説明

半導体装置設計支援装置、その方法及びプログラム

【課題】 マルチバンドの電子波動関数の固有値を簡単に求めることができる半導体装置設計支援装置を提供する。
【解決手段】 量子井戸構成層をN個のノードによって微小領域に分割する微小領域分割部4と、波数を決定し、決定した波数において有効質量近似されたハミルトニアンを算出するハミルトニアン算出部5と、ノードにおいて、ハミルトニアンの固有関数の取る関数値を求め、隣接するノード間での前記関数値の差分によって固有関数を展開する関数値算出部6、差分変換部7、マトリクス展開部8と、展開された固有関数の固有値を算出し、前記波数でのエネルギーバンドを特定する固有値算出部9とを有している。量子井戸構造の電子エネルギー準位を簡単に求めることができ、量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援する半導体装置設計支援装置、その方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
量子井戸構造の中における電子の振る舞いを記述する場合には、シュレーディンガー方程式から導かれるマルチバンド有効質量近似法がよく利用される。半導体単一量子井戸のバンド構造に関しては、非特許文献1にその解法が提案されている。
【0003】
ここでは一般によく用いられる(001)面上のGaAs量子井戸構造の場合について考える。まず、Luttinger & Kohnらはk・p理論に基づいてGaAsの価電子帯のheavy holeとligh holeの固有エネルギーを表すハミルトニアンHを以下に示す式(1.1)と表した。
【0004】
【数1】

【0005】
ここで、*印はエルミット共役を、iは複素単位を表す。またhはプランク定数、mは電子の質量、kx,ky,kzはx,y,z軸方向の波数、γ123は材料固有のLuttingerパラメータを表す。V(z)はz方向のポテンシャルエネルギーを表す。
【0006】
Shun-Lien Chuangらは、重い正孔と軽い正孔の4行4列のハミルトニアンをユニタリー変換によりブロック対角化し、2行2列という小さいマトリクスに変換してから計算する方法を利用している。これにより計算がさらに簡易化される。式(1.1)で示される4行4列のLuttinger-Kohnハミルトニアンは、ユニタリー変換マトリクスUを、式(1.3)のように作用させることで、式(1.4)のように2行2列のHUpとHLoにブロック対角化することができる。
【0007】
【数2】

【0008】
HUpとHLoは、次式となる
【0009】
【数3】

【0010】
ここで、σはUpとLoのどちらかをとり、Upは±などの上の符号をとり、Loは下の符号を取る。P,Q,R,Sなどの記号は、式(1.2)と全く同じである。
【0011】
さて、Uは式(1.4)の非対角項が0となるように設定されており、次式で表される。
【0012】
【数4】

【0013】
ユニタリー変換であるから、ハミルトニアンの固有値は変わらないが、基底は式(1.8)のように変換されている。
【0014】
【数5】

【0015】
式(1.4)のHUpとHLoは2行2列のブロックに対角化されているので、各々を別々に取り扱うことができる。即ち、ハミルトニアンHUpだけ(or HLoだけ)を考慮して、包絡線関数を形成し、離散的なエネルギーレベルを求めればよい。超格子構造のj番目の層内(以後、j層と呼ぶ)におけるHUpの重い正孔(hh)と軽い正孔(lh)に対応する固有ベクトルは次式(1.9)で表される。
【数6】

【0016】
P,Q,R,Sは式(1.2)と同じ変数であり、Rは式(1.6)で表されている記号である。
j層内の包絡線関数fj(z)は、プラス方向に進行する波とマイナス方向に進行する波を重ね合わせた波で表される。
【0017】
【数7】

【0018】
ここで、kzhとkzlは次式(1.11)から求められた波数である。
【0019】
【数8】

【0020】
Ё(Eバー)は正孔エネルギーの増大方向を正方向に取ったE値を意味する(通常は電子エネルギーの増大方向を正方向とすることが多いが、正孔のみを取り扱う場合にはこの方が簡易)。
【0021】
また、式(1.10)のν1hj−、ν2hj−やν1lj−、ν2lj−は、kzを−kzに置き換えて得られる値である。注意すべきはR(−kz)の取り扱いで、以下に示す式(1.12)のように取り扱わなければならない。
【0022】
【数9】

【0023】
ヘテロ界面における包絡線関数の連続条件から、以下に示す式(1.13)が得られる。
【0024】
【数10】

【0025】
また、確率密度の連続性の条件から以下に示す式(1.14)が得られる。
【0026】
【数11】

【0027】
例えば、j層とj+1層とのヘテロ界面での境界条件を式(1.13)と式(1.14)とに代入して等しいと置く。そして、この結果を包絡線関数fj(z)の係数Ahj、Alj、Bhj、Bljについて整理すると次の式(1.15)の形式で表される。
【0028】
【数12】

【0029】
Mjは4行4列のマトリクスであるが、その1、2行は式(1.13)から得られ、3、4行は式(1.14)から単純に得られる。Pjは波動関数の伝搬マトリクス(propagation matrix)であり、次式(1.16)で表される。
【0030】
【数13】

【0031】
なお、ljはj層のz軸方向の膜厚である。
Pjは式(1.10)で表される包絡線関数のプラス方向の波に対しては、exp(−i・kjzh・lj)を乗じ、マイナス方向の波に対しては、exp(i・kjzh・lj)を乗じているが、これはj層の原点は常にj+1層との界面にあり、j+1層にとっては、j層との界面は波をマイナス方向にその厚み分だけ伝搬させた位置に存在することになるからである。
【0032】
式(1.14)は左辺のMjを右辺に移動させると、逆行列Mj−1となり、Uj=Mj−1Mj+1Pj+1と置くと、次の式(1.17)のように表される。
【0033】
【数14】

【0034】
n層で構成した超格子構造の場合には、j=1となる左側の最初の障壁層からj=nとなる右側の最後の障壁層までを順次計算することにより、j=1における包絡線関数の係数Ah1、Al1、Bh1、Bl1はj=nにおける包絡線関数の係数Ahn、Aln、Bhn、Blnで表すことができる。また、j=1においては、包絡線関数はマイナス方向(左方向)に減衰し、j=nにおいてはプラス方向(右方向)に減衰しなければならない。従って、j=1においてはマイナス方向に増大する関数を除去するために、Ah1=0、Al1=0と設定し、j=nにおいては、Bhn=0、Bln=0と設定する。故に、式(1.17)は次の式(1.18)のように書き改められる。
【0035】
【数15】

【0036】
ここで、式(1.18)が成立するためには、下記式(1.19)に示す4行4列のマトリクスUの左上2行2列のマトリクスUaと右下2行2列のマトリクスUdのdeterminantが0でなければならない。
【0037】
【数16】

【0038】
左右対称の量子井戸構造においては、式(1.18)の左上2行2列と右下2行2列は同じ値を持つので、どちらか一つのマトリクスを対象にしてそのdeterminantを0にする固有値を求めれば良い。
【0039】
波数kxやkyの値に対して、式(1.20)を満足するエネルギーEを求めることにより、波数−エネルギーの座標軸で表されるエネルギーバンド構造の全体像を求めることができる。
【0040】
【数17】

【0041】
【非特許文献1】Lucio Claudio Andreani, Alfredo Pasquarello, and Franco Bassani, “Hole subband in strained GaAs-Ga1-xAlxAs quantum wells: Exact solution of the effective-mass equation”, Phys. Rev. B36, pp.5887-5894(1987).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0042】
上述のようにマルチバンドの電子波動関数の固有値を求める場合には、高度な数学的専門知識が必要であり、数学を専門としない者にはその問題を解くことが困難であった。
【0043】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、マルチバンドの電子波動関数の固有値を簡単に求めて量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援する半導体装置設計支援装置、その方法及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0044】
かかる目的を達成するために本発明は、量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援する半導体装置設計支援装置であって、量子井戸構成層をN個のノードによって微小領域に分割する分割手段と、波数を決定し、該決定した波数において有効質量近似されたハミルトニアンを算出するハミルトニアン算出手段と、前記ノードにおいて、前記ハミルトニアンの固有関数の取る関数値を求め、隣接するノード間での前記関数値の差分によって前記固有関数を展開する展開手段と、展開された前記固有関数の固有値を算出し、前記波数でのエネルギーバンドを特定する算出手段と、を有することを特徴としている。従って本発明は、量子井戸構造の電子エネルギー準位を簡単に求めることができ、量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援することができる。
【0045】
上記半導体装置設計支援装置において、前記算出手段は、前記展開された前記固有関数の一部の固有値を有効な固有値として算出するとよい。従って、有効な固有値だけを取り出すことができる。
【0046】
上記半導体装置設計支援装置において、前記算出手段の算出する前記固有関数の固有値は、前記量子井戸構造内の同一位置に共存する固有値であるとよい。従って、マルチバンド構造であっても量子井戸構造の電子エネルギー準位を簡単に求めることができる。
【0047】
上記半導体装置設計支援装置において、前記算出手段の算出する前記固有関数の固有値は、同一時刻において複数の値が共存する固有値であるとよい。
【0048】
また、上記半導体装置設計支援装置において、前記ハミルトニアンが、前記微小領域のポテンシャルに閉じ込められた電子の振る舞いを記述するシュレーディガー方程式から導かれたハミルトニアンであるとよい。特に、このハミルトニアンが、有効質量近似方程式で表現されているとよい。
【0049】
上記半導体装置設計支援装置において、前記展開手段は、井戸層領域と障壁層領域との境界で、前記各固有関数に対して仮想的電子エネルギー点を設定し、該仮想的電子エネルギー点での前記固有関数の関数値の差分によって、前記ハミルトニアンの固有関数を展開するとよい。差分を導入する際に、量子井戸の界面における波動関数の不連続性を取り入れることができ、精度の高い電子エネルギー準位を求めることができる。
【0050】
上記半導体装置設計支援装置において、前記算出手段は、求めた固有値のうち、エネルギーの絶対値の小さいものから順に固有値を採用するとよい。従って、有効な固有値だけを取り出すことができる。
【0051】
上記半導体装置設計支援装置において、前記波数を変更して該波数ごとのエネルギーバンドを求め、全体のエネルギーバンド構造を求めるとよい。従って、全体のエネルギーバンド構造を特定することができる。
【0052】
本発明の半導体装置設計支援方法は、量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援する半導体装置設計支援方法であって、量子井戸構成層をN個のノードによって微小領域に分割するステップと、波数を決定し、該決定した波数において有効質量近似されたハミルトニアンを算出するステップと、前記ノードにおいて、前記ハミルトニアンの固有関数の取る関数値を求め、隣接するノード間での前記関数値の差分によって前記固有関数を展開するステップと、展開された前記固有関数の固有値を算出し、前記波数でのエネルギーバンドを特定するステップとを有している。従って本発明は、量子井戸構造の電子エネルギー準位を簡単に求めることができ、量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援することができる。
【0053】
本発明の半導体装置設計支援プログラムは、量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援する半導体装置設計支援プログラムであって、コンピュータに、量子井戸構成層をN個のノードによって微小領域に分割する処理と、波数を決定し、該決定した波数において有効質量近似されたハミルトニアンを算出する処理と、前記ノードにおいて、前記ハミルトニアンの固有関数の取る関数値を求め、隣接するノード間での前記関数値の差分によって前記固有関数を展開する処理と、展開された前記固有関数の固有値を算出し、前記波数でのエネルギーバンドを特定する処理と、を実行させる。従って本発明は、量子井戸構造の電子エネルギー準位を簡単に求めることができ、量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援することができる。
【発明の効果】
【0054】
本発明は、マルチバンドの電子波動関数の固有値を簡単に求めて量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0055】
次に添付図面を参照しながら本発明の最良の実施例を説明する。
【実施例1】
【0056】
まず、図1を参照しながら本実施例の構成を説明する。図1に示すように本実施例の半導体装置設計支援装置1は、固有値演算部2と、状態密度算出部10と、光学利得算出部11とを有している。固有値演算部2は、入力部3と、微小領域分割部4と、ハミルトニアン算出部5と、関数値算出部6と、差分変換部7と、マトリクス展開部8と、固有値算出部9とを有している。
【0057】
入力部3は、半導体の量子井戸構造を決定する材料や、厚さ、引っ張りや圧縮の歪み率等のパラメータを入力する。
【0058】
微小領域分割部4は、入力部2で入力したパラメータから決定される量子井戸構造を微小領域に分割する。例えば、図2に示すようにN個のノード(i=0〜N)を設定し、設定した各ノードでのポテンシャルの値をメモリに記録する。本実施例では、例えば、0.3nmピッチの微小領域に分割する。
【0059】
ハミルトニアン算出部5は、波数k(=2π/λ)を0〜0.5まで0.01刻みで変化させ、各波数におけるマルチバンド有効質量近似のハミルトニアンを計算する。なお、本実施例では、重い正孔(hh)と軽い正孔(1h)の2つを対象としている。
【0060】
関数値算出部6は、各ノードにおけるハミルトニアンの取る関数値を求める。差分変換部7は、図2に示す隣接ノード間で、関数値の差分を求める。そして、求めた関数値の差分をハミルトニアンの固有関数に置き換え、微分方程式を差分方程式に変換する。差分への置き換えによって微小領域での関数値に関する固有値方程式に変換される。
【0061】
マトリクス展開部8は、メモリを備え、各ノードごとに関数値をまとめ、対応するハミルトニアンの項をマトリクス配置する。
【0062】
固有値算出部9は、マトリクス展開部8によって得られたマトリクスから固有方程式の固有値を求める。なお、ハミルトニアン算出部5から固有値算出部9までの演算は、波数ごとに複数回行なわれ、波数kごとに取る固有値、すなわちエネルギーバンドが求められる。
【0063】
状態密度算出部10は、固有値演算部2で求めたエネルギーバンド構造から電子の状態密度を算出する。この状態密度は半導体材料の特性に重要な影響を与えるパラメータである。
【0064】
光学利得算出部11は、状態密度算出部10で算出した電子の状態密度を用いて、半導体装置の光学利得を算出する。具体的には、注入電流を設定することで電子・正孔の間で遷移確率を求め、量子井戸構造の光学利得を得る。
【0065】
図1に示す半導体装置設計支援装置1の動作手順を図3に示すフローチャートを参照しながら説明する。先ず、量子井戸構造の構成層の材料パラメータを入力し(ステップS1)、次に量子井戸構造のサイズや形状を入力する(ステップS2)。一例として、半導体の量子井戸構造を、井戸層がGa0.57In0.43As、厚さ6nm、障壁層がAl0.29Ga0.08In0.63As、30nmとした。また、基板にはInP基板を選定した。従って、井戸層には引っ張り歪み0.7%がかかり、障壁層には圧縮歪み0.7%がかかっている状態になっている。この歪みによるバンドギャップの変化を取り入れた。
【0066】
次に、量子井戸構造をN個のノード(i=0〜N)で分割し、量子井戸構造を微小領域に分割する(ステップS3)。例えば、ノードとノードの間隔を0.3nmピッチとする。微小領域分割部は、各ノードにおけるポテンシャルエネルギーの値をメモリに記録する。
【0067】
次に、波動関数の波数kを決定する。波数kは、0〜0.5まで0.01刻みで変化させる(ステップS4)。
【0068】
次に決定した波数において、マルチバンド有効質量近似のハミルトニアンを計算する。まず、有効質量近似の式(1.5)から、次の固有方程式(2.1)が得られる。
【0069】
【数18】

【0070】
ここで、gm1、gm2は固有関数、E(k//)は固有値エネルギーである。kxを演算子−i(∂/∂z)で置き換え、gm1、gm2をz軸方向の包絡線関数φh、φlに変換し、P,Q,R*などの値を代入すると、式(2.1)は次の式(2.2)で表される。ここまでは従来法と同じである。
【0071】
【数19】

【0072】
次に、この式(2.2)を式(2.3)に示す変換式により変換し、表記を簡略化する。得られる式は次の式(2.4)となる。
【数20】

【0073】
【数21】

【0074】
この連立微分方程式(2.4)を差分方程式に変換する。まず、次のように固有方程式の微分項を微小領域に分割する差分式に変換する(ステップS5)。
【数22】

【0075】
ここで、iは、量子井戸構造を分割した各ノードを表し、関数値fihやfilは、このノードiでの関数値を表す。本実施例では、重い正孔(heavy hole)の電子準位を表すfihと軽い正孔(light hole)の電子準位を表すfilが同一場所に存在するマルチバンドをシンミュレーションの対象としているため、関数値も同じノードにおいて2つある。この差分(2.5)を式(2.4)に置き換え、整理すると次式(2.6)が得られる。
【0076】
【数23】

【0077】
これは各微小領域の関数値fihやfilなどに関する固有値方程式である。このハミルトニアンを各値に対応するように配列する。通常の差分法では、関数値は時系列あるいは位置に対応するi番目,i+1番目,i+2番目などの項目を順次配列していくのであるが、ここでは重い正孔の電子準位を表すfihと軽い正孔の電子準位を表すfilが同一場所に存在するために、位置順に配置することができない。
【0078】
そこで、同一の添え字iなどのfihやfilを交互に配置した関数値の数列を作成し、これに対応するハミルトニアンの項をマトリクス配列する(ステップS6)。すなわち、奇数行をh行、偶数行をl行とし、そのi番目、i+1番目などを表1のように配列した。差分に分割されたノードの数n×マルチバンドの数、この場合は重い正孔と軽い正孔の2個としたため、2n個分の縦横マトリクスを作成する。
【0079】
【表1】

【0080】
これを固有値方程式の形に書き表すと、次式(2.7)のようになる。Mは表1の行列の項目であり、fihなどは固有関数であり、Eは固有値である。
【0081】
【数24】

【0082】
そして、このマトリクスを用いて固有値を算出する(ステップS7)。固有値は2n個求められるが、意味ある解は最低エネルギーの数個であるので、それだけを取り出す(ステップS8)。具体的には、ポテンシャルの井戸に存在する重い正孔や軽い正孔の場合、エネルギー位置が小さいものを得ることが目的であったので、これら2n個の固有値の内、小さいエネルギーのものが求める解となる。
【0083】
1つの波数に付いてエネルギーの値が求まると、次の波数に移り、同じ計算を繰り返す(ステップS9)。このようにして、波数ごとのエネルギーバンドが得られ、これをまとめると全体のエネルギーバンド構造が得られる(ステップS10)。このようにして得られたバンド構造を図4に示す。
【0084】
次に、エネルギーバンド構造から電子の状態密度を算出する(ステップS11ゅ)。この状態密度は半導体材料の特性に重要な影響を与えるパラメータである。状態密度が決定されれると、注入電流を設定する(ステップS12)ことで電子・正孔の間で遷移確率を求めることができ、量子井戸構造の光学利得を得ることができる(ステップS13)。注入電流と光学利得との関係を図5に示す。
【0085】
これらのシミュレーションから障壁層の歪み量と光学利得の関係を算出した。その結果を図6に示す。これから、どのような歪みを量子井戸構造にもたせると光学利得が大きくなり、レーザ発振しやすいレーザが作製できるかを評価することができた。なお、図6にひし形でプロットされた線は、-0.7%歪み(圧縮歪み)の場合、四角でプロットされた線は、歪みなしの場合、三角でプロットされた線は、+0.7%歪み(引っ張り歪み)の場合の歪み量と光学利得の関係を示す。
【0086】
以上のように、数学的に高度な知識を用いずに、有限差分法によりマルチバンド有効質量近似の解を求めることができ、電子のエネルギー準位を得ることができた。
【0087】
このように本実施例は、従来、エルミート行列の固有値を求める方法では、数学的な専門知識が必要とされてきたが、本手法のように有限差分法を用いることにより、量子井戸構造の電子エネルギー準位を求めることができた。また、有限差分法を用いることにより、量子井戸構造のポテンシャル構造を任意の構造にすることが簡易に行えるようになり、様々な構造のポテンシャル構造の電子エネルギーを求めることができるようになった。
【実施例2】
【0088】
上述した実施例1では、量子井戸層と障壁層との界面での波動関数の連続性に関して、波動関数の値の連続性のみを考慮し、確率密度の保存則については考慮していない。厳密に解を求めるにはこの確率密度の保存則を取り入れて解を求める必要がある。これを取り入れた場合、図7に示すように波動関数の傾きが界面において、不連続となる。そこで本実施例では、不連続性を差分法に取り込む実施例を示す。
【0089】
式(3.1)に示すようにノードnの位置におけるdfn/dzが不連続であるならば、関数の2階微分d2fn/dz2をfn-1、fn、fn+1を用いた差分式で表現するのは、誤りである。即ち、この場合には、不連続に変化する関数の微分値を定義することはできない。
【数25】

【0090】
そこで、波動関数の微分が不連続に変化する条件を差分法に適用する方法について説明する。量子力学では、確率密度の保存則により、次式(3.2)が成立する。
【0091】
【数26】

【0092】
従って、量子井戸層と障壁層との界面においては、波動関数の微分値は不連続に変化する。この不連続性を差分方程式に導入するために、まず、図7に示す界面iにおいて傾きが連続的に変化する値gi+1を仮定する。これを仮定することにより、界面での傾きや2階微分を差分式で表現することができる。φlの2階微分は次式(3.3)のように通常の差分方程式で表される。
【0093】
【数27】

【0094】
また、粒子流の保存則において、R11=r1-2r2、R12=√3r3(kx-iky)、R21=−√3r3(kx+iky)、R22=r1+2r2、と置き換えると、以下に示す式(3.4)となる。
【0095】
【数28】

【0096】
これをghi+1やgli+1に関して整理すると、次式(3.5)になる。
【0097】
【数29】

【0098】
ここで、以下に示す式(3.6)によって置き換えを行なうと、界面のノードiに関する差分方程式(後退差分式)は、以下の式(3.7)となる。
【0099】
【数30】

【0100】
【数31】

【0101】
この配列を実施例1と同様に量子井戸構造全体にわたり展開し、2n×2nのマトリクスを作成する。このマトリクスを表2に示す。
【0102】
【表2】

【0103】
なお、ここでの演算は、界面iだけのものであり、図8に示すように界面i以外のノードでは、上述した実施例1の手順でマトリクスが作成される。これらのマトリクスから固有値を求め、エネルギー値が低いものから順に、量子井戸構造に形成される電子エネルギー準位となる。
【0104】
このように本実施例は、有限差分法において、量子井戸の界面における波動関数の不連続性を取り入れることができ、精度の高い電子エネルギー準位を求めることができるようになった。
【実施例3】
【0105】
次に本発明の半導体装置設計支援プログラムに関する実施例を説明する。本実施例は、図9に示すようにCPU21、RAM22、ROM23、I/O24を備え、CPU21が、ROM23に記録したプログラムに従って演算を行なうことで、上述したように量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援する。
【0106】
CPU21は、ROM23に格納されたプログラムを読み出し、このプログラムに従ってRAM22をワークエリアとして使用して演算を行なう。具体的には、I/O24から量子井戸構造の構成層の材料パラメータや、量子井戸構造のサイズや形状を入力する。これらの情報から半導体の量子井戸構造を決定し、量子井戸構造をN個のノード(i=0〜N)で分割する。分割した各ノードでのポテンシャルエネルギーをRAM22に書き込む。
【0107】
次に、波動関数の波数kを決定し、上述した図3に示すフローに従って、この波数での固有値、すなわちエネルギーを求める。なお、ステップS6のマトリクスへの展開処理では、求めた関数値をRAM22に記録する。この演算を波数の値を変えながら行い、価電子帯のエネルギーバンド構造を特定する。そして、求めたエネルギーバンド構造から状態密度を求め、光学利得を算出する。
【0108】
上述した実施例は本発明の好適な実施例である。但し、これに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変形実施可能である。例えば、本実施例では、量子井戸中の電子の挙動を表すマルチバンド有効質量近似方程式に対して、有限差分法を適用したが、これ以外にも同一位置に二つ以上の要素が相互作用を及ぼし合し、求める解が固有方程式の固有値である物理モデルに対して、本手法は適用できる。
【0109】
また、本発明は同一時刻に二つ以上の要素が相互作用を及ぼし合い、求める解が固有方程式の固有値である物理モデルに対して適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0110】
【図1】半導体装置設計支援装置の構成を示す図である。
【図2】量子井戸構造とノードでの関数値を示す図である。
【図3】動作手順を示すフローチャートである。
【図4】半導体装置設計支援装置によって得られたバンド構造の一例を示す図である。
【図5】注入電流と光学利得との関係を示す図である。
【図6】障壁層の歪み量と光学利得の関係を示す図である。
【図7】量子井戸構造とノードでの関数値を示す図である。
【図8】マトリクスの構成を示す図である。
【図9】半導体装置設計支援プログラムを実行するコンピュータの構成を示す図である。
【符号の説明】
【0111】
1 半導体装置設計支援装置
2 固有値演算部
3 入力部
4 微小領域分割部
5 ハミルトニアン算出部
6 関数値算出部
7 差分変換部
8 マトリクス展開部
9 固有値算出部
10 状態密度算出部
11 光学利得算出部
21 CPU
22 RAM
23 ROM
24 I/O

【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援する半導体装置設計支援装置であって、
量子井戸構成層をN個のノードによって微小領域に分割する分割手段と、
波数を決定し、該決定した波数において有効質量近似されたハミルトニアンを算出するハミルトニアン算出手段と、
前記ノードにおいて、前記ハミルトニアンの固有関数の取る関数値を求め、隣接するノード間での前記関数値の差分によって前記固有関数を展開する展開手段と、
展開された前記固有関数の固有値を算出し、前記波数でのエネルギーバンドを特定する算出手段と、を有することを特徴とする半導体装置設計支援装置。
【請求項2】
前記算出手段は、前記展開された前記固有関数の一部の固有値を有効な固有値として算出することを特徴とする請求項1記載の半導体装置設計支援装置。
【請求項3】
前記算出手段の算出する前記固有関数の固有値は、前記量子井戸構造内の同一位置に共存する固有値であることを特徴とする請求項1又は2記載の半導体装置設計支援装置。
【請求項4】
前記算出手段の算出する前記固有関数の固有値は、同一時刻において複数の値が共存する固有値であることを特徴とする請求項1又は2記載の半導体装置設計支援装置。
【請求項5】
前記ハミルトニアンが、前記微小領域のポテンシャルに閉じ込められた電子の振る舞いを記述するシュレーディガー方程式から導かれたハミルトニアンであることを特徴とする請求項1記載の半導体装置設計支援装置。
【請求項6】
前記ハミルトニアンが、有効質量近似方程式で表現されていることを特徴とする請求項5記載の半導体装置設計支援装置。
【請求項7】
前記展開手段は、井戸層領域と障壁層領域との境界で、前記各固有関数に対して仮想的電子エネルギー点を設定し、該仮想的電子エネルギー点での前記固有関数の関数値の差分によって、前記ハミルトニアンの固有関数を展開することを特徴とする請求項1から6のいずれか1項記載の半導体装置設計支援装置。
【請求項8】
前記算出手段は、求めた固有値のうち、エネルギーの絶対値の小さいものから順に固有値を採用することを特徴とする請求項2項記載の半導体装置設計支援装置。
【請求項9】
前記波数を変更して該波数ごとのエネルギーバンドを求め、全体のエネルギーバンド構造を求めることを特徴とする請求項1記載の半導体装置設計支援装置。
【請求項10】
量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援する半導体装置設計支援方法であって、
量子井戸構成層をN個のノードによって微小領域に分割するステップと、
波数を決定し、該決定した波数において有効質量近似されたハミルトニアンを算出するステップと、
前記ノードにおいて、前記ハミルトニアンの固有関数の取る関数値を求め、隣接するノード間での前記関数値の差分によって前記固有関数を展開するステップと、
展開された前記固有関数の固有値を算出し、前記波数でのエネルギーバンドを特定するステップとを有することを特徴とする半導体装置設計支援方法。
【請求項11】
量子井戸構造のエネルギーバンド構造を特定し、半導体装置の設計を支援する半導体装置設計支援プログラムであって、
コンピュータに、量子井戸構成層をN個のノードによって微小領域に分割する処理と、
波数を決定し、該決定した波数において有効質量近似されたハミルトニアンを算出する処理と、
前記ノードにおいて、前記ハミルトニアンの固有関数の取る関数値を求め、隣接するノード間での前記関数値の差分によって前記固有関数を展開する処理と、
展開された前記固有関数の固有値を算出し、前記波数でのエネルギーバンドを特定する処理と、を実行させることを特徴とする半導体装置設計支援プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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