説明

加速器及びサイクロトロン

【課題】本発明は、加速軌道に導入されるビームの広がりを抑えることができる加速器及びサイクロトロンを提供することを目的とする。
【解決手段】本発明のサイクロトロンは、イオン源から入射されるビームを通過させ加速軌道Tに導入するスパイラルインフレクタ21を備え、スパイラルインフレクタ21は、通過するビームBを収束させるビーム収束手段として、ビームの通過軌道Sに直交する断面においてギャップを不均一とした正電極23及び負電極27を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビームを加速軌道に導入するインフレクタを備えた加速器及びサイクロトロンに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、このような分野の技術として、下記特許文献1に記載のサイクロトロンが知られている。この種のサイクロトロンでは、加速空間における磁極とディ電極との作用によりビームを渦巻き状の加速軌道で加速して出力する。特許文献1のサイクロトロンには、加速軌道に直交する入射方向からビームが入射される。そして、ビーム源からのビームを、インフレクタで90°曲げることにより、ビームを加速空間の上記加速軌道にのせることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−224657号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この種の加速器では、加速軌道に導入されるビームが広がることにより、加速空間を区画する内壁にビームの一部が衝突し消滅する。このようなビームのロスによって、最終的に加速器から出力されるビームの割合が低下する。従って、この種の加速器にあっては、最終的に得られるビームの割合を向上するために、加速空間の内壁に衝突するビームを少なくすべく、加速軌道に導入されるビームの広がりを抑えることが望まれていた。
【0005】
そこで、本発明は、加速軌道に導入されるビームの広がりを抑えることができる加速器及びサイクロトロンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の加速器は、イオン源から入射されるビームを通過させ加速軌道に導入するインフレクタを備え、インフレクタは、通過するビームを収束させるビーム収束手段を有することを特徴とする。
【0007】
この加速器では、インフレクタがビーム収束手段を有することから、イオン源から入射されるビームがインフレクタのビーム収束手段で収束されて加速軌道に導入されるので、加速軌道に導入されるビームの広がりを抑えることができる。
【0008】
具体的には、ビーム収束手段は、ビームが通過するビーム通過領域に歪四極成分の電場を発生させることとしてもよい。この場合、インフレクタを通過するビームは、ビーム収束手段による歪四極成分の電場によって収束され、加速軌道に導入されるビームの広がりが抑えられる。
【0009】
また、インフレクタは、ビーム通過領域をなすギャップを空けて対向して設けられた正電極及び負電極を有し、正電極及び負電極は、ギャップの広さが、ビームの進行方向に直交する断面内で不均一になるように形成されていることとしてもよい。
【0010】
この場合、インフレクタのビーム通過領域には、正電極及び負電極による電場が発生する。そして、ビームの進行方向に直交する断面内においては、正電極及び負電極のギャップが不均一であるので、ビームは当該断面の通過位置に応じた電場の影響を受け、通過位置に応じて屈曲する。従って、ビーム通過領域を通過するビームを収束させることが可能になる。
【0011】
また、具体的には、加速軌道は渦巻き状をなしており、ギャップの広さは、ビームの進行方向に直交する断面内で、渦巻き状の加速軌道の外側に対応する位置ほど広くされていることとしてもよい。
【0012】
また、加速軌道は渦巻き状をなしており、ビーム収束手段は、ビームが通過するビーム通過領域に電場を発生させ、当該電場の強さは、ビームの進行方向に直交する断面内で、渦巻き状の加速軌道の外側に対応する位置ほど弱くすることとしてもよい。
【0013】
また、本発明のサイクロトロンは、ビームを渦巻き状の加速軌道で加速するサイクロトロンであって、加速軌道に直交する方向の磁場を発生させる磁極と、ビームを加速するための電位差を加速軌道に発生させるディ電極と、加速軌道に直交する入射方向で入射されるビームを通過させ屈曲させて加速軌道に導入するインフレクタと、を備え、インフレクタは、通過するビームを収束させるビーム収束手段を有することを特徴とする。
【0014】
このサイクロトロンでは、インフレクタがビーム収束手段を有することから、イオン源から入射されるビームがインフレクタのビーム収束手段で収束されて加速軌道に導入されるので、加速軌道に導入されるビームの広がりを抑えることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の加速器及びサイクロトロンによれば、加速軌道に導入されるビームの広がりを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の加速器(サイクロトロン)の一実施形態を示す斜視図である。
【図2】図1のサイクロトロンのスパイラルインフレクタを示す斜視図である。
【図3】(a)、(b)、(c)は、正電極・負電極の断面形状を簡略的に示す図である。
【図4】図2のスパイラルインフレクタに類似する類似インフレクタを示す斜視図である。
【図5】本発明者らによるシミュレーション結果を示すグラフである。
【図6】本発明者らによるシミュレーション結果を示すグラフである。
【図7】インフレクタの他の形態において、通過軌道に直交する断面を示す概略断面図である。
【図8】インフレクタの更に他の形態において、ビーム出口近傍を上から見た平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しつつ本発明に係る加速器及びサイクロトロンの好適な実施形態について詳細に説明する。
【0018】
図1に示すサイクロトロン1は、イオン源11から入射されるイオン粒子のビームBを加速して出力する加速器である。サイクロトロン1は、ビームBを通過させ加速するための平面視円形の加速空間5を備えている。ここでは、加速空間5が水平に延在するようにサイクロトロン1が設置されているものとする。以下の説明で「上」、「下」の概念を含む語を用いる場合には、図1に示す状態のサイクロトロン1の上下に対応するものとする。また、必要な場合には、図1に示すように、z軸を鉛直軸としxy平面を水平面とするxyz座標系を設定し、x、y、zを便宜的に説明に用いる場合がある。
【0019】
サイクロトロン1は、加速空間5の下方及び上方に設けられた磁極7を備えている。なお、加速空間5の上方の磁極7は図示を省略している。磁極7は、加速空間5に、鉛直方向の磁場を発生させる。また、サイクロトロン1は、平面視扇形の複数のディ電極9を備えている。ディ電極9は、円周方向に貫通された空洞を有しており、当該空洞が上記の加速空間5の一部をなす。複数のディ電極9に交流電流を付与することで、ディ電極9は周方向の電位差を加速空間5に発生させ、当該電位差によってビームBが加速される。加速空間5の略中央に導入されたビームBは、磁極7による磁場とディ電極9による電場との作用により、加速空間5内において水平な渦巻き状の加速軌道Tを描きながら加速される。加速されたビームBは、最終的には加速軌道Tの接線方向に出力される。サイクロトロン1の以上の構成は公知のものであるので、更なる詳細な説明は省略する。
【0020】
イオンビームBは、サイクロトロン1の下方に設けられたイオン源11で発生し、2つのソレノイド13を経て、鉛直上向きの入射方向でサイクロトロン1に入射される。なお、ソレノイド13は、ビームBの発散を防止する機能を果たす。サイクロトロン1では、ビームBを加速軌道Tに導入するために、鉛直に入射されるビームBを水平向きに屈曲させる必要がある。そこで、サイクロトロン1は、加速空間5の中央に設けられたスパイラルインフレクタ21を備えている。インフレクタ21は、下方からのビームBを屈曲させ、加速空間5の略中央で水平に出射する。出射されたビームBは、前述の加速軌道Tに導入されて加速される。
【0021】
図2に示すように、インフレクタ21は、金属塊(例えば銅塊)からなり、互いに対向する正電極23と負電極27とを備えている。正電極23及び負電極27は、それぞれ異なる定電圧電源(図示省略)に接続されている。正電極23の表面には、捻れた帯状の曲面をなす正電極面23aが形成されており、負電極27の表面には、捻れた帯状の曲面をなす負電極面27aが形成されている。正電極面23aと負電極面27aとは所定のギャップを空けて互いに対面して位置している。上記ギャップで構成される螺旋状の空間には、正電極23と負電極27との電位差による電場が形成される。なお、イオンビームBを構成するイオンの極性(正負)に応じて、電極23,27の極性を逆にしてもよい。
【0022】
インフレクタ21の下端部における正電極面23aと負電極面27aとの間隙から、鉛直上向きのビームBが入射される。入射されたビームBは、正電極23と負電極27との電位差による電場の影響と磁極7による磁場の影響とを受けることで、上記のギャップに沿って螺旋状に屈曲しながら進行する。そしてビームBは、インフレクタ21の上部における正電極面23aと負電極面27aとの間隙から、水平に出射される。インフレクタ21から出射された後、ビームBは、上から見て反時計回りの渦巻きを描きながら上記加速軌道Tに乗る。なお、インフレクタ21内におけるビームの理想的な通過軌道を、「S」の符号を付して図示している。このように、上記ギャップで構成される螺旋状の空間は、ビームが通過するビーム通過領域25となる。
【0023】
続いて、正電極23と負電極27との上記ギャップの広さについて説明する。
【0024】
図3はそれぞれ、通過軌道Sに直交する断面における、ビーム通過領域25近傍の概略断面図であり、(a)はインフレクタ21の下端面の位置、(b)はインフレクタ21内の任意の位置、(c)は(b)よりも通過軌道Sの前方(下流側)の任意の位置の断面を示す。(a),(b),(c)ともに、通過軌道SにおけるビームBが紙面の奥から手前に進行するような方向から見た断面図である。
【0025】
インフレクタ21の下端面においては、図3(a)に示すように、正電極面23aと負電極面27aとが平行であり、上記ギャップの広さgは一様である。図3(b),(c)に示すように任意の断面を取った場合、正電極23と負電極27とのギャップの広さgは断面内で不均一であり、図3(b),(c)の左に行くほど広くなっている。なお、図3における左側は渦巻き形状の加速軌道Tの外側に対応し、図3における右側は渦巻き形状の加速軌道Tの内側に対応する。
【0026】
換言すれば、通過軌道Sに直交する任意の断面を取った場合、正電極面23aの輪郭と負電極面27aの輪郭とがハの字形をなすように、正電極23と負電極27とが形成されている。また、図3(c)は、図3(b)よりも通過軌道Sの前方(下流側)に位置する断面を示す。図3の(b)と(c)との比較で理解されるように、通過軌道Sの前方に行くほどギャップの広さgの左右差が大きくなるような三次元形状で、正電極23と負電極27とが形成されている。
【0027】
以上のようなギャップの広さgの設定によれば、ビーム通過領域25内において、加速軌道Tの外側(図3では左側)に対応する位置ほど、電極23,27による電場が弱く、加速軌道Tの内側に対応する位置ほど、電極23,27による電場が強いといった電場の分布が形成される。すなわち、ビーム通過領域25においては、ビームBの通過位置が図3の左側にずれるほど、電場によりビームBが図3の下向き(又は上向き)に受ける力が小さくなるといったように、いわゆる歪四極成分の電場が発生している。このような歪四極成分の電場を発生する電極23,27の構成は、インフレクタ21を通過するビームBを、特に鉛直方向に収束させるビーム収束手段としての機能を有している。
【0028】
従って、歪四極成分の電場が存在するビーム通過領域25を、ビームBが通過することにより、加速軌道Tに導入されるビームBが特に鉛直方向(z方向)に収束され、ビームBの鉛直方向の広がりが抑制される。そして、ビームBの鉛直方向の広がりが抑制されることにより、加速空間5において、ディ電極9の内壁に衝突するビームが少なくなる。その結果、サイクロトロン1から最終的に出力されるビームBの割合(サイクロトロンの透過率などと呼ばれる場合がある)を向上することができる。
【0029】
上述のようなギャップの広さgを実現するための具体例として、ギャップの広さgを具体的な数式で表すと、下式(1)となる。
【数1】



但し、
g:所定位置におけるギャップの広さ
:インフレクタ入口でのギャップの広さ
k’:チルトパラメータ
b:b=s/A
s:通過軌道Sに沿って測ったインフレクタ入口から上記所定位置までの距離
A:インフレクタの高さ
η:歪四極成分の強さ
W:インフレクタの幅
w:上記所定位置の幅W方向での位置

なお、インフレクタの高さAとは、インフレクタにおけるビームBの入口からビームBの出口までの鉛直方向に測った長さを示す。上記のビームBの入口とは、ビームBが電極23,27による電場を受け始める理論上の位置であり、インフレクタ21の下端面よりもやや下に位置する。また、上記のビームBの出口とは、ビームBが電極23,27による電場を受け終わる理論上の位置であり、正電極面23a、負電極面27aの上端位置よりも、ややビームBの進行方向前方に位置する。チルトパラメータk’とは、通過軌道Sに直交する面内におけるビーム通過領域25の傾きを示すパラメータである。また、インフレクタの幅Wとは、ビーム通過領域25の幅を示す。インフレクタ入口ではb=0であり、正電極面23aと負電極面27aとは平行である。また、インフレクタ出口では、b=π/2である。数式(1)から理解されるように、ギャップの広さgは、w依存性をもつことになる。
【0030】
なお比較のために、図4には、インフレクタ21に類似する他のタイプのスパイラルインフレクタ(以下、「類似インフレクタ」と称する)121を示している。この類似インフレクタ121では、ビームBの通過軌道S’に直交するすべての断面において、正電極123と負電極127とのギャップの広さが一様である。すなわち、通過軌道S’に直交するすべての断面に現れる正電極面123aの輪郭と負電極面127aの輪郭とが平行であるように、正電極123と負電極127とが形成されている。この類似インフレクタ121では、ビーム通過領域125の電場は二極成分のみ発生しており、インフレクタ21のようなビームの収束効果は得られない。
【0031】
続いて、インフレクタ21による作用効果を確認すべく本発明者らが行ったシミュレーションについて説明する。
【0032】
ここでは、ビームのイオン粒子5000個についてインフレクタ21を通過させるシミュレーションを行い、インフレクタ21の出口におけるイオン粒子のz値とz’値とをプロットし、分布を図5に示した。z値とはイオン粒子の鉛直方向における通過位置(mm)を示し、z’値とは粒子の進行方向を水平面からの角度(mrad)で表したものである。また、比較のため、類似インフレクタ121についても同様のシミュレーションを行い、結果を図6に示した。
【0033】
図5は、図6に比較して、z値のバラツキが小さいことが判る。これは、インフレクタ21を通過したイオン粒子の上下位置が、類似インフレクタ121に比べ、より揃っていることを意味する。また、図5は、図6に比較して、z’値のバラツキが小さく、ゼロmradに近い角度に集まっていることが判る。これは、インフレクタ21を通過したイオン粒子が、類似インフレクタ121に比べ、水平に近い角度で出射される傾向がより強いことを意味する。従って、インフレクタ21によれば、類似インフレクタ121に比べ、ビームBを上下方向に収束する効果が得られることが確認された。
【0034】
本発明は、前述した実施形態に限定されるものではない。例えば、実施形態では、加速空間5が水平に延在するようにサイクロトロン1が設置されているものとしたが、本発明は、加速空間が鉛直面に沿って設置される加速器にも、同様に適用が可能である。また本発明は、サイクロトロンに限らず、シンクロサイクロトロン(加速器)にも適用が可能である。
【0035】
また、金属塊からなる電極23,27に代えて、一様な厚さの捻れた一対の板状電極を用い、断面ハの字形の配置によって前述のようなギャップを実現してもよい。また、ギャップの広さgにw依存性を持たせる構成を実現するためには、図7に示すように、例えば、類似インフレクタ121の負電極面127aに、断面三角をなす金属部材129を加えて接合してもよい。また、ビーム通過領域25における歪四極成分の電場を実現するためには、類似インフレクタ121のビーム出口の前方に歪四極磁石を設置してもよい。また、ビーム通過領域25における歪四極成分の電場を実現するためには、図8に示すように、上から見た類似インフレクタ121の電極127,123の長さを、ビームの進行方向に、加速軌道Tの内側に対応する位置ほど長くするようにしてもよい。
【符号の説明】
【0036】
1…サイクロトロン(加速器)、7…磁極、9…ディ電極、11…イオン源、21…スパイラルインフレクタ、23…正電極(ビーム収束手段)、25…ビーム通過領域、27…負電極(ビーム収束手段)、B…ビーム、T…加速軌道。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン源から入射されるビームを通過させ加速軌道に導入するインフレクタを備え、
前記インフレクタは、通過する前記ビームを収束させるビーム収束手段を有することを特徴とする加速器。
【請求項2】
前記ビーム収束手段は、
前記ビームが通過するビーム通過領域に歪四極成分の電場を発生させることを特徴とする請求項1に記載の加速器。
【請求項3】
前記インフレクタは、
前記ビーム通過領域をなすギャップを空けて対向して設けられた正電極及び負電極を有し、
前記正電極及び前記負電極は、
前記ギャップの広さが、前記ビームの進行方向に直交する断面内で不均一になるように形成されていることを特徴とする請求項2に記載の加速器。
【請求項4】
前記加速軌道は渦巻き状をなしており、
前記ギャップの広さは、前記ビームの進行方向に直交する断面内で、前記渦巻き状の前記加速軌道の外側に対応する位置ほど広くされていることを特徴とする請求項3に記載の加速器。
【請求項5】
前記加速軌道は渦巻き状をなしており、
前記ビーム収束手段は、前記ビームが通過するビーム通過領域に電場を発生させ、
当該電場の強さは、前記ビームの進行方向に直交する断面内で、前記渦巻き状の前記加速軌道の外側に対応する位置ほど弱くすることを特徴とする請求項1に記載の加速器。
【請求項6】
ビームを渦巻き状の加速軌道で加速するサイクロトロンであって、
前記加速軌道に直交する方向の磁場を発生させる磁極と、
前記ビームを加速するための電位差を前記加速軌道に発生させるディ電極と、
前記加速軌道に直交する入射方向で入射されるビームを通過させ屈曲させて前記加速軌道に導入するインフレクタと、を備え、
前記インフレクタは、通過する前記ビームを収束させるビーム収束手段を有することを特徴とするサイクロトロン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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