説明

回転部材への歯車の固定構造

【課題】貫通孔1aを貫通するボルト3を用いてリングギア1をデフケース2に固定したデファレンシャルユニット 90において、ボルト3が貫通孔1a内で変位しないようにする。
【解決手段】デフケース2とリングギア1を回転軸方向に積層し、貫通孔1aを貫通するボルト3で積層部分を固定する。回転軸方向に嵌合するスプライン溝1c,2fと、リングギア1とデフケース2の回転軸に対するラジアル方向の相対変位を規制するボス2eと、をリングギア1とデフケース2の間に個別に設ける。リングギア1はボス2eにインロウ嵌合することでリングギア1とデフケース2のラジアル方向の位置決めを行なう。スプライン溝1cと2fが異径嵌合部としてリングギア1とデフケース2の回転方向の相対変位を阻止し、ボルト3の貫通孔1a内の変位を阻止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、回転部材に歯車を固定する際の固定構造の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
車両用のデファレンシャルユニットは、例えばデフケースに固定したリングギアを備えており、変速機の回転を出力する出力ギアとリングギアとの間でトルクを伝達するようになっている。
【0003】
特許文献1の従来技術は、デフケースの外周に円盤状のディスク部を形成し、ディスク部とリングギアの歯面を支持するディスク状の基部とを回転軸方向に積層したうえ、複数のボルトで固定する固定構造を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−282801号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この従来技術によれば、リングギアとデフケースの間のトルクの伝達はすべてボルトを介して行なわれる。そのために、ディスク部と基部の少なくとも一方にボルトを貫通させる貫通孔を形成する必要がある。
【0006】
ボルトが複数であることも考慮して、ボルト孔の径は一般的にボルトの径より幾分大きめに形成される。その結果、ボルトを締め付けた状態で、ボルトとボルト孔の壁面との間に若干の隙間が残存することは避けられない。
【0007】
そのため、出力ギアの回転トルクが急変した場合に、リングギアとデフケースの間の伝達トルクの急変により、ボルト孔の隙間の範囲でリングギアとデフケースが相対変位し、ボルトが貫通孔内で変位して貫通孔の壁面に衝突することがある。こうした衝突が繰り返されるとボルトが緩む可能性がある。また、たとえ僅かであってもリングギアとデフケースが相対変位することは、リングギアとデフケースの同軸性に好ましくない影響を及ぼす。
【0008】
この発明の目的は、したがって、回転部材と、回転部材に固定される歯車との相対変位を確実に阻止できる固定構造を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
以上の目的を達成するために、この発明は回転部材と歯車とを回転軸方向に積層し、積層部分をボルトで固定する、回転部材への歯車の取り付け構造において、回転軸方向に嵌合する異径嵌合部と、歯車と回転部材のラジアル方向の相対変位を規制するインロウ嵌合部と、を歯車と回転部材との間に個別に設けている。
【発明の効果】
【0010】
インロウ嵌合部が回転部材と歯車のラジアル方向の相対変位を阻止して同軸性を確保する。異径嵌合部が回転部材と歯車の回転軸を中心とする回転方向の相対変位を阻止する。これにより、ボルトの貫通孔内の壁面への衝突が阻止され、ボルトの壁面への衝突に起因するボルトの緩みを防止する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】この発明による歯車の固定構造を備えた車両用のデファレンシャルユニットの水平断面である。
【図2】リングギアのデフケースへの固定構造を示すデファレンシャルユニット要部の水平断面図と、デフケース要部の横断面と、リングギアの横断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1を参照すると、車両用のデファレンシャルユニット90は、トランスミッションの出力ギア100に噛み合うリングギア1を備える。図面は上方から眺めたデファレンシャルユニット90の水平断面図であり、図の上方が車両の前方に相当する。
【0013】
リングギア1は複数のボルト3によりデフケース2に固定される。デフケース2は球形の中空部材で構成される。
【0014】
デフケース2は水平方向、具体的には図に示す車両前方に向かって左右方向、に延びる中空の軸部2aと2bを同一の回転軸上に備える。
【0015】
デフケース2は軸部2aと2bの外周をそれぞれ支持するベアリング9を介してデフハウジング10に上記の回転軸上で回転自由に収装される。デフハウジング10はトランスミッションを収装するトランスミッションハウジングに固定される。
【0016】
デファレンシャルユニット90はデフケース2の中心部を軸部2a及び2bと直交する向きに貫通するピニオンシャフト5を備える。ピニオンシャフト5はピン6によりデフケース2に固定される。デフケース2内においてピニオンシャフト5に一対のピニオン4がそれぞれ回転自由に装着される。
【0017】
デフケース2内には軸部2aと2bと同軸上で回転する一対のサイドギア7Rと7Lが、相対してそれぞれ回転自由に収装される。サイドギア7Rは一対のピニオン4と噛み合う。サイドギア7Lも一対のピニオン4と噛み合う。
【0018】
サイドギア7Rと7Lはともに中空に形成される。サイドギア7Lの内周には軸部2aを回転自由に貫通してデフケース2の外側に突出するアクスルシャフト20aがスプライン結合する。サイドギア7Rの内周には軸部2bを回転自由に貫通してデフケース2の外側に突出するアクスルシャフト20bがスプライン結合する。アクスルシャフト20aと20bは車両の左右の駆動輪にそれぞれ連結される。
【0019】
以上のように構成されたデファレンシャルユニット90において、トランスミッションの出力ギア100の回転は、リングギア1を介してデフケース2に伝達され、回転軸を中心にデフケース2を回転させる。これに伴い、ピニオンシャフト5に装着されたピニオン4が回転軸の周りを周回する。
【0020】
一対のピニオン4と噛み合うサイドギア7Rと7Lは、一対のピニオン4が軸部2aと2bの中心軸周りを周回するのに伴い、同方向に回転する。その結果、サイドギア7Rにスプライン結合するアクスルシャフト20bと、サイドギア7Lにスプライン結合するアクスルシャフト20aとが同方向に回転し、車両の左右の駆動輪に駆動トルクを伝達する。この時、アクスルシャフト20aと20bの回転抵抗には路面状況に応じた差が生じる。
【0021】
一対のピニオン4はこの抵抗の差に応じてピニオンシャフト5を中心にそれぞれ回転変位することで、アクスルシャフト20aと20bに対してそれぞれの回転抵抗に応じてリングギア1の回転トルクを分配する。
【0022】
デファレンシャルユニット90のこのような動作の中て、リングギア1は出力ギア100とデフケース2の間で大きなトルクを伝達する。
【0023】
この発明による回転部材への歯車の固定構造は、デフケース2へのリングギア1の固定に適用される。
【0024】
リングギア1はディスク状の基部1bとその外周に形成された回転軸方向に長い歯部1dとからなる。基部1bにはボルト3を挿通する複数の貫通孔1aが形成される。
【0025】
デフケース2の外周には、リングギア1を固定するために、回転軸を中心としてラジアル方向に突出するディスク部2cが形成される。ディスク部2cにはボルト3に螺合する複数のボルト孔2dが形成される。
【0026】
リングギア1は貫通孔1aとボルト孔2dが一致するように、基部1bをディスク部2cに軸方向から重ね、ボルト3を貫通孔1aに貫通させてボルト孔2dに締め付けることで、ディスク部2cに固定される。
【0027】
ここで、組み立て時の寸法公差を吸収するために、貫通孔1aは前記従来技術と同様にボルト3より幾分大きめに形成される。その結果、組み立てた状態で、ボルト3と貫通孔1aとの間に若干の隙間が残存する。デファレンシャルユニット90の稼働中にリングギア1の伝達トルクが急変すると、リングギア1とデフケース2が隙間の範囲で相対変位し、ボルト3が貫通孔1aの壁面に衝突する可能性がある。こうした衝突が繰り返されると、ボルト3のボルト孔2dへの締め付けに緩みが生じたり、リングギア1とデフケース2の同軸性が損なわれる可能性がある。
【0028】
このデファレンシャルユニット90においては、次の構成により、リングギア1とデフケース2の相対変位を阻止する。なお、ここでは、デフケース2に経緯制されたディスク部2cが回転部材に相当し、リングギア1が歯車に相当する。
【0029】
図2(a)−(c)を参照すると、ディスク部2cには回転軸方向に突出する円形のボス2eが形成される。リングギア1は基部1bをボス2eの外周に嵌合させた状態で、回転軸方向からディスク部2cに積層される。基部1bをボス2eの結合形態はいわゆるインロウ結合である。一般的に、スプライン歯を高い精度で加工してスプライン結合によってラジアル方向の位置決めをすることは困難でコストがかかるため、本実施形態ではスプライン結合部ではなく、このインロウ嵌合により、リングギア1とデフケース2に対するラジアル方向の位置決めを行なう。また、このインロウ嵌合により、位置決め位置からのリングギア1とデフケース2のラジアル方向への相対変位も阻止される。
【0030】
その結果、リングギア1とデフケース2との同軸性をスプライン結合部の加工コストを増加させることなく高いレベルで確保することができる。リングギア1とデフケース2の高い同軸性は、デファレンシャルユニット90の稼働時の振動や騒音を低減する上で好ましい効果をもたらす。
【0031】
リングギア1の歯部1dは基部1bよりも回転軸方向の寸法が大きく、結果として歯部1dと基部1bとの境界部には内向きの段差が形成される。この内向きの段差にスプライン溝1cが形成される。一方、ディスク部2cの外周にはスプライン溝2fが形成される。
【0032】
リングギア1をデフケース2に固定する際は、基部1bをボス2eの外周に嵌合させるとともに、貫通孔1aとボルト孔2dが一致する位置で、スプライン溝1cとスプライン溝2fとを係合させる。この状態で、前述のように貫通孔1aを貫通したボルト3をディスク部2cに形成されたボルト孔2dに締め付ける。
【0033】
このようにしてデフケース2に固定されたリングギア1は、基部1bとボス2eのインロウ結合によりラジアル方向の相対変位を阻止され、スプライン溝1cと2fのスプライン結合により、回転方向の相対変位を阻止される。これらの相対変位の阻止は、ボルト3に依存せずに行なわれる。したがって、ボルト3と貫通孔1aとの間に若干の隙間が存在していても、ボルト3が貫通孔1aの壁面に衝突することはなく、ボルト3のボルト孔2dへの締め付けに緩みの生じにくい構造が得られる。リングギア1とデフケース2の同軸性も高い精度で確保される。
【0034】
また、スプライン溝1cと2fを介してリングギア1とデフケース2がスプライン結合するため、リングギア1とデフケース2との間で伝達されるトルクは、ボルト3を介した伝達経路と、スプライン結合部を介した伝達経路の2つの経路で伝達される。このようにトルクの伝達経路が増えることでリングギア1とデフケース2との間でより大きなトルクの伝達が可能になる。言い換えれば、リングギア1とデフケース2との間にスプライン結合部を設けたことで、ボルト3の本数を減らすことが可能になる。
【0035】
このデファレンシャルユニット90においては、スプライン結合部はインロウ結合部とは回転軸から異なる距離に設けられる。スプライン結合部とインロウ結合部とが軸方向に重ならないようにすることで、スプライン結合部の結合長さを長く設定できるからである。より好ましくは、スプライン結合部をインロウ結合部の外側に設ける。スプライン結合部を回転軸からより離れた位置に設けることで、スプライン溝1cおよび2fに作用する力は小さくなるとともに、スプライン溝1cおよび2fをより多く形成することが可能となり、スプライン結合部を介したリングギア1とデフケース2との間のトルク伝達容量が増加するからである。
【0036】
以上、この発明を特定の実施形態を通じて説明してきたが、この発明は上記の各実施形態に限定されるものではない。当業者にとっては、クレームの技術範囲でこれらの実施形態にさまざまな修正あるいは変更を加えることが可能である。
【0037】
例えば、以上の実施形態においては、リングギア1とデフケース2とをスプライン結合しているが、リングギア1とデフケース2の結合はスプライン結合に限らず、回転方向の相対変位を阻止できるいかなる結合形態であっても良い。セレーション結合やキー結合など、いわゆる異径嵌合と称するさまざまな結合形態を適用可能である。
【0038】
以上の実施形態では、デファレンシャルユニット90のリングギア1をボルト3によりデフケース2に固定する固定構造にこの発明を適用しているが、この発明はデファレンシャルユニットに限らず、歯車をボルトで回転部材へ固定する構造全般に広く適用可能である。
【符号の説明】
【0039】
1 リングギア
1a 貫通孔
1b 基部
1c スプライン溝
1d 歯部
2 デフケース
2a 軸部
2b 軸部
2c ディスク部
2d ボルト孔
2e ボス
2f スプライン溝
3 ボルト
4 ピニオン
5 ピニオンシャフト
6 ピン
7L サイドギア
7R サイドギア
9 ベアリング
10 デフハウジング
20a アクスルシャフト
20b アクスルシャフト
90 デファレンシャルユニット
100 出力ギア

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転部材と歯車とを回転軸方向に積層し、積層部分をボルトで固定する、回転部材への歯車の取り付け構造において、
回転軸方向に嵌合する異径嵌合部と、歯車と回転部材の回転軸に対するラジアル方向の相対変位を規制するインロウ嵌合部と、を歯車と回転部材との間に個別に設けたことを特徴とする回転部材への歯車の固定構造。
【請求項2】
異径嵌合部はスプライン嵌合部で構成されることを特徴とする請求項1に記載の回転部材への歯車の固定構造。
【請求項3】
インロウ嵌合部は、回転部材に形成された円筒形状のボスと、ボスの外周に嵌合する歯車の内周部とで構成されることを特徴とする請求項1または2に記載の回転部材への歯車の固定構造。
【請求項4】
異径嵌合部とインロウ嵌合部は回転軸から異なる距離に設けられることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の回転部材への歯車の固定構造。
【請求項5】
異径嵌合部はインロウ嵌合部より回転軸から離れた位置に設けられている請求項4に記載の回転部材への歯車の固定構造。
【請求項6】
前記歯車は、デフケースにボルトで結合したリングギアの回転を、デフケースに固定したピニオンシャフトと、ピニオンシャフトに回転自由に支持された一対のピニオンと、一対のピニオンとそれぞれ噛み合う一対のサイドギアとを介して2系統の回転へと分散出力するデファレンシャルユニットのリングギアで構成され、前記回転部材は前記デフケースで構成されることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の回転部材への歯車の固定構造。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−210004(P2010−210004A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−56385(P2009−56385)
【出願日】平成21年3月10日(2009.3.10)
【出願人】(000231350)ジヤトコ株式会社 (899)
【Fターム(参考)】