製のスライドガラスも用いることができ、ガラス製スライドガラスとして、例えば、松浪ガラス工業社製のスーパーフロストスライド硝子、ベーシックフロストスライド硝子、偏光顕微鏡用スライド硝子、NEO白縁磨SO313、鉱物用白色縁磨No.1など;武藤化学(株)製のスターフロスト白色縁磨6106などが例示される。これらの市販品は、サイズが約26mm×76mmの長方形サイズのものであれば、厚さ:約0.8〜1.0mm程度であり、平面度0.010mm(JIS R3702試験法)、屈折率1.5以上と透過性が非常に高いものである。
【0034】
また、上記樹脂製のスライドガラスとしては、例えば、アクリル系樹脂、ポリスチレン系樹脂、ポリオレフィン系樹脂などが透過性に優れており、これらは市販品を用いることができる。例えばPMMA(メタクリレート)樹脂として、ACRYLITE N549−000(三菱レーヨン(株))など;メタクリル樹脂として、スミペックス010(住友化学(株))など;ポリオレフィン系樹脂として、三井化学(株)のメチルペンテンポリマー(TPX)などが挙げられる。より具体的には、スライド作製用樹脂として、アズワン(株)社製のポリスチレン製ディスポセル(BRA759007)、PMMA(メタクリレート)ディスポセル(BRA759106)などを用いて樹脂製のスライドガラスを作製することができる。なかでもPMMA樹脂は、波長280nmでは約50%以上の透過性を示し、波長300nmでは約80%以上の透過性を示すことから、紫外線域計測用のスライドガラスとしては、ガラスよりも優れているため、推奨される。
【0035】
第1および第2のスライドガラスは、同じ材質のものを用いることが好ましい。異なる材質のものを用いると、試料の延びが均一にならないからである。
【0036】
(溝)
第1のスライドガラスには、被験物質および標準物質の各測定試料が搭載されるが、第2のスライドガラスでこれらの測定試料を挟みこむ際に、各測定試料の搭載領域が重ならない(測定試料同士が混ざらない)ように、搭載領域を画成し得る溝が形成されている。溝の形成により、例えば流動性の大きい測定試料であっても、溝に流出して、隣接する他の測定試料の搭載領域に侵入する恐れはない。
【0037】
このような溝としては、要するに各測定試料の搭載領域を画成することができれば良く、使用する測定試料の性状などによって、溝の数や形状、サイズなどを適切に制御することができる。
【0038】
例えば図2には、各測定試料の両端に1ヶ所ずつ溝を設けた例を示している。また、図3の上図には、各測定試料のそれぞれの周囲を囲むように円周状の溝が形成されている。ただし、本発明に用いられる溝は、これらに限定されない。例えば図2において、合計4個の溝が形成されているが、少なくとも、各測定物質の搭載領域の間に、両者を仕切るための溝が1個形成されていれば良く(すなわち、溝の数は1個)、このような態様も本発明の範囲内に包含される。
【0039】
また、図3の下図には、採用可能な溝の形状の一例を示す。上記図に示すように、溝の形状(スライドガラス深さ方向の形状)は、U字状、V字状、角型など、任意の形状を採用することができる。
【0040】
溝の深さは、スライドガラスの強度を損なわない範囲であれば特に限定されないが、おおむね、スライドガラス厚さの約1/5〜1/10以下であることが好ましい。
【0041】
第1のスライドガラスに各測定試料(標準物質および被験物質)を搭載する位置について、図2には、各測定試料を、ほぼ等間隔に並列させた図が示されているが、これに限定する趣旨ではない。要するに、2枚のスライドガラス(第1および第2のスライドガラス)でこれらの測定試料を挟み込んだ際に、押し出され得る過剰な測定試料同士が混ざらないようにすれば良い。好ましくは、測定試料のいずれか一方、または両方を、第1のスライドガラスの両端に設置することが好ましく、これにより、過剰な試料はスライドの外に排出されるようになる。
【0042】
また、図1では、各測定試料の両端(スライドホルダー側)に、スライド間に一定の厚さを形成し、測定試料の厚みを調節するためのスペーサーを設けている。スペーサーは、厚みが薄く、均一な材質のものであれば特に限定されず、例えば、カバーガラス、フィルムなどを用いることができるが、好ましくは、スライドガラスと同じ材質のものを用いることが好ましい。スペーサーの厚さは、赤外線の透過力などを考慮すると、おおむね、200〜10μmの範囲内に制御されていることが好ましい。
【0043】
一方、本発明では、スペーサーを必須要件とするものではなく、測定試料の厚みを調節することができれば、他の手段を用いることもできる。例えば、スペーサーの代わりに、第1のスライドガラスおよび第2のスライドガラスのいずれか一方、または両方の両端を、例えば、マニュキュアや樹脂塗料などで均一に塗装したり、あるいは、樹脂塗料や硬化樹脂に浸漬後乾燥して皮膜を設けても良く、これにより、スライド間に一定の厚さを形成することができる。
【0044】
(スライドホルダー)
本発明に用いられるスライドホルダーは、測定試料が搭載された第1のスライドガラスと、これを挟み込むための第2のスライドガラスを固定し、各測定試料の厚さを均一にするために用いられる。上記スライドホルダーとしては、金属製、樹脂製などのものであれば特に限定されず、例えば、紫外・可視・近赤外光光度計に備え付けの金属製のフィルムホルダーなどを用いることができる。
【0045】
ここで、「測定試料の厚さ」とは、第1のスライドガラスに測定試料を搭載したときの厚さ(第1のスライドガラスと第2のスライドガラスの間に挟んだ測定試料の厚み)であり、図1中、矢印(↓)と矢印(↑)で挟まれた領域に相当する。測定試料の厚さは、例えば、スライドガラスの測光部分を研磨するなどして凹部を形成したり、または、図1に示すように2枚のスライドガラスの両側端に厚みの均一なスペーサーを挟み込むなどの方法により、任意に調節することができる。
【0046】
上記のようにしてスライドホルダーで押圧した後の光線が透過する試料の厚さ(すなわち、第1のスライドガラスに測定試料を搭載し、その上に第2のスライドガラスを重ね、スライドホルダーで押圧したときの試料の厚さ)は、薄ければ薄い程よいが、おおむね、200μm以下であることが好ましい。以下では、単に「試料の厚さ」と略記する場合がある。
【0047】
本発明では、積分球を備えた紫外可視近赤外分光光度計を用いて、測定試料の透過率を測定する。
【0048】
(積分球)
上記積分球は、紫外線や近赤外線などを測定試料に照射したとき、測定試料中に含まれる多数の成分による散乱光を集光するために用いられるものであり、散乱光を集めて球内拡散反射面で拡散と反射を繰り返し、均一な強度分布の光が得られる。本発明では、この積分球を受光センサーとして用いることにより、全光束光量値を測定する。
【0049】
(分光光度計)
上記分光光度計は、紫外領域〜近赤外線領域に亘って光線の透過率を測定できるものであれば特に限定されず、例えば、島津製作所(株)製の紫外・可視・近赤外分光光度計UV−3600、日本分光(株)製の紫外可視近赤外分光光度V670など、種々の分光光度計を用いることができる。計測の利便性などを考慮すると、測定波長域が200nm〜2,500nmであり、被験物質と標準物質を同時測光できるダブルビーム方式のものが好ましく用いられる。
【0050】
(2)測定方法
次に、上記測定装置を用いて、被験物質の光線阻害率(標準物質に対する被験物質の光線阻害率)を測定する方法を説明する。
【0051】
本発明の測定方法は、被験物質(試験物質)として、例えば酸化チタンなどの光線阻害能成分を含有する半固形剤を用い;標準物質(対照物質)として、例えば当該光線阻害能成分を含有しない半固形剤を用い、所定範囲の波長域の光線(例えば、紫外線領域、UVA領域、UVB領域、UVC領域、近赤外線領域)における、被験物質の光線阻害率(標準物質に対する被験物質の光線阻害率)を測定するというものである。
【0052】
(測定試料について)
測定に当たり、まず、各測定試料を調製する。標準物質は、化粧品や製剤の組成物において、光線阻害能成分(例えば、紫外線や近赤外線の吸着剤および反射剤)を除外したものであり、例えば、製剤学上通常用いられる基剤に添加成分を加えたもの(例えば、増粘多糖類に植物油脂、界面活性剤、防腐剤などを加えたもの)が例示される。また、被験物質としては、例えば、標準物質に光線阻害能成分を加えたものである。
【0053】
上記光線阻害能成分は、特に限定されず、例えば、公知の阻害剤(例えば、代表的には酸化チタン、酸化亜鉛などの反射剤;セバメド、メトキシケイ皮酸オクチル、ジメチルPABAオクチル、t−ブチルメトキシジベンゾイルメタンなどの紫外線吸収剤)を用いても良いし、あるいは、新たに開発した阻害剤を用いることもできる。
【0054】
測定試料の剤型は特に限定されず、流動性のあるものであれば、液体、半固体(半固形)、固体の任意の剤型を用いることができる。例えば、ローションやオイルなどの液剤であっても、表面張力で展延できるため、本発明の方法を採用することができる。後記する実施例では、製剤の多くが、固体と液体の中間状態を有する半固形剤であることを考慮して、半固形剤のものを用いた。半固形剤としては、例えば、軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤などが挙げられる。
【0055】
本発明法の適用例の一例を挙げると、例えば、紫外線阻害剤として酸化チタンを用いたときの阻害率を評価したいときには、酸化チタンを含む試料(被験物質)と、酸化チタンを含まない試料(標準物質)を用意し、標準物質に対する被験物質の紫外線阻害率を測定する(詳細は後述する。)ことにより、当該被験物質の阻害能を評価することができる。
【0056】
あるいは、後記する実施例に示すように、酸化チタンの添加効果(濃度依存性)を調べたいときは、酸化チタン濃度の異なる試料(被験物質)と、酸化チタンを含まない試料(標準物質)とを用意し、標準物質に対する、各酸化チタン濃度含有被験物質の紫外線阻害率を測定する)ことにより、評価することができる。
【0057】
ただし、本発明はこれらの態様に限定する趣旨では決してなく、光線阻害成分を含むもの全般に適用可能である。例えば、上述した酸化チタンのような反射剤に限定されず、光線吸収能を有する吸収剤の評価や、反射剤と吸収剤を両方添加した製品の評価などに使用することができる。
【0058】
本発明において、所定範囲の波長域の光線における、標準物質に対する被験物質の阻害率は、下式に基づいて測定される。
標準物質に対する被験物質の阻害率(%)
=[(所定範囲の波長域の光線を被験物質に照射したときに得られる透過面積)/(所定範囲の波長域の光線を標準物質に照射したときに得られる透過面積)]×100
【0059】
ここで、所定範囲の波長域とは、例えば、紫外線域(UV)は約200nm〜400nmであり、UVCは約200nm〜280nmであり、UVBは約280nm〜320nmであり、UVAは約320nm〜400nmである。また、近赤外線域(nIR)は、約800nm〜2,500nである。
【0060】
上記所定範囲の波長域の光線を被験物質に照射したときの透過面積を測定するに当たり、波長のサンプリングピッチは、分光光度計の仕様に応じて適宜適切に決定すればいいが、おおむね約0.01nm〜20nmであることが好ましく、より好ましくは、約2〜10nmである。
【0061】
また、測定に当たっては、光線の照射をシングルビームで行なう場合は、スライドホルダーをスライド式に動かすることにより、標準物質と被験物質をそれぞれ測定することができる。また、ダブルビーム式などの分光光度計を用いる場合は、例えば光路部(図1の投光器)にて自動的に測定部位を切り替えて測定することができる。
【0062】
試料を挟み込んだスライドをスライドホルダーに取り付け計測するが、紫外線あるいは、近赤外線の照射を1光路で行う場合、スライドホルダーをスライド式に動かすことで、標準試料及び、試験試料の計測を行うことができる。操作の簡便性などを考慮すると、後者の態様が好ましく用いられる。
【実施例】
【0063】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限されず、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0064】
製造例1・・・第1のスライドガラスの作製その(1)
本製造例1では、図2に示す溝が形成されたスライドガラスを作製した。詳細には、第1のスライドガラスとして、マツナミ白縁磨No.1スライドガラス(76mm×26mm、厚さ0.8mm〜1.0mm)を用意し、これに、PROXXON ミニルーターセット(No.28600−BM)(株式会社キソパワーツール)を用いて、スライドガラスの短辺側を結ぶように、測定試料の搭載領域のそれぞれの両端に2本の溝を形成した。溝の深さは30〜80μmであり、溝の形状はV字状である。また、測定試料搭載領域の幅(図2中、矢印部分)は約2mmである。
【0065】
次いで、スライドガラスの両端(各測定試料の搭載領域について、スライドホルダー側)に、厚みを調節するためのスペーサーとして、マツナミ製カバーガラス(22mm×26mm、厚さ0.12mm〜0.17mm)を、アクリル系接着剤を用いて接着した。
【0066】
製造例2・・・第1のスライドガラスの作製その(2)
本製造例2では、図3の上図に示す溝が形成されたスライドガラスを作製した。詳細には、第1のスライドガラスとして、マツナミ白縁磨No.1スライドガラス(76mm×26mm、厚さ0.8mm〜1.0mm)を用意し、これに、PROXXON ミニルーターセット(No.28600−BM、株式会社キソパワーツール)を用いて、それぞれの測定試料搭載領域を同心円状に囲むように溝を作製した。
【0067】
次いで、スライドガラスの両端(各測定試料の搭載領域について、スライドホルダー側)に、厚みを調節するためのスペーサーとして、マツナミ製カバーガラス(22mm×26mm、厚さ0.12mm〜0.17mm)を、アクリル系接着剤を用いて接着した。溝の深さは30〜80μmであり、底面に向かってV字状の形状にカットしたものである。測定試料搭載領域の幅は約2mmである。
【0068】
No.1・・・標準物質の調製その(1)
下記原料を配合し、混和してNo.1の標準物質を調製した。数値はいずれも、質量%である(以下、同じ)。
オリーブスクワラン(高級アルコール工業) 5.0%
2−フェノキシエタノール(和光純薬工業) 0.1%
グリセリン(和光純薬工業) 1.0%
カーボポール(日光ケミカルズ) 15.0%
アグリチノンステアリル(常盤植物化学研究所) 0.1%
リョートL−1695(三菱化学フーズ) 10.0%
精製水(和光純薬工業) 68.8%
合計 100.0%
【0069】
No.2・・・被験物質の調製その(1)
上記No.1の標準物質に0.4%酸化チタンを配合し、混和してNo.2の被験物質を調製した。詳細は以下のとおりである。
オリーブスクワラン(高級アルコール工業) 5.0%
2−フェノキシエタノール(和光純薬工業) 0.1%
グリセリン(和光純薬工業) 1.0%
カーボポール(日光ケミカルズ) 15.0%
アグリチノンステアリル(常盤植物化学研究所) 0.1%
リョートL−1695(三菱化学フーズ) 10.0%
酸化チタンMT−100TV(テイカ) 0.4%
精製水(和光純薬工業) 68.4%
合計 100.0%
【0070】
No.3・・・被験物質の調製その(2)
上記No.1の標準物質に1.1%酸化チタンを配合し、混和してNo.3の被験物質を調製した。詳細は以下のとおりである。
オリーブスクワラン(高級アルコール工業) 5.0%
2−フェノキシエタノール(和光純薬工業) 0.1%
グリセリン(和光純薬工業) 1.0%
カーボポール(日光ケミカルズ) 15.0%
アグリチノンステアリル(常盤植物化学研究所) 0.1%
リョートL−1695(三菱化学フーズ) 10.0%
酸化チタンMT−100TV(テイカ) 2.2%
精製水(和光純薬工業) 67.7%
合計 100.0%
【0071】
No.4・・・被験物質の調製その(3)
上記No.1の標準物質に1.7%酸化チタンを配合し、混和してNo.4の被験物質を調製した。詳細は以下のとおりである。
オリーブスクワラン(高級アルコール工業) 5.0%
2−フェノキシエタノール(和光純薬工業) 0.1%
グリセリン(和光純薬工業) 1.0%
カーボポール(日光ケミカルズ) 15.0%
アグリチノンステアリル(常盤植物化学研究所) 0.1%
リョートL−1695(三菱化学フーズ) 10.0%
酸化チタンMT−100TV(テイカ) 1.7%
精製水(和光純薬工業) 67.1%
合計 100.0%
【0072】
No.5・・・被験物質の調製その(4)
上記No.1の標準物質に2.3%酸化チタンを配合し、混和してNo.5の被験物質を調製した。詳細は以下のとおりである。
オリーブスクワラン(高級アルコール工業) 5.0%
2−フェノキシエタノール(和光純薬工業) 0.1%
グリセリン(和光純薬工業) 1.0%
カーボポール(日光ケミカルズ) 15.0%
アグリチノンステアリル(常盤植物化学研究所) 0.1%
リョートL−1695(三菱化学フーズ) 10.0%
酸化チタンMT−100TV(テイカ) 2.3%
精製水(和光純薬工業) 66.5%
合計 100.0%
【0073】
(実験例1)
実験例1では、製造例1の第1のスライドガラスにおいて、測定試料搭載領域の一方にNo.1の標準物質(酸化チタンなし)を約100mg添加し、他方の搭載領域には何も添加せず空気をブランクにしたまま、上記標準物質を挟み込むようにして第2のスライドガラス(素材は、第1のスライドガラスと同じであり、溝の形成はなし)をセットし、これらを、上記の分光光度計に付属のフィルムホルダー(W80mm×H40mm)に挟み込んで取り付けた。上記のようにして得られた第1のスライド試料を載せ、これを第2のスライドで挟み込んだ試料の厚さ(第1のスライドガラスに測定試料を搭載し、その上に第2のスライドガラスを重ね、スライドホルダーで押圧したときの試料の厚さ)をノギズで測定した。同様の操作を2回行ったところ、試料の厚さの平均は2.175mmであった。
【0074】
(実験例2)
実験例2では、製造例1の第1のスライドガラスにおいて、測定試料搭載領域の一方にNo.1の標準物質(酸化チタンなし)を約100mg添加し、他方の搭載領域には、No.2の被験物質(酸化チタン0.4%)を同量添加し、前述した実施例1と同様にしてスライドセットを作製し、試料の厚さを測定した。同様の操作を2回行ったところ、試料の厚さの平均は2.176mmであった。
【0075】
(実施例3)
実験例3では、製造例1の第1のスライドガラスにおいて、測定試料搭載領域の一方にNo.1の標準物質(酸化チタンなし)を約100mg添加し、他方の搭載領域には、No.3の被験物質(酸化チタン1.1%)を同量添加し、前述した実施例1と同様にしてスライドセットを作製し、試料の厚さを測定した。同様の操作を2回行ったところ、試料の厚さの平均は2.189mmであった。
【0076】
(実験例4)
実験例4では、製造例1の第1のスライドガラスにおいて、測定試料領域の一方にNo.1の標準物質(酸化チタンなし)を約100mg添加し、他方の搭載領域には、No.4の被験物質(酸化チタン1.7%)を同量添加し、前述した実施例1と同様にしてスライドセットを作製し、試料の厚さを測定した。同様の操作を2回行ったところ、試料の厚さの平均は2.186mmであった。
【0077】
(実験例5)
実験例5では、製造例1の第1のスライドガラスにおいて、測定試料搭載領域の一方にNo.1の標準物質(酸化チタンなし)を約100mg添加し、他方の搭載領域には、No.5の被験物質(酸化チタン2.3%)を同量添加し、前述した実施例1と同様にしてスライドセットを作製し、試料の厚さを測定した。同様の操作を2回行ったところ、試料の厚さの平均は2.201mmであった。
【0078】
上記実験例1〜5について、島津製作所製の紫外・可視・近赤外分光光度計UV−3600と、積分球付き大形試料室MPC−3100を用い、前述した式に基づき、標準物質に対する被験物質の光線阻害率を測定した。測光はダブルビームで行い、波長サンプリングピッチは2nmとした。ここでは、紫外線領域(UVA、320nm〜400nm(UVA))、および近赤外域領域(nIR、800nm〜2,500nm)での光線阻害率を測定した。
【0079】
これらの結果を図4に示す。図4中、◆はUVの結果を示し、■はnIRの結果を示している。
【0080】
図4より、本発明の測定方法を用いれば、酸化チタン濃度に応じて、標準物質に対する被験物質の紫外線、あるいは、近赤外線の阻害効果を精度良く評価できることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標準物質を用いて被験物質の光線阻害能を評価するための装置であって、
紫外可視近赤外分光光度計と、積分球と、を備えた光線透過率検出手段と、
被験物質および標準物質の各測定試料を搭載するための第1の光線透過性スライドガラスと、
各測定試料を挟み込むための第2の光線透過性スライドガラスと、
前記第1および第2のスライドガラスを固定し、各測定試料の厚さを均一にするためのスライドホルダーと、を有し、
前記第1のスライドガラスは、各測定試料の搭載領域を画成するための溝を有していることを特徴とする光線阻害能の評価装置。
【請求項2】
紫外線領域から近赤外線領域の光線を対象とするものである請求項1に記載の評価装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の評価装置を用い、標準物質に対する被験物質の光線阻害率を測定する方法。
【請求項4】
下式に基づき、所定範囲の波長域の光線における、標準物質に対する被験物質の阻害率を測定するものである請求項3に記載の方法
標準物質に対する被験物質の阻害率(%)
=[(所定範囲の波長域の光線を被験物質に照射したときに得られる透過面積)/(所定範囲の波長域の光線を標準物質に照射したときに得られる透過面積)]×100
【請求項5】
前記所定範囲の波長域の光線が、紫外線領域、UVA領域、UVB領域、UVC領域、近赤外線領域のいずれかである請求項3または4に記載の方法。
【請求項6】
前記標準物質として、光線阻害能成分を含有しない半固形剤を用い、
前記被験物質として、光線阻害能成分を含有する半固形剤を用いるものである請求項3〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記光線阻害能成分が酸化チタンまたは酸化亜鉛である請求項3〜6のいずれかに記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−159381(P2012−159381A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−18906(P2011−18906)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(511027563)株式会社バイオデザイン (2)
【出願人】(511027574)株式会社アンティエイジングリサーチセンター (3)
【Fターム(参考)】