説明

回転直動変換機構及びその製法

【課題】大きな動力を高効率で伝達でき,かつ量産性に優れた回転直動変換機構を提供すること。
【解決手段】外周面にねじ部が形成されたラックロッド1と,ラックロッドの外周にラックロッドと相対的に回転可能に支持されたホルダ部材2と,ホルダ部材に回転可能に支持され且つ外周面にラックロッドのねじ部と噛み合う環状溝部を設けた公転ローラ3と,を備えた回転直動変換機構であって,公転ローラの環状溝部における山部,谷部,側面部の内で少なくとも側面部の表面にラックロッドよりも軟質な材質から成る表面層を形成すること。表面層は,軟質材質としてNiを主成分とし,内部に4フッ化エチレン樹脂,窒化ホウ素,又は二流化モリブデンの粒子を点在した層であること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,外部駆動源と連動した回転運動を直線運動,又は外部駆動源と連動した直動運動を回転運動の運動力として変換する回転直動変換機構及びその製法に係わり,特に,運動力の変換効率が高く,量産製に優れた自動車用の回転直動変換機構及びその製法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車分野では,回転運動を直動運動に変更する機構が必要不可欠であり,その一例として,ピニオン式及びラック式と呼ばれる電動式のパワーステアリング装置が挙げられる。電動式のパワーステアリング装置は,アシストする駆動源の配置位置に応じてコラム式,ピニオン式,ラック式と呼ばれるものに3分類されている。ラック式はハンドルと直結した軸の回転運動をアシストするもので,一方,ピニオン式やラック式は車輪と連結した軸を(ラック軸)をアシストするものである。ピニオン式やラック式では,車輪と連結した軸をアシストするものであるので,回転運動を直動運動に変更する機構が必要となる。
【0003】
このような電動式のパワーステアリング装置は,油圧式のものと比較して,油圧ポンプを常に駆動する必要がないので燃費の点で有利であり,さらに,駆動源にモータを用いるので,アクテイブな制御がし易い等のメリットがある。電動式のパワーステアリング装置では,小型化・高レスポンスの見地から回転速度の速い駆動源(モータ)を用いることが望ましく,回転直動変換機構としては減速機を兼ね備えたものが要求される。
【0004】
現状では,ラック式の電動式パワーステアリング装置において,ねじが形成されたラックの外周に複数個のボールが循環するガイドを設けた構造から成るボールねじ方式の回転直動変換機構(特許文献1を参照)が幅広く用いられている。このボールねじ方式の回転直動変換機構は,自動車分野に限らず精密機器等でも活用されている。
【0005】
その他の回転直動変換機構としては,産業機器を対象に回転軸と,回転軸に転がり接触する弾性ローラにより構成される機構(特許文献2を参照)が提案されている。
【特許文献1】特開平7−165049号公報
【特許文献2】特開平6−174042号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら,上記の特許文献1に示したボールねじ方式の回転直動変換機構では,多数のボールを循環させる手段が不可欠であり,このボール循環が滑らかでないと,ボールとラック間ですべり摩擦が発生し,ボール部の摩擦係数が増大して効率が低下することが懸念される。また,ボールの循環状態を常に良好に保つことが必要であり,循環するボールの戻り経路の最適設計と共に,精度の良いボール及びボールの支持部材が必要である。さらに,ボールがラックと点で接触して動力を伝達するので,最大伝達動力はボールの数により決まり,実用上の上限が生じる。そのため,大きなラック推力を必要とする大型車には搭載しにくい等の課題がある。
【0007】
また,上記の従来技術2に示した回転直動機構では,ゴム状の弾性体から成る弾性ローラを用いて,その摩擦力で回転運動を直動運動に変換しているので,大きな動力を伝達するのに不利であるという課題がある。
【0008】
本発明は,大きな動力を高効率で伝達でき,かつ量産性に優れた回転直動変換機構を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために,本発明は主として次のような構成を採用する。
外周面にねじ部が形成された円形棒状のラックロッドと,前記ラックロッドの外周にラックロッドと相対的に回転可能に支持されたホルダ部材と,前記ホルダ部材に回転可能に支持され且つ外周面に前記ラックロッドのねじ部と噛み合う環状溝部を設けた公転ローラと,前記ラックロッド又は前記ホルダ部材を駆動させる駆動源と,を備えた回転直動変換機構であって,
前記公転ローラの環状溝部における山部,谷部,側面部の内で少なくとも前記側面部の表面に,前記ラックロッドよりも軟質な材質から成る表面層を形成する構成とする。
【0010】
また,前記回転直動変換機構において,前記表面層は,前記軟質材質としてNiを主成分とし,内部に4フッ化エチレン樹脂,窒化ホウ素,又は二流化モリブデンの粒子を点在した層である構成とする。
【0011】
また,外周面にねじ部が形成された円形棒状のラックロッドと,前記ラックロッドの外周にラックロッドと相対的に回転可能に支持されたホルダ部材と,前記ホルダ部材に回転可能に支持され且つ外周面に前記ラックロッドのねじ部と噛み合う環状溝部を設けた公転ローラと,前記ラックロッド又は前記ホルダ部材を駆動させる駆動源と,を備えた回転直動変換機構であって,
前記公転ローラは,そのシャフトが金属性からなるとともに,前記環状溝部が軟質材質の樹脂製からなる構成とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば,大きな推力が伝達でき高効率な,しかも低コストな回転直動変換機構を提供することができる。また,ラックロッドのねじ部と公転ローラの環状溝の噛み合い部が,公転ローラの表面に形成した軟質な表面層の新たな創成加工によって良好に接触するので,部品寸法のバラツキが大きくても,安定した性能を維持でき,長期にわたり良好な性能を有することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の実施形態に係る回転直動変換機構について,図1,図2及び図3を参照しながら以下詳細に説明する。図1は本発明の実施形態に係る回転直動変換機構の断面を示す図である。図2は本実施形態に係る回転直動変換機構におけるラックロッドと公転ローラの噛み合い部を示す図である。図3は本実施形態に係る回転直動変換機構おけるラックロッドのねじ部と公転ローラの環状溝部との噛み合い状態を示す図である。
【0014】
図面において,1はラックロッド,2a、2bはホルダ部材,3a、3bは公転ローラ,4a、4bは側板,5a、5bは軸受け,6はケース,7a、7bは直動軸受け,8a、8bは軸受け,21はラックロッドのねじ部,22〜25は公転ローラの環状溝部,をそれぞれ表す。
【0015】
図1〜図3において,本発明の実施形態に係る回転直動変換機構は,外周面にねじが形成された円形棒状のラックロッド1と,このラックロッド1の周囲にラックロッド1と相対的に回転可能に支持されたホルダ部材2a,2bと,このホルダ部材2a,2bに回転可能に支持され,かつ外周面に前記ラックロッド1のねじと噛み合う環状溝部22〜25を設けた2個の公転ローラ3a,3bとを主たる構成部品としている。
【0016】
ホルダ部材2a,2bは,ラックロッド1と相対的に回転可能にするために2つの側板4a,4bと軸受け5a,5bを介して支持され,さらに,側板4a,4bは側板間の寸法が高精度に規定されるように円筒のケース6で固定されている。ラックロッド1は直動方向の抵抗を抑えるために両端が直動軸受け7a,7bで支持され,公転ローラ3a,3bはホルダ部材2a,2bと直動・回転軸受け8a,8bで支持されている。ホルダ部材2aは,表面に歯が形成されたギヤであり,このギヤを介しモータMと連結されている(図2を参照)。
【0017】
次に,ラックロッド1と公転ローラ3の関連について詳しく述べる。図1に示すように,公転ローラ3a,3bは,ラックロッド1のねじ部21と公転ローラの環状溝部が噛み合うように,ラックロッド1の外周に180°ピッチで2本配置されている。ここで,図3に示すように,ラックロッド1のねじ部21のリード角をθとすると,公転ローラ3aの軸は,ラックロッド1の中心軸L−L‘とリード角θと等しいだけねじれた姿勢で配置されている。
【0018】
ラックロッド1の外周面にはねじ部(螺旋状のねじ部)21が形成され,公転ローラ3aには,ラックロッド1のねじ21に噛み合うように環状の溝部22,23,24,25が形成されている。なお、公転ローラ3bにおいても,3aと同様な形状を有する。図示していないが,環状溝部22,23,24の表面には,厚さ0.03mmのNiめっきが施されており,公転ローラ3bも公転ローラ3aと同様な仕様で表面層が形成されている。なお,公転ローラの本数は,2本に限らず1本又は複数本でも良い。また,公転ローラ3aの環状溝部22〜25は,詳しくは公転ローラの中心軸に近い谷部と,中心軸に遠い山部と,この谷部と山部を連結する側面部と,から成り立っている。
【0019】
次に,本実施形態に係る回転直動変換機構の動作について,図4を参照しながら以下説明する。図4は,本実施形態に係る回転直動変換機構におけるラックロッドの外周面を展開して回転直動変換機構の動作原理を説明する図である。
【0020】
図4において,ホルダ部材2がラックロッド1を中心に回転すると,公転ローラ3aの環状溝部22〜25がラックロッド1のねじ部21と噛み合っているため,噛み合い部から受ける力によって,公転ローラ3aは自転することとなる。ここで,公転ローラ3aの溝は公転ローラ軸に垂直な面内を一周する環状溝部22〜25であるので,公転ローラ3aが自転しても軸方向に移動することが無く,軸方向の必ず決まった位置でラックロッド1と公転ローラ3aが噛み合う。
【0021】
図4に示す太線は公転ローラがAの位置(スタート位置)におけるロッドラック1のねじ部21の山,点線はAの位置から公転ローラ3aが公転と自転してδ(rad)だけ移動した位置Bにおけるロッドラック1のねじ部21の山を示す。このように動作する本実施形態に係る回転直動変換機構では,公転ローラ3aが公転した際,すなわちホルダ部材1回転あたりのラックロッド1の軸方向の移動量Pは,P=2・π・ラックロッドの半径・tanθ (θ:ラックロッドのねじ部のリード角),さらに,ラックロッドの推力Fは,F=(2・π・T)/P (T:公転ローラに負荷されるトルク),で表すことができる。
【0022】
この式から明らかなように,ラックロッド1のねじ部21のリード角θを小さくすることで,ラックロッドの速度が小さくなり,大きな推力を発生することができる。
【0023】
上述したように動作する本実施形態に係る回転直動変換機構においては,公転ローラ3aの環状溝部22〜25とラックロッド1のねじ部21が,ほぼ転がり接触で接触するので,摩擦ロスが低減され,高い伝達効率を得ることができる。また,ラックロッドのねじ部のリード角θや公転ローラの配置位置,環状溝部の断面形状等の設計寸法を自由に設定することができるので,環状溝部とねじ部の接触状況は,従来技術におけるボールねじ機構のように点接触(ボールのため)に限定されるわけではなく,線接触とすることも可能となる。このため,大きな動力を伝達することができ,より一層大きなラックロッドの推力を発生することができる。
【0024】
なお,本実施形態に係る回転直動変換機構では,公転ローラを支持するホルダ部材をモータで回転させているが,ホルダ部材の回転を拘束し,ラックロッドを回転させれば,公転ローラが軸方向に直動する回転直動変換機構となる。このような回転直動変換機構を電動式のパワーステアリング装置に適用する場合は,車輪と連結した軸の一部に本実施形態におけるラックロッドを接続して,モータでアシストすれば良い。
【0025】
次に,本実施形態に係る,公転ローラを用いた回転直動変換機構が解決されねばならない課題として考えられ得る諸点について考察する。上述したように,本実施形態に係る回転直動変換機構は,外周面にねじが形成された円形棒状のラックロッドと,このラックロッドの外周に該ラックロッドと相対的に回転可能に支持されたホルダ部材と,このホルダ部材に回転可能に支持され,かつ外周面に前記ラックロッドのねじと噛み合う環状溝を設けた公転ローラと,このラックロッド又はホルダ部材を駆動させるための駆動源を備えた構造となっている。このような構成において,ホルダ部材がラックロッドを中心にして回転すると,ホルダ部材に支持されている公転ローラは,ラックロッドの周囲を自転しながら公転する。公転ローラの溝は環状溝であるため公転ローラが公転すると,ラックロッドが軸方向に移動する。
【0026】
したがって,本実施形態の回転直動変換機構の効率は,ラックロッドと公転ローラの噛み合い部で発生する損失によって定まる。一方,ラックロッドのねじ部や公転ローラの環状溝部には大きな動力を伝達するために高強度・高耐摩耗性が要求されるので,熱処理を施すと,熱変形が生じ高精度な寸法を維持することが難しくなる。そのため,後加工無しで組み付けると,ラックロッドと公転ローラの噛み合い部が良好に噛み合わず,損失が大きくなってしまう場合がある。もちろん,後加工をすることでこの課題は解決できるが,熱処理により硬化したラックロッド及び公転ローラは,非常に加工しにくく,加工時間に時間を要してしまう。
【0027】
また,本実施形態の回転直動変換機構では,ラックロッドの外周に複数個の公転ローラを配置しているので,構造上,ラックロッドと公転ローラの噛み合い部を良好に噛み合わすには工夫が必要となる。すなわち,ラックロッドと公転ローラの噛み合い部で発生する損失を最小限にするためには,高精度なねじ形状,環状溝形状を有し,かつ組み立て時にも良好に噛み合うような機構が必要とされるのである。
【0028】
次に,本発明の実施形態に係る回転直動変換機構において,公転ローラのみの表面に軟質な表面層を形成する意義について説明する。本実施形態に係る回転直動変換機構では,ラックロッドの外周に複数個の公転ローラが配置された構造となっており,前述したようにラックロッドのねじ部と公転ローラの環状溝部が噛み合って,ホルダ部材の回転運動(モータの回転)を,直動に変換するものである。回転直動の変換において,大きな力を伝達するためには,ラックロッドのねじ部と,公転ローラの環状溝部が全て良好に噛み合う必要がある。
【0029】
また,ラックロッドの外周に複数個の公転ローラが配置されているので,各公転ローラの環状溝部形状の高精度化のみならず,公転ローラの軸方向の位置も高精度に規定しなければならない。ここで,公転ローラ自体の加工は,時間はかかるが精密な加工機械を用いれば製作可能ではある。しかし,ホルダ部材の加工誤差や軸受けの形状誤差等の積み上げ誤差が発生するので,全ての公転ローラをラックロッドの軸方向の定まった位置に設定することが非常に難しくなる。そのため,公転ローラの軸方向位置を高精度にするための機構や組み付け治具が必要となる。
【0030】
公転ローラの環状溝部のピッチが,複数本の公転ローラ毎で異なると,又は公転ローラ内で各環状溝部のピッチが異なると,最悪の場合に,ねじ部と環状溝部が接触しない部分も発生する。そうすると,ラックロッドのねじ部と公転ローラの環状溝部が接触している面には,設計以上の過大な力が負荷される。そこで,本発明の実施形態に係る回転直動変換機構が以下に開示するように,公転ローラの表面に軟質な表面層を設けることで,上述したような課題を容易に解決することができる。
【0031】
ここにおいて,軟質な表面層を設ける表面としては,ラックロッド1と公転ローラ3の両方,またはどちらか一方が考えられる。まず,ラックロッドと公転ローラの両方に軟質な表面層を設けた場合について説明する。ラックロッドのねじ部と公転ローラの環状溝部が噛み合うように軟質層を設ける。しかし,ラックロッドの溝はねじであるため,全ての公転ローラの環状溝と噛み合うので,ラックロッドのねじ部と公転ローラの環状溝部との隙間が小さい面では面圧が高くなるので軟質層が削れ,逆に隙間が大きい面ではこの軟質層が削れたことによって,接触しなくなる可能性が生じる。したがって, どちらか一方を高精度の寸法に加工して規定することが求められるのである。
【0032】
次に,ラックロッドの表面のみに軟質な表面層を設けた場合について説明する。この場合は,各公転ローラの環状溝部の寸法精度を高くするとともに,組み立て時の公転ローラの位置精度を高精度にする必要がある。しかしながら,前述したように全ての公転ローラを規定の軸方向の位置に組み付けるのは非常に難しく,その結果,ラックロッドと公転ローラの噛み合い部で面圧の高い部分が生じてしまう。すなわち,各公転ローラの形状を高精度に抑えても,ホルダ部材の加工誤差や軸受けの形状誤差等の積み上げにより,全ての公転ローラをラックロッドの軸方向の定まった位置に設定することが難しいためである。以上の理由により,本実施形態に係る回転直動変換機構では,ラックロッドの周辺に配置した複数個の公転ローラの表面に軟質層を設けることが望ましのである。
【0033】
ここで,耐食性や耐摩耗性向上に,表面に層(軟質層を含む)を設けること自体は,すでに公知の技術である。しかし,前述したように本実施形態に係る回転直動変換機構では,公転ローラの表面に軟質層を設けることで,本実施形態に係る回転直動変換機構の性能を飛躍的に向上させることができる。たとえば,一般的な回転体では,動力の入力側の部品を高精度に加工し,伝達側(出力側)に軟質な表面層を設けることがあるが,しかし,本実施形態に係る回転直動変換機構では入力側,出力側には依存せず,本実施形態に係る回転直動変換機構の構造及び特性上の観点で,公転ローラに軟質な層を設けることが望ましいのである。
【0034】
次に,本発明の実施形態に係る回転直動変換機構における公転ローラに形成される軟質な表面層の製法について,図5と図6を参照しながら以下説明する。図5は本実施形態における軟質な表面層を設けた公転ローラの断面を示す図である。図6は本実施形態における公転ローラ表面層の構成例を示す図である。図5〜図7において、9は表面層,10は粒子,11a、11bはシャフト,12a、12bは樹脂,をそれぞれ表す。
【0035】
図5において,公転ローラ3は,公転ローラ3の表面に無電解めっき法で形成されたNiからなる軟質な表面層9が形成されている。Ni層の下地層としてCrメッキを施してもよい。めっき前の公転ローラは,表面を高周波で焼き入れしたものである。なお,表面層9の厚さは,設計仕様に合わせ決定すれば良いが,本実施形態では表面層の厚さを0.03mmとした。図5では公転ローラ3の環状溝部における谷部,山部,側面部に亘って軟質表面層を形成している。なお,ラックロッドのねじ部と公転ローラの環状溝部との接触状況は,詳しく云えば,ねじ部の側面部と環状溝部の側面部とが接触して動力伝達するのであり,公転ローラの山部と当該山部に対向するラックロッドの谷部とは直接接触しなく,あるいは公転ローラの谷部と当該谷部に対向するラックロッドの山部とは同様に直接接触する構造ではない。ねじ部と環状溝部の側面部とが接触するので,この側面部にのみ軟質表面層を形成してもよい。
【0036】
また,図6に示すように,目的に応じて,表面層内に粒子10を分散,点在すれば良く,たとえば,潤滑性(低摩擦)を重視する場合(ラックロッドに負荷される力が小の場合)は,窒化ホウ素,二流化モリブデン,4フッ化エチレン樹脂を粒子として,また,耐摩耗性を重視する場合(ラックロッドに負荷される力が大の場合)は,炭化タングステン,セラミックス粒子(アルミナ,ジルコニア,炭化ケイ素等)を粒子として分散させると良い。4フッ化エチレン樹脂の場合は,めっき後に含浸させて形成させる。本実施形態では,4フッ化エチレン樹脂を分散させて用いた。4フッ化エチレン樹脂のような低摩擦の粒子を分散した場合は,組み立て初期は大きな力が働くので軟質の表面層自体が削られるが,その後は表面層内の耐摩擦粒子の効果が発揮され,摩擦抵抗が小さくなり,良好に運転することができる。
【0037】
軟質な表面層の形成法は,めっき法に限らず,溶射法,蒸着法等としても良く,その材質は本実施形態に限られたものではなく,基材との組み合わせを考慮して決定すれば良い。たとえば,Niめっきでは,Ni−P,Ni−B,Ni−B−Pでも良い。一方,図示していないが,ラックロッドは,金型を押しつけることでねじ形状を転写する転造法で加工した後,焼き入れ・仕上げ加工を経て製作したものとした。
【0038】
図5と図6に示したように,公転ローラの表面に設けた軟質な表面層と同様な効果を奏するものとして,図7に示す公転ローラの構成例が挙げられる。図7は本実施形態に係る回転直動変換機構における樹脂製公転ローラの構成例を示す図である。図7に示す回転直動変換機構の公転ローラ3a,3bは,金属性のシャフト11a,11bに樹脂12a,12bを形成したものである(ラックロッドへの低負荷印加を前提として剛性をも持たせることを意図したもの)。もちろん,シャフトにはキーを設けてあり,樹脂のみが回転しないように工夫が成されている。金属性のシャフト11a,11bの樹脂12a,12bは,圧入,型成形等の製法で製作すれば良い。
【0039】
また,一般に樹脂は金属に比べ剛性も小さいので,樹脂内に高剛性の粒子(ガラス,セラミックス)を分散,点在させても良い。さらには,剛性が低い分,伝達できる力も小さくなるので,公転ローラの本数も目標伝達動力に応じて増やせば良い。すなわち,図7に示す公転ローラの構成例は,ラックロッドとの接触部(具体的には環状溝部の側面部)を低摩擦(滑り易い)とすることを基本とし,樹脂中にガラスやセラミックを分散,点在させることで剛性をも高めることを狙ったものである。
【0040】
上述した製法で形成した公転ローラの組み付け方法について説明する。ラックロッドと公転ローラを組み立てる場合,公転ローラをホルダ部材に固定し,その後ラックロッドをねじりながら組み込む方法と,公転ローラの両端のホルダ部材のうち片側のみに公転ローラを固定して,さらに公転ローラを若干ラックロッドの軸方向にねじって(略リード角θに相当する分だけねじって)外周方向に広げ,ラックロッドを挿入する方法がある。どちらの組み立て順番においても,組み立てた後にラックロッドを軸方向に移動又はホルダ部材を回転することで,公転ローラとラックロッドが噛み合い軟質な表面層が削られ,新たな面が創成される。ここで,公転ローラとラックロッドを充分に噛み合わせた後は,分解せずにエアーブローや超音波洗浄洗浄で削れた軟質層を除去し,潤滑剤を塗布する。
【0041】
次に,図1に示す本実施形態に係る回転直動変換機構の回転運動を直動運動に変換する際の効率を実際に測定した結果を以下に示す。なお,ラックロッド1の直径は22mm,ねじ部のリード角は15°とした。まず,組み立て後,充分に慣らし運転を行った。その後,ホルダ部材2にトルクを負荷し,発生する推力を測定した。ここで,測定した効率というのは,前述した数式で公転ローラに負荷されるトルクTを入力とし,ラックロッドの推力Fについて,前述の数式から求められる理論値をFsとし,推力の実測値をFとしたときに,効率はF/Fsで求められる。
【0042】
なお,本測定では,測定精度を向上させるためにモータは用いず,直接,ホルダ部材にトルクを負荷した。すなわち,トルクと推力が釣り合った状態における効率を測定した。その結果,負荷するトルクの大きさによって効率も変化したが,92〜95%の効率が得られた(通常の効率は最大でも90%程度)。したがって,公転ローラの寸法精度を高精度に管理しなくとも,軟質な表面層を設けることで,噛み合い部は創成加工され,その結果良好にねじ部と環状溝部が接触し,良好な性能を得ることができる。
【0043】
以上説明したように,本発明の実施形態は,次のような構成を備えるとともに,機能又は作用を奏するものであることを特徴とする。すなわち,外周面にねじが形成された円形棒状のラックロッドと,このラックロッドの周囲にラックロッドと相対的に回転可能に支持されたホルダ部材と,このホルダ部材に回転可能に支持され,かつ外周面に前記ラックロッドのねじと噛み合う環状溝を設けた公転ローラと,前記ラックロッド又はホルダ部材を駆動させるための駆動源を備えた回転直動変換機構において,
前記公転ローラの環状溝表面に,前記ラックロッドよりも軟質な材質から成る表面層を形成した構成としている。また,表面層は1層(Ni層)又は複数の層(Cr層+Ni層)から構成されることで達成される。これにより,公転ローラ表面の軟質な層が,新たに創成加工され,ラックロッドのねじ部と公転ローラが良好に接触するので,最大の効率で運動力を変換することができる。また,ラックの周囲に配置した公転ローラのみに軟質な材質から成る表面層を形成することで,高精度な寸法を維持した回転直動変換機構となる。
【0044】
さらに,表面層は,めっき,溶射又は蒸着法で形成された軟質な材質から成り,好ましくは軟質な金属はNiを主成分とし,潤滑性に優れた粒子を4フッ化エチレン樹脂又は二流化モリブデン粒子をNi層内に分散しているので,新たに創成加工さらた後の表面は,摩擦係数を低く抑えることができ,高効率な回転直動変換機構となる。
【0045】
さらに,公転ローラは,環状溝が形成される部分を軟質の樹脂製とし,さらに公転ローラの軸は金属から構成することで,上述と同様な機能又は作用を奏することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の実施形態に係る回転直動変換機構の断面を示す図である。
【図2】本実施形態に係る回転直動変換機構におけるラックロッドと公転ローラの噛み合い部を示す図である。
【図3】本実施形態に係る回転直動変換機構おけるラックロッドのねじ部と公転ローラの環状溝部との噛み合い状態を示す図である。
【図4】本実施形態に係る回転直動変換機構におけるラックロッドの外周面を展開して回転直動変換機構の動作原理を説明する図である。
【図5】本実施形態における軟質な表面層を設けた公転ローラの断面を示す図である。
【図6】本実施形態における公転ローラ表面層の構成例を示す図である。
【図7】本実施形態に係る回転直動変換機構における樹脂製公転ローラの構成例を示す図である。
【符号の説明】
【0047】
1 ラックロッド
2a,2b ホルダ部材
3,3a,3b 公転ローラ
4a,4b 側板
5a,5b 軸受け
6 ケース
7a,7b 直動軸受け
8a,8b 軸受け
9 表面層
10 粒子
11a,11b シャフト
12a,12b 樹脂
21 ラックロッドのねじ部
22〜25 公転ローラの環状溝部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周面にねじ部が形成されたラックロッドと,前記ラックロッドの外周にラックロッドと相対的に回転可能に支持されたホルダ部材と,前記ホルダ部材に回転可能に支持され且つ外周面に前記ラックロッドのねじ部と噛み合う環状溝部を設けた公転ローラと,前記ラックロッド又は前記ホルダ部材を駆動させる駆動源と,を備えた回転直動変換機構であって,
前記公転ローラの環状溝部における山部,谷部,側面部の内で少なくとも前記側面部の表面に,前記ラックロッドよりも軟質な材質から成る表面層を形成する
ことを特徴とする回転直動変換機構。
【請求項2】
請求項1において,
前記表面層は,めっき,溶射又は蒸着法で形成された軟質な材質から成り,潤滑性に優れた粒子が点在した層である
ことを特徴とする回転直動変換機構。
【請求項3】
請求項1又は2において,
前記表面層は,前記軟質材質としてNiを主成分とし,内部に4フッ化エチレン樹脂,窒化ホウ素,又は二流化モリブデンの粒子を点在した層である
ことを特徴とする回転直動変換機構。
【請求項4】
外周面にねじ部が形成されたラックロッドと,前記ラックロッドの外周にラックロッドと相対的に回転可能に支持されたホルダ部材と,前記ホルダ部材に回転可能に支持され且つ外周面に前記ラックロッドのねじ部と噛み合う環状溝部を設けた公転ローラと,前記ラックロッド又は前記ホルダ部材を駆動させる駆動源と,を備えた回転直動変換機構であって,
前記公転ローラは,そのシャフトが金属性からなるとともに,前記環状溝部が軟質材質の樹脂製からなる
ことを特徴とする回転直動変換機構。
【請求項5】
請求項4において,
前記環状溝部の樹脂内にガラス,セラミック等の高剛性粒子を点在させることを特徴とする回転直動変換機構。
【請求項6】
外周面にねじ部が形成された円形棒状のラックロッドと,前記ラックロッドの外周にラックロッドと相対的に回転可能に支持されたホルダ部材と,前記ホルダ部材に回転可能に支持され且つ外周面に前記ラックロッドのねじ部と噛み合う環状溝部を設けた公転ローラと,を備えた回転直動変換機構の製法において,
金属性のシャフトに軟質材質の樹脂製からなる環状溝部を圧入又は型成形して前記公転ローラを製作するステップと,
前記公転ローラを前記ホルダ部材に支持するステップと,
前記ラックロッドを前記公転ローラに組み込むステップと,からなる
ことを特徴とする回転直動変換機構の製法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−46716(P2007−46716A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−232223(P2005−232223)
【出願日】平成17年8月10日(2005.8.10)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】