説明

半導体装置用ボンディングワイヤ

【課題】本発明は、従来の基本性能に加えて、熱サイクル試験での不良低減を図った銅を主体とする半導体装置用ボンディングワイヤを提供する。
【解決手段】銅を主成分とする芯材と、前記芯材の上に設けられた、前記芯材と、Pdと銅を含有する外層とを有するボンディングワイヤであって、前記外層は50mol%以上のPdを含む部位であり、前記外層の厚さが0.021〜0.12μmであることを特徴とする半導体装置用ボンディングワイヤである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体素子上の電極と、回路配線基板(リードフレーム、基板、テープ等)の配線とを接続するために利用される半導体装置用ボンディングワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、半導体素子上の電極と、外部端子との間を接合する半導体装置用ボンディングワイヤ(以下、ボンディングワイヤ)として、線径20〜50μm程度の細線(ボンディングワイヤ)が主として使用されている。ボンディングワイヤの接合には超音波併用熱圧着方式が一般的であり、汎用ボンディング装置、ボンディングワイヤをその内部に通して接続に用いるキャピラリ冶具等が用いられる。ワイヤ先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりボールを形成させた後に、150〜300℃の範囲内で加熱した半導体素子の電極上に、このボール部を圧着接合せしめ、その後で、直接ワイヤを外部リード側に超音波圧着により接合させる。
【0003】
近年、半導体実装の構造・材料・接続技術等は急速に多様化しており、例えば、実装構造では、現行のリードフレームを使用したQFP(Quad Flat Packaging)に加え、基板、ポリイミドテープ等を使用するBGA(Ball Grid Array)、CSP(Chip Scale Packaging)等の新しい形態が実用化され、ループ性、接合性、量産使用性等をより向上したボンディングワイヤが求められている。そうしたボンディングワイヤの接続技術でも、現在主流のボール/ウェッジ接合の他に、狭ピッチ化に適したウェッジ/ウェッジ接合では、2ヶ所の部位で直接ボンディングワイヤを接合するため、細線の接合性の向上が求められる。
【0004】
ボンディングワイヤの接合相手となる材質も多様化しており、シリコン基板上の配線、電極材料では、従来のAl合金に加えて、より微細配線に好適な銅が実用化されている。また、リードフレーム上には、Agメッキ、Pdメッキ等が施されており、また、樹脂基板、テープ等の上には、銅配線が施され、その上に金等の貴金属元素及びその合金の膜が施されている場合が多い。こうした種々の接合相手に応じて、ワイヤの接合性、接合部信頼性を向上することが求められる。
【0005】
ボンディングワイヤの素材は、これまで高純度4N系(純度>99.99mass%)の金が主に用いられている。しかし、金は高価であるため、材料費が安価である他種金属のボンディングワイヤが所望されている。
【0006】
ワイヤボンディング技術からの要求では、ボール形成時に真球性の良好なボールを形成し、そのボール部と電極との接合部で十分な接合強度を得ることが重要である。また、接合温度の低温化、ボンディングワイヤの細線化等に対応するためにも、回路配線基板上の配線部にボンディングワイヤをウェッジ接続した部位での接合強度、引張り強度等も必要である。
【0007】
高粘性の熱硬化エポキシ樹脂が高速注入される樹脂封止工程では、ボンディングワイヤが変形して隣接ワイヤと接触することが問題となり、しかも、狭ピッチ化、長ワイヤ化、細線化も進む中で、樹脂封止時のワイヤ変形を少しでも抑えることが求められている。ワイヤ強度の増加により、こうした変形をある程度コントロールすることはできるものの、ループ制御が困難となったり、接合時の強度が低下する等の問題が解決されなくては実用化は難しい。
【0008】
更に、ボンディングワイヤが接続され実装された半導体素子が実際に使用されるときの長期信頼性も重要となる。特に自動車に搭載される半導体素子などでは、厳しい安全性を確保するため、高温、高湿、熱サイクルなど厳しい環境での高い信頼性が要求される。こうした従来にない過酷な環境においても、ボンディングワイヤが接続された接合部では劣化することなく、高い信頼性を維持されなくてはならない。
【0009】
上記要求を満足するワイヤ特性として、ボンディング工程におけるループ制御が容易であり、しかも電極部、リード部への接合性も向上しており、ボンディング以降の樹脂封止工程における過剰なワイヤ変形を抑制すること、更には、接続部の長期信頼性や過酷環境下での接合部安定性等の、総合的な特性を満足することが望まれている。
【0010】
材料費が安価で、電気伝導性に優れ、ボール接合、ウェッジ接合等も高めるために、銅を素材とするボンディングワイヤが開発され、特許文献1等が開示されている。しかし、銅のボンディングワイヤでは、ワイヤ表面の酸化により接合強度が低下することや、樹脂封止されたときのワイヤ表面の腐食等が起こり易いことが問題となる。これらが銅のボンディングワイヤの実用化が進まない原因ともなっている。
【0011】
銅系ボンディングワイヤでは、ワイヤ先端を溶融してボール部を形成する際に、酸化を抑制するために、ガスをワイヤ先端に吹付けながらボンディングが行われる。現在は銅系ボンディングワイヤのボール形成時の雰囲気ガスとして、水素5vol%を含有する窒素ガスが一般的に使用されている。特許文献2には、銅線を銅または銅合金リードフレームに接続する際に、5vol%H2+N2の雰囲気で接続することが開示されている。また、非特許文献1では、銅ボンディングワイヤのボール形成には、5vol%H2+N2ガスではボール表面の酸化を抑制できるため、N2ガスよりも望ましいことが報告されている。現在では銅系ボンディングワイヤを用いるときに使用されるガスとして、5vol%H2+N2ガスが標準化されている。
【0012】
銅ボンディングワイヤの表面酸化を防ぐ方法として、特許文献3には、金、銀、白金、パラジウム、ニッケル、コバルト、クロム、チタン等の貴金属や耐食性金属で銅を被覆したボンディングワイヤが提案されている。また、ボール形成性、メッキ液の劣化防止等の点から、特許文献4には、銅を主成分とする芯材、該芯材上に形成された銅以外の金属からなる異種金属層、及び該異種金属層の上に形成され、銅よりも高融点の耐酸化性金属からなる被覆層の構造をしたボンディングワイヤが提案されている。特許文献5には、銅を主成分とする芯材と、該芯材の上に芯材と成分又は組成の一方または両方の異なる金属と銅を含有する外皮層を有し、その外皮層の厚さが0.001〜0.02μmの薄膜であるボンディングワイヤが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開昭61-99645号公報
【特許文献2】特開昭63-24660号公報
【特許文献3】特開昭62-97360号公報
【特許文献4】特開2004-64033号公報
【特許文献5】特開2007-12776号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】“Copper Ball Bonding for Fine Pitch, High I/O Devices”: P. Devlin, Lee Levine, 38th International Symposium on Microelectronics (2005), P.320-324.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
従来の単層構造の銅系ボンディングワイヤ(非被覆の銅系ボンディングワイヤのことであり、ワイヤ表面に薄い自然酸化膜層等が形成されている場合がある。以下、単層銅ワイヤと記す。)の実用上の問題として、ワイヤ表面が酸化し易いこと、接合強度が低下すること等が起こり易いことが挙げられる。そこで、銅ボンディングワイヤの表面酸化を防ぐ手段として、ワイヤ表面に貴金属や耐酸化性の金属を被覆することが可能である。
【0016】
半導体実装の高密度化、小型化、薄型化等のニーズを考慮して、本発明者らが評価したところ、銅ボンディングワイヤの表面を銅と異なる金属で覆った構造の従来複層銅ワイヤ(非被覆の銅ワイヤを単層銅ワイヤと呼ぶのに対し、1層からなる被覆層で被覆した前記銅ワイヤを複層銅ワイヤとしている。以下、従来複層銅ワイヤと記す。)では、後述するような実用上の問題が多く残されていることが判明した。
【0017】
従来複層銅ワイヤの先端にボールを形成した場合、真球からずれた扁平ボールが形成されたり、ボール内部に溶融されないワイヤが残ったり、気泡が発生したりすることが問題となる。こうした正常でないボール部を電極上に接合すると、接合強度の低下、チップ損傷等の問題を起こす原因となる。
【0018】
従来複層銅ワイヤで複雑なループ制御等を実施すると、被覆層と銅との界面で剥離すること等で、ループ形状が不安定になること、狭ピッチ接続では隣接ワイヤが電気的ショートを起こすことが懸念される。
【0019】
従来複層銅ワイヤによりボールを形成した場合、単層銅ワイヤあるいは現在主流の金ボンディングワイヤを使用した場合よりも、ボール接合部の形状不良および接合強度の低下などが起こり易いことが実用上の問題となる。具体的な不良事例では、真球からずれた扁平ボールの形成、ボールがワイヤに対して傾いて形成される芯ずれなどが発生したり、ボール内部に溶融されないワイヤが残ったり、気泡(ブローホール)が生成することが問題となる場合もある。こうした正常でないボール部を電極上に接合すると、ワイヤ中心からずれてボールが変形する偏芯変形、真円からずれる形状不良として楕円変形、花弁変形などが生じることで、電極面から接合部のはみ出し、接合強度の低下、チップ損傷、生産管理上の不具合などの問題を起こす原因となる。こうした初期接合の不良は、前述した長期信頼性の低下を誘発する場合もある。
【0020】
従来複層銅ワイヤのボール接合に関する不具合を解決する手法として、特許文献4には外皮層の厚さが0.001〜0.02μmとすることが開示されている。ここでの外皮層は濃度勾配の領域も含めており、外皮層と芯材との境界は金属Mの濃度が10mol%以上であることも記載されている。本発明者らの評価では、このように外皮層の厚さを薄膜化することにより、前述したボール接合部の問題が一部に改善されることは観察されたが、自動車に搭載される半導体素子等の用途で新たな環境下で使用される場合には必ずしも効果は十分でなく、むしろ、外皮層の厚さを薄くするほど扁平ボールの発生頻度は増加することが確認された。また、薄膜化により、ワイヤのウェッジ接合の向上が十分でなく、さらに後述する長期信頼性に問題が生じることが確認された。
【0021】
新たな過酷環境下での評価として、具体的には次のような試験が行われている。すなわち、単層銅ワイヤを接続した半導体の信頼性試験では、熱サイクル試験(TCT試験:Temperature Cycle Test)においてウェッジ接合部の近傍でのワイヤ破断が発生し、その不良頻度が金ボンディングワイヤよりも高いことが最近になり問題となり始めている。また、ハンダリフロー工程でも、同様に銅系ワイヤの接合部破断が発生する不具合が懸念される。これも一種の熱疲労によるワイヤ破断であり、最近の環境対応で急速に実用化されているPbフリーハンダでは融点が従来の錫/鉛ハンダよりも高いため、熱歪みが問題となりはじめている。これらのワイヤ破断の原因は、半導体を構成部材である封止樹脂、リードフレーム、シリコンチップなどの熱膨張差に起因する不具合である。半導体の動作時の発熱量の増大、使用環境の高温化や温度変化の増大などに適用するためには、銅系ボンディングワイヤではTCT試験でのワイヤ破断を改善することが今後より重要となる。
【0022】
従来複層銅ワイヤでは、TCT試験での不良頻度が単層銅ワイヤよりも若干低減すること、一方で金ボンディングワイヤと比較するとまだ劣ることを本発明者らは確認した。例えば、従来複層銅ワイヤであっても、前述した外皮層の厚さが0.001〜0.02μmの薄膜の場合には、TCT試験での改善効果は十分でなかった。
【0023】
単層銅ワイヤでは表面酸化が進行するため、大気中での保管寿命が短いことは使用中の問題となる。従来の金ボンディングワイヤでは、使用前または使用途中に1ヶ月程度保管することが可能である。単層銅ワイヤでは、大気中に数日間保管されただけで、ウェッジ接合性が低下したり、ボール形状が不安定となる問題が発生する。これが銅系ボンディングワイヤの作業性を低下させる要因となる。
【0024】
従来複層銅ワイヤでは、単層銅ワイヤより酸化を遅らせる効果が期待できるが、その効果は、外層またはワイヤ表面近傍における組成、構造、厚さなどにより大きく異なる。従来複層銅ワイヤの構造の適正化が重要となる。金ボンディングワイヤと同等の作業性を確保するには、例えば、2ヶ月程度の大気保管の後でも、ウェッジ接合性、ループ形状などが劣化しないことが保障される必要がある。これは、単層銅ワイヤの保管寿命に比べれば数十倍の寿命向上が必要であり、銅を主体とする材料においては相当厳しい条件が求められることになる。
【0025】
酸化に関連する問題では、ボール形成時の酸化抑制も銅ワイヤの重要な課題である。従来の単層銅ワイヤでは、ボール形成用ガスでは、5vol%H2+N2ガスが標準ガスとして多く使用されている。この5vol%H2+N2ガスを使用することで、工場内で該ガスを供給するには専用の配管を設ける費用が必要であり、混合ガスのランニングコストも割高である。これら製造コストを含めたトータルコストで比較すると、ワイヤ素材に銅を使用しても、金ボンディングワイヤと比べてコストメリットが少ない場合さえある。こうしたガス費用も銅系ボンディングワイヤが普及しない要因の一つとなる。また、水素を5vol%も含むため安全管理が厳しくなり、作業性の低下なども懸念されている。
【0026】
純N2ガスだけであれば、費用削減効果も大幅に高まり、安全管理上の障害も低下するなど、使用者側のメリットは大きい。しかしながら、従来の単層銅ワイヤを量産で使用する際には、使用困難との判断により、純N2ガスは実用化されていなかった。これまでの従来複層銅ワイヤの場合にも、5vol%H2+N2ガスを使用する方が総合的に安定した生産性が確保しやすく、純N2ガスを用いると、前述した偏芯ボールが発生したり、ボールサイズが不安定になるなどの問題があった。純N2ガスを使用しても高い生産性、信頼性が得られる従来複層銅ワイヤができれば、銅系ボンディングワイヤの普及を遅らせる障害が低くなり、実用化の加速が期待される。
【0027】
本発明では、上述するような従来技術の問題を解決して、従来の基本性能に加えて、熱サイクル試験での不良低減を図った銅を主体とする半導体装置用ボンディングワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0028】
本発明者らが、上記問題を解決するために銅系ボンディングワイヤを鋭意検討した結果、外層を有し、特定の外層厚さでもって特定の厚さ範囲にすることが有効であることを見出した。更に効果的には、外層および芯材などの組成、構造などの制御が有効であることを見出した。
【0029】
本発明は前記知見に基づいてなされたものであり、以下の構成を要旨とする。
【0030】
請求項1に係る半導体装置用ボンディングワイヤは、銅を主成分とする芯材と、前記芯材の上に設けられた、前記芯材と、Pdと銅を含有する外層とを有するボンディングワイヤであって、前記外層は50mol%以上のPdを含む部位であり、前記外層の厚さが0.021〜0.12μmであることを特徴とする。
【0031】
また、請求項2に係る半導体装置用ボンディングワイヤは、請求項1において、前記外層が、Bi、P、Se、及び、Tlから選ばれる1種以上の元素を含有し、前記外層の最表面での該元素濃度が総計で0.01〜5mol%の範囲であることを特徴とする。
【0032】
また、請求項3に係る半導体装置用ボンディングワイヤは、請求項1又は2において、前記外層と前記芯材の間に、拡散層を有することを特徴とする。
【0033】
また、請求項4に係る半導体装置用ボンディングワイヤは、請求項1〜3のいずれかにおいて、金属元素の総計に対する前記金属Mの濃度が10mol%以上である領域の厚さが、0.03〜0.2μmであることを特徴とする。
【0034】
また、請求項5に係る半導体装置用ボンディングワイヤは、請求項1〜4のいずれかにおいて、前記外層内において、金属元素の総計に対する前記金属Mの濃度が総計で90mol%以上の領域の厚さが0.004〜0.07μmであることを特徴とする。
【0035】
また、請求項6に係る半導体装置用ボンディングワイヤは、請求項1〜5のいずれかにおいて、前記外層内において、金属元素の総計に対する前記金属Mの濃度が総計で96mol%以上である領域の厚さが0.002〜0.06μmであることを特徴とする。
【0036】
また、請求項7に係る半導体装置用ボンディングワイヤは、請求項1〜6のいずれかにおいて、前記外層の最表面における金属元素の総計に対する銅濃度が0.5〜45mol%であることを特徴とする。
【0037】
また、請求項8に係る半導体装置用ボンディングワイヤは、請求項1〜7のいずれかにおいて、前記外層内において、金属元素の総計に対する銅濃度が1〜30mol%の範囲である領域の厚さが0.0005〜0.008μmであることを特徴とする。
【0038】
また、請求項9に係る半導体装置用ボンディングワイヤは、請求項1〜8のいずれかにおいて、ワイヤ全体に占める銅以外の前記金属Mの金属元素の総計に対する濃度が総計で0.05〜3mol%の範囲であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0039】
本発明のボンディングワイヤにより、熱サイクル試験での不良を低減でき、前記した芯材の合金化効果を増幅することが可能であり、ピール試験での改善効果を細線、太線の線径に関係なく安定して確保できること、さらにボール変形の真円性が向上する。
【発明を実施するための形態】
【0040】
ボンディングワイヤについて、銅を主成分とする芯材と、金属Mを含有する被覆層で構成されたものを検討した結果、ワイヤの表面近傍に金属Mを含有することにより、ウェッジ接合性の向上などが期待できる反面、ボールの不安定形成、熱サイクル試験またはリフロー工程でのウェッジ接合部の破断が新たな問題となること、及び、保管寿命の改善効果が十分でないことなどが判明した。そこで、狭ピッチの小ボール接合、熱疲労でのウェッジ接合部の高信頼化、保管寿命の延長などの新たな実装ニーズへの対応、量産適応性の更なる向上、さらに実装プロセス費用を削減する安価なガスでの接続安定性の改善などにも対応できる銅系ボンディングワイヤを検討した結果、外層を有し、特定の外層厚さでもって特定の厚さ範囲にすることが有効であることを見出した。更に効果的には、外層および芯材などの組成、構造などの制御が有効であることを見出した。
【0041】
即ち、銅を主成分とする芯材と、該芯材の上に設けられた、芯材と、成分及び組成の一方又は両方が異なる金属M及び銅を含有する外層を有し、前記外層の厚さが0.021〜0.12μmであるボンディングワイヤであることが望ましい。該ボンディングワイヤであれば、熱サイクル試験(TCT試験)またはリフロー工程において、ウェッジ接合部での断線を抑制する高い効果が得られる。ここでの主成分とは、銅と金属Mの濃度の総計に対する銅濃度の比率が50%以上であることを指す。
【0042】
TCT試験では温度の昇降を繰り返すことで、封止樹脂、リードフレーム、シリコンチップの熱膨張差に起因する熱歪みが生じて、元来強度的に弱いウェッジ接合部の近傍に破断または損傷を誘発する。ボンディングワイヤが大きく変形されているウェッジ接合部では、断面積の縮小や加工時の格子欠陥の導入などで、一般的にワイヤ単体よりも強度が低下している。しかも銅ワイヤは、ウェッジ接合界面の接合強度が金ボンディングワイヤに比べて相当低いため、引張り・圧縮が繰り返されると該接合部の近傍での剥離、断線などが発生しやすいことが判明した。こうした要因から、銅系ボンディングワイヤのウェッジ接合部ではTCT試験での不良の発生が金ボンディングワイヤよりも大きな問題となる。
【0043】
外層の厚さが0.021〜0.12μmの範囲であれば、TCT試験でのウェッジ接合部での信頼性が向上する要因は、外層を構成する金属Mが接合相手との密着性の向上に有効に作用するためと考えられる。厚さが0.021μm以上であれば、外層が接合界面でほぼ安定して強度増加をもたらすため、TCT試験で高い信頼性が得られる。厚さが0.021μm未満であれば、TCT試験での十分な信頼性が得られないことを経験的に把握した。この根拠は、ウェッジ接合時に外層がワイヤと同様に大きく変形を受けることで、接合界面に残存する外層が薄い領域または存在しない領域など局在的に発生して、TCT試験に耐えられるような十分な界面強度を確保できないためと考えられる。こうした接合界面で外層の存在が不均一であっても、多くの場合には初期の接合強度の向上には有効に作用するのに対して、TCT試験の熱履歴では、引張・圧縮方向の歪みがウェッジ接合に複雑に関与するため、十分な耐性を確保できない。一方で、外層厚さが0.12μmを超えると、ボール部の表面平滑性の低下、ゴルフクラブ状の芯ずれボールの不良発生により、ボールの形状、サイズが不安定となる。0.12μm以下であれば、両立が困難とされていたボール形成性とウェッジ接合性の両方を満足できる。
【0044】
好ましくは、外層の厚さが0.025〜0.095μmの範囲であれば、厳しい熱履歴条件でのTCT試験における不良を低減して、高い信頼性が得られる。より好ましくは、0.03〜0.085μmの範囲であれば、厳しい熱履歴条件でのTCT試験での信頼性をさらに向上できる。
【0045】
TCT試験でのウェッジ接合部の損傷はリードフレームの素材とも関連しており、リードフレームが銅合金の場合に熱歪み量が大きく損傷が生じやすいのに対して、熱膨張係数の小さい42アロイの場合には不良はほとんど発生しない。安価な銅系リードフレームの使用量が今後より増えること、高温信頼性が要求される車載用半導体の用途への銅系ボンディングワイヤの適用などを考えると、TCT試験での銅系ボンディングワイヤの信頼性は、報告事例はまだ少ないものの、最近クローズアップされている課題である。
【0046】
TCT試験だけの判定では、試料作製が煩雑であり、評価時間が長いこと、ボンディングワイヤ以外のリードフレーム、封止樹脂などの部材の選定により評価結果も異なることなどが懸念される。そこで評価効率を高める簡便な試験法として、ウェッジ接合部の引張り試験(以下、ウェッジ接合のピール試験と称す)を本発明者らは考案し、TCT試験と同様の相関が得られることを確認した。これは、ウェッジ接合部の直上方向にボンディングワイヤを引き上げる通常のピール試験を改良し、引張り方向、速度などを適正化した測定法である。この試験での破断延性が高いボンディングワイヤおよび接続試料では、TCT試験での不良発生までのサイクル数が長い傾向が確認された。ウェッジ接合のピール試験は、TCT試験では得られない、ウェッジ接合部の機械的特性を定量的に評価できる有効な手法である。
【0047】
外層の主成分となる金属Mとは、銅以外の金属であり、ボンディングワイヤの接合性の改善に効果があり、銅の酸化防止にも有効である金属であることが望ましい。例えば、Au、Pd、Pt、Rh、Ag、W、Mo、Cr、及びNi等が挙げられる。中でも、金属Mとして、Au、Pd、Pt、及びRhの少なくとも1種の金属であることが好ましい。Auは、封止樹脂との密着性、電極への接合性等に実績が多く、品質管理も容易である等の利点がある。Pd、及びPtは、ボール形状を安定化させることが比較的容易であり、TCT試験での接合信頼性でも高い改善効果が得られる。Pdは材料費も比較的安価であり、銅との密着性も良好であるため、外層としての利用価値がさらに高まる。中でも、外層の主成分がPdであり、該外層の厚さが0.021〜0.12μmである場合には、前述したTCT試験での接合信頼性の改善効果が顕著であり、さらに優れたワイヤ接合性、操作性などを有することから、細線での量産歩留まりの向上にも有利であることが確認された。
【0048】
芯材の主成分は銅であり、合金元素を添加して、銅合金中の成分、組成により、特性は改善する。前記銅を主成分とする芯材が、P、B、Ir、Zr、Bi、Ti、Au、Ag、Sn及び希土類元素から選ばれる1種以上の添加元素を含有し、ボンディングワイヤ全体に占める該添加元素濃度が総計で0.0001〜0.03mol%の範囲であることにより、TCT試験での不良率が低減すること、ウェッジ接合のピール試験での破断伸びが増加することなどの効果が増大する。特に、ウェッジ接合のピール試験では改善効果が高い。これら合金元素の作用として、ワイヤ製造、ウェッジ接合において芯材の加工および再結晶での集合組織の形成を制御することにより、ウェッジ接合部近傍でのボンディングワイヤの破断伸びの増加に有効に作用していると考えられる。また、外層を構成する金属MがAu、Pd、Pt、及びRhの場合に、ボール溶融により芯材中の該添加元素は金属Mと相乗作用することで、ボール変形時の真円性をさらに向上させる効果がある。こうした添加効果について、外層が形成されていない従来の銅系ボンディングワイヤに添加された場合と比較して、外層と該添加元素が併用された場合の方が、効果が促進されることが見出された。該添加元素の濃度が0.0001mol%未満であれば上述の改善効果が小さくなる場合がある。0.03mol%を超えると、ボール表面にシワ状の窪みが発生してボール形状が不安定になる場合がある。中でも、外層の金属MがPdであるときに、前記した芯材の合金化効果を増幅することが可能であり、ピール試験での改善効果を細線、太線の線径に関係なく安定して確保できること、さらにボール変形の真円性が向上することなどが確認された。
【0049】
前記外層が、Bi、P、Se、及びTlから選ばれる1種以上の元素を含有し、外層の最表面での該元素濃度が総計で0.01〜5mol%の範囲であることにより、ワイヤ表面のキズを減少させることができ、結果として、キャピラリの詰まりが減少して、キャピラリの交換寿命を向上することが可能となる。これは、上記元素が含まれる外層では、膜質が緻密であること、表面が硬化することなどが影響していると考えられる。外層の最表面での該元素濃度が0.01mol%未満であれば上述の改善効果が小さくなる場合があり、5mol%を超えると、ボンディングワイヤとキャピラリ内壁との摺動抵抗が増加してループ形状が不安定となる場合がある。
【0050】
本願のワイヤ断面構造について、基本的には、外層/芯材、または外層/拡散層/芯材に区分することができる。ここで、外層の境界は、外層を構成する金属Mの検出濃度の総計が50mol%の部位とする。よって、本発明でいう外層とは、外層を構成する金属Mの検出濃度の総計が50mol%の部位から表面であり、即ち、外層を構成する金属Mの検出濃度の総計が50mol%以上の部位である。この根拠は、TCT試験、リフロー耐性など高温環境での接合界面での拡散現象に左右されるワイヤ特性に対して、上記検出濃度が50mol%以上の部位が支配的に作用することを見出したためである。該濃度値は層境界濃度として比較的高いと考えられるものの、50mol%以上の領域を外層としてワイヤ内部と区別して制御することで、本発明の効果のみならず、ワイヤ総合特性の管理、整理にも役立つ。ここでの外層、拡散層での濃度について、金属Mと銅を総計した濃度比率を用いており、表面近傍のC、O、N、Cl、Sなどガス成分、非金属元素などは除外して計算した濃度値を用いている。
【0051】
外層と芯材の中間域を拡散層とし、拡散層とは芯材の銅と外層の金属Mとが相互拡散により形成された領域である。本願の拡散層の定義は、性能などから判断して、金属Mの検出濃度の総計が10mol%以上50mol%未満の領域とする。この濃度域では金属Mの濃度が低く、外層と芯材の両者とは少し異なる役割を果たすためである。このような拡散層を有するボンディングワイヤがより好ましい。
【0052】
外層と芯材の間に拡散層を有するボンディングワイヤであって、該芯材の上に設けられた、芯材と、成分及び組成のいずれか一方、又は両方が異なる金属M及び銅を含有する外層を有し、前記外層の厚さが0.021〜0.12μmであり、金属Mの濃度が10mol%以上である領域の厚さが0.03〜0.2μmである半導体装置用ボンディングワイヤであることが望ましい。該ボンディングワイヤであれば、初期のウェッジ接合性がより向上し、さらにPbフリーハンダを用いたリフロー工程でのウェッジ接合部の信頼性をより向上する。ここで、金属Mの濃度が10mol%以上である領域とは、外層と拡散層を合わせた部位に相当する。
【0053】
特定の厚さの外層だけではウェッジ接合性とリフロー特性を同時に向上することは困難な場合があり、金属Mの濃度が10mol%以上である領域の厚さ、即ち、外層と拡散層を合わせた厚さがより重要な役割を果たす。ウェッジ接合ではボンディングワイヤが複雑な塑性変形を受けて、一部には相当な塑性変形量になることから、外層だけでなく、拡散層も接合界面で機能するためと考えられる。該濃度域の厚さが0.03μm以上であれば、銅系ボンディングワイヤのウェッジ接合でよく問題となる不着不良(non-stick failure)を更に低減でき、量産歩留りを更に向上することも容易である。また、該濃度域の厚さが0.03μm以上の別の効果として、リフロー温度が高い場合に熱歪みが増大しても、ウェッジ接合部でのクラック、破断などをより低減することができる。リフロー工程では、半導体素子が短時間での温度上昇と降下に曝されることから、急熱・急冷されたウェッジ接合部には、TCT試験とは少し異なる信頼性が要求される。該濃度域の濃度域の厚さが0.2μm超であれば、ボンディングワイヤの曲げ剛性が高くなり、ループ形状のばらつきが増える場合があるためである。ここで、拡散層を金属Mの濃度が10mol%以上50mol%未満の領域とすれば、拡散層だけ分離した厚さとして、0.009〜0.18μmの範囲が望ましいことになる。好ましくは、金属Mの濃度が10mol%以上である領域の厚さが0.04μm以上であれば、180℃以下の低温でワイヤ接続された試料でもリフロー耐性を高めるのに有効である。これは、180℃以下の低温接続では、初期に十分な接合強度を得ることが困難になる場合があり、通常の250℃程度でのワイヤ接続と比べて、ウェッジ接合の耐性が低下することがあるのが原因である。
【0054】
外層と芯材の間に拡散層を有するボンディングワイヤであって、該芯材の上に設けられた、芯材と、成分及び組成のいずれか一方、又は両方の異なる金属M及び銅を含有する外層を有し、前記外層の厚さが0.021〜0.12μmであり、外層内において、金属Mの濃度が総計で90mol%以上の領域の厚さが0.004〜0.07μmである半導体装置用ボンディングワイヤであることがより望ましい。該ボンディングワイヤであれば、TCT試験での接合性向上に加えて、ボンディングワイヤを大気中に放置したときの保管寿命を大幅に向上できる。
【0055】
保管事例として、該ボンディングワイヤでは、常温で大気中に30日間以上放置してもワイヤ接続工程での不着不良が発生しないことを確認した。これは、従来の単層銅ワイヤでは、5日程度の大気放置により不着不良が発生することと比較しても、保管寿命の大幅な延長である。保管寿命を過ぎた銅系ボンディングワイヤを使用すると、ボール接合またはウェッジ接合での不着不良が発生したり、それと関連して、ボンディング装置がエラーで停止することが問題となる場合がある。大気放置が延長できる利点では、ボンディングワイヤの品質保障の期間延長、ワイヤ製品の巻数増加により実用時のワイヤ交換頻度の改善など、作業性の向上が期待される。
【0056】
金属Mの合計濃度が90mol%以上の領域では、銅濃度が10mol%未満であることからも、前記領域では外層内で金属Mの高濃度域となる。この高濃度域が、酸素の内部侵入、銅の表面方向への拡散を阻害するバリア機能を有しており、その機能をより高められる濃度が90mol%以上であることを見出した。該濃度域の厚さが0.004μm以上であれば、このバリア機能が有効に作用して酸化、硫化を抑制することで、常温で30日以上に保管寿命を向上できる。一方で0.07μmを超えると、ボール表面の凹凸の増加または硬化により、ボール接合部の形状が劣化する。好ましくは、この高濃度域が0.008〜0.06μmの範囲であれば、さらに長期間まで保管寿命を延ばすことができる。さらに好ましくは、この高濃度域が0.01〜0.05μmの範囲であれば保管寿命をさらに向上し、長期保管後のボンディングワイヤのウェッジ接合での不良を抑制できる。
【0057】
ワイヤの酸化に起因する問題として、実装工程において高温で酸化が加速的に進行することが問題となる。ボンディング工程では、半導体素子が搭載されたステージは150〜300℃に加熱されているため、ループ形成により接続されたワイヤも高温に放置される。端子数が500ピンを超える多ピン系LSIでは、接続されたワイヤの高温放置は数十秒間を超える場合もある。ボンディング後にさらに大気中で数日間放置される場合もあり、初期に酸化が進行することは品質上も不利となる。高温放置によりワイヤ表面が酸化されることは、信頼性を劣化させたり、品質管理を困難にするなど不良原因となる。例えば、ワイヤ表面の酸化により、封止樹脂とワイヤ表面との密着性が変化して、その界面に水分が浸入し易くなり、長期信頼性が低下することなどが懸念される。
【0058】
前記外層の厚さが0.021〜0.12μmであり、外層内において、金属Mの濃度が総計で96mol%以上の領域の厚さが0.002〜0.06μmである半導体装置用ボンディングワイヤであれば、ワイヤボンディング工程において接続されたワイヤが加熱ステージ上に搭載されている間の酸化を抑制することに有効である。外層の厚さの管理だけでは高温酸化を低減するのは困難であり、外層の組成、特に金属Mの濃度が相当高い領域が酸化抑制に作用することを見出した。外層内に金属Mが96mol%以上の高濃度の領域があれば、高温加熱されても酸素の内部進入と、ワイヤ表面への銅の拡散を同時に抑える高い効果が得られる。金属Mが96mol%以上の領域の厚さが0.002μm以上であれば、ステージ上での加熱時間における酸化を抑制することができ、一方で、該厚さが0.06μmを超えると、溶融・凝固されたボール部の真円性が不安定となり、生産性が低下することが懸念される。好ましくは、金属Mが96mol%以上の高濃度の領域が厚さ0.004〜0.05μmであれば、パワー系ICなどに利用される線径35μm以上の太線でも、高温酸化を抑制する高い効果が得られる。該高純度領域の位置は必ずしも最表面である必要はなく、外層内に存在することで効果が得られる。好ましくは該高純度領域は外層の表面近傍に位置することが望ましく、具体的には外層厚さの半分より表面側に位置することで高温酸化を抑制する顕著な効果が得られる。
【0059】
多様化するLSI実装構造、接続技術に適応するためには、前述した外層厚さ0.021〜0.12μmのように比較的厚い外層を有するボンディングワイヤでも、摺動性、表面削れ、繰り出し性などの更なる性能向上が求められる場合がある。キャピラリの貫通穴とワイヤ表面との摺動性が低下すると、ループ形状がばらつく原因となる。表面削れは、ループ制御する過程でワイヤ表面にキズ、削れなどが発生して、キャピラリの穴詰まりの原因となったり、削れ屑が隣接するワイヤに接触すると電気的ショート不良を起こし、実用上のトラブルとなる。繰り出し性が低下すると、スプールからワイヤが繰り出される際に、ワイヤの曲折などの変形が起こり、それが接続されたループ形状の直線性を低下させたり、繰り出し性の低下が顕著である場合にはワイヤが破断して装置が停止する場合もある。こうした表面性能をさらに改善することで、狭ピッチ接続、多段接続(Multi-tier bonding)など厳しいループ制御が要求される最新の実装ニーズにも安定した量産性が確保される。
【0060】
これら摺動性、表面削れ、巻きほぐれ性などワイヤ表面に起因する特性を改善するには、炭素、酸素など非金属元素が外層の表面に濃化した領域を形成することが有効であることを見出した。芯材、外層を構成する金属元素の成分、組成の調整だけでは対応が困難なためである。こうした表面の非金属元素の影響は、外層厚さとも関連があることを確認している。前述した0.021〜0.12μmの厚さの外層であれば、炭素、酸素など非金属元素の制御が効果的に作用する。詳細な機構は不明であるが、厚さが0.021μm未満の薄い場合には芯材の機械的特性などの影響が強く、一方、0.12μm以上の相当厚いときには外層の強度、金属組織などが支配的に機能することで、外層表面の非金属元素の制御により性能を向上することが難しいためと考えられる。
【0061】
炭素、酸素の濃度計算に限り、銅、金属Mなどの金属元素と、炭素、酸素、及び窒素の各元素などの非金属元素を総計して濃度を算出する。これに対して、前述した外層、芯材などの金属M、銅の濃度計算においては、表面近傍の炭素、酸素などの非金属元素を除外して、金属元素だけを総計して計算した濃度値を用いている。こうした2種類の濃度計算法を使い分けることで、使用性能との関連性をより明確にできる。炭素、酸素は表面に濃化しており、その領域は最表面から深さ方向に0.01μm以内の表面近傍に存在するだけであり、炭素、酸素は外層内部及び芯材には含有されていない。炭素、酸素が影響を及ぼす特性は、主に摺動性、表面削れ、巻きほぐれ性などに限られる。前述した外層、芯材の主要構成である金属M、銅、一部の合金化元素などに関連して説明した殆んどの特性(TCT試験、リフロー耐性、ウェッジ接合性、ボール接合性など)は、金属M、銅などの金属元素の成分、組成により支配されており、炭素、酸素の直接的な影響は小さいことを確認している。
【0062】
前記外層の厚さが0.021〜0.12μmであり、外層の最表面の炭素濃度が15〜80mol%の範囲であり、最表面から深さ方向に炭素濃度が5〜80mol%である領域(以下、炭素濃化域と記す)の厚さが0.0004〜0.01μmである半導体装置用ボンディングワイヤであれば、ワイヤ表面の摺動性を高めてループ形状を安定化させたり、ワイヤのキズ、削れを抑制することができる。最表面の炭素濃度の限定理由は、15mol%以上であれば摺動性の改善に寄与するためであり、また80mol%を超えるとワイヤの接合性が低下して、連続ボンディング性が低下することが問題となる。炭素濃度が5〜80mol%の範囲である炭素濃化域は、少なくとも一部は有機膜として存在することで、キャピラリの貫通穴とワイヤ表面との摩擦を低減させる十分なバッファ機能を有することが期待される。炭素濃化域の厚さが0.0004μm以上であれば、摺動性を高めるバッファ機能を得ることができ、0.01μmを超えると連続ボンディング性が低下し、特に線径20μm以下の細線では不着不良(Non-stick failure)が問題となる。好ましくは、炭素濃化域の厚さが0.0007〜0.007μmの範囲であれば、摺動性を向上してワイヤのキズ、削れを抑制する効果と、ウェッジ接合での製造マージンを拡大する効果などにより、ボンディング速度を速くすることが可能となり、生産性の向上により寄与できる。
【0063】
前述した、外層の表面の炭素濃度を制御する手法として、例えば、ワイヤ製造工程において、伸線工程での潤滑液、伸線速度、洗浄、及び乾燥時間などの調整、あるいは、焼鈍工程での防錆剤・潤滑剤などの塗布、浸漬条件、洗浄、及び乾燥などの調整を、必要に応じて選択、適正化することが有効である。中でも、伸線、焼鈍など工程の途中または最後において、ワイヤ表面に防錆剤・界面活性剤などを塗布することが有効である。塗布剤の条件(溶剤、溶媒、濃度、温度、浸漬時間・速度)、洗浄条件(温度、浸漬時間)、乾燥条件(ガス、温度、風量)などを適正化することで、前述した外層表面の炭素濃化域を制御することが可能となる。防錆剤には、外層の成分、組成などにより選択肢は多いが、例えば、トリアゾール、ベンゾトリアゾール、イミダゾール、又はそれらの誘導体など、銅用防錆剤の利用も可能である。また、伸線工程の液槽内に添加する潤滑剤にも多くの種類があるが、成分構成では油、石鹸、界面活性剤などの混合が基本であり、それら主成分の選定、配合比率などを適正化することが重要となる。工程の追加、修正の観点から分類すると、再現性、精度の高い濃度管理を行うために、表面の炭素濃度の制御を主眼にした工程を新規追加する場合と、製造コストを優先して工程を増やさないために、現行のワイヤ製造工程の若干の改良、条件変更などで対応する場合とに分けられる。いずれの方法でも、総合的にプロセスを適正化することにより、所望する炭素濃度の領域を形成することができる。
【0064】
ワイヤの繰り出し性は基本的な使用性能の一つであるが、複層銅ワイヤでの支配要因は不明な点が多く残されている。通常は、200〜3000mの長尺のワイヤをある程度のテンションを加えながら、スプールに巻きつけた状態で出荷される。このスプールをボンディング装置に取付け、スプールを回転させることでワイヤを繰り出しながら、連続ボンディングを行う。繰り出し性が低下すると、ループ形成時に円弧状のカール不良、くの字状に塑性変形する曲折不良などが発生して、ループの直線性が低下したり、ワイヤ破断などが問題となる。逆に繰り出し性だけを優先して巻きテンションを弱め過ぎると、巻き崩れが発生して、スプールに巻き取ったワイヤ全体が使用不可能となる別の問題が発生する。
【0065】
複層銅ワイヤの繰り出し性を低下させる主な要因として、スプールに巻かれた状態のワイヤの食い込み、巻き崩れ、ワイヤ接着などが原因となる場合が多い。こうした不良を抑制するのに、外層の表面の酸素濃度の制御が有効であることを見出した。外層の表面の酸化を制御することで、スプールに巻き取られたワイヤの外層が接触する界面近傍で、外層同士の金属接合を抑えつつ、ワイヤの滑り、摩擦などを微妙に調整することにより、繰り出し性が向上する。一方で、酸化膜があまり強固になり過ぎると、複層銅ワイヤの長所である接合性を損なう危険性があるため、酸素の濃度・膜厚などの管理が重要となる。例えば、単一の酸化膜だけを形成しても繰り出し性を総合的に改善することは困難であり、最表面および深さ方向の酸素濃度を適正化することが有効である。さらに、複層銅ワイヤの外層厚さによっても表面の酸素の適正条件は変化するため、外層厚さ、酸素の表面濃度、深さ方向の酸素濃度などを総合的に適正化することが重要である。
【0066】
前記外層の厚さが0.021〜0.12μmであり、外層の最表面の酸素濃度が1〜25mol%の範囲であり、該外層の表面に酸素濃度(以下、酸素濃化域と記す)が0.2〜25mol%の範囲である領域の厚さが0.0005〜0.007μmの範囲である半導体装置用ボンディングワイヤであれば、スプールからワイヤの繰り出し性の向上、ループ直線性の向上や、ワイヤ接合性の向上などを、同時に実現することが可能となる。最表面の酸素濃度が1mol%未満では外層同士の接着不良(焼き付き不良)が起こり、25mol%を超えると細線などの接合性が低下するためである。酸素濃度が0.2〜25mol%である酸素濃化域は、外層同士の接触部での食い込み、接着不良などを抑えるのに有効に作用し、酸素濃化域が0.0005μm未満であれば繰り出し性を向上する効果が小さく、0.007μmを超えると接合性が低下するためである。
【0067】
前述した、外層の表面の酸素濃度を制御する手法として、ワイヤ製造工程での外層の酸化を調整することが有効である。例えば、伸線工程での洗浄、乾燥などの調整、焼鈍工程での熱履歴、雰囲気ガスの流量、焼鈍時間、冷却時の雰囲気などの調整を、必要に応じて選択、適正化することが有効である。さらに、焼鈍工程と伸線工程とを組み合わせて総合的にプロセスを適正化することにより、所望する酸素濃度の領域を形成することに有利となる。中でも、焼鈍工程において加熱条件(炉内温度分布、掃引速度)や、冷却条件(ガス種、流量、シールド性)などを適正化することが、外層表面の酸素濃化域を制御するのに有効である。さらに、伸線→焼鈍→伸線→焼鈍の順で行い、前述したような焼鈍条件、伸線条件の適正化を組み合わせることで、深さ方向の酸素濃度分布の制御における再現性を向上することができる。工程の追加、修正の観点から分類すると、再現性、精度の高い濃度管理を行うために、表面の酸素濃度の制御を主眼にした工程を新規追加する場合と、製造コストを優先して工程を増やさないために、現行のワイヤ製造工程の若干の改良、条件変更などで対応する場合とに分けられる。
【0068】
外層を構成する銅以外の金属Mが、ワイヤ全体に占める濃度が総計で0.05〜3mol%の範囲であるボンディングワイヤであれば、TCT試験での長期信頼性の向上に加えて、ボール部の硬化を抑制することで、接合強度の増加、ボール外周へのアルミ電極材の掃出し(アルミスプラッシュ不良)の低減、チップ損傷の低減などに有利である。銅系ボンディングワイヤ先端のボール部は硬度が高く、変形時の加工硬化も高いことから、接合時にアルミ電極が掃出されて隣接する電極とのショート不良を誘発したり、接合部直下のチップに損傷を与えることが実用上の課題となる場合がある。ワイヤ全体に占める金属Mの濃度を低く抑えることで、金属Mがボール中に固溶しても、硬化の度合いを抑制することが可能となる。ここで、ワイヤ全体に占める金属Mの濃度が総計して3mol%以下であれば、ボールの硬化を抑えることで、アルミの掃出しを低減する効果が得られ、さらに好ましくは、2mol%以下であればさらに掃出しを抑制して良好な接合が得られる。0.05mol%未満では、上述した外層の厚さを0.021〜0.12μmの範囲に保つことを、量産工程で安定して実現することが困難となる場合がある。
【0069】
外層と芯材の間に拡散層を有するボンディングワイヤであって、該芯材の上に設けられた、芯材と、成分及び組成のいずれか一方、又は両方の異なる金属M及び銅を含有する外層を有し、前記外層の厚さが0.021〜0.12μmであり、外層の最表面の銅濃度が0.5〜45mol%である半導体装置用ボンディングワイヤであることが更に望ましい。該ボンディングワイヤであれば、ボール接合部の偏芯不良を低減する十分な効果が得られる。これにより、ボール接合部の間隔が狭い狭ピッチ接続でも量産性をより高めることが可能となる。ここでの最表面の濃度とは、表面深さが2nm程度の領域における濃度のことである。
【0070】
外層の最表面の銅濃度が45mol%を超えると、アーク放電の分布、拡がりが不均一となることで、ボンディングワイヤの片側のみを優先して溶融したりすることで、ボール形成時に芯ずれが起こる場合がある。アーク放電は最表面の影響が大きく、銅と金属Mでは電子放出などが異なるため、ワイヤ最表面の銅濃度によりボール形状が変化する場合がある。該銅濃度が0.5mol%以上であれば偏芯不良を低減する効果が得られる。好ましくは、最表面の銅濃度が0.5〜30mol%であれば、ボール直径がワイヤ径に対して2倍以下の小ボールでも異形、花弁状などの不良形状をより効果的に抑えられる。さらに好ましくは、最表面の銅濃度が0.5〜20mol%であれば、小ボールでの真球性がさらに高められることから、狭ピッチ接続に有利となる。
【0071】
前記外層の厚さが0.021〜0.12μmであり、前記外層の表面に銅濃度が1〜30mol%の範囲である領域(以下、銅濃化域と記す)の厚さが0.0005〜0.008μmである半導体装置用ボンディングワイヤであることにより、ボール形成時に偏芯を抑制し、またボール先頭部の引け巣及びボール表面の微小凹凸などを低減することができ、ボール圧着形状の安定化と、ボール接合強度のばらつき低減により、量産性を向上することができる。ワイヤ表面に銅が濃化している領域があることで、アーク放電の拡がりが安定化すること、また、ボール部の溶融・凝固における銅と金属Mの混合を短時間で促進する効果があると考えられる。前記外層の表面に銅濃度は1〜30mol%の範囲の領域であれば上記効果が期待される。銅濃度が該濃度範囲の領域の厚さが0.0005μm以上で、引け巣及び微小凹凸などを抑制する効果が得られるためであり、0.008μmを超えると芯ずれが発生してボール形状が少し不安定となる可能性がある。
【0072】
該銅濃化域の構成について、金属Mと銅との合金又は銅酸化物が含まれていても構わない。さらに後者の銅酸化物が形成されている場合、該銅濃化域と前記の酸素濃化域の少なくとも一部が重複することで、ボール形成時の引け巣及び微小凹凸の抑制と繰り出し性の改善を両立する高い効果が得られる。該銅濃化域の位置は必ずしも最表面である必要はなく、外層内に存在することで効果が得られる。好ましくは、該銅濃化域は外層の表面近傍に位置することが望ましく、具体的には、外層厚さの1/4より表面側に位置することで高温酸化を抑制する顕著な効果が得られる。例えば、外層の最表面に炭素濃化域、その下層に該銅濃化域が形成されていることで、良好なボール形成とワイヤ表面のキズ、削れの抑制を両立する高い効果が得られる。
【0073】
外層、拡散層、芯材などの濃度分析について、ボンディングワイヤの表面からスパッタ等により深さ方向に掘り下げていきながら分析する手法、あるいはワイヤ断面でのライン分析又は点分析等が有効である。前者は、外層が薄い場合に有効であるが、厚くなると測定時間がかかり過ぎる。後者の断面での分析は、外層が厚い場合に有効であり、また、断面全体での濃度分布や、数ヶ所での再現性の確認等が比較的容易であることが利点であるが、外層が薄い場合には精度が低下する。ボンディングワイヤを斜め研磨して、拡散層の厚さを拡大させて測定することも可能である。断面では、ライン分析が比較的簡便であるが、分析の精度を向上したいときには、ライン分析の分析間隔を狭くするとか、界面近傍の観察したい領域に絞っての点分析を行うことも有効である。これらの濃度分析に用いる解析装置では、電子線マイクロ分析法(EPMA)、エネルギー分散型X線分析法(EDX)、オージェ分光分析法(AES)、透過型電子顕微鏡(TEM)等を利用することができる。特にAES法は、空間分解能が高いことから、最表面の薄い領域の濃度分析に有効である。また、平均的な組成の調査等には、表面部から段階的に酸等に溶解していき、その溶液中に含まれる濃度から溶解部位の組成を求めること等も可能である。
【0074】
外層の中に濃度勾配に加えて、銅と金属Mを主体とする金属間化合物相が含まれることも有効である。即ち、銅を主体とする芯材と金属Mの外層で構成され、外層の内部には、銅の濃度勾配を有した部位と、銅と金属Mを有する金属間化合物とが1層以上含まれているボンディングワイヤでは、金属間化合物相がボンディングワイヤの強度、弾性率等の機械的特性を増加させることで、ループの直線性の向上、封止時のワイヤ流れの抑制等により有効である。
【0075】
本発明のボンディングワイヤを製造するに当り、芯材の表面に外層を形成する工程、外層、拡散層、芯材などの構造を制御する加工・熱処理工程が必要となる。まずは、外層、芯材の組成、厚さを制御するには、前述した外層を形成する工程において、外層形成の初期段階での厚さ、組成の管理がまずは重要である。
【0076】
外層を銅の芯材の表面に形成する方法には、メッキ法、蒸着法、溶融法等がある。メッキ法では、電解メッキ、無電解メッキ法のどちらでも製造可能である。ストライクメッキ、フラッシュメッキと呼ばれる電解メッキでは、メッキ速度が速く、下地との密着性も良好である。無電解メッキに使用する溶液は、置換型と還元型に分類され、膜が薄い場合には置換型メッキのみでも十分であるが、厚い膜を形成する場合には置換型メッキの後に還元型メッキを段階的に施すことが有効である。無電解法は装置等が簡便であり、容易であるが、電解法よりも時間を要する。
【0077】
蒸着法では、スパッタ法、イオンプレーティング法、真空蒸着等の物理吸着と、プラズマCVD等の化学吸着を利用することができる。いずれも乾式であり、膜形成後の洗浄が不要であり、洗浄時の表面汚染等の心配がない。
【0078】
メッキ又は蒸着を施す段階について、狙いの線径で金属Mの膜を形成する手法と、太径の芯材に膜形成してから、狙いの線径まで複数回伸線する手法とのどちらも有効である。前者の最終径での膜形成では、製造、品質管理等が簡便であり、後者の膜形成と伸線の組み合わせでは、膜と芯材との密着性を向上するのに有利である。それぞれの形成法の具体例として、狙いの線径の銅線に、電解メッキ溶液の中にワイヤを連続的に掃引しながら膜形成する手法、あるいは、電解又は無電解のメッキ浴中に太い銅線を浸漬して膜を形成した後に、ワイヤを伸線して最終径に到達する手法等が可能である。
【0079】
外層を形成した後の加工工程では、ロール圧延、スエージング、ダイス伸線などを目的により選択、使い分ける。加工速度、圧加率またはダイス減面率などにより、加工組織、転位、結晶粒界の欠陥などを制御することは、外層の構造、密着性などにも影響を及ぼす。
【0080】
熱処理工程では、外層と芯材の界面で、銅と金属Mとの相互拡散を助長する。目的に応じて、熱処理を1回または複数回実施することが有効である。外層および拡散層の構造で所望とする膜厚、組成を得るには、%オーダの濃度、nmオーダの膜厚などを、厳しい精度で制御する製造技術が求められる。熱処理工程は、膜形成直後の焼鈍、加工途中での焼鈍、最終径での仕上げ焼鈍に分類され、これらを選択、使い分けることが重要となる。
【0081】
単純にワイヤを加熱しただけでは、外層の表面及び内部での銅の分布を制御できる訳ではない。通常のワイヤ製造で用いられる最終線径での加工歪取り焼鈍をそのまま適用しても、外層と芯材との密着性の低下によりループ制御が不安定になったり、ワイヤ長手方向の外層の均質性、ワイヤ断面での外層、拡散層などの分布をコントロールすることは困難である。そこで、熱処理のタイミング、温度、速度、時間等の制御が重要である。
【0082】
加工と熱処理を組合せて拡散の進行度を制御することにより、所望とする膜厚、組成、構造を制御することが可能となる。熱処理する前の加工履歴は、外層と芯材との界面での組織などに関係するため、熱処理での拡散挙動にも影響を及ぼす。どの加工段階で熱処理を行うかにより、最終の外皮層、拡散層の組成、厚さなどが変化する。一例では、加工途中に中間焼鈍を施した後に、ワイヤを伸線して、最終径で仕上げ焼鈍を施す工程で作成したボンディングワイヤでは、中間焼鈍を施さない工程と比較して、外層、拡散層の組成、濃度勾配が変化することを確認している。
【0083】
熱処理法として、ワイヤを連続的に掃引しながら熱処理を行い、しかも、一般的な熱処理である炉内温度を一定とするのでなく、炉内で温度傾斜をつけることで、本発明の特徴とする外層及び芯材を有するボンディングワイヤを量産することが容易となる。具体的な事例では、局所的に温度傾斜を導入する方法、温度を炉内で変化させる方法等がある。ボンディングワイヤの表面酸化を抑制する場合には、N2やAr等の不活性ガスを炉内に流しながら加熱することも有効である。
【0084】
温度傾斜の方式では、炉入口近傍での正の温度傾斜(ワイヤの掃引方向に対し温度が上昇)、安定温度領域、炉出口近傍での負の温度傾斜(ワイヤの掃引方向に対し温度が下降)等、複数の領域で温度に傾斜をつけることが効果的である。これにより、炉入口近傍で外層と芯材との剥離等を生じることなく密着性を向上させ、安定温度領域で銅と金属Mとの拡散を促進して所望する濃度勾配を形成し、さらに炉出口近傍で表面での銅の過剰な酸化を抑えることにより、得られたボンディングワイヤの接合性、ループ制御性等を改善することができる。こうした効果を得るには、出入口での温度勾配を10℃/cm以上設けることが望ましい。
【0085】
温度を変化させる方法では、炉内を複数の領域に分割して、各領域で異なる温度制御を行うことで温度の分布を作ることも有効である。例えば、3ヶ所以上に炉内を分割して、独立に温度制御を行い、炉の両端を中央部よりも低温とすることで、温度傾斜の場合と同様の改善効果が得られる。また、ボンディングワイヤの表面酸化を抑制するため、炉の出口側を銅の酸化速度の遅い低温にすることで、ウェッジ接合部の接合強度の上昇が得られる。
【0086】
また、溶融法では、外層又は芯材のいずれかを溶融させて鋳込む手法であり、1〜50mm程度の太径で外層と芯材を接続した後に伸線することで生産性に優れていること、メッキ、蒸着法に比べて外層の合金成分設計が容易であり、強度、接合性等の特性改善も容易であること等の利点がある。具体的な工程では、予め作製した芯材の周囲に、溶融した金属Mを鋳込んで外層を形成する方法と、予め作製した金属Mの中空円柱を用い、その中央部に溶融した銅又は銅合金を鋳込むことで芯材を形成する方法に分けられる。好ましくは、後者の中空円柱の内部に銅の芯材を鋳込む方が、外層中に銅の濃度勾配等を容易に安定形成することができる。ここで、予め作製した外層中に銅を少量含有させておけば、外層の表面での銅濃度の制御が容易となる。また、溶融法では、外層に銅を拡散させるための熱処理作業を省略することも可能であるが、外層内の銅の分布を調整するために熱処理を施すことで更なる特性改善も見込める。
【0087】
さらに、こうした溶融金属を利用する場合、芯材と外層の少なくとも一方を連続鋳造で製造することも可能である。この連続鋳造法により、上記の鋳込む方法と比して、工程が簡略化され、しかも線径を細くして生産性を向上させることも可能となる。
【0088】
本発明に関する外層と芯材とを有する従来複層銅ワイヤのボンディング方法として、ボールを形成するときのシールドガスに純N2ガスを用いても、良好なボール接合性が確認された。すなわち、銅を主成分とする芯材と、該芯材の上に設けられた、芯材と、成分及び組成のいずれか一方又は両方が異なる金属M及び銅を含有する外層を有し、前記外層の厚さが0.021〜0.12μmであるボンディングワイヤを用いて、純度が99.95vol%以上のN2ガスをワイヤ先端またはその周囲に吹付けながらアーク放電を生じさせてボール部を形成し、該ボール部を接合するボンディング方法である。該ボンディング方法では、標準ガスである5vol%H2+N2ガスの代わりに、安価な純N2ガスを使用することで、ランニングコストを低減して、銅系ボンディングワイヤの実用化を促進することができる。
【0089】
本発明に関する複層銅ボンディングワイヤのボール形成に用いるシールドガスが、標準的な5vol%H2+N2ガスでも良好なボンディング特性が得られるが、さらに、純N2ガスでも同様の良好な特性が得られる。外層の厚さが0.021μm以下で薄い場合には、純N2ガスでは偏芯ボールが発生することが問題である。また、0.12μmを超えると、純N2ガスではボール表面にシワ状の突起または微小穴などが発生して、平滑なボール表面を得ることが困難となる。こうした外層の厚さが0.021〜0.12μmでは、純N2ガスでのボール形成性が良好であることも、この厚さを選定した一つの利点となる。前記外層の厚さの範囲のなかでも0.035μm以上であれば、真球性がさらに高められる。純N2の純度が99.95vol%以上である理由は、工業的に安価に入手できるN2ガスの保証濃度の範囲であり、良好なボール形成ができるためである。
【0090】
通常、5vol%H2ガスを混入することで、アーク放電の安定化、溶融されたボールの酸化の抑制に効果があるとされている。それに対して、純N2ガス中では、ボンディングワイヤを溶融してボールを形成する際に、単層銅ワイヤ、または、従来複層銅ワイヤでも外層が薄い場合には、アーク放電が不安定となったり、銅の酸化が優先的に進行することで、ボール形状が不安定となる。一方、外層が本発明の範囲であれば、純N2ガス中であっても、表面近傍の金属Mがアーク放電を安定化させること、及び、外層が優先的に溶融して保護的な役割を果たすことにより、ボールの酸化を抑制できると考えられる。接合条件によっては、純N2ガスで接合したボールの接合強度が、5vol%H2+N2ガスの場合よりも高くなる場合も確認された。
【0091】
さらに、純N2ガスでのボール形成は、上記の外層の厚さに加えて、外層を構成する金属Mの種類によっても、変動する傾向であった。中でも、外層を構成する金属MがAu、Pd、Pt、及びRhから選ばれる1種以上を主成分とする場合には、純N2ガスでのボール形成において、真球性の向上、ボールサイズの安定化が比較的容易であることを確認した。
【実施例】
【0092】
以下、実施例について説明する。
【0093】
ボンディングワイヤの原材料として、芯材に用いる銅は純度が約99.99mass%以上の高純度の素材を用い、外層のAu、Pt、Pd、Rh、及びAgの素材には純度99.9mass%以上の原料を用意した。
【0094】
ある線径まで細くした銅系ボンディングワイヤを芯材とし、そのワイヤ表面に異なる金属Mの層を形成するには、電解メッキ法、無電解メッキ法、蒸着法、溶融法等を行い、濃度勾配を形成するためにも、熱処理を施した。最終の線径で外層を形成する場合と、ある線径で外層を形成してからさらに伸線加工により最終線径まで細くする方法を利用した。電解メッキ液、無電解メッキ液は、半導体用途で市販されているメッキ液を使用し、蒸着はスパッタ法を用いた。直径が約30〜2500μmのボンディングワイヤを予め準備し、そのワイヤ表面に蒸着、メッキ等により被覆し、最終径の15〜50μmまで伸線して、最後に加工歪みを取り除き伸び値が5〜20%の範囲になるよう熱処理を施した。伸線速度は5〜100m/minの範囲で行った。必要に応じて、伸線液には市販の銅伸線用潤滑剤を少量加えた。必要に応じて、線径30〜100μmまでダイス伸線した後に、拡散熱処理を施してから、さらに伸線加工を施した。
【0095】
溶融法を利用する場合には、予め作製した芯材の周囲に、溶融した金属を鋳込む方法と、予め作製した中空円柱の中央部に溶融した銅又は銅合金を鋳込む方法を採用した。その後、鍛造、ロール圧延、ダイス伸線等の加工と、熱処理を行い、ボンディングワイヤを製造した。
【0096】
本発明例のワイヤの熱処理について、ワイヤを連続的に掃引しながら加熱した。局所的に温度傾斜を導入する方式、温度を炉内で変化させる方式等を利用した。例えば、炉内温度を3分割して制御できるよう改造した熱処理炉を利用した。炉内温度は200〜700℃の範囲に設定し、ワイヤ掃引速度は10〜500mm/minの範囲で調整した。温度分布の一例では、ワイヤの挿入口から出口に向かって、高温→中温→低温、または中温→高温→低温の分布を得て、それぞれの加熱長さも管理した。温度分布と合わせて、ワイヤ掃引速度等も適正化した。熱処理の雰囲気では、酸化を抑制する目的でN2、Ar等の不活性ガスも利用した。ガス流量は、0.0002〜0.004m3/minの範囲で調整し、炉内の温度制御にも利用した。熱処理を行うタイミングとして、伸線後の銅ワイヤに熱処理を施してからメッキ層を形成する場合と、熱処理を伸線後と、メッキ層の形成後の2回行う場合の、2種類で試料を準備した。
【0097】
外層表面の酸素濃化域を制御する場合には、熱処理工程において加熱条件(炉内温度分布、掃引速度)や、冷却条件(ガス種、流量、シールド性)などを適正化した。例えば、炉内及び入出口近傍での雰囲気を制御するために、ガス流入口は2箇所以上として、各注入口の位置、流入方向や、ガス流量などを調整することで、炉内の酸素分圧や、温度分布などを調整した。ガス流量は、0.0002〜0.004m3/minの範囲で調整した。さらに炉の出口近傍の余熱領域でワイヤが加熱されて酸化される場合があるため、加熱域の後の冷却ゾーンでの雰囲気制御にも留意した。
【0098】
外層表面の炭素濃化域を制御する場合には、上記の熱処理後に防錆剤、界面活性剤などを少量含有する溶液中に浸漬させる塗布、洗浄、乾燥を連続的に行った。ここでの塗布液には防錆剤、界面活性剤を総計して1〜20vol%の濃度範囲で蒸留水中に数種類混合した溶液を用いた。洗浄は蒸留水を基本とし、必要に応じてアルコールを一部加えたものを利用した。過剰に付着した塗布剤を除去する効果を高める必要がある場合は、塗布液を30〜50℃の温度範囲に加熱した。乾燥では、乾燥空気又はN2ガスをワイヤに吹付けた。また必要に応じて、線径30〜100μmまで伸線した後に、前記の熱処理及び塗布工程を施してから、さらに伸線加工を施し、最終線径で再度熱処理及び塗布工程を施した。この二度の熱処理による効果の一つとして、最表面の炭素濃度は低く抑えつつ、深さ方向の炭素濃度の分布を制御するのに有効である。
【0099】
ワイヤ表面の膜厚測定にはAESによる深さ分析を用い、結晶粒界の濃化など元素分布の観察にはAES、EPMAなどによる面分析、線分析を行った。AESによる深さ分析では、Arイオンでスパッタしながら深さ方向に測定して、深さの単位にはSiO2換算で表示した。ボンディングワイヤ中の金属Mの濃度は、ICP分析、ICP質量分析などにより測定した。
【0100】
ボンディングワイヤの接続には、市販の自動ワイヤボンダーを使用して、ボール/ウェッジ接合を行った。アーク放電によりワイヤ先端にボールを作製し、それをシリコン基板上の電極膜に接合し、ワイヤ他端をリード端子上にウェッジ接合した。ボール形成時の酸化を抑制するために用いるシールドガスは、標準的な5vol%H2+N2ガスと、純N2ガスを用いた。ボール形状の評価以外には、基本的には標準ガスである5vol%H2+N2ガスを利用した。ガス流量は、0.0003〜0.005m3/minの範囲で調整した。
【0101】
接合相手としては、シリコン基板上の電極膜の材料である、厚さ1μmのAl合金膜(Al-1mass%Si-0.5mass%Cu膜、Al-0.5mass%Cu膜)を使用した。一方、ウェッジ接合の相手には、表面にAgメッキ(厚さ:1〜4μm)したリードフレーム、又はAuメッキ/Niメッキ/Cuの電極構造の樹脂基板を使用した。
【0102】
ボール形成性について、酸化を抑制するために用いるシールドガスが標準的な5vol%H2-N2ガス(純度5N up、高圧ボンベ供給)と、純N2ガス(純度4N、集中配管供給)で比較した。初期ボール形状の評価では、ボール径/ワイヤ径の比率が、1.7〜2.0の範囲とした。接合前のボール30本を走査型電子顕微鏡(SEM)または光学顕微鏡で観察して、表面性状、形状、寸法精度などを評価した。異常形状のボール発生が3本以上であれば不良であり改善が必要であるため×印、異常形状が2本以下だが、表面の凹凸が大きいか、ボンディングワイヤに対するボール位置の芯ずれが顕著である個数が5個以上である場合には△印、芯ずれが2〜4個でありその程度も小さいなら実用上の大きな問題はないと判断して○印、芯ずれが1個未満で且つ寸法精度も良好である場合は、ボール形成は良好であるため◎印で、表2中の「ボール形成性」の欄に表記した。
【0103】
圧着ボール部の接合形状の判定では、接合されたボールを500本観察して、形状の真円性、寸法精度等を評価した。初期ボール径/ワイヤ径の比率が1.9〜2.2の通常サイズのボールを形成する場合と、比率が1.5〜1.7の範囲である小径ボールを形成する場合の、2種類でそれぞれ評価した。真円からずれた異方性や花弁状等の不良ボール形状が5本以上であれば不良と判定し×印、不良ボール形状が2〜4本であれば、必要に応じて改善が望ましいから△印、不良ボール形状が1本以下であれば良好であるため○印で、表2中の「ボール接合形状」の欄に表記した。
【0104】
初期ボールの引け巣及び圧着ボール部の微小凹凸の評価について、20本の初期ボールの先頭部のSEM観察と、接合されたボール部を300本観察により、総合的に判定した。引け巣が8本以上であるか、微小凹凸が発生したボール接合部が30本以上のどちらか一方でも不良と判定し×印、引け巣が2〜7本であるか、微小凹凸が発生したボール接合部が4〜29本の範囲であれば、必要に応じて改善が望ましいから△印、引け巣は認められず、微小凹凸が発生したボール接合部が3本以下であれば良好であるため○印で、表2中の「引け巣、表面凹凸」の欄に表記した。
【0105】
ボール接合部のAl掃出しの評価では、ボール接合部をSEM観察して、超音波印加方向にAlの掃出しの程度を評価する直接観察と、シェア試験によりボール部を除去し、そのシェア破断面に残存するAl電極の変形、残量などからAl電極の掃出しを判定する間接観察について、両方法で確認した。Al掃出しがほとんどなく、金ボンディングワイヤの場合と同等で良好である場合には◎印、掃出しはあるが変形量は小さい場合には○印、掃出しが増えているがほとんど問題はない場合には△印、掃出しが顕著のため改善が必要である場合には×印で、表2中の「Al膜の掃出し」の欄に表記した。
【0106】
ボンディング工程でのループ形状安定性について、ワイヤ長が2mmの汎用スパンと0.5mmの短スパンの2種類で、台形ループを作製し、それぞれ500本のボンディングワイヤを投影機により観察し、ボンディングワイヤの直線性、ループ高さのバラツキ等を判定した。ワイヤ長が短い0.5mmで台形ループの形成は、チップ端への接触を回避するため、より厳しいループ制御が必要となる。ワイヤ長2mmで、直線性、ループ高さ等の不良が5本以上ある場合は、問題有りと判断して×印で表し、ワイヤ長0.5mmで不良が2〜4本で、且つ、ワイヤ長0.5mmで不良が5本以上の場合には、改善が必要と判断して△印で表し、ワイヤ長2mmで不良が1本以下、且つ、ワイヤ長2mmで不良が2〜4本の場合には、ループ形状は比較的良好であるため○印で示し、ワイヤ長0.5mmで不良が1本以下の場合にはループ形状は安定であると判断し◎印で、表2中の「ループ安定性」の欄に表した。不良原因の一つに、芯材と外周部の界面の密着性が十分でないこと、断面での特性バラツキ等が想定される。
【0107】
ワイヤ表面のキズ、削れなどの評価では、ボンディングされたループの外観観察により調査した。線径は25μm、ワイヤ長は2mm、ループ高さの狙い値は200μm程度となる台形ループを形成し、1000本のワイヤを投影機により観察した。キズ観察はループの上側を中心に、削れ観察はループ全体にサイズが30μm以上の削れを評価した。削れが4本以上でキズも顕著な場合には問題有りと判断して×印で表し、削れが1〜3本の範囲だが、キズ発生が多く、キャピラリ詰まりなどへの影響が懸念される場合は、改善が必要と判断して△印で表し、削れが1〜3本の範囲で、問題視する大きなキズ発生がない場合には、ワイヤ表面は比較的良好であるため○印で示し、削れが発生しておらず、キズも目立たない場合には安定して良好であると判断し◎印で、表3中の「ループのキズ、削れ」の欄に表記した。キズ、削れの判定には、観察者の個人的判断によって多少影響を受けることが懸念されるため、2人以上の観察者で評価して、平均情報でランク付けを行った。
【0108】
半導体素子上にボンディングされたワイヤの表面酸化の評価について、QFP上にワイヤを208本接続した試料を2個作製し、主にループの上方からの光顕観察によるワイヤ表面の色の変化から酸化状況を評価した。ボンディング条件では、ステージ温度は200℃、加熱ステージ上に曝される時間を約2分間で統一した。ワイヤ表面に酸化が認められるワイヤが20本以上である場合は×印、6〜19本である場合は、厳しい要求に対しては改善が必要であると判断して△印、2〜5本である場合は、実用上は問題ないレベルの酸化と判断して○印、1本以下である場合は良好であるため◎印で、表2中の「接合後に加熱されたワイヤ表面の酸化」の欄に表記した。
【0109】
繰り出し性の評価では、線径20μm、スパン1〜3mm、ループ高さ150〜300μmでボンディングを5000本行い、カールや、曲折などの不良が発生して直線性が低下したものをカウントした。直線性が低下した不良数が、20本以上である場合は×印、10〜19本である場合は、厳しい要求に対しては改善が必要であると判断して△印、3〜9本であり、その程度も比較的小さい場合は、実用上は問題ないレベルの酸化と判断して○印、2本以下である場合は良好であるため◎印で、表3中の「繰り出し性」の欄に表記した。
【0110】
ワイヤ保管寿命の評価では、常温で大気中に放置したボンディングワイヤを接続させて、ウェッジ接合の不着不良(non-stick failure)の回数で評価した。ボンディングワイヤはスプールケースに入れた状態でクリーンルーム内に保管した。放置期間は30日間、60日間で分けて比較した。接合条件では、量産工程で使用される通常接合条件と、超音波出力を少し減らして不着を誘発する低接合条件の2種で比較した。低温になるほど接合が困難になることから、ステージ温度を180℃の低温とし、1000本のボンディングにより不着発生頻度を評価した。通常接合条件で不着が3本以上生じた場合は改善が必要であるため×印、通常接合条件での不着が2本以下、且つ低接合条件での不着が5本以下の場合には△印、通常接合条件での不着はなしで、且つ低接合条件での不着が2〜4本の場合にはほぼ良好であるため○印、通常接合条件での不着はなしで、且つ低接合条件での不着が1本以下の場合にはワイヤ保管寿命が良好であると判断して◎印で、表2中の「ウェッジ接合性」の欄に表示した。
【0111】
TCT試験では、市販のTCT試験装置を用いた。温度履歴は過酷な環境とした標準条件(-55℃/30分〜125℃/30分)と、極めて過酷な条件(-55℃/30分〜155℃/30分)の2種を用いた。試験後に電気的測定を行い、電気的導通を評価した。ワイヤ数は400本の測定を行った。不良率がゼロの場合は、信頼性が高いことから◎印、1%以下なら実用上の大きな問題はないと判断して○印、2〜5%の範囲であれば△印、5%超であれば改善が必要であることから×印で、表2中の「TCT試験」の欄に表記した。
【0112】
ウェッジ接合のピール試験では、ウェッジ接合部のワイヤ挿入角を保持しながらボンディングワイヤを引き上げる測定を実施した。これはTCT試験の加速評価として利用する。この試験での破断延びが高いボンディングワイヤほど、接合部へのストレスに対して良好な性能を有することを確認している。ウェッジ接合のピール試験での破断延びが3%以上であれば非常に良好であるため◎印、1.5%以上3%未満であれば十分であるとして○印、1%以上1.5%未満であれば△印、1%未満であれば延びが不十分であると判断して×印で、表2中の「ウェッジ接合ピール試験」の欄に表記した。
【0113】
リフロー耐性の評価では、ワイヤボンディングと樹脂封止をした半導体試料を、リフロー炉を用いて、260℃で10秒間保持し、その後に常温まで冷却する熱履歴を10回施した。試料は、ワイヤボンディングの条件が、通常温度である200℃で接続した場合と、厳しい条件である160℃の低温で接続した場合の2種類の試料でそれぞれ評価した。リフロー試験後に電気的測定を行い、電気的導通を評価した。ワイヤ数は400本の測定を行った。不良率がゼロの場合は、信頼性が高いことから◎印、1%以下なら実用上の大きな問題はないと判断して○印、2〜5%の範囲であれば△印、5%超であれば改善が必要であることから×印で、表2中の「リフロー耐性」の欄に表記した。
【0114】
キャピラリ寿命の評価では、ボンディングワイヤを5万本接続した後、キャピラリ先端の汚れ、磨耗などの変化で判定した。表面が清浄であれば○印、不着物などが少しある場合には通常の操業には問題ないため△印、不着物の量や大きさが顕著である場合には×印で、表2中の「キャピラリ寿命」の欄に表記した。
【0115】
表1〜3には、本発明に係わる銅ボンディングワイヤの評価結果と比較例を示す。表1、2の実施例1〜33、比較例C1〜C9では、ワイヤの外層表面における炭素、酸素を濃化させる処理を施しておらず、表1の金属M、銅などの濃度は、金属元素の総計を100mol%として濃度表示した。表3の実施例B1〜B33では、表1と試料番号(SA1〜SA33)が同じワイヤを利用して、炭素、酸素を濃化させる処理を施した場合である。
【0116】
表3の、炭素、酸素の濃度計算は、銅、金属Mなどの金属元素と、炭素、酸素及び窒素の非金属元素の総計を100mol%として濃度を算出する。表1と表3で試料番号が同じ試料では、金属M及び銅元素などの金属元素の濃度比率は基本的には同じ分析値であることを確認している。金属元素の濃度比率に支配される表1で示した性能について、表3で試料番号が同じ試料でもほぼ同じ評価結果が得られることを確認している。実施例B1〜B33についても、代表的な特性であるTCT試験、ピール試験、リフロー耐性、大気放置後のウェッジ接合性の評価結果について表3に示している。また、ボール形成性、ボール接合形状、Al膜の掃出し挙動、キャピラリ詰まりなどの性能についても、実施例B1〜B33でも表1と同様の結果が得られることを確認した。
【0117】
請求項1に係るボンディングワイヤは実施例1〜33、B1〜B33であり、請求項2に係るボンディングワイヤは実施例1〜32、B1〜B32、請求項3に係るボンディングワイヤは実施例2、4、7、8、10、14、18、24、27、29、32、B2、B4、B7、B8、B10、B14、B18、B24、B27、B29、B32、請求項4に係るボンディングワイヤは実施例3、18〜20、24、31、B3、B18〜B20、B24、B31、請求項5に係るボンディングワイヤは実施例1〜33、B1〜B33、請求項6に係るボンディングワイヤは実施例B1〜B3、B5、B8〜B15、B17、B19〜B20、B22〜B26、B29〜B33、請求項7に係るボンディングワイヤは実施例B1,B4〜B6、B8〜B18、B20、B22、B24〜B33、請求項8に係るボンディングワイヤは実施例2、3、5〜18、20〜30、32、33、B2、B3、B5〜B18、B20〜B30、B32、B33、請求項9に係るボンディングワイヤは実施例1〜3、5、7〜16、19〜24、26〜33、B1〜B3、B5、B7〜B16、B19〜B24、B26〜B33、請求項10に係わるボンディングワイヤは実施例2、3、5、7〜10、12〜16、18〜24、26〜33、B2、B3、B5、B7〜B10、B12〜B16、B18〜B24、B26〜B33、請求項11に係るボンディングワイヤは実施例1、2、5〜9、12、14〜17、19、21〜23、25〜33、B1、B2、B5〜B9、B12、B14〜B17、B19、B21〜B23、B25〜B33、請求項12に係るボンディングワイヤは実施例1、2、4〜12、15、19、21〜23、26〜33、B1、B2、B4〜B12、B15、B19、B21〜B23、B26〜B33、請求項13に係るボンディングワイヤは実施例2、3、5〜20、22〜26、28〜33、B2、B3、B5〜B20、B22〜B26、B28〜B33に相当する。比較例1〜9、BC1〜BC9では、請求項1を満足しない場合の結果を示す。
【0118】
それぞれの請求項の代表例について、評価結果の一部を説明する。
【0119】
実施例1〜33の複層銅ボンディングワイヤは、本発明に係る、外層の厚さが0.021〜0.12μmの範囲であることにより、TCT試験で信頼性が高いことが確認された。一方、外層を持たない従来の単層銅ワイヤに関する比較例1、または外層の厚さが0.021μm未満である比較例2、4、6、8では、標準条件のTCT試験でも不良が確認された。好ましい事例として、外層の厚さが0.025〜0.095μmの範囲である実施例2、3、6〜18、21〜23、26、28〜30、33では、極めて過酷な条件のTCT試験でも不良数を1%未満に抑えることができ、さらに外層の厚さが0.03〜0.085μmの範囲である実施例2、3、6〜16、22、23、26、28〜30では、不良が発生せず、高い信頼性が得られていることを確認した。
【0120】
実施例1〜32の複層銅ボンディングワイヤは、本発明に係る、外層の厚さが0.021〜0.12μmの範囲であり、外層を構成する金属MがAu、Pd、Pt、Rhから選ばれる1種以上を主成分とすることにより、外層の主成分がAgからなる実施例33と比較して、TCT試験の信頼性、ボール形成性、接合形状などを総合的に改善するのが比較的容易であることを確認した。
【0121】
比較例3、5、7、9では外層の厚さが0.021μm超であり、ウェッジ接合性は良好であり、通常径のボールでも形状は良好であるが、小径ボールでは形状不良が発生しているため、用途が限定されることが懸念される。
【0122】
実施例2、4、7、8、10、14、18、24、27、29、32の複層銅ボンディングワイヤは、本発明に係る、芯材がP、B、Ir、Zr、Bi、Ti、Au、Ag、Sn又は希土類元素から選ばれる1種以上の元素を0.0001〜0.03mol%の濃度範囲で含有することにより、ウェッジ接合のピール試験での破断延びが高いことが確認された。これは、ウェッジ接合の信頼性が総合的に向上されること示唆する。
【0123】
実施例3、18〜20、24、31の複層銅ボンディングワイヤは、本発明に係る、外層が、Bi、P、Se、Tlから選ばれる1種以上の元素を含有し、その最表面濃度が0.01〜5mol%の範囲で含有することにより、キャピラリ詰まりが抑えられていることが確認された。これにより、キャピラリの交換寿命を長くすることが可能であり、量産性が向上する。
【0124】
実施例B1〜B3、B5、B8〜B15、B17、B19〜B20、B22〜B26、B29〜B33の複層銅ボンディングワイヤは、本発明に係わる、外層の厚さが0.021〜0.12μmの範囲であり、且つ、前記外層の最表面の炭素濃度が15〜80mol%の範囲であり、表面から深さ方向に炭素濃度が5〜80mol%の範囲である領域の厚さが0.0004〜0.01μmであることにより、ワイヤ表面の摺動性を高めることにより、ワイヤのキズ、削れを抑制できることが確認された。好ましくは、該領域の厚さが0.0007〜0.007μmである実施例B1〜B3、B8、B10〜B15、B17、B20、B22〜B26、B29〜B33では、キズ、削れを抑制する高い効果が確認された。
【0125】
実施例B1,B4〜B6、B8〜B18、B20、B22、B24〜B33の複層銅ボンディングワイヤは、本発明に係わる、外層の厚さが0.021〜0.12μmの範囲であり、且つ、前記外層の最表面の酸素濃度が1〜25mol%の範囲であり、該外層の表面に酸素濃度が0.2〜25mol%の範囲である領域の厚さが0.0005〜0.007μmの範囲であることにより、ワイヤの繰り出し性が改善することで、ボンディングによるループ形成でのカール、曲折を低減できる良好な結果が確認された。
【0126】
実施例2、3、5〜18、20〜30、32、33の複層銅ボンディングワイヤは、本発明に係る、外層の厚さが0.021〜0.12μmの範囲であり、且つ、金属Mの濃度が10mol%以上である領域の厚さが0.03〜0.2μmであることにより、リフロー試験で信頼性が高いことが確認された。好ましくは、該領域の厚さが0.04〜0.2μmである実施例2、3、6〜18、20、22〜25、26〜30、32、33では、低温でワイヤ接続された試料でもリフロー耐性が高いことが確認された。
【0127】
実施例1〜3、5、7〜16、19〜24、26〜33の複層銅ボンディングワイヤは、本発明に係る、外層の厚さが0.021〜0.12μmの範囲であり、且つ、金属Mの濃度が総計で90mol%以上の領域の厚さが0.004〜0.07μmであることにより、大気に30日間放置した後のウェッジ接合性が良好であり、外層を持たない比較例1、または外層の厚さが0.021μm未満である比較例2、4、6、8と比較しても、ボンディングワイヤの保管寿命が改善されていることが確認された。好ましくは、該領域の厚さが0.008〜0.06μmである実施例2、3、7〜16、19、22〜24、27〜33では、60日間放置した後のウェッジ接合性が良好であることが確認された。
【0128】
実施例2、3、5、7〜10、12〜16、18〜24、26〜33の複層銅ボンディングワイヤは、本発明に係わる、外層の厚さが0.021〜0.12μmの範囲であり、且つ、金属Mの濃度が総計で96mol%以上である領域の厚さが0.002〜0.06μmであることにより、ボンディング工程において接続されたワイヤがステージ上で加熱されても、高温での酸化を抑制できることを確認した。
【0129】
実施例1、2、5〜9、12、14〜17、19、21〜23、25〜33の複層銅ボンディングワイヤは、本発明に係る、外層の厚さが0.021〜0.12μmの範囲であり、且つ、最表面の銅濃度が0.5〜45mol%であることにより、ボール接合時の偏芯を低減させて、良好な接合形状が得られる。好ましくは、銅濃度が0.5〜20mol%である実施例1、2、5、7、8、12、14〜16、19、21、22、25、27、29、31、32であれば、小径ボールでも接合形状が改善された。
【0130】
実施例1、2、4〜12、15、19、21〜23、26〜33の複層銅ボンディングワイヤは、本発明に係わる、外層の厚さが0.021〜0.12μmの範囲であり、且つ、外層の最表面に、金属元素の総計に対する銅濃度が1〜30mol%の範囲である領域の厚さが0.0005〜0.008μmであることにより、ボール先頭部の引け巣およびボール表面の微小凹凸などを低減することができる。
【0131】
実施例2、3、5〜20、22〜26、28〜33の複層銅ボンディングワイヤは、本発明に係る、外層の厚さが0.021〜0.12μmの範囲であり、且つ、銅以外の金属Mの濃度が総計で0.05〜3mol%であることにより、ボール接合時のAl掃出しを低減させる効果が得られる。
【0132】
実施例1〜33の複層銅ボンディングワイヤは、本発明に係る、外層の厚さが0.021〜0.12μmの範囲であることにより、ボール形成時のシールドガスが、5vol%H2+N2の標準ガスで良好なボール形状が得られることに加えて、純N2ガスでもボール形状がほぼ真球で良好であることが確認された。
【0133】
【表1】

【0134】
【表2】

【0135】
【表3】




【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅を主成分とする芯材と、
前記芯材の上に設けられた、前記芯材と、Pdと銅を含有する外層と
を有するボンディングワイヤであって、
前記外層は50mol%以上のPdを含む部位であり、
前記外層の厚さが0.021〜0.12μmであることを特徴とする半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項2】
前記外層が、Bi、P、Se、及び、Tlから選ばれる1種以上の元素を含有し、前記外層の最表面での該元素濃度が総計で0.01〜5mol%の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項3】
前記外層と前記芯材の間に、拡散層を有することを特徴とする請求項1又は2記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項4】
金属元素の総計に対する前記金属Mの濃度が10mol%以上である領域の厚さが、0.03〜0.2μmであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項5】
前記外層内において、金属元素の総計に対する前記金属Mの濃度が総計で90mol%以上の領域の厚さが0.004〜0.07μmであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項6】
前記外層内において、金属元素の総計に対する前記金属Mの濃度が総計で96mol%以上である領域の厚さが0.002〜0.06μmであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項7】
前記外層の最表面における金属元素の総計に対する銅濃度が0.5〜45mol%であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項8】
前記外層内において、金属元素の総計に対する銅濃度が1〜30mol%の範囲である領域の厚さが0.0005〜0.008μmであることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項9】
ワイヤ全体に占める銅以外の前記金属Mの金属元素の総計に対する濃度が総計で0.05〜3mol%の範囲であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。

【公開番号】特開2010−153918(P2010−153918A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−73299(P2010−73299)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【分割の表示】特願2009−524506(P2009−524506)の分割
【原出願日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【出願人】(306032316)新日鉄マテリアルズ株式会社 (196)
【出願人】(595179228)株式会社日鉄マイクロメタル (38)
【Fターム(参考)】