説明

哺乳動物細胞を用いた変異原性試験法

【課題】化学的変異原及び物理的変異原の変異原性の高感度評価法を提供する。
【解決手段】物理的又は化学的変異原の存在下及び非存在下で、倍加時間以内の間又は一定の回数分裂するまで、一定の条件で培養した哺乳動物細胞を集めて、ゲノムDNA含有画分を抽出し;得られたDNAを鋳型とし、非特異的プライマーを用いて、所定の条件下でランダムPCRによりDNAを増幅して得られた増幅産物を粗精製し;電圧印加方向の直交方向に所定の温度勾配をつけて行ったゲル電気泳動の結果を撮像し、現れたバンド上で二本DNAの分離開始点の2次元位置を抽出してノーマリゼーションを行って種同定点の位置を算出し、前記被検物質の非存在下又は存在下における各々の種同定点の位置のずれ量を算出し、前記ずれ量に基づいて、前記被検物質の変異原性を検出して定量する、物理的又は化学的変異原の変異原性の高感度定量方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変異原性を検出する方法に関する。より詳細には、哺乳動物細胞を用いた、高感度の変異原性の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで、多くの化学物質が作り出され、社会生活の中で使用されてきた。そうした中でPCBによる環境汚染問題を契機として、1973年に「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」が制定された。これによって、新たに製造や輸入される化学物質が、ヒトに対してどのような有害性を有しているかを、事前に審査するとともに、環境を媒介にしてヒトの健康を損なうおそれがある場合(指定化学物質に該当する場合)には、それらの製造、輸入及び使用を規制する仕組みが設けられた。
ここで、指定化学物質に該当するか否かを判断するに際し、スクリーニング毒性試験として、細菌を用いる復帰突然変異試験及び哺乳類培養細胞を用いる染色体異常試験(変異原性試験)を行うことが義務付けられている。
【0003】
こうした変異原性試験のうち、最も多くの化学物質或いはこれらを用いた製品の安全性の指針として行われている試験がAmes(エイムス)試験である。この試験は、予めヒスチジン合成遺伝子を欠損させたサルモネラ菌(His-)を使用し、そのサルモネラ菌が復帰突然変異を起こす頻度から試料の変異原性を定性的及び/又は定量的に評価するものであり、細菌の表現形質の変化に基づいて化学物質の変異原性を検出する方法である。
ここで使用されるサルモネラ菌は、ヒスチジン合成遺伝子を欠損している(His-)ため、ヒスチジンを含有しない培地上では増殖できず、コロニーを形成しない。このサルモネラ菌(His-)と、試料とを接触させ、その後にヒスチジンを含まない寒天培地上で培養すると、復帰突然変異を起こしてヒスチジン合成能を回復した菌のみがコロニー(復帰コロニー)を形成する。すなわち、Ames試験は、使用した細菌の表現形質によって化学物質の変異原性を検出する試験である。
【0004】
Ames試験では、試料と接触させる菌数を一定にすることによって、復帰コロニーの数から復帰突然変異を起こした確率を求め、試料の変異原性の強さを評価することができる。ある化学物質が生体内で代謝されて変異原となる場合には、ラットの肝抽出物(S9 mix)とともにインキュベートし、代謝産物を含む試料を調整して同様に試験を行うことにより、代謝産物の変異原性の強さ評価することができる。
また、この試験では、サルモネラ菌のみならず大腸菌も使用することができるが、いずれの場合でも、使用した菌株のコロニー数が溶媒対照の2倍以上となり、かつ化学物質に対して用量依存性が見られる場合に陽性と判定する。
Ames試験は、1971年に開発された試験であるが、現在では、ヒスチジン合成遺伝子の変異型が異なる菌株が開発され、検出したい突然変異に合わせて菌株を選択できるように改良されている。具体的には、TA92、TA100、TA1535といった株を用いることにより塩基置換型の突然変異を検出することができ、TA94、TA98、TA1537及びTA1538といった株を用いることによってフレームシフト変異を検出することができる。
【0005】
これに対し、使用した細菌の表現形質ではなく、使用した菌の遺伝形質によって化学物質の変異原性を検出する試験方法がある。この方法は、ゲノム−プロファイリングに基づく突然変異試験(Genom profiling-based mutation assay, 以下、「GPMA法」ということがある)と呼ばれる。
この方法は、大腸菌を変異原と接触させ、そのゲノムDNAを取り出して増幅後に温度勾配をつけて電気泳動を行い、電気泳動のプロファイルを解析することによってその変異原が有する変異源性の強さを評価するという方法である(非特許文献1参照。以下、「従来例1」という)。
【0006】
また、ヒトを含む哺乳動物に対する変異原性を確認できる技術としては、特開平2005-24号(特許文献1参照、以下、「従来技術2」という。)に記載された方法がある。従来技術1は、転写因子であるp53に結合するp53結合配列と、哺乳動物細胞で機能し得る最小プロモーターと、このプロモーターで発現できるように連結されたレポーター遺伝子とを含む組み換えベクターを作製し、これをヒト由来の宿主細胞に導入して形質転換体とし、レポーター遺伝子の発現量の増加を指標として変異原性を測定するという方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平2005-24号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Futakami et al., Journal of Biochemistry 2007 141(5) 675-686
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
化学物質の規制の状況であるが、2006年12月に、欧州では、化学物質の登録、評価、認可及び制限に関する規則(Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals、REACH(リーチ)と略称されることがある。)が成立しており、また、米国でも有害物質規制法(TSCA)等によって規制されている。そして、化学物質の製造や輸出の際に、変異原性試験を行うことは義務付けられている。
Ames試験は、他の変異原性試験と比べて、再現性が良く、得られた結果の誤差範囲が小さいという点では優れた方法であることから、長く使われてきている。しかし、Ames試験で利用されるサルモネラ菌の復帰突然変異には、試料の存在によって惹起されるものだけではなく、自然に生じるものも含まれる。このため、変異原性が弱い試料の場合には、生じている復帰突然変異が試料によるものであるかどうかの判定が難しい。また、検出感度もppmオーダーであるため、強い変異原物質は検出できるが、弱い変異原物質は検出できない。
また、Ames試験は、試料がどのようなタイプの突然変異を誘発するかを、複数の菌株を用いることで同時に検出することができる。しかし、細菌の表現形質で変異原性を観察する方法であるため、菌がコロニーを形成しないと検出ができず、1週間程度の時間が必要である。さらに、Ames試験で使用するサルモネラ菌で変異原性が強くても、哺乳動物細胞では必ずしも強い変異原性を示さないこともある。これは、使用する細菌と哺乳動物細胞との変異原物質に対する感受性が異なることに起因するものであり、これら2つの細胞種間での変異原性物質の強さが相関していない。
一方、従来例1に記載された大腸菌を使用するGPMA法では、菌の継代を必要としないので、Ames試験よりも短時間で結果が得られるという点で優れたものである。しかし、変異原性物質の検出感度はppbオーダーであるが、使用している細胞が哺乳動物細胞ではないという点では、Ames試験と同じ課題を抱えている。
【0010】
また、従来技術2は、サルモネラ菌等ではなく、ヒトの細胞を用いて変異原性を簡便に確認できるという点では優れたものである。しかしながら、プロモーターの組み込みやレポーター遺伝子の連結といった操作が必要であること、及び使用された化合物(アドリアマイシン)の変異原性を陽性と判定できた濃度がμgオーダー(ppm)と高く、強い変異原性を示す化合物は検出できるが、弱い変異原性を示す化合物は検出できていない。
以上から、感度が高く、短時間で結果を得ることができ、かつ、哺乳動物に対する変異原性を、低コストで評価できる方法に対する強い要請がある。
さらに、近年、日焼けと皮膚がんの発生率との間に相関関係があることも明らかにされており、化学的変異原のみならず、物理的変異原の変異原性を評価できる方法の開発も求められている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
哺乳動物細胞を用いて物理的又は化学的変異原の変異原性の強さを定量する方法であって、前記物理的又は化学的変異原の存在下及び非存在下のそれぞれの場合について、(a1)前記哺乳動物細胞を、倍加時間以内の間若しくは一定の回数分裂するまで、一定の条件で培養する細胞培養工程と、(a2)前記細胞培養工程で、培養した哺乳動物細胞を集め、ゲノムDNA含有画分を抽出するDNA画分抽出工程と、(a3)前記DNA画分抽出工程で得られたDNAを鋳型とし、非特異的プライマーを用いて、所定の条件下でランダムPCRによりDNA増幅を行う、ランダムPCR工程と、(a4)前記ランダムPCR工程で得られた増幅産物を粗精製し、電圧印加方向の直交方向に所定の温度勾配をつけてゲル電気泳動を行う、ゲル電気泳動工程と、(a5)前記ゲル電気泳動工程終了後にゲルを撮像し、現れたバンド上で二本鎖DNAの融解開始点(Pini)の2次元位置を抽出する抽出工程と、(a6)前記抽出された2次元位置に対してノーマリゼーション処理を施して、一の座標軸を移動度とし、前記一の座標軸に垂直な他の座標軸を温度勾配とする2次元座標系における種同定点(species identification dots)の位置を算出する算出工程とを備え、(b)前記被検物質の非存在下で培養した前記哺乳動物細胞のゲノムDNAの種同定点の位置である第1位置と、前記被検物質存在下で培養した前記哺乳動物細胞のゲノムDNAの種同定点の位置である第2位置とのずれの評価量を算出する算出工程と、(c)前記算出された評価量に基づいて、前記被検物質の変異原性を検出して定量する定量化工程と、を更に備える物理的又は化学的変異原の変異原性の高感度定量方法である。
【0012】
前記ランダムPCR工程は、異なる条件下で、さらに少なくとも1回繰り返すことが好ましく、前記評価量を算出する算出工程では、下記式(I)で求めたパターン類似スコア(pattern similarity score, 以下、「PaSS」ということがある。)と、下記式(II)及び(III)で求めたΔPaSS及びΔΔPaSSとから、前記ずれの評価量を算出することが好ましい。
【0013】
【数1】

【0014】
ΔPaSS=1−PaSS (II)
ΔΔPaSS=ΔPaSSs−ΔPaSSR (III)
ここで、式(I)中、nは種同定点の数を表わし、iはそれらの種同定点のうちの特定の点を表わす。また、式(III)中、Sは変異原物質の入っている可能性のある試料、Rは変異原物質無しで同様な処理をした対象試料のそれぞれ出発時の試料との相違ΔPaSSをそれぞれ表わす。
【0015】
前記物理的変異原としては紫外線に対し好適に使用できる。前記化学的変異原としては化合物又は組成物に対し好適に使用できる。前記化学的変異原としては、臭化エチジウム(EtBr)、フリフラマイド(AF2)、メチルメタンスルフォネート(MMS)、4',6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)及びクリスタルバイオレット(CV)からなる群から選ばれる化合物又は組成物に対し、さらに好適に使用できる。
前記哺乳動物細胞は、NIH3T3、CHO、HeLa、HEK293、Neuro2A、COS-1/7及びHepG2からなる群から選ばれる細胞であることが好ましく、NIH3T3、CHO、及びHeLaからなる群から選ばれるいずれかの細胞であることがさらに好ましい。
前記細胞培養工程において、前記一定の回数は3〜15であることが好ましく、3〜5であることがさらに好ましい。
【0016】
前記ランダムPCR工程で使用する非特異的プライマーは、8〜14merのオリゴヌクレオチドであることが好ましく、ドデカヌクレオチドであることがさらに好ましく、下記の配列(配列番号1)を有するものであることが特に好ましい。
dAGAACGCGCCTG
前記ランダムPCR工程における前記所定の条件が、4℃以上40℃以下でアニーリングを行うことが好ましく、26〜28℃で行うことがさらに好ましい。
前記ゲル電気泳動工程における前記所定の温度勾配は、最低10℃、最高80℃であることを特徴とするが好ましく、30〜70℃であることがさらに好ましい。
以上の条件で検出を行うことにより、前記化学的変異原の変異原性の検出感度をppbオーダーとすることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の変異原性の高感度定量方法では、動物細胞に対する変異原性を高感度で検出し、定量することができる。また、化学的変異原及び物理的変異原の変異原性を、細胞の表現形質ではなく、遺伝形質(DNAの損傷)として直接に検出し、定量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明の方法で使用するランダムPCRの模式図である。
【図2】図2は、泳動面上で、電圧印加方向の直交方向に所定の温度勾配が付けられているゲル電気泳動(μTGGE)を行ったときの結果を示す模式図である。
【図3】図3は、臭化エチジウム(EtBr,変異原)処理を行った大腸菌から得られたランダムPCR産物をμTGGEにかけた結果(A)及び(B)と、それらをノーマライズした結果を示す図である。図3(A)は第0世代、図3(B)は第5世代を、それぞれ使用した場合である。図中、縦軸(μ)は移動度を、横軸(θ)は温度をそれぞれ表わす。ΔPaSSについては、後述する。
【図4】図4は、変異原によって生じたゲノム変異に起因するDNA断片の移動位置のずれ(規格化処理後)を解析する場合を示す模式図である。(A)中、Piは変異原非存在下で培養したときのゲル電気泳動後のあるDNA増幅産物のspiddosを、また、Pi'は、変異原存在下で培養したときの対応するDNA増幅産物のspiddosを表わす。(B)は、生じる変異と位置のずれとの関係を示す模式図である。
【図5】図5は、上記式(III)を模式的に表わした図である。
【0019】
【図6】図6は、0.3〜10ppmの臭化エチジウム(EtBr,変異原)で処理したときの5世代培養後のNIH 3T3細胞の状態を、顕微鏡で観察した結果を示す図である。図6(A)は対照である。
【図7】図7は、5世代又は3世代培養後のNIH 3T3細胞を用いたときのEtBrの検出感度を示すグラフである。(A)は5世代培養後、(B)は3世代培養後である。図中、*は細胞がほぼ死滅したことを表わす。
【0020】
【図8】図8は、HeLa細胞を用いて以下の被検物質を加えて培養したときの顕微鏡写真である。(A)陰性対照、(B)臭化エチジウム(EtBr)、(C)フリルフラマイド(AF2)、(D)4',6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)、(E)クリスタルバイオレット(Crystal Violet)、及び(F)メタンスルホン酸メチル(Methyl methanesulfonate、MMS)。
【図9】図9は、図8の各培養細胞から抽出したDNAのΔPaSS値を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明の物理的又は化学的変異原の変異原性を定量する方法は、少なくとも、下記の(a1)〜(a6)工程を備える、哺乳動物細胞を用いて物理的又は化学的変異原の変異原性を定量するものである。ここで、細胞培養工程である(a1)工程で、前記哺乳動物細胞を倍加時間以内の間若しくは一定の回数分裂するまで、一定の条件下で培養し;DNA画分抽出工程である(a2)工程で、前記細胞培養工程で培養した哺乳動物細胞を集め、ゲノムDNA含有画分を抽出する。ランダムPCR工程である(a3)工程で、前記DNA画分抽出工程で得られたDNAを鋳型とし、非特異的プライマーを用いて、所定の条件下でランダムPCRによりDNA増幅を行い;ゲル電気泳動工程である(a4)工程で、前記ランダムPCR工程で得られた増幅産物を粗精製し、電圧印加方向の直交方向に所定の温度勾配をつけてゲル電気泳動を行う。ついで、2次元位置を抽出する抽出工程である(a5)工程で、前記ゲル電気泳動工程終了後にゲルを撮像し、現れたバンド上で二本鎖DNAの融解開始点(Pini)の2次元位置を抽出し;種同定点(species identification dots)の位置を算出する算出工程である(a6)工程で、前記抽出された2次元位置に対してノーマリゼーション処理を施して、一の座標軸を移動度とし、前記一の座標軸に垂直な他の座標軸を温度勾配とする2次元座標系における種同定点の位置を算出する。
【0022】
本発明の物理的又は化学的変異原の変異原性を定量する方法は、以下のずれの評価量を算出する工程である(b)工程と、定量化工程である(c)工程とをさらに備えるものであってもよい。ここで、(b)工程で、前記被検物質の非存在下で培養した前記哺乳動物細胞のゲノムDNAの種同定点の位置である第1位置と、前記被検物質存在下で培養した前記哺乳動物細胞のゲノムDNAの種同定点の位置である第2位置とのずれの評価量を算出し;(c)工程で、前記算出された評価量に基づいて、前記被検物質の変異原性を検出して定量する。
【0023】
本発明の(a1)工程で使用する哺乳動物細胞は、in vitroで、所定の温度で増殖できる細胞であればよく、特に限定されない。哺乳動物細胞としては、マウス、ラット、チャイニーズハムスター、ヒトその他の哺乳動物由来の株化細胞を使用することができ、培養可能であれば、臨床で得られた細胞も使用することができる。使用する哺乳動物細胞は、付着細胞、浮遊細胞のいずれをも使用することができる。
哺乳動物由来の株化細胞としては、例えば、NIH 3T3、CHO、HeLa、HEK 293、Neuro 2A、COS-1/7及びHep G2等を挙げることができ、これらの中でも、NIH 3T3、CHO、HeLa、HEK 293、及びNeuro 2Aを使用することが、物理的変異原又は化学的変異原を、DNAの損傷を指標として高感度に検出し、定量できることから好ましい。
【0024】
ここで、NIH 3T3は、NIH Swissマウスの胎児の皮膚から分離され、樹立された株化細胞である。CHOは、チャイニーズハムスター卵巣細胞から分離され、樹立された株化細胞である。HeLaは、ヒトの癌組織から分離され、樹立された株化細胞である。HEK 293は、ヒト胎児腎細胞をアデノウィルスのE1遺伝子によりトランスフォーメーションして樹立された株化細胞である。Neuro 2Aは、マウス神経芽細胞腫から分離され、樹立された株化細胞である。
【0025】
これらの細胞は、倍加時間以内の間若しくは一定の回数分裂するまで培養される。ここで、「倍加時間」とは、細胞数が2倍になるのにかかる時間(doubling time)をいう。また、「一定の回数」は細胞が分裂する回数を意味し、細胞を継代した回数を意味するものではない。
前記一定の回数は、3〜15回であることが好ましい。3回未満では検出感度はさほど上がらず、15回を越えてもそれ以上の検出感度の向上が期待されないことによる。変異原の検出感度が高くなることから、3〜5回であることがさらに好ましい。なお、本発明の方法で使用する細胞の数は、使用するプレートのウェルの面積と細胞の大きさとの関係で定まり、例えば、NIH 3T3細胞を使用する場合には、1〜3×104とすることが好ましい。
【0026】
前記物理的変異原としては、紫外線、放射線、電磁波等を挙げることができ、化学的変異原としては、上述した、エチジウムブロマイド、フリフラマイド、メチルメタンスルフォネート、ダイオキシン、ベンズアルデヒド、4',6-ジアミジノ-2-フェニルインドールその他の化合物およびこれらを含有する組成物、例えば、タール、肉のこげ等を挙げることができる。以下、これらの化学的変異原を総称して、「被検物質」という。
これらを被検物質として本発明の方法で変異原性試験を行うと、エイムステストでは検出できないような低濃度の変異原物質を検出し、定量することができる。
さらに、サルモネラ菌や大腸菌に対しては変異原性が弱く、その結果、変異原性があるとは判定されないが、実際には、哺乳動物細胞に対しては変異原性を有する化学的変異原等を、適切に検出することができる。加えて、それらの変異原性の強さを定量することもでき、その結果に基づいて、ヒトへの影響をシミュレーションすることが可能となる。
それによって、上水、蒸留水その他の水、河川、井水、ミネラルウォーターやコーヒー等の飲料水その他の飲食物等に含まれる低濃度の変異原を感度良く検出し、定量することが可能となる。
【0027】
(a2)工程では、前記(a1)工程で、一定の条件下で培養した哺乳動物細胞を集め、定法に従って細胞からゲノムDNA含有画分を抽出する。ここでいう「一定の条件」は、被検物質の濃度、培養培地の組成、培養温度及び培養時間等をいう。被検物質の濃度を、例えば、1ppbオーダーから1,000 ppbオーダーとすると、表現形質で検出を行うエイムス試験では検出できない低濃度の変異原の変異原性であっても、遺伝形質として精度良く検出できるという利点がある。
培養培地は、培養する哺乳動物細胞に応じて適宜選択して調製することができる。例えば、アールMEM(以下、「MEM」ということがある。)、ダルベッコ変法MEM(以下、「D-MEM」ということがある。)、RPMI 1640その他の培地に、非働化した仔ウシ血清(以下、「CS」ということがある。)又は胎児血清(以下、「FBS」ということがある。)、ペニシリン若しくはストレプトマイシン等の抗生物質その他の物質を、適宜添加して使用することができる。培養温度は、32〜38℃、約5%のCO2雰囲気とすることが、培養細胞を適切に増殖させる上で好ましい。
【0028】
(a3)工程では、DNA画分抽出工程で得られたDNAを鋳型とし、所定のプライマーを用いて、所定の条件下でランダムPCRにより増幅を行う。DNA画分抽出工程で得られたDNAは、細胞から抽出する際に得られたサテライトDNA、オルガネラのDNAを含む全DNAであり、本明細書中では、これらを総称して「ゲノムDNA」という。
本明細書中、ランダムPCRは、アニーリング温度を約40℃までの低い温度とし、上記のようにして抽出したDNAの複数の部位に、ミスマッチを含みながらプライマーが結合することを利用して、ゲノムDNAの部分配列をランダムサンプリングするPCRをいう。図1にこのランダムPCRを模式的に示す。
このランダムPCRでは、市販されているプライマーを始めとする各種のプライマーを使用することができ、特に限定されない。これらの中でも、Cy3その他の蛍光化合物で標識された、8〜14merのオリゴヌクレオチドであることが、ゲノムDNA上の多数の箇所に非特異的に結合することができるために好ましく、ドデカヌクレオチドを使用することがさらに好ましい。
【0029】
こうした標識ドデカヌクレオチドとしては、例えば、pfM12(配列番号1;dAGAACGCGCCTG)を好適に使用することができる。こうしたプライマーを使用する場合、増幅させたいDNAの複数の部位に、ミスマッチを含みながら結合するように、アニーリング温度その他の条件を制御することによって、多種類のプライマーを使用しなくとも、種々の増幅産物を得ることができる。
また、前記所定の条件は、4℃以上40℃以下でアニーリングを行うことが、増幅しようとするDNAの多数の個所へ非特異的に結合できるという理由から好ましく、さらに、10℃以上32℃以下で行うことが好ましい。約28℃とすることが、種々の生物に対する実験条件の標準化の理由から最も好ましい。
【0030】
こうして得られた増幅産物は、(a4)工程で定法に従って粗精製され、ゲル電気泳動によるゲノムプロファイリングに供される。図2に模式的に示したように、(a4)工程で行われるゲル電気泳動では、泳動面上で、電圧印加方向の直交方向に所定の温度勾配が付けられている。前記所定の温度勾配は、最低10℃、最高80℃の温度勾配とすることが、DNAの熱変性過程の全体をもらさず収容できることから好ましく、30℃〜70℃とすることが、温度勾配方向の分解能を向上させるという点でさらに好ましい。
ゲル電気泳動されている増幅産物(二本鎖DNA)は、温度勾配が付けられているゲル中のある温度になっている位置においては、部分的に一本鎖状態に融解を始め、DNAバンドの泳動パターンに顕著な変化が現れる(図2参照)。この二本鎖DNAの融解が始まる点を融解開始点(Pini)という。
【0031】
(a5)工程では、前記ゲル電気泳動工程終了後にゲルを撮像し、各増幅産物の融解開始点の位置を、撮像された電気泳動結果に表れた2次元の位置として特定し、抽出する(図3(A)及び(B)参照)。
融解開始点(Pini)の2次元位置は、ゲノム配列ごとに定まっており、同様の条件の下では再現性が高いことが実験的に明らかになっている。図3の(A')及び(B')には、大腸菌を使用した場合のゲル電気泳動の結果を示したが、哺乳動物細胞を使用した場合でも、同様の結果となる。以上のようにして、各増幅産物のPiniの2次元位置の抽出を行う。
(a6)工程では、上記のようにPiniの2次元位置の抽出を行い、各々の増幅産物の抽出された2次元位置に対して内部参照試料の座標情報を用いてノーマリゼーション処理を施す。そして、一の座標軸を移動度とし、前記一の座標軸に垂直な他の座標軸を温度とする2次元座標系における種同定点(species identification dots、以下「spiddos」ということがある。)の位置を算出する。
ここで、spiddosはプライマー及び鋳型DNAの塩基配列に特異的であり、種固有のパラメーターである。ここで、spiddosは、種(species)を表わすか又は種固有の性質を有し、種は、同一のゲノムを有する細胞を意味する。
上記のようにして得られたDNAに塩基の挿入、欠失、G/CからA/Tへの置換又はその逆の置換等の変異が起きている場合には、こうした変異のないDNAと対比した場合に、種同定点の位置が変化する。例えば、欠失・挿入があると移動度(μ)が変化し、G/CからA/Tへ、又はその逆の点突然変異が生じていると、温度座標軸(θ)に沿って変化が生じる(図4(A)及び(B)参照)。したがって、変異のない種同定点の位置がPiであり、変異のある種同定点の位置がPi'であるとすると、ここで生じている変異は、ΔμとΔθとで評価することができることになる。
【0032】
上記ノーマリゼーションでは、実験の精度を上げるために各電気泳動用ゲルに増幅産物とともに載せる内部参照試料の融解開始点の二次元位置を、指標として使用する。内部参照試料として、特定の配列及び長さを有する二本鎖DNA、例えば、下記のような配列を有するもの(配列番号2)を使用することができる。
各試料のspiddosを求めるには、内部参照試料の与える2つの特徴点(顕著な変曲点など)を基にして温度-移動度の二次元平面座標を補正し、これによって普遍化された座標系の下でそれぞれのspiddos(種同定点)の座標を得る。具体的には、2つの内部参照試料となる特徴点Pini,1、Pini,2の実測される座標と予め求められている座標(理論値)とを対応させる座標変換を行なう。それぞれの試料の特徴点の実測される座標に対してこの座標変換を施して、規格化されたspiddosを得る。
得られた値から、下記式(I)よりPaSSを算出する。次いで、PaSSを用いて、下記式(II)及び(III)に従い、ΔPaSS及びΔΔPaSSを求める。なお、spiddosが同一であれば、PaSS値は1になる。
【0033】
【数2】

【0034】
ΔPaSS=1−PaSS (II)
ΔΔPaSS=ΔPaSSS−ΔPaSSR (III)
ここで、式(I)中、nは種同定点(spiddos)の数を表わし、iは上記種同定点のうちの特定の点を表わす。また、式(III)中、Sは変異原物質の入っている可能性のある試料の出発時の試料との相違(ΔPaSSS)を表わし、Rは変異原物質無しで同様な処理をした対照試料の出発時の試料との相違(ΔPaSSR)をそれぞれ表わす。ΔPaSSS及びΔPaSSRとΔΔPaSSとの関係を、図5に模式的に示す。
以上のようにして、変異原の存在下及び非存在下で培養した動物細胞を使用して得られたPaSSの値に基づいて、その試料に含まれる変異原の変異原性の強さを判定する。
【0035】
以下に、動物細胞としてNIH 3T3細胞、化学的変異原(被検物質)として臭化エチジウムをそれぞれ使用した場合を例に挙げて、更に詳細に説明する。
NIH 3T3細胞は、所定の濃度、例えば5〜15%、のウシ胎児血清(以下、「FBS」ということがある。)を含有するダルベッコ変法イーグル培地で培養し、バイアルに分注して液体窒素中で凍結保存しておいたものを使用する。
凍結保存しておいたNIH 3T3細胞のバイアルを取り出し、約36〜45℃の水浴につけて解凍し、滅菌チューブに移す。この滅菌チューブ中に、所定量、例えば、10mLのDMEMを加え、室温にて、1,000〜1,500rpm(ロータ径約15cm、約170×g〜380×g)で、約5分間遠心する。
【0036】
遠心上清を吸引して除き、所定量(例えば、10mL)のDMEMを再度加えて細胞を懸濁させ、上記と同様の条件で遠心し、遠心上清を除くという操作を2〜3回繰り返し、凍結保存しておいた細胞の培養液中に含まれているDMSOを除く。最後の遠心を行った後に遠心上清を除き、所定量の培地(例えば、10mLの10%FBS含有DMEM)を加えて、NIH 3T3懸濁液を調製する。
次いで、血球計算板を用いて、位相差顕微鏡下に細胞数をバイアブルカウントし、培養するために十分な細胞数(例えば、106/mL程度)があることを確認する。
次いで、所定量の培地(例えば、5〜10mL程度の10%FBS含有DMEM)を、75cm2の培養フラスコに分注し、ここに上記の細胞懸濁液10mLを加え、例えば、37℃、5%CO2で、約48〜約72時間、NIH 3T3細胞がコンフルエントになるまで培養する。
【0037】
NIH 3T3細胞がコンフルエントとなったことを顕微鏡で確認した後に、培地を吸引して除去し、所定の溶液を所定量で加えて細胞表面を洗い、フラスコ内に残った培地を除く。例えば、10mLのリン酸緩衝生理食塩水(以下、「PBS」という。)を用いて洗浄することができる。このPBSを吸引して除去し、所定量のトリプシン処理用の溶液を添加し、所定の条件下でトリプシン処理を行う。例えば、約900μLの約0.2〜0.3%のトリプシン水溶液に、約90μLの2%EDTA(エチレンジアミン四酢酸ナトリウム)を加えた水溶液に、約9mLのPBSを加えてトリプシン処理用の溶液とすることができる。このような溶液を使用して、例えば、37℃、5%CO2存在下で数分間、トリプシン処理を行うことができる。
数分後、所定量の培地を加えて、トリプシン処理を停止させる。例えば、500μLのDMEM(FBS不含)を加えることによってトリプシン処理を停止させることとしてもよい。顕微鏡を用いてNIH 3T3細胞が完全に分離したかどうかを確認し、分離していない場合には、ピペッティングを行い、細胞を完全に分離させることができる。
その後、上述した条件と同様の条件で遠心し、トリプシン及びEDTAを含有する上清を除去する。ここに、新たに所定量の培地、例えば、10mLの10%FBS含有DMEMを加えて、継代用の細胞懸濁液を調製する。
【0038】
新しい培養フラスコ(例えば、底面積75cm2の培養フラスコ)に、所定量の培地を分注し、所定量の前記細胞懸濁液を播種して継代を行う。例えば、約10mLの10%FBS含有DMEMを培養用のフラスコに入れ、約5mL(細胞数は、約1×10〜5×10個/mL)の細胞懸濁液を播種して、継代を行うことができる。ここで継代した細胞がコンフルエントとなったときに、上述したと同様にトリプシン及びEDTAを含むトリプシン処理溶液を用いて処理し、細胞懸濁液を調製する。ここで得られた細胞懸濁液に含まれるNIH 3T3細胞を第0世代とする。
NIH 3T3細胞の3〜5世代の培養は、適当な培養プレート、例えば、12ウエルプレートを用いて行う。各ウェルには1〜3×104個の細胞を播種し、被検用培地には、約0.01〜10ppmの臭化エチジウムを加える。
【0039】
同一プレートに変異原である臭化エチジウムを加えない陰性対照群を置く。被検群には、変異原の濃度を変えて添加する。例えば、最終濃度として約3〜100ng/mL及び約30〜300ng/mLの臭化エチジウムを添加することができる。
このプレートを、例えば、37℃、5%CO2で、第1〜第5世代のうちの所望の世代の細胞が、所望の数となるまで、所望の期間培養する。培養期間は、例えば、一週間とすることができる。各世代の細胞数を下記の式より求め、細胞が所望の世代数nとなったときに、上記のようにトリプシン処理を行い、細胞を集める。
N=N×2
【0040】
次いで、上記のようにトリプシン処理して集めたNIH 3T3細胞を、所望の条件で遠心する。例えば、約2〜約6℃にて数分間、約400〜約600×gで遠心することができる。遠心上清を除去し、ペレットを適当な回数洗浄して、所望の量の適当な溶媒に再度懸濁し、さらに同様の条件で遠心する。例えば、ペレットを2回洗浄し、1mLの氷冷PBS(pH7.3)に再懸濁し、遠心するようにすることができる。
最後に得られたペレットを、所望量の消化液に再度懸濁し、約1.5mL容量の蓋つきのチューブに分注し、きっちりと蓋をして、所望の時間振蘯しながらインキュベートする。ここで使用する消化液としては、例えば、1MのNaCl、1Mのトリス塩酸、0.5%EDTA、5%SDS、1mg/mLの用時調製したプロテイナーゼKを含有する消化液に再度懸濁し、約12〜約18時間、約40〜60℃にて、振蘯しながらインキュベートすることができる。
【0041】
その後、所望の混合比の平衡化済みフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール混液を適当量加えて、DNAのフェノール抽出を行う。例えば、フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコールの混合比=25/24/1(体積比)の混液を調製し、この混液を等容で加えることとしてもよい。フェノール抽出の間、所望の条件で遠心を行い、得られた水相(上層)を新しいチューブに移す。所望の条件としては、例えば、室温で、約10〜30分間、8,000〜12,000rpm(10,000〜24,000×g)で遠心を行うこととすることができる。
ここに、酢酸アンモニウムとエタノールを加えて、遠心を行う。例えば、約1/3〜約2/3容の5〜10Mの酢酸アンモニウムと1〜3容の100%エタノールとを加えて、約2〜6℃で5〜15分間、約10,000〜20,000rpm(17,000〜67,000×g)で遠心を行うことができる。得られたペレットを、例えば、約70%のエタノールで適当な回数、例えば2回、リンスし、その後空気乾燥させることができる。
【0042】
最後に、以上のようにして得られたDNAを適当な緩衝液(例えば、Tris/EDTA緩衝液、以下、「TE緩衝液」ということがある。)に再懸濁させ、懸濁液中のDNA濃度を、吸光度計を用いて測定する。所定のDNA濃度となるようにDNA溶液を調整し、このDNA溶液のアリコート(aliquote)をランダムPCRに使用する。
ランダムPCR用プライマーとしては、10〜20塩基長の蛍光標識したプライマーを使用することができる。例えば、12塩基長のCy3標識pfM12(配列番号1;5'-AGAACGCGCCTG-3')を使用すると、多様な増幅産物を得ることができる。
ランダムPCR用反応液は、所望の濃度のdNTPs(N=A、T、G、C)、塩化マグネシウム、及びTaqポリメラーゼ用緩衝液を含む。具体的には、4mMのdNTPs、25mMのMgCl2、及び10倍濃度のTaqポリメラーゼ用緩衝液を含み、蒸留水で所望の量、例えば、44.8μLとなるように調整する。
【0043】
不特定のDNAが混入することによる汚染の影響をできる限り少なくするために、この反応液に、約10〜30分間、紫外線を照射する。その後、この反応液に、所定濃度の鋳型DNA、Cy3標識pfM12及びTaqポリメラーゼ(米国Biotech International社製)を混合する。ついで、例えば、T Gradient Thermocycler(英国Biometra社製)、PTC-200(米国MJ-research社製)、Thermal cycler(タカラバイオ(株)製)等の装置を用いて、ランダムPCRを行う。PCR反応は、例えば、変性94℃で30秒、アニーリング28℃で2分、伸長47℃で2分を1サイクルとし、所望のサイクル数、例えば、20〜40サイクルとすることができる。
DNA濃度が不十分なときその他必要な場合には、得られたPCR産物に対し、再増幅を行った。PCRの条件は下記の点を除き、上記ランダムPCRと同様とした。鋳型DNAは、1回目のランダムPCR産物50μLから1μLをとって使用し、アニーリング温度を60℃、PCRサイクル数を15サイクルとしてもよい。この再増幅によって、後述する種同定点の設定と、PaSS値の計算とに必要な数のDNAのバンドが、ランダムPCR産物の電気泳動像に表れるようになった。
【0044】
内部参照試料となるDNAとしては所望のDNAを使用することができるが、例えば、fdファージの第VIII遺伝子の1341-1540塩基部位(鋳型DNA、以下、「fd-DNA」という。配列番号2)を、標準的なPCR法にて増幅して合成することができる。
この増幅に対しては、フォワードプライマーとして、例えば、MA1(配列番号3;5'-TGCTACGTCTCTTCCGATGCTGTCTTTCGCT-3'、5'末端はCy3標識、31塩基長)を、また、リバースプライマーとしてMA2(配列番号4;5'-TTGAATTCTATCGGTTTATCA-3'、21塩基長)を使用することができる。
上記と同様の組成のPCR反応液を調製し(4mM dNTPs(N=A、T、G、C)、25mMのMgCl2及び10倍濃度Taqポリメラーゼ用緩衝液を含む)、蒸留水を加えて、例えば、約42μLとすることができる。ランダムPCRと同様に紫外線照射を行い、反応液に2μLの所定濃度のfd-DNA、10 pmol/mLのMA1、10 pmol/mLのMA2及び1ユニットのTaqポリメラーゼを混合し、上記と同様に増幅させることによって、約200塩基対のPCR産物を鋳型DNAより得ることができる。
【0045】
得られたランダムPCR産物を、従来の温度勾配ゲル電気泳動を、2.5cm×2.5cm×0.1cmのサイズのゲルを用いるように最小化した、μTGGEにアプライする。ゲルをこのサイズとすることで、使用する試料が少量で済み、短時間で精度良く、試料中の成分を分離させることが可能となる。
終濃度8Mの尿素、終濃度6%(w/v)の40%アクリルアミド溶液、終濃度1×TBE緩衝液を含む溶液を調製し、尿素が完全に溶解したところで、テトラメチレンジアミン(以下、「TEMED」という)及びTEMEDと同量の20%過硫酸アンモニウム(以下、「APS」という)とを加え、緩やかに振盪する。ゲル溶液を型と密着したマイクロTGGE用の電気泳動用プレートに充填し、ウェルを形成する。ウェル数は1(単一ウェル)としてもよく、複数ウェルとしてもよい。
【0046】
また、40%のアクリルアミド溶液を調製する。所望量のランダムPCR産物、内部参照試料となるDNA及び10%メチレンブルー色素を適当な大きさの遠沈管内で混合し、試料とする。上述した6%アクリルアミドゲルを充填した電気泳動用プレートをμTGGE用カセットに装着し、ウェル内に前記試料を注入する。
次いで、所定の量の1×TBE(EDTAとホウ酸とを含むTrisバッファー)を負極及び正極に注ぎ、μTGGEカセットをμTGGE装置のステージに設置し、100Vで約10分間、所望の温度勾配(例えば、最低温度15℃、最高温度55℃)を維持しつつ、電気泳動を行う。電気泳動終了後、電気泳動用プレートを取り出し、DNAのバンドを特定するためのフィルター、例えば、励起波長550nm、蛍光波長565nmにて、蛍光撮像装置を用いて撮像する。
【0047】
次に、上記のように撮像したDNAバンドパターンに対して、所定の画像解析を行い、通常、8以上の特徴点(feature point)のセットをコンピューター上に示された各ゲノムプロファイルに割り当てる。割り当てる点の数を8以上としたのは、平均的に得られるポイントの数が8以上であること、及び統計的な信頼性をより高いものとするためである。
ここで、初期融解点(Initial melting point)を、温度及び移動度で表わされる位置ベクトル(図1参照)を表わす特徴点と定義する。初期融解点について規格化(ノーマライゼーション)を行い、種固有のパラメーターである種同定点(spiddos)に変換する。 μTGGEを行っている間に生じ得る実験誤差を最小にするために、上述したように公知の配列を有する内部参照試料を使用し、内部参照試料のspiddosを用いて、得られた試料の初期融解点の位置をノーマライズする。所定のプログラムを用いたコンピューター処理を行い、対応する対照と試料それぞれのspiddosを比較することにより、上述したPaSSを求めることができる。2つのゲノムの間の類似性を表すPaSSの量は、spiddosを用いて求められ、下記式のように定義づけることができる。
【0048】
【数3】

【0049】
ΔPaSS=1−PaSS (II)
ΔΔPaSS=ΔPaSSS−ΔPaSSR (III)
ここで、式(I)中、nは種同定点(spiddos)、すなわち特徴点の数を表わし、iは上記種同定点のうちの特定の点を表わす。また、式(III)中、Sは変異原物質の入っている可能性のある試料の出発時の試料との相違であるΔPaSSを、また、Rは変異原物質無しで同様な処理をした対象試料の出発時の試料との相違であるΔPaSSをそれぞれ表わす。ビジュアルベーシック6(Visual Basic 6)にて、記述されたプログラムを用いてPaSSを求める。ΔΔPaSSは試料に関するΔPaSSSから対照のΔPaSSRを減じて求める。S-Rとなる(図5参照)。
以上のようにして求めたPaSS、ΔPaSS及びΔΔPaSSを用いて、哺乳動物細胞における化学的変異原の強さを評価することができる。
【0050】
各々の種同定点について、この作業を繰り返す。こうした作業を行うことにより、例えば、所望の濃度の臭化エチジウムの存在下で、所望の世代培養したNIH 3T3細胞を使用したときの培養世代の数と検出感度とがどのような関連性をもつか否か、及び検出感度自体の変化を観察することができる。また、こうした関係を実験的に確認することによって、変異原の強さに応じて、培養細胞の世代数を調節し、感度良く検出及び定量を行うことが可能となる。
以下に実施例を用いて、本願発明をさらに詳細に説明する。ただし、本願発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0051】
(1)NIH 3T3細胞の培養
哺乳動物細胞であるマウスの繊維芽細胞株NIH 3T3は、埼玉大学内の他の研究室から分譲を受けた。10%ウシ胎児血清(FBS、インビトロジェン−ギブコ社製(現ライフテクノロジーズジャパン(株)))を含有するダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)で培養し、バイアルに分注して液体窒素中で凍結保存した。
変異原として、臭化エチジウム[3,8-diamino-5-ethyl-phenylphenanthridium bromide, CAS 1239-45-8](シグマ−アルドリッチジャパン(株)製)を使用した。
凍結保存しておいたNIH 3T3細胞のバイアルを40℃の水浴につけて解凍し、滅菌チューブに移してここに10 mLのDMEMを加え、室温にて、1,200rpm(ローター径15cm、240xg)で5分間遠心した。
上清を除き、10mLのDMEMを再度加えて細胞を懸濁させ、同様に遠心するという操作を2回繰り返した。遠心上清を除去し、10mLの10%FBS含有DMEMを加えて、NIH 3T3懸濁液を調製した。
【0052】
血球計算板を用いて、位相差顕微鏡で細胞数をバイアブルカウントし、十分な細胞数があることを確認した。
5〜10mL程度の培地(10%FBS含有DMEM)を分注した75cm2の培養フラスコ(日本ベクトン・ディッキンソン(株)製)中に、上記の細胞懸濁液5〜10mLを加え、37℃、5%CO2の条件で、48〜72時間、NIH 3T3細胞がコンフルエントになるまで培養した。
NIH 3T3細胞がコンフルエントとなったことを顕微鏡で確認した後に、培地を吸引除去し、10mLのPBSを加えて培養フラスコの底面に付着している細胞表面を洗浄し、フラスコ内に残った培地をリンスした。フラスコ内のPBSを吸引して除去し、約900μLの0.25%トリプシン水溶液、約90μLの2%EDTA水溶液及び8.9mLのPBS(すべて(ライフテクノロジーズジャパン(株)製))を加え、37℃、5%CO2の条件下で5分間、トリプシン処理を行った。
【0053】
5分後に、500μLの培地(DMEM)を加えてトリプシンの反応を停止させた。顕微鏡でNIH 3T3細胞が完全に分離したかどうかを確認し、分離していない場合には、細胞懸濁液を繰り返しピペッティングし、細胞を完全に分離させた。上記と同様の条件で遠心し、トリプシン及びEDTAを含有する上清を除去し、新たに10mLの10%FBS含有DMEMを加えて、細胞懸濁液を得た。
75cm2の培養フラスコに10mLの10%FBS含有DMEMを分注し、5mLの前記細胞懸濁液を播種して、継代を行った。コンフルエントとなった細胞を上記と同様にトリプシン処理して細胞懸濁液を調製し、この懸濁液に含まれるNIH 3T3細胞を第0世代とした。
【0054】
NIH 3T3細胞の3〜5世代の培養は、12ウエルプレート(日本ベクトン・ディッキンソン(株)製)を用いて行った。各ウェルには2x104個の細胞を播種した。
被検培地には1μg/mLの臭化エチジウムを加えた。12ウェルのうち、第一列(n=4)は臭化エチジウムを添加していない培地を入れ、陰性対照群とした。第二列及び第三列(n=4)には、異なる濃度となるように、臭化エチジウムを加えた(それぞれ、0.3μg/mL及び10μg/mL)。
このプレートを、37℃、5%CO2の条件で、第5世代に至る各世代の細胞が所望の数となるまで、一週間培養した。顕微鏡で観察を行った結果を図6(A)〜(D)に示す。各世代の細胞数は、下記の式より求めた。
N=N×2
細胞が所望の世代数となったときに、上記のようにトリプシン処理を行い、細胞を集めた。
【0055】
(2)NIH3T3細胞からのDNAの抽出
上記のようにトリプシン処理した3T3細胞を、4℃にて5分間、500×gで遠心した。40gのNaCl、1gのKCl、5.75gのNa2PO4・7H2O、1gのKH2PO4を水に溶解して500mLにメスアップして、PBS(pH7.3)を調製し、氷冷した。遠心上清を除去し、ペレットを2回洗浄して、1mLの氷冷PBSに再懸濁し、遠心した。
10mLの1M NaCl、1mLの1M トリス塩酸、5mLの0.5%EDTA、20mLの5%SDS、0.1mg/mLの用時調製したプロテイナーゼKに水を加えて100mLとし、消化液を調製した。最後に得られたペレットを、300mLの上記消化液に再懸濁し、1.5mLのマイクロチューブ(エッペンドルフ(株)製)に分注した。次いで、きっちりと蓋をして、12〜18時間、50℃にて振蘯しながらインキュベートした。
【0056】
その後、フェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール=25:24:1(体積比)の混合物を、等容で加えてフェノール抽出を行った。フェノール抽出の間、室温で20分間、10,000rpm(16,800×g)で遠心を行い、得られた水相(上層)を新しいチューブに移した。
ここに、1/2容の7.5Mの酢酸アンモニウムと2容の100%エタノールとを加えて、4℃で10分間、15,000rpm(37,800×g)で遠心を行った。得られたペレットを70%エタノールで2回リンスし、空気乾燥させた。
最後に、DNAをTE緩衝液に再懸濁させた。DNAの濃度を、ND-1000スペクトロメーター(米国、ナノドロップ社製)を用いて測定し、必要な濃度に調整した。DNA溶液のアリコート(約2.5μL)をランダムPCRに使用し、残りは−20℃で保存した。
【0057】
(3)動物細胞由来DNAのランダムPCR
PCRの反応液の調製はクリーンベンチ内で行った。蛍光プライマーであるCy3標識pfM12(配列番号1;5'-AGAACGCGCCTG-3' 12塩基長)のみを使用してPCRを行った。2.5μLの4mM dNTPs(A、T、G、C)に、5μLの25 mM塩化マグネシウム及び5μLの10倍濃度Taqポリメラーゼ用緩衝液(米国Biotech International社製)を加え、蒸留水で44.8μLとなるように、PCR反応液を調製した。
不特定DNAの混入による汚染を防止するために、調製したPCR反応液に対して、15〜20分間、紫外線を照射した。その後、このPCR反応液に、2.5μLの所定濃度の鋳型DNA、2.5μLの10 pmol/mL Cy3標識pfM12及び0.2μLの1ユニットTaqポリメラーゼ(米国Biotech International社製)を混合した。
【0058】
TGradient Thermocycler(英国Biometra社製)、PTC-200(米国MJ-research社製)又はThermal cycler(タカラバイオ(株)社製)のいずれかを用いてランダムPCRを行った。反応は、変性を94℃で30秒、アニーリングを28℃で2分、伸長を47℃で2分を1サイクルとし、30サイクル行った。
増幅不十分な場合には、得られたランダムPCR産物に対し、再増幅を行った。PCRの条件は下記の点を除き、上記ランダムPCRと同様とした。1回目のランダムPCRで得られたPCR産物50μLから1μLをとり、鋳型DNAとして使用した。アニーリング温度を60℃とし、PCRサイクル数は15として、再増幅を行った。この再増幅によって、後述する種同定点(spiddos)の設定と、パス値(PaSS値)の計算とに必要な数のDNAバンドが、ランダムPCR産物の電気泳動像に表れるようになった。
【0059】
(4)内部参照試料となるDNAの合成
PCR用反応液の調製はクリーンベンチ内で行った。fdファージの第VIII遺伝子の1341-1540塩基部位より標準的なPCR法にて増幅して合成し、内部参照DNA(配列番号2)とした。具体的には、フォワードプライマーとしてMA1(配列番号3;5'-TGCTACGTCTCTTCCGATGCTGTCTTTCGCT-3'、5'末端はCy3標識、31塩基長)を、リバースプライマーとしてMA2(配列番号4;5'-TTGAATTCTATCGGTTTATCA-3'、21塩基長)を、それぞれ増幅に使用した。
2.5μLの4mM dNTPs(A、T、G、C)、5μLの25 mM塩化マグネシウム及び5μLの10倍濃度Taqポリメラーゼ用緩衝液を加えた反応液を調製し、蒸留水で41.85μLとした。ランダムPCRと同様に紫外線照射を行い、その後、反応液に2μLの所定濃度(約200μg/mL)のfdファージの第VIII遺伝子の1341-1540塩基部位、3μLの10 pmol/mL MA1、3μLの10 pmol/mL MA2及び0.15μLの1ユニットTaqポリメラーゼ(米国Biotech International社製)を混合した。
反応は変性94℃で30秒、アニーリング63℃で60秒、伸長72℃で30秒を1サイクルとして、30サイクル行い、200塩基対の内部参照試料となるDNAをPCR産物として得た。
【0060】
(5)マイクロTGGE(温度勾配電気泳動)
上述したようにして得られたランダムPCR産物を、それぞれμTGGEにアプライした。μTGGE用のゲル(2.5cm×2.5cm×0.1cm)を作成するために、以下の手順で10mLのゲル溶液を調製した。まず、ビーカー中にて、4.8 gの尿素(終濃度8M)、1.5 mLの40%アクリルアミド溶液(終濃度6%(w/v))、1mLの10×TBE緩衝液(終濃度1×)を蒸留水と混合し、マグネチックスターラーを用いて均一な溶液とした。尿素が完全に溶解したところで、5μLのTEMEDと同量の20%APSとを加え、緩やかに振盪した。
ゲル溶液を型と密着したマイクロTGGE用の電気泳動用プレート(electroplates)に充填した。10mLのゲル溶液から5〜6枚のマイクロエレクトロプレートを作成し、これらのゲルを5〜6個の電気泳動用プレートに流し込んだ。なお、この実施例では、単一ウェルの電気泳動用プレートを使用した。
【0061】
また、アクリルアミドとビスアクリルアミドとの混合物(60:1)を蒸留水に溶解し、40%のアクリルアミド溶液を調製した。27%Tris(2-amino-2-hydroxy methyl-l,3-propanediol)、13.8gのホウ酸、10mLの0.5MのEDTA(pH8)を蒸留水に溶解し、250mLとして10×TBE緩衝液とし、これを使用した。全ての溶液はゲル作成の度に用時調製とした。
6μLのランダムPCR産物、0.3μLの内部参照試料となるDNA及び0.3μLの10%メチレンブルー色素を0.5mLの遠沈管内で混合し、サンプルとした。上述したように6%アクリルアミドゲルを充填した電気泳動用プレートをマイクロTGGE用カセットに装着し、前記サンプルをゲル平面の上部から注入した。
【0062】
次に、600μLの1×TBEを負極に、また、800μLの1×TBEを正極に注いだ。マイクロTGGEカセットをマイクロTGGE装置(マイクロTG;タイテック(株)製)のステージに設置し、装置の電源を入れて、100Vで10分間サンプルを電気泳動した。温度勾配は15〜55℃を維持した。電気泳動終了後、マイクロ電気泳動用プレートを取り出し、蛍光撮像装置(Molecular imager FX, BIO-RAD社, アメリカ合衆国製)にて撮像した。
DNAのバンドを特定するためのフィルターとして、励起波長550nm、蛍光波長565nmのものを使用した。
【0063】
(6)コンピューター支援ノーマライゼーション及び処理
GPMAの最終工程であるこの工程では、8以上の特徴点(feature point)のセットをコンピューター上に示された各ゲノムプロファイルに割り当てた。温度及び移動度で表わされる位置ベクトルを表わす特徴点である初期融解点を、ノーマライゼーション工程で、DNA分子固有の値に変換した。
μTGGEの間に生じ得る実験的ゆらぎを最小にするために、公知の配列を有する内部参照試料となるDNAを使用し、結果をノーマライズした。コンピュータ処理を行って、対応する対照と試料それぞれのspiddosを比較することにより、下記式に従ってPaSSを求めた。結果を図7に示す。
【0064】
【数4】

【0065】
ここで、

は、各spiddosの温度及び移動度のベクトルを表わす。PaSS値の計算は、通常のパソコン上にVisual BASICでプログラムを作成して行った。
【0066】
NIH 3T3細胞を0、1、10ppmの臭化エチジウムの存在下で3世代培養したときのΔPaSS値を図7(A)も、また、0、0.3、1.0ppmの臭化エチジウムの存在下で5世代培養したときのそれらを図7(B)に示す。図に記載したPaSS値は、独立した3実験の平均を表わす。
陰性対照群のΔPaSS値が0.02前後であったのに対して、10ppmの臭化エチジウム(変異原)存在下では、有意に上昇した。しかし、変異原の濃度が1ppmのときと10ppmのときとを比較しても、それほど大きな違いは認められなかった。
また、臭化エチジウム1ppm存在下のΔPaSS値を、5世代培養した細胞と3世代培養した細胞とで比較すると、5世代の方が若干高くなっていたが、これらの間では、有意差は認められなかった(図7(A)及び(B))。
以上の結果より、3〜5世代の動物細胞の培養で、被検物質の変異原性が高感度で検出できることが示された。
【実施例2】
【0067】
実施例2 ヒト由来細胞を用いた化学的変異原の変異原性の高感度定量方法
(1)HeLa細胞の培養
100ppbの試料物質を含む培地と含まない培地とで、実施例1と同様に培養を行い、付着細胞であるHeLa細胞を3代培養し、培養後の細胞の状態を顕微鏡で観察した。結果を図8A〜8Fに示す。
図8Aは上記の化合物を添加せずに培養した陰性対照群を、図8B〜8Fは各試料を添加して培養してから3世代目のHeLa細胞の顕微鏡観察像である。被験物質としては、臭化エチジウム(EtBr、図8B)、フリルフラマイド(AF2、図8C)、4',6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI、図8D)、クリスタルバイオレット(Crystal Violet、図8E)、メタンスルホン酸メチル(Methyl methanesulfonate、MMS、図8F)を使用した。
【0068】
(2)HeLa細胞からのDNAの抽出
HeLa細胞からのDNA抽出は、下記の記載を除き実施例1と同様に行なった
培養した細胞を各ウェルから培地ごと1.5mLの蓋つきのエッペンドルフチューブに採取し、12,000×gで5分間遠心した。その後デカンテーションを行い、さらにピペットを用いて培地を取り除いた。そこに、実施例1で使用したのと同じ消化液を200μL加え、55℃で撹拌しながら一晩放置し、内在性のタンパク質等を消化した。
次に、消化液と等容の平衡化済みフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール溶液(実施例1で使用したもの)200μLを加えて撹拌し、卓上遠心機で20秒ほど遠心して、水層(核酸含有画分)部分のみをピペットで回収した。さらに、残ったフェノール/クロロホルム/イソアミルアルコール溶液に等容のTEバッファーを加えて同じ操作を繰り返して、DNAを再抽出し、水層として回収した。
【0069】
上記のようにして得られた水層を合わせ、以下のようにエタノール沈殿を行なった。水層の1/10倍容の3M酢酸ナトリウムと2.5倍容の100%のエタノールとを加え、よく撹拌してから室温で2〜10分静置した。その後、4℃にて、12,000×gで10分間遠心した。デカンテーションして上清を除き、70%エタノールを1mL加えて撹拌し、その後上清を捨てて遠心乾燥機又はデシケーターを用いて乾燥させた。
【0070】
(3)ヒト細胞由来DNAのランダムPCR
実施例1と同様の条件でランダムPCRを行い、得られた各DNAを増幅した。なお、96穴プレート等を用いた小スケール培養を行った場合には、得られる動物細胞の個体数が少ないため、最初のランダムPCR産物1μLをテンプレートにして、アニーリング温度を60℃、サイクル数を15回として、通常のPCRを行った。
【0071】
(4)GPMA
実施例1と同様に内部参照DNAを合成し、実施例1と同様の条件にて、PCR増幅産物をμTGGE(温度勾配電気泳動)にかけた。得られたゲノムプロファイルを、実施例1と同様にコンピューターで解析してそれらの類似性を定量し、それぞれの化学物質の変異原性を評価した。結果を図9に示す。
自然突然変異に起因する対照DNAのΔPaSSの平均が0.018程度であったのに対し、各試料のΔPaSSの平均は0.025〜0.040であり、自然突然変異よりも高い平均値を示していた。p=0.01として有意差を検討すると、各試料のΔPaSSは、対照DNAのΔPaSSと比べて有意に高い値であることが明らかになった。このことは、各被験化合物が、100ppbの濃度でHeLa細胞に対し、変異原として作用することを表している。
【0072】
以上より、Ames試験によって既に変異原物質と認められている化学物質が、ヒト由来細胞(HeLa)を用いたGPMA法でも変異原性を示すことが明らかになった。さらに、本発明の方法によれば、100ppbという希薄な濃度の変異原が存在することを、ヒト由来の細胞を用いて高感度で検出し、定量することができることが示された。
上述した実施例1及び2から、哺乳動物細胞を用いたGPMAの結果とAmes試験の結果との間にも矛盾がなく、両者の間に相関があることが示された。さらに、大腸菌のみならず、哺乳動物由来の細胞に対する変異原性を、高感度に検出し、定量できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、化学、食品及び医薬品の分野において有用である。
【配列表フリーテキスト】
【0074】
pfM12
MA1
MA2

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物細胞を用いて物理的又は化学的変異原の変異原性の強さを定量する方法であって、前記物理的又は化学的変異原の存在下及び非存在下のそれぞれの場合について、
(a1)前記哺乳動物細胞を、倍加時間以内の間若しくは一定の回数分裂するまで、一定の条件で培養する細胞培養工程と、
(a2)前記細胞培養工程で、培養した哺乳動物細胞を集め、ゲノムDNA含有画分を抽出するDNA画分抽出工程と、
(a3)前記DNA画分抽出工程で得られたDNAを鋳型とし、非特異的プライマーを用いて、所定の条件下でランダムPCRによりDNA増幅を行う、ランダムPCR工程と、
(a4)前記ランダムPCR工程で得られた増幅産物を粗精製し、電圧印加方向の直交方向に所定の温度勾配をつけてゲル電気泳動を行う、ゲル電気泳動工程と、
(a5)前記ゲル電気泳動工程終了後にゲルを撮像し、現れたバンド上で二本鎖DNAの融解開始点(Pini)の2次元位置を抽出する抽出工程と、
(a6)前記抽出された2次元位置に対してノーマリゼーション処理を施して、一の座標軸を移動度とし、前記一の座標軸に垂直な他の座標軸を温度勾配とする2次元座標系における種同定点(species identification dots)の位置を算出する算出工程とを備え、
(b)前記被検物質の非存在下で培養した前記哺乳動物細胞のゲノムDNAの種同定点の位置である第1位置と、前記被検物質存在下で培養した前記哺乳動物細胞のゲノムDNAの種同定点の位置である第2位置とのずれの評価量を算出する算出工程と、
(c)前記算出された評価量に基づいて、前記被検物質の変異原性を検出して定量する定量化工程と、
を更に備える物理的又は化学的変異原の変異原性の高感度定量方法。
【請求項2】
前記ランダムPCR工程は、異なる条件下で、さらに少なくとも1回繰り返すことを特徴とする、請求項1に記載の物理的又は化学的変異原の変異原性の高感度定量方法。
【請求項3】
前記評価量を算出する算出工程では、下記式(I)で求めたパターン類似スコア(PaSS)と、下記式(II)及び(III)で求めたΔPaSS及びΔΔPaSSとから、前記ずれの評価量を算出することを特徴とする、請求項1又は2に記載の物理的又は化学的変異原の変異原性の高感度定量方法。
【数1】

ΔPaSS=1−PaSS (II)
ΔΔPaSS=ΔPaSSs−ΔPaSSR (III)
ここで、式(I)中、nは種同定点の数を表わし、iはそれらの種同定点のうちの特定の点を表わす。また、式(III)中、Sは変異原物質の入っている可能性のある試料、Rは変異原物質無しで同様な処理をした対象試料のそれぞれ出発時の試料との相違ΔPaSSをそれぞれ表わす。
【請求項4】
前記物理的変異原は紫外線であり、前記化学的変異原が化合物又は組成物である、ことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の物理的又は化学的変異原の変異原性の高感度定量方法。
【請求項5】
前記哺乳動物細胞は、NIH3T3、CHO、HeLa、HEK293、Neuro2A、COS-1/7及びHepG2からなる群から選ばれる細胞であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の物理的又は化学的変異原の変異原性の高感度定量方法。
【請求項6】
前記細胞培養工程において、前記一定の回数は3〜15であることを特徴とする、請求項5に記載の物理的又は化学的変異原の変異原性の高感度定量方法。
【請求項7】
前記ランダムPCR工程で使用する非特異的プライマーは、8〜14merのオリゴヌクレオチドであることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載の物理的又は化学的変異原の変異原性の高感度定量方法。
【請求項8】
前記所定のプライマーは、ドデカヌクレオチドであることを特徴とする、請求項7に記載の物理的又は化学的変異原の変異原性の高感度定量方法。
【請求項9】
前記所定のプライマーは、下記の配列(配列番号1)を有するものであることを特徴とする、請求項8に記載の物理的又は化学的変異原の変異原性の高感度定量方法。
dAGAACGCGCCTG
【請求項10】
前記ランダムPCR工程における前記所定の条件が、4℃以上40℃以下でアニーリングを行うことを特徴とする、請求項1又は2に記載の物理的又は化学的変異原の変異原性の高感度定量方法。
【請求項11】
前記ゲル電気泳動工程における前記所定の温度勾配は、最低10℃、最高80℃であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の物理的又は化学的変異原の変異原性の高感度定量方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図7】
image rotate

【図9】
image rotate

【図3】
image rotate

【図6】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2012−139169(P2012−139169A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−294233(P2010−294233)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける出願
【出願人】(504190548)国立大学法人埼玉大学 (292)
【Fターム(参考)】