説明

光音響造影剤

【課題】 近赤外波長領域のMPE以下の光が生体内で散乱されながら到達した微弱光を入力信号とし、大きな音響出力信号に変換することが可能な構造を有する粒子を光吸収成分とする光音響造影剤を提供すること。
【解決手段】 光音響トモグラフィ(PAT)診断に用いる光音響造影剤において、アルカリハライドもしくはアルカリ土類ハライドからなる結晶を含むコア部と、前記コア部を被覆して前記コア部が外部環境に触れないようにするシェル部と、検出対象の特定疾病由来の物質と選択的に反応するマーカー部と、を有し、前記コア部と前記シェル部と前記マーカー部をあわせた全体の平均粒径が100nm以下である粒子を、光吸収成分として含むことを特徴とする光音響造影剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光音響トモグラフィ(PAT)診断に用いる光音響造影剤に関する。
【背景技術】
【0002】
腫瘍や動脈硬化などの疾病増加が社会的に大きな課題となっている。
【0003】
このような疾病の有無を診断するために、X線CTやPET−CTなどの侵襲的な生体の画像化装置を用いた測定法が実用化されているが、より低侵襲な測定法が求められている。より低侵襲な測定法の候補として、光音響トモグラフィが挙げられる。光音響トモグラフィは、それ自体(光照射自体)は非侵襲な測定法である。しかし腫瘍や動脈硬化などの疾病部と正常部との光学的性質の差は光音響トモグラフィの検出において十分大きなものではない。従って、光音響トモグラフィを腫瘍や動脈硬化の有無の診断に用いるためには、造影剤を投与してコントラストを強調する必要がある。すなわち、光音響トモグラフィを用いた診断は低侵襲な方法といえる。図2に従来の生体画像化装置の模式図を示す。水槽5は水で満たされ、固定された被測定物6に、光源7から光16を照射している。光源からの光は、ミラー8及び凹レンズ9などの光学系を介して照射される。光が照射された際に被測定物から発せられるパルス状の音響信号を、水を介してトランスデューサ(Transducer)10で集音し、試料(被測定物)のほぼ中心を回転中心としてトランスデューサを回転走査することにより得られる信号を画像処理して生体画像を得る。なお、11はアンプリファイアー(amplifier)、12はオシロスコープ、13はコンピュータ、14はステップモータ(step motor)、15は発振用素子を示す。光音響に用いる光源としては、生体透過性の高い600nm以上1300nm以下の範囲の近赤外光が用いられる。
【0004】
従来の光音響造影については非特許文献1を参照することができる。
【0005】
非特許文献1では、コントラスト造影剤としてインドシアニングリーン(ICG)およびポリエチレングリコールで安定化したインドシアニングリーン(ICG−PEG)をラットに静脈注射し、頭部血管を光音響造影によりイメージングしており、コントラスト造影剤の吸収スペクトルが非特許文献1の中で示されている。また、生体照射可能なレーザ光強度はJIS C 6802:2005による規定で最大許容露光量(MPE)以内であり、また、近赤外光は生体内においては散乱を受けるため、生体内深部の光強度は弱くなる。造影剤へ到達した光の強度に吸収係数を乗じたエネルギーが造影剤に吸収され、一部が造影剤の分子振動を引き起こし、振動が熱に変換される。熱は造影剤内部に留保され、一部は周囲の生体物質に伝播し、これらの熱膨張係数に応じてこれらが微小変形を起こし、それに伴う音が発生する。その結果として、光音響信号としての音圧が検出される。
【0006】
上記の従来の光音響造影剤においては以下の課題がある。
【0007】
第1には、生体深部での光強度が弱いため、造影剤の発熱が数ミリKと小さい(非特許文献1において2mJ/cmの露光強度で2.6mK)。そのため、生体深部では検出される光音響信号としての音圧が必然的に小さくなり、得られる画像の生体深部のコントラストが低くなってしまう。
【0008】
第2には、紫外線領域の波長に比べ、近赤外の光はエネルギーが小さい。近赤外光のエネルギーは、分子回転や分子振動を引き起こすことはできるが、分子を構成する原子間の解離エネルギーより小さいため分子結合を切ることができず、また化学反応を起こす活性化エネルギーより小さいため光や光が転じた熱による反応促進ができない。
【0009】
第3には、色素は、その濃度が増大すると、濃度消光や、凝集状態における光学的異方性の増大に伴う光吸収の異方性、光吸収の偏光性、光吸収波長のシフト、光吸収効率の飽和・低下などの現象が生じるため、密度を上げることによる集積効果は単位cm当たり1017程度が限界であった。
【0010】
一方、色中心を有する物質が知られる。色中心を有する物質は無色透明の単結晶であるが、γ線、X線、電子線、紫外線など1次励起光を照射した場合、あるいはアルカリ金属蒸気に晒した場合に、着色し、特定の波長域の光を吸収するようになる。色中心を有する物質の光吸収スペクトルが非特許文献2に示されている。
【非特許文献1】“Noninvasive photoacoustic angiography of animal brains in vivo with near−infrared light and an optical contrast agent”,Xueding Wang et al.,Optics Letters/Vol.29,No.7,pp.730−732/April 1,2004
【非特許文献2】“Spectral Location of the Absorption Due to Color Centers in Alkali Halides Crystals”,HENRY f.IVEY,Physical Review,Vol.72,No.4,pp.341−343,August 15,1947
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明は、近赤外波長領域のMPE以下の光が生体内で散乱されながら到達した微弱光を入力信号とし、大きな音響出力信号に変換することが可能な構造を有する粒子を光吸収成分とする光音響造影剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するための本発明にかかる光音響造影剤は、
光音響トモグラフィ(PAT)診断に用いる光音響造影剤において、
アルカリハライドもしくはアルカリ土類ハライドからなる結晶を含むコア部と、
前記コア部を被覆して前記コア部が外部環境に触れないようにするシェル部と、
検出対象の特定疾病由来の物質と選択的に反応するマーカー部と、を有し、前記コア部と前記シェル部と前記マーカー部をあわせた全体の平均粒径が100nm以下である粒子を、光吸収成分として含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る光音響造影剤によれば、近赤外波長領域のMPE以下の微弱光を入力信号とし、これを大きな音響出力信号に変換することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の光音響造影剤に関して詳述する。本発明の光音響造影剤の構造の一例を図1(a)及び(b)に模式的に示す。この光音響造影剤の有効成分、すなわち光吸収成分としての粒子は、コア部1としてアルカリハライドからなる結晶もしくはアルカリ土類ハライドからなる結晶(アルカリハライドとアルカリ土類ハライドとの双方を有する結晶であってもよい)を有する。このコア部に1次励起光を照射するか、このコア部をアルカリ金属蒸気に晒すことによって、色中心を形成することができる。コア部1を被覆する外殻としてシェル部2が設けられている。更に、シェル部2の外表面にはマーカー部3が設けられている。シェル部2とマーカー部3の間には、必要に応じてこれらをつなぐコンジュゲート部4が設けられる。図1(a)はコンジュゲート部4がシェル部2と別体のマーカー部3とを連結している例を示している。図1(b)は変形例で、マーカー部3にシェル部2が取り込まれ、あるいは、マーカー部3にシェル部2が包接されている例を示している。
【0015】
(色中心を形成し得る物質群と、色中心を形成する手段)
本発明の光音響造影剤に用いるハロゲン化アルカリもしくはハロゲン化アルカリ土類としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシウム、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウムのうち1種類以上のカチオンと、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチンのうちの1種類以上のアニオンとの組合せからなる塩を用いることができる。2種以上の塩を混合して用いてもよい。これらの複数のカチオンと複数のアニオンからなる複合塩として用いることもできる。さらには過塩素酸アニオンや過臭素酸アニオンなどと、アルカリまたはアルカリ土類カチオンとの組合せによる過ハロゲン酸塩も用いることができる。本発明においては過ハロゲン酸塩もハロゲン化物の一種とする。
【0016】
上記の物質は、一般的に可視波長領域乃至赤外領域までの広い波長領域に光学吸収がないため、通常単結晶は無色透明である。一方、上記の物質にγ線、X線、電子線、紫外線など1次励起光を照射すると、あるいはアルカリ金属蒸気に晒すと、着色し、特定の波長域の光を吸収するようになる。以下、このような性質を有する物質を総称して、色中心を有する物質と呼ぶ。
【0017】
(色中心の基礎物性)
色中心に関しては、以下の公知文献などに記載されている。
・「光物性ハンドブック」(228頁、398頁)
・「Color Centers in Alkali−Halides,and A11ied Phenomena」(Electronic Processes in Ionic Crystals、109頁)
・「光物性、電子格子相互作用」(固体物理別冊、17頁、82頁)
・「物質と光」(理工学基礎講座24、130頁)
図3(a)および図3(b)は、色中心を有する物質の着色原理を構造的およびエネルギー的に示す図である。
【0018】
また、図7は、色中心の多形を表す図である。図中、「eもしくはeと記されている丸」は電子を、「斜線丸」はカチオンを、「黒丸」はホールを、「白丸」はアニオンを、それぞれ表す。色中心は、図7に示す多形の中で、いずれかの一つの形を常に取るとは限らず、変換(変形)することが知られている。色中心は本発明の光音響造影に用いる光波長に対して吸収があればよいので、色中心は多形の中でどの形であってもよい。また、図7に示した電子が局在した状態のみならず、実際には電子が非局在した水素原子様のモデルも提唱されていているが、本発明の色中心はそのような形であっても良い。色中心がこのように水素原子様の構造を取り得ることが、色中心が大きな振動子強度、すなわち大きな光吸収効率を有する理由であると言われている。
【0019】
着色のメカニズムは、図3(a)および図7に示すように、イオン性結晶内に電子と正孔のペアから成る励起子が捕捉されることによるものであると解されている。
【0020】
1次励起光を照射した場合、励起子が「電子」と「ホール」のペアとして結晶内に捕捉される。「ホール」は単独で長時間存在できないが、励起の衝撃で2つの「ハロゲンアニオン(例:−1価と仮定)」の原子座標が偏ってできた「ハロゲンアニオンペア(−2価)」に「ホール(+1価)」が捕捉された「ハロゲンアニオンペア+ホール(−1価)」を形成して安定化するモデル(Vk形)が考えられる。1次励起光を照射した場合の着色は以下のように説明できる。すなわち、エネルギー的には、図3(b)に示すように、導電帯と価電子帯との間に(ハロゲンの)トラップ準位があり、1次励起光で価電子帯からトラップ準位に電子が励起される。以下、これを1次励起とし、トラップ準位に電子が励起された状態を励起状態とする。この励起状態の寿命は室温付近の温度においては比較的長いという特徴をもつ。
【0021】
一方、アルカリ金属蒸気に晒した場合の着色は、アルカリ金属が「アルカリイオン(アルカリカチオン)」と「電子」のペアとして捕捉されることによるものであるといわれている。この場合、ショットキー型の、つまり元の結晶中で、「アルカリカチオン」と「ハロゲンアニオン」が欠如している格子点に、「電子」と「アルカリカチオン」のペアからなる励起子が捕捉されると考えられる。この場合の電子も励起状態にある。
【0022】
以上のいずれの場合であっても、色中心は励起状態となる。
【0023】
このような励起状態にある色中心にその吸収帯内の光を照射することにより、捕捉されている電子をトラップ準位から導電帯に光励起することができる(以下、これを2次励起とする)。2次励起によって導電帯に励起された電子が、基底状態まで無輻射で遷移する過程において、1次励起に相当する大きなエネルギーが解放される。すなわち、色中心は、2次励起光の小さなエネルギーで、1次励起光に相当する大きなエネルギーを放出することができる。なお、図3(a)はNaCl型結晶格子を表しているが、CsCl型結晶格子の場合でも同様に励起子の捕捉が起き、色中心が形成される。
【0024】
(色中心の吸収波長とコア部の化学組成との相関)
コア部に用いる結晶に形成される色中心の光吸収帯は、色中心を形成し得る物質群のイオン種の組合せによって調節できる。すなわち、色中心を形成し得る物質群のイオン種の組合せを選択することで、光音響に用いる光の波長帯域に吸収を有する色中心をコア部に用いる結晶に形成させることができる。そのような選択は、例えば、図4および図5に示すような臭化物塩および塩化物塩をX線照射したときに形成される色中心の吸収スペクトルを用いて行うことができる。また、先に挙げた非特許文献2などに示されている臭化物塩、塩化物塩、フッ化物塩及びヨウ化物塩の吸収スペクトルを用いて選択を行うことができる。コア形成用の材料としては、たとえば、NaF、NaCl、NaBr、NaIなどを挙げることができる。
【0025】
また、これらイオン種を混合した混晶を用いることで、その吸収スペクトルを混合比に応じて連続的に変化させることができ、好適な吸収スペクトルを有する色中心を設計することができる。よって、本発明においては光音響に用いる光の波長帯域に色中心の吸収スペクトルが適合した混晶組成とすることを特徴とする。例えば、複数のカチオン(例えばA、B)と複数のアニオン(例えばC,D)の3〜4成分が「混合」した塩(例えば組成式でA0.50.5CやA0.50.50.50.5やA0.20.80.70.3などで表される塩)を用いることができる。
【0026】
さらには、従来例で示したICGのブロードな近赤外スペクトルに比較して、上述した色中心の吸収スペクトルピーク(2次励起時の吸収スペクトルピーク)は波長帯域が狭く、レーザを用いた場合に実効的な量子効率が高い。
【0027】
本発明の光音響造影剤の使用にあたっては、2次励起に波長600nm以上1300nm以下の領域の近赤外領域の光を用いることが好ましい。いわゆる「生体の窓」と呼ばれるこの波長帯域は、血液ヘモグロビンによる光吸収が小さく、且つ水による光吸収も小さいため、生体内の光照射用光源に用いることが検討されている。
【0028】
本発明は造影剤であるため、光音響トモグラフィ装置で使われる光すなわち造影剤に照射される光の波長に対応するように、色中心の吸収波長を適合させることが好ましい。
【0029】
従来例で示した色素への光照射においては、高価な波長可変DYEレーザを用いている。これに対して、本発明の造影剤は吸収波長を調整することができるので、光照射には汎用的で安価なガスレーザやレーザダイオードを用いることができる。本発明のコア部はレーザ波長に色中心の吸収ピークを適合させることが容易である。例えば、コア部に臭化カリウムを用いれば、ヘリウム−ネオンレーザのレーザ波長である633nmに色中心の吸収ピークを適合させることができる。また、他の例としては、臭化カリウムと臭化ルビジウムとのモル比率1:9の混晶を用いることで、光ディスク用に開発されたレーザダイオードのレーザ波長である680nmに色中心の吸収ピークを適合させることができる。
【0030】
(シェル部)
本発明のコア部の、アルカリハライド(もしくはアルカリ土類ハライド)が吸湿・潮解すると、結晶構造を維持できない。色中心は原理から明らかなように結晶状態の物質にのみ存在し、溶液状態の物質には存在し得ない。したがって、コア部を大気中の水蒸気や生体内の水分から保護するシェル部を設けることが、色中心をコントラスト造影剤として用いるときの重要な特徴である。シェル部に用いられる材料としては、コア部を被覆して外殻を形成し、コア部が外部環境に接触しないようにし、少なくとも水分や水蒸気の浸入を防ぐことができる材料が用いられる。また、ここでいう被覆とは、コア部が、外部環境に存在する水分や水蒸気等と接触しないようにシェル部で覆われていることを意味する。このようなシェル部は、例えば、コア部の外表面にコーティングを行うことにより、あるいは、コア部の外表面を修飾することにより形成することができる。このコーティングまたは修飾用の材料としては、有機や無機の高分子化合物が好適である。有機高分子化合物としては、各種のポリマー、ポリペプチド及びこれらの誘導体、ならびに、これらの2種以上の共重合体あるいは有機デンドリマー化合物を挙げることができる。これらの2種以上の混合物も利用できる。ポリマーとしては、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリ乳酸、ポリ(メタ)アクリル酸およびそのエステル類、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート、ゼラチン、シリコーン、ポリシロキサンなどを挙げることができる。無機高分子化合物としては、シリカ、アルミナなどが挙げられる。また、以上のいずれかを主成分とする複合体も利用できる。また、シェルは高分子に限定されるものではなく、低分子の脂質2分子膜などもシェルとして用いることができる。また、たとえば有機−無機ハイブリッド化合物や有機化合物と無機化合物との混合物を用いることもできる。
【0031】
(マーカー部およびマーカー部とシェル部とのコンジュゲート)
マーカー部は検出対象の特定疾病由来の物質と選択的に反応する構成を有する。マーカー部には腫瘍や動脈硬化などの各種疾病を検出するマーカーを好適に用いることができる。マーカーは、一般的に特異的選択吸着性を有する。マーカーとしては、抗原と選択的に反応する抗体、基質と選択的に反応する酵素、さらには、低酸素領域または低pH領域において検出対象と特異的吸着反応を起こす分子構造を含む物質などを利用することができる。
【0032】
マーカー部とシェル部とをコンジュゲートさせるためには、たとえば、前述したシェル部として、その末端にカルボキシル基を有する分子を用い、そのカルボキシル基をスクシンイミドエステル化し、抗体や酵素のアミノ基とアミド結合を形成するという手法を用いることができる。他の例として、シェル部を構成する分子の末端をマレイミド化し、抗体や酵素のチオール基と縮合させコンジュゲートすることもできる。
【0033】
(粒子サイズ)
1次励起の結果、結晶内に補足される励起子の数、すなわち色中心の数は1次励起光の波長・出力・露光時間、結晶の欠陥密度・不純物濃度、などに依存し、またその上限値は単位cm当たり1018個であると言われている。色中心の密度が単位cm当たり1018個のとき、一辺100nmの立方体に1千個の色中心が存在する計算になる。
【0034】
アルカリハライド(あるいはアルカリ土類ハライド)水溶液からスプレードライ法やインクジェット法によって、数10nm乃至100nmの微粒子径の結晶を得ることができる。スプレードライ法はアルカリハライド水溶液を噴霧して微細な液滴を形成した状態でその液滴を乾燥空気に晒して微粒子として結晶化させる方法である。インクジェット法は微細ノズルから微細な液滴を吐出し、これを乾燥させるか、ブタノールなどアルカリハライドに対して貧溶媒中に滴下することによって微粒子結晶を得る方法である。
【0035】
コアの外側にシェルを形成し、さらにマーカー部位をコンジュゲートした最終的な造影剤としたときの全体の粒子サイズは、生体内における薬剤移送(ドラッグデリバリー)が可能である大きさとすることが好ましい。血管透過性を考慮すると、粒子サイズ((コアと前記シェルと前記マーカー部をあわせた全体としての粒子の大きさ:以下、平均粒径で考えることとする)は100nm以下であることが好ましく、50nm乃至100nmであることがより好ましい。平均粒径を100nm以下にすることによって、生体への投与時に血栓が発生するリスクを小さくすることもできる。血管通過性には粒子サイズのみならず親疎水性や分子高次構造などが寄与するため、100nm以下は一つの目安である。なお、ここでいう粒径とは動的光散乱法を用いて測定したときの粒径を意味する。
【0036】
(色中心形成のタイミング)
本発明にかかる造影剤の光吸収の有効成分としての粒子は、コア部とシェル部とマーカー部とを結合した状態で保存、輸送することが可能である。本発明の造影剤は、光吸収の有効成分としての粒子のみから、あるいは、必要に応じて担体や希釈剤と混合して、調製することができる。予め色中心を形成していない状態の造影剤を用いる場合は、光音響トモグラフィ(PAT)での画像取得の準備段階で、造影剤のコア部を1次励起して診断対象にこれを投与する。その際、前述したように、コア部にγ線、X線、電子線、紫外線など1次励起光を照射すると着色し、PAT診断用の光の波長帯に光吸収を有する色中心を形成する。シェル部やマーカー部は1次励起光をほぼ透過するため、励起光は主にコア部で吸収される。
【実施例】
【0037】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
【0038】
(実施例1)光音響造影剤の作製
溶液量が1mlとなるように臭化カリウム(分子量119.01)0.5gを純水に溶解し、4.2M水溶液を作製した(飽和濃度である1g/1.5mlに近い濃度としている)。この臭化カリウム水溶液を加圧空気により破砕分散し、発生したミストを分級後、常温の乾燥空気と混合して粒径60nm乃至100nmの範囲の微粒子結晶を形成した。その際、粒子発生装置として、柴田科学株式会社製AP−9000Gを用いた。平均粒径は動的光散乱法を利用して計測した。
【0039】
この臭化カリウム微粒子結晶をコア部としてパラフィン中に分散し、その中に平均分子量12000のN−ヒドロキシスクシンイミドエステル(NHS)末端化ポリエチレングリコール(日本油脂製)を添加してコア部の周囲に吸着させ、コア−シェル構造体を形成した。このようにして得られたコア−シェル構造体を水相に抽出し、水分散状態とした。その後、シェル部にマウスマクロファージに発現するレセプターに対する抗体を標識し、マーカー部をコンジュゲートさせた。この粒子の平均粒径をレーザ回折式粒度分布測定装置によって計測したところ、粒径は70nm乃至100nmであった。このマーカー部をコンジュゲートさせた粒子にX線(Cu−Kα線、45kV40mA)を1時間以上照射し、臭化カリウムが青く着色し色中心が形成されたことを確認した。これを光音響造影剤とすることができる。
【0040】
(実施例2)光音響造影剤による診断
肺にマウスマクロファージレセプターを発現させたマウスに、実施例1において作製した光音響造影剤の全量を静脈投与する。30分後に633nmのHe−Neレーザパルスを32mJ/cmの強度で照射し、水中において、複数のImmersion Transducer(商品名:東レエンジニアリング製)を用いてマウスの肺のレセプター発現部位からの音響信号を計測する。その際、マウスの少なくとも肺を内包する部分は水中に配置する。図6で示すようなレーザパルス照射時から音響信号が観察されるまでの遅延時間から、レセプター発現部位とImmersion Transducerとの距離を推定し、マウスの周囲数点で観測した音響信号を符号化ブロックパターン法などにより画像処理することで、トモグラフィを得る。一方、光音響造影剤を投与しない場合には前述と同じ光を照射しても音響信号は観測されず、肺のレセプター発現部位に特異的に光音響造影剤が集積したことにより造影がなされたことが確認できる。
【0041】
(実施例3)680nmに吸収ピークを持つ光音響造影剤の作製
臭化カリウム(分子量119.01)0.06gと臭化ルビジウム(分子量165.39)0.74gとを含有する混合水溶液1mlを調製した。この混合水溶液中には、臭化カリウムと臭化ルビジウムとがおよそ1:9のモル比率で存在する。実施例1と同様の手段で微粒子コア部形成、シェル部形成、マーカーコンジュゲート形成を行い、波長680nmの近赤外レーザダイオードに適した光音響造影剤を作製した。
【0042】
以上述べた本発明の好適な形態によれば、近赤外波長領域のMPE以下の微弱光を入力信号とし、これを大きな音響出力信号に変換することが可能な構造を有する光音響造影剤を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】(a)及び(b)は、本発明の光音響コントラスト造影剤の一例の模式図である。
【図2】従来の生体画像化装置の模式図である。
【図3】(a)及び(b)は、本発明の光音響造影剤に用いる色中心形成メカニズムを説明する図である。
【図4】色中心を形成した各種イオン性結晶の吸収スペクトルを測定した図である。
【図5】色中心を形成した各種イオン性結晶の吸収スペクトルを測定した図である。
【図6】臭化ナトリウム結晶の色中心に532nmの光を照射したときの光音響信号である。
【図7】色中心の多形を表す図である。
【符号の説明】
【0044】
1 コア部
2 シェル部
3 マーカー部
4 コンジュゲート部
5 水槽
6 被測定物
7 光源
8 ミラー
9 凹レンズ
10 トランスデューサ(Transducer)
11 アンプリファイアー(amplifier)
12 オシロスコープ
13 コンピュータ
14 ステップモータ(step motor)
15 発振用素子
16 光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光音響トモグラフィ(PAT)診断に用いる光音響造影剤において、
アルカリハライドもしくはアルカリ土類ハライドからなる結晶を含むコア部と、
前記コア部を被覆して前記コア部が外部環境に触れないようにするシェル部と、
検出対象の特定疾病由来の物質と選択的に反応するマーカー部と、を有し、前記コア部と前記シェル部と前記マーカー部をあわせた全体の平均粒径が100nm以下である粒子を、光吸収成分として含むことを特徴とする光音響造影剤。
【請求項2】
前記PAT診断の光の波長帯域が600nm以上1300nm以下の近赤外領域であることを特徴とする請求項1に記載の光音響造影剤。
【請求項3】
前記シェル部が無機高分子化合物を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の光音響造影剤。
【請求項4】
前記無機高分子化合物が、シリカ、アルミナあるいはこれらを主成分とする複合体であることを特徴とする請求項3に記載の光音響造影剤。
【請求項5】
前記シェル部が有機高分子化合物を含むことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の光音響造影剤。
【請求項6】
前記シェル部が、前記有機高分子化合物として、ポリエチレングリコール、ポリペプチド及びこれらの誘導体、もしくは、これらの2種以上の共重合体、あるいは有機デンドリマー化合物、又はこれらの2種以上の混合物を含むことを特徴とする請求項5に記載の光音響造影剤。
【請求項7】
前記マーカー部が、抗体、あるいは、低酸素領域または低pH領域において特異的吸着反応を起こす分子構造を含むことを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一項に記載の光音響造影剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−137950(P2009−137950A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−293523(P2008−293523)
【出願日】平成20年11月17日(2008.11.17)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】