説明

制振機構

【課題】各種構造体(たとえば建物の床や梁等)の振動を簡単な機構で効果的に低減させることができる有効適切な制振機構を提供する。
【解決手段】互いに離接する方向に相対振動する2つの構造体(床1,2)間に介装されてそれら構造体間に生じる離接方向の相対振動を低減させるための制振機構Aであって、いずれか一方の構造体に対して接続される回転慣性質量ダンパー3と、回転慣性質量ダンパーに対して直列に接続されかつ他方の構造体に対して接続されるばね要素としての板材4により構成され、板材の中央部を回転慣性質量ダンパーに対して接続し、板材の両端部を他方の構造体に対して接続する。板材の両端部の接続点の位置を可変として両接続点間の距離の調整により板材の剛性を調整する。板材に減衰要素14としての粘弾性体を一体に積層する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は各種構造物における振動を低減させるための制振機構、特にたとえば建物の床や梁等を制振対象としてその上下振動を低減させるために適用して好適な制振機構に関する。
【背景技術】
【0002】
建物の床や梁では剛性の不足や外乱振動との共振によって居住者が不快感を感じる上下振動が生じる場合があるので、それに対する対策としてたとえば特許文献1に示されるようなTMD(チューンド・マス・ダンパー:動吸振器)を梁や床に対して設置することが提案されている。これは梁や床の振動に対して同調して振動する錘(付加質量)を設置することにより、その錘を大きく振動させることによって梁や床の上下方向の振動の低減を図るものである。
また、床や梁の上下振動対策を目的とするものではないが、特許文献2には免震対象物の水平振動を歯車列からなる伝達機構を介して回転質量体(回転錘)の回転運動に変換し、それにより生じる回転慣性質量を利用してTMDとして機能する免震装置についての開示がある。
【特許文献1】特開平10−252253号公報
【特許文献2】特開2007−10110号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
特許文献1に示されるような一般的なTMDは効果的に振動低減効果を得るために必要な錘の質量は1ton以上にもなることが通常であり、そのような大質量の錘を付加することは床や梁に対して大きな負担がかかるので好ましくない。また、大質量の錘を設置することはスペース確保の点でも困難な場合が多いことから複数の小質量の錘を分散配置することが一般的であり、したがって施工性や経済性の点でも問題がある。
また、特許文献2に示されるような回転慣性質量を利用する免震装置を上下制振装置として適用することも考えられ、その場合には回転質量体の所要質量は軽減できるが、従来のこの種の免震装置は複雑な歯車列による伝達機構を備えるものであるので装置全体が複雑に過ぎ、必然的に高価なものにならざるを得ず、広く普及するに至っていない。
【0004】
上記事情に鑑み、本発明は各種構造物における振動を低減させるための制振機構、特に建物の床や梁の上下振動を簡単な機構で効果的に低減させることができる有効適切な制振機構を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は互いに離接する方向に相対振動する2つの構造体間に介装されて、それら構造体間に生じる離接方向の相対振動を低減させるための制振機構であって、前記2つの構造体のうちのいずれか一方の構造体に対して接続されて前記相対振動により作動する回転慣性質量ダンパーと、該回転慣性質量ダンパーに対して直列に接続されて前記2つの構造体のうちのいずれか他方の構造体に対して接続されているばね要素とにより構成され、前記ばね要素は板材により構成されてその中央部が前記回転慣性質量ダンパーに対して接続されているとともに、該板材の両端部が前記他方の構造体に対して接続されてなることを特徴とする。
本発明においては、前記他方の構造体に対する前記板材の両端部の接続点の位置を可変としておいて、両接続点間の距離の調整により該板材の剛性を可変とすることが好適である。また、前記板材に減衰要素としての粘弾性体を一体に積層することが好適である。
【発明の効果】
【0006】
本発明の制振機構は、回転慣性質量ダンパーとばね要素としての板材からなる付加振動系がTMDとして機能することにより優れた制振効果が得られることはもとより、小形軽量の回転慣性質量ダンパーと単なる板材とを単に直列に接続しただけの簡単な構成であって複雑高度な機構を必要とせず、したがって充分に安価に製作できるものであるし、制御対象の構造体に対してさしたる設置スペースも必要とせずに簡単安価に設置でき、特に建物の床や梁を対象としてその上下振動を低減するための機構として好適である。
特に、構造体に対する板材の両端部の接続点間の距離を調節する構成とすることにより、板材の剛性を容易に調整可能であってTMDとして機能させるための同調を容易にかつ高精度で行うことができる。
また、ばね要素としての板材に粘弾性体を一体に積層することにより、その板材に自ずと振動減衰性能を持たせることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の一実施形態を図1〜図3を参照して説明する。本実施形態は建物の床を制振対象としてその上下振動を低減させるためのもので、図1において符号1は制振対象としての上階の床、2はその下階の床(あるいは梁ないし基礎)であり、本実施形態の制振機構Aはそれら上下の床1,2の間にTMD(チューンド・マス・ダンパー:動吸振器)として機能するように設置されるものである。
【0008】
本実施形態の制振機構Aは、ボールねじ機構を利用した公知の回転慣性質量ダンパー3と、それに直列に接続されたばね要素としての板材4から構成されているものであり、図示例の場合には回転慣性質量ダンパー3をパイプ材等からなるサポート5を介して下階の床2の上面に対して接続し、板材4を溝形鋼等からなるスペーサ6を介して上階の床1の下面に対して接続されて設置されている。
【0009】
本実施形態における回転慣性質量ダンパー3は、一端(図示例では下端)が受具7により回転自在に支持されたボールねじ8と、ボールねじ8に螺着されたボールナット9と、ボールねじ8の他端(図示例では上端)に固定されたフライホイール10とにより構成されていて、ボールナット9がボールねじ8に対して上下動するとボールねじ8が回転(自転)せしめられてそれに固定されているフライホイール10がボールねじ8とともに回転し、それにより生じる回転慣性質量を制振力として利用する構成のものである。
【0010】
本実施形態における板材4は、所定の剛性を有する鋼板等を板ばねとして機能させるもので、その中央部がボールナット9と治具プレート11との間に挟持される形態でボールナット9に対して(つまり回転慣性質量ダンパー3に対して)ボルト締結により接続され、板材4の両端部が上下の厚板12により挟持された形態で上記のスペーサ6の下部に接続されている。
なお、本実施形態におけるスペーサ6としては高剛性の溝形鋼が使用されていて、その要所には補強リブ13が溶接されており、その溝形鋼の上部フランジが上階の床1に対してアンカーにより固定され、下部フランジに上記の厚板12を介して板材4の両端部がボルト締結により接続されている。
【0011】
上記構成の制振機構Aでは、上下の床1,2の間で上下方向の相対振動が生じた際には、その相対振動が板材4を介して回転慣性質量ダンパー3に伝達されて回転慣性質量ダンパー3が作動する。すなわち、上階の床1に対してスペーサ6を介して接続されている板材4が下階の床2に対して相対的に上下動し、それにより板材4に接続されているボールナット9がボールねじ8に対して相対的に上下動し、ボールねじ8が回転(自転)せしめられてフライホイール10が回転して大きな回転慣性質量が生じる。
したがって、この制振機構Aを構成している回転慣性質量ダンパー3と板材4とによる付加振動系の固有振動数を床1の固有振動数(あるいは制御対象振動数)に同調させることにより、この制振機構AがTMDとして機能し、しかもフライホイール10により生じる回転慣性質量はフライホイール10の実際の質量に対して格段に大きなものとなるから、フライホイール10が小形軽量のものであっても、大質量の錘による通常のTMDと同等ないしそれ以上の制振効果が得られる。
【0012】
図2は本実施形態の制振機構の理論モデルを示すものであり、このモデルに基づき各諸元を以下のように設定した場合の制振効果についての解析結果を図3に示す。
制御対象の上階の床1の有効質量M=50t、上下の床1,2から構成される構造体の剛性K=50tf/cm、その1次固有振動数5Hz(1次固有角振動数ω=31.4rad/sec)とする。なお、ω=K/Mである。
フライホイール10としてPL36-97φを使用してその質量を2kgとした場合、回転慣性はIr=25.3kgcm2、ボールねじ8のリードをL=1cmとすると上下方向の見かけの慣性質量はm=25.3×4π2=1tとなり、したがって質量比はm/M=0.02である。
制振機構Aにおける板材4の剛性k=1tf/cm、したがって剛性比k/K=0.02とする。減衰要素14としてのダッシュポットの減衰係数c=5.8kgf/kineとし、ダンパー減衰h=c/(2mω)=0.09とする。
この場合、図3に示す解析結果から、制振機構Aのない場合には1次固有角振動数ωにおける応答倍率は50倍にもなっているのに対し、上記の制振機構Aの設置により応答倍率を10倍以下にまで激減(低減率84%)させることができる。
【0013】
以上のように、本実施形態の制振機構はわずか2kg程度のフライホイール10を備えた小形軽量の回転慣性質量ダンパー3と単なる板材4とにより構成される極めて簡単な構成でありながら優れた制振効果が得られることはもとより、特許文献2に示されるような複雑な伝達機構を用いるものではないので充分に安価に製作できるものであるし、上下の床1,2に対して単なるパイプ材等からなるサポート5と単なる溝形鋼等からなるスペーサ6を介して設置するだけで良いからこれを設置するための作業も何ら面倒なく簡単に行うことができるし、さしたる設置スペースも必要としない。
【0014】
なお、本実施形態の制振機構AをTMDとして機能させるためにはその固有振動数を床1の固有振動数(あるいは制御対象振動数)に同調させる必要があり、そのためには板材4の素材や厚みを調整してその剛性kを適正に設定する必要があるが、板材4の剛性kの設定は床1に対する接続点の位置を変更することのみでも可能である。
すなわち、上記実施形態のように板材4をスペーサ6を介して床1に対して接続する場合、スペーサ6の下部に対する板材4の両端部の接続点を厚板12により挟持して両接続点間の距離を明確に規定しておき、そのうえで両側の厚板12を互いに離接する方向(板材4の長さ方向)に移動させて両接続点間の距離を調整することによっても板材の剛性kを調整することができる(当然に両接続点の距離を大きくするほど剛性kは小さくなり、両接続点の距離を小さくするほど剛性kは大きくなる)。
したがって、板材4の素材や板厚をそのつど厳密に設定するという面倒な調整が不要であり、単にスペーサ6に対する板材4の接続点の位置を調整するという極めて単純かつ簡単な操作のみでその剛性kを最適に設定することができ、したがってTMDとしての同調作業を容易にかつ高精度で行うことができるし、必要に応じてその変更や再設定も容易に行い得る。
【0015】
また、板材4に対して適宜の減衰要素14(図2におけるダッシュポットに相当)を一体に組み込むことにより板材4自体の振動を効果的に減衰させることができる。その場合の構成例としては、図1に示しているように板材4に対して減衰要素14としての粘弾性体を一体に積層してそれを板材4と取り付けプレート15との間に挟み込んでおくことが考えられる。これによれば、板材4の上下振動が粘弾性体の粘弾性変形により効果的に減衰せしめられるし、減衰要素を設置するための格別のスペースを確保する必要もない。
なお、板材4の素材として制振鋼板を利用することによっても、板材4それ自体に減衰機能を持たせて同様の振動減衰効果が得られる。
【0016】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、上記実施形態はあくまで好適な一例に過ぎず、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。
たとえば、上記実施形態では回転慣性質量ダンパー3を下階の床2に対して接続し、板材4を上階の床1に対して接続したが、全体の天地を逆にして、回転慣性質量ダンパー3を上階の床1に対して接続し、板材4を下階の床に対して接続しても同様である。
また、本発明は上記実施形態のように建物の床や梁等を対象としてその上下振動を低減させる目的で設置することが最適ではあるが、それに限定されるものでもなく、様々な構造物や構造体の様々な方向の振動を低減させる目的で広く適用可能である。たとえば、上記実施形態の制振機構をそのまま横向きにして両側の壁体間に設置すればそれら壁体の水平方向の相対振動を低減させることが可能である。また、本発明の制振機構を免震装置として適用して、上部構造体の全体を水平方向や上下方向の地震動に対して免震支持することも可能である。
【0017】
また、本発明の制振機構は回転慣性質量ダンパー3と板材4とを直列に接続してTMDとして機能するように設置すれば良いのであって、その限りにおいて各部の具体的な構成は様々に変更可能である。
たとえば回転慣性質量ダンパー3としては上記実施形態のようにボールねじ機構によるものが好適ではあるもののそれに限定されるものではなく、所望の回転慣性質量効果が得られるものであれば適宜の形式のものを任意に採用可能である。また、上記実施形態のように回転慣性質量ダンパー3をサポート5を介して設置することに限らず、たとえばサポート3を省略して回転慣性質量ダンパー3を構造体に対して直接接続することも考えられる。
板材4についても、制振機構A全体をTMDとして機能させるために所望の剛性を有する板ばねとして機能するものであれば良く、その限りにおいて板材4の形状や素材は任意であるし、板材4の中央部と両端部とをそれぞれ回転慣性質量ダンパー3と構造体に対して接続する構成とする限りにおいてそのための細部の具体的な構成は様々に変更可能であることは言うまでもない。たとえば上記実施形態では板材4の両端部をスペーサ6としての溝形鋼を介して構造体に対して接続したが、スペーサ6としての部材やその形態は所望の剛性を有するものであれば溝形鋼に限らず任意であるし、場合によってはスペーサ6も省略して板材4自体を構造体に対して直接接続するような形状とすることも考えられる。また、板材4の剛性を可変とするために様々な機構を付加することも考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施形態である制振機構の概略構成図である。
【図2】同、原理モデルである。
【図3】同、制振効果についての解析結果を示す図である。
【符号の説明】
【0019】
A 制振機構
1,2 床(構造体)
3 回転慣性質量ダンパー
4 板材(ばね要素)
5 サポート
6 スペーサ
7 受具
8 ボールねじ
9 ボールナット
10 フライホイール
11 治具プレート
12 厚板
13 補強リブ
14 減衰要素
15 取付プレート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに離接する方向に相対振動する2つの構造体間に介装されて、それら構造体間に生じる離接方向の相対振動を低減させるための制振機構であって、
前記2つの構造体のうちのいずれか一方の構造体に対して接続されて前記相対振動により作動する回転慣性質量ダンパーと、該回転慣性質量ダンパーに対して直列に接続されて前記2つの構造体のうちのいずれか他方の構造体に対して接続されているばね要素とにより構成され、
前記ばね要素は板材により構成されてその中央部が前記回転慣性質量ダンパーに対して接続されているとともに、該板材の両端部が前記他方の構造体に対して接続されてなることを特徴とする制振機構。
【請求項2】
請求項1記載の制振機構であって、
前記他方の構造体に対する前記板材の両端部の接続点の位置が可変とされていて、両接続点間の距離の調整により該板材の剛性が可変とされてなることを特徴とする制振機構。
【請求項3】
請求項1または2記載の制振機構であって、
前記板材に減衰要素としての粘弾性体が一体に積層されてなることを特徴とする制振機構。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−174677(P2009−174677A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−16212(P2008−16212)
【出願日】平成20年1月28日(2008.1.28)
【出願人】(000002299)清水建設株式会社 (2,433)
【Fターム(参考)】