説明

劣化解析方法

【課題】高分子材料の劣化状態、特に表面状態の劣化状態について、詳細に解析できる劣化解析方法を提供する。
【解決手段】高輝度X線を高分子材料に照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収量を測定することにより、高分子の劣化状態を解析する劣化解析方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子材料について、劣化状態を解析する劣化解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジエン系ゴムを1種類以上含む高分子材料の劣化による化学状態の変化を評価するために、一般的に赤外分光法(FT−IR)、磁気共鳴法(NMR)、X線光電子分光(XPS)などの方法が用いられている。FT−IRやNMRは詳細な化学状態を調べられるが、得られる情報がバルク情報のため、試料表面から進行する劣化の詳細な化学状態を調べることが困難である。
【0003】
それに対してXPSは表面敏感な手法であるため、劣化による化学状態の変化を調べるのに有効だと考えられる。XPS測定による劣化分析評価の一例として、図1においてブタジエンゴム(BR)の新品、オゾン劣化品、酸素劣化品の炭素の1s軌道におけるXPS測定結果が示されている(BRの炭素原子のK殻吸収端)。
【0004】
図1によると、XPS測定では、C=C結合(二重結合)のピークとC−C結合(単結合)のピークが285eV付近で重なるため、これら化学状態の違いを分離することができない。そのため、劣化によって減少したC=C(二重結合)を定量することが困難であった。また、図2にBRの酸素原子のK殻吸収端のXPS測定結果を示しているが、オゾン劣化品と酸素劣化品のスペクトルに違いが見られない。そのためXPSによる詳細な劣化状態解析は困難であった。
【0005】
一方、ポリマーのX線吸収スペクトルについても非特許文献1〜3などで開示されているとおり、これまでも測定されてきた。しかし、上記文献を含め、X線吸収スペクトルにより劣化要因の分離を行うことができるという報告はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】O.Dhez,H.Ade,S.G.Urquhart.J.Electron Spectrosc.Relat.Phenom.,2003,128,85−96
【非特許文献2】Robert J.Klein,Daniel A.Fischer,and Joseph L.Lenhart.Langmuir.,2008,24,8187−8197
【非特許文献3】岡島敏浩、表面科学.,2002 Vol.23,No.6,356−366
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記課題を解決し、高分子材料の劣化状態、特に表面状態の劣化状態について、詳細に解析できる劣化解析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、高輝度X線を高分子材料に照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収量を測定することにより、高分子の劣化状態を解析する劣化解析方法に関する。
【0009】
上記高分子材料として、1種類以上のジエン系ゴムを含むゴム材料、又は上記ゴム材料と1種類以上の樹脂とが複合された複合材料を使用することが好ましい。
また、上記高輝度X線は、光子数が10(photons/s)以上、輝度が1010(photons/s/mrad/mm/0.1%bw)以上であることが好ましい。更に、上記高輝度X線を用いて走査するエネルギー範囲が4000eV以下であることが好ましい。
【0010】
上記劣化解析方法は、上記高輝度X線のエネルギーを260〜400eVの範囲において炭素原子のK殻吸収端の必要な範囲を走査することによって得られるX線吸収スペクトルに基づいて下記(式1)により規格化定数α及びβを算出し、該規格化定数α及びβを用いて補正された炭素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルを波形分離し、得られた285eV付近のπ遷移に帰属されるピーク面積を用いて下記(式2)により劣化度合を求めるものであることが好ましい。
(式1)
[劣化前の試料における測定範囲のX線吸収スペクトルの全面積]×α=1
[劣化後の試料における測定範囲のX線吸収スペクトルの全面積]×β=1
(式2)
[1−[(劣化後のπのピーク面積)×β]/[(劣化前πのピーク面積)×α]]×100=劣化度合(%)
上記劣化率分析方法では、上記ピーク面積に代えてピーク強度を用いてもよい。
【0011】
上記劣化解析方法は、上記高輝度X線のエネルギーを500〜600eVの範囲で走査することによって得られる酸素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルを波形分離し、ピークトップのエネルギーが532〜532.7eVの範囲にある低エネルギー側ピークを酸素劣化、532.7〜534eVの範囲にある高エネルギー側ピークをオゾン劣化とし、下記(式3)によって酸素劣化とオゾン劣化の寄与率を算出するものであることが好ましい。
(式3)
[酸化劣化のピーク面積]/[(オゾン劣化のピーク面積)+(酸化劣化のピーク面積)]×100=酸素劣化寄与率(%)
[オゾン劣化のピーク面積]/[(オゾン劣化のピーク面積)+(酸化劣化のピーク面積)]×100=オゾン劣化寄与率(%)
上記劣化寄与率分析方法では、上記ピーク面積に代えてピーク強度を用いてもよい。
【0012】
上記劣化解析方法は、劣化後の炭素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルに基づいて下記(式4)により規格化定数γを求め、該規格化定数γを用いて酸素原子のK殻吸収端の全ピーク面積を補正することにより、酸素及びオゾンが高分子材料に結合した量を求めるものであることが好ましい。
(式4)
[炭素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルの全面積]×γ=1
[酸素原子のK殻吸収端のピーク面積]×γ=酸素及びオゾンが結合した量(指数)
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高輝度X線を高分子材料に照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収量を測定することにより、高分子の劣化状態を解析する劣化解析方法であるので、高分子材料の劣化状態、特に表面状態の劣化状態を詳細に分析できる。そのため、高分子材料の劣化に関し、劣化度合(%)、酸素劣化とオゾン劣化の寄与率、酸素及びオゾンが高分子材料に結合した量(劣化指標)を測定できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】ブタジエンゴムの新品、オゾン劣化品及び酸素劣化品の炭素の1s軌道におけるXPS測定結果を示したグラフ。
【図2】ブタジエンゴムのオゾン劣化品及び酸素劣化品の酸素原子のK殻吸収端のXPS測定結果を示したグラフ。
【図3】ブタジエンゴムの新品、オゾン劣化を7時間実施した試料及び酸素劣化を1週間実施した試料の炭素原子のK殻吸収端のNEXAFS測定結果を示したグラフ(規格化前)。
【図4】ブタジエンゴムの新品、オゾン劣化を7時間実施した試料及び酸素劣化を1週間実施した試料の炭素原子のK殻吸収端のNEXAFS測定結果を示したグラフ(規格化後)。
【図5】ブタジエンゴムにオゾン劣化を7時間実施した試料及び酸素劣化を1週間実施した試料の酸素原子のK殻吸収端付近のNEXAFS測定結果を示したグラフ。
【図6】ブタジエンゴムに複合劣化(酸素劣化とオゾン劣化)させた試料の酸素原子のK殻吸収端付近のNEXAFS測定結果を示したグラフ。
【図7】1時間及び7時間オゾン劣化したブタジエンゴムの試料のNEXAFS測定結果を示したグラフ(規格化後)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の劣化解析方法は、高輝度X線を高分子材料に照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収量を測定することにより、高分子の劣化状態を解析する方法である。ゴムなどの高分子材料の劣化要因として、紫外線、酸素、オゾン、熱などによるポリマー分子鎖の劣化、架橋構造の劣化などが知られているが、耐劣化性を改良するためには、どの要因によってポリマー分子鎖、架橋構造がどのように変化するかを知ることが重要である。
【0016】
この点について上記劣化解析方法は、FT−IR、NMR、ラマン分光法、XPSなどの従来手法より詳細な化学状態を調べるために高輝度X線を用いることに着目したものであり、新品及び劣化後の高分子材料に対してそれぞれ高輝度X線をエネルギーを変えながら照射し、X線吸収量を測定して得られた各スペクトルを比較することで、劣化後の高分子材料の劣化状態を解析できる方法である。
【0017】
具体的には、高輝度X線を用いて着目している特定元素の吸収端付近のX線吸収スペクトルを測定する(NEXAFS(吸収端近傍X線吸収微細構造):Near Edge X−ray Absorption Fine Structure)手法を採用でき、軟X線は軽元素の吸収を持つため、ソフトマテリアルの化学状態を詳細に解析できる。
【0018】
NEXAFS法は、X線エネルギーで走査するため光源には連続X線発生装置が必要であり、詳細な化学状態を解析するには高いS/N比及びS/B比のX線吸収スペクトルを測定する必要がある。そのため、シンクロトロンから放射されるX線は、少なくとも1010(photons/s/mrad/mm/0.1%bw)以上の輝度を有し、且つ連続X線源であるため、NEXAFS測定には最適である。尚、bwはシンクロトロンから放射されるX線のband widthを示す。
【0019】
上記高輝度X線の輝度(photons/s/mrad/mm/0.1%bw)は、好ましくは1010以上、より好ましくは1012以上である。上限は特に限定されないが、放射線ダメージがない程度以下のX線強度を用いることが好ましい。
【0020】
また、上記高輝度X線の光子数(photons/s)は、好ましくは10以上、より好ましくは10以上である。上限は特に限定されないが、放射線ダメージがない程度以下のX線強度を用いることが好ましい。
【0021】
上記高輝度X線を用いて走査するエネルギー範囲は、好ましくは4000eV以下、より好ましくは1500eV以下、更に好ましくは1000eV以下である。4000eVを超えると、目的とする高分子複合材料中の劣化状態解析ができないおそれがある。下限は特に限定されない。
【0022】
測定は超高真空中に設置した試料に軟X線を照射することで光電子が飛び出し、それを補うためにグラウンドから電子が流れ、その試料電流を測定するという方法で実施できる。そのため、表面敏感ではあるが、測定可能な試料の条件として真空中でガスを出さないこと、導電性であることが挙げられるので、これまでは結晶や分子吸着の研究が主であり、ガスを出しそうでかつ絶縁体であるゴム試料の研究はほとんど行われていない。
【0023】
しかし、同じ表面敏感な手法であるESCAは原子の内殻を見ているため高分子の劣化状態を詳細に分離することが難しいのに対し、NEXAFSは原子と原子が影響する外殻を見ておりESCAと比べて調査する元素に結合した元素の影響を大きく受けるため、個々の分子状態を分離することが可能で、劣化要因の分離が可能であると考え、本発明に至ったものである。
【0024】
具体的には、以下に述べる方法で実施できる。
試料をサンプルホルダーに取り付けた後、X線吸収測定を行うための真空チャンバーに設置する。その後、シンクロトロンから放射された連続X線を分光器で単色化し試料に照射する。この時、試料表面から真空中に二次電子・光電子が脱出するが、失った電子を補うためにグランドから電子が補充される。ここで、グラウンドから流れた電流をX線吸収強度Iとし、ビームラインの光学系に設置された金メッシュの電流を入射X線強度Iとし、下記(式5)からX線吸収量μLを求めた(電子収量法)。尚、本手法はLanbert−Beerの式が適用できるが、電子収量法の場合には、近似的に(式5)が成立すると考えられている。

【0025】
NEXAFSの測定方法には次の3つの方法が代表的に用いられている。本発明の実施例では、電子収量法を用いて実施したが、これに限定されるものではなく、様々な検出方法を用いてもよく、組み合わせて同時計測してもよい。
【0026】
(透過法)
試料を透過してきたX線強度を検出する方法である。透過光強度測定には、フォトダイオードアレイ検出器などが用いられる。
【0027】
(蛍光法)
試料にX線を照射した際に発生する蛍光X線を検出する方法である。前記透過法の場合、試料中の含有量が少ない元素のX線吸収測定を行うと、シグナルが小さい上に含有量の多い元素のX線吸収によりバックグラウンドが高くなるためS/B比の悪いスペクトルとなる。それに対し蛍光法(特にエネルギー分散型検出器などを用いた場合)では、目的とする元素からの蛍光X線のみを測定することが可能であるため、含有量が多い元素の影響が少ない。そのため、含有量が少ない元素のX線吸収スペクトル測定を行う場合に有効的である。また、蛍光X線は透過力が強い(物質との相互作用が小さい)ため、試料内部で発生した蛍光X線を検出することが可能となる。そのため、本手法は透過法に次いでバルク情報を得る方法として最適である。
【0028】
(電子収量法)
試料にX線を照射した際に流れる電流を検出する方法である。そのため試料が導電物質である必要がある。高分子材料は絶縁物であるため、今まで高分子材料のX線吸収測定は、蒸着やスピンコートなどによって試料をごく薄く基板に乗せた物を用いることがほとんどだったが、本発明では、高分子材料をミクロトームで100μm以下、好ましくは10μm以下、より好ましくは1μm以下、更に好ましくは500nm以下に加工(カット)することでS/B比及びS/N比の高い測定を実現できる。
【0029】
また、電子収量法の特徴として表面敏感(試料表面の数nm程度の情報)であるという点が挙げられる。試料にX線を照射すると元素から電子が脱出するが、電子は物質との相互作用が強いため、物質中での平均自由行程が短い。
【0030】
上記の電子収量法を用いて高分子材料のX線吸収スペクトル測定を行い解析することで、劣化度合(%)、酸素劣化及びオゾン劣化の寄与率(%)、酸素・オゾンが結合した量(劣化指標)を分析できる。以下、それぞれについて説明する。
【0031】
上記劣化解析方法として、例えば、上記高輝度X線のエネルギーを260〜400eVの範囲において炭素原子のK殻吸収端の必要な範囲を走査することによって得られるX線吸収スペクトルに基づいて下記(式1)により規格化定数α及びβを算出し、該規格化定数α及びβを用いて補正された炭素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルを波形分離し、得られた285eV付近のπ遷移に帰属されるピーク面積を用いて下記(式2)により劣化度合を求める方法が挙げられる。
(式1)
[劣化前の試料における測定範囲のX線吸収スペクトルの全面積]×α=1
[劣化後の試料における測定範囲のX線吸収スペクトルの全面積]×β=1
(式2)
[1−[(劣化後のπのピーク面積)×β]/[(劣化前πのピーク面積)×α]]×100=劣化度合(%)
これにより、劣化後の高分子の劣化度合(%)が得られ、劣化率を分析できる。ここで、上記劣化度合を求める方法において、上記高輝度X線のエネルギーを260〜350eVの範囲にすることが好ましい。なお、上記劣化度合を求める方法では、上記(式1)の操作を行う前に、吸収端前のスロープから評価してバックグランドを引くことが行われる。
【0032】
上記劣化度合を求める方法において、上記(式1)におけるX線吸収スペクトルの全面積は、測定範囲内のスペクトルを積分したものであり、測定条件等によってエネルギー範囲は変えることができる。
【0033】
上記劣化度合を求める方法について、BRの新品、オゾン劣化を7時間実施した試料、酸素劣化を1週間実施した試料を用いた例を用いて具体的に説明する。
これらの試料の炭素原子のK殻吸収端のNEXAFS測定結果を図3に示す。図3のように、劣化した試料では285eV付近のπのピークが新品と比較して小さくなるが、NEXAFS法は絶対値測定が困難である。その理由は、光源からの試料の距離などの微妙な変化がX線吸収スペクトルの大きさに影響を与えるためである。以上の理由により、炭素原子のK殻吸収端のNEXAFS測定結果については、試料間の単純な比較ができない。
【0034】
そこで、測定した試料間のX線吸収スペクトルを比較するために以下の様に規格化を行った(直接比較できるように各試料のX線吸収スペクトルを補正した)。劣化前後で炭素殻のX線吸収量は変わらないことから、上記(式1)を用いて、炭素原子のK殻吸収端のピーク面積が1となるように規格化する。つまり、先ず規格化前のX線吸収スペクトルについて(式1)をもとに規格化定数α、βを算出し、次いで規格化前のX線吸収スペクトルにα、βを乗じたスペクトルに補正(規格化)することで、試料間のπのピークを直接比較できる。
【0035】
このようにして得られた規格化後の炭素原子のK殻吸収端のスペクトルを図4に示す。規格化したスペクトルから劣化度合を上記(式2)を用いて決定する。上記劣化度合は、劣化前から劣化後へのπのピークの減少率であり、試料の劣化率(%)を示している。
【0036】
なお、上記劣化度合を求める方法では、上記(式2)においてピーク面積に代えてピーク強度を用いても同様に劣化度合を求めることができる。
【0037】
また、上記劣化解析方法としては、上記高輝度X線のエネルギーを500〜600eVの範囲で走査することによって得られる酸素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルを波形分離し、ピークトップのエネルギーが532〜532.7eVの範囲にある低エネルギー側ピークを酸素劣化、532.7〜534eVの範囲にある高エネルギー側ピークをオゾン劣化とし、下記(式3)によって酸素劣化とオゾン劣化の寄与率を算出する方法も挙げられる。
(式3)
[酸化劣化のピーク面積]/[(オゾン劣化のピーク面積)+(酸化劣化のピーク面積)]×100=酸素劣化寄与率(%)
[オゾン劣化のピーク面積]/[(オゾン劣化のピーク面積)+(酸化劣化のピーク面積)]×100=オゾン劣化寄与率(%)
これにより、劣化後の高分子材料における酸素劣化及びオゾン劣化の寄与率(%)が得られ、それぞれの劣化要因の寄与率を分析できる。なお、上記寄与率を算出する方法では、上記(式3)の操作を行う前に、吸収端前のスロープから評価してバックグランドを引くことが行われる。
【0038】
上記寄与率を算出する方法について、BRの新品、オゾン劣化を7時間実施した試料、酸素劣化を1週間実施した試料を用いた例を用いて具体的に説明する。
先ず、図1に示したBRの新品、オゾン劣化を7時間実施した試料、酸素劣化を1週間実施した試料について、酸素原子のK殻吸収端付近のNEXAFS測定を行った結果を図5に示す。このようにオゾン劣化させた試料は532.7〜534eVにピークを持ち、酸素劣化させた試料は532〜532.7eVにピークを持ち、2つのピークのうち高エネルギー側のピークがオゾン劣化、低エネルギー側のピークが酸素劣化に帰属されることが判明した。
【0039】
更に図6に複合劣化(酸素劣化とオゾン劣化)させた試料のNEXAFS測定結果を示す。図6のように532〜534eVに2つ肩を持つピークが検出された。これは酸素劣化に起因する低エネルギー側ピーク(532〜532.7eV)とオゾン劣化に起因する高エネルギー側ピーク(532.7〜534eV)が重なっていると考えられる。そこでピーク分離を行った後、上記(式3)を用いて酸素劣化及びオゾン劣化の寄与率を決定した。これにより、酸素及びオゾン劣化が共に進行した試料について、両劣化要因のうちの酸素劣化割合及びオゾン劣化割合を分析できる。
【0040】
なお、上記寄与率を算出する方法では、上記(式3)においてピーク面積に代えてピーク強度を用いても同様に酸素劣化とオゾン劣化の劣化寄与率を求めることができる。
【0041】
更に、上記劣化解析方法としては、劣化後の炭素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルに基づいて下記(式4)により規格化定数γを求め、該規格化定数γを用いて酸素原子のK殻吸収端の全ピーク面積を補正することにより、酸素及びオゾンが高分子材料に結合した量を求める方法も挙げられる。
(式4)
[炭素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルの全面積]×γ=1
[酸素原子のK殻吸収端のピーク面積]×γ=酸素及びオゾンが結合した量(指数)
これにより、劣化により高分子材料に結合した酸素・オゾン量が測定され、劣化指標とすることができる。
【0042】
上記結合した量を求める方法において、全ピーク面積は、測定範囲内のスペクトルを積分したものであり、測定条件等によってエネルギー範囲は変えることができる。
【0043】
上記結合した量を求める方法について、1時間及び7時間オゾン劣化したBRの試料を用いた例を用いて具体的に説明する。
図7にこれらの試料をNEXAFS測定した結果を示す。これは、炭素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルをもとにして上記(式4)を用いて規格化定数γを求め、前記と同様に規格化したものである。規格化した酸素原子のK殻吸収端のピーク面積は、酸素・オゾンが結合した量と考えられる。図のように7時間劣化させた方が1時間劣化させた試料よりも面積が大きいことから、この値を劣化の指数とすることができる。この劣化指数の数字が大きいほど、劣化によって高分子材料に結合した酸素量が多いことを示す。これにより、高分子材料に酸素やオゾンが結合することによる劣化率を、酸素原子のK殻吸収端のピーク面積の増加率によって測定できる。
【0044】
前述の本発明の方法は、例えば、佐賀県立九州シンクロトロン光研究センターのBL12ビームラインで実施できる。
【0045】
また、本発明に適用できる上記高分子材料としては特に限定されず、従来公知のものが挙げられるが、例えば、1種類以上のジエン系ゴムを含むゴム材料、該ゴム材料と1種類以上の樹脂とが複合された複合材料を好適に使用できる。上記ジエン系ゴムとしては、天然ゴム(NR)、イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、アクリロニトリルブタジエンゴム(NBR)、クロロプレンゴム(CR)、ブチルゴム(IIR)、ハロゲン化ブチルゴム(X−IIR)、スチレンイソプレンブタジエンゴム(SIBR)などの二重結合を有するポリマーが挙げられる。
【0046】
上記樹脂としては特に限定されず、例えば、ゴム工業分野で汎用されているものが挙げられ、例えば、C5系脂肪族石油樹脂、シクロペンタジエン系石油樹脂などの石油樹脂が挙げられる。これらの材料に対して本発明の劣化解析方法を好適に適用できる。
【実施例】
【0047】
実施例に基づいて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0048】
(実施例及び比較例)
実施例及び比較例に供した劣化後の試料は、以下のゴム材料、劣化条件により作成した。なお、NEXAFS法で測定するために、試料をミクロトームで100μm以下の厚みになるように加工した。その後、劣化以外の酸素の影響が現れないように、試料作成後は真空デシケータに保存した。
(ゴム材料)
IR:ニッポールIR 2200,日本ゼオン(株)製
BR:ウベポールBR 130B,宇部興産製
SBR:ニッポール1502,日本ゼオン(株)製
SIBS:シブスターSIBSTAR 102T,カネカ(株)社製
アメリカ走行品:アメリカで走行済みのタイヤ
日本走行品:日本で走行済みのタイヤ
(劣化条件)
オゾン劣化:40℃,50pphm(1時間又は7時間)
酸素劣化:80℃,酸素:窒素=5:1(168時間)
【0049】
(使用装置)
NEXAFS:佐賀県立九州シンクロトロン光研究センターのBL12ビームライン付属のNEXAFS測定装置
XPS:Kratos製 AXIS Ultra
【0050】
NEXAFSを使用して、各試料について、以下の劣化率分析の実施により劣化度合(%)を測定した。また、以下の劣化寄与率分析の実施により酸素及びオゾン劣化寄与率(%)を測定した。更に、以下の劣化指標測定の実施により劣化指標(指数)を測定した。
なお、NEXAFSの測定条件は、以下のとおりであった。
輝度:5×1012photons/s/mrad/mm/0.1%bw
光子数:2×10photons/s
【0051】
(劣化率分析)
高輝度X線のエネルギーを260〜400eVの範囲で走査し、炭素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルを得た。このスペクトルにおいて必要な範囲である260〜350eVの範囲をもとに(式1)から規格化定数α、βを算出し、この定数を用いてスペクトルを規格化(補正)した。規格化後のスペクトルを波形分離し、285eV付近のπ遷移に帰属されるピーク面積をもとに(式2)から劣化度合(%)を求めた。
【0052】
(劣化寄与率分析)
高輝度X線のエネルギーを500〜600eVの範囲で走査し、酸素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルを得た。このスペクトルを波形分離し、ピークトップが532〜532.7eVにある低エネルギー側ピークを酸素劣化、532.7〜534eVにある高エネルギー側ピークをオゾン劣化として、(式3)から酸素劣化及びオゾン劣化の寄与率を算出した。
【0053】
(劣化指標測定)
前記劣化率分析で得られた劣化後の炭素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルをもとに(式4)から規格化定数γを求めた。この定数を用いて酸素原子のK殻吸収端の全ピーク面積を補正(規格化)し、(式4)から酸素及びオゾンが高分子材料に結合した量(劣化指標)を求めた。
【0054】
なお、比較例1〜4については、劣化後の試料についてXPSを用いて評価した。
以上の分析から得られた結果を表1に示した。
【0055】
【表1】

【0056】
XPSを使用した比較例1〜4では、劣化後の試料のオゾン及び酸素劣化寄与率、劣化度合、劣化指標(指数)をいずれも分析できなかったのに対し、NEXAFSを用いた実施例では、いずれの分析も可能であった。オゾン劣化のみ行った実施例1、2、4、5、7、8及び11ではオゾン劣化寄与率が100%、酸素劣化のみ行った実施例3、6、9及び10では酸素劣化が100%という結果が得られるとともに、劣化度合、劣化指標についても相関性に優れた結果が得られた。また、オゾン及び酸素劣化の両方に晒された試料を用いた実施例12〜13では、双方の劣化の寄与率も分析でき、本発明の評価法の有効性が立証された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高輝度X線を高分子材料に照射し、X線のエネルギーを変えながらX線吸収量を測定することにより、高分子の劣化状態を解析する劣化解析方法。
【請求項2】
高分子材料として、1種類以上のジエン系ゴムを含むゴム材料、又は前記ゴム材料と1種類以上の樹脂とが複合された複合材料を使用する請求項1記載の劣化解析方法。
【請求項3】
高輝度X線は、光子数が10(photons/s)以上、輝度が1010(photons/s/mrad/mm/0.1%bw)以上である請求項1又は2記載の劣化解析方法。
【請求項4】
高輝度X線を用いて走査するエネルギー範囲が4000eV以下である請求項1〜3のいずれかに記載の劣化解析方法。
【請求項5】
高輝度X線のエネルギーを260〜400eVの範囲において炭素原子のK殻吸収端の必要な範囲を走査することによって得られるX線吸収スペクトルに基づいて下記(式1)により規格化定数α及びβを算出し、該規格化定数α及びβを用いて補正された炭素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルを波形分離し、得られた285eV付近のπ遷移に帰属されるピーク面積を用いて下記(式2)により劣化度合を求める請求項1〜4のいずれかに記載の劣化解析方法。
(式1)
[劣化前の試料における測定範囲のX線吸収スペクトルの全面積]×α=1
[劣化後の試料における測定範囲のX線吸収スペクトルの全面積]×β=1
(式2)
[1−[(劣化後のπのピーク面積)×β]/[(劣化前πのピーク面積)×α]]×100=劣化度合(%)
【請求項6】
ピーク面積に代えてピーク強度を用いる請求項5記載の劣化解析方法。
【請求項7】
高輝度X線のエネルギーを500〜600eVの範囲で走査することによって得られる酸素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルを波形分離し、ピークトップのエネルギーが532〜532.7eVの範囲にある低エネルギー側ピークを酸素劣化、532.7〜534eVの範囲にある高エネルギー側ピークをオゾン劣化とし、下記(式3)によって酸素劣化とオゾン劣化の寄与率を算出する請求項1〜4のいずれかに記載の劣化解析方法。
(式3)
[酸化劣化のピーク面積]/[(オゾン劣化のピーク面積)+(酸化劣化のピーク面積)]×100=酸素劣化寄与率(%)
[オゾン劣化のピーク面積]/[(オゾン劣化のピーク面積)+(酸化劣化のピーク面積)]×100=オゾン劣化寄与率(%)
【請求項8】
ピーク面積に代えてピーク強度を用いる請求項7記載の劣化解析方法。
【請求項9】
劣化後の炭素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルに基づいて下記(式4)により規格化定数γを求め、該規格化定数γを用いて酸素原子のK殻吸収端の全ピーク面積を補正することにより、酸素及びオゾンが高分子材料に結合した量を求める請求項1〜4のいずれかに記載の劣化解析方法。
(式4)
[炭素原子のK殻吸収端のX線吸収スペクトルの全面積]×γ=1
[酸素原子のK殻吸収端のピーク面積]×γ=酸素及びオゾンが結合した量(指数)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−141278(P2012−141278A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−167131(P2011−167131)
【出願日】平成23年7月29日(2011.7.29)
【出願人】(000183233)住友ゴム工業株式会社 (3,458)
【Fターム(参考)】