説明

反応管、多管式反応器及びこれを用いた不飽和化合物の製造方法

【課題】爆発が生じた場合もその影響を最小限に抑えることができ、かつ、低コスト化及び高生産性を図ることができる反応管、これを備える多管式反応器、及びこの多管式反応器を用いた不飽和化合物の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、内部に触媒が充填設され、原料ガスの酸化脱水素反応による不飽和化合物の製造に用いられる反応管であって、少なくとも両端部分に挿嵌される複数の消炎素子を有することを特徴とする。本発明の多管式反応器は、複数の当該反応管を備える。また、本発明の不飽和化合物の製造方法は、原料ガスと分子状酸素含有ガスとを含む混合ガスを当該多管式反応器に供給し、上記原料ガスの酸化脱水素反応を行う製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反応管、多管式反応器及びこれを用いた不飽和化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イソブチレンからのメタクリル酸の製造や、n−ブテンからのブタジエンの製造など、原料ガスの酸化脱水素反応による不飽和化合物の製造が研究又は事業化されている。この酸化脱水素反応による不飽和化合物の製造には、生産性などの観点から、複数の反応管を備える多管式反応器が一般的に用いられている。
【0003】
上述の不飽和化合物の製造においては、主反応としての上記酸化脱水素反応のみではなく、副反応としての燃焼反応が生じる。この燃焼反応は、通常の条件でも緩やかに起こっているが、急激な燃焼反応が生じると、火災が生じ、爆発につながる可能性がある。この際、反応器として多管式反応器を用いていると、一本の反応管内での爆発が反応器全体に広がりやすいため、爆発による影響が非常に大きい。そこで、この爆発の発生自体を防ぐために、通常、原料ガスや酸素ガスと共に、窒素等の不活性ガスを反応管内に多量に流通させ、爆発範囲外のガス組成として反応を行っている。しかし、この場合、不活性ガスを多量に用いるため、この不活性ガスの使用によるコストの増加や、原料ガスの供給量が相対的に小さくなることに起因する生産性の低下という不都合がある。
【0004】
このような中、爆発を回避しつつ上述の酸化脱水素反応を行う技術として、反応器に供給されるガス中の可燃性ガスの濃度を爆発上限界以上とし、かつ、生成ガス中の酸素濃度を2.5容量%以上8.0容量%以下とする共役ジエンの製造方法が提案されている(特開2011−6395号公報参照)。しかし、上記製造方法は、生成ガス中の酸素濃度を調整するものであるため、供給するガス組成などの反応条件を制御する必要があるという実用上の不都合を有する。そこで、爆発の発生による影響を抑えつつ、コスト面及び生産性の改善を図る手段が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−6395号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述のような事情に基づいてなされたものであり、火災や爆発が生じた場合もその影響を最小限に抑えることができ、かつ、低コスト化及び高生産性を図ることができる反応管、これを備える多管式反応器、及びこの多管式反応器を用いた不飽和化合物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するためになされた発明は、
内部に触媒が充填され、原料ガスの酸化脱水素反応による不飽和化合物の製造に用いられる反応管であって、
少なくとも両端部分に挿嵌される複数の消炎素子を備えることを特徴とする。
【0008】
当該反応管によれば、両端部分に消炎素子が挿嵌されていることから、一つの反応管内で火災や爆発がおきた場合であっても、火炎がこの反応管外へ伝播しない構造となっている。従って、当該反応管を多管式反応器に用いた場合、火災や爆発が生じた場合もその影響をその管一本に抑えることができる。また、当該反応管によれば、このように火災や爆発の影響を最小限に抑えられることから、爆発限界内の組成でも反応を行うことができる。従って、当該反応管によれば、不活性ガスの使用量を減らすことができ、その結果、低コスト化や、装置の小型化を図ることができる。また、当該反応管によれば、このように不活性ガスの使用量を減らすことで、相対的に原料ガスの濃度を高めることができることなどから、生産性を高めることができる。
【0009】
当該反応管が3以上の上記消炎素子を備え、これらの消炎素子により上記触媒の充填領域が2以上の領域に分離されていることが好ましい。このように、触媒の充填領域を消炎素子により複数の領域に分離することで、火災や爆発の際に火炎が広がる範囲をさらに管内の一領域に狭めることができるため、火災や爆発が生じた場合の影響をさらに抑えることができる。
【0010】
上記消炎素子が、クリンプリボン式素子であることが好ましい。このように、クリンプリボン式素子を用いることで、いわゆるデトネーション等、火炎伝播速度の大きい場合にも効果的に消炎できるなど、消炎機能を高めることなどができる。
【0011】
本発明の多管式反応器は、複数の当該反応管を備える。当該多管式反応器は、複数の当該反応管を備えるため、一つの反応管内で火災や爆発がおきた場合であっても、その影響を最小限に抑えることができる。また、当該多管式反応器によれば、不活性ガスの使用量を減らすことができるため、低コスト化、装置の小型化及び高生産性などを図ることができる。
【0012】
本発明の不飽和化合物の製造方法は、原料ガスと分子状酸素含有ガスとを含む混合ガスを当該多管式反応器に供給し、上記原料ガスの酸化脱水素反応を行う製造方法である。当該製造方法は、当該多管式反応器を用いるため、火災や爆発が生じた場合もその影響を最小限に抑えることができ、不活性ガスの使用量も減らすことができるため、低コスト化及び高生産性を図ることができる。
【0013】
上記原料ガスがn−ブテンを含むことが好ましい。このように、n−ブテンを用いることで不飽和化合物としてブタジエンを効率的に生産することができる。
【0014】
上記混合ガスにおける分子状酸素1モルに対する分子状窒素の含有量が5モル以下であることが好ましい。このように、不活性ガスである分子状窒素の含有量を減らすことで、コストの削減となるとともに、原料ガスの流通量を相対的に高めることができるため、生産性の向上、触媒量の低減化、装置の小型化などを図ることができる。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように、本発明の反応管及びこれを備える多管式反応器によれば、火災や爆発が生じた場合もその影響を最小限に抑えることができ、かつ、低コスト化及び高生産性を図ることができる。従って、本発明の製造方法によれば、不飽和化合物を低コストかつ高い生産性で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態に係る反応管を示す模式的断面図である。
【図2】図1の反応管に備わるクリンプリボン式素子を示す模式的斜視図である。
【図3】図1の反応管を用いた多管式反応器を示す模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の反応管、多管式反応器及びこれを用いた不飽和化合物の製造方法の実施の形態を、適宜図面を参照にしつつ詳説する。
【0018】
[反応管]
図1の反応管1は、管本体2、触媒3及び4つの消炎素子4を主に備えている。
【0019】
管本体2は、管状形状を有している。上記管本体2としては、特に限定されず、反応管に通常用いられている公知のものを用いることができる。
【0020】
管本体2の材質としては、特に限定されないが、通常金属である。金属製の管本体2を用いることで、管本体2の熱伝導性が高まり、反応性を高めることなどができる。上記金属としては、熱伝導性や耐熱性等の点から、ステンレス鋼や炭素鋼が好ましい。
【0021】
管本体2のサイズとしては、特に限定されず、原料ガスや得られる不飽和化合物の種類、反応温度、圧力等の反応条件等に応じて、適宜設定することができる。管本体2の長さとしては、例えば、1,000mm以上6,000mm以下とすることができる。管本体2の外径としては、例えば、10mm以上100mm以下とすることができる。管本体2の内径としては、例えば、5mm以上50mm以下とすることができる。
【0022】
触媒3は、管本体2の内部に充填されている。
【0023】
触媒3の充填領域は、複数の消炎素子4により分離されている。具体的には、管本体2の両端部分に挿嵌される一対の消炎素子4a及び4d以外の消炎素子(消炎素子4b及び4c)により、充填領域は3つの領域に分離されている。このように、反応管1(管本体2)内における触媒3の充填領域を消炎素子により複数の領域に分離することで、爆発がおきた際も火炎が広がる範囲をその領域のみに留めることができる。従って、火炎が広がる範囲を狭めることができるため、爆発が生じた場合の影響を抑えることができる。
【0024】
触媒3は、通常、固体触媒である。触媒3は、担体に担持された担持触媒であってもよいし、非担持触媒であってもよい。なお、担持触媒である場合、この担体としては、例えばα−アルミナやシリカ等を用いることができる。
【0025】
触媒3は、固定床であってもよいし、流動床であってもよいが、固定床であることが好ましい。固定床とすることで、反応制御性などを高めることができる。
【0026】
触媒3の形状としては、特に限定されないが、通常、粒子状である。この粒子の形状としては、特に限定されず、例えば、不定形や、球形、円柱形等を挙げることができる。
【0027】
触媒3のサイズとしては、特に限定されないが、平均粒子径が0.1mm以上20mm以下であることが好ましく、1mm以上10mm以下であることがさらに好ましい。ここで、平均粒子径とは、粒子径分布における小粒径側からの積算分布50%の粒径(D50)をいう。触媒の平均粒子径を上記範囲とすることで、反応効率を高めることなどができる。
【0028】
触媒3の充填率としては、特に限定されないが、50体積%以上が好ましく、70体積%以上がより好ましく、80体積%以上96体積%以下がさらに好ましい。このような充填率とすることで、圧力損失を抑えつつ、高い反応性を発揮させることができる。この充填率とは、管本体2の内部において、各消炎素子に挟まれた間の空間に占める触媒の体積割合をいう。
【0029】
触媒3の種類としては、原料ガスの酸化脱水素反応の触媒として機能するものであれば特に限定されず、公知のものを用いることができる。
【0030】
触媒3としては、モリブデン−ビスマス系の多成分金属酸化物触媒が好ましく、下記式(1)で表される触媒がさらに好ましい。
MoBiFeCoNiSbSi ・・・(1)
【0031】
上記式(1)中、Xは、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、亜鉛(Zn)、セリウム(Ce)、サマリウム(Sm)、インジウム(In)及びクロム(Cr)からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素である。Yは、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、セシウム(Cs)、リチウム(Li)及びタリウム(Tl)からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素である。Zは、ホウ素(B)、リン(P)、砒素(As)及びタングステン(W)からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素である。a〜kは、それぞれの元素の原子比を表し、a=12のとき、b=0.1〜8、c=0〜20、d=0〜16、e=0〜12、f=0〜6、g=0〜8、h=0〜20、i=0〜6、j=0〜48の範囲にある。kは、他の元素の酸化状態を満足させる数値である。
【0032】
触媒の調製法としては、特に限定されず、各元素の原料物質を用いた蒸発乾固法、酸化物混合法等の公知の方法を採用することができる。上記各元素の原料物質としては、特に限定されず、例えば成分元素の酸化物、硝酸塩、炭酸塩、アンモニウム塩、水酸化物、カルボン酸塩、カルボン酸アンモニウム塩、ハロゲン化アンモニウム塩、水素酸、アセチルアセトナート、アルコキシド等が挙げられる。
【0033】
消炎素子4(消炎素子4a〜4d)は、全て管本体2の内部に挿嵌されている。消炎素子4a及び4dは、反応管1(管本体2)の両端部分に挿嵌されている。すなわち、管本体2内において、触媒3は最外に位置する一対の消炎素子(消炎素子4a及び4d)間に配設されている。また、上記一対の消炎素子以外の消炎素子(消炎素子4b及び4c)は、上述のとおり触媒3を3つの領域に分離するように挿嵌されている。これら4つの消炎素子4は、等間隔で設けられていてもよいし、異なった間隔で設けられていてもよい。
【0034】
当該反応管1によれば、このように4つの消炎素子により触媒3の充填領域が3つの領域に分離されているため、爆発の際に火炎が広がる範囲をさらに管内の一領域に狭めることができるため、爆発が生じた場合の影響をさらに抑えることができる。
【0035】
さらに、当該反応管によれば、触媒3の充填領域(反応する空間)が複数の領域に分離されているため、原料ガスが、反応が進む空間と、反応が進まない空間(消炎素子)とを繰り返して通過することとなる。このような反応を行うことで、ホットスポットの発生を抑制したり、反応における温度制御が容易になることなどにより、生産性等を高めることができる。
【0036】
消炎素子4としては、特に限定されず、金網式素子やクリンプリボン式(波板式)素子等を用いることができるが、これらの中でもクリンプリボン式素子を好適に用いることができる。クリンプリボン式素子を用いることで、消炎機能を高めることができる。また、クリンプリボン式素子は、機械的及び熱的な衝撃に対する強度にも優れるため、爆発した場合の他の領域に与える影響をより低減することができる。
【0037】
消炎素子4として好適に用いられるクリンプリボン式素子について、図2を参考に以下説明する。図2のクリンプリボン式素子11は、中心軸12、平板状リボン13及び波状リボン14(クリンプのついたリボン)を備える。上記平板状リボン13と波状リボン14とは重ねられて、上記中心軸12を中心に渦状に巻かれている。このように両リボン(平板状リボン13及び波状リボン14)が巻かれることで、断面が略三角形の多数の細孔15を有するセル状構造が得られる。この巻かれた状態の両リボンの最外周には環状のウォールプレート16が嵌められている。このウォールプレート16により両リボンが固定されている。
【0038】
クリンプリボン式素子11の材質は、通常、ステンレス鋼などの金属製やセラミックス製である。これらの中でも、耐久性、消炎性等の点から、金属製が好ましく、ステンレス鋼製であることがより好ましい。
【0039】
上記細孔15のサイズとしては、特に限定されないが、相当径が製造する不飽和化合物の最大安全隙間未満であることが好ましい。ここで、上記相当径は(断面積×4/周辺長の和)によって算出される。上記最大安全隙間は、可燃性ガスの固有の値であり、例えばブタジエンの最大安全隙間は0.79mmとされている。従って、ブテンの酸化脱水素反応によるブタジエンの製造の場合、上記細孔15の相当径は0.79mm未満が好ましい。上記細孔15をこのようなサイズとすることで、消炎機能を効果的に発揮させることができる。なお、この細孔15の相当径の下限としては、特に限定されないが、圧力損失の低下を抑制する点などから、0.01mm以上であることが好ましい。
【0040】
消炎素子4(クリンプリボン式素子11)の長さ(管本体2の軸方向の長さ)としては、特に限定されないが、例えば、10mm以上60mm以下が好ましい。消炎素子4の長さを上記範囲とすることで、十分な消炎機能の確保と圧力損失の抑制との両立を図ることができる。
【0041】
なお、一つの消炎素子4として、複数のクリンプリボン式素子11を重ねて用いてもよい。このように複数のクリンプリボン式素子11を用いることで、消炎機能を高めることができる。
【0042】
[多管式反応器]
図3の多管式反応器21は、反応器シェル22と、この反応器シェル22内にそれぞれ平行に設けられた複数の反応管1とを主に備えている。反応管1は、図1の反応管1と同様である。反応管1の数としては、特に限定されず、例えば100本以上10,000本以下とすることができる。複数の反応管1は、上下一対の管板23a及び23bにより固定されている。
【0043】
上記反応器シェル22は、上部に形成された原料供給口24と、下部に形成された生成物排出口25とを有している。さらに、この反応器シェル22は、側面下部に形成された熱媒体供給口26と、側面上部に形成された熱媒体排出口27とを有している。このように、多管式反応器21において、原料(原料ガスを含む混合ガス)及び生成物(得られた不飽和化合物を含むガス)は上側から各反応管1を通過して下側に向かって流れ、熱媒体は下側から上側に向かって流れる。
【0044】
上記熱媒体としては、特に限定されず、亜硝酸塩、硝酸塩等の塩やジベンジルトルエン等の有機溶媒などを用いることができる。
【0045】
反応器シェル22は、内部に複数の反応管1に対して垂直に設けられた複数の邪魔板28を有している。この邪魔板28により、熱媒体が反応器シェル22内を均一に流れることができる。邪魔板28の種類は特に限定されず、公知のものを用いることができる。
【0046】
当該多管式反応器21は、複数の当該反応管1を備えるため、一つの反応管内で爆発がおきた場合であっても、その影響を最小限に抑えることができる。また、当該多管式反応器21によれば、不活性ガスの使用量を減らすことができるため、低コスト化及び高生産性を図ることができる。
【0047】
[不飽和化合物の製造方法]
本発明の不飽和化合物の製造方法は、原料ガスと分子状酸素含有ガスとを含む混合ガスを当該多管式反応器に供給し、上記原料ガスの酸化脱水素反応を行う製造方法である。当該製造方法は、当該多管式反応器を用いるため、爆発が生じた場合もその影響を最小限に抑えることができ、不活性ガスの使用量も減らすことができるため、低コスト化及び高生産性を図ることができる。
【0048】
当該製造方法における原料及び目的物である不飽和化合物は、原料ガスの酸化脱水素反応により不飽和化合物を得る製造方法に対応するものであれば特に限定されない。当該製造方法は、例えば、エチルベンゼンの酸化脱水素によりスチレンを得る製造方法、パラフィンの酸化脱水素によりオレフィン等を得る製造方法、オレフィンの酸化脱水素により共役ジエン等を得る製造方法、その他、アルコールの酸化脱水素によりアルデヒドやケトン等を得る製造方法等に適用することができる。
【0049】
これらの中でも、当該製造方法は、オレフィンの酸化脱水素により共役ジエンを得る製造方法に好適に用いることができる。上記オレフィンとしては、ブテン、ペンテン、メチルブテン、ジメチルブテン等を挙げることができる。
【0050】
さらに、当該製造方法においては、上記原料ガスが炭素数4以上のオレフィンを含むことが好ましく、炭素数4〜6のオレフィンを含むことがより好ましく、n−ブテンがさらに好ましい。上記n−ブテンは、1−ブテン及び2−ブテン(シス−2−ブテン及びトランス−2−ブテン)の1種又は2種以上を用いることができる。n−ブテンとしては、これらの中でも1−ブテンを含むことが特に好ましい。
【0051】
以下、n−ブテンの酸化脱水素反応によりブタジエンを得る場合、すなわち原料ガスがn−ブテンを含む場合を例に、当該製造方法の実施の形態を詳説する。
【0052】
原料ガスに含まれるn−ブテンの含有量としては、特に限定されないが、生産性等の点から80体積%以上が好ましく、95体積%以上がさらに好ましい。また、n−ブテンにおける1−ブテン、シス−2−ブテン、トランス−2−ブテンの比率は限定されるものではなく、任意の値を取ることができる。但し、高純度のブタジエンを得るためなどには、n−ブテンに対する1−ブテンの濃度が30モル%以上が好ましく、90モル%以上がより好ましく、98モル%以上がさらに好ましい。
【0053】
n−ブテンとしては、例えばナフサ分解で副生するC留分からブタジエン及びi−ブテンを分離して得られるn−ブテン(1−ブテン及び2−ブテン)を主成分とする留分(ラフィネート2)や、n−ブタンの脱水素又は酸化脱水素反応により生成するブテン留分を使用することができる。また、エチレンの2量化により得られる高純度の1−ブテン、シス−2−ブテン、トランス−2−ブテン又はこれらの混合物を含有するガスを使用することもできる。さらには、石油精製プラントなどで原油を蒸留した際に得られる重油留分を、流動層状態で粉末状の固体触媒を使って分解し、低沸点の炭化水素に変換する流動接触分解(Fluid Catalytic Cracking)から得られる炭素原子数4の炭化水素類を多く含むガス(以下、FCC−C4と略記することがある)をそのまま原料ガスとする、又はFCC−C4からリンなどの不純物を除去したものを原料ガスとして使用することもできる。
【0054】
上記n−ブテンを含む原料ガス中には、本発明の効果を阻害しない範囲で、n−ブテン以外の任意の不純物を含んでいても良い。含んでいても良い不純物として、具体的には、イソブテンなどの分岐型モノオレフィン;プロパン、n−ブタン、i−ブタン、ペンタンなどの飽和炭化水素;プロピレン、ペンテンなどのオレフィン;1,2−ブタジエンなどのジエン;メチルアセチレン、ビニルアセチレン、エチルアセチレンなどのアセチレン類等が挙げられる。これらの不純物の量は、通常20体積%以下、好ましくは10体積%以下、より好ましくは1体積%以下、さらに好ましくは0.1体積%以下である。この不純物の量が多すぎると、主原料である1−ブテンや2−ブテンの濃度が下がって反応が遅くなったり、好ましくない副生物が増える傾向にある。
【0055】
当該製造方法においては、原料ガスとなるn−ブテン又はn−ブテンを含む混合物を気化器でガス化し、この原料ガスと、分子状酸素含有ガスとを混合して混合ガスを得る。この混合ガスは、好ましくは予熱器で150〜250℃程度に加熱し、多管式反応器に供給される。
【0056】
上記分子状酸素含有ガスは、分子状酸素ガスを10体積%以上含むガスをいう。この分子状酸素の含有量としては、15体積%以上が好ましく、20体積%以上がより好ましい。この分子状酸素の含有量の上限としては、50体積%が好ましく、30体積%がより好ましく、25体積%がさらに好ましい。上限を上記値とすることで、分子状酸素含有ガスを工業的に用意するために必要なコストを抑えることができる。この分子状酸素含有ガスとしては空気が好ましい。
【0057】
また、分子状酸素含有ガスには、本発明の効果を阻害しない範囲で任意の不純物を含んでいても良い。含んでいても良い不純物として、具体的には、窒素、アルゴン、ネオン、ヘリウム、CO、CO等が挙げられる。この不純物の量は、窒素の場合通常90体積%以下、好ましくは85体積%以下、より好ましくは80体積%以下である。窒素以外の成分の場合、通常10体積%以下、好ましくは1体積%以下である。この量が多すぎると、反応に必要な分子状酸素を供給するのが難しくなる傾向にある。
【0058】
上記混合ガスにおける原料ガス1体積部に対する分子状酸素ガスの含有量としては、0.5体積部以上10体積部以下が好ましく、1体積部以上8体積部以下がより好ましい。このような含有量比とすることで、酸化脱水素反応を効率的に行うことなどができる。
【0059】
上記混合ガスには、原料ガス及び分子状酸素含有ガスに加えて、さらに水(水蒸気)を加えてもよい。上記混合ガスに水を加えることで、原料ガスや分子状酸素の濃度を調整することができると共に、触媒のコーキングを抑制することができる。
【0060】
上記混合ガスにおける原料ガス1体積部に対する水蒸気の含有量としては、0.3体積部以上5体積部以下が好ましく、0.6体積部以上2体積部以下がより好ましい。このような含有量比とすることで、酸化脱水素反応を効率的に行うことなどができる。
【0061】
上記混合ガスにおける分子状酸素1モル(体積部)に対する分子状窒素の含有量が5モル(体積部)以下であることが好ましく、3モル(体積部)以上4.5モル(体積部)以下であることがより好ましく、3.5(体積部)モル以上4(体積部)モル以下であることがさらに好ましい。通常、このような酸化脱水素反応においては、上述のように組成を爆発範囲外とするために、不活性ガスとしての窒素ガスを混合ガスに加えることが一般的である。しかし、当該製造方法においては、上述のように火災や爆発の際の影響を低減させているので、上記範囲のように不活性ガスとしての窒素ガスの含有量を減らすことができる。すなわち、別途不活性ガスを加えなくとも、原料ガス、分子状酸素含有ガスとしての空気、及び必要に応じて水(水蒸気)のみを混合させた混合ガスを用いることができる。よって、当該製造方法によれば、このように、不活性ガスである分子状窒素の含有量を減らすことで、コストの削減となるとともに、原料ガスの流通量を相対的に高めることができるため、生産性の向上を図ることができる。また、不活性ガスの使用量が減少することから、オフガス発生量が削減され、反応器、クエンチ塔、圧縮機、溶媒吸収塔などの装置を小型化することもできる。また、オフガスに原単価の高い不活性ガスの量が少ないため、再利用する必要が無く、この点からも生産性を高めることができる。さらには、不活性ガスを減らすことによる反応性の向上、これに伴う触媒使用量の削減等も図ることができる。
【0062】
なお、当該製造方法によれば、上述のように、火災や爆発の際の影響を低減しているので、爆発限界内外を問わず、様々な混合ガス組成で、反応を行うことができる。
【0063】
原料ガス、空気及び必要に応じて用いる水(水蒸気)を多管式反応器に別々の配管から供給してもよいが、均一に混合した状態で供給することが好ましい。このようにすることで、反応器内で不均一な混合ガスが部分的に爆鳴気を形成したり、反応管毎に異なる組成の原料が供給されることを抑制することができる。
【0064】
上記酸化脱水素反応における反応温度(反応管内の温度)としては、特に限定されないが、300℃以上420℃以下が好ましく、320℃以上400℃以下がより好ましく、340℃以上380℃以下がさらに好ましい。このような温度とすることで、効率的な反応を進めることができる。
【0065】
上記酸化脱水素反応における圧力(反応管内の圧力)としては、特に限定されないが、大気圧以上0.5MPa以下が好ましく、大気圧以上0.1MPa以下がより好ましい。このような範囲とすることで、混合ガスの供給量を維持しつつ、火災や爆発発生の可能性を下げることができる。
【0066】
上記酸化脱水素反応における気体時空間速度(GHSV)としては、300hr−1以上8,000hr−1以下が好ましく、1,000hr−1以上3,000hr−1以下がより好ましい。このような気体時空間速度とすることで、効率的な反応を進めることができる。
【0067】
このように当該多管式反応器を用いて原料ガスの酸化脱水素反応を行うことで、不飽和化合物(ブタジエン等)を含む生成ガスが生成物排出口から排出される。以下、酸化脱水素反応以降の必要に応じて行われる各工程について説明する。上記工程としては、冷却工程、脱水工程、回収工程、脱気工程及び分離工程をこの順に行うことができる。
【0068】
上記冷却工程においては、多管式反応器から排出される生成ガスを冷却する。冷却工程については、生成ガスを冷却できる工程であれば、特に限定されない。具体的には、例えば、クエンチ塔により冷却できる。
【0069】
上記脱水工程においては、上記冷却工程後、生成ガスに含まれる水分を除去する。具体的には、例えば、クエンチ塔で冷却された水分を含む生成ガスを脱水塔などにより脱水処理する。
【0070】
上記回収工程においては、脱水工程後、生成ガスを溶媒に吸収させて回収する。具体的には、例えば、脱水塔からの生成ガスを溶媒吸収塔に送給し、生成ガスを溶媒と向流接触させる。このようにすることで、ガス中のブタジエンと未反応のn−ブテン等が溶媒に吸収される。溶媒に吸収されなかった成分(残ガス)は溶媒吸収塔の塔頂より排出され燃焼廃棄等される。溶媒吸収液は溶媒吸収塔の塔底より抜き出され脱気塔に送給される。この溶媒吸収塔で、ブタジエンの回収に用いる吸収溶媒としては、C〜C10の飽和炭化水素やC〜Cの芳香族炭化水素、アミド化合物などが用いられる。例えばジメチルホルムアミド(DMF)、トルエン、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)等を用いることができる。
【0071】
上記脱気工程においては、回収工程で得られるブタジエンの溶媒吸収液中に溶存する窒素や酸素をガス化して除去する。この脱気の方法としては、溶媒吸収液中に溶存する窒素や酸素をガス化して除去できる方法であれば、特に限定されない。具体的には、例えば、溶媒吸収塔で得られるブタジエンの溶媒吸収液を脱気塔に供給して50〜150℃程度に加熱することにより、液中に溶存する窒素や酸素をガス化して除去することができる。
【0072】
上記分離工程においては、上記ブタジエンの溶媒吸収液からブタジエンの分離を行う。この分離の方法としては、ブタジエンの溶媒吸収液からブタジエンを分離することができる方法であれば、特に限定されないが、通常蒸留分離により行う。具体的には、例えば、溶媒分離塔(精製塔)でブタジエンの蒸留分離が行われ、塔頂よりブタジエン留分が抜き出される。分離された溶媒は塔底より抜き出され、溶媒吸収塔(精製塔)の吸収溶媒として循環使用される。
【0073】
本発明の反応管、多管式反応器及び不飽和化合物の製造方法は上記実施形態に限定されるものではない。例えば、当該反応管は3以上の消炎素子を有していなくとも、両端部分に挿嵌される一対の消炎素子を有していてもよい。このように両端部分に一対の消炎素子を有することで、爆発の影響をその管のみに抑えることができる。
【0074】
また、消炎素子として、微細な触媒粉を充填した構造からなる素子を用いてもよい。このような構造において、触媒粉の間隙を最大安全隙間未満とすることで、消炎素子として機能する。この消炎素子においては、消炎素子部分を原料ガスが通過する際に反応が進行するため、反応効率を高めることができる。
【0075】
さらには、多管式反応器において、反応管に対する熱媒体を複数領域に分け、それぞれ異なる温度に制御された熱媒体とすることもできる。例えば、熱媒体を3つの領域に分け、反応管における原料流入側から、低温(例えば200℃程度)、中温(例えば200〜300℃)、高温(例えば300〜350℃)と徐々に温度が高くなるように設定することもできる。このようにすることで、副反応の発生を抑制し、反応効率を高めることができる。この場合、各領域の境界に対応する位置に消炎素子を配置することもできる。このように消炎素子を配置することで、反応における温度制御が容易になり、反応制御性を高めることができる。
【実施例】
【0076】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0077】
なお、以下の評価における1−ブテン転化率、ブタジエン選択率及びブタジエン収率は、それぞれ下記式で算出したものである。
【0078】
【数1】

【0079】
[実施例1]
以下の管本体、触媒及び消炎素子を用いて実施例1の反応管を作製した。すなわち、管本体の内部に、消炎素子と触媒とを交互に詰めることで、図1に示す形状(消炎素子数4個)の反応管を得た。触媒の充填領域は3つの領域に分離され、各領域の軸方向長さは200mmとなるようにした。なお、分離された各充填領域を原料ガスを供給する側(上流側)から順に領域a、領域b及び領域cとする。なお、温度測定のために各領域に熱電対を設置した。また、爆発の影響を評価するために領域aにスパークプラグを設置した。
管本体:ボイラ・熱交換器用炭素鋼鋼管
(STB340、外径25.4mm、長さ1800mm)
触媒:平均粒子径3mm
組成 Mo12−Bi1−Fe8−Co5−Ni1−Sb0.2−K0.3
担体 α−アルミナ
消炎素子:軸方向長さ30mmのクリンプリボン式素子
【0080】
[比較例1]
消炎素子を挿嵌しなかったこと以外は、実施例1と同様にして、比較例1の反応管を得た。
【0081】
[評価1]
各反応管を使用し、以下の反応条件で不飽和化合物(ブタジエン)を製造しつつ、着火させることで、着火の影響を評価した。
(反応条件)
・反応温度 350℃
・反応圧力 0.05MPa
・熱媒体 溶融塩
・GHSV 1,600hr−1
・混合ガス組成 原料ガス:分子状酸素含有ガス:水蒸気=3:93:4
上記原料ガスとして1−ブテン、分子状酸素含有ガスとして空気を用いた。
この際、原料ガスに対して分子状酸素ガスは6.5倍(体積比)、原料ガスに対して水蒸気は1.3倍(体積比)となる。
【0082】
(評価方法)
以下の手順で、評価した。
1.熱媒体を循環させて、触媒の各領域の温度を350℃とした。
2.原料ガス以外のガス(空気及び水蒸気)を以下の流量で反応管内を流通させた。
空気:10mol/hr
水蒸気:0.44mol/hr
3.次いで、原料ガス(1−ブテン)を0.33mol/hrで流通させた。
4.スパークプラグを用いて、電気火花を発生させることで管内を着火した。
5.着火後の温度上昇の測定及び出口ガスの分析を行った。
6.反応を停止させ、触媒外観を観察した。
【0083】
実施例1においては、着火後、領域aの温度が上昇した。領域b及びcの温度上昇は、比較例1に比べて40%小さかった。出口ガス中の副生成物(COx)の量は、比較例1に比べて90%少なかった。出口ガス中のブタジエンの量は、比較例1に比べて65%多かった。反応後の触媒は、領域b及びcの領域のものも、やや煤が付着していた。
【0084】
[評価2]
実施例1の反応管を使用し、以下の反応条件及び表2に示す混合ガス組成で、不飽和化合物(ブタジエン)の製造を行った。
(反応条件)
・反応温度 350℃
・反応圧力 0.05MPa
・GHSV 1,600hr−1
それぞれの混合ガス組成における1−ブテン転化率、ブタジエン選択率及びブタジエン収率を表1に示す。
【0085】
【表1】

【0086】
上記評価1から示されるように、実施例の反応管を用いた場合は、領域b及びcの温度上昇及び触媒に付着した煤の量が少ないことから、着火した炎は領域a内で収まっていることが示される。一方、消炎素子が備わっていない比較例1の反応管においては、着火により反応管内全体に炎が広がり、着火(爆発)の影響が大きくなることがわかる。また、上記評価2から示されるように、Nガスを混合ガスに加えない場合、1−ブテン転化率、ブタジエン選択率及びブタジエン収率のいずれもが高まることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0087】
以上、説明したように、本発明によれば、ブテンの脱水素酸化反応によるブタジエンの製造等、不飽和化合物の製造に好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0088】
1 反応管
2 管本体
3 触媒
4、4a、4b、4c、4d 消炎素子
11 クリンプリボン素子
12 中心軸
13 平板状リボン
14 波状リボン
15 細孔
16 ウォールプレート
21 多管式反応器
22 反応器シェル
23a、23b 管板
24 原料供給口
25 生成物排出口
26 熱媒体供給口
27 熱媒体排出口
28 邪魔板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部に触媒が充填され、原料ガスの酸化脱水素反応による不飽和化合物の製造に用いられる反応管であって、
少なくとも両端部分に挿嵌される複数の消炎素子を備えることを特徴とする反応管。
【請求項2】
3以上の上記消炎素子を備え、これらの消炎素子により、上記触媒の充填領域が2以上の領域に分離されている請求項1に記載の反応管。
【請求項3】
上記消炎素子が、クリンプリボン式素子である請求項1又は請求項2に記載の反応管。
【請求項4】
請求項1、請求項2又は請求項3に記載の複数の反応管を備える多管式反応器。
【請求項5】
原料ガスと分子状酸素含有ガスとを含む混合ガスを請求項4に記載の多管式反応器に供給し、上記原料ガスの酸化脱水素反応を行う不飽和化合物の製造方法。
【請求項6】
上記原料ガスがn−ブテンを含む請求項5に記載の不飽和化合物の製造方法。
【請求項7】
上記混合ガスにおける分子状酸素1モルに対する分子状窒素の含有量が5モル以下である請求項5又は請求項6に記載の不飽和化合物の製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−103199(P2013−103199A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−250168(P2011−250168)
【出願日】平成23年11月15日(2011.11.15)
【出願人】(000004178)JSR株式会社 (3,320)
【Fターム(参考)】