説明

双安定液晶装置

【課題】従来の双安定液晶装置はスイッチング特性がパネルごとにバラツキ量産性に課題があった。
【解決手段】低アンカリング層とITO間に中間層として、原子間力顕微鏡で計測した平均表面粗さが2nm以下の凹凸膜を挿入することにより、パネルごとに異なるITO膜の表面形状に低アンカリング層が影響を受けるとなく、スイッチング特性が安定した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電気光学効果として液晶の双安定性を利用した双安定性液晶装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、別のネマチック型液晶ディスプレイ群、すなわち、表面破壊によるネマチック型ディスプレイ群が登場した(例えば、国際出願WO97/17632)。これらのディスプレイは双安定であり、エネルギーを消費することなく配向がいつまでも持続し、エネルギーの供給を必要とするのは2つの状態をスイッチングするときのみである。この特徴を活かし、電源ケーブル無しで長時間の利用が可能な用途(電子ブックや電子棚札など)への応用が拡大してきている。
【0003】
この種のディスプレイを製造することの主な難点は、表面のアンカリングを破壊しなければならない点にある。すなわち、低エネルギーアンカリングを再現できることが必要である。弱いアンカリングを用いる双安定性ネマチック型ディスプレイは、以下の方法を典型例として製造される。すなわち、インジウム錫酸化物からなる導電層を塗布した二枚のガラス板の間に液晶を配置する。一方の電極は、高いプレチルト角または強い方位角アンカリングが得られる被膜を有し、他方の電極は、低プレチルト角でかつ弱い方位角アンカリングエネルギーが得られる被膜である。さらに、2つの偏光子を適当な向きでセルの一方の側に配置する。
【0004】
この「双安定」技術の原理は、電界を印加することなく、安定した2つの状態、すなわち、均一状態と180 °ねじれた状態とが存在することにある。ここで、以下説明文は均一状態をU状態(Uniform)、180°ねじれ状態をT状態(Twist)と称することにする。このUとT二つの状態は、最小エネルギーレベルに相当する。正の誘電異方性を有するネマチック液晶、例えば、カイラル添加剤をドープしたペンチルシアノビフェニル(5CBとして知られている)を用いた場合、このUとTの二つの状態は平衡状態にある。この種のデバイスは、一般的にBinem デバイスと呼ばれる。
【0005】
このディスプレイ技術は、特定の形状および強度の電界を加えて一方の状態から他方の状態に移行させることにより、強いアンカリングをそのままの状態に維持しながら弱いアンカリングを破壊できることを利用するものである。セルに対して垂直に電界を印加することにより、TN技術の「ブラック」状態と同様、低アンカリングエネルギー面に近接した分子が低アンカリングエネルギー面に垂直であるホメオトロピック組織が誘起される。この非平衡組織は遷移状態にあり、二つの安定状態のうち、いずれか一方へスイッチングできる。電界の印加を停止すると、弾性カップリング効果または流体力学的カップリング効果の何れが優勢であるかにより、安定状態の一方または他方の状態へ変化する。
【0006】
T状態とU状態との間のセルスイッチングを容易にするために、弱いアンカリングは小チルト角(< 1 °) を有していてもよい。一方、強いアンカリングは一定のプレチルト角を有するTN液晶またはSTN液晶で一般的に用いられる配向膜でよい。強いアンカリングが一方向に傾き、弱いアンカリングが同じ方向に傾いている場合、一次破壊と呼ばれる遷移電界誘起アンカリング破壊により、T状態からU状態へスイッチングしうる。U状態からT状態へのスイッチングは上記の流体力学的カップリングにより達成される。
【0007】
液晶材料をアンカリングするための種々の手段が既に提案されている。しかしながら、十分に強いアンカリングを生じさせることができる手段はあるが、弱いアンカリングを確保することができる手段は極めて少数でしかない。
弱いアンカリングを確保することができる手段として、以下の液晶セルの製造方法が特許文献1で提案されている。
【0008】
ポリ(ビニルクロリド− c o − ビニルアルキルエーテル)型ポリマーまたはコポリマー、もしくは、ポリ(ビニルクロリド− c o − ビニルアリールエーテル)型ポリマーまたはコポリマーから得られるポリマーまたはコポリマーから選択される、ポリマー、コポリマー、またはターポリマーを、基板上に付着させる工程、前記ポリマーの被膜を安定化させる工程、および、液晶の制御された方位角アンカリングを誘起させるために、前記被膜の方位角配向を生じさせる工程、を含んでなる方法により達成される。
【0009】
特許文献1によれば、被膜の安定化は、熱および/ または紫外線照射により行われ、ネマチック液晶のプレチルト角は小さく、(0°<Ψ<1°、好ましくは0.1°<Ψ<0.5 °)であり、双安定性ネマチック型液晶セルにおいて、低エネルギーアンカリング層を形成できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−163878号公報(第8頁、化3)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ここで、単純な矩形波(例えばパルス幅2msec)で0°から低アンカリング層のアンカリング破壊状態を経て、T状態へ変化する電圧をVTとし、液晶パネル内全画素(100%の画素)がU状態からT状態とスイッチングするVTをVT100と定義する。
特許文献1のBinemデバイス(以下液晶パネルと称する)は量産でVT100特性が安定しない課題があった。すなわち、VT100特性が液晶パネルごとにバラツク課題があった。
【0012】
量産のVT100の規格は液晶パネル駆動用のドライバーICの出力電圧の上限により上限値が決まる。このためVT100がある範囲を超える液晶パネルは全面T状態にスイッチングできないため不良となる。液晶パネルのVT100のバラツキを抑えるために様々な実験解析を重ねた結果、VT100バラツキの最大の要因は低アンカリング層のアンカリングエネルギーのバラツキであり、低アンカリング層のアンカリングエネルギーがITO膜の表面形状の影響で大きくシフトすることがわかった。
【0013】
通常電極としては膜厚が100nm〜300nmのITO(インジウムスズオキサイド)を用いる。原子間力顕微鏡(AFM)でITO表面を観察すると、ITOの成膜方法、ITOの膜厚にもよるが、例えばスパッタリングにて150nmの膜厚のITOをAFMにて表面形状を観察すると1μm2のエリアで平均表面粗さ(以下:Ra)≒2.3〜2.8nm、最大高低差(P−V)=20〜40nmであり、ITO基板ごとにRaとP−Vのバラツキがあった(AFMの測定枚数=5枚)。ITOの成膜条件(スパッタリング条件)を一定にしてもITO表面の微妙な凹凸を常に一定制御することは不可能であり、ITOの微妙な表面形状の違いは、ITO上部に直接形成する低アンカリング層のアンカリングエネルギーに影響を与えていた。
【0014】
要するに、ITOの上部に形成する低アンカリング層は10nm以下で薄いため、ITO基板ごとの表面形状の微妙な違いが無視できなかった。ITOの表面形状が低アンカリング層の表面形状に反映され、液晶のプレチルト角や弱いアンカリングエネルギーに影響を与えていた。液晶のプレチルト角や弱いアンカリングエネルギーのバラツキは液晶パネルのVT100のバラツキに直結するため、量産安定性に大きな課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明では上述の課題を解決するために、低アンカリング層とITO間に中間層を入れることを検討した結果、中間層として凹凸膜を挿入することが有効なことがわかった。種々の凹凸膜を検証した結果、原子間力顕微鏡(以下AFM)の計測で、平均表面粗さRaが2nm以下で安定した液晶パネルのVT100が得られることがわかった。膜厚を変えて表面形状を変えた種々のITOに凹凸膜を形成しAFMで観察すると、凹凸膜のRaはほぼ一定で、尚かつ表面形状もほぼ一定となった。また、凹凸膜の膜厚を20nm〜1000nmの範囲で変えても、Raがほぼ一定の表面形状が観察できた。
【0016】
要するに、ITO膜の表面形状を変えても、凹凸膜の膜厚を変えてもAFMによる計測では、凹凸膜の平均表面粗さRaはほぼ一定となった。この結果、低アンカリング層とITO間に凹凸膜を入れることにより、低アンカリングエネルギーが安定し、結果的に液晶パネルのVT100のバラツキを大幅に低減することができた。
凹凸膜は印刷可能な絶縁膜に微粒子を混入することにより容易に形成できる。特に凹凸膜のRaを2nm以下にするために、微粒子の形状は15nm以下が好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の双安定性液晶装置、すなわち低アンカリング層とITO間に、AFMの計測で平均表面粗さRaが2nm以下の凹凸膜を入れることにより、量産で安定したBinem液晶パネルの製造が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の双安定性液晶装置の概略説明図である。
【図2】AFMによるITO面及び凹凸膜形成後の表面形状解析である。
【図3】本発明の双安定性液晶装置のスイッチング特性の説明図である
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の双安定性液晶装置の最良の形態を図1を用いて説明する。図1は本発明の双安定性液晶装置の概略断面図である。基板1にはITO膜2、強アンカリング膜3が形成され、強アンカリング膜3は回転布ロールによるラビング工程により配向処理されている。一方、基板8上にはITO膜7、凹凸膜6、弱アンカリング膜5が形成され、弱アンカリング膜5は回転布ロールによるラビング工程により配向処理されている。凹凸膜6にはポリチタノシロキサンを主成分とする塗布型の絶縁膜にシリカ微粒子を混合した材料をフレキソ印刷で塗布、硬化して形成した。基板1と基板7の間には約1.5μmのセルギャップにて液晶4が狭持されている。
【0020】
ITO7上の凹凸膜6により、低アンカリング膜が安定して形成できるようになり、ITO7の微妙な表面形状に関係なく、一定のアンカリングエネルギーが得られるようにった。すなわち、一定のアンカリングエネルギーが常に安定的に得られるようになり、液晶パネルのVT100バラツキが低減した。
以下、本発明の双安定性液晶装置及び製造方法を図面に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0021】
本実施例1の双安定性液晶装置を図1を用いて説明する。図1は本発明の双安定性液晶装置の概略断面図である。ガラス基板1にはITO膜2、強アンカリング膜3を形成した。ITO膜2はスパッタリングで250nm形成し、強アンカリング膜はプレチルト角度が5°程度になるポリイミド配向膜をフレキソ印刷にて50nm形成した。強アンカリング膜3は回転布ロールによるラビング工程により配向処理した。一方、ガラス基板8上にはITO膜7、凹凸膜6、弱アンカリング膜5を形成した。ITO膜7はスパッタリングで3種類(膜厚:100nm、150nm、200nm)形成し、凹凸膜6はフレキソ印刷で50nm形成した。ITO膜三種類は意図的にITO表面形状のバラツキを評価するために用意した。
【0022】
ここで、凹凸膜6には、ポリチタノシロキサンを主成分とする固形分をプロピレングリコールとブチルセロソルブを主成分とする溶媒に固形分濃度比6%で溶解させて、さらに10〜15nmのシリカ粒子を固形分濃度比1%で混合した塗布型材料を用いた。ここではシリカ粒子を用いたが、酸化チタン等の透明な絶縁性金属酸化物粒子を用いても良いし、透明な絶縁物であれば無機物に限定されるものではなく、有機物粒子や有機無機ハイブリッド粒子でも構わない。
【0023】
凹凸膜6はフレキソ印刷〜乾燥後、VU照射してから本焼成を行った。また、弱アンカリング膜5はPVC(ポリビニルクロライド)を主成分とするポリマーをフレキソ印刷にて10nm以下の膜厚(段差計での測定限界以下)で形成した。弱アンカリング膜5は回転布ロールによるラビング工程により配向処理した。ガラス基板1とガラス基板7の間には約1.5μmのセルギャップにて液晶4が狭持されている。液晶4には特開2008−285594に記載されているDIC社製ネマチック液晶を用いた。
【0024】
図2に三種類のITO膜7(膜厚:100nm、150nm、200nm)上に、凹凸膜6を形成し、AFMにて表面形状観察した結果を示す。図2の測定結果から凹凸膜6を形成することにより、ITO膜7の膜厚が異なっても(ITO膜7の表面形状が大幅に異なっても)凹凸膜6の表面形状はほぼ同じになった。
【0025】
本実施例1の双安定性液晶装置においては、図3に示すように凹凸膜6を形成した場合、ITO膜厚(100nm、150nm、200nm)いずれの場合も0°〜180°へのスイッチング(以下:Tスイッチング)及び180°〜0°へのスイッチング(以下:Uスイッチング)が確認できた。ITO膜厚100nmの液晶パネルは電圧17vパルス幅2msecの矩形波にてTスイッチングした(VT100=17.0v)。ITO膜厚150nmの液晶パネルはVT100=17.8v、ITO膜厚250nmの液晶パネルはVT100=16.7v、となりITO膜厚(表面形状)によるVTバラツキは大幅に改善された。さらに0°と180°それぞれの双安定性(UとTの安定性)を1週間確認したが、全てのITO膜厚の液晶パネルにて問題無いことが確認できた。
【0026】
一方、凹凸膜6を形成せずに、ITO膜7上に凹凸膜6無しで、直接弱アンカリング膜5を形成して、Tスイッチング及びUスイッチング、及びTスイッチングとUスイッチングの安定性を確認したところ、図3に示すようにITO膜厚100nmの液晶パネルは電圧17vパルス幅2msecの矩形波にてTスイッチングした(VT100=16v)。ITO膜厚150nmの液晶パネルと、ITO膜厚200nmの液晶パネルはUスイッチングしなかった。
図2、図3で明らかなように、凹凸膜6によりITO膜の表面形状に起因する液晶パネルのVT100への影響が無視でき、ITO膜の表面形状のバラツキに起因するVT100のバラツキが低減できることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明の双安定性液晶装置により、量産性を大幅に改善(液晶パネルのVT100のバラツキを低減)できたことにより、安価な双安定性液晶装置を安定的に供給できるようになる。
【符号の説明】
【0028】
1、8 基板
2、7 ITO膜
3 強アンカリング膜
4 液晶
5 弱アンカリング膜
6 凹凸膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極、配向膜が形成された一対の基板間に液晶を封入し、少なくとも一方の基板上は低アンカリングエネルギー配向膜を有する双安定性液晶装置であって、前記低アンカリングエネルギー配向膜と電極間に、平均表面粗さが2nm以下の凹凸膜を有することを特徴とする双安定性液晶装置。
【請求項2】
前記凹凸膜が微粒子を混入した材料からなることを特徴とする請求項1記載の双安定性液晶装置。
【請求項3】
前記微粒子の粒径が15nm以下であることを特徴とする請求項2記載の双安定性液晶装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−88401(P2012−88401A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−232907(P2010−232907)
【出願日】平成22年10月15日(2010.10.15)
【出願人】(000002325)セイコーインスツル株式会社 (3,629)
【Fターム(参考)】