説明

半導体用銅合金ボンディングワイヤ

【課題】材料費が安価で、高湿高温環境でのPCT信頼性に優れ、さらに熱サイクル試験のTCT信頼性、ボール圧着形状、ウェッジ接合性、ループ形成性等も良好である半導体素子用銅系ボンディングワイヤを提供する。
【解決手段】Pdを0.13〜1.15質量%含有し、残部が銅と不可避不純物とでなる銅合金を伸線加工してなることを特徴とする半導体用銅合金ボンディングワイヤを提供することができる。また、ボール変形が良好であり、量産性にも優れた半導体用銅合金ボンディングワイヤを提供することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体素子上の電極と回路配線基板の配線とを接続するために利用される半導体用銅合金ボンディングワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、半導体素子上の電極と外部端子との間を接合するボンディングワイヤとして、線径20〜50μm程度の細線(ボンディングワイヤ)が主として使用されている。ボンディングワイヤの接合には超音波併用熱圧着方式が一般的であり、汎用ボンディング装置や、ボンディングワイヤを内部に通して接続に用いるキャピラリ冶具等が用いられる。ワイヤ先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりボールを形成させた後に、150〜300℃の範囲内で加熱した半導体素子の電極上にこのボール部を圧着接合し、その後に、直接ボンディングワイヤを外部リード側に超音波圧着によりウェッジ接合させる。
【0003】
ボンディングワイヤの素材には、これまで高純度4N系(純度>99.99質量%)の金が主に用いられている。しかし、金は高価であること、さらにパワー系IC等で太線ワイヤ(線径50〜100μm程度)が求められていること等から、材料費が安価である他種金属のボンディングワイヤが所望されている。
【0004】
ワイヤボンディング技術からの要求では、ボール形成時に真球性の良好なボールを形成し、そのボール部と電極との接合部の形状ができる限り真円に近いことが望ましく、さらに十分な接合強度を得ることが求められる。また、接合温度の低温化、ボンディングワイヤの細線化等に対応するためにも、リード端子や配線基板上にボンディングワイヤを超音波圧着させるウェッジ接続においては、剥離等が発生せずに連続ボンディングできること、また十分な接合強度が得られること等が要求される。
【0005】
自動車用半導体等のように高温で放置される用途では、金ボンディングワイヤとアルミ電極との接合部の長期信頼性が問題となる場合が多い。高温加熱試験等の加速評価により、該接合部の接合強度の低下、電気抵抗の上昇等の不良が発生する。金/アルミ接合部(金ボンディングワイヤとアルミ電極との接合部)の高温加熱での不良は、半導体の高温使用を制約する要因となる。
【0006】
こうした高温加熱での接合信頼性を向上するのに、銅を素材とする銅ボンディングワイヤが有望であることが一般的に知られており、例えば、非特許文献1等にも報告されている。一因として、銅/アルミ接合部(銅ボンディングワイヤとアルミ電極との接合部)でのCu−Al系金属間化合物の成長速度が、金/アルミ接合部でのAu−Al系金属間化合物の成長速度に比較して1/10以下と遅いこと等が指摘されている。
【0007】
銅は、材料費が安価で、電気伝導性が金より高い等の利点があることから、銅ボンディングワイヤが開発され、特許文献1〜3等で開示されている。しかし、銅ボンディングワイヤでは、ボール部の硬度がAuよりも高く、パッド電極上でボールを変形させて接合する際に、チップにクラック等の損傷を与えることが問題となる。銅ボンディングワイヤのウェッジ接合についても、Auに比べて製造マージンが狭く、量産性が低下することが懸念されている。また、前述したように、Auで問題となる高温加熱での接合信頼性については、銅は良好であることが確認されているが、それ以外の過酷な使用環境での信頼性等は十分に知られておらず、実用化に向けた総合的な使用性能、信頼性の確認及び改善が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭61−251062号公報
【特許文献2】特開昭61−20693号公報
【特許文献3】特開昭59−139663号公報
【特許文献4】特開平7−70673号公報
【特許文献5】特開平7−70675号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】“The emergence of high volume copper ball bonding”, M. Deley, L. Levine, IEEE/CPMT/SEMI 29th International Electronics Manufacturing Technology Symposium, (2004), pp. 186-190.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
実用化に向けた総合的な信頼性の確保に関し、銅ボンディングワイヤの長期信頼性について、多くの信頼性評価を行ったところ、最も多く利用される加熱試験である乾燥雰囲気での高温保管評価では正常であるのに対して、高湿加熱評価において不良が発生することが確認された。一般的な高湿加熱評価としてPCT試験(プレッシャークッカーテスト)が行われる。中でも飽和タイプのPCT試験が比較的厳しい評価としてよく用いられており、代表的な試験条件は、温度121℃、相対湿度100%RH(Relative Humidity)、2気圧で行われる。PCT試験について、金ボンディングワイヤではワイヤ材料が原因で問題となることは殆んど無く、金ボンディングワイヤ(Auワイヤ)のPCT試験は注目されることが無かった。開発段階の銅ボンディングワイヤではPCT試験の信頼性が注目されることが少なく、これまではPCT試験の不良は殆ど知られていなかった。
【0011】
本発明者らの実験では、銅ボンディングワイヤを接続した半導体を樹脂封止した後に、飽和タイプのPCT試験を行うと、接合強度の低下、電気抵抗の増加等の不良が発生することが確認された。上記加熱条件での不良発生時間は100時間から200時間であり、実用上の問題が懸念される。銅ボンディングワイヤではPCT試験で導通不良の発生頻度が金ボンディングワイヤより高いことから、金ボンディングワイヤと同等の用途で活用するには、PCT試験での寿命向上が求められる。
【0012】
また、用途によっては、上記信頼性に加えて、熱サイクルに対する信頼性の向上が望まれる場合がある。温度の昇降による熱サイクル試験(TCT:Temperature Cycle Test)において、銅ボンディングワイヤ(Cuワイヤ)の不良発生頻度が金ボンディングワイヤよりも高いことが確認された。TCT試験の条件は、−55℃〜150℃の範囲で温度サイクルを繰り返した後に、電気抵抗、接合強度等を評価する。主な不良箇所はセカンド接合部である。原因は、樹脂、リードフレーム、シリコンチップ等の材料の熱膨張差が大きいことで熱歪みが生じて、ボンディングワイヤのセカンド接合部での破断が起きるためと考えられる。金ボンディングワイヤのTCT試験は、通常の半導体パケージング及び使用環境では問題となることはなく、周辺部材の変化、過酷な加熱条件等の極稀なケースでのみ、TCT試験で不良が発生する可能性が考えられる。しかし、銅ボンディングワイヤでは、TCT試験の不良発生頻度が金ボンディングワイヤよりも高いことで、用途が限られたり、多様な周辺部材への適応が難しくなる場合がある。よって、より優れた銅ボンディングワイヤとして、熱サイクルに対する信頼性を更に向上することも求められる。
【0013】
銅ボンディングワイヤは、ボール部をアルミ電極上に接合したときに接合形状の不良頻度が、金ボンディングワイヤよりも高いことが懸念される。汎用的に使用されている金ボンディングワイヤでは、狭ピッチ接続等LSI用途の厳しい要求に応えるために、ボール接合形状を真円化させるための開発が行われてきた。銅ボンディングワイヤでは、接合部直下におけるチップ損傷を軽減する等の目的で高純度の銅を素材に用いることが多く、結果として、接合形状が悪化することが心配される。今後の狭ピッチ接続等LSI用に銅ボンディングワイヤの実用化を促進するためには、上記信頼性に加えて、ボール接合形状の更なる向上も求められる。
【0014】
最近のボンディング技術、パッケージ構造等も急速に進化しており、銅ボンディングワイヤの要求特性も変化している。以前は、銅ボンディングワイヤでは、金ボンディングワイヤと同様に高強度化が期待されていた。しかし最近は、ボンディング技術の向上、量産性の追及等のニーズに適応するため、銅ボンディングワイヤの要求特性では、軟質化、接合安定性等がより重視されている。
【0015】
本発明では、上述するような従来技術の問題を解決して、高湿加熱PCT試験での信頼性を改善し、金ボンディングワイヤよりも安価な銅を主体とする半導体用銅合金ボンディングワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
請求項1に係る半導体用銅合金ボンディングワイヤは、Pdを0.13〜1.15質量%含有し、残部が銅と不可避不純物とでなる銅合金を伸線加工してなることを特徴とする。
【0017】
請求項2に係る半導体用銅合金ボンディングワイヤは、請求項1において、ワイヤ表面の酸化銅の平均膜厚が0.0005〜0.02μmの範囲であることを特徴とする。
【0018】
請求項3に係る半導体用銅合金ボンディングワイヤは、請求項1、2において、ワイヤ長手方向と平行にあるワイヤ断面における結晶粒の平均サイズが2μm以上ワイヤ線径の1.5倍以下であることを特徴とする。
【0019】
請求項4に係る半導体用銅合金ボンディングワイヤは、請求項1〜3のいずれか1項において、前記銅合金が、更に、Ag、Auの少なくとも1種を総計で0.0005〜0.07質量%含有することを特徴とする。
【0020】
請求項5に係る半導体用銅合金ボンディングワイヤは、請求項1〜4のいずれか1項において、前記銅合金が、Ti:0.0005〜0.01質量%、B:0.0005〜0.007質量%、P:0.0005〜0.02質量%の少なくとも1種を総計で0.0005〜0.025質量%含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、材料費が安価で、高湿加熱に関する接合部の長期信頼性に優れる半導体用銅合金ボンディングワイヤを提供することができる。また、熱サイクルに関する信頼性に優れる半導体用銅合金ボンディングワイヤを提供することができる。また、ボール変形が良好であり、量産性にも優れた半導体用銅合金ボンディングワイヤを提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
ボンディングワイヤについて、銅を素材とする銅ボンディングワイヤの含有成分の影響を鋭意調査した結果、銅中にPdを特定量添加することで、PCT試験による高湿加熱信頼性が向上することを見出した。特許文献4及び5には、銅ボンディングワイヤに関し、ボール形成時にH、O、N、及びCOガスの発生を抑制するために、Pdを含む元素群を添加することが開示されている。しかしながら、前記Pdを含む元素群の添加量は、0.001〜2質量%と幅広い範囲であり、本発明に係る特定の範囲でPdを添加することで、高湿加熱信頼性が向上するという全く異なる作用効果が得られることは記載も示唆もされていない。
【0023】
また、Pdに加えてAg、Auを特定量添加(残部の銅を、特定の添加量のAgやAuで置換する)することにより、ボール変形形状が改善すること、あるいは、Pdに加えてTi、B、Pを特定量添加(残部の銅を、特定の添加量のTi、B、Pで置換する)することにより、TCT試験による熱サイクル信頼性の向上に有効であることが見出された。さらに、上記のPdを添加し、かつ特定の組織に制御することで、ウェッジ接合性を向上する高い効果が得られることも確認された。
【0024】
本発明の半導体用銅合金ボンディングワイヤは、Pdを0.13〜1.15質量%の濃度範囲で含有する銅合金からなる半導体用銅合金ボンディングワイヤである。前記濃度範囲でPdを添加することにより、PCT試験による高湿加熱信頼性を向上できる。即ち、Pdを上記濃度範囲で含有することにより、PCT試験の不良発生までの寿命を、従来の銅ボンディングワイヤに対して1.3〜3倍にまで向上できる。これにより、金ボンディングワイヤと同等の用途で銅ボンディングワイヤを利用することが可能となる。即ち、銅ボンディングワイヤの用途が、これまで以上に拡大できる。
【0025】
従来の銅ボンディングワイヤが接続された半導体のPCT試験における不良形態は、銅ボンディングワイヤとアルミ電極との接合部における強度低下と、電気抵抗の増加である。この不良機構として、Cu/Al接合界面(銅ボンディングワイヤとアルミ電極との接合界面)での腐食反応が主因であることを、本発明者らは明らかにした。即ち、この主因は、PCT試験中に接合界面に成長するCu−Al系の金属間化合物が、封止樹脂に含まれるガス成分又はイオン等と腐食反応を起こすことである。本発明の半導体用銅合金ボンディングワイヤは、銅ボンディングワイヤ中にPdを上記濃度範囲で含有させることにより、Pdが接合界面まで拡散又は濃化して、CuとAlとの相互拡散に影響を及ぼすことで、腐食反応を遅らせると考えられる。接合界面近傍のPdの役割は、腐食反応物の移動を阻害するバリア機能、Cu、Alの相互拡散及び金属間化合物の成長等を制御する機能等が考えられる。
【0026】
Pd濃度が0.13〜1.15質量%の範囲であれば、接合界面におけるCu、Alの相互拡散を制御する効果が得られ、PCT試験での接合部の寿命が200時間以上まで向上する。ここでの接合部の評価としては、PCT試験後に樹脂を開封して除去し、その後にプル試験により接合部の破断状況を評価する。ここで、Pd濃度が0.13質量%未満であると、上記のPCT信頼性の改善効果が小さく、不十分である。一方、Pd濃度が1.15質量%を超えると、低温接合でのアルミ電極との初期の接合強度が低下するため、PCT試験での長期信頼性が低下したり、BGA(Ball Grid Array)、CSP(Chip Size Package)等の基板、テープ等への接合の量産マージンが狭くなる。より好ましくは、上記Pd濃度が、0.2〜1.1質量%の範囲であり、前記範囲であれば、PCT試験での信頼性がさらに向上する。例えば、PCT試験の
不良発生までの寿命が500時間以上まで向上する。これは、従来の銅ボンディングワイヤの1.5倍以上の長寿命化に相当する場合もあり、過酷な環境での使用にも対応可能となる。
【0027】
また、Pdを高濃度に添加する際の留意点として、半導体用銅合金ボンディングワイヤの使用性能が低下することのないよう、検討することが必要である。Pd濃度が1.15質量%を超えると、ワイヤの常温強度・高温強度等が上昇することで、ループ形状のバラツキの発生、ウェッジ接合性の低下等も顕著となる。よって、Pd濃度が0.13〜1.15質量%の範囲であれば、ループ高さのバラツキの軽減、良好なウェッジ接合性等を確保することも容易となる。
【0028】
Pdを0.13〜1.15質量%の濃度範囲で含有する銅合金からなる半導体用銅合金ボンディングワイヤであれば、その先端を溶融して形成したボールの内部にもPdがほぼ均質に固溶することにより、PCT信頼性を量産レベルで安定して向上させる効果が得られる。ボール内部のPdの役割は、ボール内部の腐食性イオンの拡散を遅延したり、接合界面の密着性向上による腐食性ガスの移動を阻害すること、また、上述したボール内部から接合界面まで拡散するPdの供給源として作用すること等が考えられる。前記の量産レベルのPCT信頼性向上とは、高密度実装において、1チップ当たり300〜1800ピン等の多ピン系での1ピンでも接合部で不良を起こさない安定した管理であり、あるいは、圧着ボール径が45μm以下の小さい接合部の界面における数μmの範囲でさえも腐食を抑制する厳しい制御等を可能とする管理に相当する。こうした高度な信頼性向上にも、ボール内部にPdが固溶していることが有効である。
【0029】
ボール内部に含まれるPdの含有量は0.08〜1.5質量%の範囲であれば、PCTの接合信頼性を量産レベルで安定して向上させる効果が高められる。ここで、ボール内部のPd含有量の適正範囲がワイヤ内部の含有量と少しずれている理由として、ワイヤ溶融・凝固する際に一部のPdが拡散することによるボール表面の濃化、ボール内部の濃度偏在等が起こること、また、接合後の樹脂封止工程及び信頼性試験等の加熱により接合界面の近傍にPdが拡散すること等により、Pd濃度の分布が発生するためと考えられる。即ち、ワイヤ内部のPd含有量が0.13〜1.15質量%の濃度範囲である半導体用銅合金ボンディングワイヤであれば、ボール内部のPdの含有量を0.08〜1.5質量%の適正範囲にさせることが容易となり、これにより信頼性を安定して向上させる効果を高められる。
【0030】
Pdを0.13〜1.15質量%の濃度範囲で含有する銅合金からなり、ワイヤ表面の酸化銅の平均膜厚が0.0005〜0.02μmの範囲である半導体用銅合金ボンディングワイヤであれば、PCT信頼性を量産レベルで安定して向上させる効果をより一層高められる。ワイヤ表面の酸化銅の膜厚が0.02μmよりも厚くなると、Pdを含有する銅合金からなるボンディングワイヤのボール接合部のPCT信頼性の改善効果にばらつきが生じて、PCT加熱後の接合強度等が不安定となる傾向がある。このPCT信頼性ばらつきは線径が20μm以下のボンディングワイヤでより問題となる可能性がある。Pdを含有する銅合金の表面の酸化銅がPCT信頼性を不安定化させる要因について、まだ不明な点もあるが、半導体用銅合金ボンディングワイヤの長手方向又はワイヤ表面から深さ方向でのPd濃度分布が不均一となること、あるいは、ボール内部の侵入酸素又は残留酸化物がPdのPCT信頼性の向上効果を阻害する可能性があること、等が考えられる。また、Pdを含有する半導体用銅合金ボンディングワイヤでは表面酸化を遅らせる効果が得られるため、酸化銅の平均膜厚を薄い範囲である0.0005〜0.02μmに制御することも容易となる。Pdを0.13〜1.15質量%の濃度範囲で含有する半導体用銅合金ボンディングワイヤでは、高純度銅に比較して、20〜40℃程度の低温域におけるワイヤ表面の酸化銅膜の成長を遅らせる作用を有することも確認された。
【0031】
ワイヤ表面の酸化銅の平均膜厚を0.0005〜0.02μmの範囲とした理由は、0.02μmを超えると、前述したように、PCT信頼性の改善効果にばらつきが生じ易くなり、例えば、評価する接合数を増やすと改善効果にばらつきが生じて不安定となる可能性が高まるためである。一方、ワイヤ表面の酸化銅の平均膜厚を0.0005μm未満に安定して抑えるには特殊な表面処理、製品管理等が必要となり、接合性の低下、コスト上昇等を誘発して、工業的に適応することが困難となるためである。例えば、酸化銅の平均膜厚を0.0005μm未満に抑える目的で、ワイヤ表面の防錆剤の塗布膜を厚くすると接合強度が低下して連続ボンディング性が低下するという問題がある。また、酸化銅の平均膜厚を0.0005μm未満に抑える目的で、ワイヤ製品の大気保管の保証寿命を極端に短くすれば、ワイヤボンディングの量産工程での操業が困難となり、スクラップ問題が発生したりするため、工業的には容認されない場合もある。
【0032】
ワイヤ表面の酸化銅の平均膜厚の測定に関しては、表面分析に適したオージェ分光分析が有効であり、ワイヤ表面のランダムな位置の最低3か所以上、可能であれば5か所以上で測定した酸化銅の膜厚の平均値を用いることが望ましい。酸素濃度とは、Cu、O、金属元素を総計した濃度に対するO濃度の比率を用いる。ワイヤ表面の代表的な汚染である有機物は除外するため、上記の濃度計算ではC量は含まれない。酸化銅の膜厚の絶対値を高精度に求めることが困難であるため、オージェ分光法で一般的に用いられるSiO換算値を用いて酸化銅膜厚を算出することが望ましい。本明細書では、酸素濃度が30質量%を酸化銅と金属銅の境界とする。主な酸化銅はCuO、CuOが知られているが、Pdを含有する銅合金の表面には低温(25〜500℃)ではCuOが優先的に形成される場合が多いため、酸素濃度が30質量%を境界とする。
【0033】
ワイヤ表面の酸化銅の平均膜厚が0.0005〜0.02μmの範囲に量産レベルで管理するための製造条件として、ワイヤ製造工程での酸化を抑えることが必要である。熱処理工程での酸化銅の形成を制御するには、温度(200〜850℃)、熱処理工程での不活性ガス流量の調整(1〜8L/分)、炉内の酸素濃度の管理等が有効である。酸素濃度は、炉の中央部で測定して、その濃度範囲が0.1〜6体積%であるように調整することが有効である。酸素濃度を上記範囲に制御する手法として、上記ガス流量の適正化、炉の入り口、出口等の形状を変えることで外界から熱処理炉内への大気巻込みの防止等を管理することできる。さらに量産レベルでは、伸線工程も管理することが望ましく、例えば、水中での伸線工程の1パス後にワイヤを巻き取る前に乾燥(40〜60℃の温風大気の吹き付け)することによりワイヤ表面の水分を積極的に除去すること、製造工程途中での保管の湿度を管理(2日以上保管では相対湿度60%以下)すること等も有効である。
【0034】
Pdを0.13〜1.15質量%の濃度範囲で含有し、さらに、半導体用銅合金ボンディングワイヤの長手方向(以下、これをワイヤ長手方向と呼ぶ)と平行にあるワイヤ断面における結晶粒の平均サイズ(数平均サイズ)が2μm以上75μm以下である半導体用銅合金ボンディングワイヤがより望ましい。前記結晶粒の平均サイズが2μm以上であることで、結晶方位の異方性を軽減したり、半導体用銅合金ボンディングワイヤの軟質化を促進することになる。その結果、ループ形状をより安定化させたり、ウェッジ接合性がより向上するという効果が得られる。具体的な効果として、半導体用銅合金ボンディングワイヤの曲折、塑性変形を制御して、接続方向に制約なく四方向に安定して複雑なループ形状を制御すること、また、ウェッジ接合での不着が発生する不良(Non−Stick−On−Lead:NSOL)を低減して、実装歩留まりが向上する効果等がある。最近のボンディング技術、パッケージ構造等も急速に進化しており、銅ボンディングワイヤの要求特性も変化している。以前は、銅ボンディングワイヤでは、金ボンディングワイヤと同様に高強度化が期待されていたが、最近では、軟質化、接合安定性等がより重視されている。最新のパッケージ構造に好適に適応するには、Pdを添加した銅ボンディングワイヤの高強度化を抑えて、しかもループ制御、ウェッジ接合性を更に向上するためには、結晶粒の平均サイズを大きくすることが有効である。ここで、結晶粒サイズが2μm以上であれば、上記の十分な効果が得られる。例えば、ループ高さの異なる多段接続等の最先端のパッケージングにも十分適用可能である。従来の金ボンディングワイヤの汎用品では、金ボンディングワイヤの組織が繊維状となっており、結晶粒の平均サイズが1μm未満である。Pdを添加した銅ボンディングワイヤでは、結晶粒が微細化する傾向が強いことから、ボンディング工程の歩留まり低下が懸念される。Pd添加と結晶粒の粗大化を組み合わせることにより、ループ制御、ウェッジ接合性が更に向上するというより高い効果が得られる。好ましくは、結晶粒の平均サイズが3μm以上であれば、ウェッジ接合性を向上する効果が一層高まり、主に線径20μm以下の細線において特段の改善効果が得られる。前記効果を得る為には結晶粒の平均サイズの上限は特には無いが、半導体用銅合金ボンディングワイヤの生産性から上限を75μmとした。これは、50μm径の半導体用銅合金ボンディングワイヤにおける線径の1.5倍以下に相当するものである。線径が25μm以下の細線では、結晶粒の平均サイズの上限は線径の1.5倍以下であることが望ましい。前記上限を超えると、過剰に粗大化して結晶粒が竹の節状になることで、ワイヤ製造中に線径が局所的に細くなって生産性が低下する場合がある。ここで、本発明の結晶粒の粒サイズは、以下のようして決める。
【0035】
半導体用銅合金ボンディングワイヤの結晶粒の観察には、ワイヤ軸を含みワイヤ長手方向のワイヤ断面(軸断面)又はワイヤ表面の観察が利用できる。好ましくは、軸断面での観察であれば、内部も含めた半導体用銅合金ボンディングワイヤ全体の組織が観察できる。
【0036】
Pdを0.13〜1.15質量%の濃度範囲で含有し、さらに、ワイヤ長手方向と平行にあるワイヤ断面における結晶粒の平均サイズが2μm以上ワイヤ線径の1.5倍以下である半導体用銅合金ボンディングワイヤを量産レベルで安定製造するには、伸線加工と加熱処理の条件を適正化することが有効である。線径20μmの極細線における製造条件の一例では、伸線工程で加工率は99.9%以上、平均伸線速度は200〜400m/分とし、熱処理工程では、均熱帯長さ200mmの熱処理炉を用いて、温度は400〜800℃、掃引速度は20〜100m/分、不活性ガス流量は0.5〜6L/分の範囲とすることにより、品質安定化が難しい極細線でも生産性を低下させることなく、結晶粒の平均サイズを2μm以上、ワイヤ線径の1.5倍以下に安定化させることが工業的に容易となる。好ましくは、伸線工程の途中である加工率は99.5〜99.99%の範囲で一回以上の熱処理(上記条件で温度は300〜600℃)を行うことが望ましい。これによりPdを固溶する銅合金における回復・再結晶を一部進行させることで最終線径における結晶粒径のばらつきを抑える効果が得られるためである。
【0037】
結晶粒のサイズは、結晶粒界(結晶粒同士の境界)を次のように特定して、結晶粒の形状を明確にして測定する。化学的エッチング法若しくはCP(Cross−section Polishing)法により結晶粒界を直接観察する手法、又は後方電子散乱図形(Electron Back Scattering Pattern、以降EBSP)法により結晶粒界を解析する手法によって、前記結晶粒界を特定する。化学的エッチングでは、表皮層又は芯材の素材、構造等に適した薬液、エッチング条件を選定することで、簡便に結晶粒等の組織を観察できる。前記薬液としては、例えば、塩酸、硝酸、硫酸、酢酸等の酸性水溶液が用いられる。前記酸濃度(pH)と、温度や時間といったエッチング条件とを選定して、粒界を選択的に溶解したり、又は、特定の結晶面を選択的に溶解させることで、結晶粒界を確定して、結晶粒の形状を観察する。CP法では、例えば、2〜6kVの加速電圧のアルゴンイオンのブロードなビームを用いて試料断面を形成して、結晶粒界を明確にし、結晶粒の形状を観察する。EBSP法では各結晶粒の方位を測定できるため、結晶粒界が確定できる。本発明では、隣接する結晶粒の方位差が15°以上のものを結晶粒界とする。
【0038】
結晶粒の平均サイズは、数平均で算出するものである。少なくとも5個以上の結晶粒のサイズを平均する。また、本発明では、前記全ての分析手法で得られる結晶粒平均サイズが本発明の規定範囲を満足する必要はなく、1つの分析手法で得られる結晶粒平均サイズが本発明の規定範囲を満足すればその効果が得られるものである。
【0039】
結晶粒のサイズ判定には、光顕、SEM(Scanning Electron Microscope)、EBSP等により撮影した写真をもとに判定する手法と、解析ソフトによる手法等が利用できる。前者の写真判定において、結晶粒が円形ではなく不定形の場合には、結晶粒の長径と短径を測定してその平均値を求める手法が有効である。後者では、EBSP装置に装備されている解析ソフト等を利用することで、観察と同時に比較的容易に求められる。
【0040】
Pdを0.13〜1.15質量%の濃度範囲で含有し、Ag、Auの少なくとも1種を総計で0.0005〜0.07質量%含有する半導体用銅合金ボンディングワイヤがより望ましい。最近の高密度実装で要求される狭ピッチ接続では、ボール接合部の変形形状が重要であり、花弁状、偏芯等の異形を抑えて、真円化させることが求められる。Ag、Auの少なくとも1種をPdと併用して添加することで、ボール変形を容易に等方的にでき、圧着形状を真円化させる効果が高められる。これにより、50μm以下の狭ピッチ接続にも十分適応できることが確認された。ボール変形を真円化させる効果は、Ag、Auの元素群だけでは小さいが、Pdと組み合わせることでより一層高められることが確認された。詳細な機構は不明であるが、ボール部が凝固する際に高融点金属であるPdはボール表面近傍に比較的高濃度に集まり、Pdより低融点であるAg、Auはボールの内部にまで均一に固溶することで、これらの組み合わせにより補完的に作用し、ボール変形の真円化に一段と優れた効果が発揮できると考えられる。ここでの補完的な作用の一例として、ボール部の花弁状変形はボール表面近傍に支配され、偏芯はボール内部に支配されており、両者を同時に改善する作用が期待される。AgとAuでの効果は同程度であることも確認された。ここで、Ag、Auの総計の濃度範囲に関して、0.0005質量%未満であれば容易にボール変形を真円化させる効果が小さくなる場合がある。0.07質量%を超えると、ボール接合部のシェア強度が低下する場合がある。また、Ag、Auの添加に関して、Pdを含有しない場合には(高湿加熱の信頼性が満足できるものではないが)、AgやAuの添加によるボール変形を真円化させる効果が小さくなり、十分な効果を得るには、Ag、Auの濃度の総計が0.2質量%以上まで高濃度化させる必要がある。即ち、Ag、Auの少なくとも1種をPdと併用することで、ボール変形を真円化させる顕著な効果が得られるものである。しかも、Pdを含有している場合には、Ag、Auの添加濃度を低く抑えても、チップ損傷等への悪影響を十分抑制できるという相乗効果が得られる。
【0041】
さらに、Pdを0.13〜1.15質量%、Ag、Auの少なくとも1種を総計で0.0005〜0.07質量%含有し、ワイヤ長手方向と平行にあるワイヤ断面における結晶粒の平均サイズが2μm以上であることにより、ボール形状を真円化させることができるという、より高い効果が得られる。メカニズムについて不明な点も残っているが、結晶粒が大きくなることで、ウェッジ接合後のテイルカット形状が安定化し、アーク放電により該テイルカット部を溶融させて形成したボール部の組織が均一化すること等が考えられる。この真円化の効果は、線径が20μm以下の半導体用銅合金ボンディングワイヤの場合により顕著である。
【0042】
Pdを0.13〜1.15質量%の濃度範囲で含有し、Ti:0.0005〜0.01質量%、B:0.0005〜0.007質量%、P:0.0005〜0.02質量%の少なくとも1種を含有し、前記総計が0.0005〜0.025質量%である銅合金からなる半導体用銅合金ボンディングワイヤであることがより望ましい。Ti、B、Pの少なくとも1種をPdと併用して添加することで、TCT試験等の熱サイクル評価におけるウェッジ接合部の不良発生を低減させる高い効果が得られる。Ti、B、Pの添加により、ワイヤが大変形するときにワイヤの加工硬化を低減して、ウェッジ接合のワイヤ変形を促進する作用を高められる。また、これらの元素は、TCT試験中の熱歪みにより半導体用銅合金ボンディングワイヤが伸縮しても、ウェッジ接合された半導体用銅合金ボンディングワイヤにマイクロクラック等の損傷を抑える効果も期待できる。TCT試験で信頼性をより向上させる効果は、Ti、B、Pの元素群だけでは小さく、Pdと組み合わせることでより一層高められることが確認された。詳細な機構は不明であるが、PdはCu中に固溶すること、Ti、B、PはCu中の固溶度が小さいため析出、偏析することで、これらの元素が補完的に作用し、ウェッジ接合のワイヤ変形に、一段と優れた効果が発揮できていると考えられる。ここで、Ti、B、Pの濃度に関して、下限値が0.0005質量%未満であれば上記の効果が小さくなる場合がある。また、上限濃度はTi、B、Pの単独でそれぞれTi:0.01質量%、B:0.007質量%、P:0.02質量%を超えるか、又は、総計で0.025質量%を超えると、ワイヤ強度が上昇し、台形ループの直線性が低下して、隣接する半導体用銅合金ボンディングワイヤとの間隔が狭くなることがある。
【0043】
さらに、Pdを0.13〜1.15質量%含有し、Ti:0.0005〜0.01質量%、B:0.0005〜0.007質量%、P:0.0005〜0.02質量%の少なくとも1種を含有し、これら少なくとも1種含有されるPd、Ti、B、Pの総計が0.0005〜0.025質量%であり、ワイヤ長手方向と平行であるワイヤ断面における結晶粒の平均サイズが2μm以上である半導体用銅合金ボンディングワイヤであることがより望ましい。前記半導体用銅合金ボンディングワイヤにより、ウェッジ接合性を向上させることができるという、より高い効果が得られる。これは、熱歪みによるウェッジ接合部での破損発生を低減するのに、上述した元素添加作用に加えて、結晶粒の粗大化と相互作用することで、TCT試験の信頼性を改善する効果が高められるためと考えられる。この改善効果は、線径が20μm以下の細線の場合により顕著である。
【0044】
本発明の半導体用銅合金ボンディングワイヤは、保存に際しては通常の防錆剤を塗布する、若しくは、Nガス等の不活性雰囲気に密封する、又は前記両方を施すこともできる。また、本発明の半導体用銅合金ボンディングワイヤの使用に当たっては、前記保存用の防錆剤を塗布する以外には、ワイヤ表面に特別なコーティングやメッキ等を施さなくても、そのまま(単層ワイヤで)使用でき、その作用効果が得られるものである。
【0045】
本発明の半導体用銅合金ボンディングワイヤの製造方法の概要について説明する。
【0046】
銅純度が4N〜6N(99.99〜99.9999質量%)である高純度銅を用い、添加元素を必要な濃度含有した銅合金を溶解(熔解)により作製する。この合金化では、高純度の成分を直接添加する方法と、添加元素を1%程度の高濃度含有する母合金を利用する手法がある。母合金を利用する手法は、低濃度に含有して元素分布を均一化させるためには有効である。本発明の添加成分において、Pdを0.5質量%以上の比較的高濃度に含有させる場合には、高純度の直接添加が利用でき、Pd、Ag、Au、Ti、B、P等の元素を低濃度に安定して含有させるには、母合金を添加する手法が有利である。溶解は、真空中あるいは窒素又はArガスの雰囲気で、1100℃以上で加熱する。その後に炉中で徐冷してインゴット(鋳塊)を作製する。インゴット表面の洗浄のため、酸洗浄及び水洗し、乾燥させる。銅中の添加元素の濃度分析には、ICP(Inductively Coupled Plasma)分析等が有効である。
【0047】
太径は圧延により加工し、細線は伸線加工により最終線径まで細くされる。圧延工程では、溝型ロール又はスエージング等を使用する。伸線工程では、ダイヤモンドコーティングされたダイスを複数個セットできる連続伸線装置を用いる。必要に応じて、加工の途中段階又は最終線径で熱処理を施す。半導体用銅合金ボンディングワイヤの製造工程において、ワイヤ長手方向と平行であるワイヤ断面における結晶粒の平均サイズが2μm以上である金属組織を形成するためには、加工と熱処理を適性化することが望ましい。特に、熱処理工程を2つ以上の工程に分割することが望ましい。例えば、伸線加工の途中に中間焼鈍を施し、さらに伸線を加えて最終線径で仕上げ焼鈍を施す手法等が、結晶粒のサイズを安定して制御するのに有効である。結晶粒サイズを変更するための製造条件として、中間焼鈍を施す線径、その熱処理条件、その中間焼鈍の前後の伸線工程における加工条件、仕上げ焼鈍の熱処理条件等を調整することが有効である。加工時の転位、原子空孔等の格子欠陥を導入させること、熱処理では格子欠陥を核として再結晶粒を形成させること等が、Pdを0.13〜1.15質量%含有することで比較的容易となる。加工と熱処理の条件を適性化することで、Cu中に固溶したPd元素と格子欠陥との相互作用を利用して加工集合組織と再結晶集合組織を制御することが、結晶粒サイズを調整するのに有効である。
【実施例】
【0048】
以下、実施例について説明する。
【0049】
具体的な製造工程を述べる。銅純度が4N〜6N(99.99〜99.9999質量%)である高純度銅を用い、必要な含有成分を添加し、真空中あるいは窒素又はArガスの雰囲気で、1100℃以上で溶解する。その後に炉中で徐冷して、直径6〜30mmの鋳塊を作製する。鋳塊表面の洗浄のため、酸洗浄及び水洗し、乾燥させる。銅中の微量元素の分析について、合金元素の濃度分析にはICP装置を用いた。
【0050】
太径は圧延加工、細線は伸線加工により最終線径の25μm又は18μmまで細くした。圧延工程では、溝型ロールを使用し、線径が0.5〜1.5mmとなるまで、10〜100m/minの速度で加工した。伸線工程では、ダイスを複数個セットできる連続伸線装置と、ダイヤモンドコーティングされたダイスを用い、伸線速度は50〜400m/minの範囲で行った。ダイスの内壁の清浄化を目的に、使用前に超音波洗浄を施しておいた。
【0051】
加工する過程で熱処理を2〜4回行った。線径500〜40μmの範囲で中間熱処理を1〜3回行い、最終熱処理を最終線径で1回行った。熱処理方法は、10cm以上の均熱帯を持つ赤外加熱炉を用い、250〜800℃に設定された炉中を、速度は10〜500m/min、掃引張力は2〜30mNの範囲でワイヤを連続的に移動させながら熱処理を施した。ワイヤ表面の銅の酸化を抑制するため、炉内に不活性ガス(使用したガスは純度4Nの窒素ガスである。)を流量0.5〜5L/分の範囲で連続的に流した。ワイヤ表面での酸化銅の形成の管理指標として、炉の中央部で酸素濃度を測定して、その値が0.1〜6体積%の範囲となるように調整した。酸素濃度測定には、市販のガルバニ電池式酸素センサを使用した。最終線径での引張試験の伸び値が4〜25%になるように調整した。必要に応じて、ワイヤ表面に防錆剤を塗布し、保管時は半導体用銅合金ボンディングワイヤを巻いたスプールを保護袋で覆い、Nガス雰囲気で密封した。
【0052】
ワイヤ表面の酸化銅の平均膜厚の測定には、オージェ分光分析による深さ分析を行い、ワイヤ表面のランダムな位置の最低3か所以上で測定した酸化銅の膜厚の平均値を用いた。Arイオンでスパッタしながら深さ方向に測定して、深さの単位はSiO換算で表示した。酸素濃度が30質量%を酸化銅と金属銅の境界とする。ここでの酸素濃度とは、Cu、酸素、金属元素を総計した濃度に対する酸素濃度の比率を用いた。測定にはSAM−670(PHI社製、FE型)を用い、電子ビームの加速電圧を5kV、測定領域は10nAとし、Arイオンスパッタの加速電圧が3kV、スパッタ速度は11nm/分で測定を実施した。酸化銅の平均膜厚の測定結果を表1、3の「ワイヤ表面の酸化銅膜厚」の欄に記載した。
【0053】
上述のようにして、次の表1、2に記載した各半導体用銅合金ボンディングワイヤを作製した。
【0054】
【表1】

【0055】
【表2】

【0056】
半導体用銅合金ボンディングワイヤの接続にはASM社製の汎用自動ワイヤボンダー装置を使用して、ボール/ウェッジ接合を行った。ボール接合では、ワイヤ先端にアーク放電によりボール部を形成し、そのボール部を電極膜に超音波併用の熱圧着により接合した。半導体用銅合金ボンディングワイヤでは溶融時の酸化を抑えるため、ワイヤ先端に不活性ガスを流した状態でボールを形成した。不活性ガスには、N+5%Hガスを使用した。
【0057】
接合相手は、シリコン基板上の電極膜の材料である、約0.8〜3μmの厚さのAl合金膜(Al−1%Si−0.5%Cu)を使用した。またAl−0.5%Cuでもほぼ同様の結果が得られることを確認した。ウェッジ接合の相手には、表面にAgメッキ(厚さ:2〜4μm)が施されたリードフレームを使用した。また表面にAuメッキ/Niメッキ/Cu配線が形成されているガラスエポキシ樹脂基板を使用しても、実施例と比較例の差は確認された。
【0058】
作製した半導体用銅合金ボンディングワイヤに関して、以下の信頼性の評価試験を行った。線径は18μmを用いた。圧着ボール径は32μm、接合温度は175℃、接合相手の材質はAl-0.5%Cu、膜厚は1μmとした。ボンディング接続された試料の樹脂封止に用いる封止樹脂は、Br(臭素)などのハロゲンを含有しないグリーン系の汎用封止樹脂を使用した。封止樹脂に含有される代表的な不純物である塩素の分析濃度は3〜8質量ppmである。
【0059】
PCT試験(プレッシャークッカーテスト)は、予め40本の半導体用銅合金ボンディングワイヤを接続した試料を、飽和型の条件である温度121℃、相対湿度100%、2気圧の高温高湿環境で200、500時間加熱した。その後に、前記接続された40本の半導体用銅合金ボンディングワイヤの電気特性を評価した。電気抵抗が初期の3倍以上に上昇した半導体用銅合金ボンディングワイヤの割合が30%以上(40本中に対する割合、以下同様)の場合には、接合不良のため×印を表1の「PCT信頼性」の欄に表記した。電気抵抗が3倍以上に上昇した半導体用銅合金ボンディングワイヤの割合が5%以上30%未満の範囲の場合には、信頼性要求が厳しくないICには使用可能なため△印を表1の「PCT信頼性」の欄に表記した。電気抵抗が3倍以上に上昇した半導体用銅合金ボンディングワイヤの割合が5%未満で、且つ電気抵抗が1.5倍以上に上昇した半導体用銅合金ボンディングワイヤの割合が5%以上30%未満の場合には、実用上は問題ないため○印を表1の「PCT信頼性」の欄に表記した。電気抵抗が1.5倍以上に上昇したボンディングワイヤの割合が5%未満の場合には、良好であるため◎印を表1の「PCT信頼性」の欄に表記した。
【0060】
PCT試験で200、500時間加熱した後に、100本の半導体用銅合金ボンディングワイヤのボール接合部のシェア強度を評価した。加熱前の初期のシェア強度の平均値に対してPCT試験の後のシェア強度の平均値の比率について、40%未満の場合には信頼性不良のため×印、40%以上60%未満の範囲の場合には信頼性要求が厳しくないICには使用可能なため△印、60%以上80%未満の場合には、実用上は問題ないため○印、80%以上の場合には、PCT信頼性が良好であるため◎印を表1の「PCT信頼性評価」の200、500時間のそれぞれの「シェア強度」の欄に表記した。
【0061】
また、PCT信頼性のばらつきに関して、PCT試験の後のシェア強度の平均値に対する標準偏差の割合(%)について、9%以上の場合には強度ばらつきが大きくて実用化に問題が生じるため×印、6%以上9%未満の範囲の場合には改善が望ましいものの、信頼性要求が厳しくないICには使用可能なため△印、4%以上6%未満の場合には、実用上はすぐには問題とならないため○印、0%以上4%未満の場合には、PCT信頼性が安定しており、量産性にも優れているため◎印を、表1の「PCT信頼性評価」の200、500時間のそれぞれの「ばらつき」の欄に表記した。
【0062】
TCT試験は、市販のTCT試験装置を用いた。予め400本の半導体用銅合金ボンディングワイヤを接続した試料を、過酷な温度履歴の条件(−55℃/30分〜155℃/30分)の試験に供し、その試験後に、前記接続された半導体用銅合金ボンディングワイヤの400本について電気的測定を行い、電気的導通を評価した。不良率がゼロの場合は、信頼性が高いことから◎印、不良率が2%未満なら実用上の大きな問題はないと判断して○印、不良率が2〜5%の範囲であれば△印、不良率が5%超であれば改善が必要であることから×印を表2中の「TCT信頼性」の欄に表記した。
【0063】
上記信頼性の評価に加えて、下記のワイヤ性能評価試験を行った。
【0064】
圧着ボール部の接合形状の判定では、接合されたボールを200本観察して、形状の真円性、異常変形不良、寸法精度等を評価した。線径は25μmと18μmの2種類のワイヤを使用した。真円からずれた異方性や花弁状等の不良ボール形状が6本以上であれば不良と判定し×印を表2の「ボール接合形状」の欄に表記した。また、異方性や花弁状等の不良ボール形状が1〜5本ある場合は二つに分類して、顕著な偏芯等の異常変形が1本以上発生していれば量産での改善が望ましいから△印、異常変形が発生していなければ使用可能であることから○印、不良ボール形状が0本であれば良好であるため◎印を表2の「ボール接合形状」の欄に表記した。
【0065】
ボール接合強度の評価には、線径25μmでボール径50〜65μmの範囲となるように、ステージ温度175℃で接合した試料を用いた。20本のボール接合部のシェア試験を行い、そのシェア強度の平均値を測定し、ボール接合部の面積の平均値を用いて計算した、単位面積当たりのシェア強度を用いた。単位面積当たりのシェア強度が、70MPa未満であれば接合強度が不十分であるため×印、70MPa以上90MPa未満の範囲であれば若干の接合条件の変更で改善できるため△印、90MPa以上110MPa未満の範囲であれば実用上は問題ないと判断して○印、110MPa以上の範囲であれば良好であるため◎印を表2の「シェア強度」の欄に表記した。
【0066】
ウェッジ接合性の評価では、剥離不良が増える低荷重、低温での接続により加速評価を行った。接続温度は160℃とし、接合相手はAgメッキされたCuリードフレームを用いた。ここでは線径が25μmと18μmの2種類の半導体用銅合金ボンディングワイヤを使用した。2000本のボンディングにより不着(Non−Stick−On−Lead:NSOL)の発生頻度を評価した。不着数が6本以上の場合は改善が必要であるため×印、不着数が3〜5本の場合には△印、不着数が1本又は2本の場合にはほぼ良好であるため○印、不着数がゼロの場合にはワイヤ保管寿命が良好であると判断して◎印を表2中の「ウェッジ接合性」の欄に表示した。
【0067】
ボンディング工程でのループ形状安定性について、ワイヤ間隔(スパン)が4mmのロングスパンと、2mmの汎用スパンでループを500本作製した。ループを投影機により観察し、半導体用銅合金ボンディングワイヤのループ高さのバラツキ、ワイヤ曲がり等を評価した。ここでは線径が25μmと18μmの2種類の半導体用銅合金ボンディングワイヤを使用した。ワイヤ長が長い4mmで台形ループの形成は、チップ端への接触を回避するため、より厳しいループ制御が必要となる。表2中の「ループ制御高さ安定性」の欄では、ワイヤ長2mmで、直線性、ループ高さ等の不良が5本以上ある場合は、問題有りと判断して×印で表し、ワイヤ長2mmで不良が2〜4本あり、且つ、ワイヤ長4mmで不良が5本以上の場合には、改善が必要と判断して△印で表し、ワイヤ長2mmで不良が1本以下、且つ、ワイヤ長4mmで不良が2〜4本の場合には、ループ形状は比較的良好であるため○印で示し、ワイヤ長4mmで不良が1本以下の場合にはループ形状は安定であると判断し◎印で表した。
【0068】
台形ループの直線性を評価するため、ワイヤ間隔が4mmのロングスパンでボンディングを行った。線径は25μmとした。30本の半導体用銅合金ボンディングワイヤを投影機により上方から観察して、ボール側とウェッジ側との接合部を結ぶ直線に対し、半導体用銅合金ボンディングワイヤが最も離れている部位のずれを曲がり量として測定した。表2中の「台形ループ直線性」の欄では、その曲がり量の平均が、線径の1本分未満であれば良好であると判断し◎印で表示し、2本分以上であれば改善が必要であるため△印、その中間であれば通常は問題とならないため○印で表した。
【0069】
表1、2において、第1請求項に係わる半導体用銅合金ボンディングワイヤは実施例1〜50であり、第3請求項に係わる半導体用銅合金ボンディングワイヤは実施例1〜7、11〜16、18、20〜26、28〜33、35、37〜50、第4請求項に係わる半導体用銅合金ボンディングワイヤは実施例11〜20、36〜40、第5請求項に係わる半導体用銅合金ボンディングワイヤは実施例21〜40に相当する。また、比較例1〜4は、第1請求項を満足しない半導体用銅合金ボンディングワイヤの場合に相当する。
【0070】
実施例1〜50の半導体用銅合金ボンディングワイヤは、本発明の第1請求項に係わる半導体用銅合金ボンディングワイヤに相当し、Pdを0.13〜1.15質量%含有することにより、加熱時間200時間でのPCT信頼性が良好であることが確認された。一方、比較例1〜5では、Pdを0.13〜1.15質量%含有する条件を満足しておらず、200時間の短時間加熱でもPCT信頼性が低下していることが確認された。実施例2〜5、8〜15、17、18、20、22〜25、27〜31、33〜40、42〜50の半導体用銅合金ボンディングワイヤはPdを0.2〜1.1質量%含有することにより、加熱時間500時間でのPCT信頼性が良好であることが確認された。
【0071】
実施例1〜7、11〜16、18、20〜26、28〜33、35、37〜50の半導体用銅合金ボンディングワイヤは、本発明の第3請求項に係わる半導体用銅合金ボンディングワイヤに相当し、Pdを0.13〜1.15質量%含有し、ワイヤ長手方向と平行であるワイヤ断面における結晶粒の平均サイズが2μm以上であり、ループ高さの安定性、ウェッジ接合性が良好であることが確認された。一方、実施例8〜10、17、19、27、34、36では、結晶粒の平均サイズが2μm以上である条件を満足しておらず、ループ高さの安定性、ウェッジ接合性が許容できる範囲であるがやや低下していることが確認された。実施例1〜3、5、6、12〜16、18、21〜24、28、29、31、32、35、37〜40、42〜44、46〜49の半導体用銅合金ボンディングワイヤは結晶粒の平均サイズが3μm以上であることにより、ループ高さの安定性、ウェッジ接合性がさらに向上していることが確認された。
【0072】
実施例11〜20、36〜40の半導体用銅合金ボンディングワイヤは、本発明の第4請求項に係わる半導体用銅合金ボンディングワイヤに相当し、Pdを0.13〜1.15質量%、Ag、Auの少なくとも1種を総計で0.0005〜0.07質量%含有することにより、線径25μmでのボール接合形状が良好であることが確認された。さらに、実施例11〜16、18、37〜40の銅合金ボンディングワイヤは、Pdを0.13〜1.15質量%、Ag、Auの少なくとも1種を総計で0.0005〜0.07質量%含有し、結晶粒の平均サイズが2μm以上である条件を満足することにより、線径18μmの細線による厳しいボール接合形状の評価でも良好な結果が確認された。
【0073】
実施例21〜40の半導体用銅合金ボンディングワイヤは、本発明の第5請求項に係わる半導体用銅合金ボンディングワイヤに相当し、Pdを0.13〜1.15質量%の範囲で含有し、Ti:0.0005〜0.01質量%、B:0.0005〜0.007質量%、P:0.0005〜0.02質量%の少なくとも1種を含有し、前記総計が0.0005〜0.025質量%であり、線径25μmでのTCT信頼性が良好であることが確認された。さらに結晶粒の平均サイズが2μm以上である条件も満足した実施例21〜26、28〜33、35、37〜40の半導体用銅合金ボンディングワイヤでは、線径18μmの細線による厳しいTCT信頼性評価でも良好な結果が確認された。
【0074】
【表3】

【0075】
表3には、酸化銅の膜厚を管理した各半導体用銅合金ボンディングワイヤにおける評価結果を示す。表1の実施例で作製した試料を用いて、酸化銅の膜厚を管理、変更した。試料表記に関して、試料番号の末尾にaを付記したものが表1の実施例で評価した試料に相当し、末尾にb、c、dを付記したものは、製造条件の変更等により酸化銅の膜厚を変更した試料である。酸化膜厚を簡便に制御するため、最終径の熱処理工程での加熱温度、窒素ガスの流量、ワイヤ走間速度、炉内の酸素濃度等を制御した。第2請求項に係わる半導体用銅合金ボンディングワイヤは、表1、2においては実施例1〜50、表3においては実施例2a、2c、3a、3b、4a、4b、4c、6a、6b、14a、14b、24a、24b、29a、29bに相当し、比較例1a、1bは、第1請求項を満足しない半導体用銅合金ボンディングワイヤの場合に相当する。
【0076】
実施例2a、2c、3a、3b、4a、4b、4c、6a、6b、14a、14b、24a、24b、29a、29bの半導体用銅合金ボンディングワイヤは、本発明の第2請求項に係わる半金ボンディングワイヤに相当し、Pdを0.13〜1.15質量%の範囲で含有し、ワイヤ表面の酸化銅の平均膜厚が0.0005〜0.02μmの範囲であることにより、PCT信頼性のばらつきが減少して安定する効果が確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Pdを0.13〜1.15質量%含有し、残部が銅と不可避不純物とでなる銅合金を伸線加工してなることを特徴とする半導体用銅合金ボンディングワイヤ。
【請求項2】
前記銅合金が、更に、Ag、Auの少なくとも1種を総計で0.0005〜0.07質量%含有することを特徴とする請求項1に記載の半導体用銅合金ボンディングワイヤ。
【請求項3】
前記銅合金が、更に、Ti:0.0005〜0.01質量%、B:0.0005〜0.007質量%、及びP:0.0005〜0.02質量%の少なくとも1種を総計で0.0005〜0.025質量%含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の半導体用銅合金ボンディングワイヤ。

【公開番号】特開2012−74706(P2012−74706A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−219314(P2011−219314)
【出願日】平成23年10月3日(2011.10.3)
【分割の表示】特願2011−519918(P2011−519918)の分割
【原出願日】平成22年6月23日(2010.6.23)
【出願人】(306032316)新日鉄マテリアルズ株式会社 (196)
【出願人】(595179228)株式会社日鉄マイクロメタル (38)
【Fターム(参考)】