説明

全長抗体の製造方法並びに該方法の実施のためのE.コリ菌株

【課題】正しく折り畳まれかつ会合された全長抗体の製造を可能にし、かつ先行技術の欠点を伴わない方法を提供する。
【解決手段】ペリプラズム性のタンパク質を培地中に放出するE.コリ菌株であって、シグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の重鎖をコードする遺伝子並びにシグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の軽鎖をコードする第二の遺伝子を有するE.コリ菌株を、培養培地中で発酵させ、その際、該E.コリ菌株が、全長抗体を培養培地中に分泌し、そしてその全長抗体を培養培地から分離することを特徴とする方法によって解決される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質を発酵培地中に放出する能力を有するエシェリキア・コリ菌株を使用して全長抗体を発酵的に製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
組み換えタンパク質医薬品(バイオロジクス)に関する市場は、近年に大きく成長している。しかしながら、タンパク質ベースの医薬作用物質の製造コストが依然として非常に高いことに基づき、効率化されたことで廉価となったその製造のための方法及び系が絶え間なく探求されている。
【0003】
特に重要なタンパク質のクラスは、抗体である。抗体は、研究、診断において、かつ療法剤としても広範囲で使用されるので、特に効率的でかつ工業的規模で可能な製造方法が必要である。
【0004】
抗体では、全長抗体と抗体フラグメントで区別される。全長抗体は、4つのタンパク質鎖、つまり2つの同一の重鎖と、2つの同一の軽鎖とからなる。種々の鎖は、ジスルフィド結合によって互いに結合されている。各重鎖は、可変領域(VH)と定常領域とから構成され、後者は3つのドメインCH1、CH2及びCH3を含む。ドメインCH2とCH3とを含みかつFc領域とも呼称される重鎖の領域は、抗原結合に関与せず、例えば補体系の活性化のような他の機能を有する。各軽鎖は、可変領域(VL)と定常領域とから構成され、後者はドメインCLを含む。重鎖のアミノ酸配列に依存して、抗体(免疫グロブリン)は、5つのクラス:IgA、IgD、IgE、IgG及びIgMに分類される。全長抗体という概念とは、軽鎖がそれぞれドメインVL及びCLを含み、かつ重鎖が実質的にドメインVH−CH1−CH2−CH3から構成されているあらゆる抗体であって、従って該抗体が特異抗原を結合できる特性の他に、他の機能(例えば補体系の活性化)を実行できる抗体を表す。
【0005】
更に、抗体フラグメントは、単に全長抗体の一部から、通常は抗原結合部位を一緒に含む部分からなる。
【0006】
その非常によく調査された遺伝学及び生理学と、短い発生時間と、容易な取り扱いに基づき、グラム陰性の腸内細菌であるエシェリキア・コリは、目下、組み換えタンパク質の製造のために最も頻繁に使用される生物である。前記生物は、同様に抗体フラグメントの製造のために使用される。
【0007】
抗体フラグメントに対して、今まではE.コリにおいて全長抗体を製造する試みは非常に僅かであったに過ぎなかった。全長抗体のサイズと複雑な構造とに基づき、正しく折り畳まれかつ会合された抗体とすることは困難である。その際、E.コリにおける細胞質での製造は可能ではない。それというのもE.コリは細胞質中でジスルフィド結合を形成しないからである。WO02/061090号は、全長抗体をE.コリにおいてペリプラズムで製造することを記載している。そのために、軽鎖と重鎖が互いに独立して異なるプロモーター−シストロン対で発現される特別に構成された発現ベクターが使用される。その際、両方の鎖は、それぞれシグナルペプチドに融合されており、通常のSec経路を介してE.コリではペリプラズムに輸送され、そこでフォールディングとアセンブリングが行われる。抗体を得るためには、その際、細胞を分解することが必要である。収率は、最大で156mg/lであった。880mgまでのより高い収率は、抗体鎖の他に、dsbタンパク質もしくはFkpAのようなペリプラズム性のフォールディング補助因子(シャペロン)をプラスミドで同時発現させた場合にのみ達成された。該抗体は、多くの他のE.コリのタンパク質から精製せねばならない。
【0008】
前記方法は、抗体の工業的な製造のためには、E.コリ細胞を分解せねばならず、かつ標的タンパク質を多数の他のE.コリのタンパク質から精製せねばならないという欠点を有する。ペリプラズム性のシャペロンの随時の同時発現は、付加的なかなりの量の不所望なタンパク質によって前記の精製を、さらに困難にする。
【特許文献1】WO02/061090号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、正しく折り畳まれかつ会合された全長抗体の製造を可能にし、かつ先行技術の欠点を伴わない方法を提供することであった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題は、ペリプラズム性のタンパク質を培地中に放出するE.コリ菌株であって、シグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の重鎖をコードする遺伝子並びにシグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の軽鎖をコードする第二の遺伝子を有するE.コリ菌株を、培養培地中で発酵させ、その際、該E.コリ菌株が、全長抗体を培養培地中に分泌し、そしてその全長抗体を培養培地から分離することを特徴とする方法によって解決される。
【0011】
ペリプラズム性のタンパク質を培地中に放出するE.コリ菌株とは、本発明の範囲では、発酵の後に、E.コリ菌株W3110(ATCC27325)よりも、より高濃度のペリプラズム性のタンパク質を栄養培地中で示すE.コリ菌株を表す。
【0012】
特に、以下のE.コリ菌株が好ましい:
− BLR:Novagen
− K802:CGSC*#5610
− WCM100:EP0338410号B1に従って製造できる
− MM28:CGSC*#5892
− RV308:ATCC**#31608;EP0677109号B1
− RR1:ATCC**#31434
− EP497757号B1に従って製造されるE.コリ菌株
− E.コリ菌株の"漏出性(Leaky)"突然変異体
* 大腸菌ストックセンター(E.coli Genetic Stock Center)CGSC(830 Kline Biology Tower,MCD Biology Department,266 Whitney Ave.,PO box 208103,Yale University,New Haven)から購入できる
** LGC Promochem(Mercatorstr.51,46485 Wesel,ドイツ在)から購入できる
概念"漏出性"突然変異体とは、細胞外膜もしくは細胞壁の構造要素における突然変異に基づき、ペリプラズム性のタンパク質の培地への放出が高まったE.コリ−突然変異体をまとめたものを表す(Shokri他著、Appl.Microbiol.Biotechnol.,2003,60,654−664)。好ましい代表は、以下の遺伝子:omp遺伝子、tol遺伝子、excD遺伝子、excC遺伝子、lpp遺伝子、env遺伝子及びlky遺伝子に突然変異を有するE.コリ菌株である。
【0013】
特に、以下のE.コリ菌株が好ましい:
− JF733=CGSC*#6047
− A592=CGSC*#4923
− A593=CGSC*#4924
− A586=CGSC*#4925
− CAG12184=CGSC*#7437
− G11e1=CGSC*#5169
− JE5511=CGSC*#6673
− E610=CGSC*#6669
− E623=CGSC*#6671
− JE5505=CGSC*#6672
− PM61=CGSC*#6628
− PM61R=CGSC*#6629
− JP1228=CGSC*#6703
− 207=CGSC*#6686
− AE84064=CGSC*#6575
ペリプラズム性のタンパク質を培地中に放出するE.コリ菌株を、全長抗体の製造のために使用できることは、以下の理由からまったく驚くべきことである。E.コリのペリプラズムへの組み換えタンパク質の分泌は、通常は、宿主細胞のSec装置によって行われる。その際、所望のタンパク質の遺伝子を、通常E.コリからSec装置を利用して排出されるようなタンパク質のシグナル配列と機能的に結合させる。ペリプラズム中への分泌が行われた後に、シグナルペプチダーゼ(例えばE.コリの場合にはLepB)によってそれぞれのシグナルペプチドが開裂される。タンパク質は、このように折り畳まれていない状態で細胞質膜を通じて輸送される。ペリプラズムにおいて、これらのタンパク質は、その際、ペリプラズム性のシャペロン、例えばジスルフィド−イソメラーゼ(Dsb−タンパク質)又はペプチジルプロリル−シス,トランス−イソメラーゼ(例えばFkpA)によって、正しい二次構造、三次構造及び四次構造に折り畳まれて会合される。この過程は、全長抗体の製造においては特に費用のかかるものである。それというのも係るタンパク質では、個々のタンパク質鎖が、Sec系によってまず、i)互いに独立してペリプラズム中に輸送され、ii)そこで正しく折り畳まれねばならず、iii)ペプチド内のジスルフィド結合が正しく形成され、iv)2つの軽鎖が2つの重鎖と正しい形で会合され、かつv)ペプチド内のジスルフィド結合が正しく形成されねばならないからである。従って、当業者は、今までは、該タンパク質を培地中に遊離させることは、係る複雑なフォールディング過程と会合過程で阻まれ、従って正しく折り畳まれた抗体をより高い収率で発酵培地中に放出させることは不可能であるということから出発している。全長抗体をペリプラズムで製造する場合でさえ高い収率の正しく折り畳まれた抗体は、付加的にペリプラズム性のシャペロンを同時発現させた場合にのみ得られると教示しているのだからなおさらである(WO02/061090号)。
【0014】
ここで驚くべきことに、本発明による方法によって全長抗体を製造する場合に、細胞外の、正しく折り畳まれた、会合された、機能的な抗体が、ペリプラズム性のシャペロンを同時発現させることなく160mg/lより高い収率で得られることが判明した。しかしながら、その収率は、ペリプラズム性のシャペロンを同時発現させることによって更に高めることもできる。好ましい全長抗体は、IgGクラス及びIgMクラスの抗体、特に有利にはIgGクラスの抗体である。
【0015】
細胞質からペリプラズムへの抗体の軽鎖と重鎖の分泌のためには、生産されるべき鎖のそれぞれの遺伝子の5′末端が、タンパク質排出のためのシグナル配列の3′末端と読み枠内で(in frame)結合されていることが必要である。そのために、原則的には、E.コリにおいて標的タンパク質の移行をsec装置によって可能とするあらゆるシグナル配列の遺伝子が適している。以下の種々のシグナル配列は、先行技術において記載されており、例えば以下の遺伝子:phoA、ompA、pelB、ompF、ompT、lamB、malE、スタフィロコッカスのプロテインA、StIIなどのシグナル配列である(ChoiとLee(2004年))。有利には、E.コリのphoA遺伝子及びompA遺伝子のシグナル配列が好ましく、特に配列番号1の配列を有するクレブシエラ・ニューモニアエ(Klebsiella pneumoniae)M5a1由来のシクロデキストリン−グリコシルトランスフェラーゼ(CGTアーゼ)のためのシグナル配列が好ましい。その際、軽鎖と重鎖の遺伝子は、異なるシグナル配列と5′末端で結合されているなどであってよく、好ましくは異なるシグナル配列と結合されていることが好ましく、特に、一方の鎖がE.コリのphoA遺伝子もしくはompA遺伝子のシグナル配列と結合されており、かつもう一方の鎖がクレブシエラ・ニューモニアエ(Klebsiella pneumoniae)M5a1由来の配列番号1の配列を有するシクロデキストリン−グリコシルトランスフェラーゼ(CGTアーゼ)のためのシグナル配列と結合されていることが好ましい。
【0016】
シグナル配列と組み換え抗体ペプチド鎖のそれぞれの遺伝子とからなる融合物を含むDNA分子の製造は、当業者に公知の方法に従って行われる。ここで、組み換えられた重鎖の抗体ペプチド鎖のそれぞれの遺伝子及び軽鎖の抗体ペプチド鎖のそれぞれの遺伝子を、まずPCRによってプライマーとして好適なオリゴヌクレオチドを使用して増幅させ、それを引き続き通常の分子生物学的技術によって、それぞれシグナルペプチドの配列を含みかつ抗体ペプチド鎖の遺伝子と同様に作製されたDNA分子と、読み枠内融合において、すなわちシグナル配列とそれぞれのペプチド鎖の配列を含む通しの読み枠が生ずるように結合させることができる。前記のシグナル配列−ペプチド鎖遺伝子融合物を、次いで、ベクター、例えばプラスミド中に導入することもでき、又は直接的に公知の方法に従って宿主細胞の染色体中に組み込むこともできる。その際、重鎖を含む融合遺伝子と、軽鎖を含む融合遺伝子とを、2つの別個の、しかしながら互いに和合性のプラスミドにクローニングするか、又はそれらを1つのプラスミドにクローニングしてもよい。両方の遺伝子融合物をプラスミドに導入する場合には、それらを、1つのオペロンにまとめることができ、又はそれらを、それぞれ別個のシストロンで発現させることもできる。ここでは1つのオペロンにまとめることが好ましく、特に転写開始部位の隣接位に、その都度の抗体の重鎖を有する融合遺伝子を有し、かつ遠位に、その都度の抗体の軽鎖を有する融合遺伝子を有する1つのオペロンにまとめることが好ましい。まさに、両方の遺伝子構築物を、1つのオペロンにまとめることができ、又はそれぞれ別個のシストロンで、宿主細胞の染色体中に組み込むこともできる。ここでも1つのオペロンにまとめることが好ましく、特に転写開始部位の隣接位に、その都度の抗体の重鎖を有する融合遺伝子を有し、かつ遠位に、その都度の抗体の軽鎖を有する融合遺伝子を有する1つのオペロンにまとめることが好ましい。
【0017】
有利には、シグナル配列と、抗体ペプチド鎖遺伝子とからなるDNA発現構築物は、E.コリ中で機能的な発現シグナル(プロモーター、転写開始部位、翻訳開始部位、リボソーム結合部位、ターミネーター)を備えている。
【0018】
プロモーターとしては、当業者に公知のあらゆるプロモーター、例えば一方では誘導可能なプロモーター、例えばlacプロモーター、tacプロモーター、trcプロモーター、λPLプロモーター、araプロモーター又はtetプロモーター又はそれらから誘導される配列が適している。他方では、構成的プロモーター、例えばGAPDHプロモーターを使用することによって持続的な発現を行うこともできる。両方の発現構築物を異なるプラスミド上でもしくは1つのプラスミド上で異なるシストロンにおいて発現させる場合に、そのためには同じプロモーター又はそれぞれ異なるプロモーターを使用することができる。異なるプロモーターが好ましい。
【0019】
産生されるべき全長抗体のための発現構築物(プロモーター−シグナル配列−組み換え遺伝子)を、次いで当業者に公知の方法を使用して、ペリプラズム性のタンパク質を培地中に放出するE.コリ菌株の細胞中に導入する。
【0020】
それは、例えばベクター上で、例えばプラスミド上で、例えば公知の発現ベクターの誘導体、例えばpJF118EH、pKK223−3、pUC18、pBR322、pACYC184、pACYC177、pASK−IBA3又はpET上で行われる。プラスミドのための選択マーカーとしては、例えばアンピシリン、テトラサイクリン、クロラムフェニコール、カナマイシン又は別の抗生物質に対する耐性をコードする遺伝子が適している。特に好ましい抗生物質は、テトラサイクリン及びカナマイシンである。2つの和合性のプラスミドを使用する場合に、通常は、異なる選択マーカーが使用される。
【0021】
従って本発明は、また、ペリプラズム性のタンパク質を培地中に放出するE.コリ菌株であって、シグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の重鎖をコードする遺伝子並びにシグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の軽鎖をコードする第二の遺伝子を有するE.コリ菌株に関する。
【0022】
本発明によるE.コリ菌株においては、シグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された抗体の重鎖をコードする遺伝子並びにシグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された抗体の軽鎖をコードする第二の遺伝子は、有利には更にE.コリにおいて機能的な発現シグナル、有利にはプロモーター、転写開始部位、翻訳開始部位、リボソーム結合部位及びターミネーターを備えている。それは、有利には既に上述した発現シグナルである。
【0023】
発現プラスミドで形質転換された細胞の培養は、当業者に自体公知の通常の発酵法に従ってバイオリアクター(発酵器)中で実施される。
【0024】
発酵は、有利には、通常のバイオリアクター、例えば撹拌槽、気泡塔型発酵器又はエアリフト型発酵器中で行われる。特に撹拌槽型発酵器が好ましい。その際、タンパク質産生菌株の細胞を、液体培地中で16〜150時間の期間にわたり培養し、その際、種々のパラメータ、例えば栄養物質の供給、酸素分圧、pH値及び培養の温度が絶えず調節され、かつ厳密に制御される。培養の時間は、有利には24〜72時間である。
【0025】
発酵培地としては、当業者に公知の、微生物の培養のためのあらゆる通常の培地が該当する。複合培地もしくは完全培地、又は完全培地に対して正確に定義された基質組成を有する最少塩培地、又は規定割合の複合成分、例えばペプトン、トリプトン、酵母エキス、蜜ろう又はコーンスティープリカーが添加された最少塩培地のいずれかを使用することができる。
【0026】
最も重要な炭素源としては、原則的に、細胞によって利用可能なあらゆる糖、糖アルコール又は有機酸もしくはそれらの塩を使用することができる。その際、グルコース、ラクトース又はグリセリンを使用することが好ましい。特に、グルコース及びラクトースが好ましい。また複数の種々異なる炭素源を組み合わせて供給することも可能である。炭素源は、培地中に、例えば10〜30g/lの濃度で仕込まれ、次いで必要に応じてその培養に外部から追加供給される。
【0027】
培養中の酸素分圧(pO2)は、有利には10〜70%飽和である。有利には、pO2は、30〜60%飽和であり、特に有利にはpO2は、45〜55%飽和である。
【0028】
培養のpH値は、有利にはpH6〜pH8である。有利には、pH値は、6.5〜7.5で調整され、特に有利には培養のpH値は、6.8〜7.2に保持される。
【0029】
培養の温度は、有利には15〜45℃である。20〜40℃の温度範囲が好ましく、特に25〜35℃の温度範囲が好ましく、殊に30℃が好ましい。
【0030】
特に好ましい一実施態様では、発酵の過程における温度を一定に保たず、例えば、考えられる"封入体"の形成を回避するために遺伝子発現の誘導前に温度を低下させる。こうした場合には、30℃から25℃への低下が好ましい。特に30℃から20℃への低下が好ましい。
【0031】
分泌された全長抗体の精製は、公知の精製法によって行うことができる。通常は、第一段階において、遠心分離又は濾過のような分離法によって、細胞と分泌された抗体とを分離する。抗体を、例えば限外濾過によって濃縮し、次に沈降、クロマトグラフィーもしくは限外濾過のような標準的方法によって更に精製することができる。特に、その場合に、既に正しく折り畳まれた抗体の本来のコンフォメーションを利用する親和性クロマトグラフィーのような方法が好ましい。
【0032】
次の実施例は、本発明を更に説明するために用いられるものである。
【0033】
使用される全ての分子生物学的方法、例えばポリメラーゼ連鎖反応、遺伝子合成、DNAの単離及び精製、制限酵素、クレノウ断片及びリガーゼによるDNAの改変、形質転換などは、当業者に公知のように、文献に記載されるように、又はその都度製造元に推奨されるようにして実施した。
【実施例】
【0034】
実施例:E.コリ分泌突然変異体を用いた10l規模での全長抗体の発酵的製造
本実施例は、抗組織因子(αTF)IgG1−抗体の製造を記載している。
【0035】
抗αTF抗体の遺伝子のクローニングと発現のための出発ベクターとして、プラスミドpJF118ut(図1)を用いた。該プラスミドは、DSMZ−ドイツ微生物細胞培養収集館(Braunschweig)で番号DSM18596として寄託されている。pJF118utは、公知の発現ベクターpKK223−3(Amersham Pharmacia Biotech)の誘導体であり、β−ラクタマーゼ遺伝子とテトラサイクリン耐性遺伝子の他に、さらに同様にプラスミド上に存在するLacIq遺伝子産物によって再始動されかつ例えばD−ラクトースもしくはイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)のようなインデューサーによってスイッチオンすることができるtacプロモーターをも有する。このプラスミド中に、2つの連続した工程において、抗αTF抗体の重鎖もしくは軽鎖についての両方の読み枠を、それぞれシグナル配列を含めてクローニングした。そのために以下のように実施した:
配列番号2を有するDNA断片(重鎖)を、遺伝子合成によって製造し、そして該DNA断片は、E.コリのompA遺伝子のシグナル配列と、抗αTF抗体の重鎖のための読み枠とからなる遺伝子融合物を含む。このDNA断片を、まず制限酵素EcoRI及びPstIで切断し、そして同じ制限酵素で切断されている発現ベクターpJF118utとライゲーションした。このクローニングから得られた、重鎖のための遺伝子の発現がtacプロモーターの制御下にあるプラスミドを、pHC−Anti−TF(図2)と呼称した。
【0036】
配列番号3を有するDNA断片(軽鎖)を、同様に遺伝子合成によって製造し、そして該DNA断片は、CGTアーゼのシグナル配列と、抗αTF抗体の軽鎖のための読み枠とからなる遺伝子融合物を含む。このDNA断片を、まず、制限酵素PstIで切断し、引き続き同じ制限酵素で切断されているベクターpHC−Anti−TFとライゲーションした。こうして得られたプラスミドを、pAK−Anti−TF(図3)と呼称した。前記のようにして、重鎖と軽鎖についてのそれぞれの読み枠からなる、tacプロモーターの制御下にある人工オペロンを作製した。従って、インデューサー(例えばIPTG)の添加によって、両方の遺伝子の同期発現が可能である。
【0037】
抗αTF抗体の製造のために、それらの菌株を、それぞれプラスミドpAK−Anti−TFで、CaCl2法によって形質転換させた。プラスミド保有細胞についての選択は、アンピシリン(100mg/l)によって実施した。
【0038】
製造は、10lの撹拌槽型発酵器中で実施した。6lの培地FM4(1.5g/lのKH2PO4;5g/lの(NH42SO4;0.3g/lのMgSO4×7H2O;0.075g/lのFeSO4×7H2O;1g/lのNa3クエン酸塩×2H2O;0.5g/lのNaCl;1ml/lの微量元素溶液(0.15g/lのNa2MoO4×2H2O;2.5g/lのNa3BO3;0.7g/lのCoCl2×6H2O;0.25g/lのCuSO4×5H2O;1.6g/lのMnCl2×4H2O;0.3g/lのZnSO4×7H2O);5mg/lのビタミンB1;3g/lのフィトン;1.5g/lの酵母エキス;10g/lのグルコース;100mg/lのアンピシリン)で満たされた発酵器に、1:10の比率で、同じ培地中で一晩培養された前培養を植えた。発酵の間に、30℃の温度に調整し、そしてpH値をNH4OHもしくはH3PO4を計量供給することによって7.0の値に一定に保った。グルコースは、発酵にわたって計量供給され、その際、培地中の最大グルコース濃度を10g/l未満にすることに努めた。発現の誘導は、対数増殖期の終わりにイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)を0.1mMで添加することによって実施した。
【0039】
72時間の発酵後に、試料を取りだし、引き続き細胞を培養培地の遠心分離によって分離した。
【0040】
培養培地中に分泌された抗αTF抗体の定量化を、ELISA試験での活性測定によって、抗原(コーティング)として可溶性の組織因子を用い、かつ二次抗体としてペルオキシダーゼとコンジュゲートされたヤギ抗ヒトF(ab′)2−フラグメントを用いて、Simmons他(2002年、J.Immunol.Methods 263,133−47)に記載されるようにして実施した。
【0041】
第1表において、前記のように測定された、機能的な抗αTF抗体の収率を列記する。
【0042】
第1表:72時間の発酵後の培養上清中での抗αTF抗体の収率
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】図1は、実施例からのクローニングベクターpJF118utを示している。
【図2】図2は、実施例からのプラスミドpHC−Anti−TFを示している。
【図3】図3は、実施例からの抗TF抗体発現プラスミドpAK−Anti−TFを示している。
【符号の説明】
【0044】
tac p/o tac−プロモーター/オペレーター、 rrnB ターミネーター、 bla β−ラクタマーゼ遺伝子(アンピシリン耐性)、 ColE1 複製の起点、 TcR テトラサイクリン耐性、 lacIq tacプロモーターのリプレッサー、 SD シャイン−ダルガノ配列、 ompA−SP ompA−シグナルペプチド、 HC(Anti−TF) 抗TF抗体の重鎖の読み枠、 cgt−SP CGTアーゼのシグナルペプチド、 LC(Anti−TF) 抗TF抗体の軽鎖の読み枠

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正しく折り畳まれた会合された全長抗体をE.コリ菌株によって製造するための方法において、ペリプラズム性のタンパク質を培地中に放出するE.コリ菌株であって、シグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の重鎖をコードする遺伝子並びにシグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の軽鎖をコードする第二の遺伝子を有するE.コリ菌株を、培養培地中で発酵させ、その際、該E.コリ菌株が、全長抗体を培養培地中に分泌し、そしてその全長抗体を培養培地から分離することを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法において、E.コリ菌株が、BLR、K802、WCM100、MM28、RV308、RR1、EP497757号B1に従って製造されるE.コリ菌株、E.コリ菌株の"漏出性"突然変異体の群から選択されることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項2記載の方法において、"漏出性"突然変異体が、以下の遺伝子:omp遺伝子、tol遺伝子、excD遺伝子、excC遺伝子、lpp遺伝子、env遺伝子及びlky遺伝子の1つに突然変異を有することを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項2又は3記載の方法において、"漏出性"突然変異体が、以下の群:JF733、A592、A593、A586、CAG12184、G11e1、JE5511、E610、E623、JE5505、PM61、6628、PM61R、JP1228、207、AE84064からのE.コリ菌株であることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれか1項記載の方法において、抗体が、ペリプラズム性のシャペロンを同時発現させることなく160mg/lより高い収率で得られることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1から5までのいずれか1項記載の方法において、シグナルペプチドをコードするシグナル配列が、E.コリのphoA遺伝子もしくはompA遺伝子のシグナル配列又は配列番号1の配列を有するシグナル配列から選択されることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1から6までのいずれか1項記載の方法において、軽鎖と重鎖の遺伝子の5′末端が、読み枠内で、シグナルペプチドをコードする異なるシグナル配列と結合されていることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項7記載の方法において、抗体の一方の鎖をコードする遺伝子の5′末端が、読み枠内で、E.コリのphoA遺伝子もしくはompA遺伝子のシグナル配列と機能的に結合されており、かつ抗体のもう一方の鎖をコードする遺伝子の5′末端が、読み枠内で、配列番号1のシグナル配列と結合されていることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項1から8までのいずれか1項記載の方法において、シグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の重鎖をコードする遺伝子並びにシグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の軽鎖をコードする第二の遺伝子が、1つのオペロンにまとめられていることを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項1から9までのいずれか1項記載の方法において、16〜150時間の時間にわたり発酵させることを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項1から10までのいずれか1項記載の方法において、発酵を、10〜70%飽和の、有利には30〜60%飽和の、特に有利には45〜55%飽和の酸素分圧(pO2)で行うことを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項1から11までのいずれか1項記載の方法において、培養培地中のpH値が、pH6〜pH8、有利にはpH6.5〜pH7.5、特に有利にはpH6.8〜pH7.2であることを特徴とする方法。
【請求項13】
請求項1から12までのいずれか1項記載の方法において、温度を、遺伝子発現の誘導前に、30℃から25℃に、有利には30℃から20℃に低下させることで、"封入体"の形成を回避することを特徴とする方法。
【請求項14】
請求項1から13までのいずれか1項記載の方法において、全長抗体の培養培地からの分離を、第一段階においては、遠心分離もしくは濾過のような分離法によって行い、次いで抗体を限外濾過によって濃縮させ、引き続き沈降、クロマトグラフィーもしくは限外濾過によって、特に有利には親和性クロマトグラフィーによって更に精製することを特徴とする方法。
【請求項15】
正しく折り畳まれた全長抗体の製造のための、ペリプラズム性のタンパク質を培地中に放出するE.コリ菌株であって、シグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の重鎖をコードする遺伝子並びにシグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の軽鎖をコードする第二の遺伝子を有するE.コリ菌株。
【請求項16】
請求項15記載のE.コリ菌株であって、シグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の重鎖をコードする遺伝子並びにシグナルペプチドをコードするシグナル配列と機能的に結合された、抗体の軽鎖をコードする第二の遺伝子が、E.コリにおいて機能的な発現シグナル、有利にはプロモーター、転写開始部位、翻訳開始部位、リボソーム結合部位及びターミネーターを備えていることを特徴とするE.コリ菌株。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−73045(P2008−73045A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−248134(P2007−248134)
【出願日】平成19年9月25日(2007.9.25)
【出願人】(390008969)ワッカー ケミー アクチエンゲゼルシャフト (417)
【氏名又は名称原語表記】Wacker Chemie AG
【住所又は居所原語表記】Hanns−Seidel−Platz 4, D−81737 Muenchen, Germany
【Fターム(参考)】