説明

劇症型炎症の予防および/または治療剤

【課題】劇症性炎症(特に、インフルエンザ感染に起因するもの)を予防および/または治療するための有効な手段を提供する。
【解決手段】本発明によれば、スピラマイシンもしくはジョサマイシン(ロイコマイシンA3)、またはこれらの製薬上許容されうる塩を有効成分として含有する劇症型炎症の予防および/または治療剤が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、劇症型炎症の新規な予防および/または治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザの治療薬としては、タミフル(登録商標)(リン酸オセルタミビル)やリレンザ(登録商標)(ザナミビル水和物)などが既に市販されている。これらのインフルエンザ治療薬は、抗ウイルス薬(ウイルス増殖抑制薬)として開発されたものである。一方、このような抗ウイルス薬とは異なり、生体の抗体価を高めて生体内でのインフルエンザウイルスの増殖を抑えるためのワクチンが毎年製造され、臨床でも使用されている。さらに、最近ではマクロライド系抗生物質として既知の医薬品であるクラリスロマイシンもインフルエンザ治療薬として使用されているが、その作用機序は不明である(非特許文献1)。
【0003】
インフルエンザウイルスには、A香港型・Aソ連型・B型などの、いわゆる季節性インフルエンザをもたらす型のほか、高病原性であるトリインフルエンザウイルス(H5N1型)(非特許文献2、非特許文献3)や感染力の強い新型インフルエンザウイルス(AHpdm)(非特許文献4)などがある。なかでも、高病原性のトリインフルエンザウイルスの感染症例や、他の型のウイルスの感染後に重症化した症例では、肺急性呼吸障害が誘発されて短時間で劇症化することがある(劇症型肺炎;非特許文献2、非特許文献3)。そして、場合によっては多臓器不全へと移行し、死に至る可能性もある。また、新型インフルエンザに感染した患者が劇症型心筋炎を発症したとの報告もある。これらの劇症化は感染したウイルス自体によるものではなく、むしろウイルスに対する生体の防御系の反応(免疫応答)によるものであることから、このような劇症化に対して抗ウイルス薬は無力である。より詳細には、例えばインフルエンザウイルス感染による劇症型肺炎は、感染によって誘発されるサイトカインの過剰産生(サイトカインストーム)が多数の好中球や肺胞マクロファージの肺胞への浸潤をさらに誘発し、その結果、浸潤を受けた肺胞上皮細胞が産生する分子によって組織傷害が引き起こされることによるものと考えられている。なお、上述したような劇症型炎症に対する治療薬としては免疫グロブリン(Ig)製剤などごくわずかのものしか承認されていないのが現状である。ちなみに、Ig製剤は、非常に高価で、作用機序が明確ではない、といった問題を抱えている。
【0004】
インフルエンザ感染の重症化に対して世界保健機関(WHO)が指摘・警告している対応は、依然として、タミフル等の抗ウイルス薬を投与するというものである。上述したように、劇症化を予防・治療するための手段として、感染(発熱)後48時間の投与が有効とされる(非特許文献5)抗ウイルス薬の投与が十分なものであるとはいえない。その一方で、インフルエンザウイルス感染などにより引き起こされる劇症化肺炎等の劇症化炎症を予防・治療するための手段の開発に対する要求は依然として大きい。また、世界的な高病原性のインフルエンザウイルス感染の大流行(パンデミック)の発生も懸念されている近年では、このような予防・治療手段を開発することが喫緊の課題である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Miyamoto D, Hasegawa S, Sriwilaijaroen N, Yingsakmongkon S, Hiramatsu H, Takahashi T, Hidari K, Guo CT, Sakano Y, Suzuki T, Suzuki Y. Clarithromycin inhibits progeny virus production from human influenza virus-infected host cells. Biol Pharm Bull. 2008 Feb;31(2):217-22.
【非特許文献2】Shoji Kawachi, San Thi Luong, Mika Shigematsu, Hiroyuki Furuya, Thuy Thi Bich Phung, Phuc Huu Phan, Hiroyuki Nunoi, Liem Thanh Nguyen, Kazuo Suzuki. Risk parameters of fulminant acute respiratory distress syndrome followed by avian influenza (H5N1) infection in Vietnamese children. J. Infectious Dis. 2009; 200: 510-515.
【非特許文献3】Liem NT, Nakajima N, Phat Pt, Sato Y, Thach HN, Hung PV, San LT, Katano H, Kumasaka T, Oka T, Kawachi S, Matsushita T, Sata T, Kudo K Suzuki K. H5N1-Infected cells in lung with diffuse alveolar damage in exudative phase from a fatal case in Vietnam. Jpn J Infect Dis 2008; 61: 157-160.
【非特許文献4】Yasuda H, Suzuki K. Measures against transmission of pandemic H1N1 influenza in Japan in 2009: simulation model. Euro Surveill. 2009;14: 12-18.
【非特許文献5】Socan M, Prosenc K, Tevz-Cizej N. Influenza A(H1N1) outbreak in a long-term care facility for severely handicapped residents, Slovenia, March-April 2009. Euro Surveill. 2010 May 27;15(21):19577.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したような従来技術に鑑み、本発明は、劇症性炎症(特に、インフルエンザ感染に起因するもの)を予防および/または治療するための有効な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上述した従来技術に鑑み、鋭意研究を行った。その過程で、驚くべきことに:
(1)2つの既知化合物が、未知の属性として、劇症型炎症に対する治療効果を示すこと;および、
(2)上記(1)に記載の治療効果が、上記化合物の有する、好中球からのミエロペルオキシダーゼ(MPO;Myeloperoxidase)の放出を阻害する作用(MPO放出阻害作用;こちらも未知の属性である)に基づくものであること、
の2つの知見を得て、これらの知見に基づき、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明の第1の形態によれば、スピラマイシンもしくはジョサマイシン(ロイコマイシンA3)、またはこれらの製薬上許容されうる塩を有効成分として含有する劇症型炎症の予防および/または治療剤が提供される。
【0009】
この際、上記劇症型炎症としては、例えば、劇症型肺炎、劇症型呼吸器不全、劇症肝炎、劇症型心筋炎、劇症大腸炎、劇症型敗血症、劇症マラリア、劇症型抗リン脂質抗体症候群、劇症膵炎、劇症髄膜炎菌血症、劇症1型糖尿病、変異性劇症膠原病、および播種性血管内凝固症候群からなる群から選択される1種または2種以上の疾患が挙げられ、なかでも、劇症型肺炎が好ましく挙げられる。また、上記劇症型炎症はインフルエンザウイルスの感染による劇症型肺炎であることが好ましく、この際、当該インフルエンザウイルスはH5N1型またはH1N1型であることが好ましい。
【0010】
なお、本発明の第1の形態の変形例として、以下の形態が挙げられる:
劇症型炎症の予防および/または治療剤の製造における、スピラマイシンもしくはジョサマイシン(ロイコマイシンA3)、またはこれらの製薬上許容されうる塩の使用;
劇症型炎症の予防および/または治療における、スピラマイシンもしくはジョサマイシン(ロイコマイシンA3)、またはこれらの製薬上許容されうる塩の使用;
スピラマイシンもしくはジョサマイシン(ロイコマイシンA3)、またはこれらの製薬上許容されうる塩の有効量を、必要とする患者に投与することを含む、劇症型炎症の予防および/または治療方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、劇症型炎症(特に、インフルエンザ感染に起因するもの)を予防および/または治療するための有効な手段が提供されうる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例の「2−2−1:マウス生存率の評価」において、実験群および比較対照群のマウスについて、生存率を評価した結果を示す生存曲線である。
【図2】実施例の「2−2−2:肺組織傷害の評価」において、実験群と比較対照群との間で肺組織傷害の程度の差異を評価した結果を示す顕微鏡観察写真である。
【図3】実施例の「2−2−3:BALF(肺気管洗浄液)中への浸潤炎症細胞の評価」において、Diff−quickを用いたBALFサンプルの染色サンプルについて、実験群と比較対照群との間で浸潤炎症細胞の数を比較した結果を示すグラフである。
【図4】実施例の「2−2−5:インフルエンザウイルス抗原の検出およびその定量」において、肺サンプルおよび脾臓サンプルについて、リアルタイムPCR法により、インフルエンザウイルスのMatrix 1タンパク質をコードするmRNA量を定量することにより、インフルエンザウイルス抗原の検出・定量を行った結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、スピラマイシンもしくはジョサマイシン(ロイコマイシンA3)、またはこれらの製薬上許容されうる塩を有効成分として含有する劇症型炎症の予防および/または治療剤に関する。上述したように、上記の有効成分が劇症型炎症の予防および/または治療に有効であるという知見はこれまで存在せず、本願の発明者らによって初めて見出された新規な知見である。
【0014】
まず、本発明に係る予防および/または治療剤に有効成分として用いられる化合物について、説明する。
【0015】
本発明に係る予防および/または治療剤に有効成分として用いられる化合物は、スピラマイシンもしくはジョサマイシン(ロイコマイシンA3)、またはこれらの製薬上許容されうる塩である。ここで、スピラマイシンおよびジョサマイシン(ロイコマイシンA3)はいずれも公知の化合物である。そして、スピラマイシンおよびジョサマイシン(ロイコマイシンA3)は、いずれも16員環マクロライド系化合物であり、これらの化合物をそれぞれ有効成分として含有する抗菌薬について製造・販売が承認されており、医療用医薬品として市販されている。
【0016】
本明細書において、「スピラマイシン」とは、下記化学式1で表される構造を有する化合物を意味する。
【0017】
【化1】

【0018】
また、本明細書において、「ジョサマイシン(ロイコマイシンA3)」とは、下記化学式2で表される構造を有する化合物を意味する。
【0019】
【化2】

【0020】
本発明に係る予防および/または治療剤に有効成分として用いられる化合物は、適用可能である限りにおいて、スピラマイシン、またはジョサマイシン(ロイコマイシンA3)の「製薬上許容されうる塩」であってもよい。このような「塩」としては、例えば、アニオンと、スピラマイシンやジョサマイシン(ロイコマイシンA3)における正に荷電した基(すなわち、第3級アミノ基)との間で形成されうる。適当なアニオンとしては、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、リン酸イオン、クエン酸イオン、メタンスルホン酸イオン、酢酸イオン、リンゴ酸イオン、トシル酸イオン、酒石酸イオン、フマル酸イオン、グルタミン酸イオン、グルコン酸イオン、乳酸イオン、グルタル酸イオン、およびマレイン酸イオンが挙げられる。
【0021】
上述したスピラマイシン、ジョサマイシン(ロイコマイシンA3)、およびこれらの塩の入手経路について特に制限はなく、市販品が入手可能である場合には当該市販品を購入してもよいし、従来公知の知見を参照しつつ自ら合成してもよい。
【0022】
本発明に係る予防および/または治療剤は、「劇症型炎症」の予防および/または治療に用いられる。本明細書において、「劇症型炎症」とは、急速な悪化を見せる疾患であって、サイトカインストームの発生とこれによる重度の組織傷害を臨床的兆候として有するものを意味する。このような「劇症型炎症」としては、例えば、劇症型肺炎、劇症型呼吸器不全、劇症肝炎、劇症型心筋炎、劇症大腸炎、劇症型敗血症、劇症マラリア、劇症型抗リン脂質抗体症候群、劇症膵炎、劇症髄膜炎菌血症、劇症1型糖尿病、変異性劇症膠原病、および播種性血管内凝固症候群などが挙げられる。なかでも、本発明に係る予防および/または治療剤は、劇症型肺炎の予防および/または治療に有効である。
【0023】
ここで、劇症型炎症は種々の要因によって引き起こされる。劇症型炎症を誘発する要因としては、例えば、ウイルス感染、薬剤投与や抗血清注射、昆虫、ヘビ咬傷、食物などの異物により、おおむね15分から数日の間に、免疫細胞など活性化により炎症が急激に進行し、サイトカイン・ケモカインや抗原抗体反応を介して、炎症が惹起される劇症型の様相を呈する。その結果、細動脈・細気管支の収縮、毛細血管透過性の亢進が起こり、呼吸不全・循環不全などに陥る。そして最終的には、臓器不全をきたす。最悪な状態では多臓器不全となる病態を示すことなどが知られている。劇症型炎症のなかでも頻度の高いものとして劇症肝炎が知られているが、劇症肝炎の原因の5〜7割はウイルス性肝炎によるものである。また、劇症肝炎の原因の2〜3割は、薬剤投与(アセトアミノフェン、イソニアジド、MAO阻害薬など)や化学物質への曝露によるものである。
【0024】
ところで、近年、インフルエンザウイルスの感染により、劇症型炎症(例えば、劇症型肺炎や劇症型心筋炎)が引き起こされることが報告されている。上述したように、これらの劇症化は感染したウイルス自体によるものではなく、むしろウイルスに対する生体の防御系の反応(免疫応答)によるものである。具体的には、インフルエンザウイルス感染による劇症型肺炎は、感染によって誘発されるサイトカインの過剰産生(サイトカインストーム)が多数の好中球や肺胞マクロファージの肺胞への浸潤をさらに誘発し、その結果、浸潤を受けた肺胞上皮細胞が産生する分子によって組織傷害が引き起こされることによるものと考えられている。ここで例えば、本発明者らの調査によると、ベトナムで確認されたH5N1型インフルエンザウイルス感染により誘発された劇症型肺炎の患者では、サイトカイン・ケモカインのレベルの変動が大きく、サイトカインストームが劇症型肺炎の要因となっていることが確認されている。さらに、血漿中のミエロペルオキシダーゼ(MPO)は高値を示し、サイトカイン・ケモカインとともに、活性化好中球から分泌されたMPOが肺傷害と関連していた。
【0025】
上記のような観点から、本発明の好ましい一実施形態において、本発明に係る予防および/または治療剤の適用対象である「劇症型炎症」は、インフルエンザウイルスの感染によるもの(特には、劇症型肺炎)である。また、当該実施形態において、劇症型炎症をもたらすインフルエンザウイルスは、H5N1型またはH1N1型であることが好ましい。
【0026】
本発明に係る予防および/または治療剤は、上述したような劇症型炎症の予防および/または治療に用いられる。このような予防および/または治療効果が得られるメカニズムについては完全には明らかではないが、後述する実施例の欄に記載の実験結果から、以下のようなメカニズムが推定されている。
【0027】
本発明者らは、まず、劇症型炎症の予防および/または治療に有効な化合物を探索することを目的として、1056種のマクロライド系化合物の合成分子について、ヒトおよびマウスのそれぞれの好中球からのMPO放出阻害活性をスクリーニングした。その結果、8種の化合物(合成分子)がヒト好中球からのMPO放出に対して阻害活性を示し、ヒト好中球の脱顆粒を抑制する作用を示すことを知得した。そして、これらの8種の化合物のうち、3種の化合物がマウスにおいても同様の作用を示すことをさらに見出し、当該3種の化合物についてインフルエンザウイルス感染モデルマウスを用いて劇症型炎症の治療効果を調べたところ、2種のマクロライド系化合物が劇症型炎症の治療効果(肺組織傷害の緩和、インフルエンザウイルス値の低下)を示すことを見出したのである。
【0028】
以上のことから、本発明の剤が示す予防および/または治療効果は、好中球からのMPO放出の阻害、好中球の脱顆粒抑制によってサイトカインストームの発生が防止されることによるものであろうと推測される。なお、実施例におけるサイトカイン・ケモカインの網羅的定量の結果によれば、上記2種のマクロライド系化合物を用いた実験群で、比較対照群と比較して、3種のケモカイン(KC、RANTES、およびMCP−1)のレベルが激減していることが示された。また、これら3種のケモカインのmRNAレベルの低下も確認された。このことから、本発明に係る予防および/または治療剤の効果の発現には、上記のケモカインの転写レベルでの発現抑制が関与していることが考えられる。なお、市販されているスピラマイシンの医薬品添付文書の「効能・効果」には「肺炎」が挙げられているが、従来公知のスピラマイシンの肺炎治療効果は、16員環マクロライド系化合物のいわゆる抗生物質としての作用によるものである。逆に、抗生物質作用を有する化合物が常に劇症型炎症の予防および/または治療に有用であるという事実も知られていないのであるから、上記の新規なメカニズムに基づく劇症型炎症の予防および/または治療剤としてのスピラマイシンおよびジョサマイシンの新規な用途を提供する本発明は、本願出願時の技術水準に対して進歩性を有するものである。
【0029】
本発明に係る予防および/または治療剤は、上述した成分に加え、適用可能である限りにおいて、劇症型炎症の予防および/または治療に有効であることが従来公知である他の成分をさらに含有してもよい。
【0030】
本発明に係る予防および/または治療剤はまた、有効成分に加え、必要に応じて、一般的に用いられる各種の添加剤成分をさらに含みうる。例えば、1種以上の製薬上許容されうる賦形剤、崩壊剤、希釈剤、滑沢剤、着香剤、着色剤、甘味剤、矯味剤、懸濁化剤、湿潤剤、乳化剤、分散剤、補助剤、防腐剤、緩衝剤、結合剤、安定剤、コーティング剤などを含みうる。
【0031】
本発明に係る予防および/または治療剤の投与経路としては、全身投与または局所投与のいずれも選択されうる。この際、疾患・症状などに応じた適当な投与経路が選択される。本発明に係る予防および/または治療剤は、経口経路、非経口経路のいずれによっても投与されうる。非経口経路としては、通常の静脈内投与、動脈内投与のほか、皮下、皮内、筋肉内などへの投与が挙げられる。さらに、経粘膜投与または経皮投与を実施することも可能である。
【0032】
本発明に係る予防および/または治療剤の剤形は、特に限定されず、種々の剤形、例えば、経口投与のためには、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、丸剤、液剤、乳剤、懸濁液、溶液剤、酒精剤、シロップ剤、エキス剤、またはエリキシル剤とすることができる。非経口剤としては、例えば、皮下注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、または腹腔内注射剤などの注射剤;経皮投与または貼付剤、軟膏またはローション;口腔内投与のための舌下剤、口腔貼付剤;並びに経鼻投与のためのエアゾール剤;坐剤とすることができるが、これらに限定されない。これらの製剤は、製剤工程において通常用いられる公知の方法により製造することができる。また本発明に係る薬剤は、持続性または徐放性剤形であってもよい。
【0033】
経口用固形製剤を調製する場合は、有効成分に対して、賦形剤および必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、および矯臭剤などを加えた後、常法により錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、およびカプセル剤などを製造することができる。そのような添加剤としては、当該分野で一般的に使用されるものでよく、例えば、賦形剤としては、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、および珪酸などを、結合剤としては、水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、およびポリビニルピロリドンなどを、崩壊剤としては乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、および乳糖などを、滑沢剤としては精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、およびポリエチレングリコールなどを、矯味剤としては白糖、橙皮、クエン酸、および酒石酸などを例示することができる。
【0034】
経口用液体製剤を調製する場合は、有効成分に矯味剤、緩衝剤、安定化剤、および矯臭剤などを加えて常法により内服液剤、シロップ剤、およびエリキシル剤などを製造することができる。この場合矯味剤としては上述したものが用いられうる。また、緩衝剤としてはクエン酸ナトリウムなどが、安定化剤としてはトラガント、アラビアゴム、およびゼラチンなどが挙げられる。
【0035】
注射剤を調製する場合は、有効成分にpH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、および局所麻酔剤などを添加し、常法により皮下、筋肉内および静脈内用注射剤を製造することができる。この場合のpH調節剤および緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、およびリン酸ナトリウムなどが挙げられる。安定化剤としてはピロ亜硫酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、チオグリコール酸、およびチオ乳酸などが挙げられる。局所麻酔剤としては塩酸プロカイン、および塩酸リドカインなどが挙げられる。等張化剤としては、塩化ナトリウムおよびブドウ糖などが例示されうる。
【0036】
坐剤を調製する場合は、有効成分に対して、当業界において公知の製剤用担体、例えば、ポリエチレングリコール、ラノリン、カカオ脂、および脂肪酸トリグリセライドなどを、さらに必要に応じてTween(登録商標)のような界面活性剤などを加えた後、常法により製造することができる。
【0037】
軟膏剤を調製する場合は、有効成分に通常使用される基剤、安定剤、湿潤剤、および保存剤などが必要に応じて配合され、常法により混合などにより、製剤化される。基剤としては、流動パラフィン、白色ワセリン、サラシミツロウ、オクチルドデシルアルコール、およびパラフィンなどが挙げられる。保存剤としては、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、およびパラオキシ安息香酸プロピルなどが挙げられる。
【0038】
貼付剤を調製する場合は、通常の支持体に前記軟膏、クリーム、ゲル、およびペーストなどを常法により塗布すればよい。支持体としては、綿、スフ、および化学繊維からなる織布、不織布や軟質塩化ビニル、ポリエチレン、およびポリウレタンなどのフィルムまたは発泡体シートが適当である。
【0039】
本発明に係る予防および/または治療剤に含有される有効成分の量は、当該有効成分の用量範囲や投薬の回数などにより適宜決定されうる。
【0040】
用量範囲は特に限定されず、含有される成分の有効性、投与形態、投与経路、疾患の種類、対象の性質(体重、年齢、病状および他の医薬の使用の有無など)、および担当医師の判断などに応じて適宜設定されうる。一般的に適当な用量は、例えば対象の体重1kgあたり約0.01μg〜100mg程度、好ましくは約0.1μg〜1mg程度の範囲であることが好ましい。しかしながら、当該分野においてよく知られた最適化のための一般的な常套的実験を用いてこれらの用量の変更を行うことができる。上記投与量は1日1回〜数回に分けて投与することができる。
【0041】
他の観点から、本発明に係る予防および/または治療剤の有効成分として上述した成分は、劇症型炎症の予防および/または治療剤の製造において使用されうる。
【0042】
また、さらに他の観点から、本発明に係る予防および/または治療剤の有効成分として上述した成分は、劇症型炎症の予防および/または治療に使用されうる。換言すれば、劇症型炎症を予防および/または治療する方法において使用されうる。このような方法は、例えば、上述した有効成分を含む薬剤組成物を適当な投与経路で対象(患者)に投与することにより実施されうる。この際の投与経路や投与量(有効量)は、上述した薬剤に関する説明および本願の出願時における技術常識を参酌することにより、当業者が適宜設定することが可能である。
【実施例】
【0043】
以下、実施例および参考例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらに限定されない。
【0044】
1.合成分子による好中球脱顆粒(MPO放出)の阻害活性スクリーニング
1056種のマクロライド系化合物の合成分子について、以下の手法により、ヒトおよびマウスのそれぞれの好中球からのMPO放出阻害活性をスクリーニングした。具体的には、ヒトまたはマウスの好中球(1×10細胞/mL)に対し、それぞれの化合物(被験化合物)を5μg/mLの濃度で添加し、サイトカラシンB(5μg/mL)およびfMetLeuPhe(ホルミルメチオニルロイシルフェニルアラニン;走化性因子)(ヒト:10−6M、マウス:10−5M)の存在下、37℃にて10minインキュベートした際の好中球の脱顆粒の阻害活性を、MPO放出活性を測定することにより評価した。被験化合物を添加しないものを0%阻害率とし、被験化合物の阻害活性の「%阻害」により評価した。
【0045】
その結果、1056種のマクロライド系化合物の合成分子のうち、8種の化合物(合成分子)がヒト好中球からのMPO放出に対して阻害活性を示し、ヒト好中球の脱顆粒を抑制する作用を示すことが判明した。さらにこれらの8種の化合物のうち、3種の化合物がマウスにおいても同様の作用を示すことが判明した。以下のアッセイにおいては、これらのうち3種の化合物を用いて実験を行った。なお、以下では、これらの3種の化合物をそれぞれ、「M1」、「M2」、および「M3」と称する。
【0046】
2.モデル動物実験によるインフルエンザ誘導の劇症型移行の治療
2−1:実験動物
BALB/cマウスは、SPF環境下(国立感染症研究所の動物室管理室−感染区)で飼育し、インフルエンザウイルスの感染実験に供した。実験に使用するマウスの管理・処置は、千葉大学の動物実験ガイドラインおよび国立感染症研究所の動物実験ガイドラインの動物愛護の規定に基づいて行った。
【0047】
2−2:インフルエンザウイルス投与による劇症型肺炎の誘導と薬剤投与
インフルエンザウイルスのPR8(H1N1)株の溶液を1%FBS−DMEMを用いて調製し、上記BALB/cマウスに30μL経鼻投与した(投与されたウイルス量は0.75LD50=321.42pfu/マウスであった)。次いで、上述した3種のマクロライド系化合物をそれぞれ、ウイルス投与日から1日一回(ウイルス投与日を含む)、PBS−エタノール溶液として5日間連続投与(腹腔内注射、33mg/Kg(マクロライド系化合物換算))し(計6回投与)、肺炎の劇症化抑制効果を判定した(実験群)。なお、コントロール(陰性対照群)としては、マクロライド系化合物に代えて同量のPBS−エタノールを投与したマウスを用いた(各群:N=6)。
【0048】
劇症化抑制効果の判定の指標としては、マウス生存率、肺組織傷害の程度、肺気管洗浄液(BALF;BronchoAlveolar Lavage Fluid)への細胞浸潤の程度、血漿中のサイトカイン・ケモカインレベル、および、肺組織中のウイルス値を用いた。この際、各種解析に用いるための組織サンプリングは、以下の手法により行った。具体的には、まず、経時的にマウスをネンブタールで安楽殺させ、血漿、BALF、肺、および脾臓を採取した。肺サンプルは、採取した肺組織を中性ホルマリンで固定し、ここからパラフィン切片を作製し、これをヘマトキシリン−エオジン(HE)染色することにより、調製した。血漿サンプルは、心採血した血液を4℃にて10000rpm×10min遠心分離し、上清を回収後、最終濃度1%になるようにTriton X−100を添加することでウイルスを失活させて、調製した。また、BALFサンプルは、生理食塩水1mLで肺を洗浄した後にこの洗浄液を回収し、4℃にて800g×10min遠心し、上清を回収後、最終濃度1%になるようにTriton X−100を添加することでウイルスを失活させて、調製した。
【0049】
2−2−1:マウス生存率の評価
上記「2−2」に記載の実験群および比較対照群のマウスについて、生存率を評価した。これに基づいて作成した生存曲線を図1に示す。
【0050】
図1に示すように、マクロライド系化合物を投与していない比較対照群では、ウイルス投与から8日後に早くも生存率が3割台にまで低下し、ウイルス投与から12日後にはすべてのマウスが死亡したことがわかる。これに対し、実験群のうち「M1」および「M3」の2種については、ウイルス投与から14日後でも約8割と極めて良好な予後を示すことが判明した。
【0051】
2−2−2:肺組織傷害の評価
上記で調製した肺サンプルについて、光学顕微鏡を用いて検鏡し、実験群と比較対照群との間で肺組織傷害の程度の差異を評価した。比較対照群およびM1を投与した実験群についての顕微鏡観察写真を図2に示す。なお、図2に示す写真は、インフルエンザウイルス投与から7日後に調製した肺サンプルの観察写真である。
【0052】
図2に示すように、マクロライド系化合物を投与していない比較対照群では、肺組織に劇症型の傷害が発生していた。肺胞への好中球やリンパ球、マクロファージなどの炎症細胞の浸潤が多く見られることから、このような劇症型の肺組織傷害はインフルエンザウイルス感染によるサイトカインストーム誘発の結果もたらされたものであると考えられる。
【0053】
一方、図2に示すように、実験群M1では、比較対照群で見られたような肺胞への細胞浸潤や劇症型の肺組織傷害は弱かった(M3の実験群でも同様の結果が得られた)。これは、実験群におけるマクロライド系化合物の投与によって、好中球からのミエロペルオキシダーゼの放出が阻害され、好中球の脱顆粒が抑制されたことによるものと考えられる。
【0054】
2−2−3:BALF(肺気管洗浄液)中への浸潤炎症細胞の評価
上記で調製したBALFサンプルをCytofuge2(IRIS)にて1000rpm×2minでサイトスピンすることにより細胞をスライドガラスに接着させ、Diff−quick(シスメックス)にて当該細胞を染色した。なお、ここで用いた「Diff−quick」は、ギムザ染色と同様な染色が得られる迅速な鑑別用染色液セットである。また、必要に応じて、抗体による染色も実施した。そして、染色後のサンプルについて、光学顕微鏡を用いて検鏡し、実験群M1と比較対照群との間で浸潤炎症細胞の数を比較した。結果を図3に示す。
【0055】
図3に示すように、すべての実験群で、比較対照群と比較して、浸潤炎症細胞の数が激減していることがわかる。これは、実験群におけるマクロライド系化合物の投与によって、好中球からのミエロペルオキシダーゼの放出が阻害され、好中球の脱顆粒が抑制されたことによるものと考えられる。
【0056】
2−2−4:サイトカイン・ケモカインの網羅的定量
上記で調製した血漿サンプルおよびBALFサンプルについて、以下の手法により、23種類のサイトカイン・ケモカインのレベルの挙動を同時にかつ網羅的に測定・解析した。この際、血漿サンプルおよびBALFサンプル中のサイトカイン・ケモカインレベルの測定・解析には、Bio−PlexTMSuspension Array System(バイオラッド)を用いた。具体的には、サンプリングしたプレートを、シール・遮光し、1100rpm×30sec、300rpm×30min振とう、吸引ろ過にて3回洗浄し、二次抗体を各ウェルに25μLずつ添加した後、プレートをシール・遮光し、1100rpm×30sec、300rpm×30min振とう、吸引ろ過にて3回洗浄した。その後、ストレプトアビジン−PE溶液を各ウェルに50μLずつ添加し、プレートをシール・遮光し、1100rpm×30sec、300rpm×10min振とう、吸引ろ過にて3回洗浄した。ASSAY BUFFERを各ウェルに125μLずつ添加し、プレートをシールし、1100rpm×30sec振とう後、シールを剥がし、Bio−Plex Array Readerにて測定した。
【0057】
その結果、すべての実験群で、比較対照群と比較して、3種のケモカイン(KC、RANTES、およびMCP−1)のレベルが激減していることがわかった。また、これら3種のケモカインのmRNAレベルを実験群および比較対照群の双方について測定したところ、mRNAレベルもまた、実験群では比較対照群と比べて低下していることがわかった。このことから、実験群におけるマクロライド系化合物の投与による好中球からのMPO放出阻害・好中球の脱顆粒抑制がもたらす劇症型肺炎の治療効果は、上記のケモカインの転写レベルでの発現抑制により調節されている可能性が示唆される。
【0058】
2−2−5:インフルエンザウイルス抗原の検出およびその定量
上記で調製した肺サンプルおよび脾臓サンプルについて、リアルタイムPCR法により、インフルエンザウイルスMタンパク質のmRNA量を定量することにより、インフルエンザウイルス抗原の検出を行った。
【0059】
M1を投与したマウスと比較対象群のマウスから、肺および脾臓の組織を摘出し、RNAlater(Takara)に浸漬することで組織の固定を行ったのち、TRIzol reagent(Invitrogen)を用いてtotal RNAを抽出した。DNase(TURBO DNA−free;Ambion)を用いてtotal RNAに混在するゲノムDNAを分解したのち、1μg分のtotal RNAを鋳型としてReal−Time PCR Superscript VILO cDNA Synthesis Kit(Invitrogen)を用いた逆転写により、first strandのcDNAを合成した。これらのcDNAを用いて、肺および脾臓に含まれるインフルエンザウイルス核酸の量をリアルタイムPCR法により測定した。リアルタイムPCR法は、サンプル組織内に含まれる、目的タンパク質の前駆体となるmRNAの数量を、特異プライマーを用いたPCRの増幅量から、正確かつ厳密に算出・定量することが可能な技術である。感染した肺と脾臓組織に存在したウイルスのMatrix 1タンパク質をコードするmRNAを、特異プライマーを用いて定量することで、M1投与群と比較対象群における各組織中のウイルス数の相対値を比較検討した。非投与サンプルに対するM1投与サンプル中のウイルス相対量を図4に示す。
【0060】
図4に示す結果から、比較対象群と比べて、M1を投与した肺および脾臓サンプル中に含まれるウイルス mRNAの数量は、顕著に減少していることがわかる。
【0061】
2−3:マクロライド系化合物の構造確認
上記の各試験において劇症型肺炎の治療効果を示した2種のマクロライド系化合物(M1およびM3)について、NMR(核磁気共鳴)法によりその化学構造を確認した。その結果、2種のいずれも16員環マクロライド系化合物であることが判明した。また、2種のいずれも既に抗菌薬として市販されている化合物と同一の構造を有していた。そこで、構造解析および抗菌活性の比較を行い、既知化合物と同一の化合物であることを確認した。具体的には、「M1」はスピラマイシンと同一の化合物であり、「M3」はジョサマイシン(ロイコマイシンA3)と同一の化合物であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スピラマイシンもしくはジョサマイシン(ロイコマイシンA3)、またはこれらの製薬上許容されうる塩を有効成分として含有する劇症型炎症の予防および/または治療剤。
【請求項2】
前記劇症型炎症が、劇症型肺炎、劇症型呼吸器不全、劇症肝炎、劇症型心筋炎、劇症大腸炎、劇症型敗血症、劇症マラリア、劇症型抗リン脂質抗体症候群、劇症膵炎、劇症髄膜炎菌血症、劇症1型糖尿病、変異性劇症膠原病、および播種性血管内凝固症候群からなる群から選択される1種または2種以上の疾患である、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
前記劇症型炎症が劇症型肺炎である、請求項2に記載の剤。
【請求項4】
前記劇症型炎症が、インフルエンザウイルスの感染による劇症型肺炎である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の剤。
【請求項5】
前記インフルエンザウイルスが、H5N1型またはH1N1型である、請求項4に記載の剤。
【請求項6】
劇症型炎症の予防および/または治療剤の製造における、スピラマイシンもしくはジョサマイシン(ロイコマイシンA3)、またはこれらの製薬上許容されうる塩の使用。
【請求項7】
劇症型炎症の予防および/または治療における、スピラマイシンもしくはジョサマイシン(ロイコマイシンA3)、またはこれらの製薬上許容されうる塩の使用。
【請求項8】
スピラマイシンもしくはジョサマイシン(ロイコマイシンA3)、またはこれらの製薬上許容されうる塩の有効量を、必要とする患者に投与することを含む、劇症型炎症の予防および/または治療方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−20953(P2012−20953A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−159031(P2010−159031)
【出願日】平成22年7月13日(2010.7.13)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】