説明

切り込み工具

【課題】複数の曲面や自由曲面を有する物体上に形成された塗膜に対して、より均一な深さをもって切り込みを形成すること。
【解決手段】把持部16と、この把持部16に固定され、刃12が弾性体26を介して接続される刃接続ユニット20と、を備える構成とする。このため、評価する塗膜が複数の曲率を有する場合や自由曲面においても、弾性体26の伸縮により刃12が上下に移動可能となるのでこのような複雑な曲面に対する押し当て深さを一定にできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種製品に形成される塗膜の付着性を評価するためのクロスカット法に用いる切り込み工具に関する。
【背景技術】
【0002】
各種工業製品における塗膜の付着性・密着性の評価を行う方法として、日本工業規格(JIS)においてクロスカット法が定められている。
この方法は、プラスチックやガラス、金属等の各種の素地に形成された塗膜に対して、碁盤状の傷跡を形成した後、傷の上に粘着テープを貼着して剥離し、マス目の剥がれ状態により塗膜と素地の密着性を評価するものである。
JISの規定によれば、切り込み工具として単一刃切り込み工具と多重刃切り込み工具が規定されている(非特許文献1、第3頁参照)。
【0003】
【非特許文献1】日本工業規格(JIS)K5600−5−6(1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
多重刃切り込み工具を使用する場合、例えば眼鏡レンズのように、複数の曲率による曲面が形成されている物体や、自由曲面を有する物体に形成された塗膜の評価を行うのは困難であった。これは、多重刃の刃先が曲面に合致しない領域が生じるので、刃先を常に一定の力で塗膜に押し込んで切り込みをすることができなくなるためである。
【0005】
したがって、複数の曲面や自由曲面を有する物体上の塗膜を評価する場合、単一刃切り込み工具を用いることとなる。しかしながら、単一刃切り込み工具を用いた場合は、例えば10×10個のマス目で評価する場合、数多くの切り込み線を形成することとなる。また塗膜が非常に硬く、例えば無機蒸着層である反射防止膜や、表面硬度を高めるハードコート層等の評価を行うには、線引きに強い力を要することとなる。これらの理由により、単一刃切り込み工具を用いても、均質な深さで切り込みを行うことが困難な場合があった。切り込みの深さにばらつきが生じてしまうと、付着性の評価もばらついてしまい、信頼性が劣ってしまうという問題がある。
【0006】
以上の問題に鑑みて、本発明は、複数の曲面や自由曲面を有する物体上に形成された塗膜に対して、より均一な深さをもって切り込みを形成することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明による切り込み工具は、把持部と、この把持部に固定され、刃が弾性体を介して接続される刃接続ユニットと、を備える構成とする。
【0008】
本発明による切り込み工具は、このように、刃保持部にコイルバネやゴム部材等の伸縮可能な弾性体を介して刃を接続する構成とする。このため、評価する塗膜が複数の曲率の曲面を有する場合や自由曲面を有する場合においても、塗膜の面に沿って刃先を塗膜の表面に押し当てることが可能となる。弾性体の材質や形状を適切に選定することによって、複雑な曲面の塗膜表面に対しても、刃を押し付ける力がばらつくことを抑制することが可能となる。
【0009】
また、本発明の切り込み工具において、刃接続ユニットを複数設ける構成とし、いわば多重刃切り込み工具とすることによって、数多くの切り込み線を形成する場合においても、より一定の押し込み量をもって切り込みを形成することが可能となる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、複数の曲面や自由曲面を有する物体上に形成された塗膜に対して、より均一な深さをもって切り込みを形成することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下本発明を実施するための最良の形態(以下実施の形態という)の例を説明するが、本発明は以下の例に限定されるものではない。
[1]第1の実施の形態(多重刃切り込み工具の例)
図1は、多重刃構成とする第1の実施の形態に係る切り込み工具10の刃側からみた正面図である。図2は、図1に示す切り込み工具10の側面図である。
【0012】
図1及び図2に示すように、この切り込み工具10は、長尺状の把持部16とその一端に固定される複数の刃接続ユニット20とを有する。把持部16の平面形状は、一端が丸みを帯びて幅広となる形状であり、他方の端部に複数の刃接続ユニット20を固定するユニット接続部28が固定される。把持部16は、図示の例に限定されるものではなく、作業者が持ちやすい形状であればよく、例えばグリップ状に凹凸等が形成されていてもよい。また把持部16の材料としては、金属、樹脂、木材等種々の材料を用いることができる。必要に応じて表面に滑り止め部材が貼着されていてもよく、滑り止め加工が施されていてもよい。
【0013】
刃接続ユニット20には、図2に示すように、弾性体26を介して複数の刃21が接続され、全体としてカッター部12を構成する。
弾性体26としては、金属製のコイルバネ、又はゴム部材、発泡性樹脂などを含む各種樹脂部材等を使用することができる。弾性体26は、曲面に形成された塗膜に刃を押し当てる際に適度に上下に伸縮することで、押し込み深さがほぼ均一となるように、その材料や形状を選定する。弾性体26が適度に上下に伸縮することによって、刃21と塗膜面との角度をほぼ垂直に保つことができる。複雑な曲面をもつ塗膜に対して切り込み工具10を移動する際には、刃21の塗膜面に対する角度が変化しない方が押し込み強さの変動が少ないが、上述したように本例によれば角度をほぼ垂直に保つことができるので、押し込み量を一定に保つことができる。またこのとき、弾性体26は横方向すなわち切り込み工具10の移動方向等にある程度の可撓性があってもよい。すなわち、刃21を塗膜の曲面に追従させるにあたって、適度に押し込み量を一定に保ち、且つ滑らかに移動するように、伸縮性及び可撓性を有する材料及び形状とすることが望ましい。
【0014】
また、把持部16の峰側、すなわち刃接続ユニット20の刃21が設けられる側とは反対側となる峰側となる面には、作業者の親指、又はその他の指を押し当てる板バネ等より成る力点部14が設けられる。この力点部14は、刃12を下方とした場合、刃接続ユニット20のユニット接続部28側に向かって斜め上方に延びる板バネ状に構成される。また力点部14の指当て位置は把持部16より幅広の形状とすることが望ましく、例えば丸みを帯びた扇形の平面形状とする。この切り込み工具10を作業者が使用する際には、把持部16を握り、板バネ状の力点部14を指等で評価対象である塗膜面に向かって押圧する。これにより、把持部16に固定されたユニット接続部28を介して刃接続ユニット20の先端部の刃12が、塗膜の曲面に沿って押し当てられる。
【0015】
このように、板バネ状の力点部14を設け、傷付け作業時にこの力点部14を指等によって押圧して刃12を評価面に押し付ける場合、ユニット20の決められたポイント(この場合ユニット接続部28)に力点が決定され、作用点となる刃先に働く力の大きさと方向がより一定になる。このため、塗膜への傷付け作業毎の押し込み深さのバラツキが生じにくくなり、また複数の刃接続ユニット20を設ける場合に、各ユニット20に伝達する力をより均質にすることができる。更に、バネの作用により過剰な力を緩和させ、刃21が一定の圧力で塗膜面に接触するように構成され、一部の刃先が塗膜面に対して過剰に押し込まれたり、経時的に押し込み量が変化したりすることを抑制することができる。したがって、押し込み深さのバラツキを抑え、より均質な評価を行うことが可能となる。また本例のように、複数の刃接続ユニット20を備える場合には、各ユニット20に伝達する力をより均質にすることができるので、配列される全ての刃21をほぼ均等な力で塗膜面に押し込むことができる。
【0016】
そして特にこの場合、上述したように弾性体26の伸縮によって刃21の刃先が上下に移動可能となるため、曲面状の塗膜に対しても、接触圧がほぼ均質に保たれる。このため、カッター部12を構成する刃21全てにおいて、ほぼ一定の深さの傷を連続的に付与することが可能となる。
【0017】
図3は、刃接続ユニット20の側面図であり、図4はその一部を透過して示す断面図である。図3に示すように、刃接続ユニット20は円柱状の接続部24、ユニット接続部28及びカバー部30を有し、接続部24において弾性体26と刃21が接続される。刃21は、円錐状の刃先部22と円柱状の軸部23から構成される。接続部24は、無底円筒形状であり、筒内に刃21の軸部23と弾性体26の先端が嵌め込まれて安定に保持されるように形成される。カバー部30は一方の端部に底部を有し、他方の端部が開口とされる有底円筒形状である。そしてこのカバー部30の開口端部から弾性体26の先端が挿入されて底部に突き当てられ、固定される。
【0018】
また、ユニット接続部28は、カッター部12に含まれる全ての刃接続ユニット20を連結して接続すると共に、カッター部12全体を把持部16に固定する。この例では、弾性体26の一端が接続部24に嵌め込まれて固定され、他の端部がカバー部30に嵌め込まれて固定され、カバー部30がユニット接続部28に嵌め込まれて固定される。またこの場合、カバー部30の一部が刃21と反対側に一部突き出た状態で固定されている。このように、カバー部30の一部がユニット接続部28から突き出していることにより、各々の刃接続ユニット20が確実に束ねられ、カッター部12に含まれる各刃接続ユニット20が安定した整列状態を保つことができる。
【0019】
また、刃21は上述したようにその軸部23を接続部24に嵌め込むことで、刃先部22を切り込み工具10に安定に保持するものであるが、例えば軸部23において接続部24と螺合するネジ構造等を設けて着脱可能に固定する構成とし、刃21を交換可能としてもよい。このように交換可能とすることで、刃21のメンテナンスが容易となり、また別の新しい刃21との交換も可能となる。なお、着脱可能とする接続態様はネジ構造に限らず、伸縮性を有する接続部24に対し僅かに大径の軸部23を嵌め込んで固定する構造等でもよい。
その他の弾性体26とカバー部30、カバー部とユニット接続部28との接続態様は、上述したような着脱可能な構造としてもよく、又は金属材料により融着固定される構造でもよい。なお、刃接続ユニット20を構成する接続部24、ユニット接続部28及びカバー部30の材料は、把持部16と同様に、金属、樹脂等の種々の材料を用いることができる。
【0020】
図5は、カッター部12の刃21側からみた正面図である。この例では、刃接続ユニット20が2列に配置され、一方の列で5個、他方の列で6個、合計11個の刃21が配列される。刃21の配列方向は、図1及び図2に示す把持部16の長手方向とほぼ直交する方向とする。刃21の刃先部22の材料としては、金属やセラミック等の種々の硬質材料を用いることができ、例えば炭化ケイ素、タングステンカーバイド等により構成する。なお、図4に示す軸部23は硬質材料でなくてもよく、種々の材料により構成し得る。また刃先部22の形状は、例えば上記非特許文献1のJIS K5600−5−6(1999)に定める形状とする。すなわち、厚みを0.43±0.03mmとし、刃の傾斜角は20°〜30°として構成する。
【0021】
またこの例では、図5に示すように、隣接する各列における刃21が、その配列方向と直交する方向に交互に配置される。つまり、配列方向と直交する方向には刃21が並ばない構成とする。このような配置構成とすると、矢印aに示すように、刃21の配列方向と直交する方向に切り込み工具を移動させるとき、刃21の刃先部22先端が矢印aに平行な方向に移動して傷を付けるので、切り込み痕は破線bで示すようにそれぞれ重複することなく、また略等間隔に形成される。ここで、刃21の接続部24の直径を、評価の際に形成するマス目の2倍となるように構成し、各ユニット20を図5に示すように隙間なく密に配置することで、所望の間隔dをもって破線bで示す平行な切り込み痕を確実に形成することができる。図示の例では、11本の等間隔で平行な切り込み痕を1回の切り込みで形成することができる。得られた切り込み痕と略直交する方向に再度切り込みを行うことで、10×10=100マスのマス目を構成する切り込み痕を形成することができる。なお、図示の例では刃接続ユニット20を円筒形状とする例を示すが、これに限定されるものではなく、各刃21に間隔を適切に配置できる形状であれば、例えば断面四角形や六角形等でもよい。
【0022】
このようにして形成された切り込み痕は、上述したように切り込み工具10の刃21が弾性体26を介して接続されていることにより、評価対象である塗膜面が自由曲面等の複雑な曲面を有する場合であっても、塗膜面上の位置によらずに切り込み深さが均一化される。また、切り込み工具10に板バネ状の力点部14が設けられて均一に刃21が押し込まれることにより、多重刃構成で自由曲面への切り込みを行うにも係わらず、均一な押し込み深さを確保できる。これにより、評価のばらつきを抑えることが可能となると共に、評価作業の簡易化を図ることができる。
【0023】
[2]第2の実施の形態(単一刃切り込み工具の例)
図6は、本発明の第2の実施の形態に係る切り込み工具40の平面図である。この例においては、刃51が弾性体(図示せず)を介して接続される刃接続ユニット50が一つ設けられ、把持部46の一端に刃接続ユニット50が固定される。把持部46の峰側には、第1の実施の形態の例と同様に、板バネ状の力点部44が設けられる。
これらの刃51、弾性体、刃接続ユニット50、把持部46及び力点部44の材料及び構成は、第1の実施の形態において説明した例と同様とすることができる。
【0024】
このような単一刃構成とする切り込み工具40を用いる場合、例えばガイドや定規を使用して評価対象の塗膜面に切り込みを行ってもよい。この場合も、第1の実施の形態と同様に、弾性体を介して刃51を接続することによって、塗膜面が自由曲面等の複雑な曲面を有する場合であっても、塗膜面上の位置によらずに切り込み深さが均一化される。また、切り込み工具40に板バネ状の力点部44を設けて均一に刃51が押し込まれる構成とすることにより、塗膜面の形状によらずに均一な押し込み深さを確保できる。したがってこの場合においても、評価のばらつきを抑えることが可能となる。
【0025】
図7〜図10においては、第1の実施の形態の例に係る切り込み工具10の写真図を参考例として示すものである。図7は、切り込み工具10の側方上部からみた状態であり、板バネ状の力点部14が左側に向かって峰側から上方に延びている様子を示す。図8は、把持部16側から見たカッター部12であり、刃接続ユニット20が2列11個配列されている。図9は、刃接続ユニット20の把持部16側とは反対側からみた様子であり、各ユニット20において、コイルバネ等よりなる弾性体26を介して刃が接続されている様子がわかる。図10は、この切り込み工具10を使用している状態を示す。板バネ状の力点部14を押圧することによって、レンズ等の被評価体の塗膜面上に略均等な押し込み深さをもって切り込みを行っている様子を示している。
【0026】
なお、本発明は上述の実施の形態の各例において説明した構成に限定されるものではなく、把持部の材質や形状、また刃の数や配列態様等において、特許請求の範囲に記載される本発明の要旨を逸脱しない限りにおいて、種々の変型例または応用例を含むものであることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係る切り込み工具の正面図である。
【図2】図1に示す切り込み工具の側面図である。
【図3】図1に示す切り込み工具の刃及び刃接続ユニットの側面図である。
【図4】図1に示す切り込み工具の刃及び刃接続ユニットの断面図である。
【図5】図1に示す切り込み工具の刃の正面図である。
【図6】本発明の第2の実施の形態に係る切り込み工具の正面図である。
【図7】本発明の第1の実施の形態に係る切り込み工具の写真図である。
【図8】本発明の第1の実施の形態に係る切り込み工具の写真図である。
【図9】本発明の第1の実施の形態に係る切り込み工具の写真図である。
【図10】本発明の第1の実施の形態に係る切り込み工具の写真図である。
【符号の説明】
【0028】
10.切り込み工具、12.刃、14.力点部、16.把持部、20.刃接続ユニット、21.刃、22.刃先部、23.軸部、24.接続部、26.弾性体、28.ユニット接続部、30.カバー部、40.切り込み工具、42.刃接続ユニット、44.力点部、46.把持部、50.刃接続ユニット、51.刃

【特許請求の範囲】
【請求項1】
把持部と、
前記把持部に固定され、刃が弾性体を介して接続される刃接続ユニットと、を備える
切り込み工具。
【請求項2】
前記刃接続ユニットが複数設けられる請求項1に記載の切り込み工具。
【請求項3】
前記複数の刃接続ユニットが列状に配置されて前記把持部に設けられる請求項2に記載の切り込み工具。
【請求項4】
前記刃接続ユニットが、2列以上配列され、
隣接する各列の前記刃接続ユニットにおける各刃が、前記刃接続ユニットの配列方向と直交する方向において交互に配置される請求項3に記載の切り込み工具。
【請求項5】
前記刃が、前記刃接続ユニットに交換可能に接続されて成る請求項1〜4のいずれか1項に記載の切り込み工具。
【請求項6】
前記把持部は、前記刃による傷つけ作業時に力点となる力点部を有して成る請求項1〜5のいずれか1項に記載の切り込み工具。
【請求項7】
前記刃の先端を下方とした場合、前記力点部は斜め上方に延びる板バネ状に形成される請求項6に記載の切り込み工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−133743(P2010−133743A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−307897(P2008−307897)
【出願日】平成20年12月2日(2008.12.2)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】