説明

制振性ステンレス鋼、その製造方法及びその成形体

【課題】製造コストを低減した制振性ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】炭素0.10重量%以下、シリコン0.1重量%以上、3.0重量%以下、マンガン5.0重量%以上、13.0重量%未満、クロム9.0重量%以上、15.0重量%未満、ニッケル0.01重量%以上、5.0重量%未満、アルミニウム0.01重量%以上、0.05重量%未満、窒素0.01重量%以下、残部鉄及び不可避不純物からなる組成になるように溶製し、鋳造した素材を均質化熱処理した後、熱間加工を施し、さらに必要に応じ温間加工をし、これを800℃以上1000℃未満で加熱した後に水冷或いは空冷する溶体化熱処理を行い、これを更に10%以上、60%以下の冷間加工を施すことによって10%以上40%未満のε−Ms相を発現させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制振性ステンレス鋼、その製造方法及びその成形体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車、精密機器、電子機器、医療機器の分野で、振動や騒音を軽減する機能をもつ材料の提供が求められている。これに応えるものとして振動減衰能のある材料として、鉛、鋳鉄、Mn−Cu合金、Mg−Zr合金、Mg−Ni合金、Al−Zn合金、Fe−Cr−Al合金、Ni−Ti合金、Cu−Al−Ni合金等が知られている。このような材料は、振動減衰能は優れているが、機械的性質が不良で特殊用途以外には使用が不可能であり、また高価な元素を多く含んでいるため合金材料の価格上昇となり工業的用途が極めて制限されている。
【0003】
このような問題を解決するために、機械的強度が高く、振動減衰能を有する材料として、高強度高減衰能Fe−Cr−Mn合金及びその製造方法が開示されている。この特許には、Cr:9〜15重量%、Mn:18〜26重量%、Fe:残部鉄からなる素材を1000〜1150℃の温度で溶体化熱処理した後に冷却し、15〜80%の冷間加工を加えることによって40%以上のεマルテンサイト相を発現させることを特徴とする高強度高減衰能Fe−Cr−Mn合金及びその製造方法が開示されている。上記Fe−Cr−Mn合金は、組成的にステンレス鋼をベースとしたものであり、従って、その機械的性質はステンレス鋼とほぼ同等であり、かつ、その振動減衰能は鉛や鋳鉄並という、上記の問題点を解決する画期的な発明である(特許文献1参照)。
【0004】
ここで、特許文献1によって開示された技術によれば、マンガン組成を18〜26重量%と主張しているが、この材料を溶製する場合、マンガン成分が蒸発し易いため添加するマンガン合金の歩留が悪いだけでなく、有害なマンガン・ヒュームが発生し易くなるという作業環境上の問題があり、また、マンガンは溶製時に用いられる耐火物の溶損を促進させるという難点があるので、マンガン成分を可能な限り低くすることが製造コスト及び労働環境面の点で求められている。
【0005】
本発明者らは、上記の問題を解決するために、炭素0.05重量%以下、マンガン13重量%以上、18重量%未満、クロム9重量%以上、15重量%未満、ニッケル0.01重量%以上、6重量%未満、アルミニウム0.01重量%以上、0.05重量%未満、窒素0.01重量%以下、残部鉄からなり、イプシロン・マルテンサイト相が10%以上であることを特徴とする高強度高減衰能Fe−Mn−Cr−Ni合金を提案している(特許文献2参照)。
【0006】
【特許文献1】特許第3378565号公報
【特許文献2】特開2007−341889
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2によって開示された技術は、マンガン13重量%以上、18重量%未満とすることを主張しているが、例えば、自動車排気管等の大量使用部材については、原料、精錬及び熱間・冷間圧延、及び冷間加工成形の観点から、更なるマンガン成分を低くすることによって製造コストを低減することが必須である。即ち、マンガン元素は、制振性発現に必要な元素であるが、固溶体硬化によって材料を必要以上に硬くするので、冷間圧延のパス回数が多く必要になるとともに、中間熱処理回数が多く必要になるため製造コストが高くなるので、可能な限りマンガン量を下げて製造コストを低く抑えることが必要である。
【0008】
また、特許文献1及び2になる発明は、準安定オーステナイト相を冷間加工することによって生成する加工誘起イプシロン−マルテンサイト相(以下、「ε−Ms相」という。)が制振性を発現するというものであるが、これは、本材料の製造の観点からは、加工硬化現象が大となり、冷間加工の製造コスト高となっている。この相反する現象への対策が、製造コストを抑えるための重要な技術課題である。
【0009】
更に、従来のボルト・ナット、切削工具支持体、ボールねじ、鋼球、HDD用サスペンション、板ばね、コイルばね、自動車排気管及び自動車補強部材等は、普通鋼或いはステンレス鋼を加工して作られているので、材料自体の振動減衰能が極めて小さいので、対振動、対騒音及び制振性に関わる機能の観点からは不十分である。
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決するために検討した結果、冷間加工によってε−Ms相が生成し易い度合いを示す積層欠陥エネルギーSFE(mJ/m)(数式1、非特許文献1参照)を20mJ/m以下に保持した上で、マンガンの効果をシリコンの微量添加によって一部置換えることによってマンガン量の低下ができることを見出し、その効果を実証する知見を得て本発明に至った。
【0011】
【数式1】
SFE(mJ/m)=25.7+2(%Ni)+410(%C)−0.9(%Cr)−77(%N)−13(%Si)−1.2(%Mn)
【非特許文献1】Pickering:Proc.Conf.Stainless Steels,Gothenburg,Sept.(1984)
【0012】
更に、本発明者らは、上記の冷間加工の製造コスト高に対する方法として、加工誘起変態の起こり易さの指標であるMd30(℃)にも着目した。この指標は数式2に示すように鋼中の化学成分との関係が求められており、具体的には、単相オーステナイトに対して30%の引張り歪を与えた時に、組織の50%がマルテンサイトに変態する温度(℃)と定義されている。これは、冷間加工時の温度をMd30(℃)以上とすることによって冷間圧延時のε−Ms相の生成を抑制し、冷間加工時の加工硬化を抑制して冷間加工コスト低減ができることを確認して本発明に至った。
【数式2】
Md30(℃)=497−462(%C+%C)−9.2(%Si)−8.1(%Mn)−13.7(%Cr)−20(%Ni)−18.5(%Mo)
【0013】
また、本発明者らは、本発明になる制振性ステンレス鋼を、個々の制振性部品に適用する場合、その部品の形状による共振周波数を推定して、その使用される振動環境に適合した形状にすることによって始めて本発明の制振性ステンレス鋼の機能が発揮されることを見出し、その関係を確認して本発明に至った。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明が提供する制振性ステンレス鋼は、シリコン0.1重量%以上、3.0重量%以下、マンガン5.0重量%以上、13.0重量%未満、クロム9.0重量%以上、15.0重量%未満、ニッケル0.01重量%以上、5.0重量%未満、残部鉄及び不可避不純物からなり、数式1で計算される積層欠陥エネルギーSFE(mJ/m)が20mJ/m以下、ε−Ms相が10%以上、40%未満であることを特徴とする。
【0015】
本発明が提供する制振性ステンレス鋼は、炭素0.10重量%以下、アルミニウム0.01重量%以上、0.05重量%未満、窒素0.01重量%以下となるように化学成分を制御することを特徴とする。
【0016】
本発明が提供する制振性ステンレス鋼は、JISによって規定されている損失係数(η)が0.005以上、0.10以下であることを特徴とする。
【0017】
本発明が提供する制振性ステンレス鋼の製造方法は、炭素0.10重量%以下、シリコン0.1重量%以上、3.0重量%以下、マンガン5.0重量%以上、13.0重量%未満、クロム9.0重量%以上、15.0重量%未満、ニッケル0.01重量%以上、5.0重量%未満、アルミニウム0.01重量%以上、0.05重量%未満、窒素0.01重量%以下、残部鉄及び不可避不純物からなる組成になるように溶製し、鋳造した素材を均質化熱処理した後、熱間加工を施し、さらに必要に応じ冷間加工を施し、これを800℃以上1000℃未満で加熱した後に水冷或いは空冷する溶体化熱処理を行い、これを必要に応じて更に冷間加工を施すことを特徴とする。
【0018】
本発明が提供する制振性ステンレス鋼の製造方法は、前記の冷間加工の際、必要に応じて100℃以上300℃以下の温度で温間加工を行うことを特徴とする。
【0019】
本発明が提供する制振性ステンレス鋼の製造方法は、前記の溶体化熱処理の後、10%以上60%以下の冷間加工によってε−Ms相を生成させることを特徴とする。
【0020】
本発明が提供する制振性ステンレス鋼の成形体は、上記の制振性ステンレス鋼を、該ステンレス鋼の成形体の横断面の面積(Smm)及び長さ(Lmm)によって表わされる形状ファクタF(=S/L)を基に、関係式fn=1.0x10xFによって求められる共振周波数fn(Hz)を、その成形体の使用する振動環境に適合した共振周波数となるように調整してなる、ボルト・ナット、切削工具支持体、ボールねじ、鋼球、HDD用サスペンション、板ばね、コイルばね、自動車排気管及び自動車補強部材等の制振性部品に適用されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明が提供する制振性ステンレス鋼は、主な化学成分として炭素0.10重量%以下、シリコン0.1重量%以上、3.0重量%以下、マンガン5.0重量%以上、13.0重量%未満、クロム9.0重量%以上、15.0重量%未満、ニッケル0.01重量%以上、5.0重量%未満、アルミニウム0.01重量%以上、0.05重量%未満、窒素0.01重量%以下となるようにしてあるので、冷間加工によってε−Ms相(制振性の発現組織)が生成し易い度合いを示す積層欠陥エネルギーSFE(mJ/m)(数式1)を20mJ/m以下に保持した上で、微量のシリコン添加によってマンガン添加量が少なく抑えられ、また、100℃以上、300℃以下、望むらくはMd(30)(℃)(数式2)以上の温度で温間加工することによって、良好な制振性発現能を持ちながら、かつ、原料、精錬、熱間圧延、冷間圧延、及び冷間加工成形での製造コストが低く抑えられている。本発明による製造プロセスを図1に示す。
【0022】
本発明が提供する制振性ステンレス鋼の成形体は、該成形体の横断面の面積(Smm)及び長さ(Lmm)によって表わされる形状ファクタF(=S/L)を基に、関係式fn=1.0x10xFによって求められる共振周波数fn(Hz)を、該成形体のボルト・ナット、切削工具支持体、ボールねじ、鋼球、HDD用サスペンション、板ばね、コイルばね、自動車排気管及び自動車補強部材等の使用する振動環境に適合した共振周波数となるように調整してあるので使用環境に応じた良好な制振効果を発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の請求項1記載事項において、シリコン0.1重量%以上、3.0重量%以下、マンガン5.0重量%以上、13.0重量%未満としている。これは、良好な制振性発現能を持ちながら、マンガン添加量を低く抑えるためのものであり、冷間加工によってε−Ms相が生成し易い度合いを示す積層欠陥エネルギーSFE(mJ/m)(数式1)を20mJ/m以下に保持した上で、微量のシリコン添加によってマンガン添加量が少なく抑えられている。ここで、シリコン0.1重量%以上としたのは、0.1%重量以下ではシリコン添加効果が見られないためであり、3.0%重量以上はシリコンによる固溶体硬化によって材料が硬くなり過ぎるためである。また、マンガン5.0重量%未満では、制振性発現効果がなく、また、13.0重量%以上では、製造コストが抑制できないためである。
【0024】
また、本発明の請求項1記載事項において、上記に加えて、クロム9.0重量%以上、15.0重量%未満、ニッケル0.01重量%以上、5.0重量%未満としているが、これは、本発明の基となるオーステナイト相生成に関するものである。本発明者らは、既に特許文献2において、鋼のオーステナイト相を安定させかつ制振性発現の効果作用をするニッケル成分とマンガン成分との相互関係を検討した結果、その指標としてA値=Mn(%)+Ni(%)の関係を見出し、このA値を用いて、原料、精錬及び冷間圧延、及び冷間加工成形の観点から製造コストを上げるマンガン成分の一部をニッケル成分に置換することを提唱している。本発明では、クロム及びニッケルの効果と上記シリコンの効果の共同作用によって、マンガン含有量を5.0重量%以上、13.0重量%未満にすることに成功したものである。クロム9.0重量%未満及び15.0重量%以上ではオーステナイト相の生成へのクロムの効果がなくなるためであり、ニッケル0.01重量%未満ではニッケルのオーステナイト安定効果が無くなり、また、ニッケル5.0重量%以上では、ニッケルの添加量が過大でありコスト上昇となるためである(図3.参照)。
【0025】
さらに、本発明の請求項1記載事項において、ε−Ms相の体積分率が10%以上、40%未満としているが、ε−Ms相の体積分率が10%未満では制振性発現が不十分であり、40%以上では材料が硬くなり成形体として脆くなり過ぎるためである。
【0026】
さらにまた、本発明の請求項1記載事項において、数式1で計算される積層欠陥エネルギーSFE(mJ/m)が20mJ/m以下としているのは、冷間加工においてε−Ms相が生成し易くするためであり、20mJ/mを超えるとε−Ms相(HCP相)がα’−マルテンサイト(BCC相)に変態し易くなるために制振性発現が抑制されるためである。
【0027】
次に、本発明の請求項2記載事項において、炭素含有量を0.10重量%以下とするのは、振動減衰能を発現するγ/ε相間の相互作用に悪影響を及ぼす不純物元素、特に、炭素の上限を定めることによって振動減衰能の向上及び安定を計るためであり、炭素含有量が0.10重量%を越えると振動減衰能を示す損失係数(η)が低下しかつ不安定になるためである。また、炭素と同様の影響を及ぼす窒素については、鋼中の窒素量を0.01重量%以下にして、かつ、アルミニウム含有量を0.01重量%以上、0.05重量%以下とすることによって鋼中の窒素をAlNの大きい介在物の形にすることによって、溶解製造時に大気中より不可避的に混入する固溶窒素による振動減衰能を低下させる害を無くすためである。即ち、アルミニウム含有量が0.01重量%未満であると上記の鋼中窒素と結合するに必要なアルミニウム含有量が不足する場合がり、0.05重量%を越えると過剰のアルミニウムによって合金の表面や内部にAl系の欠陥が発生しやすくなるためである。また、鋼中の窒素が0.01重量%を越えると、これと結合するアルミニウム含有量が多く必要となるため、アルミニウムによるAl系の欠陥が増大するためである。
【0028】
次に、本発明の請求項3記載事項において、JISによって規定されている測定方法による損失係数(η)が、0.005以上、0.10以下としているが、損失係数(η)が0.005未満であると、対振動、対騒音及び制振の観点から高機能な成形体を製造できないためであり、また、損失係数(η)が0.10以下としたのは、これ以上になると機械的性質が劣化するためである。
【0029】
次に、本発明の請求項4記載事項において、炭素0.10重量%以下、シリコン0.1重量%以上、3.0重量%以下、マンガン5.0重量%以上、13.0重量%未満、クロム9.0重量%以上、15.0重量%未満、ニッケル0.01重量%以上、5.0重量%未満、アルミニウム0.01重量%以上、0.05重量%未満、窒素0.01重量%以下、残部鉄及び不可避不純物からなる組成になるように溶製し、鋳造した素材を均質化熱処理した後、熱間加工を施し、さらに必要に応じ冷間加工を施し、これを800℃以上1000℃未満で加熱した後に水冷或いは空冷する溶体化熱処理を行うのは、800℃未満では溶体化熱処理が不十分なためであり、1000℃以上では結晶粒が粗大化して材質を劣化させるためである。
【0030】
次に、本発明の請求項5記載事項において、前記の冷間加工の際、必要に応じて100℃以上300℃以下の温度で温間加工を行うのは、加工によるε−Ms相生成による加工硬化を抑制して中間熱処理の回数を少なくする等の圧延・加工コストを抑制するためであり、100℃未満ではε−Ms相生成の抑制が不十分であり、300℃を超えると材料の酸化等の問題が起きるためである。
【0031】
次に、本発明の請求項6記載事項において、前記の溶体化熱処理の後、10%以上、60%以下の冷間加工によって制振性を発現させるのは、10%未満だとε−Ms相の生成が不十分であり、また、60%を超えると材料が脆化してしまうためである。
【0032】
次に、本発明の請求項7記載事項において、請求項1、2又は3記載の制振性ステンレス鋼を、ボルト・ナット、切削工具支持体、ボールねじ、鋼球、HDD用サスペンション、板ばね、コイルばね、自動車排気管及び自動車補強部材等の制振性部品に適用するに際して、該ステンレス鋼の成形体の横断面の面積(Smm)及び長さ(Lmm)によって表わされる形状ファクタF(=S/L)を基に、関係式fn=1.0x10xFによって求められる共振周波数fn(Hz)を、その成形体の使用する振動環境に適合した共振周波数となるように調整することによって、使用環境に応じた良好な制振効果を発揮することができる。個々の用途に応じた説明は、実施例によって詳述する。
【0033】
本発明は、製造コストを抑制してかつ良好な振動吸収能を有する制振性ステンレス鋼、その製造方法及びその成形体の基本的要件を提示するものである。その成形体の使用環境によっては、材料強度、加工性、耐高温酸化性、耐腐食性等の制振性能以外の特性を付与する必要がある場合には、本発明の基本要件である化学成分に対して、例えば、Mo、Nb、V、Cu、Co、REM、Zr、B或いはCa等の元素を適宜添加することができるが、これらは本発明の範囲内である。
【0034】
以下、本発明を実施例によって説明する。
【実施例1】
表1に示す組成の鋼について、冷間加工によるε−Ms相の生成し易さを示す積層欠陥エネルギーSFE(mJ/m)(数式1)、Md(30)(℃)(数式2)及びマルテンサイト変態点Ms点(℃)(数式3)を試算して表2.に示す。なお、計算に当たって、表1に示されていないNを0.008%、Alを0.03%に固定してその他元素は0%とした。表1に於いて代表的な例、即ち、本発明例(鋼No2)、比較例として特許文献2(鋼No10)及びSUS304(鋼No11)について上記項目を比較して図2に示す。また、考察のためにFe−Mn−Cr−Ni状態図を図3に示す。
【数式3】
Ms(℃)=502−810(%C)−1230(%N)−13(%Mn)−30(%Ni)−12(%Cr)−54(%Cu)−6(%Mo)
【0035】
SFEが20mJ/m以下かどうかを基準として考察すると、鋼No3は、シリコンを添加しないでマンガンだけを低くした例であるが、SFEが25.1と高いのでε−Ms相は生成し難い。本発明材(鋼No1及び2)は、SFEが20以下なので冷間加工によってε−Ms相を生成し易いので制振性も良好である。鋼No11(SUS304)及び鋼No12(SUS202)は、SFEが20以上でありかつMs点も0℃以下なので、冷間加工によってε−Ms相よりもα’−Ms相が生成し制振性は劣る。鋼No8は、ニッケルが5.5%と過多の場合であるが、Ms点が0℃以下なのでオーステナイト相の安定度が高いのでε−Ms相は生成し難い。鋼No7は、クロムが16.0と過多な場合であるが、図3に示すようにニッケルが2%と低い場合はフェライト(α相)+オーステナイト(γ相)の2相となる領域となるので、ε−Ms相の生成は十分でない。
【0036】
【表1】

【表2】

【実施例2】
【0037】
組成が本発明の範囲内である、炭素0.02重量%、シリコン1.0重量%、マンガン8.0重量%、クロム13.0重量%、ニッケル2.0重量%、アルミニウム0.03重量%、窒素0.008重量%、残部鉄残部鉄及び不可避不純物からなる組成の鋼を高周波溶解炉で溶解・鋳造し、5kgの鋼塊を得た。得られた鋼塊を表面切削加工した後、1100℃x1時間加熱処理した後、熱間圧延によって板厚5.0mmの板にした。更に、酸洗によって表面の酸化層を除去した後に冷間圧延を行い1.0mmの板を得て後、950℃にて溶体化熱処理を行ったのち30%の冷間加工の制振性を付与する処理を行い、これを実施例2の本発明例とした。比較例として、特許文献2記載の鋼及び市販のSUS304の1.0mmの板を950℃にて溶体化熱処理を行ったのち30%の冷間加工を行った。これらを引張試験、硬さ及び損失係数(η)を測定した。さらに、0.2μmの薄片を作成し透過電子顕微鏡(以下、「TEM」という。)によって冷間加工によって生成した加工誘起マルテンサイトの結晶構造を観察して更に電子線回折によって結晶構造を同定した。
【0038】
上記の供試材の引張試験値、硬さ及び損失係数(η)を表3.に示す。本発明例は特許文献2と同等の特性を持っていることが確認された。即ち、本発明は、特許文献2記載の材料の制振性及び機械的性質を損なわずにマンガン成分を下げることができるので、大幅な製造コスト抑制ができることが確認された。
【表3】

【0039】
実施例2のもう一つの目的は、冷間加工によって生成する加工誘起マルテンサイトの結晶学的検証である。図4は、本発明例と比較例2についての加工誘起マルテンサイトのTEM写真である。本発明例では、SFEは12.7であるが、オーステナイト粒(FCC構造)の中に加工誘起ε−Ms相(HCP構造)が見られる。一方、比較例2においては、SFEは44.0であり、加工誘起マルテンサイトは、殆どが加工誘起α’−Ms相(BCC構造)であることが確認された。即ち、このことは、鋼の化学組成から計算される積層欠陥エネルギーSFEを特定値(本発明では20mJ/m)以下にすることによってε−Ms相を効果的に生成させ良好な制振性が得られることが結晶学的に実証された。
【実施例3】
【0040】
実施例3においては、本発明における温間加工の重要性を明らかにする。供試材は、実施例2における本発明例及び比較例2を用いた。5mm厚の供試材をワークロール径80mmφの4段冷間圧延機により0.5mm厚の鋼板に圧延する時に鋼板の温度を変えて、その時の中間熱処理が必要となる最大冷延率(Max.CR%)を求めた。表4において、両者材料のSFE、Md(30)及び加工硬化係数を示し、更に、本実験によって得られた加工温度毎のMax.CR(%)を記載した。表4によると、本発明例については、加工温度をMd(30)以上にすることによって、比較例(SUS304)と同等の最大冷延率(Max.CR%)とすることができる。また、Md(30)以上であれば必要以上に加工温度を上げる必要はないことも明らかとなった。ε−Ms相は、制振性を発現する結晶組織であるが、本発明の制振性ステンレス鋼を圧延等の冷間加工を行う際には加工硬化が大となり加工コストを引上げるという逆効果をもたらす。実施例3では、この相反するε−Ms相生成に対する有効な方策として、冷間加工の段階では、温間加工によってε−Ms相生成を抑制して加工コストを下げ、最終段階の冷間加工に於いて有効にε−Ms相を生成させるような製造工程とすることによって大幅に製造コストを抑制することができかつ良好な制振性を得ることができることを示した。
【表4】

【実施例4】
【0041】
本発明になる制振性ステンレス鋼をその振動吸収能を効果的に発揮させるには、その成形体の1次共振周波数を使用する振動環境に適するように調整する必要がある。そこで、実施例4として、箔、板及び棒の様々な形状寸法について、その形状ファクタF(=S/L)と1次共振周波数fnとの関係を実験によって求めた。結果を表5及び図5に示す。これによると、次式(数式4)の関係が求められた。即ち、fn=CxFの関係にあることが分かった。ただし、数式4に於ける係数(C)は、本発明による制振性ステンレス鋼でかつ10〜60%の冷間加工によってε−Ms相の生成した材料にのみ適用されるもので、他の材料には別途測定するする必要がある。また上記の関係は、Fが0.0001〜1.0の広い範囲で適用でき、また、Fは無次元項となっているので広く応用できる。
【数式4】
1次共振周波数:fn(Hz)=1.0x10xF
【表5】

【0042】
表6は、本発明になる制振性ステンレス鋼を成形体として適用した例である。その時の成形体の寸法例、それから数式4によって算出される形状ファクタF及び1次共振周波数を併せて記載した。表7は、該制振性ステンレス鋼を成形体に適用するに際しての振動環境、成形体の1次共振周波数及びそれを得るための成形体の寸法設計の考え方、さらに、その適用結果の評価を記載した。これによると、本発明になる制振性ステンレス鋼は、各々の適用分野において、上記の関係を適用することによって優れた制振性能を発揮することが明らかとなった。
【表6】

【表7】

【産業上の利用可能性】
【0043】
以上の記述より明らかなように、本発明による制振性ステンレス鋼は、シリコン元素の効果を発揮させて、マンガン量を抑制することができたので、良好な制振性を有しながら大幅な製造コストを低減させることができたので、自動車用等大量使用にも耐える製造コストにすることが可能となった。即ち、ボルト・ナット、切削工具支持体、ボールねじ、鋼球、HDD用サスペンション、板ばね、コイルばね、自動車排気管及び自動車補強部材等の振動対策や騒音防止に効果的に適用できることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】制振性ステンレス鋼製造プロセス
【図2】相変態のし易さの比較
【図3】Fe−Mn−Cr−Ni状態図
【図4】加工誘起マルテンサイトのTEM写真
【図5】形状ファクタFと1次共振周波数との関係

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコン0.1重量%以上、3.0重量%以下、マンガン5.0重量%以上、13.0重量%未満、クロム9.0重量%以上、15.0重量%未満、ニッケル0.01重量%以上、5.0重量%未満、残部鉄及び不可避不純物からなり、次式で計算される積層欠陥エネルギーSFE(mJ/m)が20mJ/m以下、イプシロン・マルテンサイト相の体積分率が10%以上、40%未満であることを特徴とする制振性ステンレス鋼。
SFE(mJ/m)=25.7+2(%Ni)+410(%C)−0.9(%Cr)−77(%N)−13(%Si)−1.2(%Mn)
【請求項2】
炭素0.10重量%以下、アルミニウム0.01重量%以上、0.05重量%未満、窒素0.01重量%以下となるように化学成分を制御してなることを特徴とする請求項1記載の制振性ステンレス鋼。
【請求項3】
JISによって規定されている損失係数(η)が0.005以上、0.10以下であることを特徴とする請求項1又は2記載の制振性ステンレス鋼。
【請求項4】
炭素0.10重量%以下、シリコン0.1重量%以上、3.0重量%以下、マンガン5.0重量%以上、13.0重量%未満、クロム9.0重量%以上、15.0重量%未満、ニッケル0.01重量%以上、5.0重量%未満、アルミニウム0.01重量%以上、0.05重量%未満、窒素0.01重量%以下、残部鉄及び不可避不純物からなる組成になるように溶製し、鋳造した素材を均質化熱処理した後、熱間加工を施し、さらに必要に応じ冷間加工を施し、これを800℃以上1000℃未満で加熱した後に水冷或いは空冷する溶体化熱処理を行い、これを必要に応じて更に冷間加工を施すことを特徴とする請求項1、2又は3記載の制振性ステンレス鋼の製造方法。
【請求項5】
前記の冷間加工の際、必要に応じて100℃以上300℃以下の温度で温間加工を行うことを特徴とする請求項4記載の制振性ステンレス鋼の製造方法。
【請求項6】
前記の溶体化熱処理の後、10%以上60%以下の冷間加工によってイプシロン・マルテンサイト相を生成させることを特徴とする請求項4又は5記載の制振性ステンレス鋼の製造方法。
【請求項7】
請求項1、2又は3記載の制振性ステンレス鋼を、該ステンレス鋼の成形体の横断面の面積(Smm)及び長さ(Lmm)によって表わされる形状ファクタF(=S/L)を基に、関係式fn=1.0x10xFによって求められる共振周波数fn(Hz)を、その成形体の使用する振動環境に適合した共振周波数となるように調整してなるボルト・ナット、切削工具支持体、ボールねじ、鋼球、HDD用サスペンション、板ばね、コイルばね、自動車排気管及び自動車補強部材等の制振性部品に適用される制振性ステンレス鋼の成形体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−90472(P2010−90472A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−278829(P2008−278829)
【出願日】平成20年10月3日(2008.10.3)
【出願人】(506223646)有限会社TKテクノコンサルティング (15)
【Fターム(参考)】