説明

光触媒材料、有機物分解方法、内装部材、空気清浄装置、酸化剤製造装置

【課題】可視光の照射によって高い酸化分解活性を示す金属イオンドープ酸化チタン系の光触媒材料を提供する。
【解決手段】酸化チタンに金属イオンをドープして、価電子帯の電位を3V(vs.SHE,pH=0)以上でかつ価電子帯と価電子帯から励起された電子の準位(伝導帯下端電位、孤立電位を含む)とのバンドギャップを3V以下とした金属イオンドープ酸化チタンの表面に、銅二価塩および/あるいは鉄三価塩を担持する。銅二価塩や鉄三価塩が酸素の多電子還元触媒として作用することを利用して、可視光照射下において、金属イオンドープ酸化チタンに高い酸化分解活性を発現させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可視光活性を有する光触媒材料に関するものであり、またこの光触媒材料を用いた有機物分解方法、この光触媒材料を用いて形成した内装部材、空気清浄装置、酸化剤製造装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光触媒材料は、エネルギー源として低コストかつ環境負荷が非常に小さい光を利用して、有機物や、窒素酸化物等の一部無機物を、酸化・分解する活性を発現することから、近年、環境浄化、脱臭、防汚、殺菌などの応用が進められており、種々の光触媒材料が開発・研究されている。
【0003】
光触媒としては、紫外線照射下で活性を発現する酸化チタンなどが広く知られているが、住宅内部など、紫外線照射が少ない環境下での利用を前提として、可視光照射下で活性を発現する光触媒材料が要望されており、その研究・開発が進められている、
例えば、特許文献1には、酸化チタン結晶の酸素サイトの一部を窒素原子で置換した可視光活性を有する光触媒材料が開示されている。
【0004】
この特許文献1で開示される光触媒材料は、酸化チタン結晶の酸素サイトの一部を窒素原子で置換することで、酸化チタンの価電子帯の負側に新たな孤立準位を形成することにより、可視光活性を発現させるようにしたものである。孤立準位に存在する電子は、孤立準位から伝導帯のエネルギーギャップ以上のエネルギーを有する光子が当たると、酸化チタンの伝導帯に励起され、一方、孤立準位には正孔が生成し、これにより活性が発現されるものである。
【0005】
しかしながら、酸化チタンの価電子帯の負側に上記のように形成された孤立準位は電位が小さく、可視光照射によって電子が励起した際に生成する正孔の酸化力は低いものであり、また孤立準位に生成した正孔は移動が制限されており、酸化対象となる基質との反応性は低いものである。このため、特許文献1で開示されている光触媒材料は、可視光活性を有するものの酸化分解活性が低いという問題があった。
【0006】
一方、酸化チタンのチタンイオンサイトに他の金属イオンをドープすることによって、酸化チタンの伝導帯下端電位を正の電位側にシフトさせることにより、あるいは伝導帯下端電位の正の電位側に孤立準位を形成することにより、可視光吸収性を発現させることが可能である。しかし、可視光吸収性を有する程度に酸化チタンの伝導帯下端電位を正の電位側にシフトさせ、あるいは伝導帯下端電位の正の電位側に孤立準位を形成すると、シフトした伝導帯下端あるいは形成した孤立準位の電位が酸素一電子還元電位(−0.046Vvs.SHE,pH=0)より大きくなり、光励起電子が酸素を一電子還元することができなくなる。光励起電子は、生成した正孔と再結合して酸化分解活性を失活するものであり、このため、金属イオンドープ酸化チタンは、非常に小さな酸化分解活性しか示さないという問題があった。
【特許文献1】特許第3601532号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、可視光の照射によって高い酸化分解活性を示す金属イオンドープ酸化チタン系の光触媒材料を提供することを目的とするものであり、またこの高い酸化分解活性を利用した有機物分解方法、内装部材、空気清浄装置および酸化物製造装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る可視光活性を有する光触媒材料は、酸化チタンに金属イオンをドープして、価電子帯の電位を3V(vs.SHE,pH=0)以上でかつ価電子帯と価電子帯から励起された電子の準位(伝導帯下端電位、孤立電位を含む)とのバンドギャップを3V以下とした金属イオンドープ酸化チタンの表面に、銅二価塩および/あるいは鉄三価塩を担持して成ることを特徴とするものである。
【0009】
そして価電子帯の電位およびバンドギャップをこのように制御するには、酸化チタンの価電子帯の電位を変化させずに、酸化チタンに金属イオンをドープして伝導帯下端電位を正の電位側にシフトさせるか、あるいは伝導帯下端電位の正の電位側に孤立準位を形成することによって成されるものである。
【0010】
本発明は、銅二価塩や鉄三価塩が酸素の多電子還元触媒として作用することを利用したものである。すなわち、金属イオンドープ酸化チタンの表面に銅二価塩や鉄三価塩を担持して形成される光触媒材料に、金属イオンドープ酸化チタンのバンドギャップ以上のエネルギーを有する光が照射されると、金属イオンドープ酸化チタンの価電子帯から励起された光励起電子は、金属イオンドープ酸化チタンの伝導帯から金属イオンドープ酸化チタン上に担持された銅二価塩のCu(II)イオンや鉄三価塩のFe(III)イオンへ移動し、Cu(II)イオンをCu(I)イオンに、Fe(III)イオンをFe(II)イオンに還元する。そして次の式に示すように、Cu(I)イオンやFe(II)イオンは、環境中の酸素原子を多電子還元し、2電子還元の場合は過酸化水素を、4電子還元の場合は水を発生させ、自身はCu(II)やFe(III)イオンに戻る。
【0011】
:2電子還元
2Cu(I)+O+2H → 2Cu(II)+H
2Fe(II)+O+2H → 2Fe(III)+H
:4電子還元
4Cu(I)+O+4H → 4Cu(II)+2H
4Fe(II)+O+4H → 4Fe(III)+2H
あるいは
3Cu(I)+O+4H → 2Cu(II)+Cu(III)+2H
4Fe(II)+O+2HO → 4Fe(III)+4OH
このように、金属イオンドープ酸化チタン上に担持された銅二価塩のCu(II)イオンや鉄三価塩のFe(III)イオンは、酸素の多電子還元触媒として作用するものである。
【0012】
そしてこのメカニズムにより、金属イオンドープ酸化チタンの価電子帯から励起された光励起電子が効率的に消費されて、水もしくは酸化活性種である過酸化水素を生成するため、従来の金属イオンドープ酸化チタンの問題であった光励起電子の活性の低さが解消され、本発明の光触媒材料は、可視光照射によって高効率で酸化分解活性を発現するものである。
【0013】
また、金属イオンドープ酸化チタンの価電子帯の電位は酸化チタン同様に3.0V(vs.SHE,pH=0)以上と大きく、光照射により価電子帯に生成した正孔は、一般的な光触媒酸化チタンに紫外光を照射することによって価電子帯に生成される正孔と同等の強い酸化力を有する。このため、特許文献1で開示されているような窒素ドープ酸化チタンでは孤立準位に生成した正孔が弱い酸化力しか有さないのに比して、本発明の光触媒材料は高効率で酸化分解活性を発現するものである。
【0014】
また本発明は、金属イオンドープ酸化チタンの正の電位側にシフトした伝導帯下端電位あるいは伝導帯下端電位の正の電位側に形成された孤立準位の電位が、0V(vs.SHE,pH=0)以上、0.8V(vs.SHE,pH=0)以下であることを特徴とするものである。
【0015】
金属イオンドープ酸化チタンの正の電位側にシフトした伝導帯下端電位あるいは伝導帯下端電位の正の電位側に形成された孤立準位の電位がこの範囲であることが好ましいのは、Cu(I)イオンとCu(II)イオンの酸化還元電位が0.16V(vs.SHE,pH=0)、Fe(II)イオンとFe(III)イオンの酸化還元電位が0.77V(vs.SHE,pH=0)であり、金属イオンドープ酸化チタンの価電子帯から励起された光励起電子が、金属イオンドープ酸化チタンの伝導帯から金属イオンドープ酸化チタン上に担持された銅二価塩のCu(II)イオンおよび/あるいは鉄三価塩のFe(III)イオンへ移動し易くなるためである。
【0016】
また本発明において、金属イオンドープ酸化チタンに担持された銅二価塩および/あるいは鉄三価塩の担持量は、金属イオンドープ酸化チタンに対する銅元素および/あるいは鉄元素の質量比率で、0.0001〜1%の範囲が好ましい。
【0017】
銅二価塩や鉄三価塩の担持量をこの範囲に設定することによって、金属イオンドープ酸化チタンへの光照射を阻害することなく、銅二価塩や鉄三価塩の多電子還元触媒としての働きを十分に得ることができるものである。
【0018】
また本発明において、銅二価塩や鉄三価塩の陰イオンは、水酸イオンであることが好ましい。他種のイオンである場合、光触媒活性が低下する場合がある。
【0019】
また本発明に係る有機物分解方法は、上記の可視光活性を有する光触媒材料に可視光を照射して、有機物を分解することを特徴とするものである。
【0020】
上記のように本発明に係る光触媒材料は、可視光の照射で高い酸化分解活性を有するものであり、この光触媒材料に接触する有機物を、酸化分解することができるものである。
【0021】
また本発明に係る内装材は、上記の可視光活性を有する光触媒材料を表層に含むことを特徴とするものであり、本発明に係る空気清浄装置、酸化剤製造装置は、上記の可視光活性を有する光触媒材料を使用して形成したことを特徴とするものである。
【0022】
本発明の光触媒材料は、金属イオンドープ酸化チタンのバンドギャップ以上のエネルギーを有する可視光を照射すると、強い酸化力を持った正孔と、銅二価塩や鉄三価塩を介して酸化力を有する過酸化水素を生成する。ここで、正の電位側にシフトした伝導帯下端電位あるいは伝導帯下端電位の正の電位側に形成された孤立準位の電位にもよるが、金属イオンドープ酸化チタンの吸収波長端は450nm程度であり、一方、一般的な光触媒材料の酸化チタンの吸収波長端は400nm程度である。そして室内で一般に用いられる白色蛍光灯は400〜450nm程度に強い輝線を有するため、従来の酸化チタン光触媒では活性が発現しないが、本発明の光触媒材料は、室内を代表とするこのような波長領域の可視光照射下において強い酸化分解活性を発現するものである。
【0023】
また、従来の酸化チタン光触媒では、酸化チタンの伝導帯下端電位が小さいため、環境中の酸素を一電子還元して、活性酸素種であるスーパーオキサイドアニオン(・O2−)を生成する。
【0024】
:1電子還元
+e → ・O
一方、本発明における光触媒材料は、可視光照射によって励起された光励起電子が、Cu(II)イオンやFe(III)イオンを介して酸素の多電子還元に消費され、上記のように過酸化水素あるいは水を生成する。このように本発明の光触媒材料は、活性酸素種であるスーパーオキサイドアニオンを生成しないという安全面での利点もある。
【0025】
すなわち、本発明の光触媒材料は、可視光照射下において強い酸化分解活性を示すとともに、有害な活性酸素種であるスーパーオキサイドアニオンを生成しないという特徴を有する。これは、可視光活性、安全性といった、光触媒材料を住宅の内装部材に用いる際に特に重視される性能を満たすことを意味するものであり、本発明の光触媒材料は、住宅の内装部材に適用するのに特に適しているものである。つまり、本発明の光触媒材料を表層に設けて形成した住宅の内装部材は、高い可視光活性と、安全性を有するものになるものである。
【0026】
また、本発明の光触媒材料は、可視光照射下において強い酸化分解活性を示すことから、空気清浄装置への利用においても好適である。すなわち、従来の酸化チタンなどの光触媒を利用した空気清浄装置では、高価な紫外線光源を使用して活性を発現させる必要があったが、本発明の光触媒材料を利用すれば、安価な蛍光灯を光源として使用して強い酸化分解活性を発現させることができるので、安価に空気清浄装置を作製することができるものである。
【0027】
さらに、本発明の光触媒材料は、可視光照射下で上記のように過酸化水素を生成する。過酸化水素は、酸化剤としては安定であり、しかも比較的寿命が長いものであり、このため光照射を終了した後もある程度の時間、本発明の光触媒は酸化分解活性を保持する可能性がある。さらに、このように生成した過酸化水素を適切な媒体で移動させるようにすれば、本発明の光触媒材料の表面以外の場所で、酸化分解活性を利用することができるものである。従って本発明の光触媒材料を用いて酸化剤製造装置を形成することによって、安定して寿命が長い酸化剤を製造することができるものである。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、可視光の照射によって高い酸化分解活性を示す金属イオンドープ酸化チタン系の光触媒材料を提供することができるものである。
【0029】
またこの高い酸化分解活性を利用した有機物分解方法、内装部材、空気清浄装置および酸化物製造装置を提供することができるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明を実施するための最良の形態を説明する。
【0031】
本発明において酸化チタンとしては、特に限定されるものではなく、微粒子酸化チタンや薄膜上の酸化チタンを用いることができる。光触媒反応は、光触媒の比表面積が大きいほど有利であるため、微粒子であることが特に望ましい。また、酸化チタンの結晶構造は特に限定されるものではなく、ルチル型、アナターゼ型、ブルッカイト型等を用いることができる。
【0032】
本発明では酸化チタンに金属イオンをドープした金属イオンドープ酸化チタンを用いるものである。酸化チタンにドープする金属イオンは、価電子帯の電位を3V(vs.SHE,pH=0)以上でかつ価電子帯と価電子帯から励起された電子の準位とのバンドギャップを3V以下とするもの、具体的には、酸化チタンの伝導帯下端電位を正の電位側にシフトさせることができ、あるいは伝導帯下端電位の正の電位側に孤立準位を形成することができるものであればよく、特に限定されるものではないが、例えばCe(IV)、Ge(IV)、V(V)、Ga(III)などを挙げることができる。価電子帯の電位は、高いほど価電子帯に生成する正孔の酸化力が高まるが、高すぎるとバンドギャップが広まって可視光吸収性が出なくなるため、酸化チタンと同等の3〜3.3V程度が好ましい。バンドギャップの大きさは、小さいほど吸収可能な光の波長が長波長側にシフトして有効波長域が広がるが、価電子帯と金属イオンドープ酸化チタンの正の電位側にシフトした伝導帯下端電位あるいは伝導帯下端電位の正の電位側に形成された孤立準位の電位の好ましい範囲によって規定されるため、2.2〜3Vが好ましい範囲である。
【0033】
酸化チタンに金属イオンをドープして金属イオンドープ酸化チタンを製造する方法は特に限定されるものではなく、ゾル・ゲル法、固相法、水熱法、スパッタやCVDを用いた積層法などを挙げることができる。
【0034】
そして、金属イオンドープ酸化チタンの表面に、銅二価塩および/あるいは鉄三価塩を担持させることによって、本発明の光触媒材料を得ることができるものである。銅二価塩と鉄三価塩はいずれか一方のみを担持させるようにしてもよく、銅二価塩と鉄三価塩の両方を担持させるようにしてもよい。
【0035】
金属イオンドープ酸化チタンの表面に銅二価塩や鉄三価塩を担持させる方法は、特に限定されるものではないが、例えば水溶液含浸法などを挙げることができる。
【0036】
本発明において、銅二価塩や鉄三価塩としては、特に限定されるものではなく、例えば、銅二価塩や鉄三価塩の出発物質として、塩化第二銅(CuCl・2HO)、塩化第三鉄(FeCl)などを用いることができる。
【0037】
これらのなかでも、銅二価塩や鉄三価塩は陰イオンが水酸イオンであることが望ましい。他種のイオンであると、光触媒活性が低下する場合がある。銅二価塩や鉄三価塩の出発物質として、例えば銅二価塩の場合は塩化第二銅(CuCl・2HO)、鉄三価塩の場合は塩化第三鉄(FeCl)などを用いることができるが、本発明の光触媒材料を製造するに際して、水溶液中で金属イオンドープ酸化チタン微粒子に含浸・加熱という工程を経ることにより、銅二価塩や鉄三価塩は高分散の微細粒子として金属イオンドープ酸化チタンの表面に担持されるとともに、陰イオンが水酸イオンとなるものである。Cu(II)は6配位の状態にあると推測され、銅二価塩は具体的には、金属イオンドープ酸化チタンの酸素原子と結合している場合は、例えばTi−O−Cu(OH)・3HO、吸着されている場合は、例えばCu(OH)・4HOという状態であると推測される。
【0038】
金属イオンドープ酸化チタンへの銅二価塩や鉄三価塩の担持量は、金属イオンドープ酸化チタンに対する銅二価塩中の銅元素や、鉄三価塩中の鉄元素の質量比率が、0.0001〜1%の範囲になるようにするのが望ましい。銅二価塩と鉄三価塩をそれぞれ単独で担持させる場合は、銅二価塩中の銅元素が0.0001〜1%の範囲、鉄三価塩中の鉄元素が0.0001〜1%の範囲になるように設定されるものであり、銅二価塩と鉄三価塩の両方を担持させる場合は、銅二価塩中の銅元素と鉄三価塩中の鉄元素の合計量が0.0001〜1%の範囲になるように設定されるものである。
【0039】
本発明の光触媒材料において、光励起を受けるのは金属イオンドープ酸化チタンであるので、金属イオンドープ酸化チタンの表面が銅二価塩や鉄三価塩で広く被覆されると、金属イオンドープ酸化チタンへの光照射が阻害され、光触媒活性が低下するおそれがある。さらに、銅二価塩や鉄三価塩は酸素の多電子還元触媒として作用するため、触媒活性を効率的に発現するためには凝集せずに高い分散性の微細粒子の形態で金属イオンドープ酸化チタンに担持されていることが望ましい。このため、銅二価塩や鉄三価塩の担持量は、金属イオンドープ酸化チタンに対する銅元素や鉄元素の質量比率が1%以下であることが望ましいのである。また逆に、銅二価塩や鉄三価塩の担持量が少なすぎると、多電子還元触媒としての働きが不十分となるため、金属イオンドープ酸化チタンに対する銅元素銅二価塩や鉄元素の質量比率が0.0001%以上であることが望ましいのである。
【0040】
上記のようにして得られる本発明の光触媒材料は、金属イオンドープ酸化チタンのバンドギャップ以上のエネルギーを有する可視光を照射することによって、既述のように、強い酸化力を持った正孔と、銅二価塩や鉄三価塩を介して酸化力を有する過酸化水素を生成し、それらにより有機物を酸化分解することができるものである。そして金属イオンドープ酸化チタンの吸収波長端は450nm程度であり、室内で一般に用いられる白色蛍光灯は400〜450nm程度に強い輝線を有するため、本発明の光触媒材料は、室内を代表とする可視光照射下において強い酸化分解活性を発現することができるものである。
【0041】
本発明の光触媒材料によって酸化分解される有機物は特に制限されるものではなく、例えば、シックハウス症候群の原因となるホルムアルデヒドやアセトアルデヒドといったアルデヒド・ケトン類や、トルエン等の揮発性有機化合物(VOC)などを挙げることができる。またその他、例えばメチルメルカプタンやトリメチルアミン等の臭気物質、皮脂・石鹸垢・油脂・調味料等の汚染物質、大腸菌や黄色ブドウ球菌等の細菌類なども酸化分解される有機物として挙げることができる。このように、本発明の光触媒材料は、環境浄化・脱臭・防汚・殺菌などといった機能を有し、これらの機能を必要とする用途に用いることができるものである。
【0042】
本発明の光触媒材料を利用することができる部材・設備等は特に制限されるものではない。本発明の光触媒材料は可視光照射下だけでなく、紫外光照射下でも酸化分解活性に優れているものであり、現状の光触媒材料が用いられている適用先においても好適に利用することができる。中でも、特に内装部材、空気清浄装置への適用に好適である。
【0043】
本発明の光触媒材料は、既述のように、可視光照射下において強い酸化分解活性を示すとともに、有害な活性酸素種であるスーパーオキサイドアニオンを生成しないという特性を有する。これは、可視光活性、安全性といった、光触媒材料を住宅の内装部材に用いる際に特に重視される性能を満たすものであり、本発明の光触媒材料は、住宅の内装部材に適用するのに特に適しているものである。
【0044】
内装部材への適用は、内装部材の表層に本発明の光触媒材料を含有させることによって行なうことができる。光触媒材料を内装部材の表層に含有させる方法としては、特に限定されるものではなく、例えばコーティング材に光触媒材料を配合し、このコーティング材を内装部材の表面に塗装することによって、光触媒材料を含有する表層を形成する方法などが挙げられる。
【0045】
このような、本発明の光触媒材料を表層に含む内装部材の具体例としては特に限定されるものではなく、例えば、ドア・収納扉・天井材・壁材・床材・間仕切り・造作材・階段・框・手すり・窓枠・洗面台・キッチン・トイレ・浴室部材などが挙げられる。
【0046】
また、本発明の光触媒材料は、既述のように、可視光照射下において強い酸化分解活性を示すことから、空気清浄装置への利用においても好適である。すなわち、従来の酸化チタンなどの光触媒を利用した空気清浄装置では、高価な紫外線光源を使用して活性を発現させる必要があったが、本発明の光触媒材料を利用すれば、安価な蛍光灯を光源として使用して強い酸化分解活性を発現させることができるので、安価に空気清浄装置を作製することができるものである。
【0047】
本発明の光触媒材料を空気清浄装置に利用する方法は特に限定されるものではないが、例えば、空気を濾過するフィルターに光触媒材料を担持させ、このフィルターを空気清浄装置に組み込む方法などが挙げられる。
【0048】
さらに、本発明の光触媒材料は、既述のように、可視光照射下において過酸化水素を生成するという特徴がある。過酸化水素は、酸化剤としては安定であり、しかも比較的寿命が長いものであり、このため光照射を終了した後もある程度の時間、本発明の光触媒は酸化分解活性を保持する可能性がある。さらに、このように生成した過酸化水素を適切な媒体で移動させるようにすれば、本発明の光触媒材料の表面以外の場所で、酸化分解活性を利用することができるものである。従って本発明の光触媒材料は、酸化剤製造装置に適用することもできる。
【0049】
本発明の光触媒材料を酸化剤製造装置として利用する方法は特に限定されるものではないが、例えば、本発明の光触媒材料を担持した部材と光源とを備えて酸化剤製造装置を形成する方法が挙げられる。この酸化剤製造装置を洗濯機に組み込み、水を過酸化水素の媒体として洗濯槽内で過酸化水素を生成させ、洗濯槽中の汚れや臭いをこの過酸化水素で酸化分解することができるものである。
【実施例】
【0050】
次に、本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0051】
(実施例1)
酸化チタン(TiO)粉末(ルチル型、テイカ(株))と酸化セリウム(CeO、和光純薬工業(株))をモル比0.995:0.005で混合し、1200℃で5時間焼成することによって、セリウムイオンドープ酸化チタンを得た。このセリウムイオンドープ酸化チタンを、紫外線光電子分光法により測定したところ、価電子帯上端電位は3V(vs.SHE,pH=0)であった。また、フラットバンド電位測定により測定したところ、伝導帯下端電位は0.05V(vs.SHE,pH=0)であった。
【0052】
そして、このセリウムイオンドープ酸化チタンを、蒸留水に対するTiOの割合が10質量%となるように、蒸留水中に懸濁させて分散した。次いでこれに、CuCl・2HO(和光純薬工業(株))を、TiOに対するCu(II)の割合が0.1質量%となる量で加え、攪拌しながら90℃に加熱して1時間保持した。このようにして得られた懸濁液を吸引濾過によって濾別し、残渣を蒸留水によって洗浄した後に、110℃で加熱乾燥することによって、銅二価塩を担持したセリウムイオンドープ酸化チタンを、評価用サンプルとして得た。
【0053】
この銅二価塩を担持したCu(II)担持セリウムイオンドープ酸化チタンを、誘導結合プラズマ発光分析、原子吸光分析したところ、Cu(II)は0.03質量%(vs.TiO)担持されていた。
【0054】
また図1に、酸化チタンルチル(TiO)、セリウムイオンドープ酸化チタン(Ce0.005Ti0.995)、Cu(II)担持セリウムイオンドープ酸化チタンの、紫外可視拡散反射スペクトルを示す。図1より、セリウムイオンドープによりバンドギャップが狭まり、吸収波長端が長波長側にシフトしていることが確認できた。
【0055】
(実施例2)
実施例1と同様にしてセリウムイオンドープ酸化チタンを得た。そしてこのセリウムイオンドープ酸化チタンを、蒸留水に対するTiOの割合が10質量%となるように、蒸留水中に懸濁させて分散した。次でこれに、FeCl・2HO(和光純薬工業(株))を、TiOに対するFe(III)の割合が0.1質量%となる量で加え、攪拌しながら90℃に加熱して1時間保持した。このようにして得られた懸濁液を吸引濾過によって濾別し、残渣を蒸留水によって洗浄した後に、110℃で加熱乾燥することによって、鉄三価塩を担持したセリウムイオンドープ酸化チタンを、評価用サンプルとして得た。
【0056】
この鉄三価塩を担持したFe(III)担持セリウムイオンドープ酸化チタンを、誘導結合プラズマ発光分析、原子吸光分析したところ、Fe(III)は0.02質量%(vs.TiO)担持されていた。
【0057】
(比較例1)
アナターゼ型酸化チタン(「ST−01」、石原産業(株))を評価用サンプルとして用いた。
【0058】
(比較例2)
アナターゼ型酸化チタン(「ST−01」、石原産業(株))をアンモニア気流中(1SCCM)において、550℃で3時間アニールすることによって、評価用サンプルとなる窒素ドープ酸化チタンを得た。
【0059】
(性能評価)
上記のように実施例1〜2、比較例1〜2で得た評価サンプルについて、光触媒活性を、可視光照射下で2−プロパノール(IPA)が気相酸化分解される結果生じるアセトンおよびCO濃度を定量することにより評価した。以下に詳細を示す。
【0060】
まず、評価用サンプル300mgを内径26.5mmのシャーレ(面積5.51cm)内に均一に広げ、これを容量500mlの石英製ベッセルに封入した。次に、ベッセル内を合成空気に置換した後に、Xeランプ全光(Luminar Ace 251、林時計工業社製)を照射して、評価用サンプルの表面に残留する有機物の分解を行なった。残留有機物からのCOの発生がなくなったことを確認した後、再びベッセル内を合成空気によって置換した。
【0061】
一方、反応IPAガスを、IPAに乾燥窒素を通じてIPA蒸気としてテドラパックに捕集した。そして捕集したこのIPAガスを300ppmv(6.1μmol)相当分、合成空気で置換したベッセル中に導入した。次にこのベッセルを暗所に静置し、導入したIPAが表面に吸着する過程を10時間以上観測して吸着平衡を確認した。吸着平衡を確認後、Xeランプを光源とし、ガラスフィルター(「L−42」,「B−47」,「C−40C」、旭テクノグラス(株))を用いて照射光波長域を400〜530nmに制限し、ベッセル上方より照射した。そして照射の一定時間毎にベッセル内の気体をサンプリングし、水素炎イオン化法ガスクロマトグラフ(「GC−8A」、(株)島津製作所)によってIPA及び分解生成物であるアセトンおよびCOを定量した。ただし、COは水素流通下の金属Ni触媒によりメタン化処理を行なうメタナイザ(「MT−N」、(株)島津製作所)を介して定量した。照射光は分光放射照度計(「USR−30V」、ウシオ電機(株))を用いて波長毎の入射光強度を測定し、照射強度1.00×10mWcm−2となるように調整した。また、各評価用サンプルの拡散反射スペクトルを用いて求めた吸収割合(1−reflectance)および照射面積(シャーレ面積5.51cm)の積を取ることで単位時間当たりに吸収された光子数(吸収光子数)を求めた。また、CO生成速度を最小二乗法により求め、以下の式により量子収率QEを求めた。
【0062】
QE=6×CO生成速度/吸収光子数
図2に実施例1のCu(II)担持セリウムイオンドープ酸化チタンのIPA分解結果を一例として示す。また実施例1〜2および比較例1〜2の評価結果を表1にQEの値で示す。尚、比較例1の「N.D.」は検出限界未満を示す。
【0063】
【表1】

【0064】
図2にみられるように、実施例1では、アセトンの生成、アセトンの減少に伴うCO生成の増加が認められるものであり、可視光活性を有することが確認される。また表1にみられるように、実施例1,2は量子収率QEが高く、光利用効率が向上していることが確認される。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】紫外可視拡散反射スペクトルを示すグラフである。
【図2】実施例1におけるIPA分解結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化チタンに金属イオンをドープして、価電子帯の電位を3V(vs.SHE,pH=0)以上でかつ価電子帯と価電子帯から励起された電子の準位(伝導帯下端電位、孤立電位を含む)とのバンドギャップを3V以下とした金属イオンドープ酸化チタンの表面に、銅二価塩および/あるいは鉄三価塩を担持して成ることを特徴とする可視光活性を有する光触媒材料。
【請求項2】
酸化チタンに金属イオンをドープして伝導帯下端電位を正の電位側にシフトさせたあるいは伝導帯下端電位の正の電位側に孤立準位を形成した金属イオンドープ酸化チタンの表面に、銅二価塩および/あるいは鉄三価塩を担持して成ることを特徴とする請求項1に記載の可視光活性を有する光触媒材料。
【請求項3】
金属イオンドープ酸化チタンに担持された銅二価塩および/あるいは鉄三価塩の担持量は、金属イオンドープ酸化チタンに対する銅元素および/あるいは鉄元素の質量比率で、0.0001〜1%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の可視光活性を有する光触媒材料。
【請求項4】
金属イオンドープ酸化チタンの正の電位側にシフトした伝導帯下端電位あるいは伝導帯下端電位の正の電位側に形成された孤立準位の電位が、0V(vs.SHE,pH=0)以上、0.8V(vs.SHE,pH=0)以下であることを特徴とする1乃至3のいずれか1項に記載の可視光活性を有する光触媒材料。
【請求項5】
銅二価塩および/あるいは鉄三価塩の陰イオンが、水酸イオンであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の可視光活性を有する光触媒材料。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の可視光活性を有する光触媒材料に可視光を照射して、有機物を分解することを特徴とする有機物分解方法。
【請求項7】
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の可視光活性を有する光触媒材料を、表層に含むことを特徴とする内装部材。
【請求項8】
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の可視光活性を有する光触媒材料を使用して形成されたことを特徴とする空気清浄装置。
【請求項9】
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の可視光活性を有する光触媒材料を使用して形成されたことを特徴とする酸化剤製造装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−104913(P2010−104913A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−279828(P2008−279828)
【出願日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000005832)パナソニック電工株式会社 (17,916)
【Fターム(参考)】