説明

単結晶試料の結晶方位測定方法

【課題】単結晶試料の菊池パターンの面指数付けの精度を向上し、広範囲の結晶方位分布を測定する。
【解決手段】本発明の単結晶試料の結晶方位測定方法は、六方晶系単結晶試料の結晶方位を後方散乱電子回折法によって測定するために、試料座標系におけるTD軸を前記六方晶系単結晶試料の[0001]方向と平行に配置して後方散乱電子回折パターンを取得するステップと、前記取得した後方散乱電子回折パターンをコンピュータ解析して面指数付けを行うステップと、前記指数付けされた面指数分布に基づいて前記試料の結晶方位を決定するステップと、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、EBSD(後方散乱電子回折)法を利用した単結晶試料の結晶方位測定方法に関するもので、特にSiC等の六方晶系単結晶試料の結晶方位測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
SiC単結晶半導体は、Si半導体に比べて耐熱性、耐電圧性に優れ、かつ電力損失が小さいという優れた特性を有している。この特性故に、現在のSiパワーデバイスに変わる次世代の新しいパワーデバイス材料として注目されており、各種のインバータ機器、家電用パワーモジュール、ハイブリッド車用パワーデバイス等に利用されることにより大きな効果(高性能、省電力)が期待される。
【0003】
SiC単結晶半導体を材料として高性能のパワーデバイスを形成するためには、高品位SiC単結晶を低コストで得るための結晶成長技術の開発が不可欠である。しかしながら、現状の結晶成長技術によって生成したSiC単結晶は、結晶欠陥を多く含み、実用デバイスを作製する上でこれが大きな障害となっている。したがって、このような結晶欠陥の発生原因を追究してそれを取り除くことが不可欠であり、そのためには、製造された単結晶試料を高精度で観測してその結晶性を評価することが必要である。
【0004】
単結晶試料の結晶性の評価には、試料の正確な結晶方位測定が必要である。従来からのX線回折によるラウエパターンを利用する方法に代わって、最近では、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた後方散乱電子回折(EBSD)法を利用して、単結晶試料の結晶方位の測定を行う手法が開発されている。EBSD法は、バルク状の結晶試料に電子線を入射させたときに発生する後方散乱電子線によって、菊池パターンと呼ばれる回折パターンが形成されることを利用するもので、この回折パターンに対してコンピュータを用いて結晶面の指数付けを行い、この面指数分布に基づいて結晶方位を決定する手法である。
【0005】
EBSD法を用いた結晶方位測定方法の一般的な技術水準を示す資料として、特許文献1がある。特許文献1では、EBSD法によって結晶方位を測定する際に、基準試料を用いて被検体と比較測定することで、外径形状と結晶方位との位置関係を明確にする方法を開示している。この方法では、菊池パターンのコンピュータによる面指数付けを行う場合に、基準試料と被検体のパターンが適切な面でマッチングされないと、広範囲での結晶方位分布の測定が困難であるが、特許文献1の場合は、基準試料および被検体が立方晶であるため、その面指数付けが比較的容易である。
【0006】
結晶方位測定の一般的な技術水準を示すその他の資料として、特許文献2および3がある。特許文献2では、例えばEBSD法を用いて試料表面の結晶粒の結晶方位分布を測定する方法を開示しているが、単結晶試料の場合の様に、精度の高い結晶方位分布を測定するものではない。特許文献3は、試料を透過型電子顕微鏡(TEM)で観測する場合に、電子線の入射方向を試料の特定の面、例えば(1−100)面、に対して垂直方向とすることにより、従来では観測が難しかった六方晶系試料等の観測を可能とする技術を開示している。
【0007】
【特許文献1】特開2006−194743
【特許文献2】特開2002−168809
【特許文献3】特開2002−022627
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、例えばSiC等の高品質単結晶半導体を得るためには、製造された単結晶試料の高精度の結晶方位測定が不可欠であるが、SiC単結晶のような六方晶系の試料に対しては確立した結晶方位測定方法が未だ提案されていない。
【0009】
本発明は、かかる点に関してなされたもので、特に六方晶系の単結晶試料の結晶方位測定を、EBSD法によって高精度で行うことが可能な測定方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明は、六方晶系単結晶試料の結晶方位を後方散乱電子回折法によって測定するために、試料座標系におけるTD(Transverse・Direction)軸を前記六方晶系単結晶試料の[0001]方向と平行に配置して後方散乱電子回折パターンを取得するステップと、前記取得した後方散乱電子回折パターンをコンピュータ解析して回折パターンの面指数付けを行うステップと、前記指数付けされた面指数分布に基づいて前記試料の結晶方位を決定するステップと、を含む、単結晶試料の結晶方位測定方法を提供する。
【0011】
上記の方法において、前記六方晶系単結晶試料は6Hあるいは4H−SiC単結晶であっても良い。また、前記六方晶系単結晶試料を、入射電子線に垂直な平面に対してほぼ70度傾斜して配置しても良い。
【発明の効果】
【0012】
六方晶系の試料に電子線を照射した場合に発生する後方散乱電子によって形成される菊池パターンを解析して面指数付けする場合、単結晶試料の[0001]方向を、試料に固定された座標、即ち、試料座標系におけるTD(Transverse・Direction)軸と平行となるように配置することで、菊池パターンの面指数付けの精度が向上し、その結果、広範囲の結晶方位分布の測定が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、本発明を、図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の図面において、共通の符号はそれぞれ同一又は類似の構成要素を示すので、重複した説明は行わない。
【0014】
EBSD法では、後方散乱電子回折を利用して、単結晶試料の結晶方位を測定する。約70度傾斜させたバルク状の単結晶試料に電子線を照射すると、後方散乱電子により、菊池パターンと呼ばれる回折パターンが形成される。この菊池パターンを例えばSEM(走査電子顕微鏡)に装備された検出器によって撮像し、コンピュータによって画像解析することにより、各パターンの面指数付けを行い、面指数の分布から単結晶試料の結晶方位を得ることができる。
【0015】
図1は、EBSD法により単結晶試料の菊池パターンを撮像するための装置の概略を示す。通常、この装置はSEMである。図において、1は試料台、2は試料台1上に設置された試料、3は電子線4を発生させるための電子線銃である。さらに、5は後方散乱電子の検出装置であり、蛍光材料を塗布したスクリーンとこのスクリーンに投影された菊池パターンを取り込むためのカメラで構成されている。なお、試料台1、電子銃3および検出装置5はコンピュータによって統合的に制御されているが、図1ではその制御機構は省略されている。
【0016】
図1に示す装置において、試料2に電子線4が照射されると、試料2から後方散乱電子(菊池パターンの形成に寄与する非弾性散乱電子)6が発生し、その一部が検出装置5のスクリーンに入射して回折パターン(菊池パターン)を形成する。この回折パターンをカメラによって読み取り、コンピュータで解析することにより、菊池パターンの面指数付けを行うことができる。単結晶試料2の結晶方位は、このようにして作成された面指数の分布図を基に特定される。なお、EBSDの測定装置では、通常、試料2の表面を電子線4の入射方向に対して70度程度傾斜させてある。これは、試料2の表面からの充分なEBSD強度を得るとともに、必要な空間分解能を確保するためである。
【0017】
図2は、単結晶試料2の試料座標系を示す図である。試料座標系は試料表面の電子線照射領域内に原点を有するRD(X軸)、TD(Y軸)、ND(Z軸)で構成されている。NDはNormal・Directionを示し、試料表面の法線方向の軸を示す。TDは試料のTransverse・Direction、RDはReference・Directionを示す。一般に、試料座標系の各軸は、菊池パターンの指数付けによって得られた結晶方位をオイラー角(試料に固定された座標系と測定点の結晶格子に固定された座標系の間の回転関係)として表記するために定義される。
【0018】
発明者等は、EBSD法を用いてSiC単結晶試料の結晶方位分布を観察する上で、単結晶試料2の結晶方位と試料座標の関係を変化させて種々の実験を行った結果、回折パターンの指数付け精度を向上させる適切な観察方位が存在することを見出した。
【0019】
図3および図4は、6H−SiC単結晶試料のEBSD法における観察方位と、回折パターンに基づいて作成した極点図を示す図である。図3では、6H−SiC単結晶試料2Aの結晶方向[0001]が試料座標のTD軸に平行となるような配置関係、即ち、TD//[0001]の場合(図3(a)参照)の、(0001)面の極点図(図3(d))、(11−20)面の極点図(図3(c))および(1−100)面の極点図(図3(d))を示す。図4は、6H−SiC単結晶試料2Bの結晶方向[1−100]をTD軸に平行に置いた場合、即ち、TD//[1−100]の場合(図4(a)参照)の、(0001)面の極点図(図4(b))、(11−20)面の極点図(図4(c))および(1−100)面の極点図(図4(d))を示す。なお、図3および図4において、20は6H−SiCの種結晶を示し、結晶成長の方向は種結晶の[0001]方向である。
【0020】
図3および図4に示す各極点図(b)、(c)、(d)において、回折パターンの指数付けが正しく行われている場合、極点図において円形又は楕円形のフレームで示す領域10内にスポットが出る必要がある。単結晶試料2の[0001]方向をTD軸に平行に配置した場合の極点図である図3(b)、(c)、(d)では、領域10内にスポットが現れ、したがってこの場合の指数付けは正確にマッチングされていることが理解される。
【0021】
特に、極点図(c)では領域10内の各スポット(図に矢印で示す)が60度間隔で配置されており、また極点図(d)では各スポットが60度間隔で現れているが、極点図(c)とは30度ずれた位置に現れている。これは、六方晶系における[11−20]方向と、[11−00]方向と等価な[10−10]方向が、図5に示すように30度ずれていることに起因する。したがって、このことからも、図3(a)に示す試料の配置位置において、精度の高い回折パターンの指数付けが行われていることがわかる。
【0022】
これに対して、図4(a)に示す試料において、各極点図(b)、(c)、(d)では、スポットが出るべき位置、即ち領域10内にスポットが現れておらず(図の矢印参照)、その結果、指数付けが正確に行われていないことがわかる。
【0023】
以上のように、単結晶試料の[0001]方向をTD軸に平行にしてEBSDの測定を行った場合は、回折パターンの精度の高い指数付けが広範囲で可能となる。この理由は、以下のように考えられる。
【0024】
図6は、回折パターンを指数付けする場合に利用されるフィッテング用の三角形を示す。指数付けは、三角形の各辺の長さと角度を実際の結晶面の関係に対比させて行うが、EBSDの観察方位をTD//[1−100]とした場合には、(1−210)、(1−100)面の指数付けに利用する三角形と類似の三角形が存在し、これらの間で混同が生じ易いためと考えられる。
【0025】
図7は、6H−SiC単結晶試料2を、TD//[0001]配置とした場合のEBSDによる回折パターンとその指数を示す図である。図7(a)は、試料の配置状態を示し、図(b)は撮像された菊池パターンを示し、図(c)は、コンピュータ解析によって菊池パターン上に面指数付けを行った結果を示す。図(c)の面指数の分布図から、測定点における結晶方位がコンピュータ解析される。
【0026】
図8の(a)〜(f)は、図7(c)の面指数分布図に基づく解析結果を示す図である。図8(a)は、図7(a)の試料配置に固定した場合の回折パターンの信号強度を明度として表した像である。図8(a)では、マトリックスと空隙の濃淡が明確に観察されており、後方散乱電子の信号強度は、マトリックス部の結晶方位分布を解析するために充分であることが理解される。図8(b)及び(c)は、面指数の分布図から決定された結晶方位をビジュアル化して示した図であり、図(b)はND軸に対する[11−20]方向の結晶方位分布をカラー(例えば青)で示し、図(c)はND軸に対する[1−100]方向の結晶方位分布をカラー(例えば赤)で示している。図8(d)〜(f)は、(0001)、(11−20)、(1−100)の各格子面の極点図を示している。
【0027】
図8(b)および(c)の結晶方位分布から、[11−20]6H−SiCがND軸に沿って配向し、[1−100]6H−SiCがND軸に対して傾角30度で配向していることが理解される。このことは、図8(d)〜(f)の極点図において、(0001)6H−SiCがTD軸両端に分布し、(11−20)6H−SiCおよび(1−100)6H−SiCがRD軸上に30度間隔で交互に分布していることからも明らかである。
【0028】
図7および図8は、図7(a)の配置関係において、ND//[11−20]となる場合の測定結果であるが、ND//[1−100]となる試料配置においても同様に、TD//[0001]6H−SiCの試料配置が結晶の方位分布の測定に適しているものと考えられる。また、上記の測定は、6H−SiCに対して行ったものであるが、4H−SiCでも同様の結果が得られるものと考えられる。
【0029】
一方、図9および図10に、試料配置をTD//[1−100]とした場合の測定結果を示す。図9(a)は、試料の配置状態を示す図であり、図(b)はこの配置で撮像した菊池パターンを示し、図(c)はコンピュータ解析によって菊池パターン上に面指数付けを行った結果を示す。図(c)の面指数の分布図から、測定点における結晶方位の分布がコンピュータ解析される。
【0030】
図10の(a)〜(f)は、図9(c)の面指数分布図に基づく解析結果を示す図である。図10(a)は、図9(a)の試料配置に固定した場合の回折パターンの信号強度を明度として表した像である。図10(a)では、マトリックスと空隙の濃淡が明確に観察されており、後方散乱電子の信号強度は、マトリックス部の結晶方位分布を解析するために充分であることが理解される。図10(b)及び(c)は、面指数の分布図から結晶方位をビジュアル化して示す図であり、図(b)はND軸に対する[11−20]方向の結晶方位分布を示し、図(c)はND軸に対する[1−100]方向の結晶方位分布を示している。図10(d)〜(f)は、(0001)、(11−20)、(1−100)の各格子面の極点図を示している。
【0031】
図10(b)および(c)に示すように、[11−20]6H−SiCおよび[1−100]6H−SiCの結晶方位分布はうまく取れておらず、さらに、図10(d)〜(f)に示した極点図も、分布するべき所にスポットが見られない。これは、図9(c)に示す回折パターンの指数付け精度の低下が原因であると思われる。
【0032】
以上のように、六方晶系の単結晶試料においてEBSD法により結晶方位の分布を測定する場合、単結晶試料の[0001]方向が試料座標のTD軸に平行となるように配置した場合、回折パターンのより精度の高い指数付けが可能となり、その結果、広範囲で結晶方位分布の測定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】EBSD法により単結晶試料の菊池パターンを撮像するための装置の概略図。
【図2】試料座標を示す図。
【図3】6H−SiC試料をTD//[0001]となるように配置した状態と、その状態での各面指数についての極点図を示す図。
【図4】6H−SiC試料をTD//[1−100]となるように配置した状態と、その状態での各面指数についての極点図を示す図。
【図5】六方晶系の[10−10]方向と[11−20]方向の関係を示す図。
【図6】菊池パターンにおける指数付けの方法を説明するための図。
【図7】本発明の方法に従った試料の配置位置とその配置で撮像した菊池パターンおよび面指数の分布を示す図。
【図8】図7の面指数分布に基づいて解析された結晶の方位分布および極点図を示す図。
【図9】試料の好ましくない配置関係とその配置で撮像した菊池パターンおよび面指数の分布を示す図。
【図10】図9の面指数分布に基づいて解析された結晶の方位分布および極点図を示す図。
【符号の説明】
【0034】
1 試料台
2 試料
3 電子銃
4 電子線
5 検出装置
6 後方散乱電子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
六方晶系単結晶試料の結晶方位を後方散乱電子回折法によって測定する方法であって、
試料座標系におけるTD軸を前記六方晶系単結晶試料の[0001]方向と平行に配置して後方散乱電子回折パターンを取得するステップと、
前記取得した後方散乱電子回折パターンをコンピュータ解析して面指数付けを行うステップと、
前記指数付けされた面指数分布に基づいて前記試料の結晶方位を決定するステップと、を含む、単結晶試料の結晶方位測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法において、前記六方晶系単結晶試料は6Hあるいは4H−SiC単結晶であることを特徴とする、単結晶試料の結晶方位測定方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法において、前記六方晶系単結晶試料は、入射電子線に垂直な平面に対してほぼ70度傾斜して配置されていることを特徴とする、単結晶試料の結晶方位測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−98008(P2009−98008A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−270275(P2007−270275)
【出願日】平成19年10月17日(2007.10.17)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000173522)財団法人ファインセラミックスセンター (147)
【Fターム(参考)】