説明

加齢性記憶障害マーカーとしてのリン酸化ピルビン酸カルボキシラーゼ

【課題】加齢性記憶障害に対する生化学的マーカーを提供する。
【解決手段】本発明にかかる加齢性記憶障害マーカーは、リン酸化ピルビン酸カルボキシラーゼを含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加齢性記憶障害に対する生化学的マーカー、加齢性記憶障害の治療用、予防用及び診断用医薬組成物、加齢性記憶障害の治療用、予防用及び診断用キット、並びに、加齢性記憶障害の治療薬、予防薬及び診断薬のスクリーニング方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
加齢性記憶障害(aged memory impair; AMI)は、高齢化社会における高齢者の社会参加を妨げる大きな要因になると考えられている。ヒト同様、ショウジョウバエでもみられる加齢性記憶障害の分子メカニズムの解明及びその改善法の開発は、来る少子高齢化社会におけるQuality of Life(QOL)の向上に不可欠である。
近年、ショウジョウバエを用いた加齢性記憶障害の行動遺伝学的解析により、加齢体でのcAMP/プロテインキナーゼA(PKA)活性が加齢性記憶障害を引き起こすこと、及び、PKA活性が低下したDC0/+変異体(DC0はPKA触媒サブユニットPka-C1をコードする遺伝子)では加齢性記憶障害が顕著に抑制されていることが示された(特許文献1参照)。
しかしながら、加齢性記憶障害に対する有効な生化学的マーカーは、未だ得られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007-135522号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、加齢性記憶障害に対する生化学的マーカーを提供することにある。さらに本発明は、加齢性記憶障害の状態の評価方法、加齢性記憶障害の治療用、予防用及び診断用医薬組成物、加齢性記憶障害の治療用、予防用及び診断用キット、並びに、加齢性記憶障害の治療薬、予防薬及び診断薬のスクリーニング方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った。その結果、ショウジョウバエを用いた加齢性記憶障害の行動遺伝学的解析において、DC0/+変異体を用いた場合のプロテオミクス解析から、PKAの標的分子としてピルビン酸カルボキシラーゼ(PCase)を見出した。すなわち、野生型では、加齢に伴う加齢性記憶障害の発現と並行してPCaseのリン酸化が亢進したが、加齢性記憶障害が抑制されるDC0/+変異体では、加齢に伴うPCaseのリン酸化亢進が顕著に抑制されており、加えてPCase/+ではDC0/+と同様に加齢性記憶障害が顕著に抑制されたことから、リン酸化PCaseが加齢性記憶障害に対する有用な生化学的マーカーであることを見出し、本発明を完成した。
【0006】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)リン酸化PCaseを含むことを特徴とする、加齢性記憶障害マーカー。
(2)リン酸化PCaseに対する抗体を含むことを特徴とする、加齢性記憶障害の診断用医薬組成物。
(3)リン酸化PCaseに対する抗体を含むことを特徴とする、加齢性記憶障害の治療及び/又は予防用医薬組成物。
(4)PCaseの優性阻害変異体を含むことを特徴とする、加齢性記憶障害の治療及び/又は予防用医薬組成物。
(5)上記(2)記載の組成物を含むことを特徴とする、加齢性記憶障害の診断用キット。
(6)上記(3)若しくは(4)記載の組成物を含むことを特徴とする、加齢性記憶障害の治療及び/又は予防用キット。
【0007】
(7)リン酸化PCaseに対する抗体と生体試料とを反応させてリン酸化PCaseを検出し、得られる検出結果を指標として加齢性記憶障害の状態を評価する方法。
(8)PKA触媒サブユニットをコードする遺伝子と、PCaseをコードする遺伝子とを含む、形質転換体。
(9)上記(8)記載の形質転換体に候補物質を接触させて、当該形質転換体由来のPKA触媒サブユニットの酵素活性を測定し、得られる測定結果を指標として加齢性記憶障害の治療及び/又は予防薬をスクリーニングする方法。ここで、当該酵素活性としては、例えば、PKA触媒サブユニットがPCaseのリン酸化を亢進する活性が挙げられる。
(10)候補物質の存在下で、PKA触媒サブユニットの酵素活性を測定し、得られる測定結果を指標として加齢性記憶障害の治療及び/又は予防薬をスクリーニングする方法。ここで、当該酵素活性としては、例えば、PKA触媒サブユニットがPCaseのリン酸化を亢進する活性が挙げられる。
【0008】
(11)上記(8)記載の形質転換体に候補物質を接触させて、リン酸化PCaseの酵素活性を測定し、得られる測定結果を指標として加齢性記憶障害の治療及び/又は予防薬をスクリーニングする方法。ここで、当該酵素活性としては、例えば、ピルビン酸を基質としてオキサロ酢酸を生成する活性が挙げられる。
(12)候補物質の存在下で、PCase又はリン酸化PCaseの酵素活性を測定し、得られる測定結果を指標として加齢性記憶障害の治療及び/又は予防薬をスクリーニングする方法。ここで、当該酵素活性としては、例えば、ピルビン酸を基質としてオキサロ酢酸を生成する活性が挙げられる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、加齢性記憶障害に対する有用な生化学的マーカーとしての、リン酸化PCaseを提供することができる。また本発明によれば、加齢性記憶障害の状態の評価方法、加齢性記憶障害の治療用、予防用及び診断用医薬組成物、加齢性記憶障害の治療用、予防用及び診断用キット、並びに、加齢性記憶障害の治療薬、予防薬及び診断薬のスクリーニング方法等を提供することができる。
本発明の加齢性記憶障害マーカーは、例えば、in vitroでのハイスループット検索による、加齢性記憶障害の治療、予防及び診断薬等の開発を飛躍的に進め得る点で極めて有用なものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】PKA触媒サブユニット変異(DC0B3/+)による、加齢に伴うPCaseのリン酸化亢進の抑制の結果を示す図である。
【図2】PCase変異(PCCB0292-3/+)による、加齢性記憶障害の抑制の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。なお、本明細書において引用された全ての刊行物、例えば先行技術文献、及び公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み込まれる。
【0012】

1.本発明の概要
加齢性記憶障害(aged memory impair; AMI)は脳の老化の最も顕著な表現型であり、アルツハイマー病(AD)のような加齢と関連性のある神経疾患を患っていない老人にも生じる障害である。加齢性記憶障害は、高齢化社会における高齢者の社会参加を妨げる大きな要因になると考えられている。
ショウジョウバエと哺乳類とは、学習記憶過程に多くの共通した分子メカニズムを持つことが知られている。ショウジョウバエは、寿命が約1ヶ月と短く、変異体での加齢性記憶障害の解析や、薬物の加齢性記憶障害に対する効果の検討を行う場合には、寿命が年単位である哺乳類モデルより適している。
これまでに、老齢ショウジョウバエによる学習記憶の行動遺伝学的解析(Tamura et al, Neuron, vol. 40, p. 1003-1011, 2003)から、加齢性記憶障害の原因はcAMPにより賦活化されるプロテインキナーゼA(PKA)の活性にあることが見出されている。すなわち、PKAの触媒サブユニットPka-C1をコードする遺伝子DC0のヘテロ変異体(DC0/+)では、PKA活性が野生型の約50%であると伴に、加齢性記憶障害が顕著に抑制された。一方、DC0遺伝子を過剰発現させた系統では若齢期で既に加齢性記憶障害様の学習記憶障害が現れた。また、DC0の発現量は加齢による増加を示さなかった(Yamazaki et al, Nat. Neurosci., vol. 10, p. 478-484, 2007)。これらの結果から、老齢野生型ではDC0-PKAによる、何らかのタンパク質のリン酸化が加齢により増加し、結果として加齢性記憶障害が起こっていると考えられた。
【0013】
これらの知見を踏まえ、本発明者は、DC0-PKA依存的に加齢に伴いリン酸化が亢進するタンパク質について、プロテオミクス解析(加齢に伴うリン酸化タンパク質動態の野生型とDC0/+との比較)を行った。その結果、野生型では加齢に伴う加齢性記憶障害の発現と並行してピルビン酸カルボキシラーゼ(PCase)のリン酸化が亢進すること、及び、加齢性記憶障害が抑制されるDC0/+変異体では加齢に伴うPCaseのリン酸化亢進が顕著に抑制されることを見出し、PKAの標的分子としてPCaseを同定した。なお、上記解析及び同定は、具体的には、中期記憶を指標とした学習記憶テストを各種変異系統の老齢体(羽化後20日)で行い、野生型で見られる記憶障害(加齢性記憶障害)が抑制された系統を検索することにより行った。さらに、本発明者は、PCaseの発現抑制変異体(PCase/+)において、DC0/+と同様、加齢性記憶障害が顕著に抑制されることを明らかにした。
以上のことから、本発明者は、リン酸化PCaseが、加齢性記憶障害に対する有用な生化学的マーカーであることを見出した。
【0014】
なお、PCaseは、ピルビン酸からオキサロ酢酸を合成する酵素であり、TCAサイクルによるエネルギー産生と糖新生のバランスを制御している。PCaseは、グリア細胞での発現は報告されているが、神経細胞での発現及び神経機能への関与は知られておらず、また当該酵素の活性制御機構についてもこれまでほとんど知見が無い。従って、加齢性記憶障害マーカーとしてのリン酸化PCaseの使用は、従来の知見から予想し得ない極めて画期的なことであり、当該マーカーは加齢性記憶障害の治療、予防及び診断薬等の開発を飛躍的に進め得る点で非常に有用なものである。
【0015】

2.加齢性記憶障害マーカー
本発明の加齢性記憶障害マーカーは、前述した通り、リン酸化PCaseを含むものである。被験動物の脳組織、脳脊髄液及び血液等におけるリン酸化PCaseの量が、加齢性記憶障害の病態を示さない対照動物の脳組織、脳脊髄液及び血液等におけるリン酸化PCaseの量に比べて多い場合、当該被験動物は加齢性記憶障害を発症しているか又は発症する可能性が高いと判断することができる。
本発明でいう加齢性記憶障害とは、学習記憶力、記憶保持力及び記憶想起等についての加齢に伴う障害を意味し、例えば、高齢のサービス業従事者にみられる注文の取違い等が挙げられる。
【0016】

3.加齢性記憶障害の治療用及び予防用医薬組成物
3-1.抗体を含む医薬組成物
本発明の治療用及び予防用医薬組成物は、前述した通り、リン酸化PCaseに対する抗体(抗リン酸化PCase抗体)を含むことを特徴とする医薬組成物である。
なお、本発明は、抗リン酸化PCase抗体を用いることを特徴とする加齢性記憶障害の治療方法及び予防方法や、加齢性記憶障害の治療用及び予防用の薬剤を製造するための抗リン酸化PCase抗体の使用を含むものである。
(1) 抗リン酸化PCase抗体
抗リン酸化PCase抗体は、以下のようにして作製することができる。
(A) ポリクローナル抗体の作製
【0017】
(i) 抗原及びその溶液の調製
抗リン酸化PCase抗体を作製するに当たり、まず、免疫源(抗原)として用いるタンパク質を調製又は入手することが必要である。
抗原タンパク質としては、精製リン酸化PCaseを用いることができるが、これに限定はされず、例えば、リン酸化PCaseのアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつリン酸化PCase活性を有するタンパク質を用いることもできる。なお、リン酸化前のPCaseとしては、ショウジョウバエ由来のPCase(FlyBase ID: FBgn0027580から取得可能な塩基配列(gene name: CG1516)の翻訳産物)に限定はされず、他の動物、例えば哺乳動物由来のPCase、具体的にはマウス由来のPCase(GenBankのアクセッション番号:NP 032823から取得可能)やヒト由来のPCase(GenBankのアクセッション番号:AAB31500から取得可能)等を用いることができる。
【0018】
抗原となる精製リン酸化PCaseの調製方法としては、限定はされないが、例えばPKA活性によりリン酸化が亢進するので、PKA触媒部位の過剰発現体から、抗PCase抗体でPCaseを単離した後、市販の抗リン酸化抗体により、リン酸化PCaseを非リン酸化PCaseから単離調製する方法がある。またPKA触媒部位とHA-tag、myc-tagなどを付けたPCaseの過剰共発現体から、抗HA-tag抗体や抗myc-tag抗体によりmyc-PCaseを単離し、質量分析器によりリン酸化部位を同定した後、同定されたリン酸化部位を含むPCaseオリゴペプチドを作製して抗原とする方法なども挙げられる。また2次元電気泳動でシフトしたPCaseのスポット(後述の実施例1及び図1参照)を直接単離して、これを抗リン酸化PCase抗体の抗原とすることも可能である。また単離されたスポットから、タンパク質の単離精製に用いられる一般的な生化学的方法、例えば硫酸アンモニウム沈殿、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独で又は適宜組み合わせて用いて、精製する方法も挙げられる。
【0019】
次に、得られた精製リン酸化PCaseを、緩衝液に溶解させて抗原溶液を調製する。その際、必要に応じて、免疫を効果的に行うためのアジュバントを添加してもよい。アジュバントとしては、例えば、市販のフロイント完全アジュバントやフロイント不完全アジュバント等を用いることができる。これらアジュバントは、1種のみで用いても2種以上を併用してもよく、限定はされない。
【0020】
(ii) 免疫、及び抗血清の採取
免疫は、上記精製リン酸化PCaseを含む溶液を、哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ等)に投与することにより行う。投与は、主として静脈内、皮下、腹腔内に注入して行う。
抗原溶液の1回当たりの投与量は、限定はされず、例えば、動物1匹に対して精製リン酸化PCaseが2〜500μgとなる量とすることが好ましく、より好ましくは10〜100μgである。
投与間隔は、限定はされず、例えば、数日〜数週間間隔であることが好ましく、より好ましくは2〜3週間間隔である。また投与回数は、例えば、2〜10回である。
上記免疫により得られる血清(抗血清)の採取は、限定はされないが、例えば、最終投与の日から1〜28日後に行うことが好ましく、より好ましくは2〜14日後である。抗血清の採取方法は、常法に従い、免疫した動物の血液から採取することができる。
【0021】
(iii) 目的の抗血清の選別
免疫した動物のそれぞれから採取した抗血清の中から、目的の抗血清、すなわち抗リン酸化PCase抗体を含む抗血清をスクリーニングする。
スクリーニング方法は、限定はされないが、例えば、採取した抗血清と、抗原としての精製リン酸化PCaseや組換えリン酸化PCase(ヒト由来の培養繊維芽細胞、チャイニーズハムスター卵巣細胞、酵母等で産生されたもの)又はそれらの変異型酵素とを用い、公知の免疫検定法(immunoassay)を、その常法に従い、利用して行うことができる。免疫検定法としては、標識化免疫測定法や免疫比濁法(TIA)があるが、なかでも前者が好ましく、例えば、ELISA等の酵素免疫検定法(EIA)のほか、放射線免疫検定法(RIA)や蛍光免疫検定法(FIA)等が好ましく挙げられる。また、標識化免疫測定法としては、他の分離方法との組合せを利用したものとして、ウエスタンブロット法(電気泳動法との組合せ)等も好ましく挙げられる。なお、ウエスタンブロット法の場合は、検出対象となるタンパク質サンプルを熱及び界面活性剤により変性させて用いるため、スクリーニング法における抗原は変異型酵素となる。
【0022】
上記スクリーニングによる目的の抗血清に含まれる、抗リン酸化PCase抗体は、通常、ポリクローナル抗体である。当該抗体の精製を必要とする場合は、例えば、硫安塩析法、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ゲルクロマトグラフィー等の公知の精製方法を、1種のみ又は2種以上組み合わせて、適宜採用し実施すればよい。
当該抗リン酸化PCase抗体が特異的に結合し得る(認識し得る)リン酸化PCase中の反応部位は、特に限定はされないが、PCaseがPKAによりリン酸化される部位が好ましい。
【0023】
(B) モノクローナル抗体の作製
(i) 抗原及びその溶液の調製
抗原及びその溶液の調製は、上記ポリクローナル抗体の作製の場合と同様に行うことができる。
(ii) 免疫、及び抗体産生細胞の採取
免疫方法や、上記抗原溶液を用いた投与量、投与間隔及び投与回数は、上記ポリクローナル抗体の作製の場合と同様の方法及び条件が採用できる。
上記免疫により得られる抗リン酸化PCase抗体を産生する細胞(抗体産生細胞)の採取は、限定はされないが、例えば、最終投与の日から1〜14日後に行うことが好ましく、より好ましくは2〜4日後である。
抗体産生細胞としては、例えば、脾臓細胞、リンパ節細胞(特に、局所リンパ節細胞)、末梢血細胞等が好ましく挙げられるが、なかでも脾臓細胞や局所リンパ節細胞(例えば、膝下リンパ節細胞等)がより好ましい。
【0024】
(iii) 細胞融合
採取した抗体産生細胞とミエローマ細胞との細胞融合を行うことにより、融合細胞(ハイブリドーマ)を得ることができる。
ミエローマ細胞としては、例えば、マウス等の哺乳動物において一般に入手可能な株化細胞を用いることができる。詳しくは、薬剤選択性を有し、未融合の状態ではHAT選択培地(ヒポキサンチン、アミノプテリン及びチミン含有培地)で生育できないが、抗体産生細胞と融合した状態では生育できる性質の株化細胞が好ましい。具体的には、マウスミエローマ細胞としては、例えば、PAI、P3X63-Ag.8.U1(P3U1)、NS-Iなどを用いることができる。
【0025】
上記細胞融合は、例えば、血清を含まないRPMI-1640培地等の動物細胞培養用培地中で、抗体産生細胞とミエローマ細胞とを混合して融合反応させることにより行う。抗体産生細胞とミエローマ細胞との混合比は、例えば5:1である。
融合反応は、一般には、細胞融合促進剤の存在下で行うことが好ましく、当該促進剤としては、平均分子量1000〜6000ダルトンのポリエチレングリコール等を使用することができる。また、電気刺激(例えばエレクトロポレーション)を利用した市販の細胞融合装置を用いて抗体産生細胞とミエローマ細胞とを融合させることもできる。
融合反応後の細胞は、例えばHAT選択培地による培養を行う。上記培養後、HAT選択培地での増殖が認められる細胞が融合細胞(ハイブリドーマ)となる。
【0026】
(iv) 目的のハイブリドーマの選別、及びそのクローニング
上記培養により得られたハイブリドーマから、目的のハイブリドーマ、すなわち抗リン酸化PCase抗体を産生するハイブリドーマをスクリーニングする。具体的には、培養上清中に、目的とする抗リン酸化PCase抗体が存在するものをスクリーニングする。
スクリーニング方法は、限定はされないが、例えば、培養上清の一部を採取し、抗原として精製リン酸化PCaseや組換えリン酸化PCase(ヒト由来の培養繊維芽細胞、チャイニーズハムスター卵巣細胞、酵母等で産生されたもの)又はそれらの変異型酵素を用いて、公知の免疫検定法(immunoassay)を、その常法に従い、利用して行うことができる。免疫検定法としては、例えばELISA等の酵素免疫検定法(EIA)のほか、放射線免疫検定法(RIA)や蛍光免疫検定法(FIA)等が好ましく挙げられる。また、ウエスタンブロット法(電気泳動法との組合せ)等も好ましく挙げられる。なお、ウエスタンブロット法の場合は、検出対象となるタンパク質サンプルを熱及び界面活性剤により変性させて用いるため、スクリーニング法における抗原は変異型酵素となる。
【0027】
上記スクリーニング後の目的のハイブリドーマの培養上清に含まれる抗リン酸化PCase抗体は、ハイブリドーマのクローニング前に得られている抗体であるが、単一の分子からなる抗体(モノクローナル抗体)であってもよく、限定はされない。
当該抗リン酸化PCase抗体が特異的に結合し得る(認識し得る)リン酸化PCase中の反応部位は、特に限定はされないが、PCaseがPKAによりリン酸化される部位が好ましい。
上記スクリーニングによる目的のハイブリドーマのクローニング、すなわちモノクローナル抗体産生細胞株の樹立は、一般には、限界希釈法を用いた培養等により、1細胞由来のコロニーを選択することによって行うことができる。
【0028】
(v) モノクローナル抗体の採取
上記クローニングにより得られたハイブリドーマから、モノクローナル抗体を採取する方法としては、限定はされないが、一般には、細胞培養法もしくは腹水形成法等を採用することができる。
細胞培養法では、クローニングにより得られたハイブリドーマを、例えば、動物細胞培養用培地中で、37℃、5%CO2の条件下で、7〜14日間培養し、その後の培養上清から目的のモノクローナル抗体を採取することができる。
腹水形成法では、例えば、細胞融合の際に用いたミエローマ細胞の由来元である哺乳動物と同種系列の動物の腹腔内に、クローニングにより得られたハイブリドーマを、動物1匹当たり106個程度投与して、当該ハイブリドーマを大量増殖させ、投与してから7〜14日間後に採取した腹水又は血清から、目的のモノクローナル抗体を採取することができる。
細胞培養法及び腹水形成法のいずれにおいても、モノクローナル抗体の採取時又は採取後に当該抗体の精製を必要とする場合は、硫安塩析法、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ゲルクロマトグラフィー等の公知の精製方法を、1種のみ又は2種以上組み合わせて、適宜採用し実施することができる。
【0029】
(2) 抗体の配合割合
本発明の治療用及び予防用医薬組成物においては、抗リン酸化PCase抗体の配合割合は、特に限定はされないが、例えば、加齢性記憶障害治療薬(治療用医薬組成物)として用いる場合、0.01〜90重量%の範囲内とすることができ、また0.05〜80重量%や、0.1〜70重量%や、0.2〜50重量%や、0.5〜30重量%や、1〜20重量%の範囲内としてもよい。
(3) その他の成分
本発明の治療用及び予防用医薬組成物は、抗リン酸化PCase抗体以外にも、本発明の効果が著しく損なわれない範囲で、他の構成成分を含んでいてもよく、限定はされない。加齢性記憶障害治療薬である場合、例えば、後述するような薬剤製造上一般に用いられるもの等を含むことができる。
【0030】
(4) 用法、用量
本発明の治療用及び予防用医薬組成物の体内への投与は、例えば、非経口または経口等の公知の用法で行うことができ、限定はされないが、好ましくは非経口である。
これら各種用法に用いる製剤(非経口剤や経口剤等)は、薬剤製造上一般に用いられる賦形材、充填材、増量剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、潤滑剤、界面活性剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、矯味矯臭剤、無痛化剤、安定化剤、等張化剤等を適宜選択して使用し、常法により調製することができる。
本発明の治療用及び予防用医薬組成物の投与量は、一般には、製剤中の有効成分(抗リン酸化PCase抗体)の配合割合を考慮した上で、投与対象(患者)の年齢、体重、病気の種類・進行状況や、投与経路、投与回数(/1日)、投与期間等を勘案し、適宜、広範囲に設定することができる。
【0031】
本発明の治療用及び予防用医薬組成物を、非経口剤又は経口剤として用いる場合について、以下に具体的に説明する。
非経口剤として用いる場合、一般にその形態は限定されず、例えば、静脈内注射剤(点滴を含む)、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤、皮下注射剤、坐剤等のいずれであってもよい。各種注射剤の場合は、例えば、単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態や、使用時に溶解液に再溶解させる凍結乾燥粉末の状態で提供され得る。当該非経口剤には、前述した有効成分のほかに、各種形態に応じ、公知の各種賦形材や添加剤を上記有効成分の効果が損なわれない範囲で含有することができる。例えば、各種注射剤の場合は、水、グリセロール、プロピレングリコールや、ポリエチレングリコール等の脂肪族ポリアルコール等が挙げられる。
非経口剤の投与量(1日あたり)は、特に限定はされないが、例えば各種注射剤であれば、一般には、前述した有効成分を、適用対象(患者)の体重1kgあたり1〜100mg服用できる量であることが好ましく、より好ましくは2〜50mg、さらに好ましくは5〜10mgである。
【0032】
経口剤として用いる場合、一般にその形態は限定されず、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、丸剤、トローチ剤、内用水剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤等のいずれであってもよいし、使用する際に再溶解させる乾燥生成物にしてもよい。当該経口剤には、前述した有効成分のほかに、各種形態に応じ、公知の各種賦形材や添加剤を上記有効成分の効果が損なわれない範囲で含有することができる。例えば、結合剤(シロップ、アラビアゴム、ゼラチン、ソルビトール、トラガカント、ポリビニルピロリドン等)、充填材(乳糖、糖、コーンスターチ、馬鈴薯でんぷん、リン酸カルシウム、ソルビトール、グリシン等)、潤滑剤(ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、シリカ等)、崩壊剤(各種でんぷん等)、および湿潤剤(ラウリル硫酸ナトリウム等)等が挙げられる。
経口剤の投与量(1日あたり)は、一般には、前述した有効成分を、適用対象(被験者;患者)の体重1kgあたり1〜100mg服用できる量であることが好ましく、より好ましくは2〜50mg、さらに好ましくは5〜10mgである。また、経口剤中の有効成分の配合割合は、限定はされず、1日あたりの投与回数等を考慮して、適宜設定することができる。
【0033】
3-2.優性阻害変異体を含む医薬組成物
本発明の加齢性記憶障害の治療用及び予防用医薬組成物としては、PCaseの優性阻害変異体を含むことを特徴とする医薬組成物も挙げられる。
(1) 優性阻害変異体
本発明の治療用及び予防用医薬組成物において、PCaseの優性阻害変異体としては、PCaseの不活性化変異体、すなわち野生型PCaseのアミノ酸配列中の一部のアミノ酸残基の変異(欠失、置換又は挿入)によりPCase活性が不活化された又は低下した変異体であって、野生型PCaseと共存した場合に優性阻害(dominant negative)効果を有するものであればよく、限定はされない。PCase優性阻害変異体は、公知の遺伝子及びアミノ酸配列情報並びに公知の遺伝子組換え技術等を用いることにより適宜作製及び精製することができる。
(2) 抗体の配合割合
本発明の治療用及び予防用医薬組成物においては、PCase優性阻害変異体の配合割合は特に限定はされないが、例えば、加齢性記憶障害治療薬(治療用医薬組成物)として用いる場合、0.01〜90重量%の範囲内とすることができ、また0.05〜80重量%や、0.1〜70重量%や、0.2〜50重量%や、0.5〜30重量%や、1〜20重量%の範囲内としてもよい。
【0034】
(3) その他の成分
本発明の治療用及び予防用医薬組成物は、PCase優性阻害変異体以外にも、本発明の効果が著しく損なわれない範囲で、他の構成成分を含んでいてもよく、限定はされない。加齢性記憶障害治療薬である場合、例えば、後述するような薬剤製造上一般に用いられるもの等を含むことができる。
(4) 用法、用量
本発明の治療用及び予防用医薬組成物の体内への投与は、例えば、非経口または経口等の公知の用法で行うことができ、限定はされないが、好ましくは非経口である。
これら各種用法に用いる製剤(非経口剤や経口剤等)は、薬剤製造上一般に用いられる賦形材、充填材、増量剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、潤滑剤、界面活性剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、矯味矯臭剤、無痛化剤、安定化剤、等張化剤等を適宜選択して使用し、常法により調製することができる。
本発明の治療用及び予防用医薬組成物の投与量は、一般には、製剤中の有効成分(PCase優性阻害変異体)の配合割合を考慮した上で、投与対象(患者)の年齢、体重、病気の種類・進行状況や、投与経路、投与回数(/1日)、投与期間等を勘案し、適宜、広範囲に設定することができる。
【0035】
本発明の治療用及び予防用医薬組成物を、非経口剤又は経口剤として用いる場合について、以下に具体的に説明する。
非経口剤として用いる場合、一般にその形態は限定されず、例えば、静脈内注射剤(点滴を含む)、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤、皮下注射剤、坐剤等のいずれであってもよい。各種注射剤の場合は、例えば、単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態や、使用時に溶解液に再溶解させる凍結乾燥粉末の状態で提供され得る。当該非経口剤には、前述した有効成分のほかに、各種形態に応じ、公知の各種賦形材や添加剤を上記有効成分の効果が損なわれない範囲で含有することができる。例えば、各種注射剤の場合は、水、グリセロール、プロピレングリコールや、ポリエチレングリコール等の脂肪族ポリアルコール等が挙げられる。
非経口剤の投与量(1日あたり)は、限定はされないが、例えば各種注射剤であれば、一般には、前述した有効成分を、適用対象(患者)の体重1kgあたり1〜100mg服用できる量であることが好ましく、より好ましくは2〜50mg、さらに好ましくは5〜10mgである。
【0036】
経口剤として用いる場合、一般にその形態は限定されず、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、丸剤、トローチ剤、内用水剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤等のいずれであってもよいし、使用する際に再溶解させる乾燥生成物にしてもよい。当該経口剤には、前述した有効成分のほかに、各種形態に応じ、公知の各種賦形材や添加剤を上記有効成分の効果が損なわれない範囲で含有することができる。例えば、結合剤(シロップ、アラビアゴム、ゼラチン、ソルビトール、トラガカント、ポリビニルピロリドン等)、充填材(乳糖、糖、コーンスターチ、馬鈴薯でんぷん、リン酸カルシウム、ソルビトール、グリシン等)、潤滑剤(ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、シリカ等)、崩壊剤(各種でんぷん等)、および湿潤剤(ラウリル硫酸ナトリウム等)等が挙げられる。
経口剤の投与量(1日あたり)は、一般には、前述した有効成分を、適用対象(被験者;患者)の体重1kgあたり1〜100mg服用できる量であることが好ましく、より好ましくは2〜50mg、さらに好ましくは5〜10mgである。経口剤中の有効成分の配合割合は、限定はされず、1日あたりの投与回数等を考慮して、適宜設定することができる。
【0037】

4.加齢性記憶障害の診断用医薬組成物
本発明の診断用医薬組成物は、前述した通り、リン酸化PCaseに対する抗体(抗リン酸化PCase抗体)を含むことを特徴とする医薬組成物である。
なお、本発明は、抗リン酸化PCase抗体を用いることを特徴とする加齢性記憶障害の診断方法や、加齢性記憶障害の診断用の薬剤を製造するための抗リン酸化PCase抗体の使用を含むものである。
(1) 抗リン酸化PCase抗体
本発明の診断用医薬組成物に含まれる抗リン酸化PCase抗体についての説明は、前述した本発明の治療用及び予防用医薬組成物における説明が同様に適用できる。
(2) 抗体の配合割合
本発明の診断用医薬組成物においては、抗リン酸化PCase抗体の配合割合は特に限定はされないが、例えば、加齢性記憶障害診断薬である場合、抗リン酸化PCase抗体の配合割合は、1〜100重量%が好ましく、より好ましくは10〜100重量%である。
【0038】
(3) その他の成分
本発明の診断用医薬組成物は、抗リン酸化PCase抗体以外にも、本発明の効果が著しく損なわれない範囲で、他の構成成分を含んでいてもよく、限定はされない。加齢性記憶障害診断薬である場合、例えば、1次抗体検出用試薬、発色基質等を含むことができる。
(4) リン酸化PCaseの検出及び定量
本発明の診断用医薬組成物は、採取した被験者又は患者の生体試料(被験試料;例えば、脳脊髄液、リンパ液等)中のリン酸化PCaseを検出し定量するために用いられ、健常者における検出量との比較により加齢性記憶障害の可能性及び病状の程度を判断(診断)することができる。また、同一被験者のリン酸化PCase量を定期的にモニターすることで、加齢性記憶障害の状態(病状)を判断することもできる。
【0039】
(i) リン酸化PCaseの検出
被験試料として採取した血液等は、例えば血清分離等の処理を施しておいた後、一般には、サンプルバッファー等により、1〜100倍に希釈しておく。サンプルバッファーとしては、例えば、phosphate buffered saline等を用いることができる。
上記処理後の被験試料は、本発明の診断用医薬組成物と接触させ、抗リン酸化PCase抗体(一般にはモノクローナル抗体が好ましい)との反応に使用する。
被験試料と抗リン酸化PCase抗体との反応は、4〜30℃(好ましくは20〜25℃)で、30〜720分間(好ましくは30〜60分間)行う。
リン酸化PCaseの検出は、公知の免疫検定法(immunoassay)を、その常法に従い、利用して行うことができる。免疫検定法としては、標識化免疫測定法や免疫比濁法(TIA)があるが、なかでも前者が好ましく、例えば、ELISA等の酵素免疫検定法(EIA)のほか、放射線免疫検定法(RIA)や蛍光免疫検定法(FIA)等が好ましく挙げられる。また、標識化免疫測定法としては、他の分離方法との組合せを利用したものとして、ウエスタンブロット法(電気泳動法との組合せ)等も好ましく挙げられる。これらの中でも、ELISA及び/又はウエスタンブロット法が好ましい。また、1種又は2種以上の抗リン酸化PCaseモノクローナル抗体を用い、2種以上の免疫検定法を組み合わせて検出を行ってもよく、より一層感度及び信頼性等の高い優れた検出を行うことができる。
【0040】
(ii) リン酸化PCaseの定量
定量は、限定はされないが、抗原量(抗原濃度:リン酸化PCase濃度)とその検出値との関係に基づく検量線から、被験試料に含まれるリン酸化PCaseを定量することが好ましい。上記検量線は、精製リン酸化PCaseを抗原とし、前述した抗リン酸化PCase抗体を用いて得られる検出値(検出データ)を基に、予め作成しておく。詳しくは、検出の方法として説明した免疫検定法(ELISAやウエスタンブロット法等)と同様の方法により、抗原濃度に対する検出値の情報を取得し、これを基に作成しておくようにする。当該検量線と、実際の検出値(実測値)とを対比させることで、被験試料中のリン酸化PCase量を求めることができる。
リン酸化PCaseの定量又は検出は、市販のキットを用いることもできる。
【0041】
(iii) 加齢性記憶障害の状態の評価
本発明においては、上記のようにして定量又は検出したリン酸化PCase値を指標として、加齢性記憶障害の状態を評価することができる。すなわち、本発明は、リン酸化PCaseに対する抗体と生体試料(被験試料)とを反応させてリン酸化PCaseを検出し、得られる検出結果を指標として加齢性記憶障害の状態を評価する方法を含むものである。
ここで、「加齢性記憶障害の状態を評価する」とは、加齢性記憶障害の発病の有無、進行度、重症度、治療反応性、予後等を判断することを意味する。評価は、リン酸化PCase値のほか、自覚症状等を組み合わせて行ってもよい。定期健診のように、年に1〜2回の頻度でリン酸化PCaseを測定することにより評価することもできるが、リン酸化PCaseの推移を定期的にモニターすることで総合的に加齢性記憶障害の状態を評価することが好ましい。このような評価法として、例えば、リン酸化PCase値が一定値を超えれば何らかの治療が必要な加齢性記憶障害と診断する、既に治療中の加齢性記憶障害症例においてリン酸化PCase値が低下すれば治療が奏功していると診断する、リン酸化PCase値が一定値を超え高値で推移する症例は治療及び回復が不能であると診断する、といったことが可能になる。
【0042】

5.加齢性記憶障害の治療用及び予防用キット
加齢性記憶障害の治療及び予防を行うに当たっては、加齢性記憶障害の治療用及び予防用キットを用いることができ、例えば、構成要素として、前述した治療用及び予防用医薬組成物を含むキット(特に、抗リン酸化PCase抗体、又は、PCaseの優性阻害変異体を含むキット)を挙げることができる。
当該キットにおいて、抗リン酸化PCase抗体又はPCaseの優性阻害変異体は、安定性(保存性)及び使用容易性等を考慮して、溶解した状態で備えられていることが好ましい。
当該キットは、抗リン酸化PCase抗体やPCaseの優性阻害変異体以外に他の構成要素を含むことができる。
当該キットは、構成要素として少なくとも前述した抗リン酸化PCase抗体やPCaseの優性阻害変異体を備えているものであればよい。従って、加齢性記憶障害の治療及び予防に必須となる構成要素の全てを、当該抗リン酸化PCase抗体等と共に備えているものであってもよいし、そうでなくてもよく、限定はされない。
【0043】

6.加齢性記憶障害の診断用キット
加齢性記憶障害の診断を行うに当たっては、加齢性記憶障害の診断用キットを用いることができ、例えば、構成要素として、前述した診断用医薬組成物を含むキット(特に、抗リン酸化PCase抗体を含むキット)を挙げることができる。
当該キットにおいて、抗リン酸化PCase抗体は、安定性(保存性)及び使用容易性等を考慮して、溶解した状態で備えられていることが好ましい。
当該キットは、抗リン酸化PCase抗体以外に他の構成要素を含むことができる。他の構成要素としては、例えば1次抗体検出用試薬、発色基質等を挙げることができる。特に、ELISAを利用して検出方法を実施するためのキットである場合は、他の構成要素としては、さらに1次抗体検出用試薬、発色基質等を挙げることができ、また、ウエスタンブロット法を利用して検出方法を実施するためのキットである場合は、他の構成要素としては、さらに1次抗体検出用試薬、発色基質等を挙げることができる。
【0044】
当該キットは、構成要素として少なくとも前述した抗リン酸化PCase抗体を備えているものであればよい。従って、加齢性記憶障害の診断(リン酸化PCaseの検出)に必須となる構成要素の全てを、当該抗リン酸化PCase抗体と共に備えているものであってもよいし、そうでなくてもよく、限定はされない。
【0045】

7.形質転換体
本発明の形質転換体は、PKA触媒サブユニットをコードする遺伝子と、PCaseをコードする遺伝子とを含むものである。
本発明で言う「形質転換体」とは、宿主に外来遺伝子が導入されたものを意味し、例えば、宿主にプラスミドDNA等を導入すること(形質転換)により外来遺伝子が導入されたものや、宿主に各種ウイルス又はファージを感染させること(形質導入)により外来遺伝子が導入されたものをすべて含む意味である。
ここで使用される遺伝子は、ショウジョウバエ由来の遺伝子には限定はされず、他の動物、例えば哺乳動物、具体的にはマウスやヒト等由来の遺伝子を用いることができる。
ショウジョウバエ由来の遺伝子情報(DNA配列)は、PKA触媒サブユニット遺伝子については、FlyBase ID: FBgn0000273(gene name: CG4379)から入手可能であり、PCase遺伝子については、FlyBase ID: FBgn0027580(gene name: CG1516)から入手可能である。また、これらのアクセッション番号から入手できる全長の塩基配列のほか、コード領域(CDS)の塩基配列を使用することもできる。
【0046】
マウス由来の遺伝子情報は、PKA触媒サブユニット遺伝子に関して、PKA-CAについてはGenBankのアクセッション番号NM 008854から、PKA-CBについてはNM 011100から入手可能である。PCase遺伝子については、GenBankのアクセッション番号:NM 008797から入手可能である。また、これらのアクセッション番号から入手できる全長の塩基配列のほか、コード領域(CDS)の塩基配列を使用することもできる。
ヒト由来の遺伝子情報は、PKA触媒サブユニット遺伝子に関してPKA-CAについては、GenBankのアクセッション番号:NM 002730から、PKA-CBについてはNM 182948から入手可能である。PCase遺伝子については、GenBankのアクセッション番号:U04641から入手可能である。また、これらのアクセッション番号から入手できる全長の塩基配列のほか、コード領域(CDS)の塩基配列を使用することもできる。
宿主においてPKA触媒サブユニット及びPCaseを発現させるためには、まず、PKA触媒サブユニット遺伝子及びPCase遺伝子を発現ベクターに組込んで組換えベクターを構築することが必要である。この際、発現ベクターに組み込む上記各遺伝子には、必要に応じて、予め、上流に転写プロモーター及びKozak配列(宿主が真核細胞の場合)等を連結しておいてもよいし、下流にターミネーターを連結しておいてもよく、その他、エンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー等を連結しておくこともできる。なお、遺伝子発現に必要なこれら各要素は、元々発現ベクターに含まれている場合はそれを利用することができる。
【0047】
発現ベクターにPKA触媒サブユニット遺伝子及びPCase遺伝子を組込む方法としては、例えば、制限酵素を用いる方法や、トポイソメラーゼを用いる方法など、公知の遺伝子組換え技術を利用した各種方法が採用できる。また、発現ベクターとしては、例えば、プラスミドDNA、バクテリオファージDNA、レトロトランスポゾンDNA、レトロウイルスベクター、人工染色体DNAなど、上記各遺伝子を保持し得るものであれば限定はされず、使用する宿主に適したベクターを適宜選択して使用することができる。
次いで、構築した組換えベクターを宿主に導入して形質転換体を得、これを培養することにより、PKA触媒サブユニット及びPCaseを発現させることができる。使用できる宿主としては、限定はされず、例えば、ヒトやマウス等の各種動物細胞、各種植物細胞、細菌、酵母、植物細胞等の公知の宿主が挙げられる。
【0048】
動物細胞を宿主とする場合は、例えば、ヒト繊維芽細胞、CHO細胞、サル細胞COS-7、Vero、マウスL細胞、ラットGH3、ヒトFL細胞等が用いられる。また、Sf9細胞、Sf21細胞等の昆虫細胞を用いることもできる。
細菌を宿主とする場合、例えば、大腸菌、枯草菌等が用いられる。
酵母を宿主とする場合は、例えば、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等が用いられる。
植物細胞を宿主とする場合は、例えば、タバコBY-2細胞等が用いられる。
【0049】
形質転換体を得る方法は特に限定されず、宿主及び発現ベクターの種類及び組み合わせを考慮し、適宜選択することができるが、例えば、電気穿孔法、リポフェクション法、ヒートショック法、PEG法、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法、並びに、DNAウイルスやRNAウイルス等の各種ウイルスを感染させる方法などが好ましく挙げられる。
なお、上記形質転換体からPKA触媒サブユニットやPCaseを取得するには、形質転換体を培養し、培養物から採取すればよい。培養は、通常、5%CO2存在下、37℃で1〜30日行う。培養中は必要に応じてカナマイシンやペニシリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。培養後、PKA触媒サブユニット及びPCaseが菌体内又は細胞内に生産される場合には、菌体又は細胞を破砕することによりPKA触媒サブユニット及びPCaseを抽出する。また、PKA触媒サブユニット及びPCaseが菌体外又は細胞外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離等により菌体又は細胞を除去して残りの上清液を使用する。その後、タンパク質の単離精製に用いられる一般的な生化学的方法、例えば硫酸アンモニウム沈殿、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独で又は適宜組み合わせて用いることにより、前記培養物中からPKA触媒サブユニット及びPCaseを単離精製することができる。
【0050】

8.加齢性記憶障害の治療薬及び予防薬のスクリーニング方法
8-1.PKA触媒サブユニットの酵素活性測定を行う方法
本発明に係る加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬のスクリーニング方法のうち、PKA触媒サブユニットの酵素活性測定を行う方法について、以下に説明する。
当該スクリーニング方法の一態様としては、例えば、(a) 候補物質の存在下で、PKA触媒サブユニットの酵素活性を測定し、(b) 得られる測定結果(例えば、当該酵素活性の阻害の程度)を指標として上記治療薬及び/又は予防薬をスクリーニングする方法が挙げられる。
当該方法において、PKA触媒サブユニットの酵素活性とは、PKA触媒サブユニットが基質となるPCaseをリン酸化する活性を意味し、当該活性の測定法としては、生成物(酵素反応物)であるリン酸化PCaseの量を測定する(定量する)方法が好ましい。
【0051】
当該方法で使用されるPKA触媒サブユニットとしては、例えば、前記7.項において説明した形質転換体の培養物から採取されたものなどの、精製PKA触媒サブユニットが好ましい。当該方法では、PKA触媒サブユニットとその基質となるPCaseとを各々予め調製しておき、これらを候補物質の存在下で反応させる。この反応に際しては、基質と酵素との反応条件(温度、pH、基質の添加量など)は、限定はされず、公知の反応条件等を参酌して適宜設定することができる。
当該方法で使用される候補物質としては、限定はされず、例えば、天然又は人為的に合成された各種ペプチド、タンパク質(酵素や抗体を含む)、核酸(ポリヌクレオチド(DNA、RNA)、オリゴヌクレオチド(siRNA等)、ペプチド核酸(PNA)など)、低分子又は高分子有機化合物等を用いることができる。
また、当該スクリーニング方法の別の態様としては、例えば、(a) 前記7.項において説明した形質転換体に候補物質を接触させて、当該形質転換体由来のPKA触媒サブユニットの酵素活性を測定し、(b) 得られる測定結果(例えば、当該酵素活性の阻害の程度)を指標として上記治療薬及び/又は予防薬をスクリーニングする方法が挙げられる。
【0052】
当該方法における、PKA触媒サブユニットの酵素活性及び当該活性の測定法については、前記と同様である。また、当該方法で使用される候補物質についても、前記と同様である。
当該方法で使用される形質転換体は、PKA触媒サブユニットとその基質となるPCaseとを共に発現し得るものである。よって、当該方法でいう形質転換体由来のPKA触媒サブユニットの酵素活性とは、当該形質転換体由来のPKA触媒サブユニットが当該形質転換体由来のPCaseをリン酸化する酵素活性であることが好ましい。ここで、「形質転換体由来のPKA触媒サブユニット」及び「形質転換体由来のPCase」とは、宿主に導入されたPKA触媒サブユニット遺伝子及びPCase遺伝子が発現することにより得られるPKA触媒サブユニット及びPCaseを意味し、宿主内に蓄積されるPKA触媒サブユニット及びPCaseと、宿主から分泌されるPKA触媒サブユニット及びPCaseとの両者を含む意味である。
宿主内にPKA触媒サブユニット及びPCaseが蓄積される場合は、例えば上記形質転換体を細胞溶解剤で処理した上で候補物質を添加することで、当該形質転換体により生成されたPKA触媒サブユニットに候補物質が作用する。このときのPKA触媒サブユニットの酵素活性を測定し、得られる測定結果を指標として加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬をスクリーニングすることができる。
【0053】
宿主からPKA触媒サブユニット及びPCaseが分泌される場合は、上記形質転換体に候補物質を接触させることで、当該形質転換体により分泌されたPKA触媒サブユニットに候補物質が作用する。このときのPKA触媒サブユニットの酵素活性を測定し、得られる測定結果を指標として加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬をスクリーニングすることができる。
形質転換体由来のPKA触媒サブユニットの酵素活性測定に際しては、形質転換体は前記の通り適当な培養条件下で培養したものを用いることができ、また、基質と酵素との反応条件(温度、pH、基質の添加量など)は、特に限定はされず、公知の反応条件等を参酌して適宜設定することができる。さらに、形質転換体に候補物質を接触させる際の各種条件(温度、pH、候補物質の添加量及び添加のタイミングなど)についても、特に限定はされず、適宜設定することができる。
【0054】
上述した本発明のスクリーニング方法において、酵素反応物(生成物)であるリン酸化PCaseの定量は、限定はされないが、ウエスタンブロット法、免疫沈降法、ELISA(Enzyme-linked immunosorbent assay)法、及びラジオイムノアッセイ法等の、公知の標準的な抗体アッセイ法を用いて測定することができる。また、免疫沈降法と、MALDI(Matrix Assisted Laser Desorption / Ionization)-TOF(Time of flight) 又は MALDI-TOF/MS(Time of flight mass spectrometry: 飛行時間型質量分析装置)とを組み合わせて用いることもでき、内部標準物質を用いて検量線を作成して定量することができる。この際、使用する抗体は、直接検出できるよう各種標識化することができ(放射性同位体、酵素、蛍光剤、化学発光剤など)、あるいは、抗体の結合を検出する二次抗体又は試薬と組み合わせて用いることができる。抗体結合による検出には、ビオチンと西洋ワサビペルオキシダーゼ結合アビジンを利用することができ、あるいは、フルオレセイン、ローダミン又はテキサスレッド等の蛍光化合物と結合した二次抗体などを利用することができる。
【0055】
上述した本発明のスクリーニング方法では、得られた酵素活性の測定結果を指標として、加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬のスクリーニングを行うが、具体的には、候補物質の存在下での酵素活性と、候補物質の非存在下での酵素活性とを比較することにより行うことが好ましい。前者の酵素活性が後者の酵素活性より有意に低下している場合、使用した候補物質は、加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬として選択することができる。当該スクリーニングは、候補物質の存在下での酵素活性のみを指標として行うこともできる。例えば、候補物質の存在下において酵素活性が全くあるいは殆ど測定されなかった場合、使用した候補物質は、加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬としてスクリーニングすることができる。
【0056】
本発明のスクリーニング方法により得られる加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬は、PKA触媒サブユニットの酵素活性を阻害するもの、又は当該PKA触媒サブユニットとその基質(PCase)との結合を阻害するものであると言える。よって、本発明のスクリーニング方法は、PKA触媒サブユニットの酵素活性阻害物質をスクリーニングする方法、又はPKA触媒サブユニットとその基質との結合阻害物質をスクリーニングする方法として用いることもできる。ここで、上記の酵素活性阻害物質及び結合阻害物質としては、PKA触媒サブユニットに対して特異的な阻害物質であり、かつ、PKA触媒サブユニットに類似する酵素(例えばPKC等)に対しては阻害作用を示さない物質であるものが、特に好ましい。
【0057】
8-2.PCase又はリン酸化PCaseの酵素活性測定を行う方法
本発明に係る加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬のスクリーニング方法のうち、PCase又はリン酸化PCaseの酵素活性測定を行う方法について、以下に説明する。
当該スクリーニング方法の一態様としては、例えば、(a) 候補物質の存在下で、PCase又はリン酸化PCaseの酵素活性を測定し、(b) 得られる測定結果(例えば、当該活性の阻害の程度)を指標として上記治療薬及び/又は予防薬をスクリーニングする方法が挙げられる。
当該方法において、PCaseの酵素活性とは、PCaseが基質となるピルビン酸からオキサロ酢酸を生成する活性を意味し、またリン酸化PCaseの酵素活性も同様に、リン酸化PCaseが基質となるピルビン酸からオキサロ酢酸を生成する活性を意味する。これら活性の測定法としては、生成物(酵素反応物)であるオキサロ酢酸の量を測定する(定量する)方法が好ましいが、これに限定されるものではない。例えば、in vitroでなくin vivoでのPCase活性を測定する場合、基質となるピルビン酸の残存量や、オキサロ酢酸に変換されなかったピルビン酸から生成されるアセチル-CoAや乳酸の定量などもオキサロ酢酸定量の代替として考慮できる。
【0058】
当該方法で使用されるPCase及びリン酸化PCaseとしては、例えば、前記7.項において説明した形質転換体の培養物から採取されたものなどの、精製PCase及び精製リン酸化PCaseが好ましい。当該方法では、PCase及びリン酸化PCaseとその基質となるピルビン酸とを各々予め準備又は調製しておき、これらを候補物質の存在下で反応させる。この反応に際しては、基質と酵素との反応条件(温度、pH、基質の添加量など)は、限定はされず、公知の反応条件等を参酌して適宜設定することができる。
当該方法で使用される候補物質としては、限定はされず、例えば、天然又は人為的に合成された各種ペプチド、タンパク質(酵素や抗体を含む)、核酸(ポリヌクレオチド(DNA、RNA)、オリゴヌクレオチド(siRNA等)、ペプチド核酸(PNA)など)、低分子又は高分子有機化合物等を用いることができる。
また、当該スクリーニング方法の別の態様としては、例えば、(a) 前記7.項において説明した形質転換体に候補物質を接触させて、リン酸化PCaseの酵素活性を測定し、(b) 得られる測定結果(例えば、当該活性の阻害の程度)を指標として上記治療薬及び/又は予防薬をスクリーニングする方法が挙げられる。
【0059】
当該方法における、リン酸化PCaseの酵素活性及び当該活性の測定法については、前記と同様である。また、当該方法で使用される候補物質についても、前記と同様である。
当該方法で使用される形質転換体は、PKA触媒サブユニットとその基質となるPCaseとを共に発現し得るものであり、これらの反応条件(温度、pH、基質の添加量など)を公知の反応条件等を参酌して適宜設定することにより、生成物(酵素反応物)としてリン酸化PCaseが得られる。よって、当該方法でいうリン酸化PCaseの酵素活性とは、当該形質転換体由来のPKA触媒サブユニットと当該形質転換体由来のPCaseとの反応により得られたリン酸化PCase(ひいては当該形質転換体由来のリン酸化PCase)の酵素活性であることが好ましい。なお、このようにして得られるリン酸化PCaseは、宿主内に蓄積されるリン酸化PCaseと、宿主から分泌されるリン酸化PCaseとの両者を含む。
【0060】
宿主内にリン酸化PCaseが蓄積される場合は、例えば上記形質転換体を細胞溶解剤で処理した上で候補物質を添加することで、当該リン酸化PCaseに候補物質が作用する。このときのリン酸化PCaseの酵素活性を測定し、得られる測定結果を指標として加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬をスクリーニングすることができる。
宿主からリン酸化PCaseが分泌される場合は、上記形質転換体に候補物質を接触させることで、当該形質転換体により分泌されたリン酸化PCaseに候補物質が作用する。このときのリン酸化PCaseの酵素活性を測定し、得られる測定結果を指標として加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬をスクリーニングすることができる。
形質転換体由来のリン酸化PCaseの酵素活性測定に際しては、形質転換体は前記の通り適当な培養条件下で培養したものを用いることができ、また、基質(ピルビン酸)と酵素(リン酸化PCase)との反応条件(温度、pH、基質の添加量など)は、特に限定はされず、公知の反応条件等を参酌して適宜設定することができる。さらに、形質転換体に候補物質を接触させる際の各種条件(温度、pH、候補物質の添加量及び添加のタイミングなど)についても、特に限定はされず、適宜設定することができる。
【0061】
上述した本発明のスクリーニング方法において、酵素反応物(生成物)であるオキサロ酢酸の定量は、限定はされないが、リンゴ酸脱水素酵素(MDH)による「オキサロ酢酸 + NADH → リンゴ酸 + NAD+」の反応を利用して、NADHの340nmの吸収を測定することで定量することができる。
上述した本発明のスクリーニング方法では、得られた酵素活性の測定結果を指標として、加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬のスクリーニングを行うが、具体的には、候補物質の存在下での酵素活性と、候補物質の非存在下での酵素活性とを比較することにより行うことが好ましい。前者の酵素活性が後者の酵素活性より有意に低下している場合、使用した候補物質は、加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬として選択することができる。当該スクリーニングは、候補物質の存在下での酵素活性のみを指標として行うこともできる。例えば、候補物質の存在下において酵素活性が全くあるいは殆ど測定されなかった場合、使用した候補物質は、加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬としてスクリーニングすることができる。
【0062】
本発明のスクリーニング方法により得られる加齢性記憶障害の治療薬及び/又は予防薬は、PCase又はリン酸化PCaseの酵素活性を阻害するもの、あるいは当該PCase又はリン酸化PCaseとその基質(ピルビン酸)との結合を阻害するものであると言える。よって、本発明のスクリーニング方法は、PCase又はリン酸化PCaseの酵素活性阻害物質をスクリーニングする方法、あるいはPCase又はリン酸化PCaseとその基質との結合阻害物質をスクリーニングする方法として用いることもできる。ここで、上記の酵素活性阻害物質及び結合阻害物質としては、PCase又はリン酸化PCaseに対して特異的な阻害物質であり、かつ、PCase又はリン酸化PCaseに類似する酵素に対しては阻害作用を示さない物質であるものが、特に好ましい。
【0063】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0064】
加齢に伴うPCaseのリン酸化の亢進及び抑制の確認
1.材料及び方法
<ショウジョウバエ>
ショウジョウバエの寿命は約30日、野生型では加齢性記憶障害は羽化後20日で顕在化する。そこで若齢体として羽化後2〜3日、老齢体として羽化後20日のハエの頭部より、内在タンパクを調製した。
<デファレンシャル二次元SDS-PAGE>
デファレンシャル二次元SDS-PAGEは、Ettan DIGEシステム(GE healthcare) を用いて行った。発現プロファイルを比較する2種のタンパク質抽出物を、それぞれCy3又はCy5で標識化した。次いで、それらを混合して、一次元目の等電点電気泳動を行った後、一次元目に用いたdry stripゲル(GE healthcare)を二次元目のSDS-PAGEに用いた。これにより、2種のタンパク質サンプルを同一ゲルにおいて再現性よく且つ正確に定量した。各タンパク質スポットの検出及び定量は、Typhoon laser scanner及びimage master platinum software (GE healthcare) を用いて行った。なお、その他の詳細については、二次元電気泳動(2D-DIGE)の常法、及び前記システムに添付のマニュアルの記載に従って行った。
【0065】
2.結果
図1中、黒点線上のスポットはPCaseタンパク質である。PKA触媒サブユニットが野生型の場合(+/+)は、加齢に伴い(Young→Aged)、白矢頭により示されるようにPCaseのリン酸化が亢進する(より左側のスポットにシフトする)結果が得られた。一方、PKA触媒サブユニットが変異型(機能欠損型)の場合(DC0B3/+)は、加齢に伴うPCaseのリン酸化が顕著に抑制される結果が得られた。また、DC0B3/+では、さらに右側にスポット(黒矢頭)が現れる結果が得られたが、この結果は、PKA触媒サブユニットが野生型の場合(+/+)はPCaseが定常的にリン酸化されていることを示すと考えられ、加齢により更にリン酸化が亢進すると考えられた。なお、赤矢頭は、DC0B3/+において発現が特異的に高いタンパク質(NinaC)を示す。
【実施例2】
【0066】
PCase変異による加齢性記憶障害の抑制効果の確認
1.材料及び方法
<記憶テスト>
匂いと電気ショックを組み合わせた、パブロフ型匂い条件付けを行った。即ち、トレーニングチャンバーに入れた約100匹のハエに対して、匂い1を1分間、電気ショックと共に与えた。次に、別の匂い2を1分間、電気ショックなしで与えることで、ハエに匂い1が危険な匂いであることを「学習」させた。記憶テストでは、匂い1と匂い2を同時に与えてどちらかを選択させた。全てのハエが正解(匂い2)を選べば(全てのハエが匂い2に向かえば)記憶スコア(Memory index)は100となるが、匂い1と匂い2とを均等に選べば記憶スコアは0となる。加齢性記憶障害を示す加齢体では、学習後1時間での記憶テストのスコアが極めて低くなることが既に分かっている。そこで、ここでは学習後1時間で記憶テストを行い加齢性記憶障害の発現を評価した。
【0067】
2.結果
図2に示す通り、PCaseが野生型の場合(WT)は、15日齢から顕著な記憶スコアの低下が見られたが、PCaseが変異型の場合(PCCB0292-3/+)は、30日齢になるまで顕著な記憶スコアの低下が見られず、加齢性記憶障害が抑制されることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸化ピルビン酸カルボキシラーゼを含むことを特徴とする、加齢性記憶障害マーカー。
【請求項2】
リン酸化ピルビン酸カルボキシラーゼに対する抗体を含むことを特徴とする、加齢性記憶障害の診断用医薬組成物。
【請求項3】
リン酸化ピルビン酸カルボキシラーゼに対する抗体を含むことを特徴とする、加齢性記憶障害の治療及び/又は予防用医薬組成物。
【請求項4】
ピルビン酸カルボキシラーゼの優性阻害変異体を含むことを特徴とする、加齢性記憶障害の治療及び/又は予防用医薬組成物。
【請求項5】
請求項2記載の組成物を含むことを特徴とする、加齢性記憶障害の診断用キット。
【請求項6】
請求項3若しくは4記載の組成物を含むことを特徴とする、加齢性記憶障害の治療及び/又は予防用キット。
【請求項7】
リン酸化ピルビン酸カルボキシラーゼに対する抗体と生体試料とを反応させてリン酸化ピルビン酸カルボキシラーゼを検出し、得られる検出結果を指標として加齢性記憶障害の状態を評価する方法。
【請求項8】
プロテインキナーゼA触媒サブユニットをコードする遺伝子と、ピルビン酸カルボキシラーゼをコードする遺伝子とを含む、形質転換体。
【請求項9】
請求項8記載の形質転換体に候補物質を接触させて、当該形質転換体由来のプロテインキナーゼA触媒サブユニットの酵素活性を測定し、得られる測定結果を指標として加齢性記憶障害の治療及び/又は予防薬をスクリーニングする方法。
【請求項10】
候補物質の存在下で、プロテインキナーゼA触媒サブユニットの酵素活性を測定し、得られる測定結果を指標として加齢性記憶障害の治療及び/又は予防薬をスクリーニングする方法。
【請求項11】
前記酵素活性は、プロテインキナーゼA触媒サブユニットがピルビン酸カルボキシラーゼのリン酸化を亢進する活性である、請求項9又は10記載の方法。
【請求項12】
請求項8記載の形質転換体に候補物質を接触させて、リン酸化ピルビン酸カルボキシラーゼの酵素活性を測定し、得られる測定結果を指標として加齢性記憶障害の治療及び/又は予防薬をスクリーニングする方法。
【請求項13】
候補物質の存在下で、ピルビン酸カルボキシラーゼ又はリン酸化ピルビン酸カルボキシラーゼの酵素活性を測定し、得られる測定結果を指標として加齢性記憶障害の治療及び/又は予防薬をスクリーニングする方法。
【請求項14】
前記酵素活性は、ピルビン酸を基質としてオキサロ酢酸を生成する活性である、請求項12又は13記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−259369(P2010−259369A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−112761(P2009−112761)
【出願日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第31回日本分子生物学会年会・第81回日本生化学会大会 「第31回日本分子生物学会年会・第81回日本生化学会大会 合同大会 講演要旨集」 2008年11月20日、http://dept.biol.metro−u.ac.jp/bioforum.html 平成20年11月24日、弘前国際医学フォーラム 第11回学術集会 国立大学法人弘前大学 平成21年3月27日
【出願人】(591063394)財団法人 東京都医学研究機構 (69)
【Fターム(参考)】